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【事件名】文学館の“解説パネル”事件B(2)
【年月日】令和7年7月9日
 知財高裁 令和7年(ネ)第10016号 使用差止め等請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和6年(ワ)第70126号)
 (口頭弁論終結日 令和7年5月12日)

判決
控訴人 X
被控訴人 渋川市
同訴訟代理人弁護士 田島義康
同指定代理人 山田健司
同 宮下眞範
同 藤井成行
同 小林弘朋
同 萩原喬史
同 塩見祐介


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における追加請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨(略語等は、原判決に従う。以下同じ。)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人の許可なく、本件文学館の常設展示室パネル等において、本件解説文を使用してはならない。
3 被控訴人は、控訴人の許可なく、上記常設展示室等において、本件脚本を使用してはならない。
4 被控訴人は、控訴人に対し、100万円を支払え(控訴人は、当審において、損害賠償請求を主位的請求とし、不当利得返還請求を予備的請求として追加した。)。
第2 事案の概要
1 本件(原審)は、被控訴人の元職員である控訴人が、被控訴人が運営する徳冨蘆花記念文学館(本件文学館)の展示室に設置されている解説パネルの内容部分を構成する文章(本件解説文)及び本件文学館で上映されている映像付き脚本朗読作品の内容部分を構成する朗読部分の文章(本件脚本)に係る各著作権は控訴人に帰属しており、被控訴人は上記展示等により控訴人の当該各著作権を侵害していると主張して、被控訴人に対し、著作権法112条1項に基づき本件解説文及び本件脚本の使用差止めを求めるとともに、民法709条、著作権法114条2項、3項に基づき、損害賠償金の一部として100万円の支払を求める事案である。
 原審は、本件解説文及び本件脚本は、職務著作に該当し、その著作権は被控訴人に帰属するとして、控訴人の請求をいずれも棄却したところ、これを不服として控訴人が控訴した。
 控訴人は、当審において、上記損害賠償請求(4160万円の一部請求)を主位的請求とし、予備的請求として同額の不当利得返還請求(1938万4734円の一部請求)を追加した。
2 前提事実
 原判決「事実及び理由」の第2の2(2頁7行目〜4頁20行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、同(3)ウの段落の末尾に以下を加える。
 「控訴人は、被控訴人に対し、本件文学館において本件解説文及び本件脚本が使用されることを許諾していた(なお、当該使用許諾につき、控訴人に錯誤があったか否かが争点(争点3)となっている。)。」
3 争点
(1)本案前の争点(争点1)
(2)著作権の帰属先(争点2)
(3)使用許諾に係る錯誤の有無(争点3)
(4)消滅時効の成否(争点4)
(5)損害額(争点5)
(6)不当利得の成否及び不当利得額(争点6)
第3 争点に関する当事者の主張
1 後記2のとおり当審における控訴人の追加請求に係る主張、補充的主張等を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第3(5頁4行目〜8頁24行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における控訴人の追加請求に係る主張、補充的主張等
(1)争点5(損害額)について
 著作権法114条2項、3項によると、本件解説文及び本件脚本の不正使用による不法行為に基づく損害賠償として、平成元年11月1日から平成30年までの使用料相当額等として、本件文学館における入館料収入の10%に当たる4163万円の損害が認められる。
(2)争点6(不当利得の成否及び不当利得額)について
 本件文学館の展示室の構成や創作等の一切は控訴人の労務によって行われ、被控訴人は入館料収入その他の収益を享受し、控訴人は損害を被ってきたところ、争点3における控訴人の主張のとおり、本件解説文及び本件脚本の使用許諾は錯誤により無効である。
 したがって、被控訴人は、法律上の原因なく控訴人の損害によって利益を受けたこととなり、その額は、本件文学館の入館料収入のうち平成30年から遡る平成21年までの1938万4734円となる。
(3)本件図録は編集著作物ではないこと
 前訴1判決は、「編集著作物としての本件図録」という認識はしておらず、編集著作物という観点から主文に至っているのでもない。原判決は前訴1判決の主文を恣意的に改変して判決したものである。
 したがって、本件図録が編集著作物であることを理由として、前訴1判決の既判力が本件解説文に及ばないとした原判決の判断は誤りである。
(4)「公表」の要件を満たさないこと
 展示での「公表」は、美術や写真に限られており、本件解説文や本件脚本のように、言語の著作物を展示する場合には、公表したことには当たらない。本件解説文や本件脚本が、長らく本件文学館に展示されていたとしても、被控訴人の著作者名義で公表されていないから、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」の要件に該当せず、職務著作は成立しない。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、本件解説文及び本件脚本は職務著作として被控訴人がその著作者となるものであって、控訴人の請求(当審における追加請求を含む。)はいずれも理由がないと判断する。
 その理由は、次のとおり原判決を補正し、後記2のとおり当審における控訴人の追加請求に係る主張、補充的主張等に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第4(8頁25行目〜12頁11行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決「事実及び理由」中の第4の1(2)の「前訴3判決の既判力の及ぶ範囲」(原判決9頁14行目から同26行目まで)につき、次のように改める。
「 前訴3判決で判断の対象とされた訴訟物(控訴審における請求拡張前のもの)は、本件解説文及び本件脚本に係る著作権侵害を理由とする本件パネル及び本件映像作品の使用差止請求権であるのに対し、本件差止請求に係る訴訟物は、本件解説文及び本件脚本に係る著作権侵害を理由とする本件解説文及び本件脚本の使用差止請求権であるから、侵害行為が異なり、訴訟物を異にするから、前訴3判決の既判力は、本件差止請求には及ばない。また、本件訴えが信義則に反すると認めるに足りる事情も認められない。」
(2)原判決10頁9行目の「編集著作物としての」を削り、同13行目の「上記において」から同19行目の「できない。」までを「したがって、控訴人の主張は採用することができない。」に改める。
(3)原判決11頁6行目の「公表したもの」を「公表するものとして作成されたもの」に改める。
2 当審における控訴人の追加請求に係る主張、補充的主張等に対する判断
(1)争点6(不当利得の成否及び不当利得額)について
 控訴人は、被控訴人が法律上の原因なく控訴人の労務によって利益を受け、控訴人が損害を被ってきたと主張する。しかし、前記補正して引用する原判決「事実及び理由」第2の2(2)及び(3)並びに第4の2(2)で判示するとおり、控訴人は、被控訴人との任用行為に基づき、本件文学館において展示・上映するために本件パネル及び本件映像作品を製作したものであり、本件解説文及び本件脚本は本件パネルや本件映像作品の内容部分を構成するものであるから、被控訴人が本件解説文及び本件脚本を展示等して利用していることにつき、法律上の原因があるといえ、控訴人の主張は採用できない。
 したがって、控訴人の不当利得返還請求は認められない。
(2)控訴人は、本件図録は編集著作物ではないから、本件図録が編集著作物であることを理由として、前訴1判決の既判力は本件解説文に及ばないとした原判決の判断は誤りであると主張する。
 しかし、前訴1判決が判断の対象とした本件図録と本件訴訟の判断の対象である本件解説文とは、著作物としては別個のものであるから、前訴1判決の既判力によって、本件解説文の著作権が控訴人に帰属するということはできない。
 したがって、本件図録が編集著作物であるか否かによって、前訴1判決の既判力が本件解説文に及ぶか否かが左右されるものではないから、本件図録は編集著作物ではないとしても、前訴1判決の既判力が本件解説文に及ばないことに変わりはない。
(3)控訴人は、本件解説文や本件脚本が、長らく本件文学館に展示されていたとしても、被控訴人の著作者名義で公表されていないから、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」の要件に該当しないと主張する。
 しかし、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」とは、著作物作成時に法人等の著作名義で公表することが予定されていればよく、実際に公表されたか否かには関わらないと解される。そして、前記補正して引用する原判決「事実及び理由」第2の2(2)及び(3)並びに第4の2(2)において判示するとおり、本件解説文は本件パネルの内容部分を構成する文章であり、本件脚本は本件映像作品の内容部分を構成する朗読部分の文章であるところ、本件パネル及び本件映像作品は、本件文学館において展示等するために製作され、本件文学館において公開されたことが認められるから、本件解説文及び本件脚本は、本件文学館を運営する被控訴人の著作の名義の下に公表するものとして作成されたものと認められる。そうすると、被控訴人の著作者名義で公表されていないとしても、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」の要件に該当しないということはできない。
(4)以上のとおり、控訴人の主張はいずれも採用することができない。また、控訴人はその他にも様々な主張をするが、いずれも上記認定判断を左右するものではない(なお、控訴人は、原判決に民訴法246条違反があると主張するが、原判決は、原審第1回弁論準備手続において控訴人が陳述したとおりの請求の趣旨に対して判決しているのであるから、同条違反があるとは認められない。)。
3 結論
 したがって、控訴人の請求(当審における追加請求を含む。)は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。よって、控訴人の原審における請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における控訴人の追加請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 本多知成
 裁判官 伊藤清隆
 裁判官 天野研司
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