判例全文 | ||
【事件名】臨床看護書籍事件 【年月日】令和6年6月27日 大阪地裁 令和5年(ワ)第3064号 著作権侵害差止請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年4月25日) 判決 原告 P1 同訴訟代理人弁護士 池辺瞬 被告 P2 同訴訟代理人弁護士 小林健一 主文 1 被告は、別紙侵害部分目録記載の表を全て削除しない限り、別紙書籍目録記載の書籍を発行し、販売し、又は頒布してはならない。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 1 本判決における略称
被告書籍の作成、発行等が原告表に係る原告の共有著作権(複製権又は翻案権)の侵害であることを前提とする、原告の被告に対する、著作権法(以下「法」という。)112条1項に基づく、被告表を掲載する被告書籍の発行等の差止請求 3 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実) (1)原告らによる論文案の作成等(甲1ないし5、7、乙4) ア 原告は、令和元年9月8日開催の学会(日本教育工学会2019年秋季全国大会)の学会抄録として、P3、P4、P5、P6と共に、「臨床看護師の実地指導者に関するコンピテンシーの開発」と題する甲1学会抄録を作成し、同抄録に甲1表(「実地指導者に対するアンケート調査」を掲載した。(甲1) イ その後、原告は、P3、P4、P5、P6と共に、甲1学会抄録を修正して甲2論文案を作成し、これを修正して甲3論文案を作成し、甲3論文案に原告表を掲載した。さらに、原告らは、甲4論文案の作成を経て甲5論文を完成させ、甲5論文に甲5表を掲載した。 甲5論文は、令和2年11月24日付け日本教育工学会論文誌として公表されたが、甲2論文案、甲3論文案及び甲4論文案は、いずれも公表されなかった。 ウ 原告は、P6と共に、編著者として「OJTで使える!臨床での指導に必要な「教え方」のスキル13」と題する書籍(甲7書籍)を作成し、同書籍に甲7表を掲載した。 甲7書籍は、令和2年6月15日、日総研出版から発行された。 (2)被告による被告書籍の作成等(甲6) 被告は、編著者として被告書籍を作成し、同書籍は、令和2年11月10日、株式会社メディカ出版から発行された。 同書籍に掲載された被告表の下部には「(文献17より引用)」との記載があり、「引用参考文献17」が「P6ほか編著.OJTで使える!臨床での指導に必要な「教え方」のスキル13.愛知,日総研出版,2020,16」であるとの記載があった。 (3)原告による警告等 原告は、令和5年1月11日付け文書により、被告に対し、被告による被告表の作成等が原告の共有著作権の侵害である旨を通知したが、被告はこれを争った(甲9)。 4 争点 (1)被告は、原告表に依拠して被告表を作成したか(争点1・請求原因) (2)原告は、原告表の共有著作権を喪失したか(争点2・抗弁) (3)被告表の掲載は、法32条1項の引用として適法か(争点3・抗弁) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(被告は、原告表に依拠して被告表を作成したか)について 【原告の主張】 原告は、P6らと共に、令和元年11月上旬に甲3論文案を作成した。P6は、同月21日、被告に対し、原告表を含む甲3論文案の表に対する意見をメールで求め、同月27日、被告から添付データと共に意見の返信を受けた。このように、被告は、被告書籍の発行前に原告表を知り、これに依拠して被告表を作成した。 【被告の主張】 否認し争う。 被告は、甲7表を引用して被告表を作成したのであり、原告表に依拠していない。そもそも、被告は、未公表の甲3論文案に掲載された原告表を目にすることはできなかった。また、原告主張の求意見の際に見たデータは速やかに廃棄しており、被告書籍の作成時に保有していなかった。なお、上記求意見に対する返信メールに添付したデータ内の表(甲12)は、被告表と細部において異なっており、同一ではない。 2 争点2(原告は、原告表の共有著作権を喪失したか)について 【被告の主張】 甲5論文とその推敲過程にある甲3論文案の著作権は一体的に評価すべきである。 そうであるところ、日本教育工学会の論文誌に採録が決定された論文の著作権は、乙1投稿規程及び乙2著作権規程の定めによれば、当該学会の日本教育工学会の論文誌に採録が決定された論文は、採録決定時点で同学会に移転することとなり、このような権利移転は、乙2著作権規程の施行日(令和4年8月1日)より前でも同様の取扱いがされていた。そうすると、甲5論文の著作権は、日本教育工学会の論文誌への採録決定によって同学会に移転したので、これと一体的に評価すべき甲3論文案の著作権も同学会に移転したといえる。したがって、原告は、甲3論文案に掲載された原告表の共有著作権を喪失した。 【原告の主張】 否認し争う。 3 争点3(被告表の掲載は、法32条1項の引用として適法か)について 【被告の主張】 被告書籍に原告表を掲載した行為は、法32条1項の引用に当たる。すなわち、被告書籍は、医療機関内における看護師の実施する院内研修に関する内容の書籍であるところ、被告による上記引用の目的は「院内研修を支える知識・スキル・テクニック」として「院内研修で使えるノウハウとファシリテーションスキル」の一つであるOJTの指導者の指針として参考にすべき事項を読者に示すことにある。このように、引用の目的は正当であり、その目的のために本文ではなく一覧表の形式を掲載することは極めて有用である。また、被告書籍における引用表示についてみると、被告書籍には、被告表の引用元として甲7書籍のみが指摘され、同書籍が「引用、一部改変」の元と指摘する甲1学会抄録が指摘されていないが、甲1学会抄録が発表された学会の参加者や同学会の販売する媒体の購入者でなければ入手できないものであることや、甲7表とその「引用、一部改変」元とされた甲1表が全く異なる内容であることからすれば、引用元として甲1論文を指摘しない上記引用表示は、公正な慣行に反するものではない。以上のとおり、被告による引用は、被告書籍の目的に沿った必要かつ最小限度の引用であり、読者にも非常に有用であり、社会通念に照らして合理的な範囲内のものである。 【原告の主張】 被告表に対応する被告書籍の本文部分と被告表部分を比較すると、後者が前者より明らかに量的にも質的にも主たる部分を構成している。また、被告書籍において、原告表の考え方を紹介するためには、当該考え方を本文に詳細に記載すれば足り、原告表を引用する必要性及び有用性はない。さらに、原告表の引用部分は、被告書籍と分離して供されることは容易であり、被告書籍の頒布によって、原告表の共有著作権の利用を前提とする経済的利益獲得の機会が失われる。以上によれば、被告による引用の方法及び態様は、社会通念上合理的な範囲にとどまるものとはいえず、公正な慣行に合致したものともいえない。加えて、被告による引用表示は、被告書籍が引用元とする甲7書籍が引用等の元であると明示する甲1論文について一切指摘されていないから、出所明示義務違反がある。 したがって、被告の掲載行為は、法32条1項の引用に当たらない。 第4 判断 1 争点1(被告は、原告表に依拠して被告表を作成したか)について (1)被告による原告表の了知等について 証拠(甲11の1ないし3、甲12)及び弁論の全趣旨によれば、令和元年11月21日、P6が被告に対し、メールにより、教育工学研究(看護領域の実地指導コンピテンシー開発)に関する専門家評価を求め、原告表を含む内容の調査票のデータを送信したこと、同月28日、被告がP6に対し、上記調査票に自己の評価コメントを記載したデータを添付したメールを返信したことが認められ、これによると、被告は、被告書籍の作成前に、原告表の内容を把握していたといえる。 そして、原告表と被告表との内容を比較すると、いずれも「領域」、「コンピテンシー」、「行動」又は「行動記述」の3項目から成り、「領域」及び「コンピテンシー」の各項目の内容は、表記が漢字(「関わる」)であるかひらがな(「かかわる」など)であるかという相違点があるほかはすべて同一である。また、「行動」又は「行動記述」の項目の内容も、表記が漢字であるかひらがなであるかという点、表記が「相手」であるか「学習者」であるかという点、「学習者の学習方法の好みや意欲を把握する」及び「指導するにあたって、対象患者、看護師配置、時間、場所、物品等の条件を確認する」との点に取消線があるか否かという点において相違するが、その余は「コンピテンシー」の項目との対応関係も含めてすべて同一である。 これらの事情に照らせば、被告は、原告表に依拠して被告表を作成したものというべきである。 (2)被告の主張について 被告は、原告表ではなく甲7表に依拠して被告表を作成したと主張し、これに沿う供述をする。しかし、上記(1)のとおり、被告は、令和元年11月時点で、被告表とほぼ同一の内容である原告表を含む調査票のデータを受領し、これに初めて接しているのであるから、その後甲7書籍に接することがあったとしても、当初に接した原告表に依拠していないことにはならない(被告自身が原告表について自身が被験者になった過程があり思い入れがあると陳述することとも整合的である。)。被告の主張は採用できない。 2 争点2(原告は、原告表の共有著作権を喪失したか)について 被告は、甲3論文案と甲5論文の各著作権が一体であることを前提に、甲5論文の著作権が日本教育工学会に移転したことをもって、原告が甲3論文案の共有著作権を喪失したと主張する。しかしながら、甲3論文案と甲5論文は、論文の草稿と完成した論文との関係にあるが別個の著作物と解すべきであるから、被告の上記主張は前提を欠く。 したがって、原告が、原告表の共有著作権を喪失したとは認められない。 3 争点3(被告表の掲載は、法32条1項の引用として適法か)について (1)上記1によれば、被告は、原告表に依拠してこれを引用して被告表を作成したと認められるところ、前記前提事実のとおり、甲3論文案は公表されていないから、原告表は、法32条1項にいう「公表された著作物」ではない。 したがって、そもそも、被告による原告表の掲載は、同条の要件を欠くものであって、被告の主張は失当である。 (2)この点を措いても、被告は、被告表の引用元として、被告書籍中に「(文献17より引用)」と記載し、「引用参考文献17」が「P6ほか編著.OJTで使える!臨床での指導に必要な「教え方」のスキル13.愛知,日総研出版,2020,16」(甲7書籍)であると記載しているが、被告表に対応する甲7表の「引用,一部改変」元として甲7書籍に記載のある甲1学会抄録を被告表の引用元には挙げていない。このような引用元の表示は、著作物の出所を的確に表示するものとはいえず、公正な慣行に合致するものとはいえないから、法32条1項の「引用」として適法とはいえない。 この点、被告は、甲1表と甲7表の内容が相違することや、甲1学会抄録の入手が困難であることなどから、甲1学会抄録を被告表の引用元として記載しないことが正当である旨主張し、これに沿う供述をするが、独自の見解であり、採用できない。 4 まとめ 以上によれば、被告による被告表の作成等は、原告の原告表に係る共有著作権を侵害するものと認められ、本件提訴前の事情(前記前提事実(3))や本件訴訟経過における被告の応訴態度等に照らせば、被告表を掲載した被告書籍の作成等の差止めの必要性がある。 第5 結論 以上の次第で、原告の請求には理由がある。 大阪地方裁判所第26民事部 裁判長裁判官 松阿彌隆 裁判官 島田美喜子 裁判官 西尾太一 (別紙)書籍目録 題号 効果的・効率的・魅力的な教育・研修を企画・運営できるようになる!院内研修パーフェクトBOOK 著作者名 被告 発行所名 株式会社メディカ出版 発行年月日 令和2年11月10日 (別紙)侵害部分目録 「表9 臨床のOJTにおける指導者のコンピテンシー」(被告書籍43頁)
(別紙) 著作物目録
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