判例全文 | ||
【事件名】「ドラゴンクエストユア・ストーリー」事件(2) 【年月日】令和6年4月23日 知座高裁 令和5年(ネ)第10104号 名誉回復措置等請求控訴事件 (原審・東京地裁令和3年(ワ)第27154号) (口頭弁論終結日 令和6年3月12日) 判決 控訴人 X 同訴訟代理人弁護士 河野冬樹 被控訴人 東宝株式会社 同訴訟代理人弁護士 辻居幸一 同 佐竹勝一 同 西村英和 被控訴人 株式会社スクウェア・エニックス 被控訴人 Y1 被控訴人 Y2 上記3名訴訟代理人弁護士 内藤篤 同 根本かほり 同 水谷勇斗 被控訴人 株式会社白組 被控訴人 Y3 被控訴人 Y4 上記3名訴訟代理人弁護士 澤田直彦 同 張崎悦子 同 東原佑翔 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴人が当審で追加した請求を棄却する。 3 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して220万円及びこれに対する被控訴人東宝株式会社(以下「被控訴人東宝」という。)、被控訴人株式会社スクウェア・エニックス(以下「被控訴人スクウェア・エニックス」という。)、被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1’」という。)及び被控訴人Y2(以下「被控訴人Y2’」という。)は令和3年6月4日から、被控訴人株式会社白組(以下「被控訴人白組」という。)、被控訴人Y3(以下「被控訴人Y3’」という。)及び被控訴人Y4(以下「被控訴人Y4’」という。)は同月7日から各支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。 3 被控訴人らは、原判決別紙謝罪広告記載の広告を原判決別紙ウェブサイト目録記載のウェブサイトに記載せよ。 4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 5 第2項につき仮執行宣言 第2 事案の概要 1 本件は、控訴人が、被控訴人スクウェア・エニックスが発売したゲームソフトを原作とする小説を執筆し、その際、控訴人が同小説の主人公の名称を発案して執筆したところ、@被控訴人東宝、被控訴人スクウェア・エニックス及び被控訴人白組が同ゲームソフトを原作とする映画の製作委員会の構成員として、他の被控訴人らは監督等として、同映画を共同で制作するに当たり、同映画の主人公の名称として控訴人が発案した前記主人公の名称を使用したことが控訴人の著作権を侵害した、A被控訴人スクウェア・エニックスには控訴人との出版契約に基づき同名称を使用するに当たって控訴人と協議する義務が存在したにもかかわらず協議をしなかったことについて、被控訴人らは、共同して同協議義務に係る債権侵害をしたとして、被控訴人らに対して、著作権法115条の名誉回復措置としての謝罪文の掲載、著作権侵害又は前記債権侵害の共同不法行為に基づき、連帯して220万円及び遅延損害金を請求する事案である。 原審が、@上記主人公の名称は著作物には当たらない、A控訴人と被控訴人スクウェア・エニックスとの間で結ばれた出版契約において、上記名称の利用について協議すべき義務があるとはいえない、などとして控訴人の請求をいずれも棄却したところ、これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。 控訴人は、当審において、被控訴人スクウェア・エニックスとの関係で、事務管理に基づく予備的請求原因事実の主張を追加した。 2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記3のとおりの当審における控訴人の主な補充主張及び後記4のとおりの当審における控訴人の追加主張及びこれに対する被控訴人スクウェア・エニックスの反論を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第2の2ないし4(原判決3頁8行目ないし8頁20行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決6頁4行目の「契約5条」を「契約第5条」と、同行目の「映画等の」を「映画等に」と、同頁17行目の「に変えて」を「に変えて主人公の名称に」と、同頁18行目の「協議をしなった」を「協議をしなかった」と、同頁18行目及び同頁25行目の各「契約5条」をいずれも「契約第5条」と、それぞれ改める。 (2)原判決7頁5行目の「契約5条」を「契約第5条」と改める。 3 当審における控訴人の主な補充主張 (1)争点1(本件名称に著作物性が認められるか)について 原判決は人物の名称は当該人物の特定のための符号であるとして創作性を認めなかったが、人物や商品の特定のための符号だからといって、創作性が認められないということにはならない。過去の裁判例にも、商品ロゴとして対象の特定のための符号という性質に本件と変わりはないところ、著作物性が認められないとの判断はされていないものもあり、美的創作性が認められる限りは著作権が認められる余地があることを肯定しているものがある(東京高裁平成6年(ネ)第1470号同8年1月25日判決、その上告審である最高裁平成8年(オ)第1022号)。 本件名称は、「ドラゴンクエストシリーズでリュカと言えばほとんど彼のことを指す」(甲11)とされていることからも分かるとおり、ファンの間では既に他のキャラクターと区別しうるものとなっている。まして、本件においては、キャラクターの名称だけで他のキャラクターと区別しうることを前提に、名前を呼びかける場面が描写されているのであって、その描写されている場面は、「ドラゴンクエストの主人公を」「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」と呼びかける場面として、著作物性を判断すべきであり、名称であるからといって著作物性を認めない理由にはならない。 原判決は、創作性の有無に触れることなく著作物性を否定しており、法令の解釈適用を誤っている。 (2)争点2(被控訴人スクウェア・エニックスは、本件出版契約に基づき、本件映画を作成するにあたり、控訴人との間で本件名称を使用することにつき協議する義務に違反したか)について ア 原判決は人物名に著作権がないことを前提に本件出版契約上の協議義務を否定しているが、厳密な意味での著作権の有無に関わらず、関連作品についてその著作者に事前に断りを入れ、場合によって、巻末等で謝辞を述べるなど、その敬意を示すことはクリエイティブ業界において広く行われている。原判決の解釈は誤りである。 イ 被控訴人スクウェア・エニックスは製作委員会の構成員であり、その従業員である被控訴人Y1’は本件映画の監修者であったのであるから、仮に本件出版契約に基づき本件名称の使用についての委任が成立していないとしても、被控訴人Y1’は、控訴人に対し要望があれば述べてほしい旨を述べ、これに対し控訴人が要望を伝えるというやり取りをしており、この時点で、被控訴人スクウェア・エニックスを代表して被控訴人Y1’が控訴人の要望を伝えるべく委任の範囲を変更するという合意がされたというべきである。 4 当審における控訴人の追加主張及びこれに対する被控訴人スクウェア・エニックスの反論 〔控訴人の主張〕 (1)当審における追加主張に係る被控訴人スクウェア・エニックスの事務管理に基づく請求原因事実 被控訴人Y1’は、控訴人の要望を聞き取っているのであるから、控訴人としてはそれが製作委員会及び映画を実際に制作しているメンバーに伝わることを期待するのは当然である。そうすると、仮に被控訴人らに出版契約上の義務がなかったとしても、この時点で、被控訴人Y1’及び同人が所属する被控訴人スクウェア・エニックスは、義務なく他人のために事務の管理を始めた者というべきである。そして、この時点で、控訴人が自らの要望を製作委員会及び映画を実際に制作しているメンバーに伝えることを望む意思を有していたことは明らかであるから、民法697条2項により、この意思にかなった方法により製作委員会及び映画を実際に制作しているメンバーに伝えなければならなかった。 ところが、被控訴人Y1’及び被控訴人スクウェア・エニックスは、控訴人から聞き取った要望を製作委員会及び映画を実際に制作しているメンバーに伝えることすらしていなかった。この行為は控訴人の意思に反した管理行為であり、事務管理者としての債務不履行に当たる。これにより、控訴人には損害が生じたものである。 (2)被控訴人スクウェア・エニックスの時機後れの主張に対する反論 控訴人は、本件映画の製作委員会内部の状況については知り得ないところ、上記の控訴人の追加主張は、被控訴人白組らの控訴答弁書の記載により明らかにされた事実に基づくものであるから、時機に後れた攻撃防御方法には当たらない。 〔被控訴人スクウェア・エニックスの反論〕 (1)控訴人の事務管理に基づく請求原因事実の追加主張は、時機に後れた攻撃防御方法に当たり、却下されるべきである。 (2)事務管理の主張に対しては否認ないし争う。 被控訴人スクウェア・エニックスは、控訴人のためにその要望を聞き取る意思を有していたわけではないし、被控訴人Y1’も自分が所属する会社のために行動していたのであって控訴人のために当該要望を聞き取る意思を有していたわけではなく、被控訴人Y1’及び被控訴人スクウェア・エニックスは、控訴人との関係で、「義務なく他人のために事務の管理を始めた者」に該当しない。 控訴人は、自身の要望を聞き取った以上は、自身の要望に沿った行動をすることを期待していたという理由のみで、被控訴人スクウェア・エニックス及び被控訴人Y1’が事務管理の要件を満たしていると主張しているにすぎず、具体的な事務管理の要件事実を摘示していない。 そもそも被控訴人Y1’は、控訴人から聞き取った要望を製作委員会の代表たる被控訴人東宝に伝えているのであり、仮に控訴人の主張するような事務管理が成立するとしても、そこにおける債務は果たされている。 いずれにしろ、控訴人の事務管理の主張には理由がない。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、控訴人の請求についてはいずれも棄却すべきであると判断する。その理由は、当審における控訴人の主な補充主張も踏まえ、次のとおり補正し、後記2のとおり当審における控訴人の主な補充主張に対する判断を付加し、後記3のとおり当審における控訴人の追加主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第3(原判決8頁22行目ないし15頁5行目)のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決11頁22行目ないし23行目の「契約5条」を「契約第5条」と改める。 (2)原判決13頁21行目の「準拠した」を「準拠して」と、同14頁20行目の「被告」を「被控訴人スクウェア・エニックス」と改める。 2 当審における控訴人の主な補充主張に対する判断 (1)控訴人は、前記第2の3(1)のとおり、原判決は創作性の有無に触れることなく著作物性を否定しており、法令の解釈適用を誤っている旨を主張する。 しかし、補正の上で引用した原判決第3の1のとおり、本件名称には著作物性が認められない。控訴人の挙げる裁判例(東京高裁平成8年1月25日判決等)は、デザイン書体に著作物性が認められるか否かに関する裁判例であり、本件の判断に関係するものではない。 また、控訴人は、本件名称が愛好者の間では知られているとして、それに沿う証拠(甲11)を提出するほか、主人公の名称は呼びかけの場面等と併せて用いられているものであるから著作物性が認められる旨も主張するが、それらは人物の特定のための符号として用いられていることに変わりはなく、補正の上で引用した原判決第3の1(2)のとおり、特定の場面において効果的に登場人物名が使用されていることがあっても、これを理由として人物名に著作物性が認められることにはならない。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (2)控訴人は、前記第2の3(2)のとおり、厳密な意味での著作権の有無に関わらず、関連作品の著作者に謝辞を述べるなどの形で敬意を示すことは広く行われていること、被控訴人Y1’が控訴人の要望を伝えるべく委任の範囲を変更する合意がされた旨を主張する。 しかし、補正の上で引用した原判決第3の2のとおり、本件出版契約に基づき被控訴人スクウェア・エニックスにおいて協議すべき義務があったとはいえず、著作権の有無にかかわらず何らかの形での敬意を示すとの控訴人主張の業界の慣行が存すると認めるに足りる証拠はなく、それが本件出版契約に基づく協議義務の発生の根拠ともなり得ない。 控訴人と被控訴人Y1’は、令和元年(2019年)6月頃に、本件映画における主人公の名称に関して話をした事実は認められるものの、証拠(原審における控訴人本人の尋問の結果〔尋問調書15頁から18頁〕)によっても、控訴人から被控訴人Y1’に対し伝えたとされる要望の内容についても明確ではなく、仮に控訴人の主張するとおり、控訴人から被控訴人Y1’に対し、要望として、本件名称が控訴人の創作に由来すること及び控訴人の氏名を本件映画において明記するとともに、本件小説の宣伝広告をすることを求めたとしても、上記本人尋問の結果によっても、「別に無理だとかできないとかいうお返事はいただいていない」というにすぎず、被控訴人Y1’が控訴人の主張する要望を承諾したか否かは明らかでないのであって、仮に同人が黙示に承諾したとしても、そもそも被控訴人Y1’において被控訴人スクウェア・エニックスの代表権等を有しないことからして、控訴人が同要望をした時点において、直ちに委任の範囲の変更が生じたあるいは何らかの合意が成立したものとは認められない。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 3 当審における追加主張に係る被控訴人スクウェア・エニックスの事務管理に基づく請求原因事実について (1)被控訴人スクウェア・エニックスは、前記第2の4〔被控訴人スクウェア・エニックスの主張〕(1)のとおり、当審における追加主張に係る被控訴人スクウェア・エニックスに対する事務管理に基づく請求原因事実について、時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下の申立てをする。 控訴人の主張には判然としない部分があるものの、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、控訴人と被控訴人Y1’との間で行われた会話において控訴人の要望を伝えるべく黙示の合意が成立した旨、既に原審において、当審における追加主張と同一事実関係に基づく法的評価に関する主張を行っていたということができる。また、被控訴人スクウェア・エニックスの当審における答弁書の提出を受け、控訴人が上記請求原因を追加した後の令和6年3月12日の第1回口頭弁論期日において、口頭弁論が終結されるに至っているから、控訴人が上記主張を提出したことによって本件訴訟の終結が遅延したということはできない。 したがって、上記被控訴人スクウェア・エニックスの主張には理由がないから、被控訴人スクウェア・エニックスの上記申立ては却下する。 (2)控訴人は、前記第2の4〔控訴人の主張〕(1)のとおり、被控訴人Y1’が控訴人の要望を聞き取った時点で、被控訴人Y1’及び被控訴人スクウェア・エニックスは義務なく他人のために事務の管理を始めたが、その事務管理者としての債務不履行により控訴人に損害が生じた旨を主張する。 しかし、前記2(2)のとおり、控訴人が被控訴人Y1’との会話において、控訴人からどのような内容の要望がされたのかについては明確ではなく、仮に控訴人の主張する内容の要望がされたとしても、被控訴人Y1’が控訴人から口頭で要望を伝えられたことをもって、直ちに民法697条所定の「事務の管理を始めた」ものと評価することはできないし、被控訴人Y1’は控訴人から聞き取った要望を製作委員会の被控訴人東宝に伝え、これにより被控訴人東宝の担当者から控訴人にメールでの連絡があった(乙12)のであるから、その事務も履行されている。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 4 前記認定及び判断は、控訴人のその余の主張によっても左右されるものではない。 5 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がなく、当審で追加した事務管理に基づく請求原因事実に係る請求についても理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 東海林保 裁判官 今井弘晃 裁判官 水野正則 |
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