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【事件名】グーグルへの発信者情報開示命令異議申立事件 【年月日】令和7年3月7日 東京地裁 令和6年(ワ)第70052号 発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議事件、 令和6年(ワ)第70323号 発信者情報開示請求反訴事件 (口頭弁論終結日 令和6年12月13日) 判決 原告(反訴被告) GoogleLLC(以下「原告」という。) 同代表者(日本における代表者) グーグル・テクノロジー・ジャパン株式会社 同訴訟代理人弁護士 山内真之 同 山本浩貴 同 工藤和樹 被告(反訴原告) A(以下「被告」という。) 同訴訟代理人弁護士 齋藤理央 主文 1 原告と被告との間の東京地方裁判所令和5年(発チ)第10258号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年1月24日にした決定を取り消す。 2 前項記載の事件における被告の申立てを却下する。 3 被告の反訴請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 本訴請求 主文第1項及び第2項と同旨 2 反訴請求 (1)主位的請求 原告は、被告に対し、別紙反訴発信者情報目録記載1の各情報を開示せよ。 (2)予備的請求 原告は、被告に対し、別紙反訴発信者情報目録記載2の各情報を開示せよ。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 被告は、原告の運営する「Googleドライブ」と称するクラウドストレージ(以下「本件サービス」という。)に氏名不詳者(以下「本件氏名不詳者」という。)が投稿した別紙投稿情報目録記載第1の投稿(以下「本件投稿」という。)により、別紙制作物目録記載の3Dモデル(以下「本件被告モデル」という。)のうちのコスチューム及び髪の各部分に係る被告の著作権(翻案権及び公衆送信権)並びに著作者人格権(同一性保持権及び名誉声望保持権)が侵害されたことは明らかであり、本件氏名不詳者に対する不法行為に基づく損害賠償請求権等を行使するため、別紙発信者情報目録記載の各情報の開示を受けるべき正当な理由があるとして、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項及び8条に基づき、発信者情報開示命令の申立てをした。 本訴事件は、原告が、被告の上記申立てを認容した決定(以下「本件原決定」という。)に不服があるとして、プロバイダ責任制限法14条1項に基づき、本件原決定の取消しを求める事案である。 反訴事件は、被告が、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、別紙反訴発信者情報目録記載1(主位的請求)及び同記載2(予備的請求)の各情報の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実並びに後掲の各証拠(以下、特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実) (1)当事者 原告は、本件サービスを運営する米国法人である。 被告は、本件被告モデルを制作した者である(乙8)。 (2)本件氏名不詳者による投稿 別紙アカウント目録の投稿サイト欄記載のURL及び投稿ユーザー名欄記載のユーザー名により特定されるアカウント(以下「本件アカウント」という。)を管理する本件氏名不詳者は、本件アカウントを利用して、本件投稿(以下、本件投稿により投稿された3Dモデルを「本件投稿モデル」という。)をし、インターネット上で本件投稿モデルを公開した(乙4)。 (3)原告が保有する情報 原告は、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報をいずれも保有している。 (4)本件訴訟に至る経緯等 ア 被告は、令和5年7月25日、東京地方裁判所に対し、原告を相手方として、発信者情報開示命令の申立てをし(同裁判所令和5年(発チ)第10258号。以下、同申立てに係る手続を「本件原手続」という。)、本件原手続係属中に、開示を求める範囲を別紙発信者情報目録記載の各情報(以下、別紙反訴発信者情報目録記載の各情報と併せて「本件発信者情報」という。)に変更した(甲1、3)。 原告は、本件原手続において、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報のほかに、同2(2)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報をいずれも保有する旨の認否をした(弁論の全趣旨)。 同裁判所は、令和6年1月24日、被告の申立てを認容する決定(本件原決定)をし、本件原決定は、同月26日、原告に送達された(甲1、弁論の全趣旨)。 イ 原告は、令和6年2月26日、本件原決定を不服として、本件本訴を提起した。 被告は、同年7月24日、本件反訴を提起し、本件訴訟係属中に、開示を求める範囲を別紙反訴発信者情報目録記載の各情報に変更した。 (5)原告から被告に対する情報の開示 原告は、令和6年6月10日、被告に対し、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報をそれぞれ開示した(乙37)。 (6)本件被告モデル及び本件投稿モデルについて 3Dモデルは、3次元の物体をコンピューター上で立体として取り扱うための表現方法である(弁論の全趣旨)。 本件被告モデル及び本件投稿モデルは、いずれも、点及び点と点をつなぐ線(ワイヤーフレーム)並びにこれらから形成される面(ポリゴン)から成るデータと、各ポリゴンに貼り付ける画像(テクスチャ)のデータ等により構成されている(乙2、3、6、8)。 3 争点 (1)本件反訴の提起が適法であるか(本案前の争点。争点1) (2)原告が本件発信者情報を保有しているか(争点2) (3)被告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点3) (4)本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か(争点4) (5)特定発信者情報の開示請求の当否(争点5) 4 争点に対する当事者の主張 (1)争点1(本件反訴の提起が適法であるか(本案前の争点))について (被告の主張) 本件反訴の訴訟物である発信者情報開示請求権は、本件本訴の異議の訴えと同一の社会的事実である被告の権利を侵害する投稿行為を重要な考慮要素として、その存否が確定されることになるのであるから、本件反訴の目的である請求は、「本訴の目的である請求又は防御と関連する請求」(民事訴訟法146条1項柱書本文)である。 また、本件反訴の提起により「著しく訴訟手続を遅滞させることとなる」(同項2号)ことはない。 したがって、本件反訴の提起は適法である。 (原告の主張) ア 本件本訴は異議の訴えであるところ、異議の訴えは本件原決定の変更又は取消しを求めるものである。これに対し、被告が本件反訴によって追加した請求は、本件原決定の判断の対象になっていない別個の発信者情報の開示請求であり、請求の内容が異なる上、審理すべき内容も異議の訴えとは質的に異なるものであるから、「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求」(民事訴訟法146条1項柱書本文)との要件を満たさない。 イ また、被告が本件反訴によって追加した開示請求の対象であるIPアドレスは、本件原決定が対象としているIPアドレスとは異なるものであって、本件原手続においても全く審理の対象となっていなかった情報である。被告による本件反訴の提起は、本件本訴の提起から半年近くが経過し、本件本訴の争点が整理され、裁判をするに熟しているといえる状況においてされたものである。このような時期にされた本件反訴は、争点を徒に拡散させ、訴訟手続の進行を著しく妨げるものである。 したがって、本件反訴の提起は、「著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき」(民事訴訟法146条1項2号)に当たる。 ウ 以上によれば、本件反訴の提起は、不適法である。 (2)争点2(原告が本件発信者情報を保有しているか)について (被告の主張) ア 原告は、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報を保有しているものの、これら以外の情報を保有していないから、「保有」(プロバイダ責任制限法5条1項本文)の要件を満たさないと主張する。 イ しかし、原告は、前記情報を保有していないと抽象的に主張するだけで、そのことを何ら立証できていない。 そもそも、開示関係役務提供者である原告が発信者情報を保有しているか否かは被告が知り得ない事柄であるのに対し、発信者情報の存否は原告の支配領域における事情であるから、原告において発信者情報を保有してないことを一定程度合理的に立証するのは容易である。したがって、訴訟当事者の平等の観点からすると、発信者情報を保有しているか否かについては、原告のような開示関係役務提供者において保有していないとの事実を主張立証する責任がある。 また、原告は、本件原手続において、別紙発信者情報目録記載の各情報をいずれも保有していることを認めていた。原告は、法律専門家である弁護士に対応を依頼し、回答すべき内容を慎重に判断しているのであるから、保有していない情報を保有していると回答することはあり得ない。そして、原告において、保有すると回答していた情報が喪失してしまったとか、調査が誤っていたことについて、何ら具体的な主張立証はない。 ウ 以上によれば、原告は本件発信者情報を全て保有していると認められるべきである。 (原告の主張) ア 原告は、本件原手続において、別紙発信者情報目録記載2(2)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報を保有することを認める旨の認否をした。しかし、原告が本件原決定の告知を受け、その履行のための準備を進めていたところ、本件原決定時において、原告が上記各情報を保有していなかったことが判明した。 非訟事件手続である本件原手続においては、民事訴訟法179条の適用がなく、自白による証明不要効並びに裁判所及び当事者に対する拘束力はないから、被告は、原告が上記各情報を保有していることを改めて証明すべきであるところ、その立証はされていない。 したがって、原告は、別紙発信者情報目録記載2(2)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報を保有しているとはいえない。 イ また、原告は、時期にかかわらず、本件アカウントのログイン及びログアウトに使用されたIPアドレス並びに当該ログイン及びログアウトに使用された当該IPアドレスを用いた通信が送信された年月日及び時刻をいずれも保有していない。 ウ 以上によれば、原告は、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報以外の情報を保有していないから、当該情報に係る開示請求については、「保有」(プロバイダ責任制限法5条1項本文)の要件を満たさない。 (3)被告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か (被告の主張) ア 本件投稿により被告の著作権及び著作者人格権が侵害されたこと (ア)本件被告モデルが著作物であること a 本件被告モデルは、ゲーム「FLOWERKNIGHTGIRL」のキャラクター「デュランタ」を描き起こした別紙原著作物目録記載の2次元のイラスト(以下、これらを総称して「本件原著作物」という。)を立体化及び変形(翻案)したものである。 b すなわち、被告は、本件原著作物から、3Dモデルにしても違和感が生じにくいように身長、等身等を決定して素体(体)を作成した上、素体のポリゴンデータ、コスチュームのポリゴンデータ、顔、目のテクスチャ、髪、各パーツのテクスチャ(陰影表現を含む。)等を作成し、パーツごとに反発計数や質量などを設定した。そして、このような2次元のイラストから3Dモデルを作成する過程には、無限の選択の組合せが存在する。 特に、本件被告モデルにおける背のマントの紋様は、本件原著作物において一部しか描かれておらず、マント上部の紋様や紐具との接合などは全て被告が創作したものである。また、本件被告モデルにおけるスカートの折り目の数、胸部の金色ワイヤー状の装飾の接続部位も、本件原著作物とは異なっており、被告の個性が反映された創作的表現である。 このように、本件被告モデルのうちコスチューム及び髪に係る各部分は、本件原著作物にはなく、新たに被告の非凡な個性を強く反映した創作的表現である。 c したがって、本件被告モデルは、本件著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、その具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに被告の思想又は感情を創作的に表現したものであって、二次的著作物に当たることは明らかである。 (イ)本件投稿は本件被告モデルに係る被告の著作権を侵害すること 本件被告モデルと本件投稿モデルとは、基本となる人の部分の3Dモデルや髪の色、テクスチャの一部が異なるものの、髪及び服のワイヤーフレームにおいて完全に一致している。このように、本件投稿は、本件被告モデルのうちコスチューム及び髪に係る各部分をほぼそのまま配布するものである。 そして、前記(ア)のとおり、本件被告モデルのうちコスチューム及び髪に係る各部分は、被告による創作的表現である。 したがって、本件投稿は、本件被告モデルに係る被告の著作権(翻案権及び公衆送信権)を侵害する。 (ウ)本件投稿は本件被告モデルに係る被告の著作者人格権を侵害すること 本件投稿モデルは、胸部及び陰毛を露出させるなど、性的な表現を強調するように本件被告モデルを改変したものである。 このように、本件投稿は、本件被告モデルをアダルトコンテンツへと改変利用するものであるから、本件被告モデルに係る被告の著作者人格権(同一性保持権及び名誉声望保持権)を侵害する。 イ 違法性阻却事由の不存在 本件氏名不詳者が本件投稿をしたことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。 ウ まとめ 以上によれば、被告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)。 (原告の主張) ア 本件被告モデルは著作物ではないこと 2次元イラストから3Dモデルを作成する作業においては、表現上の次元数が異なる以上、多少のデフォルメ又は簡略化が必須である。また、ポリゴンやテクスチャ等は3Dモデルの構成要素であるから、3Dモデルを作成する際にこれらの選択が伴うのは必然である。そうすると、本件被告モデルに見られる創作的表現は、デュランタというキャラクターのデザインとしての創作的表現に尽きており、被告の主張する表現はいずれも3Dモデルにおいてありふれた表現であるから、被告の創作的表現であるとはいえない。 イ 本件投稿モデルが本件被告モデルに依拠したものとはいえないこと 本件被告モデルと本件投稿モデルは、いずれも「デュランタ」というキャラクターをモチーフにしているのであるから、両者は同一のキャラクター「デュランタ」の服装を参考にしているのであり、髪や服のワイヤーフレームが偶然一致することがあり得る。 したがって、本件投稿モデルが本件被告モデルに依拠していることの立証がされているとはいえない。 ウ 本件投稿モデルから本件被告モデルの表現上の本質的な特徴を直接感得できるとはいえないこと 本件被告モデルは専らキャラクター「デュランタ」を、本件投稿モデルは専らキャラクター「初音ミク」を、それぞれモチーフにしていると考えられる。このことは、髪の色の違いや、モデルの首元や二の腕、腹部、大腿部などのワイヤーフレームの違いからも裏付けられる。 このように、本件被告モデルの表現上の本質的な特徴は、専らキャラクター「デュランタ」をモチーフとして作成されたワイヤーフレームやテクスチャから構成されている点といえるところ、本件投稿モデルは別のキャラクターである「初音ミク」をモチーフとして作成されたモデルであるから、本件投稿モデルから本件被告モデルの表現上の本質的な特徴を直接感得できるとはいえない。 (4)争点4(本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)について (被告の主張) ア 被告は、本件氏名不詳者に対し、損害賠償、差止めなどの法的請求を行う予定であるが、そのためには本件発信者情報により本件氏名不詳者を特定する必要がある。 イ 原告は、既に被告に開示した情報を含む本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由」はないと主張するが、以下のとおり失当である。 (ア)発信者情報開示請求に対する裁判は、当該請求権の存在を確定することにより被害者の権利救済を図るという性質のみならず、裁判所が、電気通信事業者に対し、通信の秘密等により保護されるべき発信者情報を開示することについて違法性が阻却されることを宣明する性質をも強く有している。 このように、発信者情報請求権の存否の判断は、単に被害者が発信者情報の開示を受けるべき必要があることだけではなく、電気通信事業者が負っている通信の秘密等を守るべき義務を国が公的に解除するか否かという判断を含めてされるべきものである。 したがって、既に発信者情報が開示されているとしても、当該発信者情報に係る開示請求権の存否を裁判所が宣明する必要性は失われない。 (イ)また、発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」か否かの判断時点は、プロバイダ責任制限法8条所定の発信者情報開示命令の終局決定がされた時点と解すべきである。 なぜならば、本件のように、開示関係役務提供者が、申立人に発信者情報を開示した後に同法14条所定の異議の訴えを提起し、既に当該発信者情報が開示されているとして、申立てを却下する旨の判断がされると、申立人は、現に開示された当該発信者情報につき、その開示を受けた法的根拠を容易に奪われることになる。そのようなことになれば、その後の発信者との訴訟などにおいて、発信者から当該発信者情報開示の法的正当性を争われるなどして紛争が混乱する可能性が高いが、このような帰結は不当というほかない。このようにみると、同法8条に基づき発信者情報の開示を命じる決定における「開示を受けるべき正当な理由がある」か否かの判断は、実際に情報が開示されたことによっては覆らないと解すべきである。 したがって、同法14条所定の発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴えにおける「開示を受けるべき正当な理由があるとき」の判断基準時は、当該訴訟の口頭弁論終結時ではなく、発信者情報開示命令申立事件における終局決定時と解すべきである。 ウ 被告は、本件原決定時において、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報の開示を受けておらず、かつ、原告が被告にこれらの情報を開示したのは本件原決定がされた後であるから、当該開示の事実は、本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」か否かの判断において考慮されない。 以上によれば、本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)。 (原告の主張) 原告は、被告に対し、本件原決定に従い、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報をいずれも開示した。 したがって、被告は、上記の情報について既に開示を受けているから、これらの情報を含む本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由」はない。 (5)争点5(特定発信者情報の開示請求の当否)について (被告の主張) ア プロバイダ責任制限法5条1項3号ハに該当すること 少なくとも本件においては、「当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができない」状況にある。 したがって、プロバイダ責任制限法5条1項3号ハに該当する。 イ 相当の関連性(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則5条柱書)があること (ア)特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則5条柱書所定の相当の関連性の有無は、発信者以外の行った通信が開示される危険と発信者特定の実効性の調和の点から決せられるべきである。 (イ)本件投稿に用いられたアカウントの作成に使用された通信は、本件投稿の送信と相当の関連性がある。 (ウ)また、本件投稿に用いられたアカウントのログイン及びログアウトに使用された通信については、ログの保存期間が3か月程度にとどまるアクセスプロバイダが存在することから、ログイン及びログアウトに使用された通信のうち本件投稿に時間的に最も近接するものに係る情報しか開示されないとすると、本件氏名不詳者を特定できないおそれがある。そのため、本件投稿がされてから時間が経つと、本件氏名不詳者とは別の人物が本件投稿に用いられたアカウントにログイン及びログアウトした際の通信を捉えてしまう可能性が高まることを考慮しても、本件投稿の送信と相当の関連性のあるログイン及びログアウトに使用された通信は、本件口頭弁論終結の日において最新のものというべきである。 仮に、ログイン及びログアウトに使用された通信のうち本件口頭弁論終結の日において最新のものについては、本件投稿の送信と相当の関連性がないとしても、少なくとも本件投稿に時間的に最も近接するものについては、本件投稿の送信と相当の関連性がある。 (原告の主張) 否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件反訴の提起が適法であるか(本案前の争点))について (1)プロバイダ責任制限法14条所定の発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴えは、形成の訴えと解されるものの、当該訴えは、発信者情報開示命令の申立てについての決定において判断の対象となった発信者情報開示請求権の存否及びその内容を確定することを目的としており、実質的には給付訴訟と同様の機能を有するものといえる。 また、被告が本件反訴によって開示を求める発信者情報は、いずれも本件投稿に係る発信者情報である。 したがって、本件反訴の目的である請求は、「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求」(民事訴訟法146条1項本文)というべきである。 (2)また、本件本訴の審理経過にかんがみても、本件反訴の提起により「著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき」(民事訴訟法146条1項2号)に当たると認めることはできない。 (3)さらに、本件反訴について、民事訴訟法146条1項1号所定の事由は認められない。 (4)以上によれば、本件反訴の提起は適法というべきである。 2 争点2(原告が本件発信者情報を保有しているか)について (1)原告が本件発信者情報を保有していることの主張立証責任について プロバイダ責任制限法5条1項は、開示請求の対象となる情報について、「特定電気通信役務提供者が保有する…発信者情報」と規定し、開示関係役務提供者が「保有」するものとしている。 確かに、被告が主張するとおり、開示関係役務関係者がいかなる情報を保有しているか又は保有していないかは、発信者情報の開示を求める者が直ちに知り得ない事項であるといえるものの、同法においては、開示請求の要件として「当該特定電気通信役務提供者が保有する…発信者情報」と規定されており、他方で、開示関係役務提供者が発信者情報を保有していないことを自ら主張立証すべき旨を定めた規定はない。 したがって、本件発信者情報の開示を求める被告は、開示関係役務提供者である原告が本件発信者情報を保有していることを主張立証する責任があるというべきである。 (2)原告が本件発信者情報を保有しているか否かについて ア 前提事実(3)のとおり、原告は、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報を保有している。 イ これに対し、本件全証拠によっても、原告が、本件発信者情報のうち、前記アの各情報以外の情報を保有していると認めることはできない。 確かに、前提事実(4)アのとおり、原告は、本件原手続において、別紙発信者情報目録記載2(2)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報をいずれも保有する旨の認否をしたものの、非訟手続である(同法18条参照)本件原手続において自白したからといって、本件訴訟手続においてこれに拘束されることにはならないし、上記のような認否をしたということから直ちに原告がこれらの情報を保有していることを推認できるとはいえない。 また、証拠(乙38)によれば、原告は、本件アカウントのログインに係る通信が行われた年月日及び時刻を保有していることが認められるものの、そのことから直ちに当該ログインに使用されたIPアドレスや本件アカウントのログアウトに使用されたIPアドレスも保有していると認めることはできない。 (3)まとめ 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報以外の情報の開示請求はいずれも理由がないというべきである。 3 争点4(本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)について (1)「開示を受けるべき正当な理由がある」か否かの判断時期について 被告は、発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」か否かの判断時点は、プロバイダ責任制限法8条所定の発信者情報開示命令の終局決定がされた時点と解すべきであると主張する。 そこで検討すると、同法14条が、発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴えを定めているのは、発信者情報開示請求権(同法5条1項及び2項)という実体的な権利義務の存否及びその内容を終局的に確定させるために、非訟手続(同法18条参照)である同法8条所定の発信者情報開示命令申立事件における裁判所の判断について、訴訟手続によって争う機会を保障したものであると解される。 そして、民事訴訟の確定判決が有する既判力の基準時は、事実審の口頭弁論終結時(民事執行法35条2項)であるところ、プロバイダ責任制限法には、同法14条所定の異議の訴えにおいて、発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(同法5条1項2号)か否かの判断時ないし既判力の基準時を、上記の原則と異にすべき旨の定めはない。 そうすると、同法8条所定の発信者情報開示命令に対して同法14条所定の異議の訴えが提起された場合、発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」か否かの判断時点は、当該異議の訴えに係る事実審の口頭弁論終結時であり、裁判所は、その判断に当たり、発信者情報開示命令申立事件の手続の際に現れていなかったり、当該事件の終局決定後に生じたりした事実を斟酌することができるというべきである。 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。 (2)開示済みの発信者情報について「開示を受けるべき正当な理由がある」かについて ア 「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)との要件は、他人の権利を侵害するような情報の発信が匿名又は仮名で行われた場合、その発信者を特定して責任追及をすることが極めて困難であるのが通常であることから、当該発信者に関する情報を類型的に保有している開示関係役務提供者を通じて、当該発信者の特定に資する情報を取得できるようにする必要がある一方で、発信者情報は、発信者のプライバシー、匿名表現の自由、通信の秘密等として保護されるべき情報であるから、正当な理由なく発信者の意に反して当該情報の開示がされることがあってはならないことにかんがみ、開示関係役務提供者から発信者情報の開示を受けることが合理的に必要かつ相当であることを求める趣旨に基づいて設けられたものと解される。 そうすると、発信者情報の開示を請求する者が既に当該発信者情報の開示を受けている場合には、当該請求者の権利を侵害するような情報の発信者の特定に資する情報を既に得ていることになるから、開示関係役務提供者の保有する情報が発信者の現状に沿うように更新されているなどの理由により、当該請求者が既に開示を受けている情報と比較して発信者の特定により資するなどの特段の事情のない限り、開示関係役務提供者から当該発信者情報の開示を受けることが合理的に必要かつ相当であるとはいえない。 イ 前提事実(5)のとおり、被告は、令和6年6月10日、原告から、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報の開示を受けたものである。 他方で、原告が被告に上記の各情報を開示した後に、これらの情報が本件氏名不詳者の現状に沿うように更新されているなど、改めてその開示を受けることが合理的に必要かつ相当であると認めるに足りる証拠はない。 ウ したがって、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報について「開示を受けるべき正当な理由がある」と認めることはできない。 (3)まとめ 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件発信者情報のうち別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する2(3)の情報の開示請求は、いずれも理由がない。 4 小括 前記2のとおり、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報以外の情報については、原告がこれを保有していると認めることはできない。 また、前記3のとおり、本件発信者情報のうち、別紙発信者情報目録記載1(1)及び(3)の各情報並びに同2(1)の情報及び同情報に対応する同2(3)の情報については、「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)と認めることはできない。 第4 結論 よって、原告の本訴請求は理由があるから、本件原決定を取り消して、本件原手続における被告の申立てを却下することとし、被告の反訴に係る主位的及び予備的請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判官 間明宏充 裁判官 木村洋一 裁判長裁判官國分隆文は、差支えにつき署名押印することができない。 裁判官 間明宏充 (別紙)発信者情報目録 (別紙)反訴発信者情報目録 (別紙)制作物目録 (別紙)原著作物目録 |
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