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【事件名】映画「天上の花」脚本改変事件(2) 【年月日】令和7年2月27日 知財高裁 令和6年(ネ)第1431号 著作者人格権侵害差止等請求控訴事件 (原審・大阪地裁令和5年(ワ)第531号) (口頭弁論終結日 令和6年10月4日) 判決 控訴人兼被控訴人(一審原告) X1(以下「一審原告」という。) 同訴訟代理人弁護士 彌田晋介 同 小野俊介 同 塩路涼 被控訴人兼控訴人(一審被告) X2(以下「一審被告」という。) 同訴訟代理人弁護士 的場徹 同 的場遥 主文 1 一審被告の控訴に基づき、原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。 2 上記の部分につき、一審原告の請求を棄却する。 3 一審原告の控訴を棄却する。 4 訴訟費用は、第1、2審とも一審原告の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 一審原告 (1)原判決中、主文第1項を次のとおり変更する。 (2)一審被告は、一審原告に対し、110万円及びこれに対する令和5年2月3日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 (3)一審被告の控訴を棄却する。 2 一審被告 主文同旨 第2 事案の概要 以下で使用する略称は、特に断らない限り、原判決の例(原判決別紙略語目録を含む。)による。 1 事案の要旨 (1)本件は、一審原告が作成した脚本原稿(第10稿)を、一審被告が、一審原告に無断でその内容を改変して第12稿を作成し、一審原告が有する第10稿についての著作者人格権(同一性保持権)を侵害したと主張して、一審原告が、一審被告に対し、@不法行為に基づく損害賠償として、110万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年2月3日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求め、A著作権法115条に基づく名誉回復措置として、原判決別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載を求め、B著作者人格権(同一性保持権)に基づき第10稿を変更して作成された第12稿を脚本として制作された原判決別紙作品目録記載の映画(本件映画)の上映等の差止めを求めた事案である。 なお、一審原告は、併せて、本件映画の映画監督であるX3、X3が代表者を務める本件映画の制作プロダクションであるドッグシュガー及び本件映画の配給会社である太秦を一審被告の共同被告として本件訴訟を提起し、X3については一審被告と協議して第12稿を作成させ映画監督として本件映画を制作したことが、ドッグシュガーについては第12稿に基づいて本件映画を制作したことが、いずれも一審原告の同一性保持権を侵害し、太秦については本件映画を配給していることが一審原告の上映権、複製権を侵害するほか同一性保持権を侵害していると主張して、これらの者に対し、一審被告とともに、上記@の損害賠償の連帯支払及び上記Bの上映等の差止めを求め、さらにドッグシュガーに対しては、一審被告とともに上記Aの謝罪広告の掲載のほか、脚本料として適正額からの不足額及び遅延損害金の支払を求めていたが、原審における口頭弁論終結後、X3、ドッグシュガー及び太秦との間で和解し、また、一審被告に対する上記Bの差止めに係る訴えを取り下げた。 (2)原審は、一審原告の上記@の不法行為に基づく損害賠償請求については、一審被告による第10稿から第12稿への変更のうちの本件変更が一審原告の同一性保持権の侵害に当たると認めて、不法行為に基づき慰謝料5万円及び弁護士費用5000円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして認容し、その余を棄却し、一審原告の上記Aの謝罪広告掲載請求については、理由がないとしてこれを棄却した。 (3)これに対し、一審被告は、敗訴部分を不服として控訴を提起して前記第1の2記載の裁判を求め、他方、一審原告は、前記第1の1記載のとおり、上記@の不法行為に基づく損害賠償請求についての敗訴部分のみにつき控訴を提起したので、当審での審判の対象は、上記@の不法行為に基づく損害賠償請求のみである。 2 前提事実(争いのない事実、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1)当事者及び関係者等(甲1ないし3、13、14、乙A17、18、乙B14) ア 一審原告は、後に一審被告により加筆、修正されて本件映画の脚本とされた第12稿の原案である第10稿を作成した著作者であり、本件映画のクレジット表記において一審被告とともに脚本家と表示されている。一審原告が映画制作に関わったのは本件映画が初めてである。 イ 一審被告は、第10稿を加筆、修正して本件映画の脚本(第12稿)を作成した者であり、本件映画のクレジット表記において一審被告とともに脚本家と表示されている。一審被告は、昭和後期から多くの話題作を手掛け、多数の受賞歴もある著名な映画脚本家である。 ウ ドッグシュガーは、映画等映像作品の企画・制作・配給・販売等を目的とする株式会社であり、本件映画の制作プロダクションである。 エ X3は、ドッグシュガーの代表者であり、本件映画の監督である。X3は、一審原告とは平成24年頃からの知り合いであり、また、一審被告とは一審被告が脚本を担当して同年公開された映画をドッグシュガーがプロデュースするなどの関係があった。 オ 太秦は、映画等の映像作品の制作・宣伝・企画配給等を目的とする株式会社であり、本件映画の配給会社である。 カ X4は、太秦の代表者であり、本件映画のプロデューサーである。 キ X5は、一審被告と旧知の間柄である映画評論家であり、X4とともに本件映画のプロデューサーである。 (2)本件映画(甲1、7、13、乙A11、乙B15) 本件映画は、萩原朔太郎の娘であるX6の小説「天上の花―三好達治抄―」(本件小説)を原作とする令和4年12月9日に一般公開された映画である。本件映画のクレジット表記においては、脚本家として一審原告と一審被告が、この順番で表示されている。 (3)本件映画の脚本原稿の変更の経緯の概略 ア 一審原告は、本件小説を映画化するための脚本を執筆して第8稿まで作成していたが、一審被告の紹介によってX3が第8稿を知るところとなり、これをきっかけとして、同人及び同人が代表を務めるドッグシュガー等が第8稿を用いた映画化を計画することとなった。(乙A17、乙B1、14) イ 一審原告、一審被告、X3及びX5は、令和3年8月14日、ドッグシュガーの事務所において、第8稿の映画化に向けての打合せ(本件打合せ@)を行い、同打合せにおいて、第8稿をベースに本件映画の制作を進めることや、X3の発案した第8稿の変更方針が合意された。また、その席で一審被告が脚本家に加わることが決まった。(甲13、乙A17、18、乙B14) ウ 一審原告は、第8稿に本件打合せ@を踏まえた変更を加えて第9稿(乙A2)を作成し、さらに一審被告の指摘に従って変更を加えて第10稿(甲4、乙A3。内容は、原判決別紙「第10稿(準備稿)の内容」のとおりである。)を作成した。これを受けてX3は、令和3年8月19日、第10稿を準備稿とすることを決定した。「準備稿」とは、一般に、最終脚本となる「決定稿」が作成されるまでの間に、映画の概要を表示し、俳優に出演を働き掛けたり、ロケ地の下見をしたり、映画制作費用を見積もったりする上で必要とされる脚本原稿のことである。(以上、甲13、乙A17、乙B3ないし5、14) エ その後、一審被告は、一審原告に調査等を依頼しながら第10稿の加筆、修正作業を進め、第10稿に変更を加えた第11稿(甲11、乙A4)を作成し、さらに令和3年10月14日に一審被告、X3、X5及びX4によってされた打合せ(本件打合せA)を踏まえて、再度、変更を加えて第12稿を作成し、X3がこれを本件映画の脚本(決定稿)とすることを決定した(なお、メールで送信されたのは第12稿aであり、その後、一部変更され第12稿bとされたが、微修正であり、両者を区別せず「第12稿」という。その内容は、原判決別紙「第12稿(決定稿)の内容」のとおりである。)。また、第10稿と第12稿との間の差異のうち、一審原告が問題とする変更部分(本件変更)は、原判決別紙「原告が主張する権利侵害部分(赤字部分)」記載のとおりである。(以上、甲4、5、11、乙A16、乙B13、14) オ 本件映画は、令和3年11月1日、第12稿を脚本に用いて撮影が開始され、令和4年8月の試写を経て、同年12月9日に一般公開された。(乙B14、15) カ 上記アないしオ認定の事実経緯を含む本件の経緯に関する主要な事実関係及びその間に関係当事者間で受送信されたメールの具体的な内容等は、原判決別紙「認定事実」記載(ただし、No.58の「原告からのメール」欄の「To:X3」を「To:X3、CC:一審被告」に改める。)のとおりである(甲13、14、乙A17、18、乙B14、15、証人X5、一審原告、一審被告、X3(兼ドッグシュガー代表者)、太秦代表者X4)。 3 争点 原判決「事実及び理由」第2の3(6頁4行目から同頁5行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 4 当事者の主張 次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第2の4(6頁8行目から8頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決6頁19行目の「第10」から同頁21行目の末尾までを「一審原告は、変更される場合には、第10稿の場合と同じく関係者に送信される前に、一審原告による最終確認が求められ、一審原告が承諾しなければ、再度一審被告又は一審原告が修正することになるとの認識であった。一審原告の個別の同意がない変更につき包括的に同意した事実はない。」に改める。 (2)原判決7頁5行目冒頭から同頁15行目末尾までを次のとおり改める。「一審被告が行った第10稿に変更を加えて第11稿を作成し、次いで、再度、変更して第12稿を作成する作業は、本件打合せ@で形成された前記同意に基づき行った行為であり、同行為は、ドッグシュガー及びX5が一審原告から第8稿を映画化する(翻案する)ことを許諾された本件打合せ@の席において、一審原告も同席する場で、ドッグシュガー及びX5から、脚本家として第8稿を映画脚本としてふさわしいものに翻案することについて業務委託をされて行った行為である。一審原告は、一審被告が脚本家として名前を連ねるだけであり創作にかかわらないような主張をするが、一審被告は、本件映画に脚本家として自分の名前を表示する以上、名前を出すだけという無責任なことはできない。そして、一審被告が加筆、修正することについては一審原告との間で上記のやりとりがあり、一審原告は、第10稿以降の一切の作業を一審被告に委ねていた。また、一審被告が、脚本を作成したとしても、これを本件映画の脚本(決定稿)とするか否かを決定する権限は本件映画のプロデューサーなどの制作者側にあり、脚本家である一審被告にはないから、本件映画制作のために委託された脚本作成作業においてされた第10稿から第12稿への本件変更は、一審原告が同意した行為であり、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権を侵害する行為とはならない。」 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は、一審原告の一審被告に対する著作者人格権(同一性保持権)の侵害に係る不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。 2 一審原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無(争点1)について (1)一審被告が第10稿から第11稿への変更を経て作成した第12稿が、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権の侵害に該当し得る改変に当たることは、以下のとおり補正するほかは、原判決9頁1行目の「同一性保持権を侵害する行為とは」から同頁18行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。 ア 原判決9頁2行目の「改変を加える」を「意に反して改変を加える」に改める。イ 原判決9頁10行目の「第10稿から第12稿に至るまで」を「第10稿から第11稿への変更を経て第12稿に至るまで」に改める。 ウ 原判決9頁12行目の「後記(2)認定のとおり」を削る。 (2)そうすると、一審被告が第10稿から第11稿を経て第12稿を作成するに至る過程でした第10稿の変更行為(本件変更)は、これが一審原告の意に反するものであるならば、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権を侵害する行為に該当するが、この点につき、一審被告は、一審原告が第10稿を加筆、修正して変更することについて同意していたとして、本件変更をした行為は、同一性保持権を侵害する行為には当たらない旨を主張する。 そこで、一審被告が第10稿を加筆、修正して変更した第12稿を作成した一連の経緯についてみると、前記前提事実に加え、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。 ア 一審原告は、平成25年8月頃から、映画の脚本執筆につき一審被告の指導や助言を継続的に受けていた者であるが、その過程で、一審被告から本件小説を原作とする映画脚本の執筆を勧められ、一審被告の指導や助言を受けながら脚本作成を進め、同原稿は第8稿となっていた。(甲13、乙A17) イ 一審被告は、当時、映画企画を検討していたX3に第8稿の存在を紹介し、令和3年5月7日、一審原告に対し、第8稿(乙A1)をX3に送付するよう指示した。一審原告から第8稿の送付を受けたX3は、映画プロデューサーであるX5及び太秦代表者であるX4にも声をかけて、これをX3及び同人が代表を務めるドッグシュガーにおいて映画化することを計画した。(以上、乙A17、乙B1、14) ウ 一審原告、一審被告、X3及びX5は、令和3年8月14日、ドッグシュガーの事務所において、第8稿の映画化に向けての打合せ(本件打合せ@)をした。本件打合せ@においては、第8稿をベースに本件映画の制作を進めることや、X3の発案による回想シーンを4分割にして散りばめるという第8稿の変更方針が合意された。また、その席で、X5が、太秦の代表者であり本件映画のプロデューサーであるX4との事前の相談に基づき、一審被告に対し、脚本家として加わることを依頼した。一審被告は、一審原告単独での脚本家デビューを考えていたので、当初、脚本家として加わることを躊躇したが、一審原告も脚本家として一審被告が連名となることを同意したこともあり、最終的には脚本家として加わることを承諾した。(以上、甲13、乙A17、18、乙B14、証人X5) エ 一審原告は、令和3年8月16日、本件打合せ@を踏まえて修正した第9稿(乙A2)を作成し、一審被告及びX3にメールで送信した。その後、一審原告は、一審被告の指摘に従って更に修正した第10稿(甲4、乙A3)を作成し、同月19日、一審被告及びX3にメールで送信した。一審被告は、第10稿を本件映画の準備稿とすることをX3に提案し、これを受けてX3は、同日、第10稿を準備稿とすることを決定し、これに基づき本件映画の制作準備が進められることになった。また、その後、X3において、本件小説の現在の著作権者と交渉し、映画化の許諾を得た。(以上、甲13、乙A17、乙B3ないし5、14) オ その後、一審被告は、第10稿をさらに加筆、修正して変更する作業を進めた。その間、一審被告は、令和3年9月19日には、一審原告に対し、本件映画のクライマックスのシーンに三好達治の「おんたまを故山に迎ふ」という詩をかぶせるなどの修正提案を電話で伝えたり(原判決別紙認定事実No.28)、萩原朔太郎が日米開戦をどのように考えたか分かる資料の収集を一審原告に求め、一審原告がこれに対して萩原朔太郎の詩を提供するなどのやりとり(原判決別紙認定事実No.30ないし32)がされたり、そのほか脚本に記述されている道具類等に関して歴史的な裏付け調査を一審原告に求めるやりとり(原判決別紙認定事実No.33ないし39)がされた。なお、令和3年9月7日には、X3から一審原告及び一審被告に対し、撮影開始予定日が同年10月20日から同年11月1日に変更となった旨が伝えられていた(甲9の1)。 以上の経過を経て、一審被告は、第10稿に変更を加えて作成した第11稿(甲11、乙A4)を、令和3年10月12日にX3に対して、同月13日に一審原告に対して、それぞれメールで送信した。 カ 一審原告は、上記メールを受信した翌14日、X3に対し、一審被告からX3との打合せが行われる旨を聞いたこと、第11稿には一審被告から知らされていなかった変更が多く驚いており、「食糧メーデー」や「著名人の戦争協力の文章の羅列」等には不満があるので、その部分を削除してほしいと求めた。(甲9の5及び6、乙B7、14) キ 令和3年10月14日、太秦の事務所において、一審原告は参加せず、一審被告、X3、X5及びX4によって、第11稿に基づき本件映画の脚本についての打合せ(本件打合せA)が行われた。その結果、第10稿から加えられていた第11稿の「食糧メーデー」や「著名人の戦争協力の文章の羅列」等の部分は削除して変更されることとなり、一審被告がその作業を行うこととなった。なお、その変更の方向性は、X3と一審被告との間での激しい議論を経て、X5も一審被告を説得することで決まったものであり、その内容自体は、一審原告からX3に伝えられていた前記カ記載の希望に沿ったものではあったが、X3は、映画監督としての自らの意見として上記変更の方向性を一審被告に伝えて議論をしており、一審被告に対し、一審原告が第11稿に不満を持って修正を求めていることなどを一切話さなかった。 本件打合せAに参加できなかった一審原告は、翌15日、X3から、X3と一審被告との間のやりとりや、第11稿が再度変更される方針及びその作業を一審被告が行うことについてメールで報告を受けたが、その後も、一審被告に対して脚本作成の進め方等の不満を直接伝えようとしなかった。(以上、乙A17、18、乙B14、一審被告、X3) ク 一審被告は、本件打合せAを受けて、令和3年10月19日、第11稿に加筆、修正して変更した第12稿を、一審原告、X3、X5及びX4にメールで送信した。X3は、第12稿(甲5)を受領後、後記ケの事情で一審原告から異論を伝えられることもなかったので、同稿をもって最終脚本(決定稿)とすることを決定した。(以上、甲4、5、11、乙A16、乙B13、14) ケ 一審原告は、一審被告から第12稿がメールで送信されていたことに気付いていなかったため、X3に対し、同月26日になって同日時点の脚本原稿の送付を求め、さらに同月27日に同脚本原稿のデータの送信も求めた。その上で、一審原告は、撮影開始予定の3日前の同月28日、X3に対し、これまで我慢してきたが、第11稿以降の変更は我慢の限界を超えるものであって、一審原告抜きの話合いで決まった決定稿は受け入れられない、元となる脚本を書いた一審原告がこの時点で決定稿を知らないというのは、いくら何でもおかしくないかなどと記載したメールを送信した。また、一審原告は、このメールの宛先に「CC」として一審被告も加えており、これにより一審原告は、初めて一審被告に対し、第10稿以降の一審被告による加筆、修正過程に不満を持っていたことを伝えることになった。(以上、乙B9、10) これに対し、X3は、同日、一審原告に対し、一審被告と一審原告との連携で第12稿が作成されてきたとの認識であること、今後は、本件映画のプロデューサーであり太秦代表者であるX4が対応することを記載したメールを送信した。(乙B11) コ 一審原告は、令和3年10月30日、X3に対し、X3が脚本作成に当たっての一審原告と一審被告間の内部事情を知らなかったことについて理解を示した上で、第12稿(決定稿)につき、特に変更を求めたい箇所及び変更方針を具体的に記載したメールをX3宛に送信したが(甲9の7)、その内容が本件映画の制作に反映されることはなかった。 サ 一審原告は、本件映画の撮影が始まる前日の令和3年10月31日頃、X4から、とりあえず決定稿のとおり撮影すること、時間があれば撮影現場に来てほしいことを伝える電話を受けたが、決定稿に基づき撮影を開始することに異論を述べず、また、撮影内容について特段の要望もしなかった。(乙B15、X4) シ 本件映画は、令和3年11月1日、撮影が開始され、令和4年8月の試写を経て、同年12月9日に一般公開された。(乙B14、15) ス 一審原告は、令和4年11月11日到達の連絡文書で、代理人を通じて、ドッグシュガーに対し、脚本の対価として75万円の支払を求めるとともに、被告及びドッグシュガーに対し、一審原告の承諾なく第10稿が一審被告により改変されたことは著作者人格権の侵害に当たり、改変された脚本(第12稿)に基づく映画化は著作権の侵害にも当たるとして、本件映画の公式ホームページ等における謝罪及び慰謝料50万円の支払を求めた。(甲12の1及び2、乙A5、6) (3)以上認定の事実によれば、一審被告は、一審原告も同席する本件打合せ@の席において、本件映画のプロデューサーであるX5から本件映画の脚本家に加わるよう依頼され、一審原告も一審被告が脚本家として連名となることに同意したこともあって、その依頼を承諾し、第10稿を加筆、修正して第11稿を経て第12稿を作成する作業を行うことになったと認められるが、その関係は、法的には一審被告が脚本家として本件映画のプロデューサーから映画制作のために第10稿の見直し作業の業務委託を受けてこれを履行した関係であるといえる。そして、令和3年8月14日の本件打合せ@以後にされた第8稿から第10稿に至る変更作業は同日から同月19日までの5日程度で済んでいるのに対し、一審被告による第10稿から第11稿への変更作業はその後2か月にも及ぶ期間を要していること、その作業期間中の直接の変更作業を一審被告が単独でしていたこと(原判決別紙認定事実No.22ないし42)や、一審被告がその作業期間中、何らかの創作を伴う変更を加えようとしていることは、一審原告に対する調査依頼等の内容からも理解できたはずのものであること(原判決別紙認定事実No.28から32のやりとりからは、一審被告が創作行為をしていたことは十分うかがわれる。)、そうであるのに、一審原告は、これに異議を述べることなく一審被告の作業に協力していたことが認められるから、以上によれば、一審原告は、一審被告が、第10稿を一審被告としての創作も加えながら加筆、修正をして変更することを容認していたと認めるのが相当である。 その上、一審原告は、第10稿から第11稿へ変更した一審被告の加筆、修正についての不満をX3に伝えながら、X3から、本件打合せAを受けて第11稿を加筆、修正する作業を一審被告が担当することを聞かされ、それが第11稿を破棄して第10稿に戻すだけであるという単純な作業でないことは想定できるのに、なお一審被告が単独で第11稿に加筆、修正をして第12稿とする作業をすることを容認していたことも明らかである。 以上を総合すると、一審原告は、一審被告が、本件映画の脚本制作のため第10稿から第12稿に至る加筆、修正作業をすること自体は同意していたと認めるのが相当である。 (4)ア 一審原告は、令和3年8月14日の本件打合せ@で一審被告が脚本家に加わったのは、映画のキャスティング、原作者の許諾、資金集め、集客等のためであり、一審被告の作業は、一審原告の脚本の歴史考証やこれに伴うチェック等にとどまると主張し、その旨供述しており、また、一審被告に脚本家として加わることを求めたX5も上記主張の目的が含まれている趣旨を証言している。 しかしながら、上記X5の証言は、上記内容にとどまらず、一審被告が脚本家としての創作性を発揮して加筆、修正することを期待していたことにも及んでいるし、なにより一審被告としては、脚本家としての自らの名前を、出演を引き受ける俳優のみならず一般の映画鑑賞者に対して表示する以上、脚本家として加筆、修正を加えて納得のいく脚本を完成させようとすることは当然予想されるところであって、そのことは一審原告自身も理解していたものと考えられる。そして、一審被告が脚本家として加わることが決まった本件打合せ@において、一審被告は脚本家として名前が使われるだけで脚本家としての創作的な活動は不要であるとか、脚本家としての創作を制限するなどの話がされた事実が認められるわけではない上、現に上記のとおり、一審被告が第10稿に創作的部分が加わる加筆、修正をしようとしていたことを一審原告は容認していたとしか理解できないから、脚本家として加わった一審被告がする作業が一審原告の脚本の歴史考証やこれに伴うチェック等にとどまるものに限定されていたようにいう一審原告の上記主張は採用できない。 イ 次いで、一審原告は、一審被告が第10稿を加筆、修正するとしても、第三者に提供する場合には、事前に一審原告の確認、承諾を得なければならないように主張する。 確かに、第10稿を見直すことで完成する脚本は、一審原告と一審被告とが脚本家として名を連ねるものとなる以上、加筆、修正の作業を一審被告主体で進めるとしても、映画撮影前のいずれかの段階で一審原告との調整は必要であるところ、X3及びX5の供述によれば、両名とも、一審原告と一審被告の従来からの関係からして、一審被告の加筆、修正の作業中に両名の間で当然そのような調整がなされ、一審被告から提出される脚本原稿は、一審被告と一審原告とで意見が一致したものと考えていた様子がうかがえる。 しかし、本件打合せ@において一審被告が本件映画の脚本家として加わることが決まった際にも、また、その後においても、そのような加筆、修正作業の進め方についての細かな話がされた事実は認められず、一審原告の主張によっても、一審原告自身、第8稿から第10稿に至る原稿の見直し作業と同様に、第10稿以降の加筆、修正作業も当然一審原告の確認を経て外部に提供されると考えていたというだけであって、一審原告主張に係る合意がされた事実を認めるに足りる証拠があるわけではない。 したがって、一審被告が、第10稿から第12稿に至る加筆、修正作業をすること自体が同意されていたと認められる以上、第10稿を加筆、修正した脚本原稿を映画監督であるX3及び映画プロデューサーであるX5ら本件映画制作者側に提供するに当たり、事前に一審原告の確認、承諾を得ていなかったとしても、そのことから遡って、一審被告が一審原告の同意の下に行っていた上記加筆、修正作業が一審原告の意に反するものとなるわけではない。 ウ なお、第10稿を加筆、修正して変更した第12稿を決定稿として映画制作をするためには第10稿の著作者である一審原告の同意は欠かせないにもかかわらず、前記(2)認定の事実経過からすると、本件映画は一審原告から明示的な同意を得ないまま、第12稿が決定稿とされて制作されたことが認められる。しかし、脚本家である一審被告が決定稿を決める権限を有しないことは一審原告も争っておらず(原審原告準備書面2・6頁)、 このことは、第11稿がX3の意見によって更に変更されることになった経緯、さらにはX3が第12稿を決定稿とする判断をしたことから明らかであるから、一審被告が一審原告を含む本件映画制作者側に第12稿を提出した後に一審被告以外の者が第12稿を決定稿とする本件映画を制作したからといって、そのことを根拠に、一審被告が第12稿を作成したことについての法的責任を問うことはできないというべきである。また、一審被告は、本件訴訟において、一審被告による第10稿の加筆、修正については一審原告の包括的同意があるとさえ主張しているが、実際には、前記(2)オ、クのとおり、一審被告は、第10稿の加筆、修正作業の成果物である第11稿及び第12稿とも、映画監督及び映画プロデューサーらの映画制作側にメール送信する際には、一審原告にも併せてメール送信をして、一審被告が加筆、修正した脚本原稿について検討し意見を述べる機会を与えているのであるから、包括的同意をいう趣旨は、あくまで映画監督及び映画プロデューサーらの映画制作者側に脚本原稿を提供する前段階の作業内容についてのものをいうと理解できる。そして、上記のとおり、一審被告は、単独で第10稿を加筆、修正する作業を行いつつも、その作業成果物である第11稿及び第12稿について、一審原告に対しても検討し意見を述べる機会を与えていたというのであるから、一審被告は、本件映画のプロデューサーから委託された第10稿の見直し作業という業務を履行するに当たり、一審原告が第10稿の著作者であることを踏まえた行為をしていたと評価することができ、その点からも、第12稿提出後に一審被告以外の者によってされた行為を根拠に、一審被告に対して第12稿を作成したことについての法的責任を問うことはできないというべきである。 (5)小括 以上によれば、一審原告が作成した第10稿に本件変更を加えて第12稿を作成した一審被告の行為は、一審原告が同意している行為の範囲内で行われたと評価できる以上、その限度において、本件変更は一審原告の意に反する改変ではなく著作者人格権(同一性保持権)侵害には当たらないといえるから、著作者人格権(同一性保持権)侵害を理由とする一審原告の一審被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。 3 結論 以上によれば、一審原告の一審被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がないから棄却すべきところ、これと一部異なる原判決は一部失当であって、一審被告の控訴は理由があるから、同控訴に基づき、原判決中、不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した部分を取り消し、同取消部分に係る一審原告の請求を棄却することとし、一審原告の控訴は理由がないから棄却することとする。 よって、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 森崎英二 裁判官 久末裕子 裁判官 山口敦士 |
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