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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件AB 【年月日】令和6年4月18日 東京地裁 令和5年(ワ)第70193号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年2月27日) 判決 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 略語は別紙略語一覧表のとおり。 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、本件発信者らがファイル交換ソフトウェア「BitTorrent」を利用したネットワークシステムを使用して本件各動画を自動公衆送信したことにより本件各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)を侵害したことは明らかであると主張して、被告に対し、法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、顕著な事実、掲記の各証拠(書証の番号は特に断らない限り枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、動画の制作等を行う株式会社である。 イ 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)であって、本件発信者情報を保有している。 (2)本件各動画の著作権者 原告は、その発意に基づき、原告の業務に従事する者に対し、原告における職務の履行として本件各動画の企画、制作等を行わせ、また、第三者認証機関との対応を行い、本件各動画のパッケージに原告の名称を表示して、自己の著作の名義の下に本件各動画を公表した。(甲2の1〜30、2の32〜34、7、18) したがって、原告は、本件各動画の著作者としてその著作権を有する。 (3)BitTorrentの仕組み等 BitTorrentとは、いわゆるP2P形式のネットワークであり、その概要や使用の手順 は、次のとおりである。(甲4〜6、9) ア BitTorrentにより特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割された個々のデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザー(ピア)に分散して共有させる。 イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、その使用端末にBitTorrentに対応したクライアントソフト(以下、対応クライアントソフトを含めて「BitTorrent」ということがある。)をインストールした上で、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードして、これをBitTorrentに読み込ませる。これにより、BitTorrentは、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求する。トラッカーサーバは、ファイルの提供者を管理するサーバであり、ユーザーによる要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。 ウ リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから当該ピースのダウンロードを開始する。全てのピースのダウンロードが終了すると、自動的に元の1つの完全なファイルが復元される。 エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは「シーダー」と呼ばれる。他方、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了して完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなる。シーダーは、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルの一部をアップロードしてリーチャーに提供する。また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルを自らダウンロードすると同時に、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態に置かれる仕組みとなっている。 (4)本件調査 ア 原告は、本件訴訟提起に先立ち、本件調査会社に対し、BitTorrentを使用した本件各動画の著作権侵害に係る調査(本件調査)を委託した。 イ 本件調査は、BitTorrentの開発・管理運営を行う会社が管理・運営する本件クライアントソフトを使用して行われた。 本件クライアントソフトは、ダウンロードをするトレントファイルを検索し、BitTorrentを使用しているピアの情報を表示する機能を有しており、本件クライアントソフトを利用することにより、ピースのダウンロード及びアップロードを行っているピアのIPアドレスを解明することが可能である。 本件調査の概要は、以下のとおりである。 すなわち、本件調査会社担当者は、インデックスサイトにおいて本件各動画に係るファイルを検索して、トレントファイルをダウンロードし、端末にダウンロードした当該トレントファイルをもとに、本件クライアントソフト上で本件各動画に係るピースをダウンロードした。本件調査会社は、当該ダウンロード中に当該端末に当該ピアのIPアドレスとして表示されているIPアドレスを確認し、スクリーンショットして保存した。 本件調査会社担当者は、本件発信者らのIPアドレスを確認し、ダウンロードしたファイルの動画と本件各動画とを見比べてその同一性を確認した。 ウ 本件調査会社は、原告に対し、本件調査の結果、別紙発信者情報目録の「日時」欄記載の各日時に本件各動画に係るファイルがアップロードされていること、このアップロードの通信に本件IPアドレスが使用されていることなどを報告した。(以上につき、甲1の1〜30、1の32〜34、5、8、9) 3 本件の主な争点は権利侵害の明白性であり、これに関する当事者の主張は以下のとおりである。 (原告の主張) (1)本件調査会社は、本件調査によって、本件発信者らから本件各動画のピースをダウンロードし、これを保有する本件発信者らが接続しているIPアドレス、接続日時等を特定した。また、本件調査会社担当者は、ダウンロードしたファイルの動画と本件各動画とを見比べてその同一性を確認した。 したがって、本件発信者らは、本件調査会社の求めに応じて自動的に本件各動画のピースを送信したといえる。このような行為は、原告の本件各動画に係る公衆送信権侵害に当たる。 (2)被告の主張について ア 本件クライアントソフトは、BitTorrentを管理する会社が提供するソフトウェアであるから、BitTorrentを通して取得した情報を正確に利用者に提供しているといえ、信頼できるものである。 イ 本件IPアドレスの特定に関しては、「下り速度」と「上り速度」の記載がなくともダウンロードは進行するから、その記載がなかったとしても、本件調査会社がダウンロードできていなかったことにはならない。 ウ 一般的に、本件発信者らによる送信時点で保有しているファイルの保有率が低い場合にも、動画として再生することは可能である。また、BitTorrent等のファイル交換ソフトにおいてはある時点までに移転したピースが結合されて一連の動画として閲覧することが可能となるところ、本件発信者らによる通信がされた時点で本件各動画のうちのどの部分であるか確認することはできない。そうである以上、本件発信者らによる通信の時点で侵害の事実が認められれば、動画ファイルのうちどの部分であるかなどといった点までの立証は不要とするのが合理的である。 (被告の主張) 不知ないし争う。 (1)本件クライアントソフトは特定方法等の信頼性が認められたシステムではないから、これを利用した本件調査は信用性を欠く。 (2)原告の立証は、以下の点で不十分である。 ア 本件IPアドレスの特定に関し (ア)本件調査において把握される通信としては、本件発信者らと本件調査会社、すなわちピア間の通信に限っても、BitTorrent上で相手方がピアであることを確認する「HANDSHAKE」、接続の完了を通知する「ACK」、互いが対象ファイルのどの部分を所持しているのかを確認する「BITFIELD」、自分が当該ファイルに興味を持っていることを通知する「INTERESTED」、これに対して、相手方が当該ファイルをアップロード可能であることを通知する「UNCHOKE」、ダウンロードする側がアップロードを要求する「REQUEST」、これに応じて実際にピースを送信する「PIECE(DOWNLOAD)」といった複数の通信がある。このため、適当な時刻に本件調査会社担当者の端末に表示された本件IPアドレスをもって、本件各動画ファイルの全部又は一部をダウンロードした時の通信(「PIECE(DOWNLOAD)」)に当たるということはできない。 (イ)本件調査時のキャプチャー画面には、基本的に、本件動画ファイルのダウンロードやアップロードの進行を示す表示である「下り速度」と「上り速度」の表示がない。このため、同画面は本件各動画のファイルの全部又は一部をダウンロードした時の通信を示すものではないことがうかがわれる。 イ 公衆送信権侵害に関し 本件発信者らの送信により本件各動画ファイルのピースが送信されたとしても、これにより公衆送信権が侵害されたといえるためには、当該ピースにより本件各動画の表現の本質的特徴が感得できる必要がある。 しかし、ファイルを細分化したピースを転送し合うというBitTorrentの仕組みによれば、本件発信者らから送信された1つのピースから本件各動画の表現の本質的特徴を直接感得できる映像を再生できない可能性がある。また、本件調査において本件調査会社担当者は本件各動画と本件侵害動画との同一性を確認したというが、本件調査はBitTorrentネットワークを介して様々なピアからピースをダウンロードするものであり、本件発信者らに係るピアからのみピースをダウンロードしたとは限らない。 したがって、本件発信者らによる自動公衆送信権侵害があったとはいえない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(権利侵害の明白性)について (1)BitTorrent及び本件クライアントソフトの仕組み並びに本件調査の方法ないし内容(前提事実(3)、(4))を踏まえると、本件発信者らは、その端末にBitTorrentをインストールし、本件各動画のファイルに係るピースをダウンロードすると共に当該ピースを不特定の者からの求めに応じてBitTorrentネットワークを介して自動的に送信し得るようにし、被告から本件IPアドレスの割当を受けてインターネットに接続された状態の下、別紙発信者情報目録の「日時」欄記載の各日時において、本件調査会社の求めに応じ、自動的に本件各動画のファイルのピースをアップロードしたことが認められる。 そうすると、本件各動画に係るファイル(ピース)は、本件IPアドレスが割り当てられた本件発信者らにより、公衆からの求めに応じて自動的に公衆送信されたものといえる。すなわち、本件発信者らは本件各動画に係るデータを自動公衆送信したものであり、これにより、本件各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかである(法5条1項1号)。 (2)被告の主張について ア 被告は、本件調査について、本件クライアントソフトがいわゆる認証ソフトウェアでないこと、「下り速度」及び「上り速度」が表示されていないことを指摘して、本件調査は信用できない旨や、本件発信者らの送信に係る1つのピースからでは本件各動画の表現の本質的特徴を直接感得することができる映像を再生できない可能性があるから、公衆送信権侵害があったとはいえない旨を主張する。 イ しかし、本件クライアントソフトは、BitTorrentの開発・管理運営を行う会社により管理・運営されており、BitTorrentプロトコル定義で設定されたガイドラインを遵守したものである(前提事実(4)イ、甲9)。また、BitTorrentの仕組みに照らすと、本件クライアントソフトにおいて対象となるファイルのピースのダウンロード及びアップロードを行っているピアのIPアドレスを正確に取得・表示するものでなければクライアントソフトとして十分な機能を果たし得ないと解される。 また、証拠(甲1の1〜30、1の32〜34、14、23)によれば、一般的に、クライアント側のダウンロード速度である「下り速度」及びアップロード速度である「上り速度」の表示がなくとも、BitTorrentを介したファイルのダウンロードが進むことが確認されている。さらに、本件調査においても、本件発信者らによる通信につき、それぞれ、「ダウンロード中94.4%」(甲1の1)、「[強制]ダウンロード中94.4%」(甲1の27)などの表示にみられるように、自動又は手動により当該ファイルのダウンロードが進んでいる状態が示されており、その後、本件侵害動画のファイルのダウンロードが完了したことが認められる。 その他本件クライアントソフトや本件調査の信用性を疑わせるに足りる具体的な事情は見当たらない。 ウ また、前提事実(4)のとおり、本件調査会社担当者は、本件調査に際し、本件発信者らのIPアドレスを確認すると共に、ダウンロードしたファイルの動画と本件各動画とを見比べてその同一性を確認している。さらに、証拠(甲7、8)によれば、本件侵害動画と本件各動画には複数の同一シーンが含まれていることが認められる。このため、本件侵害動画は少なくとも本件各動画の一部であり、前者は後者を複製したものであることがうかがわれる。加えて、ダウンロード中であって保有率が相当少ない場合にも当該ファイルの動画を再生できること及び本件侵害動画が再生できることが確認されている(前提事実(4)イ、甲27)。そうすると、本件発信者らが送信し、本件調査会社担当者がダウンロードした本件侵害動画のファイル(ピース)は、本件各動画の表現の本質的特徴を直接感得し得る程度に再生可能であったものとみられる。 エ 以上より、この点に関する被告の主張はいずれも採用できない。 2 その他の要件について 上記のとおり、本件発信者らによる本件各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)侵害が認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者らに対する不法行為に基づく損害賠償請求等の権利行使を予定していることが認められるから、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(法5条1項2号)が認められる。 以上より、原告は、被告に対し、本件発信者情報の開示請求権を有する。 第4 結論 よって、原告の請求はいずれも理由があるからこれらをいずれも認容することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 久野雄平及び同吉野弘子はいずれも差支えのため、署名押印できない。 裁判長裁判官 杉浦正樹 (別紙)当事者目録 原告 グラフィティジャパン株式会社 同訴訟代理人弁護士 杉山央 被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 五島丈裕 (別紙)発信者情報目録 以下の日時に以下のIPアドレス及びポート番号を割り当てられていた契約者の次の情報 (1)1、2、4、7、10〜26、29、30番の契約者 氏名又は名称、住所、電話番号及び電子メールアドレス (2)3、5、6、8、9、27、28、32〜34番の契約者 氏名又は名称、住所、電話番号 (以下省略) (別紙侵害著作物目録省略) (別紙)略語一覧表
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