判例全文 | ||
【事件名】キャニスターの著作物性事件 【年月日】令和6年7月2日 大阪地裁 令和5年(ワ)第5412号 著作権侵害差止等請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年5月23日) 判決 原告 P1 同訴訟代理人弁護士 松比良剛 被告 P2 被告 P3 上記2名訴訟代理人弁護士 沖花和夫 同 上田真一郎 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、別紙被告作品目録記載の製品を制作し、販売し、展示してはならない。 2 被告らは、別紙被告作品目録記載の製品を廃棄せよ。 3 被告らは、原告に対し、連帯して、500万円及びこれに対する令和5年7月23日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 本件は、原告が、別紙被告作品目録記載の各作品(以下、総称して「被告各作品」という。)を制作、販売等する被告らの行為は、原告の著作権(複製権又は翻案権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害するとして、被告らに対し、@著作権法(以下「法」という。)112条1項に基づき、被告各作品の制作等の差止めを、A同条2項に基づき、被告各製品の廃棄を、B共同不法行為に基づき、損害賠償金500万円及び不法行為後の各訴状送達の日の翌日(令和5年7月23日)から支払済みまでの民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。 1 前提事実(証拠〔枝番号のあるものは特に断らない限り、全ての枝番号を含む。以下同様。〕等を掲げていない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、熊本県上天草市において、屋号を「P4」として、木工製品を制作販売する個人事業主である。 イ 被告P2は、広島市所在の「P5」(以下「被告店舗」という。)を運営し、同店で販売する商品の選択やイベントの企画を行う者である。また、株式会社P6は、「P7」と被告店舗を運営するところ、被告P2の妻P8は、被告P2とともに同社の運営に関与している。(甲28〜30、乙5) ウ 被告P3は、広島市において、屋号を「P9」として、ハンドクラフトインテリアやキッチンアイテムのアトリエを営む個人事業主である。 (2)原告の作品 原告は、平成30年頃からP10と称するストレートガラスカップに木製の蓋を付した保存容器(キャニスター)の制作、販売を開始し、以後、改良を重ね、令和2年、別紙「作品対比表」の「原告作品」欄記載の各作品(以下、同表の番号順に「原告作品1」などといい、これらを「原告各作品」と総称する。)を制作、販売し、自己のインスタグラムに掲載した。(甲5、15)令和2年1月21日、「P6のP2」と称する者が、メールで、原告に対し、原告がインスタグラムで紹介している作品の取引を申し込んだが、原告はこれを断った。(甲4) (3)被告各作品の制作、販売 ア 被告P3は、遅くとも令和4年7月24日から被告各作品を制作し、自己のインスタグラムに掲載した。被告各作品の例は、別紙「作品対比表」の「被告作品」記載の各作品(以下、同表の番号順に「被告作品1」などという。)である。(甲3) イ 被告P2は、同年10月22日、被告店舗で被告各作品の展示会を開催し、以後、同店舗やオンラインサイトにおいて被告各作品を販売し、自己のインスタグラムに被告各作品を掲載した。(甲2) (4)被告らに対する警告及び被告による販売継続 原告は、令和4年10月21日、被告P3に対し、被告各作品が原告各作品と同じデザインであるとして、その販売中止を求めたが、同被告は、これに応じず、自己のインスタグラムから原告のアカウントをブロックする措置を講じた。(甲5) 原告は、令和5年1月ころ、被告店舗を訪れ、被告各作品の販売の中止を求め、以後、被告P2に対し、メールで複数回にわたり、被告各作品の販売の中止を求めた。(甲4、20、乙10) 被告らは、現在も、被告各作品の制作、販売を続けている。 2 争点 (1)原告各作品の著作物性の有無(争点1) (2)複製又は翻案の有無(争点2) (3)氏名表示権侵害の有無(争点3) (4)被告らの故意又は過失の有無(争点4) (5)原告の損害額(争点5) (6)差止め及び廃棄の必要性(争点6) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(原告各作品の著作物性の有無)について (原告の主張) ア 原告各作品は、蓋付きの保存容器(キャニスター)ではあるが従来品と異なり、円柱型のストレートガラスカップに同カップの4分の1ないし2分の1の高さのチェスの駒を彷彿とさせるフィニアルと称する装飾が施された木製の蓋が組み合されているとの特徴を有している。また、原告各作品には、保存容器において必須とはいえない持ち手が木製の蓋に施されているうえ、3段に大別された蓋(ただし、ガラスカップと接してカップ内を密封する部分を除く。)には、先端部分に球体やしずく型等の様々な装飾が施され、2段目には独楽からインスピレーションを得た円盤型様の装飾が施され、3段目には大きな円錐様の形状を基本として先端部や側面部に様々な装飾が施されている。 そうすると、原告各作品が、保存容器という実用的機能を離れて、絵画、彫刻、オブジェと同様に美的鑑賞となる特徴を有することは明らかであるから、原告各作品は、創作性があり、著作物に当たる。 イ 被告らは、他の作品(商品)と比較すれば、原告各作品の蓋の装飾や形状がありふれているといえる旨主張するが、被告らの指摘する作品はいずれも原告各作品の装飾と異なる、又は、原告各作品の発表後の作品であるから、いずれも被告主張の根拠にならない。 (被告らの主張) 原告各作品は、工業製品であるストレートガラスに蓋をのせ、当該蓋部分に装飾を施した「コーヒーや紅茶、スパイス、乾物などを入れる保存容器」という実用品であり、「美術工芸品」(法2条2項)には当たらない。また、原告各作品の蓋部分に装飾はあるが、蓋の突起は保存容器の持ち手として必要なものであり、実用的機能を離れて美的鑑賞となるような特性はないうえ、フィニアルとしてありふれたデザインであり、美的特性や創作性を備えていないから、原告各作品は、応用美術として著作権法上保護されるものではない。 2 争点2(著作権(複製権又は翻案権)侵害の有無)について (原告の主張) (1)複製又は翻案に当たること ア 被告作品1 原告作品1と被告作品1は、いずれも円柱型のストレートガラスカップに木製の大きな装飾を施した蓋が組み合わされており、ガラスカップ及び蓋の大きさとその比率は同一であり、また、各蓋の2段目の装飾(円盤型の装飾)と3段目の形状(大きな円錐)はほぼ同一である。よって、被告作品1には、原告作品1の表現上の同一性が維持されているといえ、仮に維持されていないとしても、原告作品1の本質的特徴を感得できる。 イ 被告作品2 原告作品2と被告作品2は、いずれも円柱型のストレートガラスカップに木製の大きな装飾を施した蓋が組み合わされており、ガラスカップ及び蓋の大きさとその比率、各蓋に3段のデザインが施されている点が同一である。また、各蓋の2段目の装飾(円盤型の装飾)は、ほぼ同一である。よって、被告作品2には、原告作品2の表現上の同一性が維持されているといえ、仮に維持されていないとしても、原告作品2の本質的特徴を感得できる。 ウ その他 上記ア、イ以外の被告各作品にも、原告各作品の表現上の同一性が維持されており、仮に維持されていないとしても、原告各作品の本質的特徴を感得できる。したがって、被告各作品は、いずれも原告各作品を複製又は翻案したものである。 (2)依拠性があること 上記(1)のとおり、被告作品1及び2は、原告作品1及び2と同様の特徴を有する。 また、原告は、平成30年9月頃からP10を制作、改良し、令和2年1月21日、被告P2からメールにより原告各作品の取扱いを求められ、これを断ったが、令和4年10月22日、被告店舗で被告各作品が展示され、以後被告各作品が販売されている。さらに、被告P3は、原告のインスタグラムのアカウントをブロックした。このような経緯に照らせば、被告各作品は、原告各作品に依拠して制作されたといえる。 (被告らの主張) いずれも否認し、争う。 (1)複製又は翻案に当たらないこと ア 被告作品1 被告作品1と原告作品1は、蓋の装飾(先端部分、2段目及び3段目)が異なる。蓋の先端部分の装飾について、被告作品1は豆型(楕円型)であるのに対し、原告作品1は球体型である。2段目の装飾について、被告作品1は浅い皿型であるのに対し、原告作品1は厚みのあるそろばんのコマのような円盤型である。3段目の装飾について、被告作品1は丸みを帯びた屋根型であるのに対し、原告作品1は直線的な屋根型である。 イ 被告作品2 被告作品2と原告作品2は、蓋の装飾(先端部分、2段目及び3段目)や材質が異なる。蓋の先端部分の装飾について、被告作品2はオニオン型であるのに対し、原告作品2はしずく型である。2段目の装飾について、被告作品2は皿型であるのに対し、原告作品2は厚みのあるそろばんのコマのような円盤型である。3段目の装飾について、被告作品2は丸みを帯びた屋根型であるのに対し、原告作品2は直線的な屋根型である。 (2)依拠性がないこと 被告P3は、故郷イギリスによくあるデザインやチェスの駒などを参考に被告各作品を制作したのであり、制作当時まで原告各作品を見たことはない。また、令和2年1月に原告にメールで原告各作品の取扱いを依頼したのは、被告P2ではなくP8である。さらに、被告P3が原告のインスタグラムのアカウントをブロックしたのは、原告の「P4」のインスタグラムのアカウントが非公開とされ、作品閲覧が承認制にされている点を奇妙に思ったからである。 3 争点3(氏名表示権侵害の有無)について (原告の主張) 被告らは、被告各作品の販売にあたって、同作品が被告P3の作品であると表示し、原告の氏名表示権を侵害した。 (被告らの主張) 否認し、争う。 4 争点4(被告らの故意又は過失の有無)について (原告の主張) 被告らは、被告各作品の制作及び販売が原告の著作権(複製権、翻案権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害することを認識し、又は、認識し得た。このことは、被告P2が被告各作品の販売前に原告作品の取扱いを希望したことや、被告P3が原告のインスタグラムのアカウントをブロックしたことからも明らかである。 (被告らの主張) 否認し、争う。 5 争点5(原告の損害額)について (原告の主張) (1)被告らの著作権(複製権又は翻案権)侵害行為により原告の被った損害額は200万円を下らない。 (2)被告らの著作者人格権(氏名表示権)侵害行為により原告の被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は200万円を下らない。 (3)原告が本件のために弁護士に依頼した費用は、被告の侵害行為と相当因果関係のある損害であり、その額は100万円を下らない。 (被告らの主張) いずれも否認し、争う。 6 争点6(差止め及び廃棄の必要性)について (原告の主張) 被告らは、本件提訴前に原告から被告各作品の制作、販売の差止めを求められたが応じず、現在も制作等を継続しているから、原告の著作権侵害の予防のためには、被告各作品の制作等の行為の差止め及び被告各作品の廃棄を求める必要がある。 (被告らの主張) 否認し、争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(原告各作品の著作物性の有無)について 「著作物」(法2条1項1号)とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であり、「美術の著作物」には美術工芸品が含まれる(同条2項)ところ、美術鑑賞の対象となり得るものであって、思想又は感情を創作的に表現したものであれば、美術の著作物に含まれると解されるから、同項は、美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示したものと解される。一方、応用美術(実用に供されることを目的とした作品であって、専ら美術鑑賞を目的とする純粋美術とはいえないもの)のうち、美術工芸品以外の量産品について、(意匠法による保護はさておき)美術鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると、実用的な物品の形状等の利用を過度に制約し、将来の創作活動を阻害することになり、妥当でない。 そこで、応用美術のうち、美術工芸品以外の量産品であっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できる場合には、美術の著作物に当たると解するのが相当である。 原告各作品は、コーヒー豆等を収納するガラス製の保存容器(キャニスター)であるから(争いなし)、実用目的を有する量産品であるといえる。原告各作品が、保存容器という実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているか否かについてみると、原告各作品は、ストレートガラスカップと木製の蓋から構成されており、ストレートガラスカップに装飾のある木製の蓋を組み合わせること自体はアイデアであるところ、前者(ストレートガラスカップ部分)には、保存容器として必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性が備わっているとは認められない(原告もこの部分について、創作的表現が備わっている旨の主張はしていない。)。また、後者(木製の蓋部分)は、先端側から順に略球形、円盤型、円錐型からなる3段から構成され、各段の境目はくびれの構成となっているところ、このような構成は持ち運びや内容物の収納、ストレートガラスカップに対する蓋の着脱を容易するために必要な構成であるから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとはいえない。また、仮に、保存容器(キャニスター)の実用目的を達成するために、その蓋部分の構成をフィニアル状にする必然性はないとして部分的には実用目的を達成するために必要とはいえない構成が含まれると解するとしても、略球形、円盤型及び円錐型を組み合わせていくつかの段を構成し、各段の境目がくびれている木製の装飾は、骨董品に用いられるなど、かなり前から家具等で広く用いられていたこと(乙3、4)、原告がP10を制作する以前の平成25年時点において、略球形や円盤の形状のいくつかの段が設けられ、各段の境目がくびれている木製の蓋が細いガラス瓶に接着された作品(乙2・5枚目)が存在していたことなどの事情も踏まえると、原告各作品の上記蓋部分の構成はありふれたものであって、美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的な表現を備えているとはいえない。 したがって、原告各作品は、創作性がなく、著作物であると認めることはできない。 2 争点2(複製又は翻案の有無)について なお、事案にかんがみ、依拠性についても検討する。 原告は、被告各作品は原告各作品に依拠している根拠となる事情として、被告P2が令和2年1月に原告各作品の取扱いを求めたが原告がこれを断ったこと、令和4年10月以降に被告店舗で被告各作品が展示、販売されていること、及び、被告P3が原告のインスタグラムのアカウントをブロックしたことを挙げる。 しかし、上記1のとおり、原告各作品の蓋部分のフィニアル状の装飾は、従来から類似の装飾が広く存在するありふれたものであること、原告各作品と被告作品1及び同2を比較しても、木製の蓋部分の形状は、先端部分や2段目の円盤部分、3段目の円錐部分など複数の点において相違し、作品の印象にも相応の差異がもたらされていること、被告各作品の制作にあたって実施された両被告間の話合いにおいて、原告各作品に言及された事情はうかがわれないこと(乙8)などを踏まえると、原告主張の上記各事情を前提としても、依拠性を認めることはできず、他に、依拠性を認めるに足りる証拠はない。 したがって、被告らによる原告の複製権又は翻案権の侵害は認められない。 3 争点3(氏名表示権の侵害)について 上記1及び2に説示したところによれば、被告各作品を被告P3の作品として販売することが、原告の氏名表示権の侵害に該当するとは認められない。 4 まとめ 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求は理由がない。 第5 結論 よって、原告の請求はすべて理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 武宮英子 裁判官 島田美喜子 裁判官 西尾太一 (別紙)被告作品目録は省略 (別紙)作品対比表 |
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