| 判例全文 | ||
| 【事件名】“宿泊予約サイト”イラスト無断使用事件 【年月日】令和7年6月5日 大阪地裁 令和6年(ワ)第5501号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和7年4月15日) 判決 原告 A 訴訟代理人弁護士 大西康嗣 訴訟復代理人弁護士 矢倉良浩 被告 株式会社スーパーホテル代表者代表取締役 訴訟代理人弁護士 野口明男 同 福田正樹 主文 1 被告は、原告に対し、19万8000円及びこれに対する令和6年6月12日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、これを6分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 第1 請求 事実及び理由 被告は、原告に対し、114万6400円及びこれに対する令和6年6月12日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1本判決における呼称 (1)本件イラスト:別紙「作品目録」に掲げるイラスト (2)本件著作権:本件イラストに係る著作権 (3)本件ホテル:「スーパーホテル釧路駅前」との名称のビジネスホテル (4)本件支配人:平成27年10月10日当時の本件ホテルの支配人(統括支配人及び総支配人を併せて「本件支配人」と呼称する。) (5)本件従業員:平成27年10月10日当時の本件ホテルの従業員 (6)原告ウェブサイト:原告管理に係るウェブサイト (7)本件ウェブページ:宿泊予約サイトである「じゃらん」における本件ホテルの「お知らせ・ブログ」のウェブページ (8)本件掲載行為:平成27年10月10日にされた本件ウェブページ内の「☆体育の日☆」と題するブログ記事(別紙「本件ブログ記事」に掲げるもの。以下「本件ブログ記事」と呼称)における本件イラストの掲載行為 (9)本件業務委託契約:被告と本件支配人との間で締結された業務委託契約 (10)アートバンク:株式会社アートバンク(同社が運営するイラスト販売サイトを指すこともある。) 2原告の請求((1)と(2)は選択的請求) (1)本件著作権を有する原告の、本件イラストを無断掲載した被告に対する、複製権及び公衆送信権侵害の不法行為(民法709条)に基づく損害賠償金及びこれに対する不法行為の後日から支払済みまでの遅延損害金の支払請求 (2)本件イラストを無断掲載した本件支配人又は本件従業員の各使用者である被告に対する、複製権及び公衆送信権侵害の不法行為(民法715条1項)に基づく(1)と同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払請求 3 前提事実(争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実) (1)当事者 ア 原告は、イラスト作成を業とするイラストレーターであり、著作物である本件イラストの著作権者である(甲1の1〜3、弁論の全趣旨)。 イ 被告は、ホテルの経営等を目的とする株式会社であり、本件ホテルを含むスーパーホテルチェーンを経営している(乙10、弁論の全趣旨)。 (2)本件業務委託契約等 本件ホテルは、被告の直営店であるところ、本件掲載行為の当時、被告は、本件支配人との間で、被告が本件支配人に本件ホテルの運営管理等の業務を委託することに関する本件業務委託契約を締結しており、本件支配人は、これに従って、本件ホテルの支配人業務に従事していた(乙10、弁論の全趣旨)。 (3)本件掲載行為 本件支配人又は本件従業員は、平成27年10月10日に本件掲載行為に及び、本件イラストは、令和5年6月6日頃まで、一般公衆が閲覧可能な状態にあった(甲3)。 4 争点 (1)被告が不法行為責任(民法709条)を負うか(争点1) (2)被告が使用者責任(民法715条1項)を負うか(争点2) (3)消滅時効が完成したか(争点3) (4)原告の本訴請求は権利濫用に当たるか(争点4) (5)原告の損害の発生及びその額(争点5) 第3 当事者の主張 1 被告が不法行為責任(民法709条)を負うか(争点1) 【原告の主張】 本件支配人又は本件従業員の過失による著作権侵害行為であっても、社会的実体としての被告(法人)の全体的な経済活動の一環として、当該行為が行われ、他人に損害を与えた場合には、被告自身に過失があったものとして、不法行為責任を負う。 【被告の主張】 被告はホテルを全国展開する企業であるが、各店舗の管理・運営は、被告と業務委託関係にある支配人に委ねられている。そして、支配人は、被告とは別個の独立した事業者として店舗の管理・運営に当たっており、本件ホテルにおける本件支配人も同様である。したがって、仮に本件支配人が過失によって原告の著作権を侵害したとしても、それによって、直ちに被告が過失により原告の著作権を侵害したことにはならない。 2 被告が使用者責任(民法715条1項)を負うか(争点2) 【原告の主張】 本件業務委託契約によると、本件支配人は、被告の定める「スーパーホテルマニュアル」や被告の指示に従って、宿泊サービスの提供、客室の販売価格の設定、宿泊客の苦情への対応等の各業務を遂行しなければならない地位にあり、自己の裁量的判断に基づいて業務を遂行することは到底不可能であるから、被告と本件支配人との間に指揮監督関係が認められることは明らかである。仮に、本件掲載行為を行ったのが本件従業員であって、当該従業員が、被告ではなく本件支配人に雇用されたものであるとしても、本件従業員の広告宣伝活動その他の営業活動には、直接間接に被告の指揮監督関係が及んでいたといえる。したがって、被告は「ある事業のために他人を使用する者」に当たる。 そして、本件掲載行為は、被告の営業活動の一環として、すなわち被告の「事業の執行について」行われたものであり、また、本件支配人又は本件従業員は、本件イラストの著作権の帰属等について調査・確認すべき注意義務を怠り、原告の許諾なく本件掲載行為を行ったものであるから、少なくとも過失が認められる。 よって、被告は、本件掲載行為につき使用者責任を負う。 【被告の主張】 被告と本件支配人は、業務委託契約(準委任契約)関係にあり、本件支配人は、独立した事業者として同契約に基づき店舗運営を行うものであるから、両者の間に指揮監督関係はない。また、本件従業員と雇用関係にあったのは本件支配人であり、被告と本件従業員との間には契約関係はないから、両者の間に指揮監督関係はない。 本件掲載行為は、被告の一店舗の本件支配人(又は本件従業員)が、独自に管理運営するブログに独自の判断で本件イラストを掲載したという著作権侵害事案であるところ、被告において、業務委託契約関係にある本件支配人、又は特段契約関係にない本件従業員に対し、著作権侵害を生じさせないよう指揮監督すべき義務は負わない。 また、上記のように、本件掲載行為については被告の指揮監督関係が及んでいるとはいえず、本件掲載行為は「業務の執行について」されたものではない。 よって、被告は本件掲載行為につき使用者責任を負わない。 3 消滅時効が完成したか(争点3) 【被告の主張】 原告の被告に対する受任通知兼請求書の添付資料(乙1の5枚目)には、「JDパワー顧客満足度調査で5年連続満足度NO.1受賞」と読み取れる記載があるところ、当該記載が該当する時期は、令和元年秋から令和2年秋までである。そうすると、上記添付資料の保存時期もその時期ということになり、原告は、遅くともその時期には、賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度に損害と加害者を認識していた。 したがって、本訴提起日(令和6年6月5日)までに時効期間(3年)が経過した本訴請求債権については消滅時効が完成しており、被告は、上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 【原告の主張】 原告は、令和5年5月頃、被告による本件イラストの無断使用を覚知したことから、原告訴訟代理人において、裏付け調査等を行った。そして、同代理人が、本件ホテル宛ての受任通知兼請求書(乙1)の送付準備のため、同年6月5日10時47分に本件ウェブページを閲覧・印刷したところ、被告の主張する宣伝広告が自動的に表示されたにすぎない。 したがって、原告が損害及び加害者を覚知したのは令和5年5月頃であるから、本訴請求債権の消滅時効は完成していない。 4 原告の本訴請求は権利濫用に当たるか(争点4) 【被告の主張】 原告ウェブサイトにおいては、イラスト使用に係る価格表は見付けづらい場所に置かれている上、使用料も非常に高額であるところ、原告は、令和5年6月の被告に対する請求より何年も前から本件イラストの掲載を知っていたにもかかわらずこれを放置し、請求時には上記使用料の2倍もの金額を請求している。このことからすると、原告は、著作物の使用を放置し、使用料金額が積み重なった後に、高額な請求をして金銭の回収を図ることをある種のビジネスとしているものと考えられ、このような請求は権利の濫用に当たり許されない。 【原告の主張】 否認ないし争う。 5 原告の損害の発生及びその額(争点5) 【原告の主張】 (1)使用料相当額 原告は、平成27年当時、本件イラストを含む自己のイラスト作品に関する管理業務をアートバンクに委託していた。当時のアートバンクの価格表においては、イラストをインターネット上で使用する場合の使用料は、1年以内で6万円(税別)とされていたから、本件イラストの正規の使用料は、平成27年10月から令和元年9月までの4年分につき25万9200円(消費税率8パーセント相当額を加算)、同年10月から令和5年6月までの4年分につき26万4000円(同様に10パーセント相当額を加算)の合計52万3200円となる。同金額は、同業他社の料金と比較において格段に高額でもない。 そして、被告が本件イラストを無断使用していたこと(原告において利用を許諾するかどうかの判断機会が失われている上、原告にとって侵害状況の確認や調査、使用料相当額の回収のためのコストが発生していること)に加え、アートバンクが「貸出・使用規定」において、無断転載等の不正行為については使用料金の20倍以上をお支払いいただく旨明記していたことを考慮すると、上記の正規使用料の2倍である104万6400円が使用料相当額(著作権法114条3項)となる。 (2)弁護士費用 原告は、原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任したところ、被告の著作権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は10万円を下らない。 (3)合計 以上を合計すると、原告の損害額は114万6400円となる。 【被告の主張】 争う。本件ウェブページにおいては、毎日のようにブログ記事が投稿されて古い記事はページの下の方に埋もれていくし、本件ブログ記事は、体育の日を過ぎれば特段注目もされなくなるものであるから、形式的に本件ブログ記事の掲載期間全てにつき著作権法114条3項の損害算定の基礎とするのは妥当でない。また、本訴提起前には、原告は、アートバンクの価格表とは異なる価格表(1年目5万5000円、2年目以降3万3000円)に基づき算定された金額を請求していたから、アートバンクの価格表に基づく主張は信用できないし、本訴提起前の請求額であっても高額にすぎる。 第4 当裁判所の判断 事案に鑑み、争点2から検討する。 1 争点2(被告が使用者責任(民法715条1項)を負うか)について (1)本件掲載行為の不法行為該当性 弁論の全趣旨によれば、本件支配人又は本件従業員は、本件イラストがいわゆるフリー素材(無料イラスト)であるものと誤信して本件掲載行為に及んだと認められるから、かかる行為は、過失により本件イラストに係る原告の著作権(複製権及び公衆送信権)を侵害したものとして、不法行為(民法709条)となる。 (2)被告が使用者責任を負うか ア 被告が、本件支配人等との関係で「ある事業のために他人を使用する者」(民法715条1項本文)といえるためには、被告が事実上の指揮監督の下に本件支配人等を仕事に従事させていたことが必要と解される。 イ そこで検討するに、本件業務委託契約においては、本件支配人は、本件業務委託契約の趣旨に従い、善良な管理者の注意をもって、支配人業務を行うこと(4条1項)、被告が定めた各種マニュアルに従って支配人業務を行い、スーパーホテルチェーン全体として顧客に対して同一種類・水準のサービスを提供するよう努めること(4条2項)、ホテルの運営上において、不明及び不確かな事項が発生した時は必ず被告に連絡をして相談の上で支配人業務を行うこと(4条7項)等の一般的な業務委託に関する定めのほか、被告の事前の書面による承諾なくして、本件ホテル店舗名による第三者との契約、SNS等を利用したサイトへの投稿行為、サイト運営を主催する行為、被告の会社名を不特定又は多数の人の認識し得る状態に置く行為等をしてはならないこと(13条9号)が定められていた(乙10)。 このように、本件支配人は、被告が経営するホテルの経営方針の枠内で、本件ホテルの支配人業務を行うことが課せられており、SNS等を利用したサイトへの投稿行為についても、被告の事前許可制であったというのであるから、その裁量の範囲は非常に狭く、本件支配人は、被告の事実上の指揮監督の下、本件掲載行為を含む本件ホテルの支配人業務に当たっていたものと認められる(なお、本件掲載行為を実際に行ったのが本件従業員であっても、本件掲載行為については、本件支配人において被告の事前許可を得る必要があったと解されることからすれば、実質的には本件支配人の行為と評価できる。)。 ウ したがって、被告は、本件支配人との関係で「ある事業のために他人を使用する者」に当たると認められる。 エ そして、本件掲載行為は、その性質上被告の事業の執行について(民法715条1項本文)行われたものと認められるから、被告は、本件掲載行為につき使用者責任を負う(これにより、選択的請求に係る争点1は判断を要しない。)。これと異なる被告の主張はいずれも採用できない。 2 争点3(消滅時効は成立しているか)について 前記前提事実並びに証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によると、被告が問題とする受任通知兼請求書(令和5年6月6日付け)の添付資料には、「全国旅行支援」との記載があるところ、これが令和4年10月11日に開始された観光振興事業であることは公知の事実に属するから、上記文書は、その開始後に作成されたものと推認される。そして、原告が、被告主張の起算日に、本件掲載行為に係る損害賠償請求が可能な程度に損害及び加害者を認識していたと認めるに足りる証拠もない。 そうすると、消滅時効にかかる被告の主張は、理由がない。 3 争点4(原告の本訴請求は権利濫用に当たるか)について 被告は、原告が、令和5年6月の被告に対する請求より何年も前から本件イラストの掲載を知っていたにもかかわらずこれを放置していたことを前提に、本訴請求は権利の濫用に当たり許されない旨主張する。しかし、前記2で判示したとおり、上記前提に係る事実は認められないし、他に本訴請求が権利濫用に当たることを根拠付けるに足る事実は認められない。したがって、被告の主張は、理由がない。 4 争点5(原告の損害の発生及びその額)について (1)原告は、本件掲載行為により生じた損害につき、本件イラストの著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として賠償請求しており(著作権法114条3項)、上記の額を算定するに当たっては、アートバンクにおける正規使用料(52万3200円)の2倍に相当する額とすべきである旨主張するので検討する。 (2)この点、著作権者から委託を受けたアートバンクが行う使用料の設定は、その性質上著作権者が設定する使用料よりも高額となるのが通常と解されるから、これによることは相当を欠く。 また、原告ウェブサイトにおいては、イラストの使用料金に係る価格表を含む素材利用規約が定められており、1年単位の契約とした場合のイラスト1点当たりの使用料が、1年目は5万5000円、2年目以降は3万3000円(いずれも税込)とされている(甲1の1ないし3、乙4)ことは認められるものの、他方で、一般の取引市場において、そのような使用料を基礎とした著作物利用契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない(この点は、被告の求釈明にもかかわらず、原告がこれに応じることはなかった。)。 これらのことからすると、原告が実績のあるイラストレーターであること(甲13)を考慮に入れても、本件イラストについて、原告の主張も考慮した著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)は、使用開始から当初1年間分の単価としてみたときに3万円を上回ることはないというべきである。 (3)次に、本件掲載行為は、平成27年10月10日に、本件ウェブページの「☆体育の日☆」と題するブログ記事(本件ブログ記事)内で、「実は、、、本日10月10日が2000年まで体育の日!!ハッピーマンデーで10月の第2月曜に変わり今年はあさって10月12日が体育の日になりますねー」などとする記述とともに行われたが、本件ウェブページにおいては、本件掲載行為以後も、ブログ記事が次々と相当数にわたって投稿されており、これにより本件ブログ記事は順次表示順位が下がり、当該記事にたどり着くために閲覧者において相当の操作が必要な状態となっていたものである(甲3)。 この事情からすると、本件ブログ記事の内容自体は、想定される本件ウェブページの利用者の主たる関心事項等との関連が薄く、そもそもさして注目を引く内容とは言えない上、一定の期間の経過により陳腐化する内容であることに加え、本件ウェブページの仕様により、本件掲載行為後に新たな多数の記事が追加された結果、本件ブログ記事が閲覧される可能性は極めて乏しくなっていたものというべきである。 このように著作物の利用状況が経時的に変化した事情は、著作権法114条3項に基づく損害を検討するに当たり考慮すべきであり、上記の掲載開始から当初1年間分の単価3万円を基礎とした、本件掲載行為から本件ブログ記事の消去(侵害の終了)までの損害全体は、消費税相当額の損害を含め18万円を上回ることはないと認められる。 (4)被告の賠償すべき損害額 上記(2)、(3)によると、18万円に弁護士費用1万8000円を加算した19万8000円につき、被告は損害賠償義務を負う。原告の請求はこの限度で理由があり、その余は理由がない。 第5 結論 以上によれば、原告の請求は、被告に対し、使用者責任に基づく19万8000円の損害賠償金及び不法行為の後日である令和6年6月12日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第26民事部 裁判長裁判官 松阿彌隆 裁判官 島田美喜子 裁判官 阿波野右起 (別紙)作品目録 (別紙)本件ブログ記事 |
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