判例全文 line
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【事件名】販促冊子「さくら SAKURA」事件(2)
【年月日】令和7年5月14日
 知財高裁 令和5年(ネ)第10067号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和3年(ワ)第20472号)
 (口頭弁論終結の日 令和7年2月12日)

判決
控訴人兼被控訴人(一審原告) X(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
被控訴人兼控訴人(一審被告) 株式会社日本デザインセンター(以下「一審被告会社」という。)
被控訴人兼控訴人(一審被告) Y(以下「一審被告Y」といい、一審被告会社と併せ「一審被告ら」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 亀井弘泰
同 近藤美智子


主文
1 一審原告の控訴及び一審被告らの各控訴をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴に係る費用は一審原告の、一審被告らの各控訴に係る費用は一審被告らの負担とする。

事実及び理由
第1 一審原告の控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 一審被告らは、一審原告に対し、連帯して1億7540万円及びこれに対する一審被告会社については平成30年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を、一審被告Yについては令和3年10月13日から支払済みまで年3分の割合による金員を、支払え。
3 訴訟費用は第1、2審とも一審被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2 一審被告らの控訴の趣旨
1 原判決中一審被告らの敗訴部分を取り消す。
2 前項の取消しに係る部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも一審原告の負担とする。
第3 事案の概要等(略語は、当事者の表記を除き原判決のそれに従う。なお、「別紙」を「原判決別紙」と読み替える。)
1 本件は、原判決別紙写真目録記載1ないし4の各写真(本件写真1ないし本件写真4、併せて本件各写真)の著作権(本件著作権)を有する写真家である一審原告が、一審被告会社においてそのウェブページ(本件ウェブページ)上に本件各写真を掲載した行為が、本件著作権に係る公衆送信権侵害を構成すると主張して、一審被告らに対し、連帯して、一審被告会社については、民法709条及び著作権法114条3項に基づき、損害賠償金1億7540万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成30年2月16日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、一審被告会社の代表取締役である一審被告Yについては、会社法429条1項に基づき、上記損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和3年10月13日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める事案である。
 原審において、一審原告主張に係る公衆送信権侵害の期間は、平成19年3月から平成26年8月までに限るものとされた。
 原審が、一審原告の請求を、一審被告ら連帯して414万円及びこれに対する遅延損害金の支払の限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却したところ、これに不服の当事者双方がそれぞれ控訴を提起した。
2 前提事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記3及び4のとおり、当審における当事者双方の主な補充主張及び当審における一審被告らの追加主張(損害不発生)を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の2及び3、第3に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決3頁13行目の「日本たばこ産業株式会社」の次に「(以下『JT』という。)」を加え、同頁14行目の「日本たばこ産業株式会社」を「JT」と、同頁15行目の「(甲9)」を「(甲9。以下『本件小冊子』という。)」と、同頁17行目の「上記小冊子」を「本件小冊子」とそれぞれ改め、同頁18行目の「甲9、」を削る。
(2)原判決4頁14行目の「日本たばこ産業株式会社」を「JT」と改める。
3 当審における当事者双方の主な補充主張
〔一審被告らの主張〕
(1)承諾の成否(争点1)について
ア 原判決は、実績紹介利用についての業界慣行を前提とした黙示の許諾の成立を否定したが、原判決の判断は、本件に係る平成19年(2007年)当時の広告、デザイン業界の慣行を看過し、証拠評価を誤るものである。
(ア)広告実績紹介の業界慣行
 平成19年(2007年)当時において、デザイン事務所や広告制作会社等が自社の制作した広告作品を過去の実績紹介として自社のウェブページ等に掲載することは、広告、デザイン業界において、デザイン事務所側でもクリエイター側でも当然のことと認識されており、実績紹介目的での使用について、別途許諾を受けたり、対価を支払うなどということは一切行われていなかった。
 原判決は、甲18の他案件にかかる一審原告と他社との契約書をもって、同契約書に実績紹介目的での許諾規定がないことを指摘するが、そもそも広告業界においては、実績紹介目的での掲載についての許諾は、当初の商業広告としての使用許諾に付随し、これに当然に含まれると認識されていたのであるから、別途の許諾を敢えて明文で記載していないことはむしろ自然なことである。
 一審被告会社は、本件訴訟を受けて、乙11、12の通り、一審被告会社が、同社のホームページを立ち上げた平成19年(2007年)頃から現在に至るまでの間に、実績紹介としてその作品を掲載してきたクリエイター合計691人に対して、改めて掲載の諾否の意思確認を行った。この結果、乙11の書面作成時における回答率は97・7%であり、回答した675人のクリエイター全員が掲載に異議なしと回答した(なお、乙11提出時において回答のなかった10名は転職や退職による連絡先不明であり、残り6名は乙11提出時においては回答待ちの状況であったが、その後回答待ちの6名中5名から承諾の回答を受けており、結果的に回答を受けた全員から承諾の意思確認ができている状況である。)。乙12はこれらクリエイターからの回答コメントにつき、同趣旨のものを割愛した上での一例を示したものであるが、いずれも掲載されることをクリエイターにとって有益と考えており、掲載を積極的に希望する趣旨のものばかりである。
 更に一審被告会社は、今般改めて広告・デザイン業界において、第一線で幅広く活躍し、著名ブランドの案件を数多く手掛ける著名写真家らに対し意見照会を行ったが、同写真家らからも、業績紹介目的でのデザイン事務所らによるホームページ上の掲載についてはごく当たり前の業界慣行と認識しており、一審被告会社案件はもとより、他社の広告案件等においても、実績紹介目的での掲載につき、別段の許諾を求められたり、広告案件と別に実績紹介目的での使用についての許諾料を支払われたことはないとの回答を得ている(乙25)。
 こうしたクリエイターや著名写真家らの回答結果を踏まえれば、本件各写真が使用された平成19年(2007年)当時において(現在においても)、広告掲載と同時に、当該作品が広告会社ないしデザイン事務所において実績紹介として使用されることが、クリエイターにとっても広告・デザイン業界においても当然の業界慣行であったことは明らかである。
 本件当時の一審原告、一審被告会社間の合意内容の解釈においては、こうした業界慣行を踏まえた上で判断する必要があるところ、原判決は、かかる業界慣行を看過する点で不当である。
(イ)一審被告らと一審原告との良好な関係性
 一審原告は、昭和58年(1983年)から昭和61年(1986年)までの間、一審被告会社の子会社である株式会社スタジオVIG(現株式会社VIG)の従業員だったことがあり、一審被告Yは一審原告と面識を有していた。
 一審被告Yが、JT「さくら」の広告プロモーションにおいて、一審原告の作品を抜擢したのも、一審原告が、本件各写真が採録された写真集「幻視」(甲1)を一審被告Yに献本したことが契機であった。一審原告は、本件各写真が使用されることについて当初より非常に積極的であり、一審被告会社担当者に対し、是非使用してほしい、使用に際しては、本件各写真をどのような使い方をしても構わない、とまで明言していた。
 更に一審原告は、自身のホームページ上においても、自身が一審被告会社の関連会社の従業員であったとの経歴を誇張し、あたかも一審被告会社の従業員であったかのように記載している(乙3)。このことは、一審原告自身が、一審被告会社との業務実績が自己の業績評価に対し付加価値を与えるものであることを十分に認識していたことを示すものである。
 そして、一審原告自身が、平成19年(2007年)の当時において、既に長期にわたり広告・デザイン業界において活動していた経緯からすれば、一審原告がその業界慣行についても熟知していたことが明らかである。
 本件各写真につき利用許諾契約書が作成されなかったのは、このような一審原告と一審被告らとの関係性を踏まえたものであり、許諾の対価以外の点は、このような広告デザイン業界の業界慣行に従うことが敢えて契約書にするまでもなく共通認識であったからに他ならない。
 一審被告会社と一審原告間の合意が、このように広告・デザイン業界における慣行に従うことを前提とするものであった以上、実績紹介としての一審被告会社による使用も、当然当初の広告使用の許諾に含まれていた合意であったことは明らかである。
(ウ)長期間にわたって一審原告が異議を述べていないこと
 また、本件各写真が一審被告会社ホームページの実績紹介に掲載されたのは平成19年(2007年)頃からであったところ、その掲載について一審原告が一審被告らに対して初めて異議を述べたのは、平成30年(2018年)2月になってからである。その間10年以上にわたって実績紹介として掲載されていたが、一審原告は一切異議を述べていない。前記のとおり、わざわざ経歴を誇張してまで一審被告会社との関係を自身の実績紹介としていた一審原告が、その一審被告会社のホームページを10年以上全く見なかったというのは不自然というほかはない。
 この事実からも、一審原告が実績紹介としての掲載を特に異議なく承諾していたことを強く推認させるというべきでる。
(エ)複製防止措置の平成19年(2007年)当時の位置づけ
 本件各写真を一審被告会社ホームページに掲載した平成19年(2007年)当時の広告・デザイン業界において、実績紹介に際し画像データに複製防止措置を施すなどということはそもそもほとんど行われていなかった。
 一審被告らが、今般改めて主たる広告会社の実績紹介サイトを平成19年(2007年)まで遡って確認したところ、平成19年(2007年)当時に、データに複製防止措置を講じていたケースは1件も見当たらなかった。現在においても、データに対し複製防止措置を講じていないケースが大半である(乙13、14の1〜24の2)。これは、そもそも実績紹介として掲載される画像データは複製されたとしても別の利用に耐えうるような解像度ではないからである。
 このような平成19年(2007年)当時の業界慣行を踏まえれば、当時の当事者間の合意として想定される使用態様も、当然複製防止措置を前提とするものでなかったことは明らかである。
 原判決が指摘する乙5、6のフォトエージェンシーからのメールは、これを全体として読めば、一審被告会社からの問い合わせに対し、あくまでも広告の実績紹介としての使用であれば費用は発生しないこと、広告とは別に、写真を単体で使用する場合は例外であることを述べているに過ぎない。本件において、一審被告会社があくまでも「実績紹介」として使用している点については当事者間に争いはないのであるから、乙5、6の回答をもって、実績紹介目的での使用につき許諾料を肯定する方向で評価すること自体、原判決は証拠評価を誤るものである。
イ 以上のとおり、一審原告は、本件各写真が一審被告会社ホームページに掲載された当時において、既に広告、デザイン業界で相当期間業務経験を有する者であり、一審被告らと一審原告との従前からの関係性に基づき、本件各写真の使用条件については業界における通常の業界慣行に従うとの黙示の合意により敢えて契約書が作成されなかったとの経緯や、広告・デザイン業界においては実績紹介としての作品使用は当然当初の商業使用の許諾に含まれると認識されており、別途の許諾の取得や対価の支払が行われていなかったとの業界慣行、及び、実績紹介目的で使用するデジタルデータに対する複製防止措置も一般的ではなかったという本件当時の状況を踏まえれば、実績紹介としての一審被告会社ホームページ上における複製防止措置のない形での使用態様は、当時のJT「さくら」のプロモーションツールとしての使用許諾に当然含まれるものとして合意されていたことは明白である。
(2)引用の成否(争点2)について
 原判決は、引用の判断につき総合考慮説に立ちつつ、本件各写真が商業的価値の高いものであるとした上で、一審被告会社ホームページ(本件ウェブページ)における掲載態様に独立鑑賞性を肯定し、かつ、無断複製防止措置を講じず本件各写真が拡散されたことをもって、引用の成立を否定する。
 しかしながら、原判決は、この点についても、証拠や本件当時のインターネット技術に関する社会状況についての評価を誤るものである。
 その詳細は、以下のとおりである。
ア 写真の価値評価
 原判決は、一審原告の写真の許諾料が一点150万円または80万円程度であることをもって商業的価値が高いと評価するが、宣伝広告等の商業目的で使用される写真の許諾料は、写真自体の有する価値に基づき決定されるものではなく、主として広告主のブランド力や規模、引いては当該プロモーションにどの程度の予算をつけるかといった広告主側の裁量に基づき決定されるものであり、許諾料の高低が当然に写真の価値に結びつくものではない。
イ 独立鑑賞性の解釈
 原判決は、本件各写真の掲載態様の評価に際し、一審被告会社ホームページに小さく掲載された本件各写真につき、これらをクリックすると拡大表示されることをもって「独立鑑賞性」を強調して評価する。
 しかしながら、かかる評価は、本件における一審被告会社の利用が、「デザイン会社の実績紹介目的」であるという点を看過するものである。
 すなわち、デザイン会社の実績紹介においては、同社の実績に関心をもつ者に対して、同社の手掛けた広告作品が、どのようなコンセプト、ストーリーに基づき、どのような形で制作されたのかを伝える必要がある。そして実績として紹介されるべき作品が、「デザイン」という「ビジュアル」が最も重視される形態をとるものである以上、その紹介に際しては、言葉での説明のみでは実績紹介としての目的を全うし得ないことはいうまでもない。したがって、デザイン事務所の「実績紹介」においては必然的に、言葉による解説に加え、実際に使用した写真についても相応のサイズ、画質において閲覧可能とする必要性がある(乙13、14の1〜24の2参照)。
 かかる「デザイン会社の実績紹介」としての性質を考慮すれば、その使用態様においては、「クリックして拡大して閲覧が可能か」、という一点をもって独立鑑賞性を評価すべきではなく、当該作品のホームページ上における掲載の場所、実績紹介目的でアクセスする者以外のユーザーのアクセスの容易さ、といった点を含め総合的に考慮すべきである。
ウ 本件各写真の掲載態様
 一審被告会社ホームページにおいては、上記のようなデザインとしての「実績紹介目的」に基づき、写真そのものを然るべきサイズで表示する必要性を踏まえつつ、その掲載個所については、トップページから、まず原デザイン研究所へアクセスし、更にそこで表示された過去の実績紹介の対象商品のカテゴリーの項目を選択し、パッケージデザインの項目の中から、JT「さくら」の項目を選択し、これをクリックして初めて閲覧できるというように、ホームページのトップページから何階層をも経たという意味において「極めて閉じられた場所」に実績紹介のページを設けている。これは、本件各写真については、一審被告会社ホームページの閲覧者のうちでも、一審被告会社の実績、特にパッケージデザインの分野における一審被告会社の実績に強い関心をもつ閲覧者しかアクセスしない場所ということである。必然的に、閲覧者によるアクセス数も極めて限定的であり、一審原告に生じる影響も、誰もが容易にアクセス可能な場所に掲載する場合と比較すると圧倒的に小さい。
 原判決は、クリックすれば拡大表示が可能である点を殊更に指摘するが、拡大表示を可能とする措置は、上記のような「ビジュアルが最も重視されるデザインの実績紹介」という目的を達成するために必要な措置であり、むしろ拡大表示がデフォルトではなく、「クリックしなければ当然には拡大表示されない点」において、最小限の使用態様と評価すべきである。
 なおかつ、実績紹介として掲載される画像は当然、そのまま広告に使用できる程度の高画質ではなく、紹介目的が達せられる最低限の粗い画質での掲載にすぎない。すなわち、これらデータは、画面上で閲覧する限度においては、デザインの具体的状況を認識することは可能であるものの、印刷すると極めて荒い画像となり、到底再利用に耐えるものではない。
 このように、ホームページ上でも複数階層を経た先の閉じられた箇所に紹介ページを設け、これによって一審被告会社のパッケージ分野での実績に実際に関心をもつ者のみがアクセスし得る形とし、掲載態様も閲覧者が必要に応じてクリックした場合に限り拡大サイズで閲覧可能とし、かつ画素数も画面上での紹介目的を達成可能な最低限の画質として使用する点で、一審被告会社ホームページ(本件ウェブページ)における本件各写真の使用態様は、実績紹介目的としての必要最小限の制限的な掲載態様と評価されるべきである。
エ 平成19年(2007年)当時におけるデジタルデータに対する複製防止措置の評価
 原判決は、知的財産高等裁判所平成22年10月13日判決(絵画鑑定書事件)を踏まえ、複製防止措置を講じていない点を殊更に強調する。
 しかしながら、上記知財高裁判決(絵画鑑定書事件)は、鑑定書の裏面に絵画の紙媒体による複製物をパウチして貼り付けたという事案であるのに対し、本件はデータの公衆送信という点で使用態様が異なる。にもかかわらず、原判決は、この相違を何ら考慮せず、物理的複製に対する複製防止措置と、デジタルに対する複製防止措置とを、平成19年(2007年)当時におけるデジタル技術の進化レベルも一切考慮しないままに同列のものと評価している点で誤りである。
 すなわち本件各写真が掲載された平成19年(2007年)当時において、上記知財高裁判決(絵画鑑定書事件)のように、紙媒体を「パウチでコーティング」して複製防止措置を講じるといった措置はごく一般的であったとしても、デジタル技術としてのデータへの複製防止措置は、前記のとおり一般的なものではなかった。
 このような平成19年(2007年)当時の事情を考慮すれば、実績紹介目的におけるデジタルデータの使用に際し、複製防止措置がない点をもって、引用の成立を否定すべき事情として考慮すべきではない。
 上記のとおり、一審被告らとしては、デジタル技術としての複製防止措置が一般的ではなかった当時の状況下において、本件各写真の掲載場所自体を、ホームページから複数階層先の閉じられた場所とすることで、真に一審被告らの実績、特にパッケージデザイン分野における実績に関心のある者のみがアクセスできる場所へ掲載し、かつ、閲覧者がクリックした場合のみ、必要に応じて写真が拡大表示されるように措置を講じていたのであり、かかる掲載態様は、平成19年(2007年)当時のデジタル技術の進化の程度、広告、デザイン業界における一般的な取り扱いや慣行等を考慮すれば、デジタルデータによる引用手段の相当性としては必要最小限の態様と評価すべきである。
オ 被害(損害)の立証がないこと
 原判決は、複製防止措置がなくインターネット上で拡散されたことをもって一審原告に対する影響は大きいと認定する。
 しかしながら、そもそも本件各写真は、「JTさくらのプロモーションツール」として平成17年(2005年)に日本国内で広く拡散され、使用されたものである。
 そして、本件各写真が拡散された証拠として一審被告らが提出する甲34ないし38の画像が、平成17年(2005年)のJTプロモーション期間中に複製され、これに基づき拡散されたものではなく、「一審被告会社ホームページから複製され、転載されたものである」という点については何らの立証もなされていない。にもかかわらず、原判決はこの点を全く問題とせず、安易に本件各写真が一審被告会社ホームページへの掲載により拡散されたと認定しており、証拠評価に誤りがある。
 さらには、甲34ないし38で示されるインターネット上での拡散態様は、いずれもJT「さくら」と紐づけられたものとして、JT「さくら」のプロモーションそのままの態様、つまり一審被告会社の広告デザイン実績として拡散されているに過ぎない。一審原告が拡散された証拠として提出する甲34ないし38のいずれのケースも、本件各写真が、単体で拡散されているケースは1件もない。甲34ないし38の拡散態様は、いずれも一審被告らの制作実績を把握するために利用されているにすぎず、本件各写真そのものの鑑賞を目的として拡散されたものでないことは明らかであり、原判決は、この点を検討していない。
(3)消滅時効の成否(争点3)について
ア 原判決は、以下の点において、消滅時効の起算点にかかる法の解釈適用、及び証拠評価を誤るものである。
イ 時系列の整理
 本件の事実経過を改めて整理すると、以下の通りである。
 平成17年(2005年):JT「さくら」プロモーションツールとして本件各写真使用。対価は本件各写真4点につき合計460万円、契約書作成なし
 平成19年(2007年):一審被告会社ホームページにて本件各写真の掲載開始
 平成30年(2018年)2月6日:一審原告前代理人から通知(甲13。本件通知書1)。平成26年(2014年)8月時点のホームページ掲載の指摘あり
 平成30年(2018年)5月28日:平成23年(2011年)10月9日付け中国サイトのホームページの指摘あり(乙9。本件通知書2。同通知書の添付資料11枚目に「作品采自http://www.ndc.co.jp/hara/cn/」として一審被告会社ホームページのリンクあり)
 令和3年(2021年)2月4日:一審原告の現代理人から通知(乙1)
 同日:上記書面が一審被告らへ到達(乙2)
 令和3年(2021年)8月6日:一審原告が本件訴訟提起
ウ 消滅時効の起算点に関する解釈
 一審原告は、平成30年(2018年)2月6日付け一審原告前代理人による一審被告ら宛て通知書(甲13。本件通知書1)を送付した時点において、すでに一審被告会社ホームページにおける本件各写真の掲載の事実を把握しており(甲13)、かつ、同一審原告代理人から一審被告ら宛ての乙9の通知(本件通知書2)が送付された同年5月28日の時点においては、平成26年(2014年)より前の時期(平成23年(2011年)10月)における使用についても、中国サイトでの表示において、実際に転載先となる一審被告会社ホームページのリンクまで示された態様で把握していた。
 一審原告は、平成30年(2018年)の時点で既に代理人に相談の上で一審被告らと交渉のやり取りを行っていたのであり、仮に一審被告会社による本件各写真の使用開始時期につき、平成26年(2014年)より前のいつの時点なのかの明確な特定にまでは至っていなかったとしても、本件各写真が平成17年(2005年)に実施されたJTさくらのキャンペーンに用いられたものである以上、一審被告会社ホームページへの掲載は少なくとも「JTさくらのキャンペーンが終了した2005年以降」という形で特定可能であり、実際に一審原告が平成30年(2018年)の時点において弁護士に相談していた以上、この時点において一審被告らに対して訴訟提起することは十分可能であった。
 これらの事情を考慮すれば、本件については、一審被告らが乙1の令和3年(2021年)2月4日付け一審被告ら宛て催告書を受領した同月4日(乙2)から起算して6カ月(令和3年(2021年)8月4日)の経過をもって、平成19年(2007年)から平成26年(2014年)に至る一切の本件各写真の使用行為につき、消滅時効は完成していると評価すべきである(改正前民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)153条、同143条2項)。
 原判決は、消滅時効の起算点となるべき「損害及び加害者を知った時」の解釈・適用を誤っているというべきである。
エ 乙9の評価の誤り
 乙9の通知書(本件通知書2)に添付された資料(11枚目)には、「BCN」のロゴとQRコードの下に、「作品采自:http://www.ndc.co.jp/hara/cn/」の記載が明記されており、同写真が一審被告会社のホームページから転載されたものであることが明確に示されている。
 このように、転載先のページにおいて転載元から転載された旨が明記され、実際にその転載元のリンクまでが示されている以上、転載元すなわち一審被告会社のホームページにおいて本件各写真が掲載されていたことは当然認識可能であるから、この時点で、一審原告においては、「本件各写真が一審被告会社ウェブページ上に掲載されていた」ということにつき「可能性」のレベルではなく「現実の認識」を有していたと評価すべきである。
 敢えて当該リンクをホームページ上でクリックして確認するかどうかは本人の判断の問題であり、目の前にあるリンクをクリックするかどうかにより、時効の起算点が左右されるべき理由はない。出典元の情報が明確に記載されており、これを認識していた以上、少なくとも平成23年(2011年)10月9日以降における「不法行為による損害の発生及び加害者」を現実に認識していたことは明白である。
オ 認識時期に関する一審原告の主張が虚偽であること
 一審原告は、平成19年(2007年)3月から平成26年(2014年)8月までの期間における本件各写真の使用を一審原告が認識した時期につき、当初「2019年夏頃」と主張していたにもかかわらず、原審における令和4年(2022年)4月21日付け準備書面において、「2020年6月18日」へと主張を突如変更した。
 ところが、変更後の主張(「2020年6月18日」)は、一審原告が自ら提出する証拠(甲34)と矛盾する。
 すなわち、一審原告は、甲34ないし38としてインターネット検索結果を提出するが、そのうちの甲34(一審原告の主張によれば平成26年(2014年)6月24日に一審被告会社ホームページを複製したもの)は、一審原告の証拠説明書によれば「2019年1月13日」に作成されたものである。
 つまり甲34によれば、一審原告は、「2020年6月」より以前の時期に、当該検索を実施し、これによって平成19年(2007年)ないし平成26年(2014年)の間の本件各写真の使用を認識していたこととなる。
 したがって、一審原告が「2020年6月19日」に、「平成19年(2007年)から平成26年(2014年)までの期間における本件各写真の使用を初めて認識した」、との主張は、一審原告自らが提出する甲34と矛盾するものであり、虚偽である。
 また一審原告が、令和2年(2020年)6月18日の時点で、平成19年(2007年)から平成26年(2014年)までの使用行為を初めて把握したとの証拠として提出する甲16のパソコンの画面写真は、令和2年(2020年)6月18日の時点において、一審被告会社ホームページに関する何等かの資料が、「一審原告のパソコン内のフォルダに既に保存されていた」ということを示すものでしかなく、この時点で一審原告が「初めて平成19年(2007年)から平成26年(2014年)までの侵害事実を知った」ことを示す証拠となり得るものではない。一審被告らは、この点について当該フォルダ内の資料を開示すべきと求釈明を行ったが、一審原告はこの求釈明に応じていない。
 甲16には、「20220202喜多村先生提出分」とタイトルの付されたフォルダが存在するところ、このタイトルにある「20220202」との数字は、一審原告による甲16の画面上に存在する他のフォルダのタイトルの付け方からして「2022年2月2日」という日付けを意味するものと解されるところ、このように令和4年(2022年)の日付けを付されたファイル名のフォルダが写り込んでいることからすれば、パソコンの日付け設定が容易に変更可能なものであることをも併せ考えれば、そもそも本画面が令和4年(2020年)6月18日時点で作成・保存された画像であるということ自体が信用性に欠ける。
カ 一審原告による他社への損害賠償請求の事実
 一審原告は、従前より自身の作品の権利関係に極めて敏感であり、本件以前にも、使用期間経過後の商業使用が発覚した他社案件につき、1300万円という業界相場からしても不当に高額な賠償金を獲得している(甲22、23)。このような請求を行った経験のある一審原告が、本件各写真についても広告使用後の使用事実の有無について、一審被告会社のウェブページを見ればすぐ分かったことでもあるにもかかわらず、全く知らなかったというのは極めて不自然である。
 令和2年(2020年)の夏に認識した、との認識時点にかかる一審原告の主張が甲34に反し虚偽であること、信用性の疑わしい証拠(甲16)を提出していることに加え、このような過去の他社に対する過大な損害賠償請求の実績(甲22、23)といった事実をも踏まえれば、遅くとも平成30年(2018年)5月28日付けの通知書(乙9。本件通知書2)を送付した時点において、一審原告は平成19年(2007年)以降、本件各写真掲載の事実を認識していたことが強く推認されると評価すべきである。
キ まとめ
 上記で指摘した一連の証拠、及び一審原告の主張の変遷を正当に評価すれば、本件においては、一審原告は、平成30年(2018年)の2月ないし遅くとも5月の時点において、十分法的権利行使が可能な程度において損害及び加害者を現実に認識したものとして、同時点から3年の経過をもって、平成19年(2007年)から平成26年(2014年)までを含めすべての使用行為につき、消滅時効が完成したと評価すべきである。
(4)取締役の責任の有無(争点4)について
ア 組織として社会活動を行い他人の著作物を扱う法人の代表者が、自社で取り扱う全ての著作物についてその利用態様と権利処理を確認するなどということが不可能かつ極めて非現実的であることは指摘するまでもない。
 そこで過去の裁判例は、取締役の注意義務につき、「その経営判断に基づき権利侵害が生じないよう社内体制を整えるべき義務」と位置付けた上で、「内部統制システムの内容そのものは、各会社の業種や規模に応じて様々となり得るものであり、具体的にどのような内容のリスク管理体制を整備するかは取締役に裁量が認められる経営判断の問題として評価されるべき」と位置づけ、かつ、その社内体制の評価に際しては、「問題とされる行為の行われた当該時点における社会状況や業界慣行等一切の事情を考慮して判断すべき」、との判断基準を示している(東京高等裁判所平成23年7月28日判決)。
イ 原判決の注意義務違反の評価の誤り
(ア)平成19年(2007年)当時の業界慣行を一切考慮していない誤り
 本件各写真掲載当時における取締役の注意義務の内容及び程度とその評価は、平成19年(2007年)等の業界慣行、知的財産権に対する一般的な認識、当時のIT技術のレベルとITリテラシーの程度を踏まえ判断されるべきものである。そして、一審被告Yは、一審被告会社取締役として平成15年(2003年)以降現在に至るまで、その時々の社会状況、業界慣行に応じて社内管理体制を整備すべく尽力してきた(乙10)。
 平成19年(2007年)当時の広告、デザイン業界においては、実績紹介としての使用は、クリエイターの側においても、デザイン、広告会社側においても、広告制作に付随する当然のものとして認識されており、別途の許諾も、許諾料の支払も行わない業界慣行が存在した(乙11、12、25)。
 かかる平成19年(2007年)当時の実績紹介目的での使用に関する広告、デザイン業界における業界慣行を踏まえれば、実績紹介としての使用が当然最初の商業使用としての許諾に含まれるとして、別途実績紹介目的での利用についての許諾を得る形で社内体制が構築されておらず、結果的に実際に本件において一審原告に対し別途実績紹介目的での使用につき許諾を求めなかったことにつき、取締役に「重大な過失」があったと評価できる事案でないことは明らかである。
(イ)平成19年(2007年)当時の複製防止措置に関する業界状況
 平成19年(2007年)当時、実績紹介使用に際し、複製防止措置を講じることは一般的ではなく、現在においてすら、広告デザイン関連業界の実績紹介サイトにおいて、複製防止措置を講じているケースは極めて限定的である(乙13〜24の2)。
 原判決は、このような現実の社会状況を完全に看過し、デジタルデータの複製防止措置を平成19年(2007年)当時においても当然のものであったことかのごとく判断している点で誤りである。
 また、原判決は、複製防止措置を講じなかった結果として、本件各写真のデジタルデータがインターネットサイト上で拡散されたことをもって一審原告に及ぼす影響が甚大と認定するが、本件各写真は、もともとJTの商品広告のプロモーションツールとして広く拡散される目的で使用されたものであり、一審原告が本件各写真が拡散されたとの証拠として提出する甲34ないし38の画像が、当該プロモーション期間中に複製されたものに基づき複製されたのか、直接一審被告会社ホームページから転載されたものかについては何ら立証がなされていない。また、実際に一審原告が拡散されたと主張する態様も、既に指摘したとおり一審被告会社の実績紹介と結びついた形での拡散にすぎず、本件各写真を独立の鑑賞対象とすることを目的として拡散されたケースは一つも立証されていない。
(ウ)確認容易性の評価の誤り
 当初の商業広告としての使用について権利者の許諾を得ることが必要であることは、著作権に係る基本的知識を有する者であれば当然承知していることであり、この点についての権利処理に不備があれば、社内体制が不十分であったとして取締役の重過失と評価されることも甘受すべきといえる。
 しかしながら、最初に商業使用目的での許諾を得ていた場合において、そして、業界慣行として、広告として使用許諾を受けた作品をその後実績紹介として使用することが当然のこととされており、これについては特段の許諾や対価の支払が実施されていなかったという業界慣行が存在していた場合において(乙11、12、25)、そのような使用についてまで別途の許諾が必要かどうかの判断は、極めて高度な専門判断を伴うものであり、物理的にはともかく規範的には到底確認容易などと評価し得るものではない。
 原判決は、当初の商業目的使用についての許諾と、当初の商業使用目的についての許諾を得た上での実績紹介目的での使用についての「許諾」を完全に同列なものとした上で「確認が容易」などと評価しており、この二つの許諾の趣旨、業界における認識等の相違を看過する点で重大な誤りがある。
(5)損害額(争点5)について
 既に主張してきた通り、実績紹介目的での使用については、そもそも許諾料を支払う業界慣行自体が存在せず、他に一審原告が本件各写真の実績紹介目的での使用に際して対価を得たことの証拠も存在しない。とすれば、著作権法114条3項に基づく算定としては「著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」はゼロと評価すべきである。
 また、本件は非商業目的での使用であるから、一審被告らが得た利益も存在せず、著作権法114条2項の適用も不可能である。
 本件各写真のインターネット上での拡散は、いずれも一審被告らの広告制作実績と紐づけられた形のものにすぎず、本件各写真それ自体の独立鑑賞を目的として拡散されたケースは一つも存在しない。したがってこのような形でのインターネット上での拡散により一審原告にどのような損害が生じたのかについては何らの立証もなされていない。
(6)一審原告の当審における補充主張に対し
 一審原告の主張は否認ないし争う。
〔一審原告の主張〕
(1)一審原告は、原判決の損害額(争点5)の認定について不服を申し立てる。
 原判決は、使用期間が長期になるに従って料金が逓減するとして利用料を3割程度としたが、使用許諾をする場合に長期の契約であることを考慮して使用料を減額することはおかしくないが、無断で使用した本件のような場合にこれを認めるのは、長期の侵害者を短期の侵害者よりも優遇することにほかならず、相当でない。
 また、使用料について、商業目的と非商業目的で区別するとする証拠も根拠もない。
 本件は、一審被告会社のホームページで作品を紹介し潜在的クライアントに業務を委託するよう勧誘することを目的としたものであり、商業目的と認定されるべきである。
(2)一審被告らの当審における補充主張は、いずれも否認ないし争う。
4 当審における一審被告らの追加主張(損害の不発生)
〔一審被告らの主張〕
 一審原告は、損害の発生を前提に、原審の損害額の算定方法を争うものであるが、本件においては、本件各写真を一審被告会社ホームページに掲載した行為によって、一審原告には何らの損害も生じていない。
 そもそも著作権法114条3項は、不法行為に対する損害賠償の基本である填補賠償の原則の枠内における損害額の算定を定めるものであるから、損害の発生がなければ損害賠償責任も生じないことは明白である。同旨の判決として、最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決(民集51巻3号1055頁)は、「商標法38条2項は、同条1項とともに、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって、損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的枠組みを超えるものというほかなく、同条2項の解釈として採り得ないからである」と述べており、これは同趣旨に基づき定められた著作権法114条3項にも妥当すると解されている。
 原判決は、本件各写真が複製防止措置を講じずにインターネット上で拡散されたことだけをもって安易に「損害」の発生を認定したが、誤りである。
 本件各写真のインターネット上での拡散は、あくまでも当初の許諾対象であった「JTさくらの広告作品」として、又は「一審被告らの広告制作実績」と紐づけられたものにすぎない。本件各写真そのものの鑑賞を目的として拡散されたケースは一つも存在していない。
 そして、そもそも一審原告自身が、本件各写真につき広告としての使用を許諾し、広告作品として社会的に拡散・流通されることを許容していたものである以上、当該広告作品と結びついた形で、本件各写真が広告期間経過後も一定程度社会に流通することは当然想定の範囲内のことであるし、その広告実績が社会に拡散されたからといって一審原告に何らの損害も観念できない。このような過去に許諾した広告作品と結びついた形で本件各写真がインターネット上に記録として残ることにより、一審原告に具体的な損害が発生することはあり得ず、一審原告においても、実際に具体的にどのような損害が生じたのかとの点については、当審に至っても、結局何らの立証も行っていない。
〔一審原告の認否反論〕
 否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、一審原告の請求については、原判決が認容した限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、当審における人証調べ(証人A、証人B、一審原告本人、及び、一審被告会社代表者兼一審被告Y本人)の結果及び当事者双方の主な補充主張も踏まえ、次のとおり補正し、後記2のとおり当審における当事者双方の主な補充主張に対する判断を、後記3のとおり当審における一審被告らの追加主張に対する判断をそれぞれ付加するほかは、原判決の第4の1ないし6(後記の原判決補正後は、2ないし7)(原判決12頁7行目ないし21頁15行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決12頁7行目の末尾の次を改行し、次のとおり加える。
 「1 認定事実
(1)証拠(各認定事実の末尾に摘示した)によれば、本件の事実関係につき、以下のとおり認められる。
ア 一審原告は、本件各写真を撮影した者であり、本件各写真の著作権者である(甲1、9、弁論の全趣旨)。
 本件写真2は、平成8年(1996年)10月に発売された写真集『幻視』(甲1)に収録されたものであり、本件写真1は、同写真集に収録された写真に、広告主であるJTの社内規定(喫煙シーンには吸い殻入れが写っていなければならない、人物の手の指は両手とも10本見えていなければならないなど)に合わせ、煙草入れを合成し、指先をデジタル修整するなどしたものである(証人B)。
 一審原告は、本件写真1(『幻視』に収録されたもの)を、平成11年(1999年)9月10日の日本経済新聞全国版の全面広告に掲載する小学館の宣伝広告に使用することを許諾したことがあったが、その契約においては、『1.使用目的 株式会社小学館の広告宣伝 2.使用媒体日本経済新聞 全国版 全15段 平成11年9月10日(予定)3.使用期間 平成11年9月10日〜平成11年12月10日 4.使用料金1,500,000円(税別)』と定められ、これを超える使用には別途使用料金を定めることとされた(甲17、18)。その他、『幻視』に収録された写真は、平成10年(1998年)及び平成11年(1999年)に広告に使用されたことがある(甲19、21)。
イ JTは、平成17年2月、新作たばこ『さくら』の販売を開始したところ、一審被告会社は、JTから、販売促進のため、本件小冊子(甲9)の作成を受託し、これを作成した。
 一審被告Yは、本件小冊子につき、上記写真集『幻視』の世界観をプロモーションに用いることとして、ラフスケッチを作成し、一審原告をカメラマンとして写真撮影を行うこととした。
 本件写真3及び4は、本件小冊子のために新たに撮影されたものである。
 本件小冊子には、本件写真3(本件小冊子2〜3頁〔机(一審原告の陳述書(甲41の5)に従って便宜上写真に名称を付したもの。以下同じ。)〕)、本件写真4(本件小冊子4〜5頁〔灰皿と煙草〕)、本件写真1(本件小冊子8〜9頁〔芥川〕)及び本件写真2(本件小冊子16〜17頁〔太宰〕)のほか、『幻視』に収録された写真に、本件写真1と同様に、上記JTの社内規定に合わせ、煙草入れを合成し、指先をデジタル修整するなどしたもの1枚(本件小冊子10〜11頁〔或阿呆の一生〕)、『幻視』に収録された写真から人物2名を消去したもの(本件小冊子14頁〔桜の花〕)及び新たに撮影した写真2枚(本件小冊子15頁、18〜19頁)が収録され、その他に、一審原告以外の者が撮影した写真2枚が含まれていた(甲9、41の5)。
 本件小冊子への写真の使用や撮影に当たり、一審原告と一審被告会社との間で契約書は作成されなかった。
 一審被告会社から一審原告に対し、平成16年12月28日に314万9160円が、平成17年2月7日に524万9160円がそれぞれ振り込まれた(甲10。なお、消費税、振込手数料を除いた報酬の総額は800万円である。)。
 一審原告は、一審被告会社に対し、総額460万円の許諾料で、本件小冊子に本件各写真を掲載することを許諾した(原判決摘示の当事者間に争いがない事実)。
 本件小冊子には、『デザイン』として一審被告Yの、『写真』として一審原告らの氏名が掲載されている(甲9)。
ウ 一審被告会社は、平成19年3月から平成26年8月までの間、本件ウェブページにおいて、本件各写真(本件写真1ないし4)を掲載した(甲11、12、乙1、弁論の全趣旨)。
 本件ウェブページは、一審被告会社のウェブサイト内の、一審被告Yの作品を紹介する『Cデザイン研究所』のウェブサイト内に、一審被告Yの作品紹介として掲載されたものである(甲14、15の1ないし4)。
 そこには、ディレクターとしてBの、写真撮影者として一審原告の氏名がそれぞれ掲載されているが、Bは、自らがディレクターではなく、ディレクター代理であるとする(当審における証人Bの尋問調書12頁)。
エ 一審原告は、平成30年2月6日、一審被告会社に対し、当時の一審原告代理人であるD弁護士らを通じ、本件ウェブページに掲載されている本件写真1及び2の使用につき、『当該写真は、通知人が、平成17年ころ、貴社に対し、使用目的を日本たばこ産業株式会社の新作タバコであった『さくら』の販売促進用に配布した小冊子『さくらSAKURA』への掲載及びたばこの自動販売機に設置する広告物への掲載、使用期間を平成17年2月1日から同年4月末日まで、使用場所を鹿児島県及び宮崎県として使用を許可したものですが、通知人は、貴社に対して、その余の写真の使用を許可していません。』として、その使用を直ちに中止することを求めるとともに、当該写真の当該ホームページへの掲載期間と、当該写真以外に当該ホームページに掲載した写真の有無等について、回答を求める旨の通知書(本件通知書1)を送付した(甲13、弁論の全趣旨)。
オ 一審被告会社は、平成30年2月14日、本件ウェブページから一審原告による写真を削除した(甲14)。
カ 一審被告会社は、平成30年3月26日、一審原告に対し、本件写真1及び2の本件ウェブページへの掲載期間は、平成26年10月1日から平成30年2月14日までであること、それ以前については記録がなく掲載の確認ができなかったこと、本件ウェブページにおいて、上記2点の写真以外に一審原告の写真が掲載されたことはないことなどを記載した回答書(本件回答書)を送付した(甲14)。
キ 一審原告は、平成30年5月28日、一審被告会社に対し、一審被告会社の代表者である一審被告Yを紹介する中国語のウェブページにおいて、本件各写真が使用されているとして、そのウェブページのURLを掲載し、当該ウェブページの作成日付によれば、一審被告会社のホームページでは、遅くとも平成23年10月9日時点で、当該ウェブページと同様に本件各写真を掲載していた可能性が高いと思われること、改めて一審原告の写真使用に関する事実関係(使用した写真の種類、使用期間等)を調査することを求めること、以上の内容を記載した文書(本件通知書2)を送付した。
 本件通知書2に添付された資料には、『作品采自:http://www.ndc.co.jp/hara/cn/』として、それら写真が一審被告会社のウェブページから転載されたものであることが記載されている(乙9)。
ク 一審原告は、一審被告らに令和3年2月4日に到達した催告書において、本件各写真の掲載について、損害賠償を求める旨を通知した(当事者間に争いがない)。
(2)一審原告は、令和3年8月6日に至り、本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(3)本件各写真の本件小冊子への使用につき、その許諾料に当たるものをどのように算定すべきかについては当審における証拠調べを経てもなお明らかになったとはいえないものの、本件小冊子に係る写真等に関する報酬全部(消費税抜き)は当事者双方800万円であるとしており(証人A、甲41の5)、本件小冊子に掲載された写真の枚数やその種類、原審での審理経過からすると、前記(1)イのとおり、本件各写真の許諾料は総額で460万円と認めるのが相当である。そして、本件小冊子に本件各写真を掲載することについての許諾料は支払済みである(弁論の全趣旨)。」
(2)原判決12頁8行目の「1」を「2」と改め、同頁17行目の「場所」の次に「、具体的に、何を、どこにどのような形で、いつまで掲載するのかといった条件」を加え、同頁23行目の末尾の次を改行し、次のとおり加える。
 「加えて、前記1(1)アのとおり、『幻視』に収録された写真は、既に全国紙の全面広告への掲載を含む複数の広告に使用された実績があり、一審原告において、実績紹介等のために一審被告らの無償での利用を許諾する動機にも乏しく、そもそも、前記のとおり具体的な掲載条件が全く明らかでないのに、白紙委任するような形での掲載(利用)を合意することは想定し難い。」
(3)原判決13頁19行目の末尾の次を改行し、「加えて、前記1(1)ウのとおり、本件ウェブページは、一審被告Yの作品を紹介する部分に掲載されているものであって、そもそも写真家等のクリエイターの『実績紹介』であるとは認め難いものであるほか、写真に添えられた説明文(甲15の1)も、『JT『SAKURA』は具象的な桜のイメージを用いないで、見る人の思いの中にある桜のイメージを受け止める『器』になるような、エンプティなデザインを意識しています。・・・開封すると桜の花が『絞り』の柄で刷られた半透明な内包紙が現れます。冊子は初期導入時に用いられたSPツール(判決注:販売促進ツール)で煙草がおいしそうに喫われる情景を昭和初期の文士の世界に託して描いたフィクションです。』などとして、JTの商品である『SAKURA』の説明や一審被告Yの小冊子作成に当たってのコンセプトの説明に終始しており、一審被告Yが写真を含め本件小冊子には一審原告の写真集『幻視』の世界観を利用するとしたこと(一審被告Y本人)などについての説明は一切ない。そうすると、本件ウェブページの掲載は、一審被告会社がJTの商品のプロモーションに関与したことや、一審被告Yが実質的にプロデュースして本件小冊子を作成したことについての紹介にはなっても、写真家等にとって実績紹介としてのメリットがあるものと直ちには認め難い内容のものとなっている(なお、一審被告らは、適法引用に係る主張においては、本件ウェブページへの掲載がデザイン会社の実績紹介目的である旨を強調し、言葉による説明のみでは実績紹介の目的を全うしないから、写真について相応のサイズ、画質において閲覧可能とする必要があるとする。)。以上によれば、『P.』として一審原告の氏名が記載されてはいるものの、本件ウェブページに掲載されたものが、写真家等にとっても、その実績紹介としての掲載になっているものとは認められないというべきである。」を加え、同頁21行目の「2」を「3」と改める。
(4)原判決16頁3行目の「3」を「4」と改め、同頁4行目から同頁24行目までを削り、同頁25行目の「(2)」を削り、26行目の「ア」を「(1)」と改める。
(5)原判決17頁16行目の「イ」を「(2)」と改め、同頁23行目の「上記認定事実」を「上記1の認定事実」と改める。
(6)原判決18頁24行目の「ウ」を「(3)」と改める。
(7)原判決19頁2行目の「4」を「5」と改める。
(8)原判決20頁6行目の「5」を「6」と改め、同頁11行目の「写真を」の次に「特定の商品の宣伝広告に用いるというような典型的な」を加え、12行目の「非商業目的で」を削り、21行目の「非商業的」を削る。
(9)原判決21頁9行目の「6」を「7」と改める。
2 当審における当事者双方の主な補充主張に対する判断
(1)承諾の成否(争点1)について
 一審被告らは、前記第3の3〔一審被告らの主張〕(1)のとおり、広告実績紹介についての一審原告の承諾があった旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第4の1(補正後は2)のとおりであり、実績紹介等のための利用の許諾の合意(本件合意)があった旨は認められないというべきである。一審被告らは、当時の業界慣行や、一審原告と一審被告らとの良好な関係性、一審原告が長期間にわたって異議を述べていないこと等に鑑みれば、本件合意があったことが強く推認される旨等を主張するところ、全国紙の全面広告への掲載を含む複数の広告に使用された実績があるものを含む本件各写真について、具体的な掲載条件も明らかでなく白紙委任するような形で掲載を合意することはそもそも想定し難いし、一審被告らの主張するように、当時においては複製防止措置を講じることなくウェブページに掲載することが前提とされていたのであれば、なおさら、実績のある写真についてデジタル複製が可能な形で掲載する合意をすることは想定し難い。写真家等のクリエイターの側が積極的に掲載を希望する場合があるのは別として、そのような者が相応数いるとしても、そのことが直ちに本件合意を推認させることにはならない。加えて、後記(3)でも検討するとおり、一審原告は、一審被告らによる本件ウェブページへの掲載の事実を知りながら敢えて異議を述べなかったものと認めることもできないから、一審被告らの主張は前提を欠くものである。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
(2)引用の成否(争点2)について
 一審被告らは、前記第3の3〔一審被告らの主張〕(2)のとおり、適法引用である旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第4の2(補正後は3)のとおり、本件ウェブページにおける本件各写真の利用について、適法引用であるとは認められない。本件ウェブサイトに掲載された本件小冊子のコンセプトについての「冊子は初期導入時に用いられたSPツール(判決注:販売促進ツール)で煙草がおいしそうに喫われる情景を昭和初期の文士の世界に託して描いたフィクションです。」との解説文も、本件写真1等が横に大きく掲載されて初めて理解できるものであって、一審被告らが自認するとおり、言葉による説明のみでは一審被告らの主張する紹介目的を全うし得ず、写真の表現力を借りる必要があることから、本件各写真を文章に比して大きなサイズ及び相応の画質で掲載したものであって、本件各写真の使用(掲載)の方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまるものということはできないから、公正な慣行に合致するものとも、引用の目的上正当な範囲内であるものともいえない。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
(3)消滅時効の成否(争点3)について
 一審被告らは、前記第3の3〔一審被告らの主張〕(3)のとおり、一審原告の損害賠償請求権は時効により消滅している旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第4の3(補正後は4)のとおりであり、乙9の添付資料の記載をもってしても、せいぜい、一審原告の認識の可能性があったといえるにとどまり、一審原告の認識時期に関する主張が直ちに虚偽のものであると認めるべき証拠もない。それに加え、一審被告会社の説明の内容や本件通知書2における一審原告の記載内容を考慮するならば、一審原告が、本件通知書1を送付した時点において、平成19年3月から平成26年8月までの本件ウェブページにおける本件各写真の掲載の事実を現実に認識していたものとは認められず、消滅時効については、これを認めることはできない。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
(4)取締役の責任の有無(争点4)について
 一審被告らは、前記第3の3〔一審被告らの主張〕(4)のとおり、一審被告Yは取締役として責任を負わない旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第4の4(補正後は5)のとおりであるほか、既に検討したとおり、本件において、一審原告の許諾なく本件各写真を掲載することを正当化するような事情は存しない。加えて、本件各写真は、一審被告会社のウェブページにおける、一審被告Yの作品を紹介するページに掲載されていたものであり、一般的な法人の代表者が法人のウェブページの適法性について負う監視義務とは異なる面も存する。一審被告Yは、「幻視」の世界観を再現するとして自ら実質的プロデュースをした本件小冊子の紹介として、本件各写真を本件ウェブページに掲載していたものでもあるから、それこそ長期間にわたって掲載された本件ウェブページに係る権利関係の不備について、認識がなかったとすることを正当化できるものではない。一審被告Yは、一審被告会社の取締役として、その責任を免れないというべきである。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
(5)損害額(争点5)について
ア 一審被告らは、前記第3の3〔一審被告らの主張〕(5)のとおり、原判決の損害額の認定は誤りである旨を主張する。
 しかし、一審原告において、本件合意をした事実は認められず、一審被告らの主張は前提を欠くものであり、補正の上で引用した原判決第4の5(補正後は6)のとおり、本件各写真がインターネット上に複製された経緯等も踏まえると、一審原告の被った損害額は414万円であると認められる。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
イ 一審原告は、前記3の3〔一審原告の主張〕のとおり、原判決の損害額の認定は誤りである旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第4の5(補正後は6)のとおり、本件ウェブページへの掲載は、本件ウェブページの置かれた場所(階層)などを考えると、一審被告らの実績紹介に係るものであることを否定できず、特定の商品の宣伝広告に用いるというような典型的な商業目的で使用するものと認めることはできない。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
3 当審における一審被告らの追加主張(損害不発生)に対する判断
 一審被告らは、前記第3の4のとおり、一審原告に損害は発生していない旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第4の5(補正後は6)、上記2(5)のとおり、一審原告には前記同額の損害が発生しており、損害の発生がないものとは認められない。
 したがって、一審被告らの上記主張は採用することができない。
4 結論
 以上によれば、一審原告の請求は、原判決主文第1項掲記の限度で認容すべきであり、その余は棄却すべきものであって、一審原告の控訴及び一審被告らの各控訴は、いずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 中平健
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 水野正則
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