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【事件名】KDDIへの発信者情報開示命令異議申立事件C 【年月日】令和7年2月17日 東京地裁 令和6年(ワ)第70312号 発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え事件 (口頭弁論終結日 令和6年12月19日) 判決 原告 KDDI株式会社 同訴訟代理人弁護士 今井和男 同 山本一生 ほか 被告 株式会社EXstudiо 同訴訟代理人弁護士 戸田泉 同 角地山宗行 同 大塚直ほか 主文 1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10183号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年6月20日にした決定を認可する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10183号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年6月20日にした決定を取り消す。 2 前項の申立事件に係る被告の申立てを却下する。 第2 事案の概要 被告は、氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙動画目録記載のタイトルに係る動画(以下「本件動画」という。)の複製物である電子データをアップロードしたことにより、被告の著作権(送信可能化権及び自動公衆送信権)を侵害したと主張して、電気通信事業等を行う原告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める申立てをした。 本件は、原告が、上記申立てを認容した決定に対し、プロバイダ責任制限法14条1項に基づき、異議の訴えを提起した事案である。 1 前提事実(後掲の各証拠〔以下、枝番の記載は省略する。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実をいう。) (1)当事者 ア 原告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、特定電気通信役務提供者(プロバイダ責任制限法2条3号)に該当する(弁論の全趣旨)。 イ 被告は、動画の制作、販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。 (2)被告が本件動画の著作権を有すること 被告は、本件動画に係る著作権を有する(乙1、2、14、弁論の全趣旨)。 (3)BitTorrentの仕組み等(乙3、4、弁論の全趣旨) BitTorrentとは、インターネット上において、いわゆるP2P方式でファイルを共有するためのソフトウェアの一つである。BitTorrentネットワークにおいては、共有されるデータファイルはトレントファイルと細分化されたファイル(以下、当該ファイルを「ピース」という。)に分解され、接続したクライアント間で必要なピースが交換され、最終的に再び合成される。 BitTorrentを利用して対象ファイルを入手する方法は、以下のとおりである。 ア トラッカーサイトに接続し、トレントファイルをダウンロードする。 イ トレントファイルをBitTоrrentに読み込ませ、ファイルの提供者を管理するトラッカーサーバーに接続し、対象ファイルを保有している他のピア(ネットワークに参加しているコンピュータをいう。以下同じ。)のIPアドレスを取得する。 ウ 入手した上記IPアドレスに基づいて、BitTorrentネットワーク上で他のピアに接続し、対象ファイルの送信要求を行い、当該ピアからファイルないしファイルのピースをダウンロードする。 (4)被告による著作権侵害調査(乙4、5、18、弁論の全趣旨) 被告は、原決定に係る申立てに先立ち、株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)に依頼して、BitTorrentを使用した本件動画の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を実施した。本件調査は、本件調査会社が開発したBitTorrent監視システムver2(以下「本件システム」という。)を用いて行われた。その調査の概要は、以下のとおりである。 ア IPアドレスの特定について 本件システムは、前記(3)のような経過によりファイルを実際にダウンロードすることで調査を行うものであり、トラッカーサーバーからピア一覧を取得した上で、当該通信の相手方がピアであることを確認し(いわゆるHandshakeをいう。)、ピースを所持していることを確認したピアの情報(IPアドレス及びポート番号)をデータベースに記録するものである。 本件システムは、本件調査の結果、別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信時刻をデータベースに記録した。 イ 個別のピースの再生試験について 本件調査会社は、本件システムが接続したピアからダウンロードした個々のピースについて、動画として再生可能か否かの再生試験を次の手順で行った。 (ア)ダウンロードした侵害動画を複製し、そのバイナリデータを加工して、対象となるピース及び動画の再生に必要なftyp及びmооvを残し、その余の情報を削除する。 (イ)加工した侵害動画と当該ピースの同一性を、それぞれのバイナリデータの数列を比較して確認する。 (ウ)ffmpegライブラリと呼ばれるソフトウェアを使用して、ピースから完全な画像(jpg形式)として抽出できる部分(キーフレーム)を抽出する。 (5)原告による本件発信者情報の保有 原告は、本件発信者情報を保有している(弁論の全趣旨)。 (6)発信者情報開示手続 東京地方裁判所は、令和6年6月20日、本件発信者情報の開示を命じる決定をした(令和5年(発チ)第10183号。甲1)。 (7)異議の訴えの提起 原告は、令和6年7月19日、上記決定に対する異議の訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。 2 争点 (1)権利侵害の明白性(争点1) (2)特定電気通信の該当性(争点2) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(権利侵害の明白性)について (被告の主張) (1)著作物性 原告は、別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信時刻で特定される各通信(以下「本件通信」という。)によってダウンロードされたピースの著作物性が必要である旨主張するが、著作物性が必要なのは本件動画であってピースではない。そして、この解釈は、著作権(公衆送信権)の侵害が認められるためには当該ピース自体での再生が可能であることまで要しないとした旨の知財高判令和5年(ネ)第10095号とも整合する。 (2)調査の正確性 意見照会に対し発信者でない旨回答した者は、発信者情報開示請求後の損害賠償請求から逃れることを意図しているものと思われるから、当該回答を信用することはできない。 また、別紙動画目録記載の「発信時刻」は、本件発信者から本件システムに対する最初のピースのアップロードが行われた時刻を指す一方、再生試験報告書記載の「日時」は、当該ピースをハードディスクへ保存するための書込みが完了した時刻を指すから、両者が異なったとしても、何ら不自然ではなく、通信が異なることを意味するものではない。 (原告の主張) (1)著作物性 公衆送信行為及び送信可能化行為の客体は「著作物」である必要があるから、被告が本件通信によってダウンロードしたと主張するピースは、単体で再生可能で、かつ、本件動画の「表現上の本質的特徴を直接感得できるもの」でなければならない。しかしながら、被告が提出した再生試験結果報告書をみても、ピースのみで再生が可能であることは立証されていない上、いずれも短時間の再生しかされていないから、制作者の個性が表れたものとはいえない。特に、別紙動画目録記載28の通信に係るピースについては、黒い背景にタイトルが映し出されているだけの映像であり、ありふれたものにすぎない。 したがって、本件通信によってダウンロードされたピースは、いずれも著作物性がないから、公衆送信権侵害及び送信可能化権侵害が明白であるとはいえない。 (2)調査の正確性 本件通信に係る契約者に対する意見照会の回答(甲2)によれば、同契約者は、本件動画に係るファイルをアップロードしていない理由を具体的に述べるなどしており、その回答内容は信用できるから、本件システムが発信者でない者を検知してしまったことを相当程度うかがわせる。 また、タイムスタンプ(発信時刻)が異なれば、通信の同一性が不明となり、該当する契約者も異なってしまう可能性があるところ、別紙動画目録記載37の通信については、再生試験結果報告書記載の日時と、同目録記載の発信時刻が3秒異なるから、通信の同一性が明らかとは到底いえない。 2 争点2(特定電気通信の該当性)について (被告の主張) BitTorrent上で発信するピアは、不特定の受信ピアからダウンロードのリクエストがあれば、当該受信ピアに対して自動的にピースをアップロードする仕組みであるところ、このようなBitTorrentの仕組みに照らせば、当該アップロードの通信は、「不特定の者によって受信されることを目的とする」ものであり、特定電気通信(プロバイダ責任制限法2条1号)に当たる。 (原告の主張) 本件通信は、本件発信者とされるピアと本件調査会社との間における1対1の通信であるから、「不特定の者によって受信されることを目的とする」ものであり、特定電気通信には該当しない。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(権利侵害の明白性)について (1)権利侵害の明白性 プロバイダ責任制限法5条1項は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、当該情報の区分により定められた同項各号の該当性に応じて、その開示を請求することができる旨規定している。同項が、特定電気通信上において匿名で発信された情報の流通により被害を受けた者に対して権利回復の手段を与える一方、発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密との均衡を図る観点から、開示の対象を情報の流通による権利の侵害に係る発信者情報に限定した趣旨目的に鑑みると、同項にいう権利の侵害とは、侵害情報の流通によって権利の侵害を直接的にもたらしているものをいうと解するのが相当である(最高裁平成30年(受)第1412号令和2年7月21日第三小法廷判決・民集74巻4号1407頁参照)。 そして、発信者がBitTorrentを利用して著作物の複製物の一部を構成するピースを送信した場合、当該ピースを受信する者は、当該ピースによって初めて上記複製物全体を再生することができるのであるから、上記発信者は、BitTorrentにおいて上記著作物と同一の複製物全体の再生に必要不可欠な情報を入力するという、上記著作物全体の自動公衆送信の実現における枢要な行為をしているものといえる。 そうすると、上記発信者は、上記ピースの流通によって上記著作物全体の著作権の侵害を直接的にもたらしていると認めるのが相当である(東京地裁令和6年(ワ)第70166号同年12月19日判決参照)。 したがって、発信者においてBitTorrentを利用して送信した情報が著作物の複製物の一部のみを構成する場合であっても、上記発信者は、上記著作物全体の侵害を直接的にもたらしていると解するのが相当である。 これを本件についてみると、前記前提事実並びに証拠(乙7ないし10、21)及び弁論の全趣旨によれば、本件発信者においてBitTorrentネットワークを利用して送信した個別のピースは、侵害情報である本件動画の複製物の一部を構成することが認められる。そして、証拠(乙8ないし10)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社が受信した本件動画の複製物に係る情報(本件発信者が送信したピースを含む。)は、本件動画の正規品のデータと同一であることが認められる。そうすると、本件発信者は、上記個別のピースの流通によって本件動画全体の著作権の侵害を直接的にもたらしているものといえる。 以上によれば、本件動画に係る著作権につき、同項にいう権利の侵害がされたことが明らかであると認めるのが相当である。 (2)原告の主張に対する判断 ア 原告は、ピースのみで再生可能であることが立証されていない上、特に別紙動画目録記載28の通信に係るピースは、ありふれたものにすぎないから著作物性がない旨主張する。しかしながら、発信者においてBitTorrentを利用して送信した情報が著作物の複製物の一部のみを構成する場合であっても、当該発信者は、当該著作物全体の侵害を直接的にもたらしていると解されることは、前記(1)において説示したとおりである。そして、前記(1)のとおり、本件調査会社が受信した本件動画の複製物に係る情報(本件発信者が送信したピースを含む。)は、本件動画の正規品のデータと同一であるから、個々のピースについて本件動画の表現の本質的な特徴を直接感得することができるか否かを論ずるまでもなく、本件動画に係る著作権の侵害があったものと認められる。 したがって、原告の主張は、採用することができない。 イ 原告は、意見照会の回答によれば本件調査の正確性に疑義がある上、特に別紙動画目録記載37の通信については、再生試験結果報告書記載の日時と発信時刻が3秒異なるから、通信の同一性が明らかであるとはいえない旨主張する。しかしながら、前記前提事実並びに証拠(乙13、17ないし20)及び弁論の全趣旨によれば、本件システムは、前記前提事実(3)のとおり、BitTorrentを利用して対象ファイルを入手する一般的な仕組みと同様の経過でファイルを実際にダウンロードして調査を行うものであり、このような過程自体は、一般的なBitTorrentクライアントソフトの動作と異なるものではない。その上、接続ピアの情報をデータベースに記録する過程についても、技術説明用資料(乙17)によれば、一通りの説明が詳細にされ、その説明の信用性に疑問を抱かせる具体的な事情もうかがわれない。これに対し、意見照会の回答(甲2)は、パソコンを買い替えたのでデータが残っていない、パソコンを探したがファイルが見つからない、タイムスタンプの日時には外出していたなどというものであり、客観的な裏付けもなく抽象的に述べるにとどまるものである。これらの事情を踏まえると、上記回答の内容を十分に考慮しても、本件調査の結果には信用性があるものと認めるのが相当である。 また、前記前提事実並びに証拠(乙22、24ないし28)及び弁論の全趣旨によれば、本件システムは、ピアからピースを受け取った直後にピースをメモリに格納した時刻を、別紙動画目録記載の「発信時刻」として記録し、ピースのハードディスクへの書き込み終了時刻を、再生試験結果報告書記載の「日時」として記録したことが認められるところ、ハードディスクへの書き込み終了までには、他に実行しているタスク等の影響で一定の時間が掛かり得ることが認められる。そうすると、別紙動画目録記載37の通信について、再生試験結果報告書記載の「日時」と「発信時刻」が3秒異なるとしても、同一の通信であると認めるのが相当である。 したがって、原告の主張は、採用することができない。 ウ 原告は、「身に覚えがない」などという意見照会の回答を踏まえれば、本件発信者には故意又は過失がない旨主張する。しかしながら、上記BitTorrentの仕組みを踏まえれば、BitTorrentの利用者において本件動画という特定のファイルを求めに応じてアップロードしている以上、その故意がなかったものとは認め難く、そもそも上記BitTorrentの仕組みを利用していることからすれば、本件発信者において過失がないものと認められないことは明らかである。 したがって、原告の主張は、採用することができない。 2 争点2(特定電気通信の該当性)について (1)プロバイダ責任制限法2条1号は、特定電気通信につき、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいうものと規定している。そして、前記前提事実並びに証拠(乙3、4)及び弁論の全趣旨によれば、BitTorrentの仕組みにおいては、発信者がBitTorrentによってその保有するファイルを送信する場合、上記発信者は、その送信の前にトラッカーに接続し、自己のIPアドレス等の情報及びファイルの保有に係る情報をトラッカーに通知した上、BitTorrentを利用してトラッカーから上記各情報を取得した不特定の者からの求めに応じ、自動的に上記ファイルを送信していることが認められる。そうすると、当該送信の主体である発信者からみて、その保有するファイルの受信者は、不特定の者に該当するから、上記送信に係る電気通信は、同号にいう特定電気通信に該当するものといえる。 これを本件通信についてみると、前記前提事実によれば、本件通信は、本件発信者がBitTorrentによってその保有するファイルを送信した場合における通信であって、本件発信者は、BitTorrentを利用する不特定の者からの求めに応じ、その保有するファイルを自動的に送信したものと認めるのが相当である。 したがって、本件通信は、同号にいう特定電気通信に該当するものといえる。 (2)これに対し、原告は、本件通信が本件発信者と本件調査会社との間の1対1の通信にすぎないから、特定電気通信に当たらない旨主張する。しかしながら、原告の主張は、上記認定に係るBitTorrentによる通信の仕組み全体を踏まえずに、その仕組みの一部のみを取り出して特定電気通信該当性を否定するものである。したがって、原告の主張は、特定電気通信上において匿名で発信された情報の流通により被害を受けた者に対して権利回復の手段を与えるというプロバイダ責任制限法5条の趣旨目的に照らしても、採用することができない。 3 小括 以上によれば、本件発信者は、別紙動画目録記載の発信時刻において、本件動画の複製物の一部のファイルを送信することによって、本件動画に係る被告の自動公衆送信権を直接的にもたらしたものであり、上記にいう権利侵害の明白性を認めるのが相当である。そして、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件発信者に対し、損害賠償請求等を行うことを予定しているから、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。 第5 結論 よって、被告による開示命令の申立ては、適法であり、かつ、理由があるから、これを認可することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 中島基至 裁判官 古賀千尋 裁判官 坂本達也 (別紙)動画目録(省略) (別紙)発信者情報目録 別紙動画目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に相手方から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。 @氏名又は名称 A住所 B電子メールアドレス(動画目録5、28) 以上 |
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