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【事件名】KDDIへの発信者情報開示命令異議申立事件 【年月日】令和7年1月28日 東京地裁 令和6年(ワ)第70271号 発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え (口頭弁論終結日 令和6年11月11日) 判決 原告 KDDI株式会社 同訴訟代理人弁護士 山本一生 被告 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 角地山宗行 主文 1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10082号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年5月23日にした決定を認可する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10082号発信者情報開示命令申立事件について、同裁判所が令和6年5月23日にした決定を取り消す。 2 被告の上記事件に係る申立てをいずれも却下する。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 被告は、電気通信事業を営む原告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙動画目録記載の動画(以下「本件動画」という。)を複製して作成した動画ファイル(以下「本件ファイル」という。)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態とした上で、本件ファイルを公衆からの求めに応じ自動的に送信したことによって、本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、原告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める申立てをしたところ、東京地方裁判所は同申立てを相当と認め、本件各発信者情報の開示を命じる旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。本件は、原告が、プロバイダ責任制限法14条1項に基づき、本件決定に対する異議の訴えを提起した事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 原告は、インターネット接続サービスを提供するプロバイダである。 被告は、アダルト動画の製作及び販売を行う有限会社である。 (2)ビットトレントの仕組み(乙9) ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。 イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする者は、インデックスサイトと呼ばれるインターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに係るトレントファイルをダウンロードする。端末にインストールしたクライアント用のソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。 上記の手順によってピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、ピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースをダウンロードする。 (3)株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)による調査(乙2ないし4、10ないし12、14ないし24) 本件調査会社は、別紙動画目録記載の各IPアドレス、各ポート番号及び各発信時刻を以下の方法により特定した。 ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件動画の作品名、品番、ファイル名等に基づいて、本件動画と同一であることが疑われるファイルのハッシュ値を探索し、当該ハッシュ値を監視対象とした。 イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である前記アのハッシュ値を有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求したところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス及びポート番号の情報のリストが返信された。 ウ 本件監視ソフトウェアは、トラッカーからピアの情報のリストが返信された後、各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答することを確認し、実際に、各ピアから本件ファイルの一部であるピースをダウンロードした。このとき、本件監視ソフトウェアは、ダウンロードされたファイルの送信元となったピアのIPアドレス及びポート番号、ダウンロードされたファイルのハッシュ値及びピースの情報並びにピアからピースの転送を受けた際のPIECE通信(各ピアが、自身が保有するピースの転送を求められた場合に、当該ピースを当該他のピアに転送する通信のこと)の開始時点のタイムスタンプを自動的にデータベースに記録するとともに、当該ピースをハードディスクに保存した(以下、本件調査会社の調査の際に行われたPIECE通信のことを「本件通信」という。)。 (4)本件調査会社がダウンロードした各ピースに係る再生試験(乙5) ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワークを介して本件ファイルをダウンロードし、本件ファイルの複製データから、本件通信の際にデータベースに記録されたピースの情報に基づいて、ダウンロードした各ピースに相当する部分を除くmdat(映像、音声等のデータそのものが格納されている部分)の情報を削除した上で、当該本件ファイルの複製データが再生可能であることを確認した(以下「本件再生試験」という。)。 イ 別紙動画目録記載の各発信時刻並びに各IPアドレス及び各ポート番号は、前記(3)イ記載のリストに記載され、かつ、本件再生試験において本件動画の一部を再生することができたピースのダウンロードに係る情報である。 (5)本件ファイルは本件動画を複製して作成されたものであること 本件ファイルは、本件動画を複製して作成されたものである(乙7、8)。 (6)本件各発信者情報の保有 原告は、本件各発信者情報を保有している。 3 争点 (1)特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点1) (2)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか(争点2) (3)本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か(争点3) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について (被告の主張) (1)被告に本件動画の著作権が帰属することについて ア 本件動画は、被告の従業員であったAi(以下「Ai」という。)が、被告の発意に基づき職務上作成したものである上、本件動画を収録したパッケージには、被告の商号や登録商標が記載されており、本件動画は被告の著作の名義の下に公表されたものといえる。そして、本件動画の作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めはない。 そうすると、被告は、著作権法15条1項に基づき本件動画の著作者となり、本件動画の著作権は被告に帰属する。 イ 仮に著作権法15条1項の適用がないとしても、本件動画は、映画の著作物に該当するところ、Aiは、本件動画の全体的形成に創作的に寄与した者であるから、同法16条1項により、本件動画の著作者といえる。また、被告は、同法2条1項10号の映画製作者に該当し、Aiは、被告に対し本件動画の製作に参加することを約束している。 そうすると、本件動画の著作権は、同法29条1項により、被告に帰属することになる。 ウ いずれにしても、本件動画の著作権は被告に帰属する。 (2)本件各氏名不詳者により被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたこと 本件各氏名不詳者は、別紙動画目録記載の各発信時刻までに、トラッカーに接続して、自己のIPアドレス等の情報を記録させた上で、ビットトレントネットワークを介して他のピアの要求に応じて、本件動画と同一性を有する本件ファイルをアップロードすることができる状態に置き、さらに、実際に動画として再生可能なファイルのアップロードをしている。 したがって、本件各氏名不詳者は、本件動画を送信可能化するとともに、自動公衆送信したといえるから、被告の公衆送信権(著作権法23条1項)を侵害したと認められる。 (3)本件通信が「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当すること ビットトレントは、ピアにおいて、不特定の他のピアからダウンロードの要求があれば、当該ピアに対して自動的にピースをアップロードするようなシステムとなっている。 そして、本件各氏名不詳者も、どこの誰かも分からないピアからのダウンロードの要求に応じて、ピースのアップロードを行っていることから、このようなアップロードに係る本件通信は「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」といえる。 したがって、本件通信は「特定電気通信」に当たる。 (4)違法性阻却事由の不存在 本件各氏名不詳者が本件ファイルを送信可能化及び自動公衆送信したことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。 (5)小括 以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかである(プロバイダ責任制限法5条1項1号)。 (原告の主張) (1)被告に本件動画の著作権が帰属することについて 否認ないし争う。 (2)本件各氏名不詳者により被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたかは明らかではないこと ア 本件調査会社による調査結果の信用性 本件調査会社による本件監視ソフトウェアを利用した調査は、極めて少ない台数のコンピュータについて、ビットトレントネットワークに接続せずに実施されたものにすぎない。 また、原告が本件各氏名不詳者に対して意見照会を行ったところ、対象の53件のうち、半数近くの26件に係る契約者が発信者でないと回答している。 さらに、本件再生試験に係る報告書(以下「再生試験報告書」という。)の一部においては、再生試験報告書記載の各日時と別紙動画目録記載の各発信時刻が相違しているものが存在する。具体的には、別紙動画目録の4、20、22、26、48、107、125、137、139、150、153及び181記載の各発信時刻については、再生試験報告書記載の各日時と1秒ないし4秒の相違が存在する。これらのうち、別紙動画目録の4、20、22、26、48、125、137、150及び181記載の通信に係る契約者からは明確に自らが発信者ではないと述べられているのであり、そうすると、再生試験報告書において確認された通信と本件通信の同一性は明らかでない。 以上によれば、本件調査会社による調査結果に信用性はないというべきである。 イ ピースの再生について 被告は、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有していた本件ファイルに係るピースは再生可能であったと主張するが、本件再生試験は、実際にダウンロードした各ピースに対して再生を試みる方法ではなく、ダウンロード元が明確でない「侵害動画」のMP4ファイル形式のデータのうち、ftyp(ファイルのタイプやバージョンの情報が記載されているボックス)、mооv(動画のメディア毎のサイズ、再生時間等のメタデータが格納されているボックス)及び当該ピースに相当する部分を残し、その余の情報を削除して、再生を試みる方法である。したがって、当該ピース以外も含まれている「侵害動画」を実験対象の元データとしている点並びにftyp及びmооvの情報を削除していない点において、当該ピースのみで再生が可能であることは何ら立証されていないといえる。 むしろ、本件各氏名不詳者からダウンロードしたとされるピースは、単体では再生できないことが明らかであるから、そのようなピース単体を送受信しても、本件動画に係る公衆送信権の侵害が明らかであるとは認められない。 また、仮に、上記のピースが単体で再生できたとしても、4秒程度の極めて短時間の再生しかできておらず、かつ、当該再生部分の映像はありふれたものであって創作性はないから、当該ピースが本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるものであるとはいえない。 ウ 小括 以上によれば、本件各氏名不詳者により被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたかは明らかではない。 (3)本件通信が「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当しないこと 本件通信は、あくまで、これを行ったピアと本件調査会社の管理する端末との二者間でのものにすぎず、「不特定の者によって受信されることを目的とする」通信とはいえないから、プロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に該当しない。 (4)小括 したがって、特定電気通信による情報の流通によって被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかであるとはいえない。 2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について (被告の主張) (1)送信可能化について 著作権法第2条1項9号の5イ又はロの送信可能化に該当する行為がされ、その後も自動公衆送信し得る状態が継続している以上、送信可能化に該当する行為が継続していると解するべきである。 そうすると、本件通信は送信可能化に係る通信といえる。 (2)自動公衆送信について 本件各氏名不詳者は、不特定のピアからのダウンロードの要求があれば自動的に当該ピアに対しアップロードを行っており、本件調査会社の管理する端末も、不特定のピアの一つであるといえることからすれば、本件通信は、「公衆によつて直接受信されることを目的とし」た通信の送信(著作権法2条1項7号の2)に係るものというべきである。 そうすると、本件通信は自動公衆送信に係る通信といえる。 (3)小括 いずれにしても、本件通信は権利侵害に係るものといえるから、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たる。 (原告の主張) (1)送信可能化について 被告は、著作権法2条1項9号の5イ又はロの送信可能化に該当する行為がされ、その後も自動公衆送信し得る状態が継続している以上は、送信可能化に該当する行為が継続していると解するべきと主張する。 しかしながら、同号の5は、送信可能化を同号の5イ又はロのいずれかの行為によって「自動公衆送信し得るようにすること」と定義しており、その文言上、特定の時点の行為のみを対象とし、継続的な行為を想定していないことは、明らかである。 そうすると、本件通信は送信可能化に係る通信とはいえない。 (2)自動公衆送信について 本件通信は、あくまで当該ピアと本件調査会社の管理する端末の二者間で行われる通信にすぎないから、「公衆によつて直接受信されることを目的とし」た通信の送信(著作権法2条1項7号の2)とはいえない。 そうすると、本件通信は自動公衆送信に係る通信とはいえない。 (3)小括 したがって、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たらない。 3 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)について (被告の主張) 被告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、原告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。 したがって、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)といえる。 (原告の主張) 本件各氏名不詳者による不法行為が認められるためには、本件各氏名不詳者の故意又は過失を要するところ、原告による意見照会において、「身に覚えがない」などといった回答がされていることからすると、本件各氏名不詳者が、意図せずに、誤作動などにより、本件ファイルのピースをダウンロードやアップロードしてしまった可能性も十分にあり得る。 それにもかかわらず、被告は、本件各氏名不詳者の故意又は過失を基礎づける事実について、何ら立証していないから、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)とはいえない。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について (1)被告に本件動画の著作権が帰属すること 証拠(乙1、13)及び弁論の全趣旨によれば、本件動画はアダルト動画であり、Aiがその撮影及び製作に関する決定を行ったことが認められる。そうすると、本件動画は、思想又は感情を創作的に表現した映画の著作物(著作権法2条1項1号、10条1項7号)であって、かつ、Aiは、本件動画の「全体的形成に創作的に寄与した者」(同法16条)に該当し、本件動画の著作者であるといえる。 また、上記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件動画の製作に発意及び責任を有する者、すなわち「映画製作者」(同法2条1項10号)であると認められ、Aiは、「映画製作者」である被告に対し、本件動画の「製作に参加することを約束している」ものと認められる。 したがって、本件動画の著作権は、著作権法29条1項により、被告に帰属する。 (2)特定電気通信である自動公衆送信に係る情報の流通によって被告の権利が侵害されたか否かについて ア 本件調査会社が「公衆」(著作権法2条1項7号の2)に該当すること 前提事実(2)、証拠(乙9)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントネットワークにおいて送受信されるファイルは、ハッシュ値によって特定され、当該ハッシュ値により特定されるファイルに係るトレントファイルと同じトレントファイルを持ったユーザー同士のみがネットワークを形成すると認められる。そして、当該ファイルに係るトレントファイルは、インターネット上で公開されている以上、不特定の者において利用することができるから、同じトレントファイルを共有している各ピアの管理者も、不特定の者となるのが通常である。 したがって、本件ファイルに係るトレントファイルをダウンロードしてビットトレントネットワークに参加した本件調査会社は、不特定の者として「公衆」(著作権法2条1項7号の2)に当たるといえる。 イ 本件動画が本件調査会社に対して「送信」(著作権法2条1項7号の2)されたといえること 前提事実(2)ないし(4)、証拠(乙9)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントネットワークを形成するピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送(アップロード)するように動作すると認められる。 そして、前提事実(3)のとおり、本件調査会社は、本件ファイルに対応するハッシュ値を監視対象とし、該当者の端末に割り当てられたIPアドレス及びポート番号を捕捉する本件監視ソフトウェアを稼働させて、本件各氏名不詳者との間でPIECE通信を行い、実際に、本件各氏名不詳者から各ピースのアップロードを受け、各ピースをハードディスクに保存したものであるところ、前提事実(4)のとおり、このような形でダウンロードされた各ピースは、本件再生試験において、動画を再生できることが確認されたものである。 また、本件再生試験の結果(乙5)及び弁論の全趣旨からすると、当該ピースを再生して表示される各動画は、それぞれ、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるものであると認められる。 これらのことからすると、本件調査会社に対して各ピースをアップロードした行為は、本件動画の「送信」(著作権法2条1項7号の2)に当たるといえる。 ウ 本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたこと 前記ア及びイによれば、ビットトレントネットワークを介して、本件各氏名不詳者が管理するピアが、公衆である本件調査会社の求めに応じて、本件ファイルの一部を構成するピースをアップロードすることにより、本件動画の一部が自動公衆送信された(著作権法2条1項9号の4)と認められる。 したがって、本件通信により本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたものと認められる。 エ 本件通信が「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当すること 前記アのとおり、トレントファイルは、インターネット上で公開されており、不特定の者において利用することができ、かつ、同じトレントファイルを共有している各ピアの管理者は、不特定の者となるのが通常であることからすれば、実際に行われた本件通信が本件調査会社と発信者との間のものであったとしても、本件調査会社は「不特定の者」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当するというべきである。 そうすると、本件通信は、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」である「特定電気通信」(同号)に該当すると認められる。 オ まとめ 以上によれば、特定電気通信である情報の流通によって、被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたと認められる。 (3)原告の主張について ア 原告は、@一部の再生試験報告書においては、再生試験報告書記載の各日時と別紙動画目録記載の各発信時刻との間に1秒から4秒の相違が存在しており、再生試験報告書において確認された通信と本件通信の同一性は明らかでないことなどからすると、本件調査会社による調査結果は信用できない、A本件再生試験は、本件各氏名不詳者の管理するピアからダウンロードしたとするピースを対象としたものではなく、かつ、ピース単体による再生を試みたものではないから、本件再生試験によって各ピースが再生可能であったことをもって、本件動画に係る被告の公衆送信権が侵害されたことが立証されたとはいえない、B仮に各ピースが再生可能であったとしても、再生された動画は、著作物としての表現上の本質的特徴を直接感得できるものではないから、本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)を侵害するものではないなどと主張する。 イ 前記ア@については、証拠(乙3、5)及び弁論の全趣旨によれば、別紙動画目録記載の各発信時刻は、本件監視ソフトウェアが本件各氏名不詳者からピースのダウンロードを開始した日時を、再生試験報告書記載の各日時は、本件監視ソフトウェアが上記ピースのダウンロードを完了した日時を意味するところ、一部の通信においては、両者の日時が最大4秒程度、相違していることが認められる。 しかしながら、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社が利用したハードディスクの読み書きの関係で、ダウンロードの開始から完了までの時間がかかる場合があることが認められ、そうだとすれば、再生試験報告書記載の各日時と別紙動画目録記載の各発信時刻に4秒程度の相違があったとしても、それだけで本件調査会社による調査結果の信用性が否定されることはないというべきである。 ウ 前記アAについては、証拠(乙21)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社は、本件ファイルの複製データと各ピアからダウンロードした各ピースとが同一データであることを確認した上で、本件再生試験を行っていると認められるから、本件再生試験の対象が本件各氏名不詳者が管理するピアからダウンロードした各ピースそれ自体ではないことをもって、当該ピースが再生可能であるとの帰結に疑いを生じさせるものではない。 また、ビットトレントネットワークは、ピア同士でピースを転送又は交換し合うことを通じて、最終的に当該特定のファイルを構成する全てのピースを取得し、当該特定のファイルの共有を実現するものであって、ピースを集積することにより、元のファイルに復元されて再生することが可能となるシステムの一環として、ピースの送受信が行われており、ピース単体を再生することは予定されていない。そうすると、当該ビットトレントネットワークに参加した各ピアから転送されたピースが当該ピース単体で再生が可能でなければならないことを前提とする原告の主張は、採用できないというべきである。 エ 前記アBについては、本件再生試験において再生が可能であったと認められるピースについては、本件動画を複製した本件ファイルの一部を構成していると認められ、かつ、前記(2)イで説示したとおり、それらを再生することによって表示される各動画は、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるものといえるから、当該ピースの送信をもって公衆送信権の侵害があったと認めることができる。 オ したがって、原告の前記ア@ないしBの主張はいずれも採用できないというべきである。 (4)違法性阻却事由の不存在 本件全証拠によっても、本件各氏名不詳者の行為について、違法性を阻却すべき事情はうかがわれないから、違法性阻却事由は存在しないと認めるのが相当である。 (5)小括 以上によれば、送信可能化について判断するまでもなく、特定電気通信による情報の流通によって、本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかであると認められる。 2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について 前記1で認定したとおり、本件各氏名不詳者の管理するピアによって保有されていたピースが、本件調査会社の管理する端末に送信され、本件調査会社は、本件監視ソフトウェアにより、上記ピアとのPIECE通信を開始した時点のタイムスタンプ、各ピアのIPアドレス等の情報を自動的にデータベースに記録して、同データベースの記録に基づいて、別紙動画目録記載の各発信時刻及び各IPアドレス等を特定したものである。 以上によれば、別紙動画目録記載の各発信時刻において同各IPアドレス等から把握される情報がプロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たることは明らかであるから、本件各発信者情報は、「当該権利侵害に係る発信者情報」に該当するものと認められる。 3 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)について (1)弁論の全趣旨によれば、被告は、本件各氏名不詳者に対し、本件動画に係る被告の著作権が侵害されたことを理由として、不法行為に基づく損害賠償請求をする予定であるものと認められ、その請求のためには、原告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要があるといえる。 したがって、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)と認められる。 (2)これに対し、原告は、被告は本件各氏名不詳者の故意又は過失を基礎づける事実について、何ら立証していないから、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」とはいえないと主張する。 しかしながら、プロバイダ責任制限法5条1項1号は、違法な権利侵害であることの明白性までは要求しているものの、故意又は過失を要件として規定していないこと、発信者が特定されていない段階で被告が発信者の主観的要件である故意又は過失の存在を主張立証するのは酷であるといえることからすると、発信者情報の開示を求める段階で、被告において発信者の故意又は過失を立証する必要まではないと解するのが相当である。 そうすると、本件各氏名不詳者に著作権侵害に関する故意又は過失があった否か不明であることは、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」ことを否定する事情とはいえないから、原告の上記の主張は採用できないというべきである。 第5 結論 よって、原告に本件各発信者情報の開示を命じた本件決定は相当であるから、これを認可することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 塚田久美子 裁判官 木村洋一 (別紙動画目録 省略) (別紙)発信者情報目録 別紙動画目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に原告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。 @氏名又は名称 A住所 B電子メールアドレス(ただし、動画目録3、48、125、131、137、149及び181に限る。) 以上 |
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