判例全文 | ||
【事件名】ソネットへの発信者情報開示請求事件O 【年月日】令和6年6月3日 東京地裁 令和5年(ワ)第70602号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年4月18日) 判決 原告 A 同訴訟代理人弁護士 平野敬 同 ●(はしごたか)井雅秀 同 笠木貴裕 被告 ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 浦中裕孝 同 武藤雄木 同 新實研人 主文 1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、漫画家兼イラストレータである原告が、氏名不詳者がいわゆるファイル交換共有ソフトウェアであるBitTorrentを使用して、別紙著作物目録記載の各漫画(以下「本件各漫画」という。)の複製物である電子データを共有したことにより、原告の著作権(送信可能化権及び自動公衆送信権)を侵害したと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠〔以下、枝番の記載は省略する。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実をいう。) (1)当事者 ア 原告は、筆名「B」を用いて活動する漫画家兼イラストレータである(甲1)。 イ 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社である。 (2)原告が本件各漫画の著作権を有すること 原告は、本件各漫画の著者として、その表紙等に筆名が表示されており、本件各漫画の著作者であると認められる(甲1)。 (3)BitTorrentの仕組みについて(甲2、10) BitTorrentとは、インターネット上においていわゆるP2P方式でファイルを共有するためのプロトコル(通信規約)の一つであり、同プロトコルを実装したクライアントソフトの名称でもある。 BitTorrentを利用して対象ファイルを入手する方法は、以下のとおりである。 ア BitTorrentクライアントソフト(以下、単に「クライアントソフト」という。)をダウンロードした上で、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトに接続し、対象ファイルに対応するトレントファイルを入手する。 イ 入手したトレントファイルをクライアントソフトに取り込み、当該トレントファイルに含まれるリンクからトラッカーと呼ばれるサーバーに接続して対象ファイルの提供者のIPアドレスを入手する。 ウ クライアントソフトが、入手したIPアドレスに基づいて対象ファイルを所有する端末(ピア)に接続し、対象ファイルの送信要求を行い、当該ピアからファイルないしファイルのピースをダウンロードする。 (4)原告による著作権侵害調査(甲3ないし8、12) 原告及び原告代理人は、令和5年4月、本件各漫画に関する原告の著作権侵害調査のため、クライアントソフトを利用して、本件各漫画の複製物と思われるRAR形式のファイル(以下「本件各ファイル」という。)をダウンロードし、その際のクライアントソフトの画面を動画で撮影するとともに、その一場面のスクリーンショットを撮影した(以下「本件調査」という。)。上記スクリーンショットには、別紙通信目録記載の年月日、時刻、IPアドレス及び送信元ポート番号(以下、同目録記載の通信を「本件各通信」という。)が表示されている。 (5)被告による発信者情報の保有 被告は、本件発信者情報を保有している。 2 争点 本件の争点は、権利侵害の明白性(本件調査が権利の侵害に係る通信を特定したものか、原告の著作権が侵害されたことが明白といえるか)である。 第3 争点に関する当事者の主張 1 原告の主張 (1)本件調査が権利の侵害に係る通信を特定したものか 原告及び原告代理人は、本件調査において、別紙通信目録記載の年月日、時刻に、同記載のIPアドレス及び送信元ポート番号を割り当てられた者(以下「本件各発信者」という。)がピアとなって、本件各ファイルを現に送信していることを確認した。後記(2)のとおり、本件各発信者の上記行為は原告の著作権の侵害に当たるから、本件調査は、原告の権利の侵害に係る通信を特定したものである。 本件調査は、クライアントソフトを利用してネットワークに接続する方法で行ったものであり、認定システムの動作原理とも同様であるし、これまでに本件調査において発信者を誤って検出するような事態も生じていない。したがって、本件調査の内容には信用性がある。 (2)原告の著作権が侵害されたことが明白といえるかについて BitTorrentの仕組みからすると、対象ファイルを保有する者が自己の端末をBitTorrent網に接続してトラッカーに自己の情報を通知する行為が送信可能化権侵害に当たり、他の端末からの要求に基づいて対象ファイルを送信する行為が自動公衆送信権侵害に当たる。 本件では、上記(1)のとおり、本件各発信者が原告及び原告代理人に対して現に本件各ファイルを送信したことで原告の自動公衆送信権が侵害されており、その前提として原告の送信可能化権が侵害されたことが明らかである。 なお、原告は、本件各ファイルと本件各漫画の正規品データを比較した結果、これらが同一であることを確認している(甲7、11)。 2 被告の主張 (1)本件調査が権利の侵害に係る通信を特定したものか 本件調査は、BitTorrentに関する専門的知識や技術を有しない者が行っており、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が認定したシステムが用いられておらず、用いられたクライアントソフトにおいてIPアドレスやタイムスタンプ等を特定した方法が信頼できるかに関する技術的資料等もない。したがって、本件調査の結果は直ちに信用できず、本件調査が権利の侵害に係る通信を特定したものとはいえない。 なお、本件各通信は、原告の主張を前提としても、本件各ファイルをダウンロードしている際の通信であり、送信可能化権侵害に係る通信とは別のものである。 (2)原告の著作権が侵害されたことが明白といえるか 原告の著作権が侵害されたことが明白との主張は否認ないし争う。 本件各ファイルのうち一部の表紙画像(甲7の3ページ目)と市場で販売されている本件各漫画の表紙(甲1の1ページ目)とではイラストが明らかに異なっており、本件各ファイルが本件各漫画に係るデータの複製物であるとはいえない。この点を措いても、本件各ファイルが、甲第7号証の画像データを含んでいるかは証拠上明らかではない。 仮に、本件各ファイルが本件各漫画に係るファイルを含むとしても、本件各発信者はBitTorrentの仕組みを認識、理解しないままにこれを利用し、故意、過失を欠いている可能性を否定できないから、原告の著作権を侵害していることが明白とはいえない。 第4 当裁判所の判断 1 本件調査が権利の侵害に係る通信を特定したものか 前記前提事実に加え、証拠(甲2ないし8、10、17ないし21)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査は、原告及び原告代理人が、クライアントソフトを利用して、本件各漫画の複製物と推認されたファイルに係るトレントファイルを入手し、当該トレントファイルに基づいてピアを特定し、対応するファイル(本件各ファイル)をピアからダウンロードするという方法によって行われたこと、原告及び原告代理人は、本件各ファイルをダウンロードしている際にクライアントソフト上に表示されていたピアのIPアドレス、送信元ポート番号及び端末に表示された年月日、時刻に基づいて本件各通信を特定したこと、以上の事実が認められる。 その他に、本件調査に使用された端末に係る時刻等の設定を含め、特段その信用性を疑うべき事情をうかがうことはできない。 そうすると、上記認定事実及びBitTorrentの仕組みによれば、本件調査は、原告又は原告代理人の端末が、ピアから本件各ファイルをダウンロードしている際の通信を特定したものと認めるのが相当である。 これに対し、被告は、本件調査の信用性を争うものの、上記認定に係る事情に照らし、採用することができない。 2 原告の著作権が侵害されたことが明白といえるか 前記前提事実に加え、証拠(甲7、17)及び弁論の全趣旨によれば、本件各ファイルは、本件各漫画の正規品のデータと同一であることが認められる。 そうすると、本件各通信は、本件各漫画に係るデータを自動公衆送信するものであり、原告の公衆送信権(自動公衆送信権)の侵害に当たると認められる。 したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件各通信が原告の権利を侵害することは明白であると認められる。 これに対し、被告は、本件各ファイルのうち一部の表紙画像(甲7の3ページ目)が、市場で販売されている本件各漫画の表紙(甲1の1ページ目)とは、イラストが明らかに異なるとして、本件各ファイルと本件各漫画とは、同一性を欠く旨主張する。しかしながら、証拠(甲7、17)及び弁論の全趣旨によれば、本件各漫画の表紙絵は、流通形態によって複数のバリエーションがあることが認められるところ、本件各ファイルの上記表紙画像(甲7の3ページ目)は、現に、本件各漫画の正規品に係る表紙画像と一致することが認められる。そうすると、被告の主張は、本件各ファイルと本件各漫画との同一性を左右するものとはいえない。 また、被告は、本件各発信者はBitTorrentの仕組みを認識、理解しないままにこれを利用し、故意、過失を欠いている可能性を否定できない旨主張する。しかしながら、プロバイダ責任制限法5条1項は、発信者の主観その他の原告が関知し得ない事情まで原告に主張立証責任を負わせるものとは解されない上、証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば、前記前提事実に係るBitTorrentの仕組みについては、インターネット上でも十分に説明がされている一方、被告は、本件各発信者が故意、過失を欠いていたことの抽象的な可能性をいうものにすぎず、これを否定する事情を具体的に指摘するものとはいえない。そうすると、被告の主張は、権利侵害の明白性を左右するものとはいえない。 したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。 3 小括 以上によれば、本件各発信者は、別紙通信目録記載の年月日、時刻において、本件各ファイルを送信することにより、本件各漫画に係る原告の自動公衆送信権を侵害していたことが明らかであり、権利侵害の明白性を認めるのが相当である。そして、原告は、本件各発信者に対し、損害賠償請求等を行うことを予定しているから、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。 4 結論 よって、原告の請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 中島基至 裁判官 武富可南 裁判官 尾池悠子 別紙 発信者情報目録 別紙通信目録記載のアイ・ピー・アドレスを、同目録記載の時刻頃に使用した者の情報であって、次に掲げるもの。 1 氏名又は名称 2 住所 3 電話番号 4 電子メールアドレス(別紙通信目録記載1及び4を除く。) 以上 別紙 通信目録 (省略) 別紙 著作物目録
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