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【事件名】服飾専門学院のテキスト共同著作事件 【年月日】令和6年3月25日 東京地裁 令和5年(ワ)第70315号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年1月29日) 判決 当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 略語は別紙略語一覧表のとおり。 第1 事案の要旨 本件は、原告が、共同著作物である本件書籍の著作者の一人として本件書籍に係る著作権を有するところ、被告による本件書籍の複製は原告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、被告に対し、本件書籍の複製の差止め及び損害賠償又は不当利得返還を求める事案である。 第2 当事者の求めた裁判 1 被告は、本件書籍を複製してはならない。 2 被告は、原告に対し、1111万5248円及びこれに対する令和5年6月9日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 (請求の法的根拠) 1 著作権に基づく差止請求権(著作権法112条1項) 2 主位的請求:不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条、損害額につき著作権法114条3項) 予備的請求:悪意の受益者に対する不当利得返還請求権(民法704条) 附帯請求:遅延損害金請求権(起算日:訴状送達日の翌日、利率:民法所定の法定利率) 第3 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張の要旨 1 前提事実(証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。以下同じ。) (1)当事者等 ア 原告は、被告において、平成2年4月頃から平成17年3月まで文化服装学院の非常勤講師を、同年4月から令和5年3月までは同学院の嘱託講師を務めると共に、平成18年から現在に至るまで、本件財団法人の委嘱により、本件検定委員会委員長を務める者である。 イ 被告は、文化学園大学及び文化服装学院等を設置運営する学校法人である。被告の組織には、文化服装学院等が属する教育組織、総務部門等が属する本部組織のほか、文化出版局等が属する収益事業組織がある。文化出版局には、販売部や書籍編集部等がある。(乙2) ウ 本件財団法人は、ファッションに関する知識、技術の向上、普及、振興を図るため、ファッションに関連する書籍を発刊すると共に、広くこれらを学んだ者に対し、技能審査を行うほか、ファッションデザインの創造力育成のためのコンクールの開催等の人材育成に寄与することを目的とし、本件検定等を主催している。 エ Eは、平成17年から平成31年まで被告理事長を務めると共に、平成17年から本件財団法人理事を務め、平成23年4月からは同代表理事を務め、令和2年7月に理事及び代表理事を退任した者である。 オ Fは、平成18年頃、本件財団法人事務局長理事であった者である。 (2)本件書籍 本件書籍(甲17。全189ページ)は、主として繊維ファッション関連業務に必要とされる知識、理論、色彩運用技術等を扱うテキストであり、本件検定3級に準拠し、「第1章 概論−色彩のはたらき」、「第2章 色彩の体系」、「第3章 色彩理5論−基礎」、「第4章 色彩の技術」及び「第5章 ファッション産業と色彩」からなる。 本件書籍の表紙下部、背表紙下部、扉左下部及びはしがき末尾には、本件財団法人の名称が表示されている(ただし、「著」その他の本件財団法人が本件書籍の著作者ないし著作権者であることを明示的にうかがわせる記載はない。)。また、本件書籍の奥付には、「発行者」として被告理事長兼本件財団法人理事長であったBの個人名が、「発売元」として本件財団法人の名称が、また、「発行」として「学校法人文化学園文化出版局」がそれぞれ表示されると共に、それらの表示の下部に「(c)BunkaPublishingBureau2006PrintedinJapan」と記載されている。さらに、本件書籍ページには、「はじめに」として、本件財団法人理事長との肩書付きでBによる巻頭言が掲載されている。 (3)被告の行為 被告は、平成18年3月10日に本件書籍を発売して以降、現在も本件書籍を販売しており、累計発行部数は5万0400部である。 2 争点 (1)本件書籍の著作権の帰属 (2)被告の故意又は過失の有無 (3)損害額 (4)不当利得の成否 3 争点に関する当事者の主張 (1)争点(1)(本件書籍の著作権の帰属) (原告の主張) ア 本件書籍の著作権が原告ほか2名に帰属すること 原告ほか2名は、本件財団法人の依頼を受けて、平成16年〜平成17年にかけて本件書籍を制作した。具体的には、以下のとおりである。 原告は、本件書籍の本文(解説文)全文の執筆、章末練習問題の加筆修正並びに視覚素材の大半の作成及び全部の選択・配列(編集)を行った。 Cは、原告の依頼・指示に基づき、章末練習問題の作問、執筆を行った。 Dは、人物イラスト素材の作成を行った。なお、人物イラストは、原告が上着・スカート・ブーツ等の着装パーツの面積割合を指定してDに作成を依頼し、Dがソフトを使用して各ページのモデルを線画作成すると共に肌を着色し、これに原告が同ソフトで着装パーツに着色して、各ページで同一人物・複数着色のバリエーションを配列したものである。 したがって、本件書籍のうち、本文(解説文)は原告の単独著作物、章末練習問題は原告及びCの共同著作物、人物イラスト素材は原告及びDの共同著作物、人物イラスト以外の素材は原告又は他の者(素材提供者)の単独著作物(大半は原告の単独著作物)である。 イ 著作権法14条の不適用 本件書籍の奥付にある(c)マーク下に表示されている「BunkaPublishingBureau」は、被告の名称でも変名でもない。また、(c)マークに法的意味はなく、(c)マークに続く表示が直ちに著作者名の表示になるものではない。仮に、学校法人が書籍を出版するにあたり内部組織である出版部局の名称を用いることがあるとしても、外からでは内部組織なのか別組織なのか区別できないため、そのような表示をもって著作者の表示とみることは、法人等が社会的責任を負担することと引き換えに著作者性を獲得し、その著作物を利用する外部者・第三者の信頼や予測可能性を担保する法の趣旨に反する。 さらに、本件書籍の奥付には「発行」との表記に続いて被告の名称が表示されているが、「発行」は「制作」を意味するものではないから、著作者の表示の「通常の方法」として表示されているものではない。 そのほか、本件書籍に著作者としての被告の名称の表示はない。 したがって、被告は、著作権法14条により本件書籍の著作者と推定されない。 ウ 職務著作の要件を満たさないこと (ア)「法人等の発意」について a 本件書籍の制作は、被告が発意したものではない。 本件検定試験の準備が被告の職員を中心とするメンバーにより検討された事実と本件書籍の制作とは関係がない。 また、本件財団法人が作成した本件計画案によれば、本件財団法人が、受験生の色彩知識・関連業務スキルを測定するという本件検定試験の目的を主催者として明らかにした上で、その目的に対応する書籍の内容、章立てを主催者自ら企画し、本件書籍の導入部分として重要なはしがきを本件財団法人理事長の名義とするなどしている。 さらに、原告は、本件書籍の執筆状況の管理や改訂作業を、当時本件財団法人事務局長であったFとの間で行ってきた。 これらの事情から、本件書籍は、被告ではなく、本件財団法人が発意したものといえる。 b 第1覚書及び第2覚書は、被告が契約者間の紛争を未然に回避することを目的として自ら作成した文書である。その2条に被告の文化服装学院が本件書籍を「検討・構築・執筆した」と記載されているからといって、被告の発意を裏付けるものではない。 (イ)「職務上」について 原告は、被告における職務として本件書籍の執筆をしていない。 被告における原告の職務の内容は、主に文化服装学院の嘱託講師業務及び文化服装学院の業務その他付随・関連業務であり、就業場所は学園の所在地とされていた。また、本件書籍の執筆当時の勤務状況を踏まえると、週当たり9時間という講義の合間の短時間を即座に切り替えて創作へ充てることは不可能であり、また、講師の控室は個室でないことなどから、執筆に集中できる環境でもなかった。 さらに、原告が本件検定の準備に参加した事実と本件書籍の制作とは関係がない。本件検定試験につき、被告の要素を少しでも排除すべきと考え、あえて本件財団法人の主催とし、かつ、被告職員以外の者を試験委員に加えていたのであれば、同試験が準拠すべきガイドブックである本件書籍を被告の専門学校が作ったのでは、原告が試験委員であることも相まって、本件書籍は内輪の試験対策本との誹りを免れず、本件検定の低評価を招くことになりかねない。そうすると、被告が被用者に職務として本件書籍の作成を命じることは考えられない。 加えて、本件書籍の執筆状況の管理及び改訂作業における協議等は、被告職員ではなく本件財団法人事務局長理事であったFと原告との間で行われたことからも、本件書籍の執筆は被告の職務として行われたものではないといえる。 (ウ)「公表」について a 本件書籍の表紙左下、背表紙及び扉には、本件財団法人の名称が記載されている。この部分に記載されている人名が著者を指すことは通念であるから、本件書籍は、本件財団法人の名義の下で公表されたものといえる。 b 「発行」とは、一般的には「図書・新聞などを印刷して世に出すこと」、法律用語としては「著作物について、その性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、複製権を有する者またはその許諾を得た者等によって作成され、頒布された場合」をいうのであって、「思想又は感情を創作的に表現」するという「著作」概念とは全く意味が異なる。したがって、「発行」として、被告の名が表示されているからといって、被告の著作名義の下に公表されたものとはいえない。(c)マーク下の表示についても、著作者の名義を示すものではない。 (被告の主張) ア 原告が本件書籍の著作権者であることは否認する。本件書籍の著作者及び著作権者は被告である。 イ 原告は、被告から、本件書籍の制作の対価として、著作料ではなく原稿料を受領した。このことは、原告が本件財団法人から本件書籍の制作を委託されたものではないことと共に、原告に本件書籍の著作権が帰属しないことを原告及び被告の双方が認識していたことを裏付ける事情である。また、原告が、本件書籍の第1版第1刷が出版された平成18年3月から令和4年10月頃までの間、被告に対して原告が本件書籍の著作権者である旨の申入れをしていないことも同様である。 ウ 本件書籍の著作権者は被告と推定されること 本件書籍の奥付には、「発行」として、被告組織の一部である文化出版局の名称が表示されている。また、本件書籍の奥付には文化出版局の英語での名称である「(c)BunkaPublishingBureau」が表示されている。 (c)マークは、本来の制度趣旨とは異なるにせよ、クレジット表示として一般化し普及していることから、著作権者の表示と共に著作者名の表示とも解し得る。また、(c)マークを付す者の通常の意思としては、著作者かつ著作権者としての自己の氏名等を付すことから、著作権者の表示であると共に著作者の表示をも包含していると解される。 この表示に加え、本件書籍の奥付には、「発行」と明確に区別して、本件書籍を流通に置く立場である「発売元」として本件財団法人が併記されている。これにより、一般人にとって、「発行」が本件書籍の制作等を意味し、「発売元」が本件書籍の発売を意味すると理解できる。 したがって、本件書籍の奥付の記載は、被告の名称を著作者名として「通常の方法により表示」するものといえる。 他方、本件書籍の表紙等における本件財団法人名の記載は、本件書籍が本件検定試験に準拠した書籍であること等の表示と併せ見れば、本件検定試験の実施者が本件財団法人であることを認識させるための表示といえる。 以上より、被告は、本件書籍の著作者と推定される(著作権法14条)。 エ 職務著作の成立 (ア)本件書籍は、被告が、本件検定試験の実施を目指す過程において、同試験で活用する目的で発案・制作したものであり、以下のとおり、被告の発意に基づき、その指揮命令の下、原告を含む被告職員が職務上作成したものであるから、被告が本件書籍の著作者となり(著作権法15条1項)、その著作権を有する。 (イ)「職務上」 原告は、本件書籍の制作当時、被告と雇用関係にあり、被告の職員として、被告の指揮命令の下、本件検定試験の検討及び実施と並んで本件書籍の制作に関与し、本件書籍をその職務上作成した。 学校法人である被告の教員であれば、被告の職務命令により被告が刊行予定の書籍の執筆に従事することは通常想定される業務といえ、原告との関係でも、本件書籍の執筆はその業務遂行上予期される業務の一つであったといえる。また、被告は、原告による本件書籍の執筆が勤務時間内に全て完了するものとは考えておらず、勤務時間外にも執筆がされることを想定していたため、原告に対し、雇用契約上の給与とは別に原稿料を支給することとしたものである。 (ウ)「発意」 本件書籍は、そのタイトルからうかがわれるとおり、本件検定試験での活用を目的として発案・制作されたものである。 また、本件検定試験の実施及び本件書籍の発行に至る経緯は、次のとおりである。 すなわち、平成13年10月、当時被告理事長であったEは、文化服装学院教務部に対し、新たな色彩検定を実施する意向を示した。これを受け、被告において、新たな色彩検定についての検討が開始された。その検討過程において、同種の検定試験が抱える問題点(検定の試験問題と対応するテキストのレベルとが合致していないこと)が指摘されたことから、このような問題点を克服する新たな試験を実施することと同時並行で、当該試験につき試験問題のレベルに合致するテキストを制作し発行することの検討が進められた。当時、当該試験の対象者としては、文化服装学院ほか服飾関係の専門学校の生徒が想定されていた。 平成14年12月、ファッション分野に特化した色彩に関する検定試験の可能性を討議するため、被告において、文化服装学院の教職員らによるカラーコーディネート検定検討委員会が発足した。平成15年10月には、Eの指示を受け、上記委員会の次の段階の組織として「ファッションカラー」グループ研究が発足した。また、平成17年12月には「『ファッション色彩能力検定試験』実施計画(案)」(本件計画案)が作成され、その中で、本件書籍の内容、章立て、書籍名及び建値案等の内容が記載された。また、本件計画案は、被告の指示の下、本件財団法人が作成したものであるところ、これには、本件書籍の奥付に「Copyright学校法人文化学園」と表示する旨の記載がある。この記載は、本件書籍の検討、協議が被告の主導でなされたことを裏付けるものである。 その後、本件財団法人による本件検定試験の実施及び被告による本件書籍の制作が最終的に決定され、平成18年3月に本件書籍が発行され、また、同年10月には本件検定試験が初めて実施された。 このように、被告及び本件財団法人は、被告主導のもと、本件検定試験の実施及び本件書籍の制作につき検討・協議を重ねた。 したがって、本件書籍の発案・制作は、被告によって決定されたものといえる。 (エ)「公表」について 本件書籍の奥付には、「発行」の記載に続き、被告の名称が記載されている。本件書籍の奥付においては「発売元」と「発行」とが明確に区別されていることから、「発行」の上記記載は、被告が本件書籍の制作をしたこと、すなわち、被告が著作者であり著作権者であることを認識させる表示といえる。 また、本件書籍の奥付にある(c)マーク下に、被告の一部局である文化出版局の英語名である「BunkaPublishingBureau」との表示がある。 したがって、本件書籍は、被告が自己の著作の名義の下に公表したものである。 他方、本件書籍の表紙等には本件財団法人の名称が表示されている。これは、服飾・ファッション専門学校である文化服装学院を運営している被告の名称を表示することは、本件書籍を同種の専門学校に販売するにあたり好ましくないことから、本件検定を運営する本件財団法人の名称を「発売元」として示す趣旨で表示することとしたものである。 (2)争点(2)(被告の故意又は過失の有無) (原告の主張) 被告は、出版業を目的の1つとし、出版を専門に行う文化出版局を内部に有していながら、本件書籍を販売している。 したがって、被告には、原告の著作権侵害につき故意があり、また、少なくとも、著作権侵害につき専門家として注意を払うべき義務を怠った過失がある。 (被告の主張) 否認ないし争う。 (3)争点(3)(損害額) (原告の主張) ア 損害額 原告は、本件書籍に係る著作権の使用料を原告から受け取っていないことから、原告には損害が発生している。 本件書籍の定価は2095円(税抜)であるところ、これに消費税10%分を加算した上、累計発行部数5万0400部及び著作権使用料率10%をそれぞれ乗じると、1161万4680円となる。 また、本件書籍は共同著作物であるところ、原告の寄与度は87%である。 したがって、著作権法114条3項に基づく原告の損害額は1010万4771円(=1161万4680円×87%)である。 イ 弁護士費用相当損害金 原告は、被告に対する損害賠償請求をするため、弁護士である原告訴訟代理人に委任した。その費用のうち、上記損害額の10%が被告による著作権侵害行為と相当因果関係を有する支出であるから、101万0477円も原告の損害となる。 ウ 損害額合計 原告の損害額は、合計1111万5248円である。 (被告の主張) 否認ないし争う。 (4)争点(4)(不当利得の成否) (原告の主張) 被告は、平成18年以降、本件書籍を複製しているが、本件書籍の著作権を有する原告に対し、支払うべき著作権使用料1010万4771円を支払っていない。そのため、原告の損失及び被告の利得が発生しており、これらの間には因果関係がある。 また、被告は本件書籍の著作権を有しないから、被告の利得につき、法律上の原因はない。さらに、被告には、悪意又は重過失がある。 したがって、原告は、被告に対し、1010万4771円の不当利得返還請求権を有する。 (被告の主張) 否認ないし争う。被告は本件書籍の著作権を有するから、被告による利得は法律上の原因に基づくものである。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件書籍の著作権の帰属) (1)認定事実 掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア 原告と被告との雇用契約 原告は、被告との間で、所属身分を「文化服装学院専任講師嘱託」、業務内容を「文化服装学院の業務その他付属関連する業務」、勤務日を「原則として週3日(月・火・金)」として、雇用契約を締結した。(甲2) イ 本件検定の実施に至る経緯 (ア)原告は、平成13年10月、当時の被告理事長兼本件財団法人理事であるEの指示を受け、被告による色彩に関する新たな検定の施行の可能性について検討を始め、同年11月、同検定に係る試案を文化服装学院教務部に提出した。(乙5) (イ)平成14年12月、ファッション分野に特化した色彩に関する検定試験の可能性を検討するため、原告を含む被告所属の教職員11名で構成される「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」が発足した。 同委員会は、平成15年3月、被告文化服装学院所属の教員らに対して「色彩に関するアンケート」を実施したが、そのアンケートの冒頭部分にある趣旨説明には、「現在、文化服装学院が中心となって新しい色彩に関する検定試験の施行が検討されています。」などと記載されている。 同委員会は、同年7月、そのアンケート結果を踏まえた意見書(乙3)を作成した。同意見書においては、既に他団体が実施している色彩検定の問題点として、「テキストに対して問題が難解な場合がある。」などと、試験問題とテキストのレベルが合致していないことなどが指摘されると共に、新検定の必要性に関し、原告が提案として挙げる「実技の重視」、「産業への提案」及び「現場のニーズ」のうち、とりわけ実技の重視が核心をなすところであり十分に賛成できること、レベルの設定についても原告の提案通りとすることなどが記載されている。 また、原告は、同年10月、同委員会の肩書付きで、「『色彩に関するアンケート』報告書」(乙4)を取りまとめた。 (以上につき、上記のほか、乙5) (ウ)同年11月、上記委員会の活動の次段階として、原告の提案を踏まえ、Eの指示により、原告を含む被告所属の教職員26名で構成される「『ファッションカラー』グループ研究」が発足し、原告はこれに参画した。その研究目的は「ファッション分野における色彩の活用、技術などを研究し、その成果を専門教育に反映させること及び、ファッション産業のかかえる問題を解決するための指針として提案すること」とされている。(乙5) (エ)原告ほか2名は、平成16年から平成17年頃にかけて、本件書籍を執筆した。 (オ)平成17年5月13日、色彩検定検討委員会の会議において、「ファッション教育振興協会に提出する検定内容に関する書類を、5月27日までにAが作成し、次回会議で、各委員の意見や提案を聞く」こととされた。原告は、この書類を被告に提出し、同書類は、さらに本件財団法人に提出された。(乙6) (カ)本件財団法人は、同年12月、被告における上記検討結果を取りまとめた内部資料として、「『ファッション色彩能力検定試験』実施計画(案)」(甲18。本件計画案)を作成した。本件計画案においては、検定実施の目的、検定の特色、検定試験の内容及び受験対象、検定試験の名称、第1回3級検定試験実施の日程等が記載されている。加えて、本件計画案では、本件検定試験3級のガイドブックについて、「色彩検定3級のガイドブックは、文化服装学院教職員に執筆願っている内容の、次の5章で構成し、ガイドブック全体を試験の内容とする」としているところ、その章の名称及び中項目の名称は概ね本件書籍と同じである。また、本件計画案における上記ガイドブックの奥付には、「発売元」を本件財団法人、「発行者」をE、「発行所」を被告文化出版局と記載すると共に、「本書に掲載した解説は無断転載を禁じます。Copyright学校法人文化学園」と記載されている。 (キ)被告は、平成18年5月10日、いずれも「原稿料」として、原告に対し47万1000円(原稿157枚分)、Cに対し5万4000円(原稿18枚分)、Dに対し1万6000円(原稿4枚分)を支払った(甲6)。 ウ 被告と本件財団法人との間の覚書 (ア)被告と本件財団法人は、平成18年3月1日、次の内容の覚書(乙1。第1覚書)を締結した(「甲」は被告、「乙」は本件財団法人を指す。また、「/」は改行部分を示す。)。 「2.編集内容・方法/甲が発行する書籍「ファッション色彩(I、II、III)」は、乙が実施する「ファッション色彩能力検定試験」に準拠させるため、学校法人文化学園文化服装学院が検討・構築・執筆した内容を主たる骨格とし、編集・整理・出版するものとする。」 「3.出版権・発行/書籍「ファッション色彩(I、II、III)」の出版権は甲に帰属し、発行者は甲とする。」 「4.発売元/甲が発行した書籍「ファッション色彩(I、II、III)」の国内発売元は乙とする。」 「7.書籍「ファッション色彩I」の取引条件/すでに発刊した書籍「ファッション色彩I」税込定価2,200円(本体価格2,095円)は、甲より乙に、税込価格1,000円(本体価格952円)で卸すものとする。」 「8.再販時の経費・印税/再版時に生ずる制作経費は、甲が負担する。/著者印税の発生は無いものとする。」 (イ)被告と本件財団法人は、平成19年7月1日、第1覚書の2項〜4項及び8項に、書籍「ファッション色彩II」の取引条件を加えた覚書(甲7。第2覚書)を締結した。 (2)被告の「発意」の有無 ア 前提事実及び前記各認定事実によれば、本件検定は、被告理事長であるEの指示に基づき、原告を含む被告教職員を構成員とする「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」及び「『ファッションカラー』グループ研究」において検討されたものであり、その過程で、原告の提案が採用されたり、原告がその内容の取りまとめをしたりしていたことなどが認められる。また、「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」によるアンケートは、被告教職員を対象として行われたものである。これらの事情に鑑みると、本件検定は、被告が主導的立場から企画したものと理解される。 さらに、上記のような本件検定の検討過程において「テキストに対して問題が難解な場合がある」ことが先行する色彩検定の問題点として指摘されていたことに加え、本件計画案並びに第1覚書及び第2覚書の記載内容に鑑みると、本件検定の検討過程においては、本件検定の内容や実施方法等の検討にとどまらず、本件検定に準拠した、すなわち、本件検定の内容やレベルに応じた内容を有し、本件検定の受験勉強に活用されるべきテキストないし問題集を作成することが検討され、本件書籍として結実したことがうかがわれる。 そうすると、本件検定と同時に検討されていた本件書籍の制作は、被告が企画したもの、すなわち被告の発意によるものと認めるのが相当である。 イ これに対し、原告は、本件計画案を作成したのが本件財団法人であること、本件書籍の執筆に係る進捗管理や内容に関する助言等をFが行っていたことなどを指摘して、本件書籍の制作は本件財団法人の発意に基づくものである旨主張する。 しかし、前記認定のとおり、本件計画案の記載からは、本件検定に準拠したガイドブックの著作権者として被告が想定されていたことがうかがわれることに鑑みると、本件計画案の作成者が本件財団法人であることをもって、本件財団法人が本件書籍の制作を発意したと認めることは必ずしもできない。また、被告が本件検定の実施及びこれに準拠したガイドブックの制作を主導していたとみられること、そのような関係にありながらも、被告と本件財団法人とは、本件検定の実施並びにガイドブック(本件書籍)の発行及び販売に向けて相互に連携する関係にあったといえることに鑑みると、仮に原告の主張のとおり原告による本件書籍の執筆に関する事務にFが関与していたとしても、そのことをもって、本件書籍につき、被告ではなく本件財団法人が発意したものとみることは必ずしもできない。 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。 (3)「職務上作成する著作物」 ア 原告は、業務内容を「文化服装学院の業務その他付属関連する業務」とする「文化服装学院専任講師嘱託」として被告から雇用されていたところ、被告理事長Eから指示を受けた本件検定の検討は、文化服装学院の業務に付属関連する業務に当たるものとみられる。そうすると、その検討過程で指示を受け、本件検定の実施と共にその制作が決定された本件書籍の執筆も、文化服装学院の業務に付属関連する業務といえる。 したがって、本件書籍は、原告が被告の業務に従事する者として「職務上作成する著作物」に当たると認められる。 イ これに対し、原告は、被告における勤務状況等を指摘して、被告における「職務上」作成したものではない旨を主張する。しかし、原告自身、本件書籍の執筆にあたり、被告の学園内において、他の被告職員との打合せ、被告が所蔵する資料の借り出し、調査等の目的での図書館の利用といった執筆に関連する作業を行ったことは認めている。加えて、被告は、給与とは別に、「原稿料」名目で本件書籍の執筆に対する対価を支払ったことを考えると、原告の被告における勤務状況等を踏まえても、なお原告による本件書籍の執筆は被告における職務の一環として行われたものとみるのが相当である。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。 (4)「著作の名義の下に公表するもの」 ア 本件書籍の奥付には「(c)BunkaPublishingBureau2006PrintedinJapan」との記載があるところ、これは、本件計画案においてガイドブックの奥付に記載することとされていた「Copyright学校法人文化学園」との記載に代わるものと理解される。そうすると、本件書籍の上記奥付は、少なくとも本件書籍の著作権が「BunkaPublishingBureau」に帰属することを示すものと理解される。「BunkaPublishingBureau」とは、「文化出版局」と和訳することが可能である。 また、本件書籍の奥付には、ほかに「発売元」として本件財団法人の名称が記載されると共に、「発行」として被告文化出版局の名称が記載されている。 他方、本件書籍の著作者に明示的に言及した記載は存在しない。 このような奥付の記載に加え、被告においては、被告の名称を明示的に付すことなく、「文化出版局」名義で書籍を出版している例があり、その際には本件書籍と同様に「(c)BunkaPublishingBureau」との表示が奥付に存在すること(乙17、18)に鑑みると、本件書籍は、被告の著作の名義の下に公表されたものと認められる。 なお、原告は、「BunkaPublishingBureau」の記載につき、「被告の部局であることなど同業者の中では周知である」と主張する。仮にこれが正しいとすると、上記記載は、より一層、被告の著作の名義と理解されるものといえる。 イ これに対し、原告は、本件書籍に被告の名称が明示されていないことなどを指摘して、公表要件を欠く旨主張する。 しかし、上記のとおり、本件書籍の奥付の記載は著作者が被告であることを示すものと理解し得る。 また、確かに、本件書籍の表紙下部、背表紙下部、扉左下部及びはしがき末尾には、被告ではなく、本件財団法人の名称が記載されている。一般的に、これらの箇所に表示される者が当該書籍の著作者と認識される例は多いといえる。しかし、本件書籍の場合、本件財団法人の名称は記載されているものの、これに「著」などの端的に本件財団法人が著作者であることをうかがわせる記載は付されていない。そうすると、本件書籍の表紙等における本件財団法人の名称の記載は、奥付の記載と必ずしも矛盾するものとはいえない。 その他原告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する原告の主張は採用できない。 (5)小括 以上に加え、本件において、「その作成時における契約、勤務規則その他に別段の定め」がないことは当事者間に争いがないことから、本件書籍の著作者は被告と認められる(著作権法15条1項)。 2 まとめ したがって、原告は、本件書籍に係る著作権を有しないことから、その余の点につき論ずるまでもなく、被告に対し、著作権に基づく差止請求権(著作権法112条1項)及び著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を有さず、また、悪意の受益者に対する返還請求権(民法704条)も有しない。 第5 結論 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 久野雄平 裁判官 吉野弘子 (別紙)当事者目録 原告 A 同訴訟代理人弁護士 尾関博之 被告 学校法人文化学園 同訴訟代理人弁護士 辰野守彦 同 船橋啓 同 照井国興 同 沼尻清志 (別紙)略語一覧表
(別紙)書籍目録 1 書籍名 ファッション色彩〔I〕ファッション色彩能力検定試験3級準拠 発行者 B 発売元 一般財団法人日本ファッション協会振興協会 発行 学校法人文化学園文化出版局 発行日 平成18年3月10日第1版第1刷発行 |
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