| 判例全文 | ||
| 【事件名】X投稿写真引用事件 【年月日】令和7年8月21日 東京地裁 令和7年(ワ)第70006号 投稿記事削除請求事件 (口頭弁論終結日 令和7年6月26日) 判決 原告 Ai 被告 X Corp. 同訴訟代理人弁護士 山内貴博 同 水谷和雄 同 田子弘史 同 平津慎副 同 今野由紀子 同 小原丈佳 主文 1 被告は、別紙投稿記事目録記載1から4までの各投稿記事を削除せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が、X(インターネットを利用してポストと呼ばれる一定の文字数のメッセージ等を投稿することができる情報ネットワークをいう。)に投稿された別紙投稿記事目録記載の各投稿記事(以下、目録の順に「本件投稿記事1」などといい、これらを併せて「本件投稿記事」という。)のうち、本件投稿記事1から3までにより原告の名誉権が侵害されており、本件投稿記事4により原告保有に係る著作権(複製権及び公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されていると主張して、Xを管理運営する被告に対し、本件投稿記事1から3までについては名誉権に基づく差止請求権に基づき、本件投稿記事4については著作権及び著作者人格権に基づく差止請求権に基づき、本件投稿記事1から4までの削除を求める事案である。 1 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実をいう〔証拠等の記載のないものは当事者間に争いがなく、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。〕。) (1)当事者 ア 原告は、日本国内に居住する男性である。 イ 被告は、アメリカ合衆国ネバダ州に本店を有する外国法人であり、インターネット上のウェブサイトであるX(https://X.com)を管理運営している。 (2)本件投稿記事 ア 別紙投稿記事目録のユーザー名欄記載のアカウント(本件投稿記事1から4まで同一のもの)により、同目録の投稿日時欄記載の各日時に、Xにおいて、同目録の投稿内容欄記載の各投稿が行われ、同目録のURL欄記載の各URLに、本件投稿記事1から4までが掲載された。なお、本件投稿記事4の投稿には、同目録4の投稿内容欄掲載の2枚の写真(以下、掲載順に「本件投稿画像1」、「本件投稿画像2」という。)が添付されていた。(甲1) イ 本件投稿記事1から4までは、本件口頭弁論終結時において引き続き掲載されている。(弁論の全趣旨) (3)被告の規約 被告のサービス利用規約「3.本サービス上のコンテンツ」には、「当社は、当社の利用者契約に違反しているコンテンツ(著作権もしくは商標の侵害、またはその他の知的財産の不正利用、なりすまし、不法行為もしくは嫌がらせ等を行うコンテンツなど)を削除する権利を留保します。」と記載されている。(甲2) 2 争点 本件投稿記事の存在及び各投稿内容については当事者間に争いがない。 (1)本件投稿記事1から3までによる名誉権侵害の有無(争点1) (2)本件投稿記事4による著作権及び著作者人格権侵害の有無(争点2) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(本件投稿記事1から3までによる名誉権侵害の有無)について (原告の主張) 本件投稿記事1から3までは、いずれも原告本人の氏名を記載した上で、原告についての言及として、原告がカルト宗教であるBiの信者であり、中学3年生の頃から「導き親」なる人物と性行為を繰り返し、@堕胎(人工妊娠中絶)された旨、A原告が「導き親」なる人物を脅迫していた旨を述べているところ、これらは、原告がインチキ宗教ないしカルトと呼称される宗教を信仰し、原告が責任を取ることができない年齢の頃から避妊せずに性行為に及び女性を妊娠させ、道徳的ないし倫理的に根強い批判が存在する人工妊娠中絶に関与し、更に当該女性を脅迫するなどの重大なトラブルを引き起こしたものであり、原告が未成年の頃から素行不良で性的にも倫理的にも問題のある人物であるという印象を与えるものであるから、原告の社会的評価を著しく低下させるものである。 なお、原告は、Biの信者ではなく、女性を妊娠させたことも、中絶させたことも、人工妊娠中絶に関与したこともない。 (被告の主張) 現在のBiが「カルト宗教」であることは明らかでないこと、人工妊娠中絶は必ずしも犯罪行為や倫理上問題のある行為とは評価されないこと、本件投稿記事1から3までは原告が無理やり違法な人工妊娠中絶をさせた事実を摘示するものではないこと、性行為に及んだ時期は社会的評価の低下につながる事実ではないこと、以上からすれば、本件投稿記事1から3までは、いずれも原告の社会的評価を低下させるものではない。 また、本件投稿記事1から3までが投稿された経緯や原告とBiとの関係は不明であり、原告の陳述書だけでは「表現内容が真実では(中略)ないことが明白」(最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)であることの立証として不十分である。 2 争点2(本件投稿記事4による著作権及び著作者人格権侵害の有無)について (原告の主張) 原告は、令和6年10月8日及び同年11月24日に自らを撮影した写真にコメントを付したもの(別紙著作物目録1−2及び2−2掲載の画像をいい、以下、「原告作成画像1」及び「原告作成画像2」という。)を、Instagram(インターネットを利用して写真等を投稿することができる情報ネットワークをいう。)において公開していたところ、原告作成画像1及び2は、原告が原告自身を被写体として選択し、自身の顔の向き、表情、視線、カメラとの距離や角度、背景の取り込み方(原告作成画像1における車窓の光景や車内照明、原告作成画像2におけるカップを持つポーズや背景の状況)を意図的に選択して構図を決定し、特定の表情や状況(原告作成画像1における飲酒後の状況、原告作成画像2におけるカップを口元に寄せた思考中の表情)を捉えるタイミングを選択して撮影した写真に、原告作成画像1の原告の胸元あたりには「今夜は友人と一緒に珍しく(?)お酒を飲んでいました。」とコメントを付し、原告作成画像2の原告の鼻と口の間に「「西海岸で飲む味」って、やっぱりキマるのだろうか......?と考えている顔」、カップの下に「↑よく見ると、カップにスマートフォンの画面が映っている↑」とコメントを付したものであり、これらは原告の思想及び感情を表現したものである。これらの事情からすれば、原告作成画像1及び2は、全体として著作物として保護され、原告が著作権を有する。 本件投稿記事4の本件投稿画像1及び2は、原告作成画像1及び2を複製したものである。これらの画像は原告に無断で複製され、Xにおいてインターネット上に公開され公衆送信されているものであるから、原告の著作権(複製権及び公衆送信権)を侵害している。 なお、本件投稿記事4においては本件投稿画像1及び2が中心的なコンテンツとして大きく表示されており、引用される側が主従関係の従に当たるとはいえず、本件投稿記事4において原告作成画像1及び2を無断複製して掲載する必要性は全くなく、出所が原告のInstagramアカウントであることの表示もないから、引用の抗弁は認められない。 また、本件投稿画像1及び2の複製元である原告作成画像1及び2は原告のInstagramアカウントに投稿されていたのであるから、その著作者が原告であることを容易に認識し得たにもかかわらず、本件投稿記事4は、あえて本件投稿画像1及び2に、著作者である原告の氏名を記載していないのであるから、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害する。 (被告の主張) 本件投稿記事4は、投稿者が、本件投稿画像1及び2の撮影時期について、原告の髪の毛の長さを根拠にして考察・検証し、意見・感想を述べる投稿であるから、当該検証目的との関係では正当な範囲内で引用したものであり、引用の態様が公正な慣行に反する事情も特にないため、適法な「引用」(著作権法32条1項)である。 また、原告は、原告作成画像1及び2の画像を公衆に提示するに際し、いずれの画像にも著作者名を表示したことを立証していないため、著作権法19条2項によれば、氏名表示権侵害は認められない。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(本件投稿記事1から3までによる名誉権侵害の有無)について (1)社会的評価の低下の有無 ア 判断基準 人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)、ある記事が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)、この理は、Xの投稿記事についても異なるところはないというべきである。 イ 当てはめ (ア)本件投稿記事1 本件投稿記事1は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告は、カルト宗教であるBiの信者であり、中学校3年生頃から原告をBiに導いた者(同人を記事の用語に合わせ、以下「導き親」という。)と性交し、導き親に堕胎されたことを追及していたようであったという事実を摘示するものと認めるのが相当である。 そうすると、このような事実は、原告において品性、徳行等を欠くという印象を与えることは明らかであり、原告の社会的評価を明らかに低下させると認めるのが相当である。 (イ)本件投稿記事2 本件投稿記事2は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告は、Biの信者であり、中学生頃から導き親と性交し脅迫していたという事実を摘示するものと認めるのが相当である。 そうすると、このような事実は、原告において品性、徳行等を欠くという印象を与えることは明らかであり、原告の社会的評価を低下させると認めるのが相当である。 (ウ)本件投稿記事3 本件投稿記事3は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告は、Biの信者であり、中学生頃から導き親と性交し脅迫していたという事実を摘示するものと認めるのが相当である。 そうすると、このような事実は、原告において品性、徳行等を欠くという印象を与えることは明らかであり、原告の社会的評価を低下させると認めるのが相当である。 (2)真実性の有無 被告は、上記(1)認定に係る摘示事実が真実である旨の立証をしていないことからすると、当該摘示事実が真実であると認めるに足りない。かえって、証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば、原告はBiの信者ではないこと、中学生の時に性行為に及んだことはないこと、女性を妊娠させたことや中絶させたことはないことが認められ、上記摘示事実は真実ではないことが認められる。 これに対し、被告は、最高裁判決(最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)を引用して、原告において上記摘示事実が真実ではないことの立証責任を負う趣旨をいうものの、被告引用に係る部分は、公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合についての説示であり、私人の投稿が問題となる本件に適切ではない。したがって、被告の主張は、採用することができない。 (3)まとめ 以上によれば、本件投稿記事1から3までは、原告の名誉権を侵害するものであると認められる。 2 争点2(本件投稿記事4による著作権及び著作者人格権侵害の有無)について (1)著作物性の有無 証拠(甲8)及び弁論の全趣旨によれば、原告作成画像1及び2は、いずれも、原告が自身の表情や顔の向き、カメラの角度、背景や照明等の映り込み具合を選択して構図を決定した上、原告自ら撮影した自身の写真であり、原告の表情を子細に表現できるように構図等を工夫した点において、創作性があるものといえる。したがって、原告作成画像1及び2には、著作物性を認めるのが相当である。 (2)複製及び公衆送信 証拠(甲1の4、甲8)及び弁論の全趣旨によれば、本件投稿画像1は原告作成画像1につき、本件投稿画像2は原告作成画像2につき、その上下端部分を除く中央部分とほぼ同一のものであるから、前記にいう創作性がある部分を再現しているものと認められる。したがって、いずれも原告が著作権を有する著作物を複製するものであるといえる。 そして、Xへの投稿は公衆への送信に当たるから、被告において、原告作成画像1及び2から本件投稿画像1及び2を複製した上、これらをXに投稿した行為は、原告作成画像1及び2に係る複製権及び公衆送信権を侵害するものといえる。 (3)引用の成否について 著作権法32条1項は、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で、引用して利用することができる旨規定するところ、公正な慣行に合致し、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるかどうかは、社会通念に照らし、他人の著作物を利用する目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の程度などを総合考慮して判断されるべきである。 これを本件についてみると、本件投稿記事4の投稿の内容は、本件投稿画像1及び2に係る2枚の写真が大きく映っており、これに対するコメントの内容は、2枚の上記写真に付随する短いものにすぎない。そして、上記コメントの内容をみても、上記写真に映された原告の髪の長さを特に比較して写真の撮影時期を指摘するものであるが、その内容によっては、2枚の上記写真のうちいずれの写真の撮影時期を指摘するものかが直ちに明らかではない。しかも、2枚の上記写真は、原告の髪の範囲を超えて、顔全体、背景その他の写真のほぼ全体が引用されており、その態様に照らすと、本件投稿画像1及び2が独立して2次的に利用されるおそれも否定し難い。のみならず、本件投稿記事4の投稿には、上記写真の出所は何ら表示されているものではない。 これらの事情を総合すれば、本件投稿記事4の投稿に本件投稿画像1及び2を引用して利用することは、公正な慣行に合致するものではなく、引用の目的上正当な範囲内であるとも認めることはできない。 (4)氏名表示権侵害の成否 著作権法19条2項は、著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につき既に著作者が表示しているところに従って著作者名を表示することができると規定している。もっとも、著作物を利用する者は、その著作者がこれを無名とする権利を行使したとは認められない場合において、その著作者名が明らかであるときは、著作者と著作物との結び付きに係る人格的利益の重要性に鑑み、その著作者名を表示しなければならないと解するのが相当である。 これを本件についてみると、原告作成画像1及び2(以下「本件各画像」という。)は、原告自身を自撮りした上でこれらに簡潔なコメントを挿入したものであり、いずれも原告のInstagramアカウントに投稿されたものである。これらの本件各画像の内容及び性質を踏まえると、原告が自己の肖像に係る本件各画像をあえて無名とする意図があったものとは明らかに認められない。また、本件各画像は、原告の上記アカウントに投稿された原告自身の自撮りの写真であるから、本件各画像の著作者は、格別の調査をしなくても原告であることは自明である。 これらの事情の下においては、被告において原告の氏名を表示せずに本件各画像を利用する行為は、原告の氏名表示権を侵害するものと認めるのが相当である。 これに対し、被告は、原告が本件各画像に原告の氏名を表示したことを立証していないから、著作権法19条2項に基づき氏名表示権侵害は成立しない旨主張する。しかしながら、本件各画像に原告の氏名が表示されていないとしても、少なくとも上記認定に係る事実関係の下においては、原告において本件各画像をあえて無名としたものではないことは明らかである一方、被告においても本件各画像の著作者が原告であることは自明であることからすると、被告の主張は、上記人格的利益の重要性に鑑み、上記判断を左右するものとはいえない。したがって、被告の主張は、採用することができない。 3 小括 以上によれば、本件投稿記事1から3までは原告の名誉権を侵害し、本件投稿記事4は原告の著作権(複製権及び公衆送信権)及び氏名表示権を侵害するものであり、原告の名誉権、著作権及び氏名表示権の各侵害の重大性、これらの投稿の削除により被告が被る具体的な不利益、その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、現に行われている侵害行為を排除するため、上記の各権利の侵害に基づき、本件投稿記事1から4の削除を認めるのが相当である。 第5 結論 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 中島基至 裁判官 松川春佳 裁判官 武富可南 (別紙省略) |
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