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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件AE
【年月日】令和6年5月29日
 東京地裁 令和5年(ワ)第70311号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和6年4月24日)

判決
原告 株式会社ホットエンターテイメント
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 五島丈裕


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、原告が、被告が提供するインターネット接続サービスを介して、ファイル共有ネットワークであるBitTorrentを使用して別紙動画目録記載の各動画に係るデータをアップロードする通信がされ、これにより、原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかであるとして、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づく発信者情報の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実。以下において、枝番号のある証拠について枝番号を記載しない場合は、全ての枝番号を含む。)
(1)当事者について
 原告は、映像の企画、制作等を業とする株式会社である。
 被告は、インターネット接続サービスを提供する株式会社である。
(2)発信者情報の保有について
 別紙発信者情報目録記載の各IPアドレス及び各ポート番号を用いて同目録記載の各日時に行われた各通信(以下「本件各通信」という。)は、被告の電気通信設備を介して行われたものであり、被告は、同目録記載の各発信者情報を保有している。
(3)BitTorrent(以下「ビットトレント」と表記する。)の仕組みについて(甲4〜6、9)
 ビットトレントは、ピアツーピア形式のファイル共有のネットワークである。特定のファイルをダウンロードしようとするユーザは、ビットトレントの「クライアントソフト」を自己の端末にインストールした上で、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトにアクセスするなどして、目的のファイルの所在等についての情報が記載された「トレントファイル」を取得して自己の端末内のクライアントソフトに読み込む。これにより、同端末は、「トラッカー」と呼ばれる管理サーバと通信を行い、目的のファイル又は「ピース」と呼ばれるファイルを分割したデータを保有している他のユーザのIPアドレスを取得して、それらのユーザと接続し、当該ファイル又はピースのダウンロードを行う。ファイルの全部ではなくピースをダウンロードした場合、クライアントソフトが、トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや再構築に必要なデータに基づき、完全な状態のファイルに復元する。
 目的のファイルのデータをダウンロードしたユーザは、自動的に「トラッカー」に登録され、他のユーザからの要求に応じて当該ファイルのデータをアップロードする。
(4)原告による調査(甲1、2、4、5、7〜9、11)
 株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)は、原告の依頼に基づき、別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)を対象として、ビットトレントを利用したファイル共有について、概要、次のとおりの調査を行なった(以下「本件調査」という。)。
 本件調査会社は、@インデックスサイトから、調査を行う端末(以下「本件端末」という。)に、本件各動画のトレントファイルをダウンロードし、Aビットトレントを制作した会社が開発したクライアントソフト「μTorrent」(以下「本件ソフトウェア」という。)を起動して、上記トレントファイルを用いて動画のデータのダウンロードを開始し、Bその間、本件ソフトウェアにより、本件端末の画面上に、ビットトレントに接続して動画のデータをダウンロード及びアップロードしているとされるユーザ(以下「本件各発信者」という。)の通信の日時及びその際に割り当てられたIPアドレスを表示させ、Cその画面をキャプチャー画像として記録し(以下「本件キャプチャー画像」という。甲1)、D本件端末にダウンロードした動画ファイルを再生して本件各動画と比較し、同一であることを確認した。
 本件キャプチャー画像には、本件各動画に係るデータをアップロードした日時及びその際に本件各発信者に割り当てられたIPアドレスとして、別紙発信者情報目録記載の各日時及び各IPアドレスが表示されている。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件各通信は本件各発信者が本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信であるといえるか(争点1)
(原告の主張)
 本件ソフトウェアを用いて行なった本件調査は正確であり、本件調査で得られたIPアドレスによって特定された本件各通信は、本件各発信者が本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信であるといえる。
(被告の主張)
 本件ソフトウェアはソースコードを非公開とするフリーソフトウェアであり、一般社団法人テレコムサービス協会が認定する監視ソフトウェアではないし、違法アップロードの検知を目的とするソフトウェアでもなく、また、本件調査は本件ソフトウェアの解析を経て行われたものでもないから、本件調査の正確性は疑わしい。
 ビットトレントによりファイルを共有する際には、ファイルのデータをアップロードする通信のほかにも、「トラッカー」を介してネットワークを形成する通信やファイルの送受信をする通信等がされるから、本件調査で得られたIPアドレスが、本件各動画に係るデータをアップロードした際に本件各発信者の通信に割り当てられたものであると特定することはできない。かえって、本件調査の際のキャプチャー画像においては、データのダウンロード及びアップロードの進行を示す「下り速度」及び「上り速度」の表示がないか、明確に確認できないから、本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信ではないことがうかがわれる。
(2)原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかであるといえるか(争点2)
(原告の主張)
ア 本件各動画のパッケージには、原告又はその子会社若しくは販売会社名が記載されているほか、本件各動画のパッケージには、著作者が著作物を販売するために取得する映画倫理等の観点から付される第三者認証機関の認証マーク及び番号が記載されている。これらの記載により、本件各動画の公衆への提供に際し、著作権者を示すものとして周知されているものが通常の方法により表示されているといえ、原告は著作権法14条により本件各動画の著作者であることが推定される。
 本件各動画は、原告がその制作を発意し、それに基づき原告の業務に従事する者らが企画し、全体的な制作に関する決定を行ったもので、本件各動画の撮影や演出等、製作に係る一切の作業は、原告の業務に従事する者により、原告の職務として行われたものであるから、同法15条1項により、本件各動画の著作者は原告である。
 本件各動画は映画の著作物であるところ、原告の代表者が制作の全体を統括するほか、原告の発意に基づき、原告の従業員らが、それぞれ、監督、演出、撮影、美術等を担当したものであり、本件著作物の全体的な製作に関する決定は、原告の代表者や従業員により行われているから、本件各動画の製作者は原告であり、同法29条1項により、原告に著作権が帰属する。
イ 本件端末が本件各動画に係るデータをダウンロードしたことからすれば、本件各発信者は、本件各動画に係るデータをアップロードしたものといえるから、原告の公衆送信権が侵害されたことは明らかである。
(被告の主張)
ア 本件各動画のうちの一部のパッケージには原告の名称がない。仮に、原告が本件各動画の発売前に倫理審査を受けたとしても、その審査を受ける者が著作者であると当然に推認されるものではない。
 本件各動画の製作者が原告であることも、原告が本件各動画の製作に発意と責任を有していたことも立証されておらず、原告が、本件各動画の著作権者であるとはいえない。
イ 公衆送信権の侵害が認められるためには、アップロードされたデータにより本件各動画の表現の本質的特徴を感得できる必要があるが、本件各通信によってアップロードされたデータ(ピース)が、本件各動画の表現の本質的特徴を感得できる程度のものであるかは不明である。
 したがって、本件各通信によって、原告の公衆送信権が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件各通信は本件各発信者が本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信であるといえるか)について
(1)前記前提事実のとおりのビットトレントの仕組み及び本件調査の内容によれば、本件キャプチャー画像には、本件各発信者が本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信に割り当てられたIPアドレスが表示されているということができ、本件調査で得られたIPアドレスにより特定された本件各通信は、本件各発信者が本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信であると認められる。
(2)被告は、本件ソフトウェアが一般社団法人テレコムサービス協会の認定する監視ソフトウェアではなく、違法アップロードの検知を目的とするソフトウェアでないこと、本件調査に際して本件ソフトウェアの解析がされていないことから、本件調査の正確性に疑問があると主張する。しかし、本件ソフトウェアを用いて行われた本件調査の正確性を疑わせる具体的な事情はうかがわれず、被告の主張を採用することはできない。
 また、被告は、ビットトレントにおいては、動画に係るデータのアップロード以外の様々な通信をすることから、本件各通信が本件各動画に係るデータをアップロードした際の通信であるかどうか不明であると主張する。しかし、本件キャプチャー画像中の本件端末の状況に係る表示は本件端末がデータをダウンロードしていることを示す表示であることが認められるから(甲1、2、7〜9)、本件キャプチャー画像に表示されたIPアドレスは、調査対象となる動画に係るデータをアップロードした際の通信に割り当てられたIPアドレスであるということができる。
 さらに、被告は、本件キャプチャー画像に「上り速度」及び「下り速度」の表示がないことを指摘するが、本件調査と同じ手法で行われた調査において、これらの表示がなくても動画をダウンロードすることができたことが認められ(甲14)、本件調査においても同様であるということができるから、被告の指摘する点も、前記認定を左右するものではない。
2 争点2(原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかであるといえるか)について
(1)本件各動画は、映画の著作物(著作権法10条1項7号)に当たるところ、本件各動画は、原告による企画の下で、その製作に要する費用を原告が負担して製作されたものであること、原告が、監督その他の製作関係者の報酬を負担していることが認められる(甲18、19)。以上によれば、本件各動画の製作者は原告であるというべきであり、また、監督その他の製作関係者が、原告に対し、本件各動画の製作への参加を約束していたことを推認することができるから、本件各動画の著作権者は原告であると認められる(同法29条1項)。
(2)前記前提事実のとおりのビットトレントの仕組み及び本件調査の内容に照らせば、本件各発信者は、本件各通信により、ビットトレントのクライアントソフトを端末にインストールして本件各動画のファイルをダウンロードし、本件調査会社の要求に応じて本件各動画のファイル又はピースをアップロードしたことが認められ、以上によれば、本件各通信によって、原告の本件各動画に係る著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかである(プロバイダ責任制限法5条1項1号)ということができる。
 これに対し、被告は、本件各通信によってアップロードされたデータ(ピース)について、本件各動画の表現の本質的特徴が感得できる程度のものであるか不明であると指摘する。
 しかし、前記前提事実のとおりのビットトレントの仕組み及び本件調査の内容に照らせば、本件各発信者は、本件各通信の前後を通じて継続的に通信を行って本件各動画に係るデータ(ピース)をアップロードし、他のユーザと共同して、本件端末に、本件各動画の表現の本質的特徴を直接感得できるデータをアップロードしたことが認められる。そうすると、仮に、本件各通信によってアップロードされたデータ(ピース)について、本件各動画の表現の本質的特徴を感得できるものであるといえないとしても、本件各発信者は、本件各通信により、原告の著作権(公衆送信権)を侵害する通信を行ったというべきであるから、被告の指摘する点は、前記判断を左右するものではない。
3 弁論の全趣旨によれば、原告は本件各通信を行なった者に対して損害賠償請求権等を行使する予定であることが認められ、そのために、本件各通信の発信者情報の開示を受ける必要があるといえるから、原告には、「正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)ということができる。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 (●はしごたか)橋彩
 裁判官 杉田時基
 裁判官 吉川慶


(別紙)発信者情報目録
 (以下、省略)

(別紙)動画目録
 (以下、省略)
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