判例全文 line
line
【事件名】付録DVDのネット公開事件(2)
【年月日】令和6年3月28日
 知財高裁 令和5年(ネ)第10093号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和3年(ワ)第12304号)
 (口頭弁論終結日 令和6年1月16日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 吉峯裕毅
被控訴人 株式会社アーク出版
同訴訟代理人弁護士 三山裕三
同 佐原祥太
同 銘里拓士


主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人に対し、88万円及びこれに対する令和2年12月22日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを20分し、その3を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は、控訴人に対し、660万円及びこれに対する平成29年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要(略称等は、特に断らない限り、原判決の表記による。)
1 本件は、控訴人が、被控訴人がインターネット上の動画共有サイトであるYouTube(本件サイト)において原判決別紙映像目録記載の映像(本件映像)の一部(本件複製映像)を、控訴人の氏名又は屋号を著作者として表示することなく公開した行為により、本件映像に係る控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたと主張し、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、損害金660万円(著作権法114条3項に基づく損害400万円、著作権侵害による逸失利益100万円、著作者人格権侵害による慰謝料100万円及び弁護士費用60万円)及びこれに対する平成29年8月3日(被控訴人が本件複製映像を本件サイトにおいて公開した日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決は、控訴人の請求のうち、55万円(慰謝料50万円及び弁護士費用5万円)及びこれに対する令和2年12月22日(被控訴人が本件サイトにおける本件複製映像の公開を停止した日)から支払済みまで現行の民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、控訴人のその余の請求を棄却したので、控訴人が原判決のうち控訴人敗訴部分を不服として控訴した。なお、被控訴人は、控訴も附帯控訴もしなかった。
2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記3のとおり補正し、後記4のとおり当審における控訴人の補充主張を付加し、後記5のとおり控訴人の補充主張に対する被控訴人の反論を付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の2ないし4(2頁10行目から21頁17行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
3 原判決の補正
(1)原判決3頁20行目及び4頁2行目の「本件映像の著作物性」を「本件映像の著作物性及び『映画の著作物』該当性」に改める。
(2)原判決4頁4行目から同頁6行目までを次のとおり改める。
 「ア 本件映像は、控訴人がその全体について創意工夫を尽くして制作したものであり、創作性を有する著作物である。
 そして、本件映像は、視覚的効果の連続により構成されるものであるから、映画の著作物(著作権法10条1項7号)に該当する。」
(3)原判決6頁22行目の「本件映像は著作物に当たらない。」を「本件映像に著作物性は認められず、本件映像は『映画の著作物』に当たらない。」に改める。
(4)原判決8頁6行目末尾の「。。」を「。」と改める。
4 当審における控訴人の補充主張
(1)アニメーション動画の制作過程のうち主要なものは絵コンテ、レイアウト、背景、原画、動画、彩色、撮影、音響、編集であって、このような細部における創作活動の集大成がアニメーションの本質である。
 そして、このことは、本件映像の「てんかん発作の動き」に係る部分についても同様である。例えば、原画作成については13症例合計609枚、動画作成については13症例合計1686枚もの多数のデータが用意されており、本件映像のうちてんかん発作の動きのみを抜き出したとしても、当該動きを実現する方法において作成者の個性が発揮されているから、この点においても著作物性が認められる。
(2)A医師は、本件映像の制作を最初に着想した者ではあるが、本件映像の具体的内容に係る企画書等は何ら作成していない。甲106の別紙中「1シナリオと香盤表」に記載したとおり、A医師の着想を伝えられて具体的な企画の形にすべく、本件映像の全体像や設計を担当したのは全て控訴人である。
 A医師が本件映像において取り上げる症例及び再生順序を実質的に決定したのは事実であるが、本件映像の膨大な制作過程からすればごくわずかな関与にすぎないし、本件映像は連続自動再生されるとはいえ独立した13症例のアニメーションが組み合わされたものであり、再生順序は単に本件書籍の順に組み合わせただけであるから、本件映像の制作に当たって重要な意味をもたない。
 また、A医師は、控訴人に対し、てんかん発作に関する参考動画を3例しか提供しておらず、てんかん発作を起こす人物の見た目や発作前後のイメージ等については、いくつかのコメントはしているものの、本件映像の膨大な制作工程と比較すれば、全体の中のごくわずかな作業量にすぎない。むしろ、A医師の確認なく、あるいは修正意見もなく進行した工程の方が多い。原判決は、A医師が、てんかん発作が起こる人物の性別、年齢、着衣のほか、発作前後の動作のイメージや人物を捉える角度について種々指示を行い、最終的にそれらを決定したと認定したが、これは誤りである。
 さらに、A医師は、控訴人が表現した動きが医学的に正確であるのかの確認を行い、正確性が十分でない場合に修正意見を述べることはしたが、完成の判断がA医師に委ねられていたことはない。A医師の修正意見のうち、医学的正確性に関わらない部分については、控訴人が採用するか否かを決定しており、これに対してA医師から異議は唱えられていない。したがって、A医師の役割は監修を超えるものではなく、A医師が本件映像の全てについて指示を行い、最終決定をしたことはない。
 以上のとおり、A医師は、本件映像の制作過程において、ごく一部への関与しかしておらず、映画の著作物である本件映像の「全体的形成に創作的に寄与した者」に当たらない。
(3)ア 上記(2)のとおり、本件映像の膨大な制作工程のうち、A医師の関与の程度はかなり小さいものであり、このことからすれば、A医師が本件映像を制作する意思を有していたとは認められない。本件映像を制作する意思を有していたのは、A医師からの働きかけを受け、被控訴人との間で、本件映像の制作義務を負うことを内容とする制作委託契約を締結し、実際に本件映像の全体像を考えた控訴人であり、控訴人こそが本件映像の製作を発意した者である。
イ A医師が製薬会社等に本件書籍購入の営業活動を担っていたことは事実であるが、この営業活動は、契約に基づく義務又は職責として行われていたものではない。本件映像の制作費として被控訴人が受け取る対価の原資が何で賄われているかは、控訴人と被控訴人との間の制作委託契約の内容とは無関係の要素であり、控訴人としても関与するところではない。また、控訴人から制作費の増額を求められた際に、A医師が自ら負担することも選択肢とされていたということについては、控訴人は不知であるが、仮にそのような事実があったとしても、被控訴人代表者の陳述書(乙16)によれば、A医師はあくまで書籍の買取りを検討すると述べたのみであり、本件映像制作費の増額分を支払うと述べたわけではない。控訴人が契約を締結した相手は被控訴人であり、控訴人は、控訴人に支払われる対価は被控訴人が負担していると認識していた。したがって、本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクをA医師が専ら負担していた旨原判決が判断したことは誤りである。
 また、そもそも、原判決が、本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクをA医師が負担していたことをもって、本件映像の制作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と判断したこと自体が誤りである。映画の著作物の製作に発意と責任を負う者が誰であるかの判断においては、本件映像の制作行為に関して経済的な収入・支出の主体となりリスクを負う者が誰であるかという観点から判断されるべきであり、本件映像の制作が完了した後で本件映像を利用してどれだけの利益が得られるのかという観点、本件書籍が期待したとおりに販売できるか否かのリスクは考慮されるべきでない。
 さらに、本件書籍に本件DVDを付属させて販売する形態には、最初から控訴人も同意しており、本件書籍が増刷される場合には控訴人が被控訴人に本件映像の複製の許諾を行うことが制作委託契約の当然の前提となっていた。しかも、本件書籍の販売前から製薬会社等の買取りが決定していたのであるから、その時点で投下資本の回収は既に達成していた。したがって、原判決が、A医師に投下資本を回収する権限を与えるべきであるとの理由で、A医師が本件映像の制作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と判断したことは誤りである。
ウ 製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者、すなわち自己の危険と責任において製作する主体が誰であるかを判断するためには、製作に関する法律上の権利義務の帰属主体が誰であるかを基準としなければならない。
 A医師は、製薬会社等への営業活動を行ったとしても、資金調達及び映像の制作のいずれに関しても、何らかの法律上の権利義務が帰属してはいない。控訴人が提出した見積りで費用が収まらなかった場合の経済的リスクは控訴人に帰属していたのであり、A医師が追加で支出をしなければならない法的地位にあったわけでもない。したがって、A医師は、本件映像の制作に関し、何らの法律上の権利義務の主体となるものではなく、この点からしても、A医師を著作権者として認定することはできない。
エ 本件映像の制作の全体像を把握し、制作の中で特に大きな時間的・労力的割合を占めるアニメーション制作の全てを背負い、進行管理と完成責任を負っていたのは控訴人であり、外部業者(制作スタッフ)に対して経費を支払う等の経済的リスクを負っていたのも控訴人である。これらのことからすれば、映画の著作物である本件映像を制作する意思を有し、その製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者は、控訴人であり、控訴人が本件映像の著作権者である。
(4)無断でアップロードされた本件サイト上の表記に、本件複製映像が本件書籍に付属されているDVDに収録されているとの説明はなかった。本件サイトで本件複製映像を見た視聴者のうち、わざわざ被控訴人のウェブサイトのリンクをクリックする者はごくわずかであろうし、リンク先である被控訴人のウェブサイトにおける本件書籍の紹介ページに控訴人の名前は記載されていない。そうすると、視聴者が控訴人の氏名にたどり着くためには、本件書籍を購入するか、又は書店で立ち読みをして、さらにアニメーション制作者が誰かを調査するしかないが、そのようなことをする者はごく稀であろうから、本件複製映像を再生した者のほとんどは控訴人の氏名を認識しないままである。したがって、本件サイト上の表記を通じて本件書籍の奥書にたどり着けるという抽象的な可能性をもって、慰謝料の減額事由とすべきではない。
(5)本件複製映像の無断アップロードは平成29年8月3日から開始されており、控訴人の氏名表示権は同日から侵害されていたのであるから、被害者救済の観点から、遅延損害金の起算日は、継続的不法行為の開始日である同日とすべきである。同起算日を継続的不法行為の終了日としてしまうと、権利侵害が長期にわたるほど遅延損害金の金額が低いことになるし、本件においては、遅延損害金の利率が年3分に下がるという大きな不利益も受けることになり、不当である。
5 控訴人の補充主張に対する被控訴人の反論
(1)A医師は、一般人にてんかんの発作を正しく理解してもらうための一つの方法として、アニメーション映像を収録したDVDを書籍に付属させるという具体的な方法を着想したのであり、A医師が本件映像の制作を着想して被控訴人に提案したものである。本件映像は、先行して制作に着手されていた本件書籍に準拠して制作されたものにすぎず、本件映像の企画書に相当するのは、控訴人が制作に関与していない本件書籍であって、控訴人が言う「シナリオと香盤表」ではない。また、控訴人は、てんかんの素人であって、A医師からの指示や動画等の提供がなければ「シナリオと香盤表」を作成することが不可能であったから、仮に「シナリオと香盤表」が本件映像の企画書に相当するものであったとしても、A医師がその根幹部分の作成に関与していた。
 本件書籍においては、症例の選択及び順序が重要な要素であり、その付属物である本件映像においても症例の選択及び再生順は重要な要素であって、これらを本件書籍と整合させることは、一般人にてんかんの発作を正しく理解してもらうという目的において極めて重要な意味を有していた。
 A医師は、全13症例の参考動画等を提供しており、全13症例に対する修正指示を行っている。そして、本件映像の表現の最終決定はA医師に委ねられていた。
 以上のとおり、A医師は、本件映像の全体的形成に創作的に寄与している。
(2)A医師と被控訴人との間では、本件書籍等の制作当初から、製薬会社等に対するA医師の営業活動等によって、それらの制作費を賄うことが当然の前提となっていた。すなわち、本件書籍はA医師の自費出版であって、A医師が制作費を調達することは、A医師と被控訴人との間で本件書籍の制作及び出版を行う前提となっていたのであるから、A医師は制作費を調達する法的義務を負っていた。控訴人から制作費の増額を求められた際も、A医師が不足する制作費を負担することを申し出て、営業活動も積極的に行い、販売先を新たに開拓していた。
 本件映像を付属させた本件書籍の出版は、いわばA医師の自費出版ともいい得るものであり、本件映像の制作当初から、A医師、被控訴人代表者のB(以下「B’」という。)と控訴人の3名が打合せを行い、さらに、B’とともにA医師による種々のチェックや修正指示が行われていたから、本件映像の制作に関する発注者は、被控訴人とA医師の両者であるとみるのが自然である。
 控訴人が、本件書籍が増刷された場合に本件映像の複製の許諾を同意するとの意向を明示していたことはなく、控訴人に著作権が帰属するとすれば、控訴人はいつでもその意向を翻す可能性があるから、A医師及び被控訴人は、控訴人からの差止請求等を受け得る非常に不安定な法的地位に置かれ続けることになる。また、当初の製薬会社等の買取りから得られた代金は、A医師の印税の対象になっておらず、A医師は上記代金から原稿料10万円を受けられるのみであり、本件書籍の増刷以降の販売から得られる印税によって初めて投下資本を回収する機会を得られるのであるから、投下資本の回収の点から、A医師を映像の制作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と認定した原判決の判断に誤りはない。
(3)本件サイトから本件書籍の奥書の表記にたどり着くこと自体は可能であったのだから、控訴人の氏名を認識した者がいた可能性は否定できず、この事実を慰謝料の減額事由として考慮したことが経験則に反することはないし、原判決は上記事実のみに依拠して慰謝料額を算定したわけでもなく、慰謝料額を50万円とした原判決の結論に誤りはない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、控訴人の請求については、88万円及びこれに対する令和2年12月22日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は次のとおりである。
1 認定事実
 認定事実は、原判決「事実及び理由」第3の1(21頁20行目から28頁20行目まで。以下「認定事実」という。)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点1(本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性)について
 前提事実、認定事実及び証拠(乙1)によれば、本件映像は、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらう目的で作成されたものであり、てんかん発作の13症例に関する個別のアニメーション映像から構成され、各アニメーション映像では、登場人物が日常生活を送っている中で起きたてんかん発作に特徴的な動きや、この人物を介助する者の様子等が描写されていること、本件映像の制作に当たっては、控訴人が、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の作成を自ら、又はその一部を他の業者に委託して行い、これらの作業により制作された本件映像は、症例とされた各てんかん発作が起こりやすい年齢等に合致した人物が描かれ、視聴者が、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、描かれた人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作、所在する場所、背景となる造作や家具、人物を捉える方向や画角等について、表現の選択がされ、発作の特徴を説明するナレーションが組み込まれるといった加工が施されたことが認められる。
 このような本件映像は、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で作成されたものであり、かつ、思想又は感情を創作的に表現したものであると認められる。
 そして、本件映像は、本件書籍の付属物として、DVDに固定されたものである。
 したがって、本件映像は、著作権法2条3項にいう「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」に当たるから、映画の著作物(同法10条1項7号)であると認められる。
 この点に関し、被控訴人は、原判決「事実及び理由」第2の4(1)(被告の主張)イのとおり、本件映像を構成する三つの要素である発作を起こすキャラクター、キャラクターのデザイン、背景等及びナレーションのいずれの要素も創作性を有さず、本件映像は創作性を欠いて著作物に当たらないと主張するが、上記のとおり、本件映像を全体として見れば、思想又は感情を創作的に表現したものであると認められ、被控訴人の上記主張は採用することができない。
3 争点2(本件映像の著作者)について
(1)映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者である(著作権法16条)。
(2)控訴人の関与について
 認定事実(3)イのとおり、控訴人は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の各作成並びに彩色、撮影、音響及び編集の各作業を自ら行い、又はその一部を他の業者に委託した上で、これらの業者に対する指示を行っている。そして、本件映像に描写されている人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作、所在する場所、背景となる造作や家具、人物を捉える方向や画角については、視聴者がてんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるように選択がされているものと認められ、これらの創作的な表現は、控訴人の上記各作業によって作出されたものといえる。
(3)A医師の関与について
 前提事実及び認定事実によれば、本件映像にアニメーション映像として収録するてんかんの13症例を選択し、その順序を決定したのはA医師である。
 また、控訴人はてんかんについての知識を有していなかったから、てんかんの分野で専門的な知識を有するA医師が、本件映像で扱う症例の特徴について控訴人に説明したものと推認される。ただし、A医師は、原審で実施された証人尋問において、全ての症例について参考映像を提供した旨供述するが、控訴人はこれを否認しており、提供された映像として証拠として提出されているものは三つしかなく(乙2の1〜3)、A医師が控訴人に送ったメール(甲52)の文面からすると、A医師が上記三つの映像のほかにも何らかの映像を控訴人に提供したことは認められるものの、これをもって、全ての症例について参考映像を提供したとは認められない。
 また、認定事実によれば、A医師は、控訴人がアニメーション映像の作成に係る作業を行うに際し、症例に適した人物の性別や年齢を伝えたり、発作を表現するに際して人物を描写するのにふさわしい方向を伝えたりするなどしたが、本件の全証拠によっても、A医師が多数の症例について、てんかん発作の動きや介助者の関与に関する動きの描写、人物の表情や背景の描写等に関する個別具体的な指示を控訴人に伝えたとは認められない。
 さらに、認定事実によれば、A医師は、控訴人が作成した絵コンテや原画を自ら確認するとともに、一部の症例について、C医師及びD医師にその確認を依頼し、かつ、控訴人が作成した本件映像のナレーション原稿の草案及び字幕の内容を確認したと認められるが、いずれも、医学的見地から正確性を欠く内容の有無や本件書籍の内容との整合性を確認し、控訴人に指摘する内容であるといえる。A医師は、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の修正の指示も行ったが、本件映像における表現の中で占める割合としてはごくわずかな部分にとどまる。
(4)その他の者の関与について
ア 認定事実によれば、被控訴人代表者であるB’は、控訴人が作成したナレーション原稿の草案及び字幕の修正や、本件書籍の内容との整合性の確認、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の指示を行っているが、本件映像の制作について上記以外の関与をしたとは認められない。
イ C医師及びD医師は、本件映像の制作過程において、一部の症例について、控訴人の作成した絵コンテやラフ原画を見て、てんかん発作の動きが医学的に正確に表現されているかを確認し、A医師を介して修正指示をしたにとどまる。
(5)上記(2)ないし(4)によれば、本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、控訴人であって、A医師、被控訴人、C医師及びD医師はこれに当たらないと認められる。
 A医師の関与は、全体として見れば、控訴人に対するてんかんに関する情報提供や、本件映像を医学的に誤りのない内容にするための確認がほとんどであり、それらは本件映像の制作を監修する立場からの助言若しくはアイデアの提供というべきものであって、本件映像の具体的表現を創作したものとは認められず、A医師が本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与したとはいえない。また、本件映像で取り上げられた症例及びその再生順序を決定したことについては、本件映像が本件書籍の付属物であることから、本件書籍に準拠して上記決定をしたにすぎず、上記決定をしたことをもって、A医師が本件映像の全体的形成に創作的に寄与したと認められることにもならないというべきである。
 被控訴人、C医師及びD医師については、これらの者による関与が前記(4)のとおりのものにすぎないことからすれば、これらの者が本件映像の全体的形成に創作的に寄与した者に当たるとは認められないというべきである。
4 争点3(本件映像の著作権者)について
(1)著作権法29条1項は、「映画の著作物の・・著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している。
 前記2のとおり、本件映像は映画の著作物であると認められるから、本件映像の著作権の帰属については、著作権法29条1項が適用され、本件映像の著作者である控訴人が、映画製作者に対し、本件映像の製作に参加することを約束しているときは、本件映像の著作権は当該映画製作者に帰属することになる。
 この点に関して、被控訴人は、著作権法29条1項は劇場用映画を想定した規定であり、本件書籍の従たる付属物として作成された本件映像には適用されないと主張するが、同項が映画の著作物のうち劇場用映画のみに適用されると解すべき根拠、あるいは本件映像が映画の著作物と認められるにもかかわらず同項が適用されないと解すべき根拠はなく、被控訴人の上記主張は採用することができない。
(2)著作権法29条1項にいう「映画製作者」は、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」である(同法2条1項10号)。
 また、著作権法29条が設けられたのは、@従来から、映画の著作物の利用については、映画製作者と著作者との間の契約によって、映画製作者が著作権の行使を行うものとされていたという実態があったこと、A映画の著作物は、映画製作者が巨額の製作費を投入し、企業活動として製作し公表するという特殊な性格の著作物であること、B映画には著作者の地位に立ち得る多数の関与者が存在し、それら全ての者に著作権行使を認めると映画の円滑な市場流通を阻害することになることなどを考慮すると、映画の著作物の著作権が映画製作者に帰属するとするのが相当であると判断されたためであると解される。
 著作権法2条1項10号の文言及び同法29条1項の上記趣旨からみて、「映画製作者」とは、映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者のことであると解するのが相当である。
(3)以下、本件の認定事実の下で、本件映像の映画製作者が誰と認められるかについて検討する。
ア 本件書籍を出版することとともに、アニメーション映像を収録したDVDを本件書籍の付属物とすることを企画したのはA医師である。
 他方、本件DVDを付属物とした本件書籍を出版したのは被控訴人である。また、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結したのは被控訴人であり、このことからすれば、控訴人に対して、上記委託契約の対価を支払う義務を負っていた者は被控訴人であったと認められる。実際に控訴人に対価を支払ったのも被控訴人であった。
イ 被控訴人とA医師との間では、本件書籍を書店で販売するだけでは、制作費の全てを回収することが困難であると考えられたことから、A医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらうことで、制作費を回収する方針が採用され、実際に、A医師は、自ら営業活動を行うなどして、製薬会社等からの本件書籍の購入約束を取り付け、これにより、控訴人に対して支払うべき上記委託契約の対価を含め、本件書籍の出版に要する費用を調達している。控訴人が、本件映像の制作に係る費用が増加した旨をB’に伝えた際も、B’はA医師に更なる購入先の確保が必要であることを伝え、A医師は、自ら制作費を負担することや、自らの講演の謝金を充てることも考えている旨述べたが、最終的には本件書籍の出版に要する費用を調達するに足りる購入先を確保した。
 しかし、被控訴人とA医師との間で、A医師が本件書籍の出版に必要な費用(控訴人に支払う対価を含む。)を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師が不足分の費用を負担するとの合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、上記のような事態が生じた場合には、本件書籍を出版し、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結してその対価を控訴人に支払う法的義務を負ったと認められる被控訴人が、最終的に不足分の費用を負担すべき立場にあったと認められる。
ウ 控訴人は、被控訴人との間でアニメーション映像の制作に関する委託契約を締結し、この契約に基づいて本件映像の制作に係る業務を行ったものであり、上記委託契約に基づき、被控訴人に対する対価請求権を取得した。
 控訴人は、上記業務の一部を他の業者に行わせており、これらの業者に対して費用を支払う義務を負ったが、この費用についても、上記委託契約に基づき、被控訴人に対して請求することが可能であったのであり、実際に、控訴人は、上記業者に支払うべき費用を含め、A医師が確保した本件書籍の購入先による購入代金により、上記委託契約の対価を受領した。
 また、A医師が、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、控訴人がその不足分を負担する、すなわち控訴人が被控訴人に対する対価請求権の全部又は一部を失うこととする旨の合意が成立したとは認められず、上記のような事態が生じたとしても、控訴人が損失を被る立場にあったとは認められない。
エ 上記アないしウによれば、本件映像の映画製作者、すなわち、本件映像を製作する意思を有し、その製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として、「映画の著作物」である本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者は、被控訴人であると認めるのが相当である。
 仮に、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていたとすれば、A医師が本件映像の映画製作者に当たると解する余地があるが、本件で認められる事実関係に照らし、少なくとも控訴人が本件映像の映画製作者に当たると解する余地はない。
(4)上記のとおり、本件映像の映画製作者は、被控訴人である。
 そして、認定事実によれば、本件映像の著作者である控訴人は、被控訴人に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。
 したがって、著作権法29条1項により、本件映像の著作権は、その映画製作者である被控訴人に帰属すると認められる。
 なお、仮に、A医師が本件映像の映画製作者であると認められるとしても、認定事実によれば、本件映像の著作者である控訴人は、A医師に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められるから、著作権法29条1項により、本件映像の著作権はA医師に帰属すると認められることになり、いずれにしても控訴人に本件映像の著作権が帰属するとは認められない。
(5)前記第2の4(3)の控訴人の主張について
 控訴人は、控訴人が本件映像の映画製作者であると主張する。
 しかし、控訴人が本件映像の制作に係る業務を中心的に行ったこと、A医師や被控訴人が上記業務に関与した程度が低いことをもって、「映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者」が控訴人であると認められることにはならない。
 控訴人が、本件書籍の販売数等によって被控訴人との委託契約に基づく対価の請求権を喪失する経済的リスクを負っていたと認められないことは、前記(3)ウのとおりであって、本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクをA医師が専ら負担していたと認められるか否かに関わらず、控訴人が本件映像の製作に関して経済的な収入・支出の主体となりリスクを負っていたとは認める余地はない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
5 争点5(著作者名の表示の省略の可否)について
 争点5につき、被控訴人が本件複製映像を公開するに際し、著作者である控訴人の氏名の表示を省略することが可能であったと解すべき根拠となる事実があるとは認められず、被控訴人が本件映像に係る控訴人の著作者人格権(氏名表示権)を侵害したと認められることは、原判決「事実及び理由」第3の5(38頁21行目から39頁8行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
6 争点6(故意又は過失の有無)について
 争点6につき、本件映像に係る控訴人の氏名表示権の侵害について、少なくとも被控訴人に過失があったと認められることは、原判決「事実及び理由」第3の6(39頁10行目から同頁17行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
7 争点7(損害の有無及びその額)について
(1)著作権侵害による損害について
 前記4のとおり、控訴人は本件映像の著作権者であるとは認められないから、著作権侵害による損害が控訴人に生じたとは認められない。
(2)著作者人格権(氏名表示権)侵害による損害について
ア 前記3のとおり、本件映像の著作者は控訴人である。したがって、共同著作物である本件映像に係る著作者人格権に基づく損害賠償請求権は、共同著作者であるA医師の同意がなければ行使できないとする被控訴人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
イ 上記のとおり、控訴人は本件映像の単独の著作者であるが、被控訴人は、控訴人の氏名又は屋号を著作者名として表示することなく、本件サイトにおいて、本件映像の一部からなる本件複製映像を公開したものであり、その公開の期間は約3年4か月の長期にわたり、その再生回数は160万回以上に達していた(認定事実(6))。
 以上に加えて、出版社として本件DVDに著作権者の表示をしていたにもかかわらず本件映像の著作物性を争うなどの被控訴人の本件訴訟遂行における対応を含め、本件に現れた諸事情を考慮すると、氏名表示権侵害による控訴人の精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は80万円と認めるのが相当である。
(3)弁護士費用について
 被控訴人による氏名表示権侵害の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は8万円と認める。
(4)遅延損害金について
 控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求につき、遅延損害金の起算日は、被控訴人の継続的不法行為の終了日である令和2年12月22日であり、遅延損害金の利率は現行の民法所定の年3分と認められる。その理由は、原判決「事実及び理由」第3の7(4)(41頁12行目から同頁19行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
 この点に関して、控訴人は、前記第2の4(5)のとおり、遅延損害金の起算日は被控訴人による不法行為が開始された日である平成29年8月3日とすべきであると主張する。
 しかし、控訴人が被控訴人に請求できる損害金(慰謝料)の金額は、被控訴人が平成29年8月3日から令和2年12月22日までの長期にわたって不法行為を継続したことによる控訴人の心理的苦痛を慰謝するに足りるものとして算定されたものであり、このような慰謝料の支払義務について、被控訴人が、不法行為の開始日(本件サイトにおいて本件複製映像の公開を開始した日)から履行遅滞に陥ったと解することはできず、同日からの遅延損害金支払義務を負うとも解されない。
 不法行為に基づく損害賠償請求に関し、遅延損害金の起算日が平成29年8月3日であれば、その利率は平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分、起算日が令和2年12月22日であれば、その利率は現行の民法所定の年3分となるが、このことによって、被控訴人が控訴人に支払うべき遅延損害金の起算日を平成29年8月3日と解すべきことにはならない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
8 その他、原審及び当審において当事者が主張する内容を検討しても、当審における上記認定判断(原判決引用部分を含む。)は左右されない。
9 結論
 以上によれば、争点4について判断するまでもなく、控訴人の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として、88万円及びこれに対する令和2年12月22日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由があるからこの限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ、これと異なる原判決は一部失当であり、本件控訴は一部理由がある。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 水野正則
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/