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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AI(2)
【年月日】令和6年5月16日
 知財高裁 令和5年(ネ)第10110号 発信者情報開示請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和5年(ワ)第70029号)
 (口頭弁論終結日 令和6年3月12日)

判決
控訴人 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
角地山宗行
大塚直
被控訴人 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

第1 控訴の趣旨
 主文同旨
事実及び理由
第2 事案の概要等(略語は、特記しない限り原判決に従う。)
1 事案の要旨
 本件は、控訴人が、氏名不詳者ら(本件各氏名不詳者)が原判決別紙著作物目録記載の動画(本件動画)の複製物(本件複製ファイル)を送信可能化したことにより本件動画に係る控訴人の著作権(送信可能化権)が侵害されたことが明らかであるとして、電気通信事業を営む被控訴人に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(本件各発信者情報)の開示を求める事案である。
 原判決は、控訴人の「権利が侵害されたことが明らかである」(法5条1項1号)とはいえず、また、本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)に当たるとも認められないとして、控訴人の請求を全て棄却したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。
2 前提事実
 前提事実及び争点は、原判決の3頁25行目の「甲4」を「甲11」と改めるほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の2及び3(原判決2頁8行目〜4頁22行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点に関する当事者の主張は、後記2のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3(原判決4頁23行目〜8頁10行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における当事者の補充主張
(1)争点1(控訴人の「権利が侵害されたことが明らかである」か)について
(控訴人の主張)
 控訴人の送信可能化権が侵害されたというためには、送信可能化状態に置かれた対象となる情報が、表現上の本質的特徴を直接感得できる著作物のファイルの一部を構成するピースであれば足り、ピース自体が表現上の本質的特徴を直接感得できるものである必要はない。
 ビットトレントネットワークを形成している各ピアは、他のピアと共に、特定のファイルを構成するピースを相互にダウンロードするとともにアップロードする。ここで、当該特定のファイルが著作物の複製物であれば、著作権者の許諾がない限り、各ピアのユーザーにつき、当該著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる情報を自動公衆送信する共同不法行為が成立する。そして、自動公衆送信行為の立証が困難であることに鑑みて送信可能化権が創設されたことに照らすと、各ピアが、当該特定のファイルの一部であるピースを保有し、これをアップロードできる状態にしたのであれば、ピースそのものから著作物等の再生ができるかとか、ピアによるピースの保持率が100%に近いかを問うことなく、送信可能化権が侵害されたと認めるべきである。
(被控訴人の主張)
 送信可能化権侵害も著作権侵害の一態様であるから、各ピアのユーザーが送信可能化権を侵害したこと、ましてや権利侵害が明らかであるというためには、表現上の本質的特徴を直接感得できるといえるようなピース保持率が100%又はこれに近い状態に達していることを要するというべきである。本件各氏名不詳者が保有するピースの保持率等は立証されていないから、これらの者が送信可能化権を侵害したことが明らかであるとはいえない。
(2)争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるか)について
(控訴人の主張)
 本件各発信者情報は、ハンドシェイクの通信に係る発信者情報であるが、ハンドシェイクの通信をしたということは、送信可能化、すなわち自動公衆送信し得る状態を継続していたということである。この間、著作権者の公衆送信権は継続的に侵害され得る状況に置かれていたことからすると、ハンドシェイクの通信は、本件複製ファイルのピースを送信可能化する通信そのものではないが、なお「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たると解されるべきである。
(被控訴人の主張)
 法5条1項による発信者情報の開示が認められるには、特定電気通信により侵害情報が流通されることを要する。原判決別紙動画目録記載の発信日時における各電気通信は、いずれもハンドシェイクの通信であって、ピースをダウンロード又はアップロードしておらず、侵害情報は流通されていないから、法5条1項の要件を満たしていない。当該発信日時よりも前に行われた電気通信によって侵害情報が流通されたとしても、それは発信日時の異なる別個の電気通信によるものであるから、当該侵害日時を特定した上で、開示請求されなければならない。
 したがって、ハンドシェイクの通信により侵害情報が流通されたということはできないから、これらの通信に係る発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たらない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(控訴人の「権利が侵害されたことが明らかである」か)について
(1)前提事実(訂正の上引用した原判決の「事実及び理由」の第2の2)によると、共有対象となる特定のファイルに対応して形成されたビットトレントネットワークにピアとして参加した端末は、他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行って稼働状況やピース保有状況を確認した上、上記特定のファイルを構成するピースを保有するピアに対してその送信を要求してこれを受信し、また、他のピアからの要求に応じて自身が保有するピースを送信して、最終的には上記特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。
 そして、証拠(甲5〜9、11)及び弁論の全趣旨によると、ビットトレントネットワークで共有されていた本件複製ファイルが本件動画の複製物であること、原判決別紙動画目録記載の各IPアドレス及びポート番号の組合せは、本件監視ソフトウェアが、本件複製ファイルを共有しているピアのリストとしてトラッカーから取得したものであること、同目録記載の発信日時は、上記IPアドレス及びポート番号を割り当てられていた各ピアが、本件監視ソフトウェアとの間で行ったハンドシェイクの通信において応答した日時であることがそれぞれ認められる。
 そうすると、上記各ピアのユーザーは、その対応する各発信日時までに、本件動画の複製物である本件複製ファイルのピースを、不特定の者の求めに応じて、これらの者に直接受信させることを目的として送信し得るようにしたといえ、他のピアのユーザーと互いに関連し共同して、本件動画の複製物である本件複製ファイルを、不特定の者の求めに応じて、これらの者に直接受信させることを目的として送信し得るようにしたといえる。これは、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置である各ピアの端末の公衆送信用記録媒体に本件複製ファイルを細分化した情報である本件複製ファイルのピースを記録し(著作権法2条1項9号の5イ)、又はこのような自動公衆送信用記憶媒体にビットトレントネットワーク以外の他の手段によって取得した本件複製ファイルが記録されている自動公衆送信装置である各ピアの端末について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続を行った(同号ロ)といえるから、本件動画につき控訴人が有する送信可能化権が侵害されたことが明らかである。
(2)被控訴人は、各ピアのユーザーが送信可能化権を侵害したことが明らかというには、当該ピアのユーザーのピース保持率が100%又はこれに近い状態に達していることを要すると主張する。しかし、上記(1)のとおり、ビットトレントネットワークに参加した各ピアは、共有対象となったファイルの一部であるピースをそれぞれ保有してこれを互いに送受信し、最終的には当該ファイルを構成する全てのピースを取得することが可能な状態を作り出しているのであるから、各ピアのユーザーは、他のピアのユーザーと互いに関連し共同して、当該ファイルを自動公衆送信し得るようにするものといえる。そして、ハンドシェイクの通信に応答したピアは、当該ファイルの一部であるピースを保有してこれを自身の端末に記録し、他のピアの要求に応じてこれを送信する用意があることを示したものと認められるから、その保有するピースの多寡にかかわらず、上記送信可能化行為を他のピアと共同して担ったものと評価できる。被控訴人の主張は採用することができない。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるかについて
(1)前記1(1)のとおり、原判決別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及び発信日時により特定される通信は、各ピアが本件監視ソフトウェアとの間で行ったハンドシェイクの通信において応答した通信であって、他のピアとの間で本件複製ファイルのピースを送受信し、又は本件複製ファイルを記録した端末をネットワークに接続する通信そのものではない。このような通信に係る発信者情報(本件各発信者情報)も、法5条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるかが問題となる。
(2)そこで検討すると、法5条1項は、開示を請求することができる発信者情報を「当該権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅を持たせたものとし、「当該権利の侵害に係る発信者情報」のうちには、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの。)を含むと規定しているところ、特定発信者情報に対応する侵害関連通信は、侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信ではない。上記の各規定の文理に照らすと、「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、必ずしも侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信に係る発信者情報に限られないと解するのが合理的である。
 また、法5条の趣旨は、特定電気通信による情報の流通には、これにより他人の権利の侵害が容易に行われ、その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し、匿名で情報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという、他の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される(最高裁平成21年(受)第1049号同22年4月8日第一小法廷判決・民集64巻3号676頁参照)。なお、令和3年法律第27号による改正により、特定発信者情報の開示請求権が新たに創設されるとともに、その要件は、特定発信者情報以外の発信者情報の開示請求権と比して加重されている。その趣旨は、SNS等へのログイン時又はログアウト時の各通信に代表される侵害関連通信は、これに係る発信者情報の開示を認める必要性が認められる一方で、それ自体には権利侵害性がなく、発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性が高いことから、侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内において開示を認めることにあると解される。
 さらに、著作権法23条1項は、著作権者が専有する公衆送信を行う権利のうち、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含むと規定する。その趣旨は、著作権者において、インターネット等のネットワーク上で行われる自動公衆送信の主体、時間、内容等を逐一確認し、特定することが困難である実情に鑑み、自動公衆送信の前段階というべき状態を捉えて送信可能化として定義し、権利行使を可能とすることにあると解される。
 ビットトレントによるファイルの共有は、対象ファイルに対応したビットトレントネットワークを形成し、これに参加した各ピアが、細分化された対象ファイルのピースを互いに送受信して徐々に行われるから、その送受信に係る通信の数は膨大に及ぶことが推認できる。しかるところ、ピースを現実に送受信した通信に係るものでなくては「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないとすると、ビットトレントネットワークにおいて著作物を無許諾で共有された著作権者が侵害の実情に即した権利行使をするためには、ネットワークを逐一確認する多大な負担を強いられることとなり、前記のとおり法5条が加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることとした趣旨や、著作権法23条1項が自動公衆送信の前段階というべき送信可能化につき権利行使を可能とした趣旨にもとることになりかねない。
 他方、ハンドシェイクの通信は、その通信に含まれる情報自体が権利侵害を構成するものではないが、専ら特定のファイルを共有する目的で形成されたビットトレントネットワークに自ら参加したユーザーの端末がピアとなって、他のピアとの間で、自らがピアとして稼働しピースを保有していることを確認、応答するための通信であり、通常はその後にピースの送受信を伴うものである。そうすると、ハンドシェイクの通信は、これが行われた日時までに、当該ピアのユーザーが特定のファイルの少なくとも一部を送信可能化したことを示すものであって、送信可能化に係る情報の送信と同一人物によりされた蓋然性が認められる上、当該ファイルが他人の著作物の複製物であり権利者の許諾がないときは、ログイン時の通信に代表される侵害関連通信と比べても、権利侵害行為との結びつきはより強いということができ、発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性を考慮しても、侵害情報そのものの送信に係る特定電気通信に係る発信者情報と同等の要件によりその開示を認めることが許容されると解される。
 以上によると、本件各発信者情報は、法5条1項にいう「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たると解するのが相当である。
(3)被控訴人は、法5条1項に基づく開示請求権の対象となる通信は、侵害情報の流通を現実に発生させたものに限られると主張する。しかし、上記(2)のとおり、法が開示の対象とする「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、必ずしも侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信に係る発信者情報に限られないと解するのが相当であるから、被控訴人の主張は採用することができない。
 被控訴人は、ハンドシェイクの通信は、本件監視ソフトウェアとピアとの間の1対1の通信にすぎず、ピースを送信してもいないから、特定電気通信に当たらないと主張する。しかし、ピアによるハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを構成する不特定多数の他のピアとの間で行われる通信であるから、不特定の者によって受信されることを目的とする通信といえるし、ピースを現実に送信しないことをもって、特定電気通信に当たらないということはできない。被控訴人の主張は採用することができない。
3 争点3(控訴人が本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」か)について
 弁論の全趣旨によると、控訴人は、本件各氏名不詳者に対し、本件動画の著作権侵害を原因とする損害賠償請求等をすることを予定していると認められる。そして、控訴人が既に本件各氏名不詳者を特定している等の事情は認められないから、控訴人には本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
4 争点4(被控訴人が本件各発信者情報を保有しているか)について
 証拠(甲5)によると、本件各氏名不詳者は、原判決別紙動画目録記載の各発信日時に、被控訴人から、同目録の対応する各IPアドレス欄記載のIPアドレスの割り当てを受けていたことが認められるから、被控訴人が本件各発信者情報を保有していることが推認でき、この推認を覆すに足りる証拠はない。
5 結論
 以上によると、控訴人の請求には理由があるから認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であり、本件控訴には理由がある。よって、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。
 なお、控訴人は、控訴状において仮執行の宣言を求めているが、本件発信者情報の開示を認める裁判については仮執行を認めることは相当でなく、訴訟費用の負担の裁判については仮執行は不必要と認められるから、仮執行の宣言はしない。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 本多知成
 裁判官 遠山敦士
 裁判官 天野研司

(別紙)発信者情報目録
 原判決別紙動画目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信日時頃に被控訴人から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @氏名又は名称
 A住所
 B電子メールアドレス
以上
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