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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件AD 【年月日】令和6年5月16日 東京地裁 令和5年(ワ)第70071号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年3月19日) 判決 当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 略語は別紙略語一覧表のとおり 第1 請求 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、本件発信者らが、ファイル交換ソフトウェア「BitTorrent」を利用したネットワークシステムを使用して本件動画に係るファイルをダウンロードし、同人らの端末内に複製した上、同ファイルを送信可能化し、自動公衆送信したことにより、本件動画に係る原告の著作権(複製権、公衆送信権(送信可能化権を含む。))を侵害したことは明らかであると主張して、被告に対し、法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、顕著な事実、掲記の各証拠(書証の番号は特に断らない限り枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、映画・ビデオの映像制作、販売等を業とする有限会社である。 イ 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)である。 (2)本件動画に係る著作権の帰属 原告は、本件動画に係る著作権を有する(甲1、13)。 (3)BitTorrentの仕組み等 BitTorrentとは、いわゆるP2P形式のネットワークであり、その概要や使用の手順は、次のとおりである。 ア BitTorrentにより特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割された個々のデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザー(ピア)に分散して共有させる。 イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、その使用端末にBitTorrentに対応したクライアントソフト(以下、対応クライアントソフトを含めて「BitTorrent」ということがある。)をインストールした上で、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードして、これをBitTorrentに読み込ませる。これにより、BitTorrentは、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求する。トラッカーサーバは、ファイルの提供者を管理するサーバであり、ユーザーによる要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。 ウ リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから当該ピースのダウンロードを開始する。全てのピースのダウンロードが終了すると、自動的に元の1つの完全なファイルが復元される。 エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは「シーダー」と呼ばれる。他方、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了して完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなる。シーダーは、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルの一部をアップロードしてリーチャーに提供する。また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルを自らダウンロードすると同時に、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態に置かれる仕組みとなっている。 (4)本件調査 原告は、本件訴えの提起に先立ち、本件調査会社に対し、BitTorrentを使用した本件動画の著作権侵害に係る調査(本件調査)を委託した。本件調査は、本件調査会社が開発した本件ソフトウェアを使用して行われた。その概要は、以下のとおりである。 本件調査会社は、トラッカーサイトにおいて本件動画の著作権侵害が疑われるファイルを検索し、そのハッシュ値を取得して本件ソフトウェアに登録する。本件ソフトウェアは、トラッカーサーバに接続し、本件動画に係るファイル提供者リストを要求して、トラッカーサーバから当該提供者のIPアドレス等が記載されたリストの返信を受け、記録する。本件ソフトウェアは、当該リストに記録されたユーザーに接続をして、応答確認(HANDSHAKE)を経て、当該ユーザーからの目的のファイル(ピース)をダウンロード(アップロード)可能であることの通知(UNCHOKE)を受けると、当該ユーザーに対し、当該ファイル(ピース)のダウンロードを要求し、当該ユーザーがこれを送信(PIECE(subpiece))すると、受信確認(HAVE)して、当該ファイル(ピース)を保存すると共に、PIECE(subpiece)通信開始時点のタイムスタンプや保有するピースの数等をデータベースに記録する。 本件発信者情報は、本件調査の結果判明した上記PIECE(subpiece)通信の開始時点に係るものである。 (以上につき、甲3、5、14) 3 争点 (1)権利侵害の明白性(争点1) (2)本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2) 4 争点に関する当事者の主張 (1)権利侵害の明白性(争点1) (原告の主張) ア 本件発信者らは、BitTorrentのネットワークに接続し、本件動画に係る電子データをダウンロードして自己の端末に複製している。 イ 本件発信者らは、本件動画に係るファイルをダウンロードし、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆装置」であるトラッカーサーバに対し、自己が所持するファイル情報やIPアドレス等の「情報」を通知し、これがトラッカーサーバに「記録」されることで、原告らの本件動画に係る送信可能化権(著作権法2条1項9号の5イ)を侵害した。 また、トラッカーサーバに接続する本件発信者らの端末とトラッカーサーバを一体のものとして把握すると、これらは一体として「情報が記録され」た「自動公衆送信装置」に当たるといえる。そうすると、本件発信者らは、本件動画に係るファイルのダウンロードやファイル情報等の記録が行われた時点以降、上記「自動公衆送信装置」が「公衆の用に供されている電気通信回線に接続」された状態が継続することで、原告らの本件動画に係る送信可能化権(同ロ)を侵害したといえる。 ウ 本件発信者らが本件動画に係るファイルのピースをアップロードした時点で、原告の本件動画に係る公衆送信権が侵害された。 エ したがって、本件発信者らのこれらの行為により原告の本件動画に係る著作権(公衆送信権、送信可能化権、複製権)が侵害されたことは明らかである。 なお、本件では、本件調査により保存したファイルの再生ができなかったため、本件発信者らから公衆送信されたピースをダウンロードしたファイルを再生した際の画像等を示す証拠(再生試験結果報告書)を提出することはできない。 (被告の主張) ア 本件ソフトウェアは特定方法等の信頼性が認められたシステムではない。 イ 本件ソフトウェアは、仕様変更によって、従前と異なり、ピアからピースファイルを受信し保存しているというが、原告は、ダウンロードしたファイルの内容を証拠として提出しない。また、原告は、当該ソフトウェアが別紙動画目録記載の各通信を検知したことや本件ソフトウェアの動作について、BitTorrent画面のキャプチャ等の証拠を提出しない。したがって、これらの点に関する原告の立証は不十分である。 ウ 原告は、PIECE(subpiece)通信によって、原告の本件動画に係る送信可能化権が侵害された旨主張する。しかし、本件動画のファイルのピースをダウンロードするPIECE(subpiece)通信は、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録する行為(著作権法2条1項9号の5イ)にも、自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線に接続する行為(同ロ)にも当たらない。 (2)本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2) (原告の主張) 本件発信者らは、本件動画のデータをダウンロードした後、継続して本件動画をアップロード可能な状態に置くことで、本件動画の送信可能化権侵害(著作権法2条1項9号の5イ、ロ)を継続している。PIECE(subpiece)通信はこの送信可能化権侵害の事実を裏付けるものである。 したがって、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)に該当する。 (被告の主張) ファイルのピースをダウンロードする行為は、あくまで自身がデータを受信する行為であって、「特定電気通信」(法2条1号)に当たらない。 また、PIECE(subpiece)通信は、特定の相手方である本件ソフトウェアに対する通信であって、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信ではないから、これも「特定電気通信」に当たらない。 さらに、法及び法施行規則は、権利侵害をもたらす通信から把握される情報とそれ以外の通信から把握される情報を明確に区別し、後者については、契約の申込等、ログイン、ログアウト及び契約の終了のための通信(侵害関連通信)から把握される情報に限り、開示が認められる場合を規定する。そうすると、PIECE(subpiece)通信は侵害関連通信に該当せず、これにより把握される情報は特定発信者情報にも該当しない。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(権利侵害の明白性)について 本件調査について、本件調査会社代表者の令和5年3月28日付け陳述書(甲5)によれば、同社は、本件調査により、「本件各発信者が別紙IPアドレス一覧記載の投稿日時に、インターネットサービス・プロバイダーから割り当てられたIPアドレス及びポート番号によりインターネット接続サービスを利用し、本件各侵害動画の違法アップロードを行い、不特定のBitTorrentの利用者の求めに応じてインターネット回線を経由して自動的に送信し得る状態においたことが判明し」、本件発信者らからダウンロードした当該ファイル(ピース)を保存しているとされている。 しかし、原告は、第4回弁論準備手続期日(令和6年3月19日実施)において、本件調査により保存したファイルの再生ができなかったなどとして、本件調査会社が本件発信者らからダウンロードしたファイルのピースを再生した際の画像等を示す証拠(再生試験結果報告書)を提出することができない旨陳述する。そうすると、本件調査の際に本件発信者らが本件ソフトウェアに対してPIECE(subpiece)通信を行っていたとしても、その際にアップロードされたものが本件動画に係るファイルのピースであるか否かは判然としない。また、本件発信者らがBitTorrentを介して本件動画に係る電子データをダウンロードして自己の端末に保存し、複製したと認めるに足りる証拠もない。 そうすると、本件発信者らが、本件動画に係るファイルのピースをダウンロードした上で、これをアップロードし、送信可能化したと認めることはできない。 したがって、原告の本件動画に係る著作権(公衆送信権、送信可能化権、複製権が侵害されたことが明らかであるとは認められない。これに反する原告の主張は採用できない。 2 まとめ したがって、原告は、被告に対し、法5条1項に基づく本件発信者情報の開示請求権を有しない。 第4 結論 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官久野雄平及び同吉野弘子はいずれも差支えのため、署名押印できない。 裁判長裁判官 杉浦正樹 (別紙)当事者目録 原告 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 戸田泉 同 角地山宗行 同訴訟復代理人弁護士 馬場伸城 被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 松田真 (別紙)発信者情報目録 別紙動画目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。 @氏名又は名称 A住所 B電子メールアドレス (別紙)略語一覧表
(別紙動画目録 省略) (別紙著作物目録 省略) |
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