判例全文 line
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【事件名】勝ち馬予想プログラムの不正使用事件(2)
【年月日】令和7年3月25日
 知財高裁 令和5年(ネ)第10057号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁令和2年(ワ)第4948号)
 (口頭弁論終結日 令和6年12月4日)

判決
 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは、別紙目録記載1から4までの各情報を競馬レース情報の作成・販売に使用し、又はこれを開示してはならない。
3 被控訴人らは、別紙目録記載1から4までの各情報に関するプログラム及びデータを記録した記録媒体から、当該プログラム及び当該データを削除せよ。
4 被控訴人らは、別紙目録記載3及び4の情報に関するデータが記載された印刷物を廃棄せよ。
5 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して1億5039万9456円並びにその内金である別表2の「期間」欄記載の各期間に対応する「主位的請求」の「認定額」欄記載の各金員及び「弁護士費用」欄記載の金員に対するそれぞれ「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで「利率」欄記載の各割合による金員を支払え。
6 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
7 控訴人の当審におけるその余の追加請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを4分し、その3を被控訴人らの、その余を控訴人の負担とする。
9 この判決は、第5項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
 本判決において用いる略語は、次のとおりである(原判決で定義している略語は、概ね、そのまま用いている。)。
 原告 控訴人(1審原告)株式会社ジェイ・アール・デー・ビー
 被告会社 被控訴人(1審被告)株式会社サイバーミリオン
 被告Y1 被控訴人(1審被告)Y1
 被告Y2 被控訴人(1審被告)Y2
 被告Y3 被控訴人(1審被告)Y3
 A Aことa
 B
 C
 D
 E 原告代表者
 本件プログラム 別紙目録記載1のIDM指数作成プログラム
 本件情報 別紙目録記載1から4までの各情報については、項番に従い、それぞれ本件情報1、本件情報2などといい、
総称して本件情報という。
 本件パソコン 被告会社が、令和元年10月27日当時インターネット上で提供する競馬新聞を作成するために使用していた
パソコン
 本件分配契約 原告と被告会社との間の利益分配契約
 不競法 不正競争防止法(平成5年法律第47号)
 改正前民法 平成29年法律第44号による改正前の民法
 改正法 平成29年法律第44号
第1 控訴の趣旨(後記のとおり、原告は、当審において請求の一部を減縮するとともに、金銭請求の請求額を拡張した。また、控訴の趣旨第9項中の被告Y3に関する部分及び同第10項の予備的請求は、当審で追加された請求である。)
1 原判決を取り消す。
2 被告らは、本件プログラムを、競馬レース情報の作成・販売に使用し、又はこれを開示してはならない。
3 被告らは、本件プログラムについて、複製、翻案を行ってはならない。
4 被告らは、本件情報を競馬レース情報の作成・販売に使用し、又はこれを開示してはならない。
5 被告らは、本件情報を電気通信回線を通じて送信可能化し、又は公衆送信してはならない。
6 被告らは、本件プログラムを記録した記録媒体から、本件プログラムを削除せよ。
7 被告らは、本件情報に関するプログラム及びデータを記録した記録媒体から、当該プログラム及び当該データを削除せよ。
8 被告らは、本件情報3及び本件情報4に関するデータが記載された印刷物を廃棄せよ。
9 被告らは、原告に対し、連帯して2億4440万8819円並びにその内金である別表1の「原告請求額合計」項の「期間」欄記載の各期間に対応する「主位的請求」の「損害額」欄記載の各金員及び「主位的請求」の「弁護士費用」欄記載の金員に対するそれぞれ「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで「利率」欄記載の各割合による金員を支払え。
10 (被告会社につき予備的請求)被告会社は、原告に対し、1億8052万7846円及びその内金である別表1の「原告請求額合計」項の「期間」欄記載の各期間に対応する「予備的請求」の「損害額」欄記載の各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで「利率」欄記載の各割合による金員を支払え。
11 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1)原告は、インターネットの利用による競馬情報の提供等を目的とする株式会社(平成10年6月25日設立。甲1)である。原告は、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供している。
 被告会社は、インターネットの利用による各種情報の提供等を目的とする株式会社(平成18年2月20日設立。甲2)であり、登記簿上設立から令和元年7月30日まで原告と本店所在地が同一であった。被告会社は、原告と同様、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供している。
 被告Y1は、原告の元従業員兼被告会社の代表者であり、被告Y2は、原告の元従業員である。被告Y1及び被告Y2は、原告に在職する一方、本件パソコン等を使用して、被告会社の提供する競馬新聞である「ハイブリッド競馬新聞」及び「マキシマム競馬新聞」の発行業務に従事していたが、令和元年10月27日深夜から同月28日未明までに本件パソコン等を持ち出し、原告を退職した上、その後も、被告会社の提供する競馬新聞の発行を継続した(被告Y2は、被告会社の従業員となったが、その後、退職している。)。
 なお、被告Y3は、インターネットの利用による各種情報の提供等を目的とする株式会社TDSの代表者である。また、Aは、原告の役員兼被告会社の元役員であり、Bは、原告の従業員兼被告会社の元役員である。
(2)本件は、原告が、被告らに対し、不競法違反又は著作権法違反を主張して、次の各請求をする事案である。すなわち、原告は、原審において、次の各請求をした(このほか、原告は、被告Y1のブログに関する削除や決済対応プログラムの使用禁止等を求める請求もしていたが、これらの請求は、当審において取り下げられた。)。
ア−1 被告らが、共謀の上、被告Y1及び被告Y2において、原告の営業秘密である本件情報が記録された本件パソコン等を事務所から持ち出し、不正の利益を得る目的で本件情報を使用するなどした行為が、不正競争行為(営業秘密不正取得行為・図利加害目的使用行為、不競法2条1項4号又は7号)に該当すると主張して、被告らに対し、不競法3条1項に基づき、本件情報を競馬レース情報の作成・販売に使用・開示すること等の差止めを求めるとともに(控訴の趣旨4項〔なお、5項の請求のうち、不競法に基づく請求部分は、実質的に4項の請求に包摂される。〕)、不競法3条2項に基づき、本件情報に関するプログラム及びデータが記録された記録媒体からの当該プログラム及びデータの削除(控訴の趣旨7項)、並びに本件情報3及び本件情報4に関するデータが記載された印刷物の廃棄を求め(控訴の趣旨8項)、
ア−2 被告会社において、原告が著作権を有する本件プログラムを利用して競馬新聞を作成し顧客に提供した行為が、著作権侵害行為(複製権・翻案権、送信可能化権、公衆送信権、著作権法21条、23条、27条、2条1項15号、7号の2、9号の5)に該当すると主張して、被告らに対し、著作権法112条1項に基づき、本件プログラムを競馬レース情報の作成・販売に使用・開示することの差止めと、本件プログラムの複製・翻案・送信可能化・公衆送信の差止めを求めるとともに(控訴の趣旨2項、3項、5項〔本件プログラムに係る部分〕)、著作権法112条2項に基づき、本件プログラムを記録した記録媒体からの当該プログラムの削除(控訴の趣旨6項)を求め、
イ−1 被告会社、被告Y1及び被告Y2が、共謀の上、被告会社が原告に分配すべき売上金の一部を隠匿するなどして原告への支払を免れさせたなどと主張して、被告会社、被告Y1及び被告Y2に対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、719条1項)として、1598万7468円及びこれに対する不法行為後の日である令和2年8月27日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め、
イ−2 前記ア−1、ア−2の不正競争行為又は著作権侵害行為により損害を被ったとして、被告らに対し、不競法4条又は民法709条に基づく損害賠償請求として、3960万8184円及びこれに対する前同日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
(3)原審は、原告の請求をいずれも棄却したため、原告は、これを不服として、本件控訴を提起した。
(4)原告は、当審において、請求を一部減縮したほか、前記(2)イ−1の請求について、被告Y3の主体的な関与が判明したとして前記(2)イ−1及び(2)イ2の損害賠償請求を次のウ−1とおり整理(被告Y3に対する損害賠償請求の追加、損害の計算方法の変更、請求する損害の拡張)するとともに、被告会社に対する予備的請求として、次のウ−2を追加した。すなわち、
ウ−1 被告らは、共謀の上、利益の隠匿による請求権侵害の不法行為並びに不正競争行為及び著作権侵害行為に及んだと主張して、被告らに対し(被告会社に対しては主位的請求として)、民法709条、719条、不競法5条2項・3項、著作権法114条2項・3項に基づく損害賠償請求として、2億4440万8819円、並びに年ごとの各内金に対する遅延損害金の起算日及び利率について、改正法の施行日(令和2年4月1日)前の分については同年3月31日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による、施行日後の分については各年最終日(令和6年分については同年8月末日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による、各遅延損害金の連帯支払(控訴の趣旨9項)を求め、
ウ−2 被告会社は、原告との間で、「ハイブリッド競馬新聞」について売上の75%相当額を、「マキシマム競馬新聞」について売上の70%相当額を、原告に配分する契約を締結していたにもかかわらず、同利益分配相当額を支払わないなどと主張して、被告会社に対する予備的請求として、債務不履行損害賠償として、1億8052万7846円、並びに年ごとの各内金に対する遅延損害金の起算日及び利率について、改正法の施行日(令和2年4月1日)の前後による区分に応じて施行日前の分については同年3月17日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による、施行日後の分については別表1の「原告請求額合計」項の「予備的請求」の各「遅延損害金起算日」から支払済みまで民法所定の年3%の割合による、各遅延損害金の支払(控訴の趣旨10項)を求めるものとした。
2 前提事実(なお、枝番のある書証で特に枝番を掲記していないものは、すべての枝番を含む趣旨である。以下同じ。)
 前提事実は、以下のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第2の2(原判決3頁24行目から5頁21行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決5頁12行目の「被告会社は」から13行目の「いたところ」までを削る。
(2)原判決5頁10行目末尾に改行の上、以下を加え、12行目の「(4)」を「(5)」に改める。
「(4)IDM指数作成プログラム
 原告のIDM指数作成プログラム(本件情報1、本件プログラム)は、●●●●でIDM指数が作成される(弁論の全趣旨)。」
(3)原判決5頁21行目末尾に改行の上、以下を加える。
「(6)被告会社の売上等
ア 令和元年9月から12月までにおける被告会社の「ハイブリッド競馬新聞」「マキシマム競馬新聞」の各売上(税込み)は、別表1の「令和元年」の「ハイブリッド競馬新聞」「マキシマム競馬新聞」における当該期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄記載のとおりである(乙105)。
イ 令和2年1月から令和5年12月までにおける被告会社の「ハイブリッド競馬新聞」の、及び令和2年1月から令和5年5月までにおける被告会社の「マキシマム競馬新聞」の、各売上高、仮受け消費税、売上(税込み)は、別表1の「令和2年」から「令和5年」までの「ハイブリッド競馬新聞」「マキシマム競馬新聞」における当該期間に対応する各月の「売上高」「仮受け消費税」「売上(税込み)」各欄記載のとおりである。
 また、令和5年6月から12月までにおける被告会社の「マキシマム競馬新聞」の売上(税込み)は、別表1の「令和5年」の「マキシマム競馬新聞」における当該期間に対応する「売上(税込み)」欄記載のとおり「0円」であるが、同年1月から5月までの売上等から推計すると、月額17万8770円(=89万3850円/5)となる。
(乙106〜109、116、117、127、128)
ウ 被告会社の令和6年1月から8月までにおける被告会社の「ハイブリッド競馬新聞」「マキシマム競馬新聞」の各売上(税込み)は、令和5年の売上等から推計すると、別表1の「令和6年」の「ハイブリッド競馬新聞」「マキシマム競馬新聞」における当該期間に対応する「売上(税込み)」欄記載のとおりとなる。
エ 被告会社の発行する「ハイブリッド競馬新聞」について、新聞の発行に直接関連して追加的に必要となる経費(変動費)は、サーバー代程度であり、変動費の経費率は売上の6%、限界利益率は売上の94%である(争いがない。ただし、損害計算における「売上」が消費税の税込み額か否かについては、当事者間に争いがある。)。」
3 争点
 以下の争点のうち、争点2は、当審では本件プログラムに限定された争点であり、争点3のうち被告Y3の共同不法行為の有無に係る部分は、当審で追加された争点であり、争点5は、当審において追加された予備的請求の原因に係る争点である。
(1)不競法違反(争点1)
ア 本件情報は営業秘密(不競法2条6項)に当たるか(争点1−1)
イ 被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)か(争点1−2)
(2)著作権法違反(争点2)
ア 本件プログラムは原告の著作物として保護されるか(争点2−1)
イ 被告らは本件プログラムに係る著作権を侵害したか(争点2−2)
(3)被告らに利益分配に係る共同不法行為があったか(争点3)
(4)損害の発生及びその額(争点4)
(5)本件分配契約及びその債務不履行の有無(争点5)
第3−1 争点に関する当事者の主張(原判決の引用と補正)
1 原判決の引用
 争点4及び5以外の各争点に係る当事者の主張は、後記2のとおり原判決を補正し、後記第3−2のとおり当審における当事者の補充又は追加主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3の1から5まで(原判決6頁8行目から13頁5行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、後記2(1)から(6)までの原判決の補正は、当審における原告の請求の減縮に伴う補正((1)から(4)まで)又は被告Y3に対する請求の追加に伴う補正((5)(6))である。)。
 また、争点4及び5に係る当事者の主張は、後記第3−2の5及び6のとおりである。
2 原判決の補正
(1)原判決6頁21行目から22行目までを「本件情報を用いれば、正確な勝ち馬予想、競馬新聞作成、顧客管理等を簡便、短期に行うことができる。」に改める。
(2)原判決7頁23行目冒頭から26行目の「保存していた。」までを「(2)原告は、本件情報のうち、本件情報1から本件情報3までを本件パソコンに保存し、本件情報4(顧客管理名簿)を本件パソコン用のレンタルサーバー上のハードディスクに保存していた。」に改める。
(3)原判決10頁1行目、11頁11行目、12頁2行目の各「本件プログラム及び本件ブログ」を「本件プログラム」と改める。
(4)原判決10頁19行目から24行目まで、11頁9行目から10行目まで、11頁22行目から12頁1行目までを、それぞれ削除する。
(5)原判決12頁17行目、20行目の「被告会社、被告Y1及び被告Y2」を、それぞれ「被告ら」、「被告会社、被告Y1、被告Y2及び被告Y3」と改める。
(6)原判決12頁25行目末尾に「被告Y3は、平成26年2月4日、原告と競業する株式会社TDSを設立した上、被告Y2及び被告Y1をそれぞれ取締役、監査役として就任させたこと、被告Y1が株式会社TDSの監査役に就任した同年11月から通帳のコピーを原告に提出しなくなったこと、令和元年に原告から通帳のコピーの提出を求められた際、被告Y1が被告Y3に相談し、被告Y3の介入が強くみられたこと等に照らすと、売上隠匿は平成26年11月から被告Y3の主体的な関与のもとで始まっていたことは明らかである。」を加える。
第3−2 争点に関する当事者の主張(当審における補充主張及び追加主張)
1 争点1−1(本件情報は営業秘密(不競法2条6項)に当たるか)について
(被告の主張)
(1)本件プログラムは、ライセンスやサポートのない情報漏洩の危険の高い陳腐化したOS(WindowsXP)やAccess97を使用しており、被告会社があえてこれを稼働させることはないから有用性がない。本件情報1、3のIDM指数やIDM構成要素データは、単なるデータと個人の経験に基づくものであり、有用性はない。競馬新聞の作成に利用する公式データは、JRAのものであり、原告の営業秘密ではない。
(2)原告は、書籍「風雲!A塾」の「第6章IDMの法則」(平成11年発行、乙140)及び「JRDB競馬読本」(平成17年初版、乙142)において、原告が営業秘密と主張する本件情報1、3のIDM指数及びIDM構成要素データに係る情報(計算式のイメージを含む。)を公開し、詳細に説明している。そして、競馬新聞作成に必要な公式データは誰でも容易に取得することができ、同程度のシステム構築や競馬新聞の作成は容易に可能であるから、上記の本件情報は非公然性がない。上記証拠は弾劾証拠であり、提出の後れにつき被告らに帰責性はなく、審理の遅延も来さない。
(3)本件情報2に関し、証拠(甲52等)には、地方競馬新聞作成に係るプログラム及びデータはない。また、デジタル競馬新聞作成のためには、JRA公式データを取得し、汎用性のある市販のソフトを使用等すれば、新聞を容易に作成販売することができるから、本件情報2は、有用性も非公然性もない。
(4)本件情報4の顧客管理名簿は、被告会社の営業秘密である。
(原告の主張)
(1)本件では、訴訟提起から一貫して営業秘密が審理されており、控訴審の終局段階における被告らの主張立証(乙140、142)は、故意・重過失により時機に後れたものである。仮に、時機後れでないとしても、上記証拠は、「指数」「補正」「調整」等として、IDM構成要素の中身を全て開示するものではなく、IDM計算式の要素となっているIDM構成要素の数値の計算方法を開示するものでもないから、非公然性は否定されない。
(2)証拠(甲52)には、新聞作成プログラムに地方競馬新聞作成プログラムが含まれている。
2 争点1−2(被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し(不競法2条1項4号)、又は図利加害目的で使用した(同項7号)か)について
 被告会社が使用していたプログラム及びデータについて
(原告の主張)
(1)被告会社が使用しているプログラムは、原告の発意に基づき、原告の従業員(被告Y2、B外)が、その就業時間中に原告事務所において、原告の業務として作成したものであり、被告会社が作成したものではない。
 被告Y1は、被告会社のOSをWindowsXPからWindows7に変更し、データベースをAzureに変更したのは平成25年であると供述するが、原告の従業員の被告Y2が、原告の指示の下、被告会社のコンピュータ言語をJAVAからC#に変え、被告会社のデータベースをAzure(SQLServer)に変更したのは、平成24年3月である。これにより、被告Y2は、原告のデータサーバーにある元データを被告会社のデータサーバーに複製し、C#言語を用いて引用してハイブリッド競馬新聞作成プログラムを使用することができるようにしたが、言語を変えても本件プログラムを含む原告のシステムを複製したことに変わりはない。
(2)被告会社が原告のプログラム及びデータを使用してハイブリッド競馬新聞を作成していたことは、次の点からも明らかである。
 すなわち、@ハイブリッド競馬新聞は、原告の発行する競馬新聞との間で、原告のシステム内のデータ及びプログラムを共用していたものであり(別会社である原告のサーバーに被告会社のデータがあること自体矛盾である。)、
A原告のデータベースには、被告会社のハイブリッド競馬新聞を作成するための●●●●が存在し(甲88〜91、93)、また、原告のシステムのプログラム中には、被告会社のハイブリッド競馬新聞の作成指示が組み込まれ(甲88、89、95〜106)、原告のシステム中のデータを参照使用していた。
 また、被告会社は、従前から、原告のデータを被告会社のサーバーにコピーして使用していたが、被告Y2は、令和元年7月頃、原告の過去の膨大なデータを被告会社のサーバーにコピーした(甲113)。これは、体系的にデータ化され、プログラムに引用できる形になっていた情報をコピーしたものであり、被告Y2は、被告会社も利用する原告作成のプログラムを書き換えなくても済むように、●●●●を被告会社のデータベースにコピーしたものである。
 なお、原告から被告Y2に対するAccess97のデータをAzureのサーバーに移行する業務命令はなく、平成30年12月5日以降、被告Y2から、原告が利用するAzureに関するメール(甲116)もない。
 被告らは共謀の上、令和元年11月の業務開始に向け、同年7月頃から原告のデータ・プログラム(原告の営業秘密)の不正取得を本格化させたものである。
(被告らの主張)
(1)本件パソコンは、被告Y1がほぼ被告会社の業務用として使用していたものである。被告Y1は、本件パソコンから原告のサーバーにアクセスしたことはなく、本件パソコンに原告主張のプログラムの記録もなかった。被告会社の管理するプログラムは、クラウド上で保管されていたため、被告Y1は、自らパソコンからこれにアクセスしていた。
(2)令和元年10月まで
ア 被告Y1らは、令和元年10月に原告を退職するまでの間、被告会社のハイブリッド競馬新聞作成に係るデータのごく一部(被告Y1が商標登録している「推定3ハロン」(乙6)を含む。)を、「hb」との名前を付けて、原告の使用するWEBDB上に保存していた。被告Y1らは、ハイブリッド競馬新聞作成に際し、同データを利用するためWEBDBにアクセスしていたにすぎない。しかも、原告が指摘するWEBDB上の被告会社のデータは、レースの開催競馬場、開催年、開催回、開催日、レース等、JRAの公式データに基づくものであった。また、WEBDBには、プログラムを保存することができないので、IDM指数作成プログラムや新聞作成プログラム等は保存されていない。よって、WEBDBに原告の主張する本件情報の全部又は一部は保存されていない。
イ 原告指摘の甲95等のプログラムは、ハイブリッド競馬新聞作成に必要とされる被告会社のデータを検索、抽出し、そのWEBDB内のテーブルに集約してセットするだけの指令であり、その後、甲95の指令に基づく連絡を受けた被告Y2が、同人作成のプログラム及びイラストレータによって新聞を完成させていたから、新聞作成について被告会社が原告のシステムに依拠していたことはない。
ウ 被告会社は、平成25年以降、原告とは別のソフトで競馬新聞を作成していた。すなわち、被告Y2は、被告会社が同年OSをWindows7に変更した際、被告会社の従業員として、原告のシステムのJAVAではなく、C#を用いて新たにハイブリッド競馬新聞のプログラムを作成した。被告会社の従業員の作業による成果物は全て被告会社に帰属する。
エ なお、原告は、平成30年6月、Azureでのシステム構築、SQLサーバーを使用することとし、システム構築を被告Y2に頼り、被告Y2は、別のパソコンを介し「.net」を使用することで、VANデータをSQLサーバー「azudb」の「van_」テーブルに入れるための作業などを行い、試験的に一部のデータが同テーブルに入れられる結果となった。このように、被告Y2は、原告の業務に尽力したが、原告は、被告Y2による原告の業務遂行時の投稿(甲113)をもって、被告会社等がAccess97のデータを取ろうとしているとの主張にすり替えた。そもそも、被告会社が自ら新聞を発行するには、公式データ及びこれを基に算出等した独自データがあれば足り、原告のデータを必要としない。
(3)令和元年11月以降
ア 被告Y1らが原告を退職した後は、被告らが原告のデータにアクセスすることは物理的に不可能である。原告のシステムはJAVAで構築されているが、被告会社のシステムはC#で構築されていたから、原告のシステムを複製したことはない。
イ 令和元年11月1日以降の被告会社のシステムは、ハイブリッド指数算出プログラム(乙28の1)、データ作成プログラム(乙28の2)、競馬新聞作成プログラム(乙28の3)であるから、原告のシステム、データを使用しておらず、原告の営業秘密を使用したことはない。
ウ 競馬新聞作成プログラムは、既存ソフトで作成することができるものであり、Accessを使用する原告のプログラムも営業秘密ではない。また、IDM指数及びIDM構成要素データも、単なるデータであって有用性はなく、公式データもJRAのものである。原告と被告会社の各競馬新聞の独自のデータ項目を比較しても、原告のもの(IDM、情報専門印、調教指数、激走馬、放牧先、仕上指数、馬体・気配、レース特記、馬場差、パドック点、馬具)と被告会社のもの(ハイブリッド指数、推定3ハロン、騎手成績、厩舎成績、騎手×厩舎成績、種牡馬評価、4角5番手内率、上がり3位内率、脚質チェック、詰脚・後差)は重複しない。被告会社の独自データは、公式データを基礎として分析・集計等し独自の経験や勘で導き出されるものであり、原告のIDM構成要素データは使っていない。
3 争点2−1(本件プログラムは原告の著作物として保護されるか)について
(原告の主張)
 本件情報1(IDM指数作成プログラム及び指数作成手法)のうち、本件プログラム(IDM指数作成プログラム)は、●●●●から構成される。
 本件プログラムは、原告のデータベースから各構成要素に応じて項目を抽出し、抽出された数値を基に計算処理を行い、これを組み合わせてIDM結果値を算出している。これらは有機的一体をなしており、全体として電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるように指令を組み合わせたものであり、その抽出する項目の組合せ、抽出された項目の処理、計算方法等は原告独自の発想に基づくものであり、創作性を有するものである。
(被告らの主張)
 プログラムの著作物性が認められるためには、プログラムの具体的記述において、指令の表現自体、指令の表現の組合せ、表現順序から成るプログラム全体に選択の幅があり、ありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れていることが必要である。原告の主張するプログラムは、各レース情報、当該馬の情報、各IDM構成要素の補正値等が記載された一覧表に加え、入力された数値を基に、表計算ソフト又はデータベースソフトウェアに備わる単純な加減乗除の計算機能を利用して、各IDM構成要素の補正値やIDMを算出するものであり、IDM構成要素の選択や数値化等はプログラムの具体的記述の前提となるアイデアにすぎず、プログラム全体に作成者の個性が現れているとはいえない。
4 争点3(被告らに利益分配に係る共同不法行為があったか)について
(原告の主張)
 被告会社は、原告との本件分配契約に基づき、当初から被告会社の売上の75%(平成20年11月以前は70%)を「データ提供料」「データ使用料」名下に原告に支払っていた。被告会社は、被告らの不正が指摘された令和元年8月分まで(甲17)10年以上の長期にわたり支払を継続しており、証拠上、支払が原告の脅迫によるものと認めることはできない。また、被告が売上開始以降10年間にわたり、売上の75%又は70%という一定率に従って計算した金額を原告に送金していたことに照らせば、本件分配契約の存在は明らかである。
(被告らの主張)
 原告は、被告会社設立に当たり出資したことはなく、被告Y1には、勝ち馬予想に関する知識やノウハウ等があったから、被告会社には、原告との間で売上の75%という過大な利益分配の契約を締結すべき合理的理由はない。被告会社が過大な支払を継続してきたのは、Aらによる恐喝行為が原因である。Aらは、平成20年5月にハイブリッド競馬新聞の有料化が決まった際や、同年12月に売上の75%を支払うよう求めた際、Eが、令和元年6月頃に被告会社の通帳を持参するよう求めた際などに、被告Y1を脅迫し恐喝し続けた(乙12、乙13の1及び2、乙24、25)。原告と被告会社間では、本件分配契約はなく、債権侵害行為もないから、原告の主張は前提を欠く。
5 争点4(損害の発生及びその額)について
(原告の主張)
(1)−1令和2年3月末までに生じた損害(改正法施行前に生じた損害)
ア 利益隠蔽に係る共同不法行為による損害679万5701円
(内訳)
(ア)ハイブリッド競馬新聞について 645万8168円
 ハイブリッド競馬新聞の令和元年9月及び10月の被告会社の売上(別表1の「令和元年」の「ハイブリッド競馬新聞」における当該期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)のうち、原告が受けるべき利益分配相当額(売上の75%相当額。別表1の「令和元年」の「ハイブリッド競馬新聞」「原告の主張」の「主位的」欄参照)。
(イ)マキシマム競馬新聞について 33万7533円
 マキシマム競馬新聞の令和元年9月及び10月の被告会社の売上(別表1の「令和元年」の「マキシマム競馬新聞」における当該期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)のうち、原告が受けるべき利益分配相当額(売上の70%相当額。別表1の「令和元年」の「マキシマム競馬新聞」「原告の主張」の「主位的」欄参照)。
イ 不競法及び著作権法に基づく損害2299万1677円
(内訳)
(ア)ハイブリッド競馬新聞について 2189万4552円
 ハイブリッド競馬新聞の令和元年11月から令和2年3月までの被告会社の売上は別表1の「令和元年」及び「令和2年」の「ハイブリッド競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に限界利益率94%を乗じた限界利益相当額(別表1の対応する期間の「ハイブリッド競馬新聞」「原告の主張」の「主位的」欄参照)
(イ)マキシマム競馬新聞について 109万7125円
@マキシマム競馬新聞の令和元年11月から令和2年3月までの被告
会社の売上(別表1の「令和元年」及び「令和2年」における「マキシマム競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に使用料率70%を乗じた使用料相当額(別表1の対応する期間の「マキシマム競馬新聞」「原告の主張」の「主位的」欄参照)
A本件では、本件分配契約により、売上の70%を原告の営業秘密の使用許諾の対価として支払うこととされ、実際に支払われていたから、これが受けるべき金額の額となる。被告らの主張する実施料相場は、ライセンス契約全体の実施料率の平均を主張するにすぎず、営業秘密の実態におけるものではない。
ウ 小結
 改正法の施行日前である令和2年3月31日までに被告らの各行為により原告に生じた損害は合計2978万7378円(=ア+イ)である。これらの損害に係る賠償債務は発生すると同時に遅滞となるから、その全額に対し同日から改正法附則17条3項の規定により改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。
(1)−2 令和2年4月1日以後に生じた損害(改正法施行後に生じた不競法及び著作権法に基づく損害)
ア ハイブリッド競馬新聞について 1億8422万2659円
 ハイブリッド競馬新聞の令和2年4月から令和6年8月までの被告会社の売上(別表1の「令和2年」から「令和6年」までの「ハイブリッド競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照。なお、令和6年の売上(税込み)は、令和5年の売上に基づく推計値。以下同じ。)に限界利益率94%を乗じた限界利益相当額(別表1の対応する期間の「ハイブリッド競馬新聞」「原告の主張」の「主位的」欄参照)
イ マキシマム競馬新聞について 817万9798円
 マキシマム競馬新聞の令和2年4月から令和6年8月までの被告会社の売上(別表1の「令和2年」から「令和6年」までの「マキシマム競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に使用料率70%を乗じた使用料相当額(別表1の対応する期間の「マキシマム競馬新聞」「原告の主張」の「主位的」欄参照)
ウ 小結
 改正法の施行日である令和2年4月1日以降、令和6年8月31日までに被告らの行為により生じた損害は合計1億9240万2457円(=ア+イ)である。これらの損害に係る賠償債務は発生と同時に遅滞となるから、別表1の「原告請求額合計」項の「主位的請求」における各期間に対応する「損害額」欄記載の各金員に対する、各期間の末日である「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金を請求することができる。
(1)−3弁護士費用
ア 令和元年9月から令和6年8月までに原告が被った損害は、合計2億2218万9835円であり、被告らの行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は1割相当額の2221万8984円と認められる。
イ 上記損害に係る賠償債務は発生と同時に遅滞となるから、上記期間の末日である令和6年8月31日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金を請求することができる。
(2)被告会社に対する予備的請求(本件分配契約の債務不履行に基づく損害)
ア 令和2年3月末までに生じた損害(改正法施行前に生じた損害)
(ア)ハイブリッド競馬新聞について 2073万8498円
 ハイブリッド競馬新聞の令和元年9月から令和2年2月までの被告会社の売上(別表1の「令和元年」及び「令和2年」の「ハイブリッド競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に係る利益分配相当額(売上の75%相当額。別表1の対応する期間の「ハイブリッド競馬新聞」「原告の主張」の「予備的」欄参照)。
(イ)マキシマム競馬新聞について 117万6414円
 マキシマム競馬新聞の令和元年9月から令和2年2月までの被告会社の売上(別表1の「令和元年」及び「令和2年」の「マキシマム競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に係る利益分配相当額(売上の70%相当額。別表1の対応する期間の「マキシマム競馬新聞」「原告の主張」の「予備的」欄参照)。
(ウ)小結
 改正法の施行日前である令和2年3月31日までに被告会社の債務不履行により原告に生じた損害は合計2191万4912円(=(ア)+(イ))である。これらは、毎月末日締め、翌月15日払であるから、同弁済期の経過により遅滞となる。よって、その全額に対し令和2年3月17日から改正法附則17条3項の規定により改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。
イ 令和2年4月1日以後に生じた損害(改正法施行後に生じた損害)
(ア)ハイブリッド競馬新聞について 1億5017万4892円
 ハイブリッド競馬新聞の令和2年3月から令和6年8月までの被告会社の売上(別表1の「令和2年」から「令和6年」までの「ハイブリッド競馬新聞」における各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に係る利益分配相当額(売上の75%相当額。別表1の対応する期間の「ハイブリッド競馬新聞」「原告の主張」の「予備的」欄参照)。
(イ)マキシマム競馬新聞について 843万8042円
 マキシマム競馬新聞について、令和2年3月から令和6年8月までの被告会社の売上(別表1の「令和2年」から「令和6年」までの「マキシマム競馬新聞」における上記各期間に対応する各月の「売上(税込み)」欄参照)に係る利益分配相当額(売上の70%相当額。別表1の対応する期間の「マキシマム競馬新聞」「原告の主張」の「予備的」欄参照)
ウ 小結
 改正法の施行日である令和2年4月1日以降、令和6年8月31日までに被告会社の債務不履行により生じた損害は合計1億5861万2934円(=(ア)+(イ))である。これらは、毎月末日締め、翌月15日払であり、同弁済期の経過により遅滞となるから、別表1の「原告請求額合計」項の「予備的請求」における各期間に対応する「損害額」欄記載の各金員に対する、各期間に係る上記弁済期の翌日である「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金を請求することができる。
(3)損害賠償金の算出に係る消費税について
 消費税法基本通達5−2−5は、無体財産権の侵害者から権利者が収受する損害賠償金のように、実質が資産の譲渡等の対価に該当する場合には消費税の対象となる旨規定しており、特許権侵害訴訟でも消費税を含めて計算するのが一般的である不競法5条2項の「利益」を算定する場合においても売上高に消費税を含めた額を算定の基礎とすべきである。
(4)推定覆滅事由等(ハイブリッド競馬新聞)について
ア 市場には多数の競馬新聞が発行されているが、原告と被告会社のデジタル競馬新聞は、原告の営業秘密を使用し算出する指数を掲載しており、これを特徴として販売している点で共通し競合する(甲65〜73)。他方、netkeibaのタイム指数は、走破タイムを基準に競走馬の能力を数値化したものであり、多様なデータと要素を計算に反映させて算出するIDM指数及びハイブリッド指数とは性質を異にする。ウマニティのU指数(乙32)も、原告のIDM指数とは使用するファクターが異なり、信頼性も下回る。したがって、需要者が他社に向かうことはない。
イ 被告Y1は、原告の営業秘密を使用し、原告の資源を用い、原告の指示の下に宣伝活動を行っていたものであり、被告Y1の単独の営業活動にも通常の範囲を超えた格別営業努力にも当たらない(被告Y1が令和元年11月11日に原告を退職した後、発行された書籍は1冊のみであり、退職後のイベント出演は存在しない。)。
ウ 原告の営業秘密が顧客への訴求力を有していることは、被告会社及び被告Y1が、その利用についてハイブリッド競馬新聞の売上の75%のデータ使用料を支払っていたことからも裏付けられる。
(被告らの主張)
(1)利益隠蔽に係る共同不法行為による損害について
ア ハイブリッド競馬新聞
 ハイブリッド競馬新聞の平成31年1月から令和元年8月までの8か月間の売上(経費差引前の合計額)4600万8372円(甲15の2)の消費税(税率8%)抜き後の金額は4260万0344円(=4600万8372円÷1.08)であり、経費234万1875円(甲15の2)の消費税抜き額の金額は216万8402円(=234万1875円÷1.08)であるから、同期間中の売上から経費を控除した金額4043万1942円を8か月で除すると、1か月当たりの売上は505万3992円である。これを前提に原告主張の損害である利益分配相当額(売上の75%相当額)を計算すると、505万3992円×2×0.75=758万0988円となる。
イ マキシマム競馬新聞
(ア)マキシマム競馬新聞の作成発行は、単独で必要とされる経費自体がほとんどなく、1か月当たりの売上は19万9282円であり、これに基づき、原告主張の平成30年3月から令和元年10月までの損害である利益分配相当額(売上の70%相当額)を計算すると、278万9948円(=19万9282円×20×0.7)となる。
(2)不競法及び著作権法に基づく損害について
ア ハイブリッド競馬新聞
 令和元年度から令和5年度までのハイブリッド競馬新聞の各年度の売上に基づいて1か月当たりの限界利益(経費率約6%、限界利益率94%)を計算すると、次のとおりとなる。すなわち、令和元年度470万9751円、令和2年度222万9005円、令和3年度390万0989円、令和4年度360万1102円、令和5年度313万9945円である。
イ マキシマム競馬新聞
(ア)令和元年度から令和5年度までのマキシマム競馬新聞の各年の売上は、1か月当たりの金額は次のとおりである。すなわち、令和元年度19万9282円、令和2年度28万9448円、令和3年度22万5147円、令和4年度18万4542円、令和5年度16万2518円である。
(イ)一般的な特許等のライセンス契約におけるライセンス料率の相場は通常実施権3〜5%程度、専用実施権10%程度とされ(乙136、137)、裁判例で認容された実施料率の平均は3.8%である(乙138)。そうすると、被告らに営業秘密の使用があったとしても、実施料相当額は4%が妥当である。売上の70%を支払う本件分配契約も存在しない。よって、実施料率70%は相当でない。
(ウ)被告会社は、令和5年3月31日付けで地方競馬新聞作成・発行に係る部門の営業を譲渡したため、同年4月1日以降、被告会社に帰属すべき売上は事実上発生していない。
(3)損害賠償金の算出に係る消費税について
 知的財産権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟において認定される損害賠償金は、消費税法基本通達5−2−5の文言解釈及び実質論においても、消費税の課税対象となる「資産の譲渡等」の「対価」には当たらないと解すべきである。被告会社は、申告・納税している消費税相当額部分からは何らの利益も得ていない。また、消費税相当分は、本来的には権利者に帰属すべき損害に当たらないから、損害額の算定に当たっては、原則的には税抜き価格を基礎として算定すべきである。
(4)推定覆滅事由等(ハイブリッド競馬新聞)について
 被告らが使用していたデータは、JRAの公式データであり、原告の営業秘密ではないから、これが使用されたことにより原告に損害はなく、そもそも不競法5条2項の適用の前提を欠く。
 仮に、同項が適用されるとしても、競馬新聞のインターネット販売という同じ形態で、同一市場で競合品を取り扱う企業には、有料利用者数10万人、売上月額1億円を優に超え、ほぼ市場を独占しているような超巨大企業(netkeiba)が存在する。このような巨大企業が競馬新聞を含め各種情報を被告会社と同じ価格帯で提供する限り、仮に被告会社がハイブリッド競馬新聞を作成・販売しなかったとしても、その需要が原告の競馬新聞に向かうことはない。これは、被告会社が得た利益と原告が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情に該当するから、推定覆滅事由になる。
 被告Y1は、ハイブリッド競馬新聞を公開し平成20年5月には有料化した後も、利用者数や売上を増やすため、17冊もの単行本の出版、被告Y1が開発した「推定3ハロン」のデータおよびこれに基づく予想に関するサンケイスポーツにおけるコラムの連載、JRAや新聞社等主催のイベントへの出演、「推定3ハロン」を進化させた「純正3ハロン」の内容の公表等を通じ、ハイブリッド競馬新聞の差別化を図っていた。このような営業努力は、通常の範囲を超えた格別の営業努力と評価されるべきである(なお、原告を退職した後も、被告Y1は、令和5年7月以降、月刊誌に記事を連載し、令和6年4月には単行本を刊行するなどして、売上を確保している。乙94、124、125)。
6 争点5(本件分配契約及びその債務不履行の有無)について
(原告の主張)
(1)原告は、被告会社に対する予備的請求の原因として、次のとおり、本件分配契約の債務不履行を主張する。すなわち、仮に不正競争行為及び著作権侵害行為が認められない場合でも、前記4(原告の主張)のとおり、被告会社と原告との間には本件分配契約が存在するから、被告会社は、原告に対し、ハイブリッド競馬新聞の売上の75%を、マキシマム競馬新聞の売上の70%を、それぞれ毎月末日締め、翌日15日払いの約定で支払う義務がある。
 しかし、被告会社は、令和元年9月(マキシマム競馬新聞については平成30年3月)以降、同義務を全く履行していない。そこで、原告は、被告会社に対し、本件分配契約の不履行に基づく損害賠償として、次のとおり金員の支払を求める。
ア 令和2年3月31日までに弁済期が到来した分
(ア)ハイブリッド競馬新聞について 2456万2404円
 上記1か月当たりの売上額推計545万8312円の6か月分(令和元年9月から令和2年2月まで)は、3274万9872円であり、その75%は2456万2404円である。
(イ)マキシマム競馬新聞について 336万円
 上記1か月当たりの売上額推計20万円の24か月分(平成30年3月から令和2年2月まで)は、480万円であり、その70%は336万円である。
(ウ)小結
 以上の合計は2792万2404円(=(ア)+(イ))であるところ、最も遅い履行期は、令和2年2月分の令和2年3月15日である。同月31日までに発生した遅延損害金については、改正法附則17条3項の規定により改正前民法所定の年5分の利率となる。したがって、2792万2404円については、その全額に対し最も遅い履行期の翌日である令和2年3月16日から年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。
イ 令和2年4月1日以後に弁済期が到来した分
(ア)ハイブリッド競馬新聞について 1億6374万9360円
 上記1か月当たりの売上額推計545万8312円の40か月分(令和2年3月から令和5年6月まで)は、2億1833万2480円であり、その75%は、1億6374万9360円である。
(イ)マキシマム競馬新聞について 560万円
 上記1か月当たりの売上額推計20万円の40か月分(令和2年3月から令和5年6月まで)は、800万円であり、その70%は560万円である。
(ウ)小結
 以上の合計は1億6934万9360円(=(ア)+(イ))であるところ、最も遅い履行期は、令和5年6月分の同年7月15日である。令和2年3月分から令和5年6月分までの各履行期は、いずれも改正法の施行日である令和2年4月1日以降到来するから、遅延損害金に適用される法定利率は民法所定の年3分である。したがって、1億6934万9360円については、その全額に対し最も遅い履行期の翌日である令和5年7月16日から年3%の割合による遅延損害金を請求することができる。
(2)本件分配契約の法的性質等
ア 本件分配契約は、原告のノウハウ、データ、システム、従業員等の資源の使用の対価として収益の一定割合を支払う非典型契約である。実態に即すと、被告会社の業務は原告の業務の一部門として行われているから、収益は原告の収益であり、売上の25%は、原告から被告Y1に対する報酬である。
イ 会社である被告会社が売上の75%もの多額の金銭を原告に無償で贈与することは経済合理性がないから、本件分配契約は、贈与契約ではない。
ウ 本件分配契約において金銭を支払っているのは被告会社であるから、被告会社を受任者とする準委任契約であるということはできない。
(被告らの主張)
(1)原告は、原審において本件分配契約に基づく請求をしていないから、控訴審において同契約に基づく請求を追加することができないというべきである。
(2)仮に、請求の追加が許されたとしても、本件では、前記4(被告らの主張)のとおり、そもそも本件分配契約は成立していない。
(3)仮に、本件分配契約が成立したとしても、被告会社は、原告のシステム等を使用せずに独自にハイブリッド競馬新聞を発行する一方、原告が実質的に負担したのは月額数千円程度の電気代くらいであるから、売上の75%相当額を支払うのは、実態は贈与契約である。
 被告会社代理人は、原告に対し、令和元年10月28日到達の書面(甲4、乙131)により、今後一切支払に応じないことを通知し、前記贈与を撤回した(民法550条)。
(4)仮に、贈与契約でないとしても、本件分配契約を含むハイブリッド競馬新聞の発行に関しては、原告が委任者、被告会社を受任者とする有償準委任契約に類似した無名契約関係である。
 被告会社は、令和元年10月28到達の書面により、民法651条に基づき当該無名契約を解除した。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は、前記第2の1(2)及び(4)の原告の各請求(ア−1、ア−2、ウ−1及びウ−2)について、次のとおり判断する。
 ア−1については、被告らが、共謀の上、不正の利益を得る目的で原告の営業秘密である本件情報を使用した行為は不正競争行為(不競法2条1項7号)に該当するから、原告の被告らに対する本件情報を競馬レース情報の作成・販売に使用・開示すること等の差止請求(控訴の趣旨4項〔5項の請求を包摂する。〕)、本件情報に関するプログラム及びデータが記録された記録媒体からの当該プログラム及びデータの削除請求(控訴の趣旨7項)、本件情報3及び4に関するデータが記載された印刷物の廃棄請求(控訴の趣旨8項)の限度で理由があり、また、
 ア−2については、本件プログラムは、原告の著作物ではあるが、創作性が認め難いから、原告の被告らに対する著作権法に基づく本件プログラムを競馬レース情報の作成・販売に使用・開示すること及び本件プログラムの複製・翻案の差止請求等(控訴の趣旨2項、3項、5項〔本件プログラムに係る部分〕)、著作権法に基づく本件プログラムの記録媒体からの削除請求(控訴の趣旨6項)は理由がなく、
 ウ−1については、被告らの共同不法行為による損害賠償請求及び不競法に基づく損害賠償請求(被告会社に対する主位的請求)(控訴の趣旨9項、当審における請求拡張・追加部分)は、1億5039万9456円並びにこれに対する年ごとの各内金に対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり、著作権法に基づく損害賠償請求は理由がなく、
 ウ−2については、被告会社の債務不履行による損害賠償請求(控訴の趣旨10項、当審における請求追加部分)は、ウ−1を超える認容額は認められないから理由がない。
 よって、原告の各請求は、前記の限度で認容し、その余の請求を棄却すべきものである。
 その理由は、以下のとおりである。
2 争点1(不競法違反)及び争点3(利益分配に係る共同不法行為)
 2−1争点1−1(本件情報は営業秘密〔不競法2条6項〕に当たるか)について
(1)前提事実(原判決を前記のとおり補正し引用した後のもの。以下同じ。)に加え、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
ア 本件情報1(IDM指数作成プログラム〔本件プログラム〕及び指数作成手法)及び本件情報3(IDM構成要素データ)
(ア)IDM指数作成プログラム(本件プログラム)及び指数作成手法は、●●●●から構成される。IDM指数作成の工程においては、●●●●(以上、(a))。競馬レースの結果に影響を与えるであろう様々な要素の中から考慮要素となるべき項目を選択し、その点数化を行った内容は、原告の考案によるものである。その後、●●●●(以上、(b))。この計算式も原告の考案によるものである。(以上につき、前提事実(4)、甲7、26、52、74、75、112、原審証人B)
(イ)そして、前記各構成のうちの●●●●(甲75、76、129〜133)。
 また、前記各構成のうちの●●●●(甲7、26、52、62)。計算式の概要は、●●●●(甲75、「各種プロググラムの説明C」参照)。
(ウ)以上のとおり、原告は、本件情報1及び3を使用して、@各レース結果から考慮要素を抽出し、その中身を数値化した点数を計算要素として、独自のロジックとデータとプログラムに基づき、競走馬及びレースごとに、勝ち馬予測計算による総合得点を算出している(IDM結果値。レース結果の数値化)。次に、A開催されるレースに出走する競走馬について、過去直近のレースのうち、開催されるレースの走行条件(馬場、距離など)に類似するデータIDMを抽出し、これを前提に、さらに独自に選定したIDM構成要素について、レースの条件を勘案した補正を2回行い、最終的には、予想者個人の能力により予想値となる数値を決定して順位を付け、IDM指数として読者に提示している(IDM予想値。レース予想)。このようにIDM予想値の決定は、過去の出走レースのIDM結果値の総合得点を参考に、予想者の経験により設定されるのであって、IDM予想値の作成にはIDM計算式は用いない。(甲26、原審原告代表者本人尋問の結果、弁論の全趣旨)
イ 本件情報2(デジタル競馬新聞作成システムプログラム)
 デジタル競馬新聞作成システムプログラム(甲7、52)は、●●●●(甲126、134、135、139〜141)である。
ウ 原告においては、競馬レースの結果を従業員全員で入力するため、本件情報1〜3等を含むプログラムやデータベースから成る原告のシステムについては、従業員全員がアクセスすることができるようになっているが、原告の競馬新聞や競馬データサービスの根幹をなすため社外秘となっている。また、これらは、原告社内のコンピュータ及びサーバー並びにクラウドに格納され、@社内ID及びパスワードを入力しないとアクセスすることができず、A退職者がいる場合には、一斉にパスワードが変更されている。(甲83、原審証人B)
エ 本件情報の作成経緯等
 従前、Aは、株式会社競馬サイエンスを経営して紙媒体による競馬新聞を発行し、レース結果の予想を数値で表示していたが、Aが命令し、従業員のCやFが担当して、「IDM結果指数作成プログラム」及び「デジタル競馬新聞作成プログラム」が開発された。平成10年6月には原告が設立され、原告は、IDM指数を掲載したインターネットによる競馬新聞を発行するようになった。(甲83、原審証人B、原審原告代表者本人尋問の結果、弁論の全趣旨)
 また、原告は、特定の勝敗要素を重視する競馬ファンのニーズに応えるため、重視する勝敗要素を違えてIDM予想値に修正を加えた複数の勝利予想指数を作成しており、これを他社の新聞・雑誌に提供したり、従業員が形式的に設立した会社において別の新聞を発行したりする方法により発表してきた。そして、従業員が形式的に会社を設立する場合、これらの会社は、売上の70%を原告に支払うこと等を条件に、原告のデータやノウハウの使用が認められたが、作業自体は、原告の社内で原告の従業員により行われており、例えば、原告の従業員が平成14年8月に設立した有限会社ゲットラックは、「競馬チェック」「ストライド競馬新聞」を発行し、原告の従業員が平成15年3月に設立した有限会社データボックスは、競馬予想関連システムの受注業務を行ってきた。(甲3、82)
 平成17年1月、Aは、より低額な料金によるインターネット競馬新聞の発刊を計画するようになり、原告の従業員であるC、B、Gがプログラムを作成して、同年10月22日、ハイブリッド競馬新聞の発刊を無料で開始した。被告Y1は、同年1月から原告に出入りし、同年4月に原告に入社していたが、平成18年2月20日、被告Y1を代表者とする被告会社が設立され、被告会社において、ハイブリッド競馬新聞を発行するようになった。被告会社の資本金は、被告Y1が親族から調達して出資したが、被告会社設立後も、被告Y1は原告の従業員として給与の支払を受けており、ハイブリッド競馬新聞の発行作業自体は、被告Y1を含む原告の従業員らが、原告の社内で原告の設備を利用して行っていた。また、平成19年3月頃には被告Y2が原告に入社した。そして、平成20年5月のハイブリッド競馬新聞の有料化に伴い、被告会社は、売上の70%を原告に支払うようになり、同年11月以降は売上の75%を原告に支払うようになった。なお、原告は、地方競馬新聞を作成発行したことがないが、被告会社は、平成29年10月以降、地方競馬に係るマキシマム競馬新聞を作成発行(平成30年2月から有料化)するようになった。(甲25、26、82、83、乙7)
(2)以上の認定事実によれば、本件情報1(IDM指数作成プログラム〔本件プログラム〕及び指数作成手法)及び本件情報3(IDM構成要素データ)は、レース結果における考慮要素に係るデータを数値化した点数を計算要素とし、原告独自のロジックとデータとプログラムに基づき競走馬及びレースごとの総合得点を算出して数値化し、これを前提に、開催されるレースの条件も勘案した補正等を加えて予想値となる数値をIDM指数(IDM結果値)として算出するものであり、これに基づき、原告独自のレース予想値として、IDM予想値を原告が発行するインターネットによる競馬新聞に掲載しているのであるから、本件情報1及び3は、「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(不競法2条6項、有用性)に該当する。また、本件情報1及び3は、「社外秘」とされて原告社内のコンピュータ等に格納され、業務の必要から従業員全員がアクセスすることができるが、社内ID及びパスワードの入力を必要とし、退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されるのであるから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報1及び3は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
 また、本件情報2は、原告の発行するインターネットによる競馬新聞を作成するためのプログラムであるから、本件情報2は「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(不競法2条6項、有用性)に該当し、本件情報1及び3と同様の情報管理がされているから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報2は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
 また、本件情報4(顧客管理名簿)は、形式的には被告会社に帰属する情報であるが、前記認定したところに照らせば、被告会社は実質的には原告の一事業部門であったというべきであり、その性質に照らし、本件情報1から3までと同様の情報管理がされていたことが推認されるから、原告の営業秘密に該当するものというべきである。
 したがって、本件情報は、原告の営業秘密に該当する。
(3)被告らの主張について
ア 被告らは、本件情報1は、サポート等のないOSのWindowsXPやAccess97を使用している上、本件情報1及び3は、単なるデータと個人の経験に基づくものであるから、有用性はないなどと主張する。しかしながら、前記のとおり、本件情報1及び3は、原告独自のロジック等に基づいて競走馬の総合得点を算出し、開催レースの条件も勘案した補正等を加えてIDM予想値を提供する前提となるIDM結果値を算出するためのプログラム等である。IDM予想値自体は、予想者の経験に基づくものだとしても、その基礎となるIDM結果値は、原告が独自に考案した考慮要素及び数値化の内容並びにこれを実行するプログラム(本件情報1)によって算出されるのであるから、本件情報1の有用性はあるというべきであり、使用されるOS等のサポート期間が切れていることは、有用性を否定する理由にはならないというべきである。よって、被告らの主張を採用することはできない。
イ 被告らは、競馬新聞の作成に利用する公式データは、JRAのものであり、原告の営業秘密ではないと主張する。しかしながら、原告は、本件情報1及び3により、公式データからIDM指数作成のために必要となる考慮要素に応じたデータ等を抽出し、IDM結果値を作成するのであるから、公式データそれ自体は原告の営業秘密とはいえないとしても、IDM構成要素となるデータとして項目毎に整理された後のデータは、単なる公式データということはできないというべきである。よって、被告らの主張を採用することはできない。
ウ 被告らは、原告においては、平成11年発行の書籍(乙140)及び平成17年初版の書籍(乙142)でIDM指数及びIDM構成要素データに係る情報(計算イメージを含む。)を公開し説明しており、公式データに基づき同程度のシステム構築や競馬新聞の作成は容易に可能であるから、本件情報1及び3は非公然性を欠くと主張する。
 これについて、原告は、時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下の申立てをする(民事訴訟法157条1項)。しかし被告らの前記主張は、その内容に照らし、訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、原告の申立てを却下することとし、以下、これについて判断する。
 すなわち、被告らの提出する証拠(乙140、142)には、計算式である「IDM=○A中心値(60芝、55D)+(基準タイム−走破タイム)×距離指数+斤量補正(馬齢戦、別定戦、ハンデ戦)+○B馬場補正+○C不利+コース取り+脚色の補正+○Dペース補正」を含め、指数作成手法や各考慮要素等が記載されているものの、全て開示するものではなく、IDM構成要素の数値の計算方法を開示するものでもない。したがって、これらの証拠の記載から前記(1)アに掲記するものと同程度のシステム構築をすることができるものとはいえず、本件情報1及び3の非公然性は否定されないというべきである。よって、被告らの主張を採用することはできない。
エ 被告らは、公式データを取得し、汎用性のある市販のソフトを使用すれば競馬新聞を容易に作成することができるから、本件情報2は有用性も非公然性もないと主張する。しかしながら、本件情報2は、前記(1)イのとおり、原告のシステムにおいて社外秘とされ、原告の発行するインターネットによる競馬新聞を作成するためのプログラムであるから、その有用性や非公然性が否定されるものとはいえない。よって、被告らの主張を採用することはできない。
(4)以上により、本件情報は、原告の営業秘密に該当するものと認めるのが相当である。
2−2 争点1−2(被告らは、本件情報を不正の手段により取得等し〔不競法2条1項4号〕、又は図利加害目的で使用した〔同項7号〕か)、争点3(被告らに利益分配に係る共同不法行為があったか)について
(1)前提事実及び前記認定事実に加え、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
ア 前記2−1(1)エのとおり、原告は、従業員が開発した本件情報1(IDM指数作成プログラム及び指数作成手法)、本件情報2(デジタル競馬新聞作成システムプログラム)及び本件情報3(IDM構成要素データ)などのプログラムやデータからなる原告のシステムを使用して、平成10年6月の設立以降、IDM指数を掲載したインターネットによる競馬新聞を発行してきた。また、原告は、平成14年、平成15年には、原告の従業員が形式的に会社を設立することを認め、売上の70%を原告に支払うこと等を条件に原告のデータやノウハウを使用することを認めてきた。そして、原告は、平成17年、原告の従業員が開発したプログラム等を使用してハイブリッド競馬新聞を作成発行するようになった。平成18年2月20日には、被告Y1を代表者とする被告会社が設立されハイブリッド競馬新聞を作成発行するようになった後も、ハイブリッド競馬新聞の発行作業は、原告の社内で、原告の設備を利用して行われていた。平成20年5月には、ハイブリッド競馬新聞が有料化され、被告会社は、売上の70〜75%を原告に支払うようになった。なお、原告は、地方競馬新聞を作成発行したことがないが、被告会社は、平成29年10月以降、地方競馬に係るマキシマム競馬新聞を作成発行(平成30年2月から有料化)するようになった。(甲3、25、26、82、83)
イ 原告のシステムと被告会社のシステムとの関係
(ア)原告のシステムのデータベース●●●●が多数存在しており(甲88、90〜94)、原告のデータが参照されるなどしていた。
 また、原告のシステムの関数中には、例えば、ハイブリッド競馬新聞を作成するための関数である●●●●が存在しており(甲89、96)、その他にも、例えば、原告のインターネットによる競馬新聞を作成するためのマクロのプログラム指令である(省略)。
 さらに、原告のインターネットによる競馬新聞を作成するためのマクロのプログラム指令である●●●●(甲97)等においても、@原告の競馬新聞作成指令の途中に、Aハイブリッド競馬新聞作成指令が組み込まれ、WEBDB中の原告のデータが参照使用されるなどしている(甲97〜105)。これらの事実は、被告会社のハイブリッド競馬新聞の発行作業が、原告のシステムを利用する形で行われていたことを裏付けるものである。
(イ)他方、地方競馬に関しては、同様の事実を認めるに足りる証拠はない(甲52の「8.IDM指数計算式比較資料」名のフォルダ下の「新聞作成プログラム」フォルダ下の「A地方競馬馬柱作成」フォルダ中にも、原告のシステムのデータベースやプログラムにおいて、被告会社のマキシマム競馬新聞の作成に用いられるデータが存在したり、プログラムが組み込まれたりしていることをうかがわせるような記載は見当たらない。)。
ウ 被告会社は、平成24年3月頃、被告会社のパソコンのOSをWindows7に更新した際、プログラム言語をJAVAから被告Y2の使い易いC#言語に変更した(弁論の全趣旨)。被告会社は、その後も、C#言語に変更されたプログラムを用いて、ハイブリッド競馬新聞の作成発行を続けた。
 なお、原告においても、平成30年3月頃から、Azure上にシステムを構築しデータベースを移行することが検討されるようになり、従業員のB、C、D及び被告Y2等において、SQLサーバーの使用について検討が重ねられ、令和元年5月には、VANデータを格納するテーブルがSQLサーバーに作られた。しかし、原告が従前利用してきたAccess97にはSQLサーバーと接続する機能がなく、Access97のVANデータや、参照用の多様なデータテーブルをSQLサーバーにアップロードすることは著しく困難であったため、結局、運用には至らなかった。原告は、現在も、データベースについては、Access97の使用を継続している。(乙41〜52)
エ 原告は、令和元年6月、被告会社の経費が高額となっていたことから、経費の水増しを疑い、Eにおいて、同月6日、被告Y1と喫茶店で面談した。Eが、被告Y1に対し、被告会社の売上及び経費についての説明や、通帳の写し等の関係資料の開示を求めたところ、被告Y1は、マキシマム競馬新聞の売上を原告への支払に関して計上していないことや、被告会社の預金口座を新たに複数開設していることを認めた。このため、Eは、通帳を開示するよう求めたが、被告Y1は、これに応じなかった。同月17日にEと被告Y1の面談が再度実施された後は、被告Y3が本件に関して原告に連絡したり、同月18日に被告Y3が被告Y1とともにAと面談したりするなど、被告Y3が介入するようになり、Aに対し、被告Y1の仕事を引き受けると述べるなどした。(甲26、77、82)
 なお、被告Y3は、平成26年2月に設立された株式会社TDSの代表取締役であり、被告Y2は同社の取締役に、被告Y1は同社の監査役に、それぞれ就任している(甲21)。被告Y3は、「y」のペンネームで競馬に関する記事や書籍を執筆しており(甲18)、同社は、有償で競馬に関する情報を提供している(甲19、20)。同社の本店所在地は、本件訴訟における被告Y2の肩書住所と同じである(甲21)。
オ 被告Y2は、令和元年7月17日、「古いAccess97のデータをAzure上のSQLserverに持って行きたい」として「レコード数少なければExcel経由でも無理やり出来ますが…20万レコードだと、それ無理。」(甲113)などと方法を模索し、結局「.net」を使い、DatasetでAccessとSQLserverの「アダプタを作成」し「GetDataで全レコードを取得してfoaeachでひたすら回」せば「1万レコード5分位のペースでアップされて中。」(甲113)であるとして、Access97の大量のデータをSQLserverに複製した。被告会社は、複製されたデータベースを利用し、ハイブリッド競馬新聞等の発行作業を続けた。
カ 被告Y1と被告Y2は、本件パソコン等を使用して、被告会社の提供するハイブリッド競馬新聞及びマキシマム競馬新聞の発行業務等に従事していたが、令和元年10月27日深夜から同月28日未明までに、原告の社内から本件パソコン等や私物を搬出し、同年11月11日頃、原告を退職した(前提事実(5))。
キ 被告会社は、令和元年11月1日以降も、インターネットによる競馬新聞として、中央競馬に関するハイブリッド指数を掲載したハイブリッド競馬新聞及び地方競馬に関するマキシマム競馬新聞の発行を継続している。
ク 原告の発行するインターネットによる競馬新聞と、被告会社の発行するハイブリッド競馬新聞は、いずれも競走馬ごと及びレースごとに1走前から4走前までのデータ(概ね、開催レースの1年以内程度のものと認められる。甲69〜73、乙33、34)が参照されている。
 そして、原告の発行するインターネットによる競馬新聞におけるIDM指数、被告会社の発行するハイブリッド競馬新聞におけるハイブリッド指数と他社の指数とを比較した結果によれば、令和元年11月3日[東京](甲69)、令和2年6月28日[阪神](甲70)、同年12月27日[中山](甲71)、令和3年1月5日[中山](甲72)、同年6月27日[札幌](甲73)におけるIDM指数とハイブリッド指数とは、いずれの時点においても、強い類似性・相関性があり、他社の指数とは異なる傾向を示していることが認められる。
 また、原告の発行するインターネットによる競馬新聞におけるIDM指数と、被告会社の発行するハイブリッド競馬新聞におけるハイブリッド指数とを、令和3年12月26日[中山]、同月28日[中山]及び令和4年2月20日[東京](乙33、34)について比較しても、大きく乖離するものということは困難である。被告会社のハイブリッド指数が、その後、原告のIDM指数と明らかに異なる傾向を示すようになったことを窺わせるに足りる主張立証はない。
(2)以上の認定事実によれば、原告は、従前から、原告の従業員が形式的に会社を設立することを認め、売上の70%を原告に支払うこと等を条件に原告のデータやノウハウその他原告の物的・人的設備を使用することを認めていたのであり、平成18年2月に被告Y1を代表者として設立された被告会社におけるハイブリッド競馬新聞の発行も、その実体は原告の従業員が従前と同様の方法でハイブリッド競馬新聞の発行を継続していたにすぎない。そして、平成20年5月にハイブリッド競馬新聞が有料化された後は、被告会社から、原告に対し、約10年余の長期にわたり、その売上の70〜75%が原告に支払われていたことがそれぞれ認められるから、原告と被告会社間においては、売上の70〜75%相当額を支払うことを条件として、原告のシステムであるプログラムやデータを含む原告の物的・人的設備を使用することを認める旨の黙示の合意による本件分配契約があったものと推認される。
 また、認定事実によれば、ハイブリッド競馬新聞の作成には原告のシステムが使用されていたものであり、平成24年3月頃には、被告会社のシステムのプログラム言語が変更されたものの、ハイブリッド競馬新聞の作成は引き続き原告の社内で原告のシステムを使用して行われていたこと、被告Y1及び被告Y2が原告を退社した後の令和元年11月以降も、原告の発行するインターネットによる競馬新聞におけるIDM指数と、被告会社の発行するハイブリッド競馬新聞におけるハイブリッド指数とは類似性・相関性があることが認められる(甲69〜73)。これらの経緯に照らすと、令和元年11月以降、令和6年8月末までの間においても、被告会社のハイブリッド競馬新聞は、原告の営業秘密であるIDM指数作成のための具体的な考慮要素及びその数値化並びにその計算を実行するためのプログラムを利用して発行されていたことが推認されるというべきである。
 しかるところ、被告Y1及び被告Y2の退社に至る経緯等をみると、令和元年6月頃、被告会社の経費が高額になったことを不審に感じたEが被告Y1と面談し、通帳の写し等の関係資料の開示を求めても、被告Y1はこれに応じず、程なくして、被告Y3が、原告と被告Y1との面談に出席するようになったり、被告Y2が、同年7月頃、原告のAccess97の大量のデータを被告会社の用いるAzure上のSQLserverに複製したりする中、被告Y1と被告Y2は、同年10月27日深夜から同月28日未明には、本件パソコン等や私物を原告の社内から搬出して、同年11月11日頃原告を退職するに至ったこと、被告会社は、その後もハイブリッド競馬新聞の発行を継続し利益を得ていることが認められる。なお、被告Y3は、自らも「y」の名前で競馬情報を有償で提供するなどしており、遅くとも株式会社TDSを設立した平成26年2月の時点では被告Y1と被告Y2を同社の役員に就任させ、被告Y2の住所を同社の本店所在地とするような関係にあったのであるから、令和元年6月頃の前記面談の数年前から被告Y1及び被告Y2とは密接な関係にあり、両名の原告からの退社及び独立についても関与していたことが強く推認されるというべきである。
 これらの事実を総合すると、被告らにおいては、共謀の上、被告Y1及び被告Y2の原告からの退職前においては、財産を隠匿するなどして同年9月及び10月における被告会社の原告に対するハイブリッド競馬新聞の売上の75%相当額の支払を免れさせ(民法709条、719条)、また、原告からの退職後においては、同年11月以降もハイブリッド競馬新聞の発行を継続することにより不正の利益を得る目的又は原告に損害を加える目的で原告の営業秘密を使用した(不競法2条1項7号)ものと認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
 他方、前記(1)ア、イ(イ)のとおり、被告会社は、平成29年10月以降、地方競馬に係るマキシマム競馬新聞を作成発行(平成30年2月から有料化)しているが、原告は地方競馬に係る競馬新聞を作成発行したことはない。原告のシステムにおいて、マキシマム競馬新聞の作成に用いられるデータが存在したり、プログラムが組み込まれたりするなど、被告会社がマキシマム競馬新聞の作成において原告のシステムを使用していたことを窺わせるような証拠も提出されていない。ただし、令和元年10月以前においては、マキシマム競馬新聞の発行は、原告の社内の設備を利用して行われていたのであるから、被告会社は、原告に対し、本件分配契約に基づき、少なくともその売上の70%相当額を支払う義務があり、これを履行しなかったことによる損害賠償責任を免れないというべきである。しかし、同年11月以降は、被告会社において、本件情報等を利用してマキシマム競馬新聞を作成していたことを認めるに足りる証拠がない以上、不競法違反行為があると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、マキシマム競馬新聞の作成に関し、原告の不競法に基づく請求は認められない。
(3)被告らの主張について
ア 被告らは、被告会社においては、データの一部を「hb」の名称を付して原告の「WEBDB」に保存し使用していたが、同データも公式データに基づくものであったこと、原告の指摘するプログラム(甲95等)は、ハイブリッド競馬新聞の作成に必要な被告会社のデータを検索抽出し、「WEBDB」内のテーブルに集約してセットするだけの指令であることから、ハイブリッド競馬新聞の作成について被告会社が原告のシステムに依拠していたことはないと主張する。しかしながら、前記認定のとおり、元々、ハイブリッド競馬新聞は、原告のシステムに依拠し、原告の従業員が作成したプログラムを使用して作成発行が開始され、被告会社が設立された後も、平成24年におけるプログラム言語の変更の前後を通じて、原告のシステムを引き続き利用しながら作成発行されてきたものと認められるから、被告らの主張を採用することはできない。
イ 被告らは、被告会社においては、平成25年以降、C#言語に変更してハイブリッド競馬新聞のプログラムを作成したから、同プログラムは被告会社に帰属すると主張する。しかしながら、平成24年3月のC#言語への変更を含め、令和元年10月までの間、被告会社のハイブリッド競馬新聞の作成に係る業務は、実質的には、原告の一事業部門の業務として、原告の社内において原告の従業員により行われたと認められるから、被告らの主張は前提を欠き、採用することはできない。
ウ 被告らは、被告Y2の令和元年7月の投稿(甲113)は、原告において、平成30年3月頃にAzureでシステムを構築し、SQLサーバーを使用することとしたことに基づき、被告Y2が同業務を遂行する際にしたものであるなどと主張する。しかし、被告Y2の投稿(甲113)は、他のシステム開発担当となり得る原告の従業員に向けたものではない上、前記(1)ウのとおり、原告におけるAzureでのシステム構築の試みは、原告が従前利用してきたAccess97のVANデータや、参照用の多様なデータテーブルをSQLサーバーにアップロードすることが著しく困難であったことなどから、結局、運用には至らなかったことが認められるから、前記証拠(甲113)を原告の業務に関するものと評価することはできず、被告らの主張を採用することはできない。
エ 被告らは、令和元年11月以降の被告会社のシステムが原告のシステムと異なるものであることを示す証拠として乙28の1〜3を提出する。しかしながら、被告らがハイブリッド指数の算出プログラムと主張する乙28の1は、ハイブリッド指数を算出する関数の手順・手法等について具体的な記載がされているものとは認められない。また、被告らがデータ作成プログラムと主張する乙28の2は、公式データの追加や、原告の開発したデータ「テン・上がり・ペース指数」の実施に係るものなどであり、被告会社のシステムのデータを作成するものと解することは困難である。そして、被告らが競馬新聞作成プログラムであると主張する乙28の3も、新聞レイアウトに必要なデータを出力するためのコードであり、新聞を作成するプログラム自体とはいい難い。これらの証拠は、被告会社のシステムが原告のシステムに依拠し、原告の営業秘密を利用していないことを示すに足りるものではないから、被告らの主張を採用することはできない。
オ 被告らは、原告の競馬新聞と被告会社のハイブリッド競馬新聞における公式データ以外の独自のデータ項目を比較しても、重複しておらず、被告会社は、原告のIDM構成要素データは使用していないなどと主張する。しかしながら、前記のとおり、被告会社は、令和元年10月までは、ハイブリッド競馬新聞の作成において原告のシステムを利用していたものと認められ、被告Y1及び被告Y2が原告を退職したことにより、使用される被告会社のシステムが変更されたものと認めることもできないこと、また、前記のとおり、令和元年11月以降も、IDM指数とハイブリッド指数との間には類似性・相関性があることが認められること、被告らが、本件口頭弁論終結時に至るまで、被告会社による具体的なハイブリッド指数作成手法を開示していないことなどからすると、被告らの主張を採用することはできないというべきである。
カ 被告らは、被告Y1には勝ち馬予想に関する知識やノウハウ等があったから、被告会社には原告との間で売上の75%という過大な利益分配の契約を締結すべき合理的理由はないなどと主張する。しかしながら、前記(1)アのとおり、原告は、従前から、原告の従業員が会社を設立し売上の70%を原告に支払うこと等を条件に原告のデータやノウハウを使用することを認めてきた経緯があること、ハイブリッド競馬新聞は、平成17年4月に被告Y1が入社する以前から原告において作成することが計画され、原告の従業員が開発したプログラム等を使用して同年10月から作成発行されるようになり、その後、被告会社が設立されて、ハイブリッド競馬新聞の作成発行を担当するようになり、平成20年5月に有料化された後は、令和元年9月頃までは、任意に売上の70〜75%を原告に支払ってきたことが認められる。被告Y1は、被告会社が平成18年2月に設立(甲2)された4か月後の同年6月に発行された書籍(乙1)においては、「JRDB入社後は、Aの英才教育の元、ひたすら現場修行(脚元担当)に励む日々」「取材では、馬見の天才・Eの下で馬見の勉強中」などと紹介されていたのであり、平成20年5月の時点でも、被告Y1がEやAから指導を受ける立場にあったという関係性に変わりはなかったはずである。これらの事実を踏まえると、被告会社が、ハイブリッド競馬新聞の作成に当たり、売上の75%(マキシマム競馬新聞については、売上の70%)を原告に支払うことを約したとしても、必ずしも不合理とはいえない。よって、被告らの主張を採用することはできない。
 被告らは、被告会社が原告に支払を継続してきたのは、AやEによる脅迫、恐喝によるなどとも主張する。しかしながら、被告らの主張する各機会にAやEが被告Y1を脅迫したことを認めるに足りる証拠はなく、被告らの同主張を採用することはできない。
(4)以上により、被告らにおいては、共謀の上、令和元年9月及び10月における被告会社の売上から原告への分配金の支払を免れさせたという利益隠蔽に係る共同不法行為をし、また、同年11月以降は、共謀の上、不正の利益を得る目的又は原告に損害を加える目的で原告の営業秘密(本件情報)を使用したという営業秘密の使用に係る不競法違反行為をしたものと認められる。
 よって、ハイブリッド競馬新聞に係る請求については、前記令和元年9月及び10月における利益隠蔽に係る共同不法行為に基づく請求のほか、不競法3条に基づき差止、廃棄及び損害賠償を求める原告の各請求は理由がある。他方、マキシマム競馬新聞に係る請求については、令和元年9月及び10月分の利益隠蔽に係る共同不法行為に基づく請求には理由があるが、マキシマム競馬新聞の作成発行につき、被告らに不競法3条違反行為があることを認めるに足りる的確な証拠がない以上、マキシマム競馬新聞に係る不競法に基づく原告の請求は理由がない。
3 争点2(著作権法違反)
 争点2−1(本件プログラムは原告の著作物として保護されるか)について本件プログラムは、前記2−1(1)ア、エのとおり、●●●●から構成され、原告がインターネットによる競馬新聞を作成するためのシステムとして原告の従業員により作成されたことが認められる。
 しかしながら、本件プログラムが、アイデアとは別に、プログラムの具体的記述において、指令の組合せを創作的に表現したものとして保護するに足りるものということができないことは、原判決の「事実及び理由」中、第4の3(1)(原判決18頁13行目から19頁13行目まで)に記載のとおりである。なお、原告は、本件プログラムにおいては、Excel及びAccess上の各計算を行うに当たり、抽出する項目の組合せ、抽出された項目の処理、計算方法等原告独自の発想に基づいているなどと主張するが、本件において、本件プログラムが、Excel及びAccessのマクロ計算を利用する指令の表現自体、指令の表現の組合せ、表現順序から成るプログラム全体の選択の幅において、ありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れているものとまで認めることはできない。
 よって、本件プログラムが原告の著作物として保護されるものということはできず、原告の被告らによる著作権侵害行為に基づく請求は、いずれも理由がない。
4 争点4(損害の発生及びその額)について
(1)以上によれば、被告らは、令和元年9月及び10月における利益隠蔽に係る共同不法行為、並びに、ハイブリッド競馬新聞に関し、同年11月以降の営業秘密の使用に係る不競法違反行為により、原告に生じた損害について賠償責任を負うことになるから、以下、相当因果関係のある損害について検討する。
(2)利益隠蔽に係る共同不法行為による損害
 ハイブリッド競馬新聞及びマキシマム競馬新聞の、令和元年9月及び10月の各売上高は、別表1の対応する期間の原告の主張のとおりであり、それぞれハイブリッド競馬新聞については@789万8773円(=388万7938円+401万0835円)、マキシマム競馬新聞についてはA44万2611円(=23万4125円+20万8486円)である。そして、被告会社が原告に支払うべき利益分配相当額は、ハイブリッド競馬新聞については売上高の75%相当額、マキシマム競馬新聞については売上高の70%相当額であるから、別表2「裁判所認定額」の上記期間に対応する「主位的請求」「認定額」欄記載のとおり、ハイブリッド競馬新聞については592万4080円(@×0.75)、マキシマム競馬新聞については30万9828円(A×0.70)であり、その合計は623万3908円となる。
(3)不競法違反行為による損害
ア 原告は、ハイブリッド競馬新聞について、不競法5条2項に基づく損害額を主張するところ、前提事実(6)のとおり、令和元年11月から12月までにおける売上(税込み)、令和2年から令和5年までにおける売上高、仮受け消費税、売上(税込み)、令和6年1月から8月までにおける売上(税込み)は、別表1の「ハイブリッド競馬新聞」における上記期間に対応する各項欄記載のとおりである(ただし、令和6年は、令和5年の売上(税込み)に基づく推計額である。)。
イ また、前提事実(6)のとおり、ハイブリッド競馬新聞について、経費率は売上の6%、限界利益率は売上の94%であるところ、原告は、売上(税込み)額に基づき損害額を算定すべきと主張する。
 この点、不競法5条2項は、不正競争により営業上の利益の侵害を受けた者が損害賠償請求をする場合に、侵害者が侵害行為により利益を受けているときは、その受けた利益の額を、損害の額と推定する旨規定している。
 その趣旨は、不正競争がなければ、被侵害者は侵害者が取得した利益と同様の利益を取得することができたはずであろうという点にあると考えられるから、同項の侵害者が侵害行為により受けた利益とは、侵害者に帰属すべき利益と解するのが自然である。そして、本件のように、侵害者が、事業として資産の譲渡等を行い、これによる売上を、消費税抜きの売上と仮受け消費税に分けて帳簿に計上する場合、仮受け消費税分は、侵害者が納税を予定する額として計上するものであって、国に帰属すべき消費税分であり、侵害者に帰属すべき利益には当たらないと解するのが相当である。
 したがって、原告の主張は採用することができず、売上(税抜き額)に基づき、受けた利益の額を算定することとする。
ウ これを前提に、まず、ハイブリッド競馬新聞について、不競法5条2項に基づく令和元年11月から令和6年8月までの被告会社の「利益」相当額は、限界利益率が94%であることを前提にすると、別表1の対応する期間の「売上高」欄記載の各金額に0.94を乗じた上、これを合計することになり、別表2の「裁判所認定額」の各期間に対応する「主位的請求」「限界利益」欄記載のとおりとなる(ただし、令和元年11月及び12月並びに令和6年1月から8月までの各税抜き額である売上は、推計値である売上(税込み)を110%で除した額である。)。
エ 被告らは、被告会社が使用したデータは公式データであり、原告の営業秘密ではないから、原告に損害はなく、不競法5条2項適用の前提がないなどと主張するが、前記のとおり、被告会社のシステムは、営業秘密である本件情報を含む原告のシステムを使用していたというべきであるから、被告らの主張を採用することはできない。
オ 進んで、推定覆滅事由について検討する。
 前記のとおり、原告のインターネットによる競馬新聞と被告会社のハイブリッド競馬新聞が、いずれも原告のシステムを使用して作成されていたこと、原告のIDM指数と被告会社のハイブリッド指数との間には類似性・相関性が認められることなどを考慮すると、原告の競馬新聞と被告会社のハイブリッド競馬新聞は競合関係にあるということができる。しかし、被告会社のハイブリッド競馬新聞は、原告の競馬新聞のデッドコピーではなく、両者は、それぞれ固有の独自データがあり(乙59、60)、毎日の新聞の公開時刻も同一ではない(乙21)上、被告Y1は、競馬情報の提供に当たり、「京大式」といった表示により京大出身者であることをセールスポイントの一つにしており(乙2、3、124から126まで)、被告会社のブログはライブドア・ブログの競馬部門ランキングで上位5位に入っているほか、そのXやインスタグラムにはフォロワーが多数いる(乙119、123)。これらの点に照らすと、被告会社には、原告にはないブランド的価値や集客力があったと考えられる。また、競馬情報の提供を行っている業者は、原告や被告会社以外にも多数存在しており(乙91)、被告会社のハイブリッド競馬新聞と同じ価格帯の利用料金プランを有するものとして、競馬情報サイトの最大手であるnetkeibaや、ウマニティがあること(乙91から93まで)が認められる。これらの点を考慮すると、被告らが不競法違反行為をしていなければ、本件で被告会社に帰属していた利益が、すべて原告に帰属していただろうと推定することはできない。その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、不競法5条2項の規定により認めることができる令和元年11月以降の被告らの行為と相当因果関係のある損害としては、被告会社の受けた前記「利益」の70%をもって相当と認める。
(4)以上により、原告の損害は、別表2の「裁判所認定額」の各期間に対応する「認定額」欄記載の各金員の合計1億3739万9456円となる。
 また、被告らの共同不法行為又は不競法違反行為と相当因果関係のある弁護士費用は、損害額合計の約1割相当額である1300万円と認めるのが相当である(認容額合計1億5039万9456円=1億3739万9456円+1300万円)
 そして、遅延損害金については、別表2の「裁判所認定額」の各期間に対応する「認定額」欄及び「弁護士費用」欄各記載の各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで「利率」欄記載の割合による遅延損害金を請求できることとなる。
 したがって、上記の限度で原告の損害賠償請求は理由がある。
5 争点5(本件分配契約及びその債務不履行の有無)について
 前記2−2のとおり、ハイブリッド競馬新聞については、原告と被告会社間において、原告のシステムを使用することを前提として被告会社が売上の70〜75%相当額の分配金を原告に支払う旨の本件分配契約があったと認められる。しかし、前記認定した事実によれば、もともと、被告会社は、実質的にみれば、原告の事業部門の一つとして設立され、独自の事務所や設備を持たず、原告の社内で原告の設備を利用してハイブリッド競馬新聞を発行していたことが認められる。また、被告会社の代表者となった被告Y1は、原告の従業員でもあり、EやAの指導を受け、原告の事務所で、ハイブリッド競馬新聞の作成業務に従事していたことが認められる。原告においては、被告会社以外にも、別の競馬新聞等を発行させるための別会社を、従業員に設立させ、その利益の7割を原告に入れることを条件に、原告のシステムや設備を利用させるなどしていたのであり(甲3、26)、本件分配契約も、同様の状況のもとで締結されたものである。そうすると、本件分配契約は、ハイブリッド競馬新聞の発行に当たり、原告の物的設備やシステム等を被告会社に利用させることを前提とした上で、原告が、実質的には自己の事務であるハイブリッド競馬新聞の発行業務を、原告の計算で被告会社に対し有償委託した委任類似の無名契約であるものと解されるから、前提となる事情が変更し、信頼関係が喪失したときは、当事者は、いつでも解約することができるというべきである。したがって、本件分配契約は、令和元年10月28日に原告に到達した通告書(乙130、131)において、被告会社の代理人弁護士が利益支払を拒絶する旨の通知をしたことにより、終了したと認めるのが相当である。結局のところ、当審において、原告の主位的請求の棄却部分に係る予備的請求につき理由があるものと認めることはできないから、予備的請求は、これを棄却すべきである。
6 当事者の主張に鑑み、本件訴訟記録を検討しても、前記認定判断を左右するに足りる事情は認められない。
第5 結論
 以上の次第で、原判決は一部相当でないから、これを変更することとし、原告の当審における請求は一部理由があるから、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水響
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 頼晋一


(別紙)当事者目録
控訴人(1審原告) 株式会社ジェイ・アール・デー・ビー
同訴訟代理人弁護士 森谷長功
同 池下利男
被控訴人(1審被告) 株式会社サイバーミリオン
被控訴人(1審被告) Y1
被控訴人(1審被告) Y2
被控訴人(1審被告) Y3
上記4名訴訟代理人弁護士 山下忠雄

(別紙)目録
1 IDM(IndexMemory)指数作成プログラム、及び指数作成手法(甲7、甲52)
 システム名称 指数作成プログラム
 対象ハードウェア Windowsパソコン
 OS Windows
 開発言語 VBA(Excel、Access)
 システム機能 指数入力、分析、計算、データベース
 開発者 株式会社ジェイ・アール・デー・ビー(原告)
2 デジタル競馬新聞作成システムプログラム(甲52)
 システム名称 デジタル競馬新聞作成システム
 対象ハードウェア Windowsパソコン、サーバー
 OS Windows、Unix(FreeBSD)
 開発言語 JAVA、PHP、C#、Javascript
 システム機能 新聞作成、番組メニュー
 開発者 株式会社ジェイ・アール・デー・ビー(原告)
3 IDM構成要素データ
 添付書類Aのとおり。(省略)
4 顧客管理名簿(甲12)
 データ名称 ちょコムハイブリッド顧客データ(chocom_hybrid_member)
 添付書類Bのとおり。(省略)
以上

別表1(当事者主張)
別表2(裁判所認定)
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