判例全文 | ||
【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件T(2) 【年月日】令和6年7月10日 知財高裁 令和6年(ネ)第10008号発信者情報開示請求控訴事件 (原審・東京地裁令和4年(ワ)第23937号) (口頭弁論終結日 令和6年5月13日) 判決 控訴人(第1審原告) 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 角地山宗行 被控訴人(第1審被告) エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 松田真 主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 事案の要旨 本件は、本件各発信者により本件動画の送信可能化権が侵害されたとして、控訴人が、本件各通信に係るインターネット接続サービスを提供した被控訴人に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。 なお、本判決では以下の略語を用いる。
第2 当事者の求めた裁判 1 請求 主文2項と同旨 2 原審の判断及び控訴の提起 原審は、本件各通信は著作物を「送信可能化」する行為に該当せず、本件各通信に係る情報の流通によって控訴人の権利が侵害されたと認めることはできないとして、控訴人の請求を全部棄却した。 控訴人は、これを不服として控訴を提起し、主文と同旨の裁判を求めた。 第3 事案の概要等 1 前提事実(以下の事実は争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨によって認められる。) (1)当事者 ア 控訴人は、ビデオソフトの制作及び販売を業とする特例有限会社である。 イ 被控訴人は、インターネット接続サービス等の電気通信事業を営むアクセスプロバイダである。 (2)本件動画の著作物性及び著作権者 控訴人は、著作物である本件動画の著作権者である(甲1、弁論の全趣旨)。 (3)ビットトレントの仕組み(甲3、9、弁論の全趣旨) ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)に共有させ、ピア同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバによって保有されている。 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。 イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザは、インターネット上のウェブサーバ等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。そして、端末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末は、ビットトレントネットワークにピアとして参加する。 ウ 上記の手順によってピアとなった端末は、定期的にトラッカーにアクセスし、トラッカーにピアのIPアドレス等の情報の一覧を要求し(TrackerRequest)、トラッカーからピア一覧を受信する(TrackerResponse。以上の一連の通信はTrackerCommunicationPhaseと呼ばれる。)。 ピアリストのデータを受信したピアは、ピアリストに基づいて、相手方ピアとの間で、互いに、ビットトレントのネットワークに参加している相手もピアであることを確認するHANDSHAKE、相手方のピアへ接続完了を意味するACK、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが対象ファイルのどの部分を所持しているか確認するBITFIELD、当該ピアが相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通知するINTERESTED、相手方ピアから、当該ファイルはダウンロードする(相手方ピアによりアップロードする)ことが可能であることを通知するUNCHOKEの通信をする(以上の一連の通信は「HostCommunicationPhase」と呼ばれる。)。 そして、当該ピアがダウンロードを要求するREQUEST、相手方ピアがアップロードするPIECEの通信により、対象ファイルがダウンロードされ、HAVE通信により受信確認が行われる(以上の各通信がDownloadPhaseと呼ばれる。)。 このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。なお、ファイルを100%保有している者をシーダーというが、シーダーでないユーザが保有するファイルからもダウンロード(当該ユーザからみればアップロード)が発生する。ビットトレントネットワークは通常一つのシーダーから始まる。 (4)本件調査会社による調査(甲3、4、9) 本件調査会社は、原判決別紙発信端末目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時を以下の方法により特定した。 ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件動画の品番を含むファイルのハッシュ値を探索し、当該ハッシュ値を監視対象とした。 イ 本件ソフトウェアは、上述のTrackerCommunicationPhaseに係る各通信により、トラッカーに接続し、監視対象である本件動画に係るファイルを共有しているピアの情報の提供を求め、トラッカーから別紙発信端末目録記載のIPアドレス及びポート番号を含むリストが返信された。 また、本件ソフトウェアが実際に各ピアとの間でHostCommunicationPhaseに属する各通信を行ったところ、本件各発信者が管理する端末(ピア)との間で、原判決別紙発信端末目録記載のとおりのUNCHOKE通信が行われたとの調査結果が示された。 (5)被控訴人の本件発信者情報の保有 被控訴人は、本件発信者情報を保有している。 2 争点 (1)本件調査会社による調査の信用性(争点1) (2)「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)かどうか(争点2) 3 争点に関する当事者の主張 (1)争点1:本件調査会社による調査の信用性 【控訴人の主張】 原判決別紙発信端末目録の「発信時刻」欄記載の各日時と同目録の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」は、本件調査会社による調査結果のとおり、本件動画のファイルの保有者に関するピアリストに載っていたピアからの「UNCHOKE」の通信をした端末に割り当てられていたIPアドレス及び送信元ポート番号と、その通信の日時であり、これらが正確であることは、本件ソフトウェアの同一性確認試験によっても確認されている。 【被控訴人の主張】 本件ソフトウェアを使用して得られた本件調査会社による調査結果は信用できず(東京地方裁判所令和5年3月24日判決〔乙1〕参照)、本件各通信が、本件各発信者の本件調査会社に対する「UNCHOKE」の通信であるとはいえない。 (2)争点2:「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)かどうか 【控訴人の主張】 ア 本件における送信可能化行為は、以下のとおりである。 (ア)著作権法2条1項9号の5イ トラッカーサーバは、不特定多数のピアからの求めに応じて、ピアのリストを提供しており、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置」といえる。 特定のファイルをアップロードしようとするピアは、トラッカーサーバに対し、自らが所持するファイル情報、IPアドレス等を通知し、これらの情報はトラッカーサーバに記録されることになるが、この行為は「自動公衆送信装置」であるトラッカーサーバの「公衆送信用記録媒体に情報を記録」したといえる。 これにより、当該ファイルをアップロードしようとするピアは、ダウンロードしようとするピアからの求めがあれば、いつでもそれに応じて当該ファイルをアップロードできる状態になったといえ、「自動公衆送信し得る」状態となった。 (イ)著作権法2条1項9号の5ロ ビットトレントネットワークでは、特定のファイルをアップロードしようとするピアが、当該ファイルを記録している発信端末でクライアントソフトを起動してトラッカーサーバに接続すると、同ピアの発信端末は、他のダウンロードしようとするピアからの求めに応じて、自動的に当該ファイルをアップロードし得る状態となるから、「公衆送信用記録媒体に情報が記録され」「ている自動公衆送信装置」に当たり、ビットトレントネットワークに繋がっていることから、「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」がされているといえる。 よって、アップロードしようとするピアが、トラッカーサーバへ通知することにより、同ピアの発信端末はビットトレントネットワークに繋がり、アップロードし得る状態となり、「自動公衆送信し得る」状態となった。 したがって、アップロードしようとするピアは、トラッカーサーバへの通知をすることにより、送信可能化権侵害状態になったといえる。 イ 原判決は、UNCHOKE通信をする時点よりも前の時点で本件複製ファイルが他のピアに自動公衆送信し得る状態になっていることを認めながら、UNCHOKE通信の時点においては著作権法2条1項9号の5のイ及びロに該当する行為が行われたとは認められないとするが、あるピアがインターネットに接続してビットトレントネットワークにも接続した瞬間を第三者が検知・特定することは技術的に不可能である。そこで、本件ソフトウェアは、ピアと同じ動きをし、トラッカーサーバに接続してピアのリストを受け取り、このリストを元に、本件動画をアップロードしようとするピアに対して接続をすることによって、そのアップロードしようとする通信を検知しているのである。 実際にダウンロードが行われて自動公衆送信権が侵害されなくても、その前段階である発信者による送信可能化状態を権利侵害と捉え、著作権者を保護しようとするのが、著作権法23条1項の趣旨であり、原判決のような限定的な解釈はこの趣旨を没却するものである。 【被控訴人の主張】 プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通」との文言に照らせば、同法は、侵害関連通信の場合を除き、開示請求の対象を、侵害情報を流通させたものに関する情報とすることを予定している。 本件各発信者によって本件複製ファイルが送信可能化されたのは、本件調査会社へのアップロードに先立って本件各発信者が本件複製ファイルのピースをダウンロードしたからにほかならない。本件で控訴人が開示請求の対象としているのはUNCHOKE通信であるが、UNCHOKE通信は、あるピアが自身の保有しているファイルをアップロード可能であることをリクエストした者に対して通知する通信にすぎず、UNCHOKE通信によって本件複製ファイルが送信可能化の状態になったとはいえない。 したがって、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」控訴人の「権利が侵害されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)であるとはいえない。 第4 当裁判所の判断 1 争点1:本件調査会社による調査の信用性について 証拠(甲3〜5、9)及び弁論の全趣旨によれば、原判決別紙発信端末目録の「発信時刻」欄記載の各日時と同目録の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」は、本件調査会社による調査結果のとおり、本件複製ファイルの保有者に関するピアリストに載っていたピアからの「UNCHOKE」の通信をした端末に割り当てられていたIPアドレス及び送信元ポート番号と、その通信の日時であることが認められる。 その信用性を疑わせる事情は何ら認められず、被控訴人の主張は採用できない。 2 争点2:「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)かどうかについて (1)基本的な視点 ア プロバイダ責任制限法5条1項が発信者情報の開示請求を規定している趣旨は、特定電気通信(同法2条1号)による侵害情報の流通は、これにより他人の権利の侵害が容易に行われ、ひとたび侵害があれば際限なく被害が拡大する一方、匿名で情報の発信が行われた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難となるという、他の情報の流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ、侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される。 ところで、令和3年法律第27号による改正により、従前の発信者情報開示請求に加え、「特定発信者情報」の開示請求制度が創設された。これは、個別の書き込みごとのIPアドレス等が記録されることが多い従来型の電子掲示板等とは異なり、サービスにログインした際のIPアドレス等(ログイン時情報)は記録されているものの投稿した際のIPアドレス等を記録していないタイプのSNSサービスが現れ、そのような場合のログイン時情報の開示につき、従来の発信者情報開示請求の枠組みで対応できるか解釈上の疑義が生じていたことを踏まえ、立法的な解決を図ったものである。上記改正法は、ログイン時情報を含む特定発信者情報についても開示請求の道を開く一方、その対象となる「侵害関連通信」(プロバイダ責任制限法5条3項、同法施行規則5条)は、それ自体としては権利侵害性のない通信であることを踏まえ、一定の補充的な要件を求めることとしたものである(プロバイダ責任制限法5条1項)。 このような改正法の趣旨も踏まえると、それ自体として権利侵害性のない通信を「特定発信者情報以外の発信者情報の開示請求」の手続に安易に乗せるような運用は、上記改正後のプロバイダ責任制限法5条の予定するところではないと解される。 イ 他方、本件においては、送信可能化権が有する特殊な性格についても、十分な配慮が必要となる。すなわち、著作権法は、公衆送信権を著作権の支分権と定めるところ(同法23条1項)、インターネットのウェブサイト等における公衆送信は、自動公衆送信(同法2条1項9号の4)として行われることになる。ここでは、閲覧者(公衆)からの閲覧請求信号に応じてサーバから情報が送信されるが、そのような自動公衆送信が実際に行われたかどうかを著作権者が把握するのは困難である。そこで、現実の送信の前段階における準備行為である「送信可能化」を公衆送信権の侵害行為類型に含めることとし(同法23条1項括弧書き)、もって権利保護の実効化を図ったものである。 送信可能化権の侵害を理由とする発信者情報開示請求の解釈適用においても、送信可能化権の上記の意義が没却されないよう留意が必要である。 (2)以上を踏まえて検討するに、確かに、プロバイダ責任制限法5条1項1号にいう「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害されたことが明らか」という要件が、典型的には、公衆送信権を侵害する通信が現に行われた場合の当該通信に係る発信者情報の開示を求めるような事例を想定していることは明らかであるところ、UNCHOKE通信は、送信可能化がされたことを前提として、相手方ピアが保有するピースのアップロード(そのピースを欲するピアにとってはダウンロード)が可能であることを伝えるものであり、それ自体によって侵害情報の流通がされるわけでないことはもとより、当該通信が送信可能化惹起行為(著作権法2条1項9号の5イ、ロ所定の行為)に当たるともいえない(この点は、原判決が12頁9行目〜13頁18行目で判断するとおりである。)。 しかし、送信可能化権の侵害とは、将来に向けて想定される自動公衆送信の準備が整ったことをもって公衆送信権の侵害類型と位置付けられたものであるから、自動公衆送信が可能な状態が継続している限り、その違法状態は継続していると解するのが相当である。著作権法2条1項9号の5イ、ロは、上記のような違法状態を招来するいわば入口としての行為を定義したものにすぎない。 そうすると、プロバイダ責任制限法5条1項1号の要件充足を、侵害情報の流通が現に行われる上記典型事例におけるような場合にしか認めない限定解釈をするならば、公衆送信の前段階における準備行為を侵害類型に含めた送信可能化権の趣旨が没却されてしまう。上記著作権法の趣旨を踏まえると、現実の公衆送信(侵害情報の流通)に至っていなくても、送信可能化権の侵害状態が生じている(すなわち、将来に向けて想定される自動公衆送信の準備が整っている)場合には、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害された」のと同視することができ、その侵害が明らかである場合には、同号の要件充足は妨げられないというべきである。 なお、その場合であっても、開示請求の対象となるのは「権利の侵害に係る発信者情報」(同条1項柱書)であり、具体的には、送信可能化が完了し、その後引き続き送信可能な状態が継続していることを直接的に示す通信に係る発信者情報に限られるというべきである。開示の対象とする発信者情報を上記の限度にとどめれば、情報の発信者のプライバシー、通信の秘密等が不当に損なわれることにはならないと解される。 (3)以上の枠組みに基づいて検討するに、上述したビットトレントネットワークの仕組み(上記第3の1(3)ウ)、本件調査会社による調査結果(同(4)イ及び前記1)に照らすと、本件におけるUNCHOKE通信は、本件複製ファイルを共有するビットトレントネットワークに参加した本件各発信者において、その保有するピースにつき送信可能化が完了し、引き続き自動公衆送信が可能な状態にあることを明らかにする通信にほかならない。 そうすると、本件においてプロバイダ責任制限法5条1項1号の権利侵害の明白性の要件は充足されており、UNCHOKE通信をもって特定された本件各通信に係る発信者情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するというべきである。 3 なお、控訴人が、本件各発信者に対し不法行為に基づく損害賠償を請求するためには、被控訴人が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があることは明らかであり、本件ではプロバイダ責任制限法5条1項2号の「開示を受けるべき正当な理由」も認められる。 第5 結論 以上によれば、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当である。よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。なお、控訴人の申立てに係る仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 宮坂昌利 裁判官 本吉弘行 裁判官 岩井直幸 |
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