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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AL(2)
【年月日】令和6年7月10日
 知財高裁 令和6年(ネ)第10006号 発信者情報開示請求控訴事件
 (原審 東京地裁令和5年(ワ)第70041号)
 (口頭弁論終結日 令和6年4月17日)

判決
控訴人 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 角地山宗行
被控訴人 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 主文1、2項と同旨
2 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1)本件は、別紙作品目録記載の動画(以下「本件動画」という。)の著作権を有する控訴人(1審原告。以下「原告」という。)が、電気通信事業者である被控訴人(1審被告。以下「被告」という。)に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)において、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用し、本件動画を複製して作成された動画ファイルを送信可能化したことにより、本件動画に係る原告の送信可能化権を侵害したことが明らかであり、原告の損害賠償請求のために、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。
(2)原審は、本件各氏名不詳者が、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる程度の情報を送信可能化したと認めることはできないから、特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)と認めることはできず、仮に、これを送信可能化していたとしても、別紙ピア目録記載の発信時刻(以下「本件発信時刻」という。)における通信はハンドシェイクの通信であり、前記の送信可能化する行為には該当しないから、前記通信に係る本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるとはいえないなどとして、原告の請求を棄却した。
 これに対し、原告が、原判決を不服として控訴した。
2 前提事実、争点、争点に関する当事者の主張は、原判決5頁11行目を「被告は、令和5年4月11日の原審第1回弁論準備手続期日において、原告から他にも膨大な発信者情報開示請求がされていることなどから、本件各発信者情報の保有状況の確認が未了である旨主張した。その後、当審口頭弁論終結時である令和6年4月17日までに、被告から本件各発信者情報を保有していない旨及びその理由について特段の主張はされていない。」と改め、当審における当事者の主張を後記3のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第2の2及び3並びに第3(原判決2頁9行目から13頁19行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当審における当事者の主張
(1)争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」〔プロバイダ責任制限法5条1項1号〕か)について
(原告の主張)
 送信可能化権が侵害されたというためには送信可能化された対象となる情報が、表現上の本質的特徴を直接感得することができる著作物のファイルの一部を構成するピースであれば足り、ピース自体が表現上の本質的特徴を直接感得できるものである必要はない。このことは、インターネットへの無断アップロードを防止する送信可能化権を創設して広く権利を保護しようとした著作権法の趣旨にも沿う。ビットトレントを利用してアップロード行為をしたピア同士において、ピースの保持率の多寡により共同不法行為の成否が左右されるのは相当でない。ピース自体に再生可能性は必要ではなく、一部又は全部のピースを保持しそれを送信可能化状態にしたのであれば、送信可能化権を侵害したといえる。
(被告の主張)
 送信可能化権侵害も著作権侵害の一態様である以上、本件各氏名不詳者が送信可能化権を侵害したというためには、その保有する当該ピースが本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得することができる容量に達していることの主張立証を要するところ、本件ではその立証がない。
 権利侵害が明白というためには、表現上の本質的特徴を直接感得することができるといえるようなピース保持率が100%か又はそれに近い割合に達した場合に限られるというべきである。本件各氏名不詳者が管理するピアが、本件動画を複製して作成された動画ファイルを構成する全ピースの少なくとも1%以上に相当するピースを保有しているとは認められず、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得することができる映像を再現できると認めるには足りない。
(2)争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」〔プロバイダ責任制限法5条1項柱書〕に当たるか)について
(原告の主張)
 当該権利侵害に係る発信者情報の該当性(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に関し、UNCHOKE通信が、原判決の指摘する類型1(原判決17頁3行目から18行目まで参照)又は類型2(原判決18頁7行目から11行目まで参照)の通信に該当しないとしても、ビットトレントの仕組みからすれば、類型1又は類型2以外の態様により、本件動画を複製して作成された動画ファイルが自動的に送信し得る状態になることは想定し得ないから、UNCHOKE通信が行われた時点では本件各氏名不詳者は、類型1又は類型2の態様により前記状態になっていたのであり、前記状態にあること自体が原告の送信可能化権を侵害しているというべきである。
 著作権法23条1項の趣旨も、実際にダウンロードが行われて自動公衆送信権が侵害されなくても、前段階である発信者による送信可能化を権利侵害と捉え、著作者を保護しようというものであるから、著作権法2条1項9号の5イ又はロの送信可能化行為により、自動公衆送信し得る状態が開始され継続している以上、送信可能化権の侵害行為も継続しているというべきである。本件において、ハンドシェイクに係るUNCHOKE通信を行い得たのは、本件各氏名不詳者が自動公衆送信し得る状態にあったからであるから、本件各氏名不詳者は、原告の送信可能化権を侵害していたのであり、本件各発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当する。
(被告の主張)
 プロバイダ責任制限法5条1項は、通信日時によって特定される特定電気通信により侵害情報が流通したことを要件とするところ、本件発信時刻におけるハンドシェイクの通信は、ピースをダウンロード又はアップロードしておらず、侵害情報を流通させていない。本件発信時刻よりも前に行われた類型1又は類型2の通信によって侵害情報が流通されたとしても、それは発信日時の異なる別個の電気通信によるものであり、侵害行為が継続すると解するのは、プロバイダ責任制限法や著作権法の解釈としては成り立たない。
 本件発信時刻においては、情報を記録する行為等(著作権法2条1項9号の5)は行われておらず、送信可能化が行われたとはいえないのであり、送信可能化が継続したともいえない。よって、本件各発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当しない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、原告の請求は理由があるものと判断する。
 その理由は、次のとおりである。
2 争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」〔プロバイダ責任制限法5条1項1号〕か)について
(1)前提事実2(2)(原判決2頁17行目から4頁12行目まで)のとおり、ビットトレントを利用して特定のファイルを共有する仕組み(以下「本件仕組み」という。)は、ユーザーが当該特定のファイルに対応するトレントファイル(トレントファイルには、当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値等が記載されている。)を取得した上、これを端末に読み込ませてビットトレントネットワークにピアとして参加し、自身のIPアドレス、ポート番号等の情報を提供するとともに、当該特定のファイルのピースを保有している他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報の提供を受け、当該他のピアとの間で通信を行って当該他のピアが当該ピースを保有していることを確認し、当該ピースの送信を要求してその転送を受ける一方、自らも他のピアから保有するピースの転送を求められれば、これを転送することができる状態で当該ピースを保有するというものであり、ピア同士でピースを転送又は交換し合うことを通じ、最終的に参加者の間で当該特定のファイルを構成する全てのピースを取得し、当該特定のファイルの共有を実現するものである。本件仕組みの下で、参加者は、ピースという情報をそのダウンロードと同時に他の参加者のために新たにインターネット上の流通に置くのであり、他の参加者と共同して当該特定のファイル全体の送信可能化を行っているものと評価することができる。そして、このような参加者の行為は、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置を利用し、著作権法2条1項9号の5イ又はロのいずれかに掲げる行為によって、ピースを自動公衆送信し得るようにすることにより実現するから、当該特定のファイルが著作物である場合には、特定電気通信による情報の流通により著作権者の送信可能化権を侵害する行為に該当するというべきである。
 前提事実2(3)(原判決4頁13行目から5頁9行目まで)及び証拠(甲4、甲7から9まで)によれば、別紙ピア目録記載のハッシュ値により特定されるファイル(本件ファイル)に係る動画は、本件動画を複製して作成されたものであること、本件監視ソフトウェア(本件調査会社〔株式会社HDR〕により監視に用いられたソフトウェア)が、トラッカーから、本件ファイルを共有している他のピアに関する情報のリストの提供を受けた後、当該他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行ったところ、本件各氏名不詳者が保有する別紙ピア目録記載のIPアドレス及びポート番号の各ピアが、同目録記載の発信時刻(本件発信時刻)において、INTERESTEDの通信の対象となったピースについて、アップロードが可能であることを通知するUNCHOKEの通信を行った事実が認められる。
 当該事実によれば、本件各氏名不詳者は、遅くともUNCHOKEの通信が行われた時点である本件発信時刻までには、その保有する端末(ピア)において、本件仕組みに参加し、本件動画を複製して作成された動画ファイルの少なくとも一部のピースを自身のピアに保有し、他のピアからの求めに応じてインターネット上で提供することができる状態にしていたことが推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
 そうすると、違法性阻却事由に該当する事実の存在を認めることができない以上、遅くとも本件発信時刻には、本件各氏名不詳者の行為の結果、「特定電気通信による情報の流通により、本件動画について原告が有する送信可能化権が侵害」された状態が発生したことは明らかというべきである(プロバイダ責任制限法5条1項1号参照)。
(2)この点について、被告は、原告の権利が侵害されたことが明らかであるというためには、本件各氏名不詳者のピアが保有するピースが本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得することができる容量に達していることを主張立証することを要するなどと主張する。
 しかしながら、前記のとおり、本件仕組みにおいては、共有の対象となる特定のファイルがピースに細分化された上、ピアに分散保有され、ピア同士でピースを転送又は交換し合うことで、最終的に当該特定のファイルを構成する全てのピースが取得・共有されることが予定されており、各参加者は、これを認識した上で、本件仕組みを利用し、主観的にも客観的にも他の参加者と共同して、当該特定のファイル全体を送信可能化していると評価することができる。したがって、本件各氏名不詳者のピアが保有するピースの割合又は多寡に関わらず、本件各氏名不詳者は、他の参加者と共同して、原告が有する本件動画全体の送信可能化権を侵害したというべきであるから、被告の前記主張を採用することはできない。
3 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」〔プロバイダ責任制限法5条1項柱書〕に当たるか)について
(1)前記2(1)のとおり、本件仕組みの下で、本件ファイルのピースをダウンロードすると同時に他のピアに対しインターネット上で提供することができる状態にした者は、特定電気通信による情報の流通により、他の参加者と共同して原告の有する本件動画の送信可能化権を侵害した者であるということができる。この場合において、侵害情報となるのは、本件各氏名不詳者が本件発信時刻までに本件仕組みに従ってダウンロードし、インターネット上に提供した、本件動画を複製して作成された動画ファイルのピースである。また、発信者情報とは、侵害情報の発信者の特定に資する情報である(プロバイダ責任制限法2条6号)ところ、本件各氏名不詳者の各ピアが本件発信時刻に行ったUNCHOKEの通信は、当該UNCHOKEの通信を行った者が侵害情報をダウンロードし、インターネット上で提供可能な状態にしたことを強く推認させるものである。そうすると、当該UNCHOKEの通信の発信者を特定する情報(本件各発信者情報)は、侵害情報の通信そのものの発信者情報ではないが、侵害情報の発信者の特定に資する情報として、なおプロバイダ責任制限法5条1項柱書の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するものと認めるのが相当である。さらに、加害者の特定を可能にして被害者の救済を図るというプロバイダ責任制限法の趣旨に加え、当該UNCHOKEの通信と侵害情報との結びつきが高いことに照らすと、当該UNCHOKE情報の通信の発信者情報を侵害情報そのものの通信に係る発信者情報と同視して、同項柱書の規定を適用することも許容されるというべきである。
(2)この点について、被告は、本件発信時刻におけるUNCHOKEの通信では、ピースをダウンロード又はアップロードしておらず、侵害情報を流通させていない、また、本件発信時刻においては、情報を記録する行為等(著作権法2条1項9号の5)は行われていないから、送信可能化が行われたとはいえず、送信可能化が継続したともいえないとして、本件各発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当しないと主張する。
 しかしながら、同項柱書は「当該権利の侵害に『係る』発信者情報」と定めており、「侵害情報の通信の発信者情報」と定めているわけではないから、侵害情報の通信と密接に関連する情報の通信に関する情報であれば、それが侵害情報の発信者の特定に資する情報である限り、侵害情報以外の通信に関する情報であっても、「当該権利の侵害に係る発信者情報」と解することは妨げられないというべきである。現行のプロバイダ責任制限法5条は、令和3年法律第27号の法改正(令和4年10月1日施行)により、SNSサービス等にログインした際のIPアドレス等を開示の対象とすることを念頭に、特定発信者情報の開示請求権を創設している一方、同改正の前後を通じ、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」に、「当該権利の侵害に係る発信者情報」の開示請求を認める点については、文言に変更はない(特定発信者情報について、新たにルールが設けられた結果、特定発信者情報とそれ以外の発信者情報とで要件が書き分けられただけである。)。したがって、同法改正により、侵害関連通信以外の通信の発信者情報については、侵害情報の通信の発信者情報に限って認められるようになったなどという厳格な限定解釈を採用する理由は、文言上、見当たらないし、そのような解釈をすることが改正法の趣旨に合致すると認めることもできない。よって、被告の前記主張は前提を欠き、これを採用することはできない。
4 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」〔プロバイダ責任制限法5条1項2号〕か)について
 原告は、本件各氏名不詳者に対し、本件動画の送信可能化権の侵害による損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要があるから、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるときに該当する(プロバイダ責任制限法5条1項2号参照)というべきである。
5 小括
 以上に加え、弁論の全趣旨によれば、被告は本件各発信者情報を保有しているものと推認され、これを覆すに足りる証拠はないから、原告の本件請求は理由がある。そして、その他、当事者の主張に鑑み、本件訴訟記録を検討しても、前記認定判断を左右するに足りる事由は認められない。
第4 結論
 よって、原判決は相当でないから、これを変更することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当でないから、これを付さないこととする。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水響
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 頼晋一


(別紙)発信者情報目録
 別紙ピア目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被控訴人から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @氏名又は名称
 A住所
 B電子メールアドレス
 以上

(別紙)作品目録
(省略)
 以上

(別紙)ピア目録
(省略)
 以上
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