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【事件名】KDDIへの発信者情報開示命令異議申立事件(2)
【年月日】令和7年7月30日
 知財高裁 令和7年(ネ)第10022号 発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え控訴事件
 (原審・東京地裁令和6年(ワ)第70271号)
 (口頭弁論終結日 令和7年6月16日)

判決
控訴人 KDDI株式会社
同訴訟代理人弁護士 今井和男
同 小倉慎一
同 山本一生
被控訴人 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 角地山宗行


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10082号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年5月23日にした決定を取り消す。
3 被控訴人の上記事件に係る申立てをいずれも却下する。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要(略称等は、特に断らない限り、原判決の表記による。ただし、「原告」を「控訴人」と、「被告」を「被控訴人」と、「別紙」を「原判決別紙」とそれぞれ読み替える。)
1 被控訴人は、電気通信事業を営む控訴人に対し、氏名不詳者ら(本件各氏名不詳者)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(ビットトレント)を利用したネットワーク(ビットトレントネットワーク)を介して、原判決別紙動画目録記載の動画(本件動画)を複製して作成した動画ファイル(本件ファイル)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態とした上で、本件ファイルを公衆からの求めに応じ自動的に送信したことによって、本件動画に係る被控訴人の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、控訴人が保有する原判決別紙発信者情報目録記載の各情報(本件各発信者情報)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(令和6年法律第25号による改正前の題名であり、現在の題名は、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」。以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める申立てをしたところ、東京地方裁判所は同申立てを相当と認め、本件各発信者情報の開示を命じる旨の決定(以下「原決定」という。)をした。
 控訴人が、プロバイダ責任制限法14条1項に基づき、原決定に対する異議の訴えを提起したところ、原判決が原決定を認可したため、控訴人が原判決を不服として控訴した。
2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、後記3のとおり補正し、後記4のとおり当審における控訴人の補充主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の2、3及び第3(2頁16行目から11頁22行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 原判決の補正
 原判決4頁8行目の「ハッシュ値」の次に「(乙27)」を加える。
4 当審における控訴人の補充主張
(1)原判決別紙動画目録「ハッシュ」欄記載の数値が、本件動画を複製して作成した動画のファイル(本件ファイル)に係るハッシュ値であることが明らかではないこと
 原判決は、原判決別紙動画目録「ハッシュ」欄記載の数値が、本件ファイルに係るハッシュ値であることを前提に、本件動画に係る被控訴人の公衆送信権侵害を認めた。
 しかし、被控訴人は、本件動画と同一であると疑われる本件ファイルのハッシュ値が原判決別紙動画目録「ハッシュ」欄記載の数値であることを裏付ける客観的な証拠を一切提出していない。そのため、ハッシュ値の同一性を理由に、本件各氏名不詳者がアップロードした各ピースが本件動画の公衆送信権を侵害したことが明らかであるとはいえない。
(2)再生試験結果報告書(乙5)において確認された通信の一部は、本件通信と同一であることが明らかではないこと
 原判決別紙動画目録4、20、22、26、48、107、125、137、139、150、153及び181記載のIPアドレス等で特定される通信(以下「12件の通信」という。)については、同動画目録記載の「発信時刻」と再生試験結果報告書に記載された「日時」が異なる。
 この点につき原判決は、「再生試験報告書記載の各日時は、本件監視ソフトウェアが上記ピースのダウンロードを完了した日時を意味する」とした上で、「証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社が利用したハードディスクの読み書きの関係で、ダウンロードの開始から完了までの時間がかかる場合があることが認められ、そうだとすれば、再生試験報告書記載の各日時と別紙動画目録記載の各発信時刻に4秒程度の相違があったとしても、それだけで本件調査会社による調査結果の信用性が否定されることはないというべきである」と判示する。
 しかし、被控訴人が提出した乙6によると、「本件ソフトウェア(本件監視ソフトウェア)は、ピアからピース(ファイルの一部)を受け取った直後、そのピースは一旦メモリ(RAM)に格納され」、「その後、メモリ上に格納されたピースはハードディスクに書き込まれ」、当該ハードディスクに書き込まれた時間が再生試験報告書記載の各日時であるとのことである。そうすると、原判決が「再生試験報告書記載の各日時は、本件監視ソフトウェアが上記ピースのダウンロードを完了した日時を意味する」と認定した点は、明らかに誤っている。
 したがって、乙6からすると、開示請求の対象となる各ピースのダウンロードを開始した通信の時刻と、メモリに保存された(つまりダウンロードが終了した)当該ピースについて同メモリからハードディスクへの書き込みが完了した時刻に相違が生じた場合に、再生試験の対象となったファイルが、開示請求の対象となる通信にてダウンロードされたピースと同一であるかどうかが問題となる。
 そして、上記の点につき、被控訴人は、ハードディスクへの書き込みが行われる際に「物理的な動作」が必要となり、動作遅延により時間差が生じる場合があると主張する(乙6)。
 しかしながら、そもそも、メモリに格納された後にハードディスクに書き込むと、なぜ動作遅延が生じるのかという点やどのような状況の下で動作遅延が生じるのかという点につき、被控訴人は具体的な原因事実を一切明らかにしていない。
 また、原判決別紙動画目録記載の「発信時刻」と再生試験結果報告書記載の「日時」との間に時間差が生じていないものもある以上、仮に被控訴人が主張するとおり、ハードディスクに書き込む際の動作遅延により時間差が生じることが一般的な経験則としてありうるとしても、民事訴訟の原則からすると、当該経験則が適用される前提となる事実(ハードディスクへの書き込みに遅延が生じる原因となる具体的な事実)が、12件の通信においてダウンロードしたピースをハードディスクに書き込んだ時に存在することにつき、具体的な主張及び客観的な証拠に基づく立証がなされなければ、当該経験則が適用されるとの判断はできないところ、本件では、その具体的な主張及び立証がいずれもなされていない。
 したがって、12件の通信については、再生試験の対象となったファイルが、開示請求の対象となる通信にてダウンロードされたピースと同一であることが明らかとはいえない。
 プロバイダ責任制限法に基づく開示請求においては権利侵害が明白であることが開示要件となっており、その要件を厳格化した趣旨は、発信者情報が発信者のプライバシー及び通信の秘密と深く結びついた情報で、一旦、開示されると事後的に元に戻すことはできず、発信者に与える不利益が極めて大きいため、権利侵害が一見して明白である場合にのみ開示を限るとした点にある。
 以上の趣旨に鑑みると、権利侵害通信の特定においても、1秒でも異なれば当該通信に該当する契約者も異なる可能性が高いため、厳格に判断されなければならない。  すなわち、誤った通信に係る契約者の情報が開示されないよう、原判決別紙動画目録記載のIPアドレスやタイムスタンプ等で特定される通信と再生試験の対象となったピースを送信した通信の同一性は客観的に明らかであることが求められる。
 この点、上記のとおり、本件において、上記の同一性は明らかではなく、また、現に原判決別紙動画目録22、48、125、181等に係る契約者は、該当のファイルは保有しておらず、同ファイルをアップロードしていないと明確に回答している(乙2の1、2、3及び5)ことから、少なくとも12件の通信については、権利侵害通信であることが明らかとはいえない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、原決定は認可されるべきものであり、原決定の取消しを求める控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は後記1のとおり補正し、後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」第4(11頁23行目から18頁1行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
(1)原判決13頁8行目の「ハッシュ値」の次に「(乙27)」を、同頁14行目の末尾の次に「前記のとおり本件調査会社が監視対象としたハッシュ値は、本件ファイルに対応するものであることが、証拠により裏付けられている。」を、それぞれ加える。
(2)原判決15頁7行目の「ダウンロードを」の次に「行ってこれをメモリに格納し、ハードディスクへの書込みを」を、同頁11行目の「関係で、」の次に「ハードディスク上の非連続的な場所に保存されたり、同時に他の処理を行っている場合があることによって、」をそれぞれ加える。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1)控訴人は、前記第2の4(1)のとおり、原判決別紙動画目録「ハッシュ」欄記載の数値が、本件ファイルに係るハッシュ値であるか定かでないと主張する。
 しかし、原判決別紙動画目録「ハッシュ」欄記載の数値について、本件ファイルに係るハッシュ値であることは、証拠(乙27)により裏付けられているということができる。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(2)控訴人は、前記第2の4(2)のとおり、再生試験結果報告書(乙5)において確認された通信の一部は、ピースのダウンロードを開始した時刻と、ハードディスクへの書き込みが完了した時刻に最大4秒の差があることなどから、本件通信と同一であることが明らかではない旨主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第4の1(3)イのとおり、被控訴人提出の証拠によれば、いったんピースがメモリに格納された後、ハードディスクの作動状況の関係で、ピースのダウンロードの開始時刻とハードディスクへの書込みの完了の時刻との間に4秒程度の違いが生じることについての説明がされており、控訴人の主張は、飽くまで抽象的に時間差が生じた場合についての同一性の懸念を表明するものに過ぎず、被控訴人の説明が合理性を欠くことを示す証拠は提出されていない。そして、再生試験結果報告書(乙5)記載の日時は、上記ハードディスクへの書込みの完了時刻を示すところ、これにより保存された画像は、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる著作権(公衆送信権)侵害に係る画像であり、そのハッシュ値は本件ファイルのハッシュ値であって、このハッシュ値で特定されるファイルのデータが原判決別紙動画目録の発信時刻の欄に記載の時刻にアップロードされたことについては、証拠(乙3、5、8、27)により裏付けられているといえる。そうすると、本件調査会社による調査結果の信用性を否定することはできない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
3 その他、原審及び当審において控訴人が縷々主張する内容を検討しても、当審における上記認定判断(原判決引用部分を含む。)は左右されない。
4 結論
 以上によれば、原決定を認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 中平健5
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 水野正則
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