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【事件名】芸人の“小道具”氏名表示権侵害事件(2)
【年月日】令和7年4月24日
 知財高裁 令和6年(ネ)第10079号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和4年(ワ)第15760号)
 (口頭弁論終結日 令和7年2月13日)

判決
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●(ママ) 控訴人 X
●●●●●●●●●●●●●●●(ママ) 被控訴人 Y
同訴訟代理人弁護士 藤田剛紀


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
(注)本判決で用いる略語の定義は、次のとおり定めるほか、原判決の例による(主な略語は以下に掲げる。)。
原告:控訴人(1審原告)
被告:被控訴人(1審被告)
本件各小道具:原判決別紙「原告作品目録」及び同「主張整理一覧表」の各記載1から103までの小道具(個別の小道具については、同目録記載の番号及び名称に従い、「本件小道具1」又は「本件小道具1(杵)」のようにいう。)
本件合意:原告と被告との間で平成26年7月又は8月頃成立した合意であって、その後に提供する小道具の制作者が原告であるということを被告のツイッター上で告知して公表することを内容とするもの(争いがある)
被告演芸:被告が演じた、段ボール等で立体的に制作された小道具を使用するコント等のお笑いの演芸
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する令和4年7月12日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原判決別紙謝罪文目録記載1の謝罪文を、同記載2の条件により、被告のXアカウント(https://以下省略)に掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、演芸家として活動する被告に対し、原告は本件各小道具を制作して被告に提供したとした上で、@本件各小道具は原告が著作した著作物であり、被告が著作者名を表示しなかったことが著作者人格権(氏名表示権)侵害に当たると主張して、不法行為に基づき、慰謝料500万円及びこれに対する不法行為の後である令和4年7月12日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払、並びに著作権法115条に基づく名誉回復措置として謝罪文の掲載を求めるとともに、A原告が本件各小道具の制作者である旨を被告が公表する旨の合意(本件合意)があったと主張して、債務不履行(履行遅滞)に基づき、前記同額の損害賠償金の支払(単純併合)を求める事案である。
 原審が、@原告は著作者名を表示しないことに同意したと認められるから、氏名表示権の侵害は認められない、A原被告間で本件合意が成立したとは認められないとして、原告の請求をいずれも棄却したところ、原告がこれを不服として控訴した。
1 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記2のとおり当審における当事者の補足的主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中、第2の1から3(原判決2頁3行目から7頁11行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、引用文中の「別紙」は「原判決別紙」と読み替える。
2 原判決の補正
(1)「1 前提事実」のうち、2頁15行目の「別紙主張一覧表」を「別紙主張整理一覧表」に改める。
(2)「3 争点に関する当事者の主張」の「争点3(氏名表示権侵害の成否)について」の「(被告の主張)」のうち、5頁9行目冒頭から10行目末尾までを次のように改める。
 「ア 被告が本件小道具27、101を被告演芸に使用した事実はない。その余の本件各小道具については、本件小道具56、64及び98を含め、被告演芸に使用し、公衆に提示したことは争わない。」
(3)「3 争点に関する当事者の主張」の「争点6(本件各小道具の制作者が原告であると公表する合意の成否)について」の「(被告の主張)」のうち、6頁23行目末尾に行を改めて次のように加える。
 「ウ 被告において、仮に、本件各小道具に原告の制作物が含まれることを公表する義務を負っていたとしても、本件小道具103(跳び箱)については、令和3年2月27日、被告のツイッターアカウントにおいて、原告に制作を依頼した旨投稿しており(甲109)、履行済みである。」
3 当審における当事者の補足的主張
(1)判断の枠組みについて
(原告の主張)
ア 本件の各争点(争点1・著作物性、争点2・著作者性、争点3・氏名表示権侵害の成否、争点4・(氏名表示権侵害による)損害の発生及びその額、争点5・名誉回復措置の必要性、争点6・本件合意の成否、争点7・(債務不履行に基づく)損害の発生及びその額)は、それぞれが複合的に複雑に絡み合い、単独で争点の結論を出すことができないものである。特に、原告に有利な事実認定が出るはずである争点1、2及び5の判断をしないことは、公平性を欠く。
 そして、本件各小道具の著作者が原告と認められるのであれば、氏名表示権侵害の成否(争点3)において問題となるのは、被告が主張するゴーストライター契約の成否である。
イ 原判決は、争点3及び6のみを判断し、被告が主張するゴーストライター契約については、正面から認定していないものの実質的に認めたに等しい判断をしており、不公平かつ不当である。
(被告の主張)
 原判決は、原告が被告に対し、本件各小道具の制作者として氏名を表示しないことに同意した事実を認め、氏名表示権侵害を否定したものであり、原告のいうゴーストライター契約の成否は、無関係である。
 その他、原判決の認定判断は相当であり、誤りはない。
(2)争点3(氏名表示権侵害の成否)について
(原告の主張)
ア 原判決の「原告が、被告に本件各小道具を提供するにあたって、被告演芸の中で、あるいは、劇場及びテレビ番組放映中並びにプログラムにおいて、本件各小道具の制作者名ないし著作者名に言及しないことは、当然の前提とされていた。」(原判決8頁7行目から9行目まで)との事実認定は、誤りである。
 なお、原審第11回弁論準備手続調書には、当該事実(以下「制作者名不言及等事実」という。)について原告が認めるとの記載があるが、原告の発言のニュアンスは、メインの争点は制作者名不言及等事実の有無ではなく、誰が著作権者であるのかという点であるというものであった。
イ 被告は、原審における本人尋問において、原告から小道具の制作者として原告の名前を公表するよう求められた回数について、最低5回はあった旨述べているにも関わらず、原判決は、この点を考慮していない。
ウ 原告が、平成26年8月ころから令和3年2月までの間にわたり本件各小道具を提供し続けたのは、被告が演芸家として6年先輩に当たり、厳しい上下関係があったことに加え、被告からの圧力、パワハラがあったためである。原告は、被告から感情の抑制を欠いた言動を受けた(切れられた)ことがよくあり、「怖い人」という認識を払拭することができずにいた。
エ 平成26年8月のやりとりのみから、原告の氏名非表示を半永久的なものとして被告が本件各小道具の使用を続けることは、下請けいじめに当たる行為であり、不当である。
(被告の主張)
ア 被告が原告に対し、威圧的又は粗野な言動をとった事実はなく、原告が被告を畏怖していた事実もない。
イ 氏名表示権(著作権法19条1項)は「公衆への提供若しくは提示に際し」行使することができる権利であって、氏名不表示の条件に同意して著作物を引き渡し、公衆への提示等を認めていた場合に、事後的な公表を求める根拠とはならない。
ウ その他、原判決の認定判断に誤りはない。
(3)争点6(本件合意の成否)について
(原告の主張)
ア 原判決は、本件合意の成立を、前記(2)(原告の主張)のとおりの誤った事実認定により否定しており、不当かつ不自然である。
イ 平成29年3月15日の「Yさんデザイナー、でXがパタンナー」との原告の提案(原判決「事実及び理由」第3の1(3))は、原告が小道具を制作している事実の発表を求める趣旨とみるべきである。
 「パタンナー」とは、一般に、デザイナーがデザインしたものを、型紙を起こし、布を断ち、縫い合わせ、服を仕上げる人のことをいうところ、原告は、被告の発注に対し完成までの全工程を原告が行っている現実にも即していることから、このような提案をしたものであり、本件合意と異なる提案をしたものではない。
ウ 原告は、令和2年10月24日のLINEメッセージ(乙6)において、被告に対し、ゴーストライターに徹することは原告の意に反すること、原告が作っていると発表できない小道具の制作は控えたい旨を伝えている。
 このメッセージを受けた被告は、原告に電話し、原告の名前を公表することを承諾したのであり、そのため、原告は被告の依頼を引き受けた。
 本件小道具103(跳び箱)の納品後、令和3年2月26日のLINEのやりとり(乙6)において、原告が、原告が制作した旨を発表する許可を求めたのに対し、被告が「今回は、少し見送らせていただき、」と述べているのは、事前にいったん承諾しながら先延ばしにしようとしたことを意味している(さらに被告は、本件小道具103を使用した番組中で、小道具は自分で作ったと発表している。)。これに続くやりとりにおいて、原告が発表手段に触れていないにもかかわらず、被告が「跳び箱のこと、対応させてください」と伝え、ツイッターで原告制作の事実を公表したことは、公表の内容及び方法について、原被告間に共通認識があったことを示している。
エ 原告は、前記ウのように、被告から、本件各小道具の制作者が原告であることを公表するものと騙され続けてきたのであり、騙された原告が悪いと捉えられかねない原判決の認定は、不当である。
(被告の主張)
ア パタンナーとは、服飾業界において、デザイナーが作成したデザイン画をもとに型紙を制作する者を指す用語である。服飾品の宣伝広告の場面で、制作者の氏名が表示されることがあるとしても、一般にはパタンナーではなくデザイナーの氏名が公表される。
 したがって、「Yさんデザイナー、でXがパタンナー」との原告の提案は、原告の氏名の公表を前提とした提案とはいえない。
イ その他、原判決の認定判断に誤りはない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、原告の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
 なお、原告は、各争点のうち争点3及び6のみを判断した原判決の判断枠組みを非難するが、@仮に、争点1において本件各小道具の著作物性が認められ、争点2において原告が著作者と認められることを前提としても、氏名表示権侵害(争点3)が認められなければ、不法行為(氏名表示権侵害)に基づく請求に理由がなく、A本件合意(争点6)の成立が認められなければ、その余の点について判断するまでもなく、債務不履行に基づく請求に理由がないことは明らかである。したがって、原判決の判断枠組みに何ら誤りはない。
 その上で、当裁判所は、事案に鑑み、念のため、争点1及び2についても検討することとする。
2 認定事実
 前提事実に併せ、証拠(原告本人及び陳述書(甲186)、被告本人及び陳述書(乙152)のほか、後掲各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(人証は、いずれも原審におけるものである。以下同じ。)。
(1)本件各小道具の制作及び引渡し
ア 被告は、平成26年8月頃、原告に対し、毎月の単独ライブで披露する被告演芸に使用するために、小道具を制作して欲しいと依頼した。原告は、この依頼に応じ、本件小道具6から8までを制作し、同月21日、被告に引き渡した。
 原告は、その後も被告の依頼に応じ、令和2年5月頃までの間に、原告が新たに制作し、あるいは過去に制作していた、本件小道具2から5まで、9から102までを引き渡した。
イ なお、本件小道具1(杵)については、被告は第三者から引渡しを受けたと主張し、原告も第三者に譲渡したと主張するものであるから、原告が被告に引き渡した事実は認められない。
 また、被告は、本件小道具65(ビデオカメラ)について、原告に制作を依頼した事実も引渡しを受けた事実もない旨主張するが、証拠(甲70の1から3まで、125、154、186の24〜26頁)及び弁論の全趣旨によれば、本件小道具65は、原告が制作し、被告に引き渡したと認められ、被告の同主張及びこれに沿う被告本人尋問の結果中の供述部分(被告本人・尋問調書13頁)は、にわかに採用することができない。
ウ 被告は、原告に対し、小道具の制作・提供の対価として、小道具1個につき、5000円から1万円程度の金銭を支払っていた。
(2)被告演芸による公衆への提供
ア 被告は、平成26年9月から令和2年5月頃まで、被告演芸において、前記(1)アの依頼等に基づいて原告から提供された本件各小道具(本件小道具1のほか、被告演芸に使用されたと認めるに足りない本件小道具27、101を除く。)を使用した。
イ 被告は、前記アの期間中、被告演芸において、原告から提供されたもののほか、ライブのスタッフ等の依頼に基づき制作会社が制作した小道具を使用することもあったが、被告演芸の中で、これらの小道具の制作者名に言及することはなく、被告演芸が披露された劇場内、公演プログラム又はテレビ番組放映中に、小道具の制作者名についてのアナウンス、テロップ、掲示等の表示はなかった。
(3)本件各小道具の制作者の公表を巡るやりとり等
ア 被告は、平成26年8月頃に小道具作成を依頼した際、原告に対し、ほかの演芸家から後輩に小道具を作らせているなどとからかわれると困るので、原告が小道具を制作した事実を(少なくともしばらくは)公表しないで欲しい旨を、「僕はいじられキャラだから」などと言いつつ伝え、原告は、少なくともこの時点では、被告の要請を否定しない返答をした(原告本人・尋問調書7頁、被告本人・尋問調書8頁)。
イ 原告は、被告に対し、LINEメッセージにより、平成28年5月24日、本件小道具52(やかん)、54(たわし)、55(松明)、56(スケートボード)の提供を、同年8月10日、本件小道具60(豆腐)の提供を、同年10月13日、本件小道具64(シン・ゴジラ)の提供を、それぞれ自ら申し出た(乙106)。
ウ 原告は、平成28年9月6日、被告に対し、「例えばなんですが、やぐら(注:本件小道具62)に関しては僕が作ってても問題ないように感じますがいかがでしょうか?もちろん他のものはYさん(注:被告)の作品でもいいような気がしますが、やぐらは大道具ですよね。おおっぴらに本社で作っても問題ないかと思います。」とのLINEメッセージを送信した(乙86)。
エ 原告は、平成29年3月15日、本件小道具66(人形)を使用した被告演芸が好評であった旨の感謝等を伝える被告のLINEメッセージに対し、「こちらこそありがとうございました。PVとかコンサートのとかお話しいただいたら、是非是非受けてください。Yさんデザイナー、でXがパタンナーでいつでも参加します」との返信をした(乙6)。
オ 原被告間では、本件各小道具に関し、多数のLINEメッセージのやりとりがなされているが、後記(4)を除き、本件各小道具の制作者が原告であることの公表について触れた内容のものはない(甲136、171〜183、乙6、54、57、63、66、69、74、80、82、86、98、103、106、115、119の1、124の1、126の1、130の1、132の1、136の1)。
カ 被告は、原告から小道具の制作者が原告であることを公表あるいは表示するよう求められた回数について、後記(4)の各LINEメッセージのほか、口頭で3、4回程度あった旨供述している(被告本人・尋問調書14、15頁)。
(4)令和2年10月以降の経緯
ア 被告は、令和2年6月以降、折からの新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、原告に小道具制作の依頼をしていなかったが、同年10月20日、原告に対し、「また、ぜひともお頼みごともさせていただきたいです」「よろしくお願いします」とのLINEメッセージを送信した(乙6の2頁)。
イ 原告は、4日後の同月24日、被告に対し、被告が出演して本件小道具95(焼きそば(UFO風))を使用したテレビ番組を観たと伝えた上で、「ツラいご相談なんですが。」「作品をYさんが作ってる感じになってますよね。最初は『作ってるのを他の方にいじられるのが嫌』という話になってましたが、最近はYさんが作っている感じになってるじゃないですか?あまり良くないと思うんですよ。」「昔は僕も少しでもお仕事につながればと思ってました。何度かYさんがプロデュース、X製作で展開させることを提案しましたが、次の展開はなく、Yさんの構想の中では僕はゴーストライターに徹する感じですよね。」「今小道具の会社を立ち上げたところで、アドバイザーの方から権利関係のことは厳しく言われるので、僕が作ってない話になるものは、製作を控えさせてください。」「内容がすごく伝えるのが難しくて、時間が経ってしまってすいませんでした。」とのLINEメッセージを送信した(乙6の2頁)。
ウ 被告は、同日、原告に対し、「たいせつなお話ししてくださりありがとう!!」「お電話してもよろしいでしょうか??」とのLINEメッセージを送信し、その後、原告が電話を受けられるスケジュールについての何回かのやりとりがされた後、同月27日、約27分間にわたり、LINE通話による会話がなされた(乙6の2〜3頁)。
エ 同月28日以降のLINEメッセージのやりとりは、以前と同様の親しげな内容のものとなっていた(乙6の3頁)。
オ 被告は、令和3年2月15日、原告に対し、被告演芸に使用する小道具の制作を依頼した(乙6の3頁)。原告は、これに応じ、本件小道具103(跳び箱)を制作した。この小道具のデザインや引渡しに関するLINEメッセージのやりとりの中で、原告は、同月24日、「あと、のちのち何もかも起動(ママ)にのってからゴーストライター疑惑が出ないように、早めにパタンナー採用をしれっと発表する作戦をとられる方がいいのかなと思ってます。ご検討ください。」と送信し、被告は、「Xのお言葉分かるから、きちんと踏まえて考えさせてください」と返信した(乙6の8頁)。原告は、同月26日、「ちなみに先日お願いした、『Yさんの作品を今回はXが作らせていただきました』と発表する件、今回から許可いただけますでしょうか?」と送信し、被告は、「今回は、少し見送らせていただき、もう一度ご相談させてほしいです」「今回、明日の単独で使うのだけど、ほかにも小道具てんこ盛りで、他のは?とか、説明しなくちゃとかもあり…」と返信した。原告は、この時は、「分かりました。」「Yさんのおきもちをふまえてまた連絡します。」と応答した(乙6の9頁)。
カ 被告は、同月27日までに、本件小道具103(跳び箱)を使用した被告演芸の動画を配信し、演目終了の間際に、「ネタとかの前に、跳び箱を作りたかった」、「この跳び箱、宝物です、今」と発言した(甲187)。
キ 原告は、同日、この配信動画を観た後、被告に対し、今回は最後のコラボだと思って配信ライブを観た、被告は先輩なので我慢することも考えたが、クリエーターとしては我慢できない、被告は著作権をあまりにも軽視しすぎている、原告の作品を被告が作ったことになっていて、存在価値が否定されていて本当につらい、などと記載した上で、「今回の跳び箱で対応していただけないようなら@今後Yさんの小道具は作らない。Aどなたかに今までのやりとりを相談します。(まだ決まってませんが、弁護士とか雑誌記者の可能性も考えてます。)」とのLINEメッセージを送信した。被告はこれに対し、「わかりました。」「跳び箱の件、載せたり、させてください」「ぜひぜひ、跳び箱のこと、対応させてください」などと返信し、原告との通話を何度か試みたが、同日中の原告の応答はなかった(乙6の9〜10頁)。
ク 被告は、同日、被告のツイッターアカウント上に、「今回の単独ライブにて出てきた小道具の中で、「跳び箱」がありましたが、あの、スペシャル素敵跳び箱…後輩のXにご依頼させていただき、作ってもらいました(涙)」との投稿(以下「本件告知」という。)をした(甲109)。
ケ 原告は、同月28日、被告に対し、「早急な対応ありがとうございます。」「まさかこうして、ちゃんと対応してくださるとは思いませんでした。」「ライブ中に『今回跳び箱を作りたかった』と発言された時は驚きました。」「Xが作ったと発表しなかったら、完全に著作権侵害でした。」「次回から依頼をうけるか分かりませんが、1つ1つクリアできたら、また一緒にお仕事できると思います。」とのLINEメッセージを送信した(乙6の10頁)。
3 争点1(著作物性)について
(1)被告は、本件各小道具は、実用目的の機能を分離して観察した場合になお純粋美術と同視することができる程度の美的特性を備えていないから著作物性を有しない旨主張するほか、原判決別紙主張整理一覧表の「創作性:被告の主張」欄記載のとおり主張する。
(2)そこで検討すると、次のとおりいうことができる。
ア 本件各小道具は、演芸に使用する目的で制作されたものではあっても、それぞれ手造りされたものであって、他に同一のものは存在しない。その意味において、本件各小道具は、一品物として制作者の個性を反映したものである。それが一般に想起される物や実在する物の形状に基づいたり、既存のイラストを参照したりして制作されたものであったとしても、デッドコピーではない以上、現実に三次元の物体として具体的に表現するに当たっては、形状、色彩等につき様々な選択肢がある。そして、選択された表現には制作者の個性が反映されており、視覚を通じて一定の美観を起こさせる一方、工業上利用することができる意匠として利用されることは予定されていないから、本件各小道具について美術の著作物性を否定することはできないというべきである。
 この点は、本件各小道具のうち、商品パッケージのイラストの一部を再現したもの(本件小道具11)、著名なキャラクターの形状を模したもの(本件小道具17)、実在の菓子や商品の形状を再現したもの(本件小道具37、67、88、98)、文字を模したり、再現したりしたもの(本件小道具73、82)、ゲームセンターに設置されるゲームのハンマーを模したもの(本件小道具74、75)、電車の車両を模したもの(本件小道具77、78)等についても同様である。
イ 被告は、本件小道具7(白い板)及び8(金のアーム)について、美的要素の所在が明らかではない旨主張するが、これらの作品も制作者の個性が反映されたものであって、思想又は感情を創作的に表現したものと認められる以上、著作物性が認められることに変わりはない。
ウ 被告は、本件小道具23(ビデオテープ)及び24(北陸新幹線)について、完成形が明らかにされておらず、創作性の立証がない旨主張する。しかし、いずれの作品についても、被告は、原告に対しサイズ、形状等を指定して立体化作業を依頼した旨主張しており、かつ、原告から引渡しを受けたことを否定していない。そうすると、これらの作品についても、被告に引き渡され、その時点で作品として完成していたことが推認されるというべきであり、これに反する証拠はない。なお、弁論の全趣旨によれば、本件小道具23について、被告は、原告から引渡しを受けた後、一部を黒く塗るなどの作業を行ったことが認められるが、本件全証拠によっても、被告の当該作業により本件小道具23が引渡し時点における作品としての本質的特徴を喪失したことを認めるに足りない。
エ 被告は、本件小道具38(巻貝(2個目))及び40(こたつ(2個目))は、本件小道具33(巻貝(1個目)及び39(こたつ(1個目))の各複製であるから、新たな著作物であるとは認められない旨主張する。しかし、証拠(甲38、43、44、45、118、119)及び弁論の全趣旨によれば、2個目の各作品は、1個目の各作品を完全にコピーしたものではなく、主題は同じであっても、その具体的表現を異にするものであることが認められるから、被告の主張は採用することができない(なお、本件小道具28(蟹(1個目))及び44(蟹(2個目))についても同様である(甲117)。)。また、仮に複製に当たるとしても、1個目の作品と同一の表現が別の有体物に固定されているだけで、1個目の作品と同様の著作物性が認められることには変わりはない。
オ 被告は、本件小道具66(人形)について、形状は既存の一般的なもの、顔は事務所の公式グッズのイラストを再現したもの、衣服も市販の布を張り合わせたもので、ありふれた形状の人形である旨主張するが、これらを組み合わせた具体的な人形の形状は、制作者の創作的表現であるというべきであるから、被告の主張は採用することができない。
(3)以上によれば、本件各小道具には、すべて制作者の個性が反映されており、美術の著作物として、著作物性が認められるというべきである。
4 争点2(著作者性)について
(1)本件各小道具のうち、被告が全く制作に関与していないことを認めているもの(本件小道具1から5まで、17、27、52、54、55、56、60、64、76)については、被告が著作者になる余地はなく、弁論の全趣旨によれば、これらの小道具の制作者は原告であると認められ、これに反する証拠はない(なお、被告は、本件小道具5(神輿)について、神輿の持ち手部分は自ら制作した旨主張している(原判決別紙主張整理一覧表の原告作品番号5の「著作者性:被告の主張」欄参照)が、仮にそのとおりであったとしても、これにより、原告が神輿の制作者であることが否定されるわけではない。また、持ち手部分の追加により神輿に含まれる創作的表現の本質的部分が失われたとも認められない。)。
(2)本件各小道具のうち、前記(1)に掲げたもの以外の小道具について、被告は、着想したのは被告であり、被告は原告に作成依頼するに当たり、大きさ、形状、色等を具体的に指定するなどして、立体化作業を依頼したから、著作者は被告である(少なくとも、本件小道具66、74、75については、原告は著作者ではない。)などと主張する(原判決別紙主張整理一覧表の「著作者性:被告の主張」欄参照)。
 しかしながら、小道具の着想自体はアイデアにすぎず、思想又は感情の創作的表現ということはできない。また、証拠上、被告が原告に対し作成依頼をするに当たり、一定の形状を示すなどして、自分のイメージを伝えたものがあることは認められるが、詳細な設計図が示されたわけではなく、実際に三次元の作品を制作するに当たり、選択可能な具体的表現行為の幅が制作者の著作者性を否定するほど小さいものであったとは到底認められない。すなわち、制作に関するメッセージの原被告間のやりとり(甲170、171、173、174の1、175、176、178から185まで、乙6、19、54、57、63、66、69、74、80、82、86、103、106等)は、アイデアやイメージの交換にとどまるものであり、被告が原告に作品のイメージのスケッチを手書きで示したもの(甲132、133、135の2、137、138、141、142、145の1、146、147の1、148、172、177の1及び2、乙17、18、26、30、34、46、48、55、108、109等)は、ラフな描画にすぎず、いずれも、本件各小道具について、その制作者である原告の思想又は感情の創作的表現が含まれていることを否定するに足りるものではない。
(3)被告は、本件小道具38(巻貝(2個目))、40(こたつ(2個目)、44(蟹(2個目))は、本件小道具33、39、28の再制作を指示したものであり、本件小道具33、30、28と同様、著作者は被告である旨主張するが、前記3(2)エによれば、本件小道具33、39、28の制作者は原告であると認められるから、被告の主張は、その前提を欠くものであり、採用することができない。
(4)被告は、本件小道具48(スキーヤー)の着想は被告であり、小道具の主要部分であるウェアは上下とも市販のものであるから、原告は著作者ということはできない旨主張するが、被告が着想したということや、市販のウェアが利用されたということは、本件小道具48の制作者の著作者性を否定する理由とはならないから、同主張は採用することができない。
(5)その他、被告は、本件小道具21(キオスク)のKioskの文字をKioslに変更したこと、本件小道具23(ビデオテープ)の素材の一部を黒く塗るなどの作業を行ったこと、本件小道具67(ごはんですよ)の主要部分のラベル部分を被告が作成したこと、本件小道具80(ファミコンのカセット)の「おでん」の文字やイラストを自ら描画したことを主張するが、仮にそのとおりであったとしても、これらの被告による作業等により、原告の制作した部分に含まれる創作的表現の本質的特徴が失われたとは認められない。したがって、被告の主張する事実は、原告が本件各小道具の制作者であり、かつ、著作者であることを否定するに足りるものではない。
(6)以上によれば、原告は、本件各小道具の制作者であり、かつ、著作者であることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 しかるところ、被告は、原告は被告から有償で業務委託を受け、職務上制作作業をしたから、本件各小道具は、職務著作に該当するとも主張する。しかし、原告と被告との間に雇用関係又はこれに類するような内部的関係があった旨の主張立証はない。かえって、前記2の認定事実によれば、原告は、被告から依頼を受け、その都度、小道具を制作していたにすぎないから、原告が被告の業務に従事する者であったとは認められない。そうすると、本件各小道具のうち、被告の依頼により原告が制作した小道具は、著作権法15条の「法人等の業務に従事する者が職務上作成」した著作物に該当しない。したがって、被告の主張は採用することができない。
(7)以上によれば、原告は、本件各小道具の著作者であり、本件各小道具につき氏名表示権(著作権法19条)を有するというべきである。
5 争点3(氏名表示権侵害の成否)について
(1)氏名表示権は、著作者が原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利であるところ(著作権法19条1項)、原告は、被告が本件各小道具を被告演芸に使用して公衆に提示しながら、被告演芸後も長期間にわたり、本件各小道具の制作者が原告であることを表示しなかったことが、原告の氏名表示権を侵害する旨主張する。
 これに対し、被告は、@原告は、本件各小道具の提供に当たり、公衆への提示に際して原告の氏名を表示しないことに同意していた、A原被告間では、被告が本件各小道具を被告の制作物として使用し、原告は氏名表示権を行使しないことを合意していた旨主張する。
(2)まず、本件各小道具を使用した被告演芸における原告の著作者名の表示について、原告は、原審第11回弁論準備手続調書によれば、令和6年6月7日の同期日において、制作者名不言及等事実(原告が、被告に本件各小道具を提供するにあたって、被告演芸の中で、あるいは、劇場及びテレビ番組放映中並びにプログラムにおいて、本件各小道具の制作者名ないし著作者名に言及しないことは、当然の前提とされていたこと)を「認める。」と述べている。原告は、当審において、原告の発言の趣旨は、制作者名不言及等事実は、本件のメインの争点ではないという趣旨であった旨主張するが、原告の主観的意図がいかなるものであれ、客観的にみれば、原告が、弁論準備手続期日において制作者名不言及等事実の存在を認めたことに変わりはない。それのみならず、以下に述べるとおり、原告は、令和2年5月頃まで、被告演芸やテレビ番組等において本件各小道具の制作者が原告である旨の言及がされることがなかったにもかかわらず、被告演芸のための作品の提供を続けていたことが認められる。このような原被告の関係に照らすと、制作者名不言及等事実の存在が推認されるというべきであり、これに反する原告の主張は、採用することができない。
 すなわち、前記2の認定事実によれば、@被告は、原告に最初に小道具制作を依頼した平成26年8月ころ、被告演芸の際の表示に限らず、原告が小道具を制作した事実の公表自体を、少なくともしばらくはしないで欲しいと求め、原告はこれを拒絶しなかったこと(前記2(3)ア)、A被告は、同年9月から令和2年5月頃まで、原告から提供された本件各小道具(本件小道具1、27、101、103を除く。)を使用して被告演芸を行ったが(前記2(2)ア)、その際、原告から提供されたものを含め、小道具の制作者名を表示したことはなかったこと(前記2(2)イ)、Bにもかかわらず、原告は、令和2年5月頃まで、本件各小道具(本件小道具1、103を除く。)を被告に提供し(前記2(1)ア)、一部の小道具については自ら提供を申し出ており(前記2(3)イ)、平成28年9月6日には、被告が使用する小道具を原告が制作している事実を関係者に知られたくないとの被告の意向に配慮しつつ、大道具というべき本件小道具62(櫓)については、原告の制作作業を関係者に見られる場所で行っても構わないのではないかとの趣旨を被告に提案していること(前記2(3)ウ)が認められる。
 さらに、原告本人の供述及び陳述書(甲186)においても、原告が被告に求めていたと述べているのは、原告自身がツイッターで発表すること、又は被告がツイッターなどで事後に発表することであって、被告演芸そのものの場において表示等をすることではない。
 そして、原告が被告に対し、「僕が作ってない話になるものは、製作を控えさせてください。」等、従前の在り方では小道具作成に応じられない旨を明確に告げた後に作成された本件小道具103についても、原告が当時求めたのは、「早めにパタンナー採用をしれっと発表する作戦」や、「『Yさんの作品を今回はXが作らせていただきました』と発表する件」、具体的には、原告が「ちゃんと対応」したと述べた被告のツイッターによる本件告知であったと認められ(前記2(4)イ、オ、ク、ケ)、被告演芸の場において表示等をすることではない。
 以上によれば、本件各小道具(本件小道具1を除く。)が被告演芸において、それぞれ提示される際、制作者である原告の氏名を表示しないことについて、当時、被告は、同意を与えていたものと認められる。
(3)これに対し、原告は、本件各小道具を提供し続けたのは、厳しい上下関係や被告からの圧力等があったためである旨主張する。
 しかし、前記2(3)、(4)の原被告間のやりとりや、前記2(3)オで掲げた多数のLINEメッセージのやりとりをみても、原告には先輩である被告に対する遠慮があったことは認められるが、人間関係において、相手との関係に配慮し、不本意であっても自己の主張を抑えることは通常あり得ることであり、不本意ながら同意したからといって、直ちに同意の効力が否定されるわけではない。本件において、被告が原告に対し社会通念上許容される限度を超えて圧力を加えたり、原告の意思が不当に抑圧されていたりしていたと窺われるまでの事実は認められないから、原告の主張は採用することができない。
 その余の原告の主張は、前記(2)の認定に照らし、いずれも採用することができない。
 他方、被告は、本件各小道具を被告の制作物として使用する合意があった旨主張するが、被告本人尋問においても、そのような合意をした時期についての供述はあいまいで、具体的なやりとりの内容も不明であり(尋問調書8、9頁)、他に被告の主張を裏付ける証拠はないから、当該主張を認めることはできない(原告の指摘する「ゴーストライター契約」が、この被告の主張を指すのであれば、同様にそのような契約の存在は認められない。)。
(4)以上によれば、本件各小道具を被告の制作物として使用する旨の合意やゴーストライター契約の存在は認められないが、原告は、被告に対し、被告演芸において本件各小道具が公衆に提示された当時、その制作者として表示されないことについて同意を与えていたのであるから、被告が、被告演芸による本件各小道具の公衆への提示に際し、原告の氏名を表示しなかったことが、原告の氏名表示権の侵害に当たるということはできない。
 そして、被告演芸後に原告が制作者であることを表示しなかったことについては、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)が既に終了しているのであるから、氏名表示権に基づいて「著作物の公衆への提供若しくは提示」に際しての著作者の「表示」を求める前提を欠いているというべきであり、本件合意の債務不履行の問題となることは別として、原告の氏名表示権の侵害に当たるということはできない。
(5)したがって、その余の点を判断するまでもなく、氏名表示権侵害に基づく原告の損害賠償請求及び名誉回復措置請求は、理由がない。
6 争点6(本件合意の成否)について
(1)原告は、平成26年7月か8月頃、「ちなみに今後の作品は、公表してくれるんですよね」と言ったところ、被告は、「もちろんだよ。ただ、今すぐには、Xの方から作ったとは言わないでほしい。」と答え、これにより、小道具の制作者が原告であることを公表するとの本件合意が成立したと主張し、原告本人尋問の結果中には、これに沿う供述部分がある。
 しかし、同供述部分は、これを裏付ける客観的な証拠がない上、被告本人尋問の結果中の反対趣旨の供述に照らし、にわかに採用することができず、他に本件合意の成立を認めるに足りる的確な証拠はない。
(2)かえって、本件小道具103に係る本件告知を除き、被告は、本件各小道具の制作者が原告であることを公表していないところ(争いがない)、前記2の認定事実のとおり、@被告は、原告に最初に小道具制作を依頼した平成26年8月ころ、原告が小道具を制作した事実を、少なくともしばらくは公表しないで欲しいと求め、原告はこれを拒絶しなかったこと(前記2(3)ア)、A原告は、そのころから令和2年5月頃まで、本件各小道具(本件小道具1、103を除く。)を被告に提供し続け(前記2(1)ア)、B一部の小道具については自ら提供を申し出ており(前記2(3)イ)、C平成28年9月6日には、被告が使用する小道具を原告が制作している事実を関係者に知られたくないとの被告の意向に配慮した提案を被告にしていることが(前記2(3)ウ)、それぞれ認められる。
 これらの事実は、本件合意と整合しない事実であり、本件合意が成立していなかったことを推認させるものである。
 なお、原告が小道具を提供し続けたことについて、原告の意思が不当に抑圧されていたとまでは認められないことは、前記5(3)のとおりである。
(3)原告本人は、「依頼を受けるときに今回は発表してくださいというのを毎回確認してます。」と供述するところ、被告本人も、原告から小道具の制作者が原告であることを公表あるいは表示するよう、口頭では3、4回程度求められたとの限度では認めているが(前記2(3)カ)、原被告間の多数のLINEメッセージのやりとりにおいて、令和2年10月より前には、本件各小道具の制作者が原告であることの公表について触れた内容のものはない(前記2(3)オ)。平成29年3月15日の「Yさんデザイナー、でXがパタンナーでいつでも参加します」とのLINEメッセージ(前記2(3)エ)は、原告が制作に関与していることを何らかの形で公にすることを促す内容とみることもできるが、その前から続く文脈をみても、本件合意の成立を前提に、その履行を催告するものとまではいえない。
 原告が被告に対し、従前の在り方では小道具作成に応じられない旨を明確に告げた令和2年10月24日のLINEメッセージにおいて、原告は、「昔は僕も少しでもお仕事につながればと思ってました。何度かYさんがプロデュース、X製作で展開させることを提案しましたが、次の展開はなく、」等と述べているが、このメッセージの内容も、本件合意の成立やその不履行を指摘するものとはいえない。
 これらの事情を総合すると、令和2年10月より前において、原告が被告に対し、小道具の制作者が原告であること(少なくとも、実際の制作に関与していること)の公表を求めたことは相当回数あったと認められるが、被告はその度に言葉巧みに拒絶し、だからこそ原告は様々な言い方で提案を繰り返してきたとみるのが相当であって、本件全証拠によっても、同月より前に、小道具の制作者が原告であることを被告が公表する合意に至ったことを認めるに足りない。
(4)もっとも、令和2年10月以降のLINEメッセージのやりとり、その他本件小道具103に係る経緯(前記2(4))によれば、原告が、令和2年10月24日、被告に対し、被告がテレビ番組において原告が作成した小道具を自分が制作したかのように述べることは問題であり、今後は被告のための制作を控える旨述べたこと(乙6の2頁)、同月27日、原告と被告は、約27分にわたりLINE通話をしたこと(乙6の3頁)、その後、令和3年2月、原告は、被告からの小道具制作の依頼を引き受け、本件小道具103を制作し、被告に引き渡したこと(乙6の4〜8頁)、原告は、同月26日、被告に対し、「先日お願いした『Yさんの作品を今回はXが作らせていただきました』と発表する件、今回から許可いただけますでしょうか」等と述べたこと(乙6の9頁)、これに対し、被告は、いったん先送りするような態度を示したが、同月27日までに配信された被告の動画を見た原告から強い抗議を受け(乙6の9〜10頁)、同日、被告のツイッター上で、本件告知(甲109)をしたことが認められる。これらの事実によれば、遅くとも、令和3年2月に原告が被告からの本件小道具103の制作依頼を引き受けた頃までには、被告は、原告に対し、原告が今後制作する小道具について、何らかの形で原告が制作した事実を公表する旨の約束(以下「本件約束」という。)をしていたこと、同月27日、被告が本件小道具103に係る本件告知をしたことにより、本件約束が履行されたことが推認されるというべきである。
 しかし、前記事実によっても、被告が、過去に原告が制作した各小道具についても、制作者が原告である旨公表する約束をしたことまでは推認することができず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。また、本件小道具103の制作後、本件告知までの間に原告が被告からの依頼により制作した別の小道具があることを認めるに足りる主張立証もない。したがって、本件約束については、全部履行されており、未履行部分はない。
(5)原告は、本件合意の成否についてさまざまに主張するが、これまで述べた理由により、原告の主張は採用することができず、本件合意の成立は認められない。
 仮に、本件約束が本件合意であると考えたとしても、前記のとおり、本件約束は履行済みであるから、被告に債務不履行はない。
(6)そうすると、その余の点を判断するまでもなく、本件合意の債務不履行に基づく原告の損害賠償請求は、理由がない。
7 結論
 よって、原告の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水響
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 頼晋一
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