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【事件名】“のりこえネット”写真事件 【年月日】令和6年8月1日 東京地裁 令和5年(ワ)第70422号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年5月16日) 判決 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 被告は、別紙1の写真を使用し、公開し、又は公衆送信してはならない。 2 被告は、原告社団に対し、77万円及びこれに対する令和4年12月17日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告Aに対し、33万円及びこれに対する令和4年12月20日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。 6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 主文第1項同旨 2 被告は、原告社団に対し、219万4500円及びこれに対する令和4年12月17日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告Aに対し、192万5000円及びこれに対する令和4年12月20日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、原告らが、被告は、別紙2投稿動画目録のとおり、令和4年8月31日〜同年12月17日の間に、原告Aが撮影した別紙1の写真(以下「本件写真」という。)を利用して作成した別紙2投稿動画目録記載の各動画(以下、「本件動画1」などといい、一括して「本件各動画」という。)を動画共有プラットフォーム「YouTube」に投稿するなどしたことにより、原告社団の著作権及び原告Aの著作者人格権を侵害したと主張して、被告に対し、以下の請求をする事案である。 (1)原告社団の請求 ア 本件写真の著作権に基づき、本件写真の使用等の差止め(著作権法(以下「法」という。)112条1項)。 イ 著作権侵害の不法行為(民法709条(損害額につき、法114条3項))に基づき、219万4500円の損害賠償及びこれに対する最後の不法行為の日である令和4年12月17日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払。 (2)原告Aの請求 ア 本件写真に係る著作者人格権に基づき、本件写真の使用等の差止め。 イ 著作者人格権侵害の不法行為に基づき、192万5000円の損害賠償及びこれに対する最後の不法行為の日である令和4年12月20日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払。 2 前提事実(当事者間に争いがない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者等 原告社団は、YouTubeや出版等を通じて啓蒙活動等を行う権利能力なき社団である。C(以下「C」という)は、原告の諸事務を行う職員である。 原告Aは、カメラマンとして活動する者である。(甲4、14) 被告は、「D」名義で、自ら開設したYouTubeチャンネル「暇な空白チャンネル」(以下「被告チャンネル」という。)に自ら作成した動画を投稿している者である。 (2)本件写真 本件写真(別紙1のもの)は、一般社団法人Colabo(以下「Colabo」という。)の代表者であるE(以下「E」という。)の肖像を撮影した写真であり、写真の著作物(法10条1項8号)に当たる。 本件写真は、令和2年2月に原告Aが撮影したものであり、また、令和3年10月28日付け毎日新聞に掲載されたEに関する記事(甲11、乙11。以下「本件記事」という。)において利用された。 (3)被告による本件各動画の投稿等 ア 被告による本件写真の利用の概要 被告は、本件各動画を作成し、別紙2投稿動画目録記載のとおり、令和4年8月31日〜同年12月17日の間に、同目録記載の各タイトルを付して、これらを被告チャンネルに投稿した。被告は、本件各動画において、以下のとおり、本件写真を利用したが、原告らは、被告に対し、これを許諾していない。 イ サムネイルとしての利用 (ア)被告は、別紙2投稿動画目録記載のとおり、本件動画13及び31を除く本件各動画(同目録の「サムネイル」欄に「〇」の記載のあるもの)につき、本件記事から取得した本件写真をサムネイルとして利用した。その利用態様の詳細は、別紙3サムネイル目録の「顔部変更前」欄のとおりである。 すなわち、本件動画1〜3については、本件写真の上下左右を切り取る加工処理(トリミング)をすると共に、本件写真のうちEの肖像部分(以下「E肖像部分」という。)にモザイク処理がされ、また、イラストや文字等が付加されている。 本件動画4〜8については、文字等が付加されているほかは、上記のような処理はされていない。 本件動画9以下(ただし、本件動画13及び31を除く。)については、本件写真のうちEの顔部分を中心とするE肖像部分を残すようにトリミングした上、イラストや文字等が付加されている。なお、本件動画23〜30、32及び35については、そのような加工がされたことを直接的に裏付けるに足りる証拠はないものの、弁論の全趣旨によれば、これを認めることができる。 (イ)被告は、令和4年12月20日頃、別紙3サムネイル目録の「顔部変更後」欄のとおり、本件各動画(ただし、本件動画13及び31を除く。)のうち、本件動画33及び34を除く動画につき、それぞれが利用する本件写真のE肖像部分の顔部分に、人物の顔のイラスト(以下「本件イラスト」という。)を重ねる処理をした。 ウ 動画内での利用 被告は、別紙2投稿動画目録の「映像」欄に時間(「全編」を含む。)の記載のある動画(本件動画4〜17、19、21〜23、28〜31、34、35)につき、同欄記載の時間帯において、別紙4動画使用部分目録記載のとおり、本件写真を利用した。なお、上記各動画と別紙4動画使用部分目録の各利用態様との対応関係は、別紙2投稿動画目録の「別紙との対応関係」欄記載のとおりである。(甲10の1〜10の16、10の18〜10の20、10の22〜10の24、弁論の全趣旨) (4)本件訴えに至る経緯等 ア 原告社団は、同月19日頃、YouTubeに対し、本件動画33及び34につき、原告社団の著作権を侵害するとして、その公開停止の申立てをした。YouTubeは、同日頃、これらの公開を停止したが、令和5年1月4日、これらの公開を再開した。 イ 被告は、令和4年12月23日付け訴状により、上記申立てが違法であるとして、原告社団を被告とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した(東京地方裁判所令和4年(ワ)第70126号損害賠償請求事件。以下「前訴」という。)。しかし、裁判所は、令和5年8月24日、被告の請求をいずれも棄却した。(乙5) ウ 被告は、遅くとも令和6年3月20日までに、本件各動画のサムネイルに利用していた本件写真を本件イラストで覆うことにより本件写真(又はこれを加工した画像)を認識できないようにすると共に、映像に利用していた本件写真については、その表現上の本質的特徴を感得することができない程度にぼかしを掛けた。(甲16、弁論の全趣旨) 3 争点 (1)本件写真の著作権の帰属(争点1) (2)原告社団の著作権侵害の成否(争点2) ア 複製権及び公衆送信権侵害の有無(争点2−1) イ 引用の成否(争点2−2) (3)原告Aの著作者人格権侵害の成否(争点3) ア 氏名表示権侵害の有無(争点3−1) イ 同一性保持権侵害の有無(争点3−2) ウ 名誉又は声望を害する方法による利用行為該当性(争点3−3) (4)差止めの必要性の有無(争点4) (5)原告らの損害の有無及び額(争点5) 4 争点に対する当事者の主張 (1)本件写真の著作権の帰属(争点1) (原告社団の主張) 原告社団は、令和2年1月頃、原告Aに対してEの写真撮影を依頼し、同年2月17日、本件写真の納品を受け、これに対する対価7万円を支払ったことにより、本件写真の著作権の譲渡を受けた。したがって、原告社団が本件写真の著作権を有する。 原告社団は、本件写真を利用する際、原告Aからその都度利用許諾を得たり、利用料を支払ったりはしておらず、原告社団による本件写真の利用は原告Aの利用許諾に基づくものではない。 (被告の主張) 原告Aと原告社団は、本件写真の撮影に係る契約書を作成しておらず、著作権の譲渡に関する明示的な合意もしていない。原告社団と原告Aの契約については、本件写真につき、原告Aがデータを提供し、原告社団の公開する動画等における利用を許諾することを内容とするものと解することも可能である。原告Aも、7万円という「プロの仕事としては破格の値段」でEを含む3名の撮影を行ったところ、前訴においては、本件写真の「使用権」を原告社団に譲渡したとの認識である旨などを述べていたことを踏まえると、本件写真を含む写真の著作権を原告Aに留保したまま、原告社団による利用を許諾したにすぎないと考えられる。原告社団が本件写真の著作権を有する旨の主張及び原告A等の陳述は、前訴及び本件において原告社団を勝訴させるために、著作権譲渡の合意を仮装するものにすぎない。 したがって、原告社団は、本件写真の著作権を有しない。 (2)原告社団の著作権侵害の成否(争点2) (原告社団の主張) ア 複製権及び公衆送信権侵害の成立(争点2−1) 被告は、令和4年8月31日〜同年12月17日の間、別紙2投稿動画目録記載のとおり、原告社団が著作権を有する本件写真を本件各動画のサムネイルとして、又は動画中の映像として利用して本件各動画を作成し、YouTubeに投稿することにより、原告社団の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害した。 本件各動画中の本件写真にはモザイク処理やイラストを重ねる処理がされたものもあるが、これらをもってしても、本件写真の表現上の本質的特徴を感得することができることから、被告の行為は、なお原告の著作権を侵害するものである。 イ 引用の不成立(争点2−2) 本件各動画は、Colaboが不正に公金を取得しているなどとする被告の主張を内容とするものであり、その作成・公表につき、本件写真を引用する必要性はないから、引用の目的上正当な範囲内での引用とはいえない。また、本件各動画内では撮影者や引用元の明示がないから、公正な慣行に合致した利用であるとはいえず、引用された本件写真とサムネイルや動画との間に主従の関係もない。 したがって、本件各動画の投稿は引用の要件を充たさない。 (被告の主張) ア 複製権及び公衆送信権侵害の不成立(争点2−1) 被告は、本件各動画のうち本件動画1〜3については、別紙3サムネイル目録のとおり、本件写真のトリミングをすると共に、本件写真の表現上の本質的特徴であるE肖像部分の顔部分に、同人の顔とは判別できない程度のモザイク処理を施した上、本件写真の上部及び下部に文字列を重ね、さらに、本件動画1及び3については、左中央部に他の写真を重ねるという処理をしている。 また、被告は、別紙3サムネイル目録のとおり、本件動画13、31、33及び34を除く本件各動画につき、本件写真のE肖像部分の顔部分に本件イラストを重ねる処理をしている。加えて、本件動画9〜35(ただし、本件動画13、31、33及び34を除く。)のサムネイルについては、本件写真から切り出したE肖像部分の画像を利用しており、背景部分の画像は利用していない。 これらの加工処理により、本件各動画中の本件写真は、いずれもその内容及び形式を覚知できない画像となっており、本件写真を有形的に再製したものとはいえない。したがって、本件各動画の作成及び公開は、本件写真の複製権及び公衆送信権を侵害しない。 イ 引用の成立(争点2−2) YouTubeを含む動画サイトにおいては、批評等の表現行為を行う際、その主題に関連する画像をインターネットから取得して利用することが広く行われており、その利用が動画作成者及び閲覧者の双方にとって相当な範囲にとどまる限りで許容されるとの社会通念又は公正な慣行が存在する。 本件各動画は、E又はColaboに対する批判等を内容とするものであり、本件写真は、批判の対象であるEを被写体とする写真であるから、その利用は引用の目的上正当な範囲内で行われたものといえる。また、本件写真は、インターネット上で繰り返し利用されているものである。加えて、本件写真には、著作者・著作権者の表示や無断転載を禁じる旨の明示的な表示もなかった。これらの事情を踏まえると、被告による本件各動画での本件写真の利用は、公正な慣行の範囲を逸脱するものではない。 したがって、本件各動画における本件写真の利用は、適法な引用(法32条)に当たり、本件著作権を侵害するものではない。 (3)原告Aの著作者人格権侵害の成否(争点3) (原告Aの主張) ア 氏名表示権侵害(争点3−1) 被告は、本件写真を利用した本件各動画をYouTubeに投稿するに際し、著作者である原告Aの氏名を表示しなかった。したがって、本件各動画の作成・投稿は、原告Aの氏名表示権(法19条1項)を侵害する。 原告Aが原告社団に対して氏名表示権を行使していなかったとしても、これをもって、原告Aが被告との関係でも行使しないものとしたとはいえない。 イ 同一性保持権侵害(争点3−2) 被告は、本件各動画において、前提事実(3)イ及びウのとおり、モザイク処理やトリミング等の処理を施している。被告のこれらの行為は、本件写真につき原告Aが有する同一性保持権(法20条1項)を侵害する。 本件各動画中の本件写真は、上記変更等をもってしても、なおその表現上の本質的特徴を感得するに足るものである。 ウ 名誉又は声望を害する方法による利用(争点3−3) 原告Aは、被写体であるEの優しさや繊細さを引き出すための工夫を凝らして本件写真を撮影した。しかるに、被告は、別紙2投稿動画目録記載のとおり、本件各動画にEを誹謗中傷するタイトルを付してこれらをYouTubeに投稿した。被告によるこのような本件写真の利用は、著作者である原告Aの創作意図を著しく踏みにじり、原告Aの名誉・声望を損ねるものである。 したがって、被告の行為は、原告Aの著作者人格権を侵害するものとみなされる(法113条11項)。 (被告の主張) ア 氏名表示権侵害の不成立(争点3−1) 本件写真は、原告社団の作成する動画を含む様々な媒体において、撮影者(著作者)が誰であるかの表示のないままに利用されている。このような事情に鑑みると、原告Aは、このような利用を広く容認していたというべきである。また、原告Aは、少なくとも前訴の提起までは、自らが本件写真の著作者であることを明らかにしておらず、本件写真への著作者名の表示につき「別段の意思表示」(法19条2項)をしていない。 したがって、被告の行為につき、原告Aの氏名表示権の侵害は成立しない。 イ 同一性保持権侵害の不成立(争点3−2) 本件各動画中の本件写真については、前提事実(3)イ及びウのとおり、モザイク処理やトリミング等の処理が施されている。 このうち、本件動画1〜3のサムネイル(変更前のもの)については、トリミングやモザイク処理により、本件写真とは全く異なる画像となっており、その表現上の本質的特徴を感得することができない。 本件写真からE肖像部分を切り出してサムネイル画像としている本件動画9〜22(本件動画13を除く。また、変更前のもの)については、本件写真のうちその表現上の本質的特徴を有するE肖像部分を切り出した態様により利用することは、社会通念に照らし、著作者の名誉感情が害されるほどの表現上の変更とはいえない。 本件各動画(本件動画13,31,33及び34を除く。)のサムネイル(変更後のもの)は、本件写真の表現上の本質的特徴であるE肖像部分の顔部分に本件イラストを重ねており、Eの顔を認識することができない。加えて、本件動画9〜35(本件動画13,31,33及び34を除く。)のサムネイルについては、本件写真の背景部分の画像は利用されていない。このため、これらの動画のサムネイルは、本件写真とは全く異なる画像となっており、本件写真の表現上の本質的特徴を感得することができない。 以上より、被告による本件写真の利用は、原告Aの同一性保持権を侵害しない。 ウ 名誉又は声望を害する方法による利用といえないこと(争点3−3) 「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」とは、社会的に見て著作者の名誉・声望を害するおそれがあると認められるような行為を指し、主観的な名誉感情を害するにすぎない行為を含まない。 本件写真からは、原告Aの主張する撮影意図を読み取ることはできない。また、本件写真の撮影者が原告Aであることは公にされていなかった上、本件各動画に本件写真が利用されたとしても、その撮影者である原告Aが本件各動画の内容に同調しているなどと受け取られるものでもない。 したがって、被告による本件写真の利用は、社会的に見て原告Aの名誉・声望を害するおそれがあるとはいえず、著作者人格権の侵害行為とはみなされない。 (4)差止めの必要性の有無(争点4) (原告らの主張) 被告による著作権及び著作者人格権の侵害の停止予防のためには、被告による本件写真の使用等を差し止める必要がある。 被告によれば、本件写真は削除されたわけではなく、ぼかしを掛けたというにすぎず、これも本件訴訟による動画の削除を逃れるためにすぎない。被告の手元には本件写真のデータが残っており、いつでも使用可能であることに違いはない。 (被告の主張) 被告は、令和5年7月頃、本件各動画に利用していた本件写真のうち、サムネイルに利用していたものについては本件イラストで覆い、本件写真を加工した画像を認識できないようにし、動画内で映像として利用していたものについてはぼかしを掛け、本件写真の表現上の本質的特徴を感得することができないようにした。 したがって、被告は、同月頃以降、本件各動画において、本件写真を利用していない。そうである以上、本件写真の使用等の差止めの必要はない。 (5)原告らの損害の有無及び額(争点5) (原告らの主張) ア 原告社団の損害 (ア)著作権侵害による損害199万5000円 被告は、本件各動画のサムネイルとして33箇所、動画中で24箇所(合計57箇所)において、本件写真を利用している。インターネットコンテンツにおける写真の利用料の相場は6か月、1回、1箇所あたり3万5000円程度であることから、原告社団の損害は、199万5000円(=3万5000円/箇所×57箇所)となる。 (イ)弁護士費用相当損害額19万9500円 上記損害額の1割である19万9500円をもって弁護士費用相当損害額とするのが相当である。 (ウ)合計額219万4500円 イ 原告Aの損害 (ア)著作者人格権侵害による損害175万円 原告Aは、被告による本件各動画の公表により、著作者人格権を侵害され、著しい精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰謝するに足る金員としては、1動画につき5万円が相当である。したがって、原告Aの損害は、175万円(=5万円/本×35本)となる。 5万円×35本=175万円 (イ)弁護士費用相当損害額17万5000円 上記損害額の1割である17万5000円をもって弁護士費用相当損害額とするのが相当である。 (ウ)合計額192万5000円 (被告の主張) ア 原告社団の損害 争う。原告社団は、本件写真を利用させるに当たり対価を受けていなかったとみられることなどから、被告の本件各動画の投稿による原告社団の損害を観念できない。また、原告社団主張の損害額は高額に過ぎる。 イ 原告Aの損害 争う。原告Aは、本件写真の撮影の対価として7万円を受領したにすぎないことなどから、原告A主張の損害額は高額に過ぎる。 第3 当裁判所の判断 1 本件写真の著作権の帰属(争点1)について (1)事実認定 前提事実(前記第2の2)、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は、以下のとおりである。 ア 本件写真の撮影に至る経緯等 (ア)原告Aは、反差別に関する作品を多く手がけてきた写真家であり、同じく反差別運動を行ってきた原告社団代表者とは本件写真の撮影以前から知り合いであった。 原告Aは、令和2年1月頃、原告社団のYouTube番組の制作を引き受けた知人から、同番組の素材として利用する写真として、Eを含む3名の写真撮影を依頼された。原告Aは、これを引き受け、同月9日付け請求書(甲5)により、原告社団に対し、「品目」欄に「交通費撮影費」と記載して7万円(税込)を請求した。 なお、原告社団は、この依頼以前にも原告Aに写真撮影を依頼したことが数回あったが、いずれの際も、原告社団及び原告Aの間で契約書を作成したことはなく、本件写真の撮影に当たっても同様であった。 (上記のほか、甲2、4、証人C) (イ)原告Aは、同年2月11日、原告社団代表者の自宅等でEの写真を撮影し、同月17日、原告社団に対し、その中から選定した本件写真のみを依頼に係るEの写真として納品した。これに対し、原告社団は、同月20日、原告Aに対し、前記請求に係る金員を送金した。(甲2、3、14、証人C) (ウ)なお、原告Aは、前訴で提出した陳述書(乙6)において、本件写真につき、「この写真の使用権を「のりこえねっと」に譲渡したとの認識です。」、「この写真を勝手に使用して動画やそのサムネイルを作成したとすれば、私や「のりこえねっと」の著作権を侵害していることになると思います。」などと陳述した。 イ 原告社団及びEによる本件写真の利用 (ア)原告社団は、令和2年3月18日〜令和4年5月18日の間に、男性のセクハラ行為や女性差別的言動の告発を内容とした「シリーズキモいおじさん」と題する全4回の動画をYouTubeに投稿した。これらの動画にはEが出演しており、そのサムネイルには、上記シリーズ名等と共に本件写真が利用されていた。原告社団は、このような本件写真の利用につき、原告Aから個別に許諾を得ることはしなかった。(甲3、4、6、13、14、乙7の1〜7の4、証人C) (イ)EないしColaboは、本件記事を含むEのインタビュー記事やメッセージ投稿サービス「X」のColaboのアカウントにおいて、本件写真を利用している。(乙8の1及び8の2、9の1〜9の3、10〜12、13の1〜13の4、14〜16) (2)検討 ア 前提事実及び上記各認定事実によれば、原告Aは、原告社団代表者との関係性を前提として、原告社団から対価(7万円)の支払を受けて本件写真を含む写真の撮影を行い、原告社団は、原告Aから本件写真の納品を受け、その後、原告Aから個別に許諾を得ることなく、本件写真を利用していたといえる。また、上記認定事実からうかがわれる原告社団とEないしColaboとの関係性を踏まえると、E及びColaboによる本件写真の利用は、原告社団の包括的又は個別の許諾に基づき行われたものであることがうかがわれる。 他方、原告社団の原告Aに対する利用許諾料の支払その他原告社団による本件写真の利用が原告社団と原告Aとの利用許諾契約に基づくものであることをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。 このような本件写真の利用態様に鑑みると、原告社団による本件写真の利用は、原告Aによる本件写真の納品及び原告社団によるその対価の支払によって原告社団が本件写真の著作権を取得したことに基づくものと理解される。このような理解は、原告社団代表者、原告A及びCの各陳述ないし供述(甲2〜4、14、証人C)に沿うものでもある。また、これらの陳述ないし供述については、いずれもその信用性に疑義を抱くべき具体的な事情はなく、また、相互に矛盾するものでもない。加えて、原告社団及び原告Aは、前訴から一貫して、本件写真に係る著作権は原告Aから原告社団に譲渡された旨主張している。 これらの事情を総合的に考慮すると、本件写真に係る著作権は、原告Aの原告社団に対する本件写真の納品及び原告社団の原告Aに対するその対価の支払により、原告Aから原告社団に譲渡されたとみるのが相当である。 イ これに対し、被告は、著作権譲渡を裏付ける契約書等がないことその他の事情を縷々指摘して、原告Aから原告社団に対し本件写真に係る著作権の譲渡はない旨主張する。 確かに、原告Aから原告社団に対する著作権譲渡を直接的に裏付ける契約書その他の客観的な資料は存在しない。また、原告Aは、前訴において、本件写真につき、原告社団に対して「写真の使用権」を譲渡したとの認識である旨や、被告の本件写真の利用をもって「私や「のりこえねっと」の著作権を侵害していることになる」旨陳述したところ、これらの陳述は、原告Aが本件写真の著作権を有することを前提とする趣旨と理解し得ないものではなく、少なくとも、著作権の帰属につき判然としない内容のものであるとはいえる。原告社団が原告Aに支払った対価の額も、Eを含む3名の写真撮影に関するものであることや交通費を含むことを考えると、原告A及び原告社団代表者も陳述するとおり、著作権譲渡の対価としては相当に低廉であると評価し得る。 しかし、契約書その他直接的に著作権譲渡を裏付ける客観的な資料がないことは、もとより直ちに著作権譲渡がなかったことを意味するものではない。原告社団と原告Aとの関係性に鑑みれば、そのような資料の不存在は必ずしも不自然ないし不合理とはいえない。同様の理由から、支払われた対価が著作権譲渡の対価としては相当に低廉であるとしても、これをもって著作権譲渡がなかったことをうかがわせる事情とは必ずしもいえない。前訴における原告Aの陳述も、趣旨は判然としない部分はあるものの、「譲渡」や「原告社団の著作権の侵害」という表現を含むものである。そもそも、上記陳述は、原告社団が本件動画33及び34の著作権を主張する前訴において原告社団により提出されたものであることや、原告社団と原告Aとの関係性に加え、原告Aは法律の専門家ではなく、法的事項につき不正確な表現をすることも十分にあり得ることをも考慮すると、前提として原告社団に対する著作権譲渡を含意するものと理解するのが相当である。 その他被告が縷々指摘する事情は、いずれも、一般的抽象的な可能性の指摘にとどまり、本件において考慮すべき程度の具体性を有するものとはいえない。 以上より、この点に関する被告の主張は採用できない。 (3)小括 以上より、原告Aによる本件写真の納品及び原告社団による対価の支払をもって、原告Aから原告社団に対して本件写真に係る著作権が譲渡され、原告社団にその著作権が帰属するものと認められる。 2 原告社団の著作権侵害の成否(争点2)について (1)複製権及び公衆送信権侵害の有無(争点2−1)について 被告は、前提事実(3)のとおり、令和4年8月31日から同年12月17日にかけ、いずれも本件各動画の著作権者である原告社団の許諾を得ることなく、本件写真をサムネイル又は動画内において利用した本件各動画を作成し、YouTubeに投稿した。 本件写真においては、少なくともE肖像部分がその表現上の本質的特徴部分を構成するものといえるところ、まず、本件写真に文字等を付加したにとどまる画像をサムネイルとするもの(本件動画4〜8)については、本件写真を「印刷、写真、…その他の方法により有形的に再製」(法2条1項15号)したものを「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信」(法2条1項7号の2)したものといえる。したがって、これらの動画に係る被告の行為は、本件社団の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害するものといえる。本件各動画のうち、動画内で本件写真を利用したもの(本件動画4〜17、19、21〜23、28〜31、34、35)についても同様である。 また、本件各動画のうち、本件写真のE肖像部分につきモザイク処理や本件イラストを重ねる処理等を施したものをサムネイル画像とするもの(本件動画1〜3、9〜12、14〜30、32〜35)についても、そのシルエットやイラストが重ねられていない部分からなお本件写真の内容及び形式を覚知させるに足るものといえる。したがって、これらの動画に係る被告の行為についても、原告社団の著作権を侵害するものといえる。 したがって、被告による本件各動画における本件写真の利用は、本件写真の複製及び公衆送信に当たる。これに反する被告の主張は採用できない。 (2)引用の成否(争点2−2)について 本件各動画は、そのサムネイルの表示及び動画の内容(甲7、8、10。別紙3サムネイル目録及び別紙4動画使用部分目録参照)によれば、EないしColaboの活動に対する批判的な立場から作成されたものと理解し得るところ、本件写真を利用する必要性は必ずしも高くはないとみられる上に、通常の報道ないし批評の域を超えて、EないしColaboを揶揄する文脈において本件写真を利用していることがうかがわれる。 また、本件各動画において、本件写真の撮影者、権利者ないし引用元を示す記載等も置かれていない。これらの事情を総合的に考慮すると、本件各動画における本件写真の利用は、「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評…その他の引用の目的上正当な範囲内で行われ」(法32条1項)たものとはいえないから、適法な「引用」(法32条)に当たらない。これに反する被告の主張は採用できない。 (3)小括 以上より、被告による本件写真の利用は、本件写真に係る原告社団の著作権(複製権、公衆送信権)の侵害に当たる。 3 原告Aの本件写真の著作者人格権侵害の成否(争点3)について (1)氏名表示権侵害の有無(争点3−1)について 被告は、本件写真を利用した本件各動画をYouTubeに投稿に際し、原告Aの氏名等を著作者名として表示しなかった。このような被告の行為は、原告Aの氏名表示権(法19条1項)を侵害するものといえる。 これに対し、被告は、本件写真は様々な媒体で著作者名の表示のないままに利用されていたことをもって、原告Aがこのような利用を広く容認していたというべきである旨などを主張する。しかし、本件写真の利用にあたり著作者名の表示を要しない旨を原告Aが一般的・包括的に意思表示したなどの事情の存在はうかがわれない。また、著作者は、氏名表示権として、その実名等を著作者名として表示し、又は表示しないこととする権利を有するのであって、原告Aが被告以外の者による本件写真の利用に対し著作者名の表示を求めなかったことをもって、被告との関係においても不表示を容認していたものとみることは必ずしもできない。法19条2項に係る主張についても、少なくとも侵害者である被告がこれを主張することは相当でない。 その他被告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告の主張は採用できない。 (2)同一性保持権侵害の有無(争点3−2)について 前提事実(3)によれば、被告は、本件動画1〜3につき、本件写真にモザイク処理を施したものをサムネイルとして利用したこと、本件動画9〜35(ただし、本件動画13及び31を除く。)については、サムネイルとして、本件写真の背景部分を切除すると共にE肖像部分もトリミングして利用したことが認められる。 また、被告は、本件動画1〜32(ただし、本件動画13及び31を除く。)及び35の動画(計31本)につき、本件写真の背景部分に文字列を付す、E肖像部分に吹き出しや文字列を付すなどの処理を施し、その後、このうちE肖像部分の顔部分に本件イラストを重ねる処理をしたことがそれぞれ認められる。 さらに、これらの改変が原告Aの意に反しないことをうかがわせる具体的な事情はない。 したがって、被告のこれらの行為は、いずれも原告Aの著作物である本件写真の構図やその内容を同人の意に反して改変したものであり、原告Aの同一性保持権(法20条)を侵害するものといえる。 これに対し、被告は、本件各動画において、本件写真は、被告によるモザイク処理や本件イラストを重ねる処理により、いずれもその表現上の本質的特徴を感得することができないものになっており、同一性保持権侵害は成立しない旨主張する。しかし、被告による上記処理によっても、なお本件写真の表現上の本質的特徴部分であるE肖像部分の形式及び内容を覚知し得ることは前記(2(1))のとおりである。 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。 (3)名誉又は声望を害する方法による利用行為該当性(争点3−3)について 原告Aは、被告による本件各動画における本件写真の利用につき、原告Aの名誉又は声望を害する方法による著作物の利用である旨を主張する。 しかし、著作権法113条11項が著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為を著作権人格権の侵害とみなす旨定めているのは、著作者の民法上の名誉権の保護とは別に、その著作物の利用行為という側面から、著作者の名誉又は声望を保つ権利を実質的に保護する趣旨による。このような趣旨に鑑みると、同項所定の著作者人格権侵害の成否は、他人の著作物の利用態様に着目して、当該著作物利用行為が、社会的に見て著作者の名誉又は声望を害するおそれがあると認められるような行為であるか否かによって決せられるべきである。 本件各動画における本件写真の利用に際し、本件写真の著作者が原告Aである旨の表示はされていない。また、原告社団やEないしColaboも、本件写真の利用に際しその著作者が原告Aであることは表示しておらず、本件写真の著作者が原告Aであることが一般に広く知られていることをうかがわせる具体的な事情も見当たらない。そうすると、たとえ被告による本件各動画での本件写真の利用態様等が原告Aの本件写真の創作意図に反するものであったとしても、当該利用行為は、社会的に見て、原告Aの本件写真に係る著作者としての名誉又は声望を害するおそれがあるものとは必ずしもいえない。 したがって、被告の行為は、著作者である原告Aの名誉又は声望を害する方法によりその著作物である本件写真を利用する行為とはいえず、これをもって原告Aの著作者人格権を侵害する行為とみなすことはできない。これに反する原告Aの主張は採用できない。 4 差止めの必要性の有無(争点4)について 本件各動画については、遅くとも令和6年3月20日までに、サムネイルにおいては本件イラストで覆うことにより、映像中で利用されていた本件写真についてはぼかしを掛けることにより、それぞれ本件写真の表現上の本質的特徴を感得し得ないようにした処理が施されたことが認められる(甲16)。 しかし、被告がなお本件写真のデータを保有しているとみられることを踏まえると、ぼかしを外すなどして被告が本件写真を利用するおそれは依然としてあるとみるのが相当である。 したがって、原告らの著作権及び著作者人格権に基づく使用差止めの必要性は認められる。この点に関する被告の主張は採用できない。 5 原告らの損害の有無及び額(争点5)について (1)原告社団の損害 ア 著作権侵害による損害70万円 被告は、本件各動画合計35本において本件写真を利用している。その利用期間は、前提事実(3)及び(4)によれば、最短でも1年を超える。また、「出版・報道・教育写真」のウェブサイトでの商用利用につき、「1社・1種・1号・1版・1回・1箇所の使用に限った料金」として、使用箇所・サイズを問わず6か月以下の期間で3万5200円(税込)の料金を設定している例がある(甲12)。さらに、本件は著作権侵害の事案である上、被告は、EないしColaboにつき揶揄を織り交ぜた批判的な立場から作成した本件各動画において本件写真を利用したとみられることに鑑みると、「その著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(法114条3項)を考えるにあたっては、任意に締結される利用許諾契約において設定される利用料に比して自ずと高額になるであろうことを考慮すべきといえる。 他方、本件写真の著作権の譲受けに当たり原告社団が支払った対価は、Eを含む3名の撮影費用及び交通費を含む合計で7万円にとどまる(前記1(1)ア(ア))。また、本件各動画は、被告のEないしColaboに対する批判的立場から作成された一連のものともいえるものである。加えて、上記料金設定の例も、あくまで契約前の段階で公表されている一例にすぎない。 これらの事情その他一切の事情を総合的に考慮すると、本件において原告社団が「受けるべき金銭の額に相当する額」は、本件各動画の1動画当たり2万円、合計70万円とするのが相当である。これに反する原告社団及び被告の主張はいずれも採用できない。 イ 弁護士費用7万円 上記著作権侵害による損害額のほか、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件において、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は7万円とするのが相当である。 ウ 合計額77万円 (2)原告Aの損害 ア 著作者人格権侵害による損害30万円 本件各動画における本件写真の利用期間及び改変の態様を含む利用態様をはじめとする一切の事情を勘案すると、原告Aの著作者人格権侵害による精神的苦痛を慰謝するには、30万円をもって相当とすべきである。これに反する原告A及び被告の主張はいずれも採用できない。 イ 弁護士費用 3万円 上記著作者人格権侵害による損害額その他一切の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は3万円とするのが相当である。 ウ 合計額 33万円 第4 結論 よって、原告らの請求は、それぞれ、主文の限度で理由があるからその限度でこれらを認容し、その余の請求には理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 石井奈沙 裁判官 志摩祐介 別紙 当事者目録 原告 のりこえねっと(以下「原告社団」という。) 原告 A(以下「原告A」という。) 原告ら訴訟代理人弁護士 神原元 被告 B 同訴訟代理人弁護士 渥美陽子 同 松永成高 同訴訟復代理人弁護士 小沢一仁 同 垣鍔晶 (別紙1〜4省略) |
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