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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示命令異議申立事件
【年月日】令和7年9月5日
 東京地裁 令和6年(ワ)第70636号 発信者情報開示命令の決定に対する異議の訴え事件
 (口頭弁論終結日 令和7年6月24日)

判決
原告 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 梶原圭
被告 SODクリエイト株式会社
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同訴訟復代理人弁護士 内田裕之


主文
1 東京地方裁判所令和6年(発チ)第10882号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年12月5日にした決定を次のとおり変更する。
2 原告は、被告に対し、別紙発信者情報目録1記載の各情報を開示せよ。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 東京地方裁判所令和6年(発チ)第10882号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年12月5日にした決定を取り消す。
2 被告の上記発信者情報開示命令の申立てを却下する。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、被告が、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)により別紙動画目録1記載の動画(以下「本件動画」という。)に係る被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことを理由に、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(令和6年法律第25号による改正後の題名は、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」であり、以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録2記載の各情報(以下「目録2情報」という。)の開示を求める申立て(東京地方裁判所令和6年(発チ)第10882号発信者情報開示命令申立事件)をしたところ、裁判所がこれを認める決定(以下「本件決定」という。)をしたことから、同申立ての相手方であり電気通信事業を営む原告が、被告に対し、法14条1項に基づく異議の訴えを提起し、本件決定の取消しを求める事案である。
 被告は、原告から目録2情報の一部につき任意に開示を受け、本訴訟係属中に当該部分に係る発信者情報開示命令の申立てを取り下げた。一部取下げ後の開示命令申立ての対象は、別紙発信者情報目録1記載の情報(以下「本件各発信者情報」という。)である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、インターネット接続サービスを提供するプロバイダである。
イ 被告は、アダルト動画の製作及び販売を行う株式会社である。
(2)本件動画の著作者(乙1、弁論の全趣旨)
 被告は、本件動画の著作者である。
(3)ビットトレント(BitTorrent)の仕組み(乙4、6、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。
 ビットトレントを利用したファイル共有は、特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ビットトレントを利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)に参加している端末(ピア)同士の間で当該ピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。
 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする者は、インデックスサイトと呼ばれるインターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに係るトレントファイルをダウンロードする。端末にインストールしたソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。
 上記の手順によってピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、ピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースをダウンロードする。
(4)調査会社による調査(乙4ないし14)
 株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)は、別紙動画目録1記載の各IPアドレス、各ポート番号及び各発信時刻を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件動画の品番に基づいて、本件動画を複製して作成された動画ファイルであることが疑われるファイル(以下「本件ファイル」という。)のハッシュ値を探索し、当該ハッシュ値を監視対象とした。
イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である前記アのハッシュ値を有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求したところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス及びポート番号の情報のリストが返信された。
ウ 本件監視ソフトウェアは、トラッカーからピアの情報のリストが返信された後、各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答することを確認し、実際に、各ピアから本件ファイルの一部であるピースをダウンロードした。このとき、本件監視ソフトウェアは、ダウンロードされたファイルの送信元となったピアのIPアドレス及びポート番号、ダウンロードされたファイルのハッシュ値及びピースの情報並びにピアからピースの転送を受けた際のPIECE通信(各ピアが、自身が保有するピースの転送を求められた場合に、当該ピースを当該他のピアに転送する通信のこと)の開始時点のタイムスタンプを自動的にデータベースに記録するとともに、当該ピースをハードディスクに保存した(以下、本件調査会社の調査の際に行われたPIECE通信のことを「本件通信」という。)。
(5)本件調査会社がダウンロードした各ピースに係る再生試験(乙13、14)
ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワークを介して本件ファイルをダウンロードし、本件ファイルの複製データから、本件通信の際にデータベースに記録されたピースの情報に基づいて、ダウンロードした各ピースに相当する部分を除くmdat(映像、音声等のデータそのものが格納されている部分)の情報を削除した上で、当該本件ファイルの複製データが再生可能であることを確認した(以下「本件再生試験」という。)。
イ 別紙動画目録1記載の各発信時刻並びに各IPアドレス及び各ポート番号は、前記(4)イ記載のリストに記載され、かつ、本件再生試験において本件動画の一部を再生することができたピースのダウンロードに係る情報である。
(6)本件ファイルは本件動画を複製して作成されたものであること(乙2、3)本件ファイルは、本件動画を複製して作成されたものである。
(7)本件各発信者情報の保有
 本件通信は、本件各氏名不詳者が原告のインターネット接続サービスの提供を受けて行ったものであり、原告は本件各発信者情報を保有している。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)権利侵害の明白性(争点1)
(被告の主張)
 本件各氏名不詳者は、本件ファイルの一部であるピースを不特定のビットトレントユーザーからの求めに応じて自動的に公衆送信が行われる状態に置いて被告の送信可能化権を侵害するとともに、別紙動画目録1記載の各発信時刻に本件動画の全部又は一部を送信して現実に公衆送信権を侵害した。
 したがって、本件通信により被告の権利が侵害されたことは明らかである。
(原告の主張)
 不知ないし争う。
 本件監視ソフトウェアは、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会において、IPアドレス等の特定方法の信頼性が認められると認定されたシステムではないから、別紙動画目録1記載の各IPアドレス及びタイムスタンプが、本件動画のアップロード又はダウンロードに用いられたものであることは明らかではない。
(2)開示関係役務提供者該当性(争点2)
(被告の主張)
 本件各氏名不詳者は、本件ファイルの一部であるピースを不特定のビットトレントユーザーからの求めに応じて自動的に公衆送信が行われる状態に置き、現実に本件通信を行ったものであり、本件通信は「特定電気通信」に当たり、本件各氏名不詳者は、本件通信につき、原告のインターネット接続サービスの提供を受けていたから、原告は「開示関係役務提供者」に該当する。
(原告の主張)
 本件通信は、本件調査会社の本件監視ソフトウェアと各ユーザーとの間で行われた一対一対応の通信の記録であって、不特定の第三者に伝播されることはなく、不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為ではないから、「特定電気通信」に当たらず、原告は「開示関係役務提供者」に該当しない。
(3)開示を受けるべき正当な理由の有無(争点3)
(被告の主張)
 被告は、本件各氏名不詳者に対して損害賠償を請求すべく準備をしているが、同人らの氏名、住所等は不明であり、電話番号及び電子メールアドレスを含む本件各発信書(ママ)情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(原告の主張)
 被告は、本件各氏名不詳者に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うために、本件各氏名不詳者の電話番号及び電子メールアドレスが必要である旨主張するが、本件各氏名不詳者の氏名又は名称及び住所があれば、損害賠償請求等を行うことは可能であるから、電話番号及び電子メールアドレスの開示を受けるべき正当な理由は存在しない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(権利侵害の明白性)について
(1)前提事実(3)のとおり、ビットトレントは、ビットトレントネットワークを形成している不特定のピアとの間で、特定のファイルに係るデータを細分化したピースを転送又は交換し合うことで、特定のファイルを共有するプロトコルであり、各ピアが自身のピースを転送する通信は、不特定の公衆によって直接受信されることを目的とする通信の送信を行うものといえる。
 そして、前提事実(4)ないし(6)によれば、本件各氏名不詳者は、ビットトレントネットワークを介して、本件監視ソフトウェアに対し、本件動画を複製して作成された本件ファイルの一部であるピースを転送し、もって本件動画の一部を自動公衆送信(著作権法2条1項9号の4)したものと認められるから、本件通信により被告の著作権(公衆送信権)を侵害したものと認められる。
 以上によれば、本件通信により被告の権利が侵害されたことは明らかである。
(2)原告は、本件監視ソフトウェアはプロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会において認定されたシステムではないことを理由に、本件監視ソフトウェアによるIPアドレス等の特定方法は信頼性に欠ける旨主張する。
 しかし、前提事実(4)及び(5)掲記の証拠によれば、別紙動画目録1記載のIPアドレス、ポート番号は、本件通信の送信元となったピアのIPアドレス及びポート番号であり、同目録記載の発信時刻は、各ピースに係る本件通信の開始時点のタイムスタンプであると認めることができ、原告の挙げる事情は同認定を左右するものではないから、原告の上記主張は採用することができない。
2 争点2(開示関係役務提供者該当性)について
 上記1で説示したところによれば、本件通信は、法2条1号の「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」であるといえるから、「特定電気通信」に該当する。そして、前提事実(7)のとおり、本件通信は、本件各氏名不詳者が原告のインターネット接続サービスの提供を受けて行ったものであるから、原告は同条11号の「開示関係役務提供者」に該当する。
3 争点3(開示を受けるべき正当な理由の有無)について
 弁論の全趣旨によれば、被告は、本件各氏名不詳者に対し、不法行為に基づく損賠償請求を行うことを予定しているものと認められるから、法2条10号の「発信者情報」である本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
 原告は、本件各氏名不詳者の電話番号及び電子メールアドレスまで開示する必要性はない旨主張するが、これらの情報についても、被告が本件各氏名不詳者に対して損害賠償請求を行うに当たり、本件各氏名不詳者を特定し、連絡をする上で有用であり、必要性を肯定することができるから、原告の上記主張は採用することができない。
4 小括
 以上によれば、被告は、原告に対し、法5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求めることができる。
第4 結論
 よって、被告による発信者情報開示命令の申立ては主文の限度で理由があるから、本件決定を変更することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 澁谷勝海
 裁判官 本井修平
 裁判官 塚田久美子


(別紙) 発信者情報目録1
 別紙動画目録1記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に原告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
@ 氏名又は名称
A 住所
B 電話番号(ただし、別紙動画目録1の2、3、5、6、8、10、12、15、19、20、24、27、28、29、31及び32に限る。)
C 電子メールアドレス(ただし、別紙動画目録1の1、6、11、22、26及び32に限る。)
 以上

(別紙) 発信者情報目録2
 別紙動画目録2記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に原告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
@ 氏名又は名称
A 住所
B 電話番号
C 電子メールアドレス
 以上

(別紙動画目録1 省略)
(別紙動画目録2 省略)
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