判例全文 | ||
【事件名】“奨学金制度”記事の類似事件B 【年月日】令和6年4月18日 東京地裁 令和5年(ワ)第70559号 著作権侵害損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年2月8日) 判決 原告 A 被告 株式会社朝日新聞出版 同代表者代表取締役 市村友一 同訴訟代理人弁護士 近藤卓史 同 秋山淳 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、10万円を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要 ジャーナリストである原告は、別紙著作物対比表「原告記述」欄記載の各記述(以下、符号の順に「原告記述1」、「原告記述2」といい、併せて「原告各記述」という。)の著作権を保有し、出版物の発行及び販売を業とする被告は、上記対比表「被告記述」欄記載の各記述(以下、符号の順に「被告記述1」、「被告記述2」といい、併せて「被告各記述」という。)を記載する雑誌及び書籍を発行又は販売した。 本件は、原告が、被告各記述の発行及び販売は、原告各記述の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を侵害すると主張するとともに、仮に、上記著作権侵害が成立しない場合であっても、@被告各記述は原告各記述のデッドコピーであり、A被告各記述には原告の氏名が表示されず、B被告各記述に関する社内調査の結果を原告に説明していないため、これらの行為がいずれも不法行為に該当すると主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料10万円の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。) (1)当事者 ア 原告は、ジャーナリストとして活動している者であり、下記(2)の記事及びルポについての著作権を有する(甲1、2、弁論の全趣旨)。 イ 被告は、出版物、その他印刷物の企画、制作、発行及び販売の事業等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。 (2)原告の著作物 原告は、次に掲げる記事又はルポの執筆者として、その著作権を有している(甲1、2、弁論の全趣旨)。 ア 記事(以下「本件記事」という。) 「奨学金「取り立て」ビジネスの残酷−「借金漬け」にして暴利貪る」(平成24年4月に選択出版株式会社から発行された雑誌「選択」に掲載) イ ルポ(以下「本件ルポ」という。) 「若者の借金奴隷化をたくらむ「日本学生支援機構」−延滞金を膨らませて骨までしゃぶる“奨学金”商法」(平成25年10月にあけび書房株式会社から発行された書籍「日本の奨学金はこれでいいのか!」に収録) ウ 原告各記述 (ア)本件記事には、別紙著作物対比表1A及び1Bの「原告記述」欄記載の各記述(原告記述1)が存在する。 (イ)本件ルポには、著作物対比表2Aないし2Gの「原告記述」欄記載の各記述(原告記述2)が存在する。 (3)被告による雑誌の販売及びその内容 ア 株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞社」という。)は、平成26年11月に、雑誌「Journalism」第294巻(以下「本件雑誌」という。)を発行し、被告は、これを販売した。 イ 本件雑誌には、当時中京大学国際教養学部教授であったBが執筆した「奨学金返済の重荷と雇用劣化が中間層解体と人口減を深刻化する」という題名の記事が掲載されている。 ウ 上記記事には、別紙著作物対比表1A及び1Bの「被告記述」欄記載の各記述(被告記述1)が存在する。 (以上につき、甲3、乙4、弁論の全趣旨) (4)被告による書籍の発行及びその内容 ア 被告は、平成29年2月、Bを著者とする「奨学金が日本を滅ぼす」という題名の書籍(以下「本件書籍」という。)を発行した。 イ 本件書籍には、別紙著作物対比表2Aないし2Gの「被告記述」欄記載の各記述(被告記述2)が存在する。 (以上につき、甲4、弁論の全趣旨) (5)前訴の経緯 ア 原告は、令和3年、被告各記述が原告各記述に係る原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するなどと主張して、東京地方裁判所に対し、Bを被告とする損害賠償請求訴訟を提起したものの(当庁令和3年(ワ)第10987号)、同裁判所は、令和4年2月24日、被告各記述と原告各記述が共通する部分には著作物性がないなどとして原告の請求をいずれも棄却する旨の判決をした(乙1)。 イ これに対し、原告は、上記判決に対し控訴を提起したものの(令和4年(ネ)第10035号)、知的財産高等裁判所は、令和4年8月31日、同控訴を棄却する旨の判決をした(乙2)。 ウ 原告は、上記判決に対し、上告の提起及び上告受理の申立てをしたものの(令和4年(オ)第1768号、同年(受)第2209号)、最高裁判所は、令和5年2月17日、同上告を棄却するとともに、同申立てにつき上告審として受理をしない旨の決定をした(乙3)。 3 争点 (1)著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点1) (2)デッドコピーによる不法行為の成否(争点2) (3)氏名不表示による不法行為の成否(争点3) (4)社内調査結果の不説明による不法行為の成否(争点4) (5)損害(争点5) 4 争点に対する当事者の主張 なお、争点整理の結果、被告の主張は、別紙著作物対比表「被告の主張」欄にも、まとめて記載されている。 (1)著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点1) (原告の主張) ア 被告記述1と原告記述1を比べると、文章の構成や用語、客観的事実の取捨選択や配列がほぼ同一であり、通常の雑誌編集等の作業において、一見して盗用・剽窃又は引用ではないかと注意を喚起する程度に似ており、被告記述1からは、原告記述1の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができる。 イ また、被告記述2と原告記述2を比べると、文章の構成はほぼ同一であり、用語、客観的事実の取捨選択や配列も極めて似ており、ほぼ同じ文章も複数存在する。このように、通常の雑誌編集等の作業において、一見して盗用・剽窃又は引用ではないかと注意を喚起する程度に似ており、被告記述2からは、原告記述2の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができる。 ウ したがって、被告各記述は、原告各記述を複製又は翻案したものであり、原告の複製権・翻案権を侵害するものであるとともに、同一性保持権及び氏名表示権を侵害するものである。 (被告の主張) 原告記述1と被告記述1との間、及び、原告記述2と被告記述2との間において、それぞれ、文章の構成や用いる表現、記載された客観的事実などに類似点があることは認めるものの、被告各記述は、原告各記述の複製又は翻案には当たらない。 すなわち、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないものと解されている(最高裁判所平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。 したがって、複製又は翻案に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が、著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であるところ(著作権法2条1項1号)、文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、筆者の個性が表現されたものとはいえないから、創作的な表現であるということはできない。 そして、別紙著作物対比表「被告の主張」欄記載のとおり、原告各記述及び被告各記述は、文章の分量が短く簡潔で、表現も特徴がなく、ありふれたものとして、表現上の創作性が認められない部分において同一性を有するにすぎないから、被告各記述が原告各記述の複製又は翻案に当たるとはいえない。 (2)デッドコピーによる不法行為の成否(争点2) (原告の主張) 仮に原告各記述に著作物性が認められないとしても、被告記述1は原告記述1と、被告記述2は原告記述2と、いずれもほぼ同一であり、いわゆるデッドコピーに当たるから、原告に対する不法行為を構成する。 (被告の主張) 争う。 (3)氏名不表示による不法行為の成否(争点3) (原告の主張) 被告記述2が原告記述2に依拠して作成されたことは、文書の構成や使用されたデータ、文言の類似の程度から明らかであるが、本件書籍のどこにも原告の氏名が表示されておらず、あたかも著者であるBの完全なオリジナルの文章であるかのような体裁となっている。 仮に原告記述2に著作物性がなかったとしても、これは書籍の編集や出版業界の社会通念に照らして著しく非常識な行為であり、不法行為を構成する。 (被告の主張) 争う。原告記述2に著作物性がないにもかかわらず、本件書籍に原告の氏名を表示する義務などはない。 (4)社内調査結果の不説明による不法行為の成否(争点4) (原告の主張) 原告は、令和2年7月20日頃、原告記述2と被告記述2が類似している件について、被告に対して電子メールで事情説明を求めた。これに対して、被告の社員から、調査の上回答する旨返事があった(甲9)。これらの回答状況から、原告は、本件書籍の作成経緯や本件書籍に原告の著作物に類似した表現が存在した事情に加え、それに対する被告の意見について、被告から説明があることを期待していた。しかしながら、その後、被告は、原告に対し、原告とBとの間で紛争が発生していることを理由に本件書籍を出庫停止にしたなどとすることを通知したのみで、およそ説明に値するものではなかった。 また、原告は、令和2年9月下旬、原告記述1と被告記述1が類似している件について、被告に対して電子メールで事情説明を求めた。これに対して、被告社員から、調査の上回答する旨返事があった(甲10)。これらの回答状況から、原告は、本件雑誌の作成経緯や本件雑誌に原告の著作物に類似した表現が存在した事情に加え、それに対する被告の意見について、被告から丁寧な説明があることを期待していたものの、被告が原告に対し、調査結果を説明することはなかった。 しかしながら、書籍や雑誌の編集、出版業界の社会通念に照らして、被告各記述の類似状況をみれば、原著者(原告)から説明を求められるのは当然であり、被告社員も説明する旨約束しているにもかかわらず、それを履行しなかったことは、社会通念に照らして著しく不適当であり、不法行為を構成する。 (被告の主張) 被告は、原告からの問い合わせに対し、書籍を出庫停止にすること等をその理由とともに回答しているところ(甲5)、被告には原告が主張するような説明をすべき法的義務はないから、被告の対応が不法行為を構成する余地はない。 なお、原告は、原告記述1と被告記述1が類似している件についても被告に事情説明を求めた旨主張しているものの、本件雑誌を発行したのは朝日新聞社であり、原告が実際に問い合わせをしたのも同社であって、被告ではない。 (5)損害(争点5) (原告の主張) 被告による原告の著作権(複製権又は翻案権)侵害及びその他の各不法行為により原告が被った損害の額は、5万円を下らない。また、被告による著作者人格権(同一性保持権又は氏名表示権)侵害及びその他の各不法行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、5万円を下らない。 (被告の主張) 争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(著作権及び著作者人格権の侵害の成否) (1)著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである(最高裁判所平成11年(受)第922号同13年6月28日第1小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。これを本件についてみると、思想、アイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性を認めることはできない部分において、被告各記述は原告各記述と同一性を有するにすぎないため、被告各記述の発行又は販売は、複製にも翻案にも当たらないものと認めるのが相当である。その理由は、次のとおりである。 (2)原告記述1及び被告記述1 ア 原告記述1A及び被告記述1A 原告記述1A及び被告記述1Aは、いずれも、@原資の確保に当たっては元本の回収が何より重要であること、A他方で、日本学生支援機構は、20004年(ママ)以降、回収金はまず延滞金と利息に充当するという方針を採用していること、B同機構の2010年度の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円に達し、これらの金が経常収益に計上され、原資とは無関係のところに充てられていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通している。 しかしながら、上記@は、原資の確保には元本の回収が重要であるという、奨学金事業に関する筆者の考察を示すものであり、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。 また、上記A及びBは、日本学生支援機構における回収金の充当方法や利息・延滞金収入の額という客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記@ないしBの順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。 イ 原告記述1B及び被告記述1B 原告記述1B及び被告記述1Bは、いずれも、@回収された金の行き先の一つが銀行であり、もう一つがサービサーであること、A2010年度期末において、民間銀行からの貸付残高は約1兆円であり、年間の利払額は23億円であること、Bサービサーについては、同年度に約5万5000件を日立キャピタル債権回収など2社に委託し、16億7000万円を回収し、そのうち1億0400万円が手数料として支払われていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通していることが認められる。 しかしながら、上記@ないしBは、いずれも日本学生支援機構における奨学金の回収状況に関する客観的な事実を簡潔に紹介するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記@ないしBの順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。 ウ 原告の主張に対する判断 原告は、被告記述1及び原告記述1を細切れに分割して対比すべきではなく、全体として対比すべきである旨主張する。 しかしながら、原告の主張を改めて検討しても、上記において説示したとおり、被告記述1と原告記述1の同一性を有する部分は、全体としてみても、客観的事実とこれに対する考察からなるものであって、著作権法の観点からすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又はありふれた表現であるというほかなく、表現上の創作性を認めることはできない。 その他に、原告の主張を改めて精査しても、原告の主張は、いずれも前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。 (3)原告記述2及び被告記述2について ア 原告記述2A及び被告記述2A 原告記述2A及び被告記述2Aは、@日本学生支援機構の会計資料によれば、2010年度の利息収入は232億円、同年度の延滞金収入は37億円であること、A延滞金収入は増加傾向にあること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通しているといえる。 しかしながら、上記@は、日本学生機構の会計資料に記載された2010年度の利息収入及び延滞金収入の額という客観的な事実を簡潔に指摘するものであり、上記Aも、日本学生機構の会計資料に記載された延滞金収入の額が増加しているという客観的な事実を簡潔に紹介するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものにすぎない。そうすると、上記@及びAは、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記@及びAの順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。 イ 原告記述2B及び被告記述2B 原告記述2B及び被告記述2Bは、@利息及び延滞金で年間数百億円の収入があること、A日本学生支援機構によれば、そのお金の行き先は「経常収益」つまり「儲け」に計上されていること、B延滞金をどれだけ回収しても奨学金の「原資」にはならないこと、以上の内容を以上の順で記載している点において共通している。 しかしながら、上記@及びAは、いずれも、日本学生支援機構の収支状況という客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。また、上記Bは、@及びAにいう客観的な事実から導かれる一般的な考察にすぎず、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記@ないしBの順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。 ウ 原告記述2C及び被告記述2Cについて 原告記述2C及び被告記述2Cは、@延滞金の回収に固執すれば原資の回収が遅れるが、それは回収金をまず延滞金と利息に充当するという方針を実行しているからであること、A原資を確保したいのであれば、元金から回収する必要があること、以上の内容を上記の順に記載している点において共通している。 しかしながら、上記@は、日本学生支援機構における回収金の充当方法という客観的な事実に基づく一般的な考察にすぎず、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。また、上記Aも、奨学金事業に関する一般的な考察を記載したものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記@及びAの順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。 エ 原告記述2D及び被告記述2Dについて 原告記述2D及び被告記述2Dは、日本学生支援機構が「それ」、すなわち元金からの回収を行わないのは、同機構において「利益」こそが回収強化の狙いであることを記載している点において共通している。 しかしながら、同記載は、奨学金事業に関する日本学生支援機構の方針についての一般的な考察にすぎず、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。 オ 原告記述2E及び被告記述2Eについて 原告記述2E及び被告記述2Eは、@数百億円の延滞金と利息収入のうち、利息の大半は財政融資基金という政府から借りたお金の利払いに充てられること、Aもう一つのお金の行き先が、銀行とサービサーであること、以上の内容を上記の順序で記載している点において共通している。 しかしながら、上記@及びAは、いずれも、日本学生支援機構の延滞金や利息収入がその後どのような使途に当てられるかという客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記@及びAの順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。 カ 原告記述2F及び被告記述2F 原告記述2F及び被告記述2Fについては、そもそも表現上の共通点が存在するものと認めることはできない。 キ 原告記述2G及び被告記述2G 原告記述2G及び被告記述2Gについては、そもそも表現上の共通点が存在するものと認めることはできない。仮に、原告主張の立場を採用したとしても、日立キャピタル債権回収株式会社が21億9545万3081円を回収し、1億7826万円を手数料として受領したという客観的な事実を一般的でありふれた表現で記述する点において共通するものにすぎず、これに表現上の創作性を認めることはできない。 ク 原告の主張に対する判断 原告は、被告記述2及び原告記述2を細切れに分割して対比すべきではなく、全体として対比すべきである旨主張する。 しかしながら、前記(2)ウで説示したところと同様に、原告の主張を改めて検討しても、被告記述2と原告記述2の同一性を有する部分は、全体としてみても、客観的事実とこれに対する考察からなるものであって、著作権法の観点からすれば、思想、アイデア、事実又は事件など表現それ自体でない部分又はありふれた表現であるというほかなく、表現上の創作性を認めることはできない。 その他に、原告の主張を改めて精査しても、原告の主張は、いずれも前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。 (4)まとめ 以上によれば、被告各記述は、原告各記述に係る原告の著作権を侵害するものではなく、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するものとも認めることはできない。 2 争点2(デッドコピーによる不法行為の成否)について (1)著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成21年(受)第602号、603号同23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275号参照)。 これを本件についてみると、被告各記述が、著作物に該当しない原告各記述を利用したものであるとしても、原告は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を具体的に主張するものではなく、その他に、本件記録を精査しても、上記にいう特段の事情を認めるに足りない。 (2)これに対し、原告は、Bが原告記述1を読んだ上で被告記述1に及んだことなどを一応指摘しているものの、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益をいうに足りず、上記判断を左右するに至らない。したがって、原告の主張は、採用することができない。 3 争点3(氏名不表示による不法行為の成否)ついて(ママ) 原告は、被告が本件書籍に原告の氏名を表示しなかったことは、書籍の編集や出版業界の社会通念に照らして著しく非常識な行為であり、不法行為を構成する旨主張する。しかしながら、原告は、氏名表示に係る上記利益につき、著作権法19条にいう氏名表示権のほかに、権利又は利益として保護されるべき法令上の根拠があることを具体的に主張するものではなく、原告の主張は、民法709条に規定する「権利又は法律上保護される利益」を主張立証しないものとして、失当であるというほかない。したがって、原告の主張は、採用することができない。 4 争点4(社内調査結果の不説明による不法行為の成否) (1)認定事実 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。 ア 被告記述1について (ア)原告は、令和2年9月頃、朝日新聞社に対し、被告記述1と原告記述1が類似していることにつき、事情の説明を求める内容の電子メールを送付した。 (イ)これを受けて、同社の社員であるC氏は、同年10月1日、原告に電話をし、現在、Bの弁護士が経緯について調査中であり、その結果を確認するまでは、被告としては原告に伝えるべき情報がない旨回答した。これに対し、原告は、Cに対し、事情は承知したので、何か分かれば連絡をしてほしい旨伝えたところ、同人は、「はい。」と答えた。 (ウ)その後、本件雑誌の発行当時の編集者であった同社のD氏が原告に電話をし、原告が朝日新聞社にした質問内容をB本人に示し、同人に事情を確認したところ、同人の代理人である弁護士から連絡があり、現在事実経緯も含めて調査中であるという説明を受けており、調査が終わり次第また連絡を受けることになっていることのほか、弁護士から連絡があれば、原告に対し再度必ず連絡をすることを伝えた。 (以上につき、甲10、弁論の全趣旨) イ 被告記述2について (ア)原告は、令和2年7月20日頃、被告に電子メールを送り、被告記述2と原告記述2が類似していることについて、その事情を説明するよう要望した。 (イ)これを受けて、被告の担当者は、同月30日、原告に電話をし、現在被告において、どのような法的な問題が存在するのかを精査している状況であり、Bにも経緯を確認してからでないと原告に対する正式な回答をすることは難しいことを告げた。これに対し、原告が定期的に進捗状況を知らせてほしい旨希望を伝えると、同担当者は「わかりました。」と答えた。 (ウ)その後、被告は、同年9月14日付けで、原告に対し、Bから複数回にわたり執筆経緯を確認し、社内でも記述内容を検討した結果、問題が解決に至るまで、本件書籍の出庫を見合わせるとともに、電子書籍の販売を停止する旨記載された回答書を送付し、その後、原告は同回答書を受領した。 (以上につき、甲5、9、弁論の全趣旨)、 (2)不法行為の成否 原告は、原告各記述と被告各記述が類似していることに関し、被告に対し、事情の説明を求めたところ、被告が調査の上回答する旨約束しておきながら、その後調査結果について説明をしなかったことは、社会通念に照らして著しく不適当であり、不法行為を構成する旨主張する。 しかしながら、前記認定事実によれば、被告記述1に関して原告が約束したと主張する相手は、被告とは異なる別会社であるから、上記約束を前提とする原告の主張は、そもそもその前提を欠く。そして、上記約束の内容も、弁護士から連絡があれば被告に連絡する旨のものにとどまるのであるから、原告主張に係る被侵害利益とは、訴外会社から連絡を受けることができる旨の事実上の期待にすぎず、これが民法709条にいう「法律上保護されるべき利益」に該当するものといえない。 他方、被告記述2に関して原告が約束したと主張する相手は、被告ではあるものの、前記認定事実によれば、被告は、原告からの要望を受け、まずは、本件書籍の著書であるBに事情を確認した上でなければ、原告に対する正式な回答ができない旨を電話で伝えて原告の了解を得た上、その後、被告は、実際に、Bに対する事情確認を経た上で問題が解決されるまでの間、本件書籍の出庫や電子書籍の販売を停止する旨の判断を行い、その結果を書面で正式に原告に回答したことが認められる。 これらの事情の下においては、原告主張に係る約束が成立していたとしても、被告はこれを履行したものと認めるのが相当であり、その他に、本件全証拠によっても、不法行為が成立するような事情をうかがうことはできない。 したがって、原告の主張は、採用することができない。 5 その他 その他に、原告提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、上記において説示したところに照らし、原告の主張は、前記判断を左右するに足りず、原告の主張は、いずれも採用することができない。 第4 結論 よって、原告の請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 中島基至 裁判官 小田誉太郎 裁判官 尾池悠子 (別紙)著作物対比表
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