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【事件名】日本美術院同人の著作権侵害不存在確認事件
【年月日】令和7年7月18日
 東京地裁 令和7年(ワ)第70128号 著作権侵害不存在確認請求事件
 (口頭弁論終結日 令和7年5月19日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 王子裕林
被告 B
同訴訟代理人弁護士 尾●(たつさき)順


主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 原告が、別紙動産目録1記載の絵画を作成したことについて、被告の原告に対する同目録2記載の絵画の著作権(複製権及び翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害に基づく損害賠償請求権が存在しないことを確認する。
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
 本件は、原告が、原告の作成した別紙動産目録1記載の絵画(以下「原告作品」という。)が被告の作成した同目録2記載の絵画(以下「被告作品」という。)を複製ないし翻案したものではないと主張して、被告に対し、原告による原告作品の作成について、被告が原告に対し、被告作品に係る著作権(複製権及び翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害に基づく損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)を有しないことの確認を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
 原告は、国立大学法人東京藝術大学の教授を務めた日本画家であり、公益財団法人日本美術院(以下「日本美術院」という。)の同人である。
 被告は、日本美術院の同人である。
(2)本件訴え提起に至る経緯
ア 被告は、被告作品を作成し、平成14年に開催された日本美術院が主催する第57回春の院展に出品した。(乙2、4)
イ 原告は、原告作品を作成し、令和5年3月21日から開催される日本美術院が主催する第78回春の院展に出品した。(甲4)
ウ 日本美術院は、令和5年4月28日、原告作品が被告作品に酷似していることなどを理由として、原告を日本美術院の理事から解任するなどの処分をした。(甲6)
エ 原告は、令和5年6月28日頃、被告に対し、被告が日本美術院の同人らに対して原告作品が被告作品に酷似しているなどと発言したことが名誉毀損に当たるなどとして不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴え(以下「別件訴訟」という。)を提起した。(乙1)
オ 原告は、令和7年4月4日、被告に対し、本件損害賠償請求権の不存在確認請求に係る訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。
(3)本件訴え提起後の経緯
 被告は、令和7年5月19日の本件第1回口頭弁論期日において、今後、本件で問題となっている著作権侵害に基づく損害賠償請求は行わないと陳述した。
3 本案前の争点及びこれに関する当事者の主張
 本件の本案前の争点は、本件訴えに訴えの利益があるかである。
(1)原告の主張
 被告は、原告作品が被告作品の盗作であると主張し、日本美術院に対して原告の処分を求めていることからすれば、現時点で被告に権利行使の意思がなかったとしても、原告の法的地位は不安定であるから、本件訴えには即時確定の利益が存在し、訴えの利益がある。
(2)被告の主張
 被告は、原告に対して、原告作品の作成に関し、著作権侵害を理由に損害賠償を請求したことはなく、また、その予定もない。
 したがって、原告の権利又は法的地位への危険又は不安は未だ現実的なものではないから、本件訴えは即時確定の利益を欠き、訴えの利益はない。
第3 当裁判所の判断
1 確認の訴えにおける確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、現に当事者の有する権利又は法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に限り認められる(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最高裁昭和44年(オ)第719号同47年11月9日第一小法廷判決・民集26巻9号1513頁)。
2 前提事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)日本美術院は、被告が、令和5年3月25日頃、日本美術院の理事等に対し、原告作品と被告作品の類似性について相談したことを契機として、同月26日に倫理委員会を設置し、その対応について検討することにした。(甲5、乙1ないし4)
(2)同倫理委員会は、原告から意見聴取を行うなどして検討した結果、同年4月28日、原告作品が被告作品に酷似していることに加え、原告作品のオリジナリティを推測させるスケッチや下絵に相当するエスキース等の資料が同倫理委員会に提出されなかったことなどを理由として、原告を日本美術院の理事から解任するとともに、原告に対し、同日から1年間、日本美術院が主催する展覧会に原告の作品を出品することを停止する旨の処分をすることが相当である旨日本美術院に報告し、引き続き開催された日本美術院の理事会において同処分が決定された。(甲6、乙2)
(3)その後、原告は被告に対し、別件訴訟を提起したが、被告は、別件訴訟において、被告が原告作品につき被告作品に酷似しているなどと発言したことを否認し、被告は、原告が被告作品を盗作したものであるか否かを問題にしておらず、日本画家である第三者(日本美術院の理事等)に対し、原告作品と被告作品の類似性に関する専門的な意見や判断を求めたにすぎず、日本美術院に対し倫理委員会設置の申立てや原告に対する処分を要求していない旨主張した。また、被告は、別件訴訟において、日本美術院理事長から、原告作品と被告作品の類似性に関し、被告として何を求めるかを問われ、「それは私の領域ではないので、何も求めません。私の作品との関係を知りたいだけです。」と答えた旨主張した。(乙3、4)
3 以上の認定事実によれば、原告は、被告が原告作品と被告作品の類似性について日本美術院の理事等に相談したことを契機として、日本美術院が設置した倫理委員会の審査に付され、処分を受けたことが認められるものの、他方で、本件全証拠によっても、被告が、本件口頭弁論終結時までに、原告に対し、原告作品の作成について、損害賠償請求をした事実は認められない。
 かえって、被告は、別件訴訟に応訴した当時から、原告が被告作品を盗作したものであるかを問題にしたり、原告に対する処分を求めたりするのではなく、原告作品と被告作品の類似性について専門家としての意見や判断を求めたにすぎない旨主張していたものであるし、本件訴えにおいても、原告作品の作成に関し、著作権侵害を理由に損害賠償を請求したことはなく、また、その予定もないと主張し、口頭弁論期日において、今後、本件で問題となっている著作権侵害に基づく損害賠償請求は行わないと陳述したことが認められる。
 そうすると、被告は、本件訴え提起に至る前から、原告に対し、原告作品と被告作品の類似性を理由とする損害賠償を請求する意思がなく、今後もその意思がないと認めるのが相当である(なお、原告は、著作権侵害のほかに、著作者人格権に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求めているのに対し、被告は著作権侵害に基づく損害賠償請求を行わない旨主張ないし陳述するにとどまっているが、前記の経緯に鑑みれば、被告は、著作権侵害のみならず著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求をする意思もないと認めるのが相当である。)。
 以上によれば、被告が今後、原告に対して著作権侵害だけでなく著作者人格権に基づく損害賠償請求をしないこと、すなわち、本件損害賠償請求権を行使しないことは明らかであり、この点について、現に当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律上の地位の不安、危険が存在しているとはいえず、即時確定の利益があるとは認められない。
第4 結論
 以上によれば、本件訴えは訴えの利益を欠くものであるから却下することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 澁谷勝海
 裁判官 塚田久美子
 裁判官 浅川浩輝


(別紙動産目録1 省略)
(別紙動産目録2 省略)
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