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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AH(2) 【年月日】令和6年7月10日 知財高裁 令和5年(ネ)第10108号 発信者情報開示請求控訴事件 (原審 東京地裁令和4年(ワ)第25488号) (口頭弁論終結日 令和6年4月24日) 判決 控訴人 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 角地山宗行 被控訴人 ソフトバンク株式会社 同訴訟代理人弁護士 金子和弘 主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人に対し、別紙1発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 3 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。 事実及び理由 (本判決で用いる略語は、別に定めるほか、原判決に従う。) 第1 控訴の趣旨 主文1、2項と同旨 第2 事案の概要 1 事案の要旨 (1)本件は、別紙3映像作品目録記載の映像作品(本件映像作品)の著作権を有する控訴人(1審原告。以下「原告」という。)が、電気通信事業者である被控訴人(1審被告。以下「被告」という。)に対し、氏名不詳の発信者(本件発信者)において、P2P方式のファイル共有プロトコルであるビットトレントを利用し、本件映像作品を複製して作成された動画ファイルを送信可能化したことにより、本件映像作品に係る原告の送信可能化権を侵害したことが明らかであり、原告の損害賠償請求のために、被告が保有する別紙1発信者情報目録記載の各情報(本件発信者情報)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。 (2)原審は、本件発信者の行為により原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことは明らかと認められるが、別紙2発信端末目録記載の発信時刻(以下「本件発信時刻」という。)における通信はダウンロードの可否を確認するハンドシェイクの通信に係るものであるところ、ハンドシェイクの通信それ自体は当該著作権侵害をもたらす通信ではないから、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるとはいえないなどとして、原告の請求を棄却した。 これに対し、原告が、原判決を不服として控訴した。 2 前提事実は、以下のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第2の1(原判決2頁4行目から4頁10行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)3頁3行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「 ユーザーが当該ファイルの他のピースを持つ他のユーザーに接続してからピースのダウンロードを開始するまでの間、別紙4「ビットトレントにおけるダウンロードまでの流れ」のとおり、HostCommunicationPhaseにおいて、ユーザー同士が互いにピアであることを確認するHANDSHAKEに始まり、ファイル(ピース)がダウンロード可能であることを当該他のユーザーから通知するUNCHOKEまでの一連の通信(以下「ハンドシェイク」と総称する。)が、ほぼ同時に、自動的に行われる(甲10)。」 (2)3頁24・25行目の「(以下、この応答確認を「ハンドシェイク」という。)」を削る。 (3)4頁1行目の「ハンドシェイク」の次に「(UNCHOKE)」を加える。 3 争点、争点に関する当事者の主張は、当審における当事者の主張を後記4のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第2の2及び3(原判決4頁11行目から5頁20行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 4 当審における当事者の主張 (1)争点1(権利侵害の明白性)について (原告の主張) 送信可能化権が侵害されたというためには、送信可能化された対象となる情報が表現上の本質的特徴を直接感得することができる著作物のファイルの一部を構成するピースであれば足り、ピース自体が表現上の本質的特徴を直接感得できるものである必要はない。このことは、インターネットへの無断アップロードを防止する送信可能化権を創設して広く権利を保護しようとした著作権法の趣旨にも沿う。ビットトレントを利用してアップロード行為をしたピア同士において、ピースの保持率の多寡により共同不法行為の成否が左右されるのは相当でない。ピース自体に再生可能性は必要ではなく、一部又は全部のピースを保持しそれを送信可能化状態にしたのであれば、送信可能化権を侵害したといえる。 (被告の主張) 送信可能化権侵害も著作権侵害の一態様である以上、本件発信者が送信可能化権を侵害したというためには、その保有する当該ピースが本件映像作品の表現上の本質的特徴を直接感得することができる容量に達していることの主張立証を要するところ、本件ではその立証がない。 また、本件発信時刻において、本件発信者は本件映像作品に係るファイル(ピース)の保有を確認するハンドシェイクの通信をしたのみであり、ファイル(ピース)を本件発信者の記録媒体又は本件検出システムの記録媒体に記録する行為を行っておらず、送信可能化の要件を充足していないから、本件発信者が本件映像作品を「自動公衆送信し得るように」(著作権法2条1項9号の5イ)していたとはいえず、その旨を述べる原判決の判断も誤りである。 (2)争点2(本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」〔プロバイダ責任制限法5条1項〕該当性)について (原告の主張) ア 本件発信者は、本件映像作品に係るファイルの全部又は一部をその使用する発信端末内に保有し、ビットトレントのネットワークに接続し、他のピアの要求があればいつでもアップロードできる状態としていたのであるから、「公衆送信用記録媒体に情報が記録され…ている自動公衆送信装置」について「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」を行っており、「自動公衆送信し得るように」していたのであるから、本件発信者によるハンドシェイクの通信は、著作権法2条1項9号の5ロに該当し、原告の送信可能化権を侵害するものである。 仮にハンドシェイクの通信が同号に該当しないとしても、ビットトレントの仕組みからすれば、UNCHOKE通信が行われた時点では自動公衆送信をし得る状態になっていたのであり、この状態にあること自体が原告の送信可能化権を侵害しているというべきである。 著作権法23条1項の趣旨も、実際にダウンロードが行われて自動公衆送信権が侵害されなくても、前段階である送信可能化を権利侵害と捉え、著作者を保護しようというものであるから、同法2条1項9号の5イ又はロの送信可能化行為により、自動公衆送信し得る状態が開始され継続している以上、送信可能化権の侵害行為も継続しているというべきである。 イ 被告は、送信可能化権侵害行為はプロバイダ責任制限法にいう「侵害情報の流通」に当たらない旨主張するが(後記被告の主張ア)、同法は送信可能化権を含む著作権をも保護の対象とするものである。また、本件発信者がハンドシェイクの通信という「送信」を行うことにより情報が「流通」し、現実に送信可能化権が侵害されている。 ウ したがって、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当する。 (被告の主張) ア 平成13年に制定されたプロバイダ責任制限法は、被侵害者の権利保護のみならず発信者の表現の自由にも十分配慮した上で、発信者情報開示請求権について、電気通信の「送信」により侵害情報が実際に「流通」したことにより権利が侵害された場合に限定して認めたものであって、平成9年の著作権法改正により既に導入されていた送信可能化を含むことは考慮されておらず、その後の改正においても「送信可能化を含む」(著作権法23条1項参照)などと規定されていないから、抽象的な送信・流通の可能性の段階においては、発信者情報開示請求権の対象とならない。最高裁平成30年(受)第1412号令和2年7月21日第三小法廷判決・民集74巻4号1407頁も、リツイートによって画像表示データがユーザーの端末に送信され、流通によって氏名表示権侵害が現実に生ずることをもって、「侵害情報の流通」によって権利が侵害されたと判断している。 イ また、前記のとおり、プロバイダ責任制限法5条1項は、通信日時によって特定される特定電気通信により侵害情報が流通したことを要件とするところ、本件発信時刻におけるハンドシェイクの通信は、ピースをダウンロード又はアップロードしておらず、侵害情報を流通させていないから、本件発信時刻においては情報を記録する行為等(著作権法2条1項9号の5)は行われておらず、送信可能化が行われたとはいえないのであり、送信可能化が継続したともいえない。 したがって、そもそも本件発信者は「発信者」(プロバイダ責任制限法2条4号)に当たらないし、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(同法5条1項柱書)に当たらない。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は、原告の請求は理由があるものと判断する。 その理由は、次のとおりである。 2 争点1(権利侵害の明白性)について (1)本件発信者の行為により原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことは明らかと認められる。その理由は、以下のとおり当審における被告の主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第3の1(原判決5頁22行目から6頁15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (2)被告は、@原告の前記権利が侵害されたことが明らかであるというためには、本件発信者の保有するピースが本件映像作品の表現上の本質的特徴を直接感得することができる容量に達していることを要する、A本件発信時刻において、本件発信者はハンドシェイクの通信をしたのみであるから、本件映像作品を送信可能化していたとはいえない旨主張する。 (3)そこで、まずビットトレントを利用して特定のファイルを共有する仕組みについて検討する。 前提事実(3)(原判決2頁15行目から3頁12行目まで)に併せ、証拠(甲3、5、8、10)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレントで配布される特定のファイルは、小さなデータ(ピース)に分割され、複数のユーザーの端末(ピア)に分散して保有されており、特定のファイルの取得を新たに希望するユーザーは、当該特定のファイルに対応するトレントファイル(分割されたピースの所在等の情報が記載されている。)を取得した上、これを自身の端末に読み込ませてビットトレントネットワークにピアとして参加し、自身のIPアドレス、ポート番号等の情報を提供するとともに、当該特定のファイルのピースを保有している他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報の提供を受け、当該他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行って当該他のピアが当該ピースを保有していることを確認し、当該ピースの送信を要求してその転送を受ける一方、自らも他のピアから保有するピースの転送を求められれば、これを転送することができる状態で当該ピースを保有するというものであり、このようにしてピア同士でピースを転送又は交換し合うことを通じ、最終的に当該特定のファイルを構成する全てのピースを取得し、当該特定のファイルの共有を実現すること(以下「本件仕組み」という。)が認められる。 このような本件仕組みの下では、各参加者は、本件仕組みを認識した上でこれを利用していると認められ、主観的にも客観的にも、他の参加者と共同してインターネット上でピースを流通(転送・交換)させることにより、当該特定のファイル全体について複製及び著作権法2条1項9号の5イ又はロのいずれかに掲げる送信可能化を行っているものと評価することができる。 (4)そして、前提事実(4)(原判決3頁13行目から4頁4行目まで)及び証拠(甲3〜9)によれば、本件調査に用いられた本件検出システムは、本件映像作品を複製して作成された動画ファイル(ハッシュ値により特定される。)について、トレントファイルにより当該ファイルのピースを共有している他のピアに関する情報の提供を受けた後、当該他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、その結果、本件発信者に係る別紙2発信端末目録記載のIPアドレス及びポート番号の各ピアが、同目録記載の発信時刻(本件発信時刻)において、当該ファイルのピースのアップロードが可能であることを通知するUNCHOKEの通信を行った事実が認められる。 当該事実によれば、本件発信者は、遅くとも本件発信時刻までには、本件仕組みに参加することを通じ、その保有する端末(ピア)において、本件映像作品を複製して作成された動画ファイルの少なくとも一部のピースを自身のピアに記録するとともに、これを他のピアからの求めに応じてインターネット上で提供することができる状態にしていたことが推認され、これを覆すに足りる証拠はない。 (5)したがって、本件発信者は、本件映像作品について、前記(4)のトレントファイルに記載された他のピアに係る参加者と共同して、複製及び送信可能化しているものと認められる。 そうすると、違法性阻却事由に該当する事実の存在を認めることができない以上、遅くとも本件発信時刻には、本件発信者の行為の結果、「特定電気通信による情報の流通により、本件映像作品について原告が有する著作権(複製権、送信可能化権)が侵害」された状態が発生したことは明らかというべきである(プロバイダ責任制限法5条1項1号参照)。 本件発信者の保有するピースの容量の多寡、本件発信時刻に行われた通信がUNCHOKEの通信であることは、この認定判断を左右するものではないから、被告の前記主張を採用することはできない。 3 争点2(本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」〔プロバイダ責任制限法5条1項柱書〕に当たるか)について (1)前記2のとおり、本件仕組みの下で、本件映像作品に係るファイルのピースをダウンロードすると同時に他のピアに対しインターネット上で提供することができる状態にした者は、特定電気通信による情報の流通により、他の参加者と共同して原告の有する本件映像作品の複製権及び送信可能化権を侵害した者であるということができる。この場合において、侵害情報となるのは、本件発信者が本件発信時刻までに本件仕組みに従ってダウンロードし、インターネット上に提供した、本件映像作品を複製して作成された動画ファイルのピースである。また、発信者情報とは、侵害情報の発信者の特定に資する情報である(プロバイダ責任制限法2条6号)ところ、本件発信者の各ピアが本件発信時刻に行ったUNCHOKEの通信は、当該UNCHOKEの通信を行った者が侵害情報をダウンロードし、インターネット上で提供可能な状態にしたことを強く推認させるものである。そうすると、当該UNCHOKEの通信の発信者を特定する情報(本件発信者情報)は、侵害情報の通信そのものの発信者情報ではないが、侵害情報の発信者の特定に資する情報として、なおプロバイダ責任制限法5条1項柱書の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと認めるのが相当である。さらに、加害者の特定を可能にして被害者の救済を図るというプロバイダ責任制限法の趣旨に加え、当該UNCHOKEの通信と侵害情報との結びつきが高いことに照らすと、当該UNCHOKE情報の通信の発信者情報を侵害情報そのものの通信に係る発信者情報と同視して、同項柱書の規定を適用することも許容されるというべきである。 (2)この点について、被告は、プロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求権は、侵害情報が実際に「流通」したことにより権利が侵害された場合に限定して認められるものであり、抽象的な送信・流通の可能性にとどまる送信可能化の段階では、開示請求は認められない旨主張する。 しかし、本件仕組みの下では、侵害情報であるピースは実際にインターネット上で流通し、参加者はピースをダウンロードすると同時にこれを送信可能なものとして提供している。すなわち、本件において、原告の著作権(複製権、送信可能化権)がピースの流通によって侵害されたと認められるのは、本件仕組みに参加した者は、他の参加者と共同して、ピースを流通させ、これにより本件映像作品を複製して作成された動画ファイル全体を複製し、送信可能化していると評価することができるからであって、本件仕組みへの参加と切り離して、抽象的な送信・流通の可能性があることを理由とするものではない。したがって、これと異なる前提に立つ被告の前記主張は採用することができない。 (3)また、被告は、本件発信時刻におけるUNCHOKEの通信では、ピースをダウンロード又はアップロードしておらず、侵害情報を流通させていない、また、本件発信時刻においては、情報を記録する行為等(著作権法2条1項9号の5)は行われていないから、送信可能化が行われたとはいえず、送信可能化が継続したともいえないとして、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当しないと主張する。 しかしながら、同項柱書は「当該権利の侵害に『係る』発信者情報」と定めており、「侵害情報の通信の発信者情報」と定めているわけではないから、侵害情報の通信と密接に関連する情報の通信に関する情報であれば、それが侵害情報の発信者の特定に資する情報である限り、侵害情報以外の通信に関する情報であっても、「当該権利の侵害に係る発信者情報」と解することは妨げられないというべきである。現行のプロバイダ責任制限法5条は、令和3年法律第27号の法改正(令和4年10月1日施行)により、SNSサービス等にログインした際のIPアドレス等を開示の対象とすることを念頭に、特定発信者情報の開示請求権を創設している一方、同改正の前後を通じ、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」に、「当該権利の侵害に係る発信者情報」の開示請求を認める点については、文言に変更はない(特定発信者情報について、新たにルールが設けられた結果、特定発信者情報とそれ以外の発信者情報とで要件が書き分けられただけである。)。したがって、同法改正により、侵害関連通信以外の通信の発信者情報については、侵害情報の通信の発信者情報に限って認められるようになったなどという厳格な限定解釈を採用する理由は、文言上、見当たらないし、そのような解釈をすることが改正法の趣旨に合致すると認めることもできない。よって、被告の前記主張は前提を欠き、これを採用することはできない。 4 小括 被告が本件発信者情報を保有していることは前記補正の上引用した原判決の前提事実(5)(原判決4頁5行目から6行目まで)のとおりであり、以上検討したところによれば、原告の本件請求は理由がある。そして、その他、当事者の主張に鑑み、本件訴訟記録を検討しても、前記認定判断を左右するに足りる事由は認められない。 第4 結論 よって、原判決は相当でないから、これを変更することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当でないから、これを付さないこととする。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 清水響 裁判官 菊池絵理 裁判官 頼晋一 (別紙1)発信者情報目録 別紙2発信端末目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被控訴人から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。 @氏名又は名称 A住所 B電子メールアドレス(ただし、別紙2発信端末目録記載9、17、30、49の各IPアドレスに係る契約者に限る。) (別紙2)発信端末目録 (省略) (別紙3)映像作品目録 (省略) (別紙4)ビットトレントにおけるダウンロードまでの流れ |
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