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【事件名】You Tube動画の著作権等侵害通知事件(2)
【年月日】令和7年10月16日
 知財高裁 令和7年(ネ)第10037号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和5年(ワ)第70125号)
 (口頭弁論終結日 令和7年7月17日)

判決
控訴人(1審原告) X1
控訴人(1審原告) X2
上記2名訴訟代理人弁護士 重長孝志
同 加藤幸英
被控訴人(1審被告) Y
同訴訟代理人弁護士 熊谷裕平


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
 本判決において用いる主な略語は、次のとおりである(原判決において定義しているものを含む。)。
 原告X1 控訴人(1審原告)X1
 原告X2 控訴人(1審原告)X2
 原告ら 原告X1及び原告X2
 被告 被控訴人(1審被告)Y
 A 1審原告A
 ユーチューブ インターネット上の動画共有サイトYouTube
 グーグル ユーチューブを運営するGoogleLLC
 本件各動画  原判決別表1から5までの各「動画タイトル」欄記載の各動画を総称したもの。
個々の動画は、各表の動画の番号に応じ「本件動画1」などという。
 本件各通知フォーム  ユーチューブのウェブサイト上に用意されたフォームであって、
ユーチューブ上の動画の投稿が権利侵害に該当することをグーグルに通知するためのフォーム
 著作権侵害通知フォーム 本件各通知フォームのうち、著作権侵害を通知するためのフォーム
 プライバシー侵害通知フォーム 本件各通知フォームのうち、プライバシー侵害を通知するためのフォーム
 名誉棄損通知フォーム 本件各通知フォームのうち、名誉棄損を通知するためのフォーム
 本件各通知  本件各通知フォームを利用して行われた通知を総称したもの。
個々の通知は、対象となった各動画の番号に応じ「本件通知1」などという。
 DMCA 米国デジタルミレニアム著作権法(DigitalMillenniumCopyrightAct)
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、原告らの各敗訴部分を取り消す。
2 被告は、原告X1に対し、136万0495円及びこれに対する令和5年5月8日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は、原告X2に対し、110万円及びこれに対する令和5年5月8日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1)原告ら及びA(1審原告)は、ユーチューブに本件各動画を投稿したところ、被告は、ユーチューブの運営者であるグーグルに対し、本件各通知フォームにより、本件各動画が被告に対する著作権侵害、プライバシー権侵害又は名誉棄損に該当する旨の本件各通知をした。
 本件は、原告ら及びAが、被告に対し、本件各通知がすべて被告によるものであり、かつ、これらの通知が原告ら及びAに対する不法行為を構成すると主張して、民法709条に基づく損害賠償請求として、各損害額(慰謝料、逸失利益、弁護士費用)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2)原審は、概要、次の判断をして、原告ら及びAの各請求を全部棄却した。
 すなわち、まず、被告が本件通知10,11、13及び14をしたと認めることはできない。
 次に、著作権侵害通知フォームからの通知について、グーグルは、同フォームの必要事項に記載があれば無条件に動画を削除していたとは認められないから、著作権侵害を通知する場合でないのに同フォームからの通知をしても、通知の対象者との関係で直ちに違法となるものではない。もっとも、動画の投稿者の表現活動や事業活動を妨害するなど、専ら不当な目的で同フォームからの通知がされた場合には、当該動画の投稿者の法律上保護される利益を侵害するものとして違法となる余地があるが、本件では、被告の同フォームからの本件通知1、26から29までについて、殊更に虚偽の事実や法律関係に基づく通知をしたとはいえず、専ら不当な目的でされたものということはできない。
 また、プライバシー侵害通知フォームからの通知について、グーグルは、通知に係る動画の内容が法律上プライバシー権侵害に当たることまでは求めていないから、プライバシー権侵害に当たる事実がないのに同フォームからの通知をしても、通知の対象者との関係で直ちに違法となるものではない。もっとも、専ら不当な目的で同フォームからの通知がされた場合には、当該動画の投稿者の法律上保護される利益を侵害するものとして違法となる余地があるが、本件では、被告の同フォームからの本件通知2から9まで、12、15から22までについて、専ら不当な目的でされたものということはできない。
 そして、名誉毀損通知フォームからの通知について、グーグルは、通知に係る動画の内容が法律上の名誉毀損・侮辱に当たることまでは求めていないから、法律上の名誉毀損・侮辱に当たる事実がないのに同フォームからの通知をしても、通知の対象者との関係で直ちに違法となるものではない。本件では、本件通知23から25までについて、不法行為が成立するとはいえない。
(3)原告らは、それぞれ自己の敗訴部分を不服として本件控訴を提起した(なお、Aは控訴しなかったので、本件各動画のうち、Aが投稿した原判決別表4の動画26に係る被告の本件通知26は、当審における判断の対象とはならない。)。
2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張
 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決3頁4行目末尾に「「本件各動画」においては、被告の氏名等が無断で使用されているものがあった。」を加えるほか、原判決の「事実及び理由」の第2の1及び2(原判決2頁12行目から11頁19行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、Aに関する部分(本件通知26及びAの損害に関する主張部分)を除く。)。
3 当審における原告らの補充主張(本件通知10、11、13及び14を除く本件各通知の違法性)
(1)著作権侵害通知フォームについて
ア 原判決は、グーグルが著作権侵害通知フォームの必要事項に記載があれば、無条件に動画を削除していたとは認められないとした上で、著作権侵害がないのに著作権侵害通知フォームにより通知することが通知の対象者との関係で直ちに違法とはいえないと判断している。しかし、著作権侵害通知がされると、対象とされた動画は原則として直ちに削除され、却下されるのは例外的な事例にすぎない。通知者は、通知が正確であることを確認したうえでこれを行う注意義務を負うべきである。このように考えるのが大阪高裁令和4年10月14日判決(甲1)や虚偽の申立てを排除しようとしているグーグルのポリシー(甲37、38)の趣旨に沿うものであって、原判決のように「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」に限定して違法性を認めるのは合理的理由がない。
イ 被告による本件通知1及び26から28までは、被告の著作権侵害を通知するものではなく、パブリシティ権侵害を申告するものである。パブリシティ権は、著作権とは性質を全く異にする権利であるから、これらの通知には、「権利が侵害されると思われるとする相応の事実関係及び根拠が記載されていた」ということはできない。
ウ 被告の氏名は著作物ではなく、100万人もの登録者数を有する被告は、ユーチューブの専門家として高度の注意義務を負っている。ユーチューブ上には「その他の法的問題」という選択肢があったにもかかわらず、被告がこれを見落とし、「適切なフォームがなかった」から著作権侵害通知フォームによる通知をした旨の被告の主張は不合理である。本件における被告の著作権侵害通知は、グーグルーのポリシー等において無効なDMCA要請の例として挙げられている事例(甲37・44頁、甲38・45頁)とも一致している上、原判決言渡し後の被告の言動(甲60)等からも、被告による通知の目的が自分に対する批判を封殺するためのものであったことは明らかである。
エ 仮に、被告が「その他の法的問題」の選択肢を見落としたのだとしても、高度な注意義務を負っていた被告には少なくとも過失がある。また、前記のとおり、被告が専ら不当な目的で通知したことが認められる以上、著作権侵害通知フォームを利用して行った通知に違法性が認められるべきである。
(2)プライバシー侵害通知フォームからの通知について
 被告の氏名はプライバシーに該当しないし、被告の行為は、全体としてみれば、原告X1の表現活動を委縮させる目的であったというべきであるから、ユーチューブのプライバシーガイドラインの趣旨に反する利用であったことは明らかである。
(3)名誉棄損通知フォームからの通知について
 被告の行った通知の対象とされた動画における原告X1の発言は、名誉棄損や侮辱に該当するとは言えない。被告において、これを認識しつつ、または容易に認識することができたにもかかわらず、通知を行ったことは、フォームの悪用であり、正当な権利行使の範囲を逸脱するというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、原判決と同様、被告のグーグルに対する本件各動画に関する本件各通知は、原告らに対する関係で不法行為を構成するとまでいうことはできないから、原告らの請求は、いずれも棄却すべきものと考える。その理由は、後記2のとおり原判決を補正し、後記3のとおり原告らの補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3の1及び2(原判決11頁20行目から25頁2行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する(本件動画26に係る本件通知26に関する部分を除く。)。
2 原判決の補正
(1)原判決12頁16行目の「乙10及び弁論の全趣旨」の次に「。なお、利用規約は、随時更新されるポリシー、安全性及び著作権に関するポリシーと共にユーチューブ利用契約の内容となっている。以下の利用規約の趣旨は、2022年1月5日付けの利用規約の案文に基づくものであるが、本件の争点との関係で、本件各通知当時の利用規約(甲36)との間で有意の差はない。」を加える。
(2)原判決14頁4行目の「米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)は」から7行目の「定めているが、」までを「DMCA(米国デジタルミレニアム著作権法)は、著作権の侵害を主張する者から法定の形式的要件を満たす通知を受領したプロバイダ等は、著作権侵害情報か否かの実体的判断を経ずに、いったん当該著作権侵害とされる情報を削除すれば、責任を負わないこと、また、削除された当該情報については、発信者に対して削除した旨を通知し、発信者から反対通知を受け取ったときは、当該著作権の侵害を主張する者に反対通知のコピーを送付するとともに一定期間後に当該情報を復活させることを通知し、当該著作権の侵害を主張する者が一定の期間に発信者に対して侵害行為の差止め請求訴訟を提起しない場合には、プロバイダ等は、当該情報を復活させれば、責任を負わないことなどを内容とするノーティスアンドテイクダウン手続を定めている。」と改める。
(3)原判決16頁12、13行目の「よって、グーグルが、著作権侵害通知フォームの必要事項に記載があれば無条件に動画を削除していたとは認められない。」から19、20行目の「採用することはできない。」までを「すなわち、グーグルは、著作権侵害通知フォームの必要事項に記載があれば無条件に削除していたわけではなく、一定の審査を行っており、このことは、現に被告が行った著作権侵害フォームによる削除申請の中にも拒否されている例があること(乙11から14まで)からも明らかである。本件において被告が利用した著作権侵害通知フォームには、いずれも「パブリシティ権侵害」等であることが記載されており、グーグルには、利用規約上、契約違反や第三者に損害を与える場合などコンテンツの内容が相当ではないと合理的に判断した場合には、独自の裁量によりコンテンツを削除する権利が留保されていたことも併せ考えると、著作権以外の権利の侵害の疑いがある場合において、本来利用すべきフォームではなく、著作権侵害通知フォームを利用して通知をしたからといって、直ちに通知の対象者との関係で、違法な行為をしたということはできない。」と改める。
3 当審における原告らの補充主張に対する判断
(1)著作権侵害通知フォームについて
ア 原告らは、著作権侵害通知がされると、対象とされた動画は原則として直ちに削除され、却下されるのは例外であるから、通知者は、通知が正確であることを確認した上でこれを行う注意義務を負っており、原判決のように「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」に限定して違法性を認めるのは合理的理由がない旨主張する。
 しかしながら、通知された著作権侵害通知フォームの記載内容についてグーグルが一定の審査をした上で、削除の是非を決定しており、現に被告の著作権侵害を理由とする通知の中にも、削除申請が却下されたものがあることは前記補正の上引用した原判決に説示するとおりである。もとより、不正確な著作権侵害の通知をすることは適切ではないが、ある権利の侵害の疑いがある場合において、通知フォームの選択を誤り、著作権侵害通知フォームから通知したとしても、グーグルにおいては、通知内容に関する一定の審査をしていることを踏まえると、通知フォームの選択を誤ったからといって、直ちに通知の対象者との関係で、通知者の不法行為上の過失を認めることは相当ではない。そもそも、権利の侵害の疑いがある場合に、これをグーグルに通知することは、違法な行為ということはできない。その意味において、通知の違法性を認めるために「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」であることを要件とすることには合理性があるというべきである。
 この点、原告らは、このような要件を要求することは、大阪高裁令和4年10月14日判決(甲1)の趣旨に整合しない旨主張するが、同判決の事案は、被控訴人がユーチューブに投稿していた編物の動画について、同様の編物の動画を公開していた控訴人らが、その著作物性及び著作権侵害の有無について十分に検討することなく著作権侵害通知を行い、被控訴人からの問合わせにも誠実に対応せず、脅迫的言辞を弄して和解契約の締結を求めるなどし、その言動からは、著作権侵害通知の制度を利用して、競業者となるような編物動画の投稿者らの動画を削除するよう不当な圧力をかけようとしていたことを推認することができるような事案である。したがって、同判決の事案において「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」であることを違法性の要件とした場合でも、違法性を認めることができたということができるから、同要件を要求することが同判決の趣旨に沿わないものということはできない。他方、本件は、原告らが被告の氏名や顔写真を無断で使用しているという事実に基づき、被告が著作権侵害通知フォームから通知をしたが、その内容は、専らパブリシティ権侵害を通知するものであったというものであり、著作権侵害通知フォームを選択したことが適切ではなかったというにとどまる。そして、通知フォームの選択を誤ったとしても、前記事実が認められる以上、「専ら不当な目的」で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合に該当するとまでは認めることはできない。よって、これに反する原告らの主張は採用することができない。
イ 原告らは、パブリシティ権と著作権とは性質を全く異にする権利であるから、著作権侵害通知フォームからの通知にパブリシティ権の侵害を記載したとしても、当該通知には、「権利が侵害されると思われるとする相応の事実関係及び根拠が記載されていた」ということはできない等と主張する。しかしながら、本件において、パブリシティ権の侵害が成立するかどうかは別として、原告らの動画において、被告の氏名等が無断で使用されていた事実が認められる以上、「権利が侵害されると思われるとする相応の事実関係及び根拠が記載されていた」と認めることは誤りではなく、被告が権利侵害を選択するフォームを誤ったというだけでは、原告らに対する関係で不法行為が成立すると認めることはできないことは前記のとおりである。したがって、原告らの主張は採用することができない。
ウ 原告らは、被告は、ユーチューブの専門家として高度の注意義務を負っており、ユーチューブ上には「その他の法的問題」という選択肢があったにもかかわらず、被告がこれを見落としたというのは不自然であり、原判決言渡し後の被告の言動(甲60)等からも、被告による通知の目的が自分に対する批判を封殺するためのものであったことは明らかであると主張する。しかしながら、ユーチューブ上にある権利侵害を報告する場合に「その他の法的問題」という選択肢を採らず、著作権侵害通知フォームを用いて通知をしたということなどから直ちに被告に「不当な目的」があったことを推認することはできない。また、原告らが被告の氏名等を無断で使用したり、強く批判する言動を複数回行うなど、被告の利益を侵害する可能性のある行為をしていたことが認められる以上、被告がグーグルに権利侵害の通知をすることは、「専ら不当な目的」によるものとまでは認めることはできないから、原告らの主張は採用することができない。
エ 原告らは、仮に、被告が「その他の法的問題」の選択肢を見落としたのだとしても、高度な注意義務を負っていた被告には少なくとも過失があるとも主張するが、前記のとおり、グーグルにおいて著作権侵害通知フォームの記載内容を審査した上で、削除要請の是非を決めていることが認められることや、通知のフォームにかかわらず、グーグルには不適切なコンテンツを削除する独自の裁量権があることを踏まえると、被告が著作権侵害通知フォームからパブリシティ権等の侵害を通知したからといって、原告らに対する関係で注意義務違反があるとまでは認めることはできない。
(2)プライバシー侵害通知フォームからの通知について
 原告らは、被告の氏名はプライバシーに該当しないし、被告の行為は、全体としてみれば、原告X1の表現活動を委縮させる目的であったというべきである等と主張する。
 しかしながら、利用規約(甲36)において、プライバシー侵害通知フォームからの通知に係る動画の内容が、法律上のプライバシー侵害に当たることまでは求められていないこと、少なくとも本件動画2ないし9、12、15ないし17、19、21及び22に被告の氏名が使用されていたこと等を踏まえると、被告がことさらに虚偽の事実や法律関係に基づく通知をしたとは認められず、被告が「専ら不当な目的」でプライバシー侵害通知フォームからの通知をしたと認めることができないことは、前記補正の上引用した原判決に説示するとおりであるから、原告らの主張は採用することができない。
(3)名誉棄損通知フォームからの通知について
 原告らは、通知の対象とされた動画における原告X1の発言は、名誉棄損や侮辱に該当するとは言えない等と主張するが、グーグルは、名誉棄損通知フォームから通知する際、当該通知に係る動画の内容が法律上の名誉棄損ないし侮辱に該当することまでは求めていないこと、本件通知23から25までの通知において報告する文言の内容には、「やっていることが実際詐欺」「詐欺師かIQ3以下の無能」「絶対に成功しない」等といった名誉棄損又は侮辱を構成する可能性のある表現が記載されていたことは、前記補正の上引用した原判決に説示するとおりであるから、原告らの主張は採用することができない。
4 小括
 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がなく棄却すべきものである。
 そして、当事者の主張に鑑み、本件記録を検討しても、前記認定判断を左右するに足りる的確な主張立証はない。
第4 結論
 よって、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水響
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 頼晋一
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