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【事件名】KDDIへの発信者情報開示請求事件AI(2) 【年月日】令和6年6月26日 知財高裁 令和6年(ネ)第10011号 発信者情報開示請求控訴事件 (原審・東京地裁令和5年(ワ)第70028号) (口頭弁論終結日 令和6年5月13日) 判決 控訴人(第1審原告) 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 角地山宗行 被控訴人(第1審被告) KDDI株式会社 同訴訟代理人弁護士 山本一生 同 小俣拓実 主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 事案の要旨 本件は、本件各発信者により本件動画の送信可能化権が侵害されたとして、控訴人が、本件各通信に係るインターネット接続サービスを提供した被控訴人に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。 なお、本判決では以下の略語を用いる。
第2 当事者の求めた裁判 1 控訴人の原審における請求 主文2項と同旨 2 原審の判断及び控訴の提起等 原審は、本件各通信は著作物を「送信可能化」する行為に該当しないとして、控訴人の請求を全部棄却した。 控訴人は、これを不服として控訴を提起し、主文と同旨の判決を求めた。 第3 事案の概要等 1 前提事実(以下の事実は争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨によって認められる。) (1)当事者 ア 控訴人は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を目的とする特例有限会社である。 イ 被控訴人は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである。 (2)本件動画の著作物性等(甲7、13、14、17、18) 本件動画は、控訴人の職務著作に係るDVD作品に、配信会社が約15分の「おまけ映像」を付けてインターネット配信版とした著作物である。 (3)ビットトレントの仕組み(甲2〜4、12、弁論の全趣旨) ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)に共有させ、ピア同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバによって保有されている。 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。 イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。そして、端末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末は、ビットトレントネットワークにピアとして参加する。 ウ 上記の手順によってピアとなった端末は、定期的にトラッカーにアクセスし、トラッカーにピアのIPアドレス等の情報の一覧を要求し(TrackerRequest)、トラッカーからピアリストを受信する(TrackerResponse。以上の一連の通信はTrackerCommunicationPhaseと呼ばれる。)。 ピアリストのデータを受信したピアは、ピアリストに基づいて、相手方ピアとの間で、互いに、ビットトレントのネットワークに参加している相手もピアであることを確認するHANDSHAKE、相手方のピアへ接続完了を意味するACK、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが対象ファイルのどの部分を所持しているか確認するBITFIELD、当該ピアが相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通知するINTERESTED、相手方ピアから、当該ファイルはダウンロードする(相手方ピアによりアップロードする)ことが可能であることを通知するUNCHOKEの通信をする(以上の一連の通信は「HostCommunicationPhase」と呼ばれる。)。 そして、当該ピアがダウンロードを要求するREQUEST、相手方ピアがアップロードするPIECEの通信により、対象ファイルがダウンロードされ、HAVE通信により受信確認が行われる(以上の各通信がDownloadPhaseと呼ばれる。)。 このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。なお、ファイルを100%保有している者をシーダー、完全なファイルのダウンロードが完了する前のユーザをリーチャーというが、リーチャーが保有するファイルからもダウンロード(リーチャーからみればアップロード)が発生する。ビットトレントネットワークは通常一つのシーダーから始まる。 (4)本件調査会社による調査(甲2〜5、12、19) 本件調査会社は、原判決別紙発信端末目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時を以下の方法により特定した。 ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件動画の品番を含むファイルのハッシュ値を探索し、当該ハッシュ値を監視対象とした。 イ 本件ソフトウェアは、上述のTrackerCommunicationPhaseに係る各通信により、トラッカーに接続し、監視対象である本件動画に係るファイルを共有しているピアの情報の提供を求め、トラッカーから原判決別紙発信端末目録記載のIPアドレス及びポート番号を含むリストが返信された。 また、本件ソフトウェアは、実際に各ピアとの間でHostCommunicationPhaseに属する各通信を行った。原判決別紙発信端末目録記載の発信時刻は、UNCHOKEの通信により、各ピアから、本件動画の全部又は一部のアップロードが可能であるとの通知があった日時である。 (5)被控訴人による本件発信者情報の保有 被控訴人は、本件発信者情報を保有している。 2 争点 (1)本件動画の著作権者が控訴人であるか否か(争点1) (2)権利侵害の明白性(プロバイダ責任制限法5条1項1号)の充足(争点2) (3)本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」(同項柱書)該当性(争点3) (4)「開示を受けるべき正当な理由」(同項2号)の有無(争点4) 3 争点に関する当事者の主張 (1)争点1:本件動画の著作権者が控訴人であるか否か 【控訴人の主張】 本件動画の著作権は、全体として控訴人に帰属する(著作権法15条1項)。 【被控訴人の主張】 争う。本件動画の著作名義は明らかでなく、本件に著作権法15条1項は適用されない。 (2)争点2:権利侵害の明白性の充足 【控訴人の主張】 ア ビットトレントでは、共有されているファイルを特定するために、ファイルごとに生成される英数字の羅列であるハッシュ値を利用している。本件各発信者は、ビットトレントネットワークにおいて、本件動画のハッシュ値により特定されるファイル、すなわち本件複製ファイルをアップロードできる状態にしていた。 本件動画と本件複製ファイルを再生した動画とを比較すると、本件複製ファイルに係る動画が本件動画と同一のものであることは明らかである。 イ 本件各発信者は、遅くとも原判決別紙発信端末目録の発信日時欄記載の日時までに、本件複製ファイルの全部又は一部を取得して自身が管理するピアの記録媒体に保存し、かつ、これと同時に、ビットトレントネットワークを介して、不特定の他のピアからの要求に応じて本件複製ファイルを自動的に送信し得るようにした。 ウ 被控訴人は、本件において、送信可能化状態に置かれたピースが再生可能であるか、再生可能であるとしても当該再生可能部分が本件著作物の本質的特徴を直接感得できるものが不明である旨主張する。 しかし、控訴人の送信可能化権が侵害されたというためには、送信可能化状態に置かれたピースが、表現上の本質的特徴を直接感得できる著作物のファイルの一部を構成するピースであれば足り、ピース自体が表現上の本質的特徴を直接感得できるものである必要はない。 自動公衆送信権では、ダウンロードがいつ・どこで・誰にされたかという困難な立証を権利者に余儀なくするもので、過度な負担を課すものであるため、インターネットへの無断アップロードを防止する送信可能化権を創設して、権利行使の実効性を担保したのである。 インターネット上では著作物のファイルは細分化されたデータとしてやりとりされるが、データそれ自体は数字記号の羅列で、表現上の本質的特徴を直接感得できるものではない。送信可能化状態に置かれたピース自体に表現上の本質的特徴を直接感得できることを求めることは、送信可能化権の成立を著しく狭めるものである。 【被控訴人の主張】 ア 本件ソフトウェアはピアからピースをダウンロードするわけではない。そうすると、本件各発信者が本件動画の複製ファイルのピースを保有していたことが立証されているとはいえない。 現に、被控訴人による本件各発信者への意見照会の中には、発信者であることを否定する者もある。 また、本件ソフトウェアについては、他の発信者情報開示請求訴訟において正確性に疑義が示されている。同一性確認実験(甲6)も、極めて少ない台数のコンピュータについて、ビットトレントネットワークに接続せずに実施されたものにすぎない。 なお、控訴人は、当初、本件調査会社における調査結果において取得されたハッシュ値がDVD版のものであるとしていたが、その後、本件動画のものである旨主張を変更しており、上記調査結果は、DVD版のデータ保有者に係るIPアドレスが記録された可能性が否定できない。 イ 公衆送信権は、「著作物について、公衆送信(中略)を行う権利」である(著作権法23条1項)以上、公衆送信権侵害が認められる場合、「公衆送信」行為及びその準備行為である送信可能化行為の客体は「著作物」(思想又は感情を創作的に表現したもの。同法2条1項1号)である必要がある。そして、公衆送信行為及び送信可能化行為の客体となる「著作物」が、著作権侵害を主張している者に属する著作物と同一又は類似していなければ、公衆送信権侵害は発生しない。公衆送信行為及び送信可能化行為の客体が、侵害されたと主張されている著作物における「表現上の本質的特徴を直接感得できるもの」でなければ、公衆送信権侵害及び送信可能化権侵害を認める余地はない。創作性のない表現や、当該ピースのみでは再生できないピースが公衆に送信されたとしても、創作的表現を保護しようとする著作権法の趣旨に反しないし、公衆送信権侵害・送信可能化権侵害が刑事罰を伴うことからすると(著作権法119条1項)、その客体を再生不能なピースまで広げることは明らかに妥当性を欠く。 本件では、本件各発信者が本件複製ファイルのピースを保有していたとしても、当該ピースのみで動画として実際に再生できたのかは不明であるし、当該ピースが再生できたとして、当該再生可能部分が表現上の本質的特徴を直接感得できるものといえるかどうかが一切明らかではない。本件各発信者のピースについて、何らかの方法で再生可能な状態に復元することが可能であったとしても、再生可能な状態に復元するために何らかの情報を当該ピースに付加する必要がある場合は、当該ピースが単体では再生不可能であったことを示すものであり、公衆送信権侵害・送信可能化権侵害が明らかとはいえない。 (3)争点3:本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性 【控訴人の主張】 ア 本件における送信可能化行為は、以下のとおりである。 (ア)著作権法2条1項9号の5イ トラッカーサーバは、不特定多数のピアからの求めに応じて、ピアのリストを提供しており、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置」といえる。 特定のファイルをアップロードしようとするピアは、トラッカーサーバに対し、自らが所持するファイル情報、IPアドレス等を通知し、これらの情報はトラッカーサーバに記録されることになるが、この行為は「自動公衆送信装置」であるトラッカーサーバの「公衆送信用記録媒体に情報を記録」したといえる。 これにより、当該ファイルをアップロードしようとするピアは、ダウンロードしようとするピアからの求めがあれば、いつでもそれに応じて当該ファイルをアップロードできる状態になったといえ、「自動公衆送信し得る」状態となった。 (イ)著作権法2条1項9号の5ロ ビットトレントネットワークでは、特定のファイルをアップロードしようとするピアが、当該ファイルを記録している発信端末でクライアントソフトを起動してトラッカーサーバに接続すると、同ピアの発信端末は、他のダウンロードしようとするピアからの求めに応じて、自動的に当該ファイルをアップロードし得る状態となるから、「公衆送信用記録媒体に情報が記録され」「ている自動公衆送信装置」に当たり、ビットトレントネットワークに繋がっていることから、「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」がされているといえる。 よって、アップロードしようとするピアが、トラッカーサーバへ通知することにより、同ピアの発信端末はビットトレントネットワークに繋がり、アップロードし得る状態となり、「自動公衆送信し得る」状態となった。 したがって、アップロードしようとするピアは、トラッカーサーバへの通知をすることにより、送信可能化権侵害状態になったといえる。 イ UNCHOKE通信自体は送信可能化行為ではないが、それ以前に送信可能化行為は行われており、UNCHOKE通信をした時点においても、送信可能な状態が継続していることから、控訴人の送信可能化権は侵害されており、同通信に係る発信者情報は「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるというべきである。 【被控訴人の主張】 ア 著作権法2条1項9号の5は、「送信可能化」を、同イ及びロ所定の行為によって「自動公衆送信し得るようにすること」と定義し、同イでは、公衆送信用記録媒体に情報を「記録し」た行為などという特定の時点の行為を、同ロでは、同括弧書きにより最終接続行為を対象とし、いずれも特定の時点の行為のみを対象としているから、送信可能化状態が権利侵害に当たるとはいえない。 同法23条1項は、著作権者の保護のために、実際の送信の準備行為を規制の対象としたにすぎず、準備行為とは別の行為や自動公衆送信し得るという状態まで保護の対象として認めるものではない。 なお、トラッカーサーバには本件複製ファイル、あるいはその再生可能なピース自体が記録されるわけではないので、トラッカーサーバが同法2条1項9号の5イの自動公衆送信装置に該当するとしても、情報を記録する行為自体が存在しない。したがって、送信可能化行為自体の主張立証もないというべきである。 イ 「権利の侵害に係る発信者情報」は、侵害情報の流通によって直接的に権利侵害をもたらす通信に限られる。 (4)争点4:「開示を受けるべき正当な理由」の有無 【控訴人の主張】 控訴人は、本件各発信者に対し損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、被控訴人が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要がある。 【被控訴人の主張】 争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(本件動画の著作権者が控訴人であるか否か)について 前提事実(2)認定の事実及び同所に記載の証拠によれば、本件動画のうちの少なくとも「おまけ映像」を除く部分については、控訴人が著作権を有するものと認められる(なお、本件動画が控訴人と配信会社の共同著作物と認めることはできないが、仮に共同著作物であっても本件の帰趨に影響するものではない。)。 2 争点2(権利侵害の明白性の充足)について (1)甲2によれば、ビットトレントにおいて送受信されるファイルはハッシュ値によって特定されるところ、ビットトレントを介した接続の際には、ハッシュ値が認証キーとなり、これが一致しないとクライアント間は接続されず、同じトレントファイルを持ったユーザ同士のみがネットワークを形成することが認められる。本件調査会社においては、本件複製ファイルのハッシュ値(本件動画と同じもの)を監視対象とし、該当者の端末に割り当てられたIPアドレス及びポート番号を捕捉する本件ソフトウェアを稼働させており(甲4、5、19)、本件各発信者からはUNCHOKEの通信がされているから、本件各発信者が原判決発信端末目録の発信日時において、本件動画の複製ファイルのピースを保有していたことが認められる。 被控訴人は、本件調査会社による調査結果はDVD版のデータの保有者に関するIPアドレス等が記録されていることが否定できない旨主張するが、ビットトレントネットワーク上では、対象ファイルを電子的に特定するためにファイルごとに英数字の羅列であるハッシュレートが定められる仕組みを利用しており、データの中身が異なれば当然ハッシュ値は異なることになるのであって、上記調査結果は本件動画のデータ保有者等に関するIPアドレス等が記録されたものである。 また、被控訴人は、本件ソフトウェアがピアからピースをダウンロードするわけではないことをもって、本件各発信者がピースを保有していたことが立証されたとはいえない旨主張するが、UNCHOKEは相手方ピアがピースをアップロード可能であることを示す通信であり、本件ソフトウェアにピースがダウンロードされていなくても、本件各発信者がピースを保有していたことの立証に欠けるものではない。 その他、被控訴人が、本件ソフトウェアや控訴人の実験の正確性について主張するところはいずれも一般論にとどまるものであるし、被控訴人による本件各発信者への意見照会に対する回答において、発信者であることを否定する者がある点も、具体的内容に乏しく、いずれも採用できない。 そして、ビットトレントネットワークの上記仕組みに照らすと、本件各発信者がビットトレントネットワークに参加している端末上で本件複製ファイルのピースを保有していたということは、取りも直さず、当該ピースを他のピア(公衆)に自動送信できる、すなわち自動公衆送信の可能な状態にあったといえる。 これが、著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為(以下「送信可能化惹起行為」という。)中のいかなる行為により、いつ生じたものであるか等の具体的な来歴を特定することはできないものの、いずれかの送信可能化惹起行為が行われ、これにより送信可能化に至っていることは明らかである(この限度で、原判決の13頁18行目〜24行目の判断は是認できる。)。 (2)以上のとおり、本件各発信者は、本件複製ファイルのピースを保有していたこと、これが自動公衆送信の可能な状態にあったことは認められるが、当該ピースが再生可能なものか、著作物としての表現の本質的特徴を直接感得できるものかどうかは明らかでない。被控訴人は、そのような情報を自動公衆送信し得るようにしても送信可能化権の侵害が明白とはいえない旨主張するので、以下検討する。 ア 著作物たるファイルの自動公衆送信において、元のファイル(デジタルデータ)を分割したり暗号化するなどして送信するという仕組みも想定されるところ、そのような形で自動公衆送信の対象となったデータだけを取り上げた場合、デジタルデータの特性もあって、映像その他のファイルとして復元・再生できないことも、十分あり得るものと考えられる。このようなもの全てについて、当然に公衆送信権の侵害が認められるものでないとしても、少なくとも、送信されるデータが著作物性の認められる元のファイルの一部を構成するピースであり、かつ、これらピースを集積することで元のファイルに復元・再生することが可能なシステムの一環としてピースの送受信が行われていると認められる場合には、当該ピースの送信をもって公衆送信権の侵害があったと評価すべきである。 このような全体像を踏まえることなく、個々の公衆送信の対象となったピースを断片的に取り上げて、著作権(公衆送信権)の侵害が認められるためには当該ピース自体での再生が可能で、表現の本質的特徴を直接感得できることが必要であるとする解釈は、「木を見て森を見ない」議論といわざるを得ず、公衆送信権の保護を形骸化させるものといわざるを得ない。 以上の議論は、送信可能化権の侵害についても妥当するものと解される。 イ これを本件について見るに、ビットトレントネットワークは通常一つのシーダーから始まるところ、本件動画と本件複製ファイルのハッシュ値が一致することから、本件複製ファイルは本件動画を複製したものであること、本件各発信者の保有するピースは本件複製ファイルを細分化したものであることが認められる。本件各発信者は、ビットトレントネットワークを形成するピアとして、本件複製ファイルの必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に本件複製ファイルを構成する全てのピースを取得するという目的に沿って、そのシステムの一環として、ピースの送受信を行っているものである。 そうすると、以上のようなビットトレントネットワークの仕組みの下で本件複製ファイルのピースの送受信が行われている本件においては、当該ピース自体での再生が可能とはいえず、それだけでは表現の本質的特徴を直接感得できないとしても、公衆送信権、送信可能化権の侵害の成立を妨げないというべきである。 3 争点3(本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性)について (1)基本的な視点 ア プロバイダ責任制限法5条1項が発信者情報の開示請求を規定している趣旨は、特定電気通信(同法2条1号)による侵害情報の流通は、これにより他人の権利の侵害が容易に行われ、ひとたび侵害があれば際限なく被害が拡大する一方、匿名で情報の発信が行われた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難となるという、他の情報の流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ、侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される。 ところで、令和3年法律第27号による改正により、従前の発信者情報開示請求に加え、「特定発信者情報」の開示請求制度が創設された。これは、個別の書き込みごとのIPアドレス等が記録されることが多い従来型の電子掲示板等とは異なり、サービスにログインした際のIPアドレス等(ログイン時情報)は記録されているものの投稿した際のIPアドレス等を記録していないタイプのSNSサービスが現れ、そのような場合のログイン時情報の開示につき、従来の発信者情報開示請求の枠組みで対応できるか解釈上の疑義が生じていたことを踏まえ、立法的な解決を図ったものである。上記改正法は、ログイン時情報を含む特定発信者情報についても開示請求の道を開く一方、その対象となる「侵害関連通信」(プロバイダ責任制限法5条3項、同法施行規則5条)は、それ自体としては権利侵害性のない通信であることを踏まえ、一定の補充的な要件を求めることとしたものである(プロバイダ責任制限法5条1項)。 このような改正法の趣旨も踏まえると、それ自体として権利侵害性のない通信を「特定発信者情報以外の発信者情報の開示請求」の手続に安易に乗せるような運用は、上記改正後のプロバイダ責任制限法5条の予定するところではないと解される。 イ 他方、本件においては、送信可能化権が有する特殊な性格についても、十分な配慮が必要となる。すなわち、著作権法は、公衆送信権を著作権の支分権と定めるところ(同法23条1項)、インターネットのウェブサイト等における公衆送信は、自動公衆送信(同法2条1項9号の4)として行われることになる。ここでは、閲覧者(公衆)からの閲覧請求信号に応じてサーバから情報が送信されるが、そのような自動公衆送信が実際に行われたかどうかを著作権者が把握するのは困難である。そこで、現実の送信の前段階における準備行為である「送信可能化」を公衆送信権の侵害行為類型に含めることとし(同法23条1項括弧書き)、もって権利保護の実効化を図ったものである。 送信可能化権の侵害を理由とする発信者情報開示請求の解釈適用においても、送信可能化権の上記の意義が没却されないよう留意が必要である。 (2)以上を踏まえて検討するに、UNCHOKE通信は、送信可能化がされたことを前提として、相手方ピアが保有するピースのアップロード(そのピースを欲するピアにとってはダウンロード)が可能であることを伝えるものであり、それ自体によって侵害情報の流通がされるわけでないことはもとより、当該通信が送信可能化惹起行為(著作権法2条1項9号の5イ、ロ)に当たるともいえない(この点は、原判決が14頁1行目〜3行目で判断するとおりである。)。 しかし、送信可能化権の侵害とは、将来に向けて想定される自動公衆送信の準備が整ったことをもって公衆送信権の侵害類型と位置付けられたものであるから、自動公衆送信が可能な状態が継続している限り、その違法状態は継続していると解するのが相当である。著作権法2条1項9号の5イ、ロは、上記のような違法状態を招来するいわば入口としての行為を定義したものにすぎない。 このような送信可能化権の特性に照らすと、送信可能化権の侵害を理由に発信者情報の開示を求める場合において、「権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)を、送信可能化惹起行為そのものの通信に係る発信者情報に限定して解釈する必要はないし、それが適切ともいえない。送信可能化が完了し、その後引き続き送信可能な状態が継続している限り、そのような状態であることを直接的に示す通信であれば、当該通信に係る発信者情報を「権利の侵害に係る発信者情報」と認めることができるというべきである。そのように解さないと、著作権法が送信可能化権の侵害を公衆送信権の侵害行為類型として認めた趣旨が没却されることになりかねない。他方、開示の対象とする発信者情報を上記の限度にとどめれば、情報の発信者のプライバシー、通信の秘密等が不当に損なわれることにはならないと解される。 SNSでの投稿により名誉毀損等の権利侵害が生ずるような場合であれば、侵害情報の流通そのものに係る当該投稿に係る通信以外についてまで「権利の侵害に係る発信者情報」の範囲を安易に拡張解釈すべきではないが、本件をこれと同列に論ずることはできない。 (3)以上の枠組みに基づいて検討するに、上述したビットトレントネットワークの仕組み(上記第3の1(3)ウ)、本件調査会社による調査結果(同(4)イ)に照らすと、本件におけるUNCHOKE通信は、本件複製ファイルを共有するビットトレントネットワークに参加した本件各発信者において、その保有するピースにつき送信可能化が完了し、引き続き自動公衆送信が可能な状態にあることを明らかにする通信にほかならない。そうすると、UNCHOKE通信をもって特定された本件各通信に係る発信者情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するというべきである。 4 争点4(「開示を受けるべき正当な理由」の有無)について 控訴人が本件調査会社を通じて本件複製ファイルの拡散に関する調査をし、本件訴えを提起していることから、控訴人は本件各発信者に対し不法行為に基づく損害賠償を請求する予定であり、そのためには、被控訴人が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があることが認められる。 なお、それ自体として再生もできないようなピースを保有するにすぎない発信者を特定したとしても、その送信可能化権の侵害によって控訴人が被った損害は微々たるものにとどまると想定される。そのような発信者に対する権利行使の合理性、相当性には疑問がないではないが、予想される損害賠償額が寡少であるとしても、権利侵害の明白性、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を否定することはできない。 第5 結論 以上によれば、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当である。よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。 なお、控訴人の申立てに係る仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 宮坂昌利 裁判官 本吉弘行 裁判官 岩井直幸 |
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