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【事件名】エキサイトへの発信者情報開示請求事件H 【年月日】令和6年3月25日 東京地裁 令和5年(ワ)第70225号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和6年2月15日) 判決 原告 株式会社グルーヴ・ラボ 同訴訟代理人弁護士 杉山央 被告 エキサイト株式会社 同訴訟代理人弁護士 藤井康弘 主文 1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が、著作権を有する別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件著作物」という。)に係るファイルが氏名不詳の発信者(以下「本件発信者」という。)によりファイル共有ネットワークである「ビットトレント」(以下「ビットトレント」という。)を通じてアップロードされ、本件著作物に係る原告の著作権(公衆送信権)を侵害されたことが明らかであるとして、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」といい、個別には、項番号に応じて「本件発信者情報1」などという。)の開示を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記した証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、枝番号の記載を省略したものは、枝番号を含む(以下同じ)。) (1)当事者 原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を行う株式会社である(甲18の3)。 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)である。 (2)本件著作物 本件著作物は、その内容に鑑みると、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものと認められるから(甲2の1〜2の6、7の1〜7の4、24)、「著作物」(著作権法2条1号)に該当する。 (3)ビットトレントの仕組み ビットトレントとは、いわゆるP2P形式のファイル共有ネットワークである。 ユーザーは、ビットトレントを使用しファイルをダウンロードするにあたっては、その使用端末にビットトレントに対応したクライアントソフトをインストールした上で、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトにアクセスするなどして、目的のファイルの所在等についての情報が記載されたトレントファイルを取得する。トレントファイルには、目的のファイル本体のデータは含まれず、分割されたファイル(ピース)全てのハッシュと共に、ピースを完全な状態のファイルに再構築するための情報や、トラッカーと呼ばれる、ファイル提供者のIPアドレス等の情報を管理するサーバのアドレスが記録されている。トラッカーは、シーダー(完全な状態のファイルを持つコンピュータ)やリーチャー(ファイルをダウンロード中のコンピュータ)を相互に接続し、データの流れを制御する管理サーバである。 ユーザーは、トレントファイルを使用端末内のクライアントソフトで読み込むことによりトラッカーと通信を行い、目的のファイルを保有している他のユーザーのIPアドレスを取得し、それらのユーザーと接続した上で、当該ファイルのダウンロードを開始する。ユーザーは、分割されたファイル(ピース)を複数のピア(当該ネットワークに接続中のコンピュータ)から取得する。クライアントソフトは、トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや再構築に必要なデータに基づき、各ピースを完全な状態のファイルに復元する。 また、ユーザーは、ダウンロードした当該ファイルについて、自動的にピアとしてトラッカーに登録される仕組みとなっており、自らがダウンロードしたファイル(ピース)に関しては、他のピアからの要求があれば提供しなければならず、ダウンロードと同時にアップロードが可能な状態に置かれる。リーチャーは、ファイルをダウンロード中のコンピュータであるが、完全な状態のファイルを保有してシーダーとなる前から、ダウンロードした分のアップロードを行う。シーダーとなったコンピュータは、ファイルのアップロードのみを行うこととなる。(以上につき、甲4〜6、9、31、32) (4)調査会社による調査 原告は、本件訴訟提起に先立ち、調査会社(以下「本件調査会社」という。)に対し、ビットトレントにおいて、本件著作物に係るファイルの著作権侵害行為の調査(以下「本件調査」という。)を委託した。本件調査会社は、クライアントソフトである●(ギリシア文字。ミュー)Torrent(以下「本件クライアントソフト」という。)を使用して本件調査を行い、原告に対し、本件著作物に係るファイル(ピース)がアップロードされたこと、このアップロードの通信に別紙発信者情報目録の「IPアドレス」欄記載のIPアドレスが使用されていることなどの調査結果を報告した。同IPアドレスは、被告のインターネット接続サービスで割り当てられたものであった。(以上につき、甲1の1〜1の6、3の1〜3の6、4、5、9)。 (5)本件発信者情報の保有 被告は、本件発信者情報を保有している。 2 争点 (1)本件著作物に係る原告の著作権の有無(争点1) (2)権利侵害の明白性(争点2) 3 争点に対する当事者の主張 (1)争点1(本件著作物に係る原告の著作権の有無) 〔原告の主張〕 本件著作物のパッケージ等には原告名(旧商号)が記載されていることから、原告は本件著作物の著作者と推定される。 また、本件著作物は、原告がその作成を発意し、それに基づき原告の業務に従事する者らが企画し、全体的な制作に関する意思決定を行った。本件著作物の撮影や演出等、制作に係る一切の作業は、原告の業務に従事する者により、原告の職務として行われた。 したがって、原告は、本件著作物の著作者であり、その著作権を有する。 〔被告の主張〕 不知。 (2)争点2(権利侵害の明白性) 〔原告の主張〕 本件調査会社は、調査対象となる本件著作物をインデックスサイトで検索して、トレントファイルをダウンロードし、本件クライアントソフトを起動して、本件著作物に係るファイルのダウンロードを行った。本件クライアントソフトは、ビットトレントを管理運営する会社がシステムを利用しやすくするために開発管理するクライアントソフトであり、その信用性は高いところ、ビットトレントを使用しているピアのIPアドレス等の情報を表示する機能を有する。別紙発信者情報目録記載の日時に、上記ダウンロードに対応するアップロードを行ったピアが接続したIPアドレスは、別紙発信者情報目録記載のとおりであった。このことは、ダウンロード中のある時点である上記日時における本件クライアントソフトの実行画面のスクリーンショット(以下「本件実行画面」という。)に、「ダウンロード中」との文字が表示されていることから明らかである。また、上記によりダウンロードされた動画は、本件著作物と同一内容であった。 そうすると、本件発信者は、ビットトレントを通じ、別紙発信者情報目録記載の日時に、本件調査会社に対して本件著作物に係るファイル(ピース)を自動公衆送信したものといえる。したがって、原告の本件著作物に係る著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかである。 〔被告の主張〕 以下のとおり、本件調査の信用性には疑義がある。このため、権利侵害が明白であるとはいえない。 ア 本件調査の信用性が認められるためには、確認試験により複数回IPアドレス等の特定の結果を確認するなどして正確性が確認されることを要すると考えられるところ、本件クライアントソフトについて正確性が確認されたといった事情は見当たらない。また、本件クライアントソフトにつき、IPアドレス等の特定方法の信頼性が認められるシステムといえるためには、システムの時刻データが正確であること、メタデータが正確に記録されることの確認試験が十分行われていること、調査時点で発信元ノードがファイルを送信可能状態にしている場合のみ当該ファイルをダウンロードするシステムであることが必要というべきところ、本件クライアントソフトがこれらの要件を満たすものかは不明である。さらに、本件クライアントソフトの仕様は客観的に明らかではない。 以上より、本件調査については、一般論として信用性に疑義がある。 イ また、本件調査については、具体的な調査方法の点でも疑義がある。 すなわち、本件実行画面では多数のファイルがダウンロード中であるが、何らかのエラーにより本件著作物とは関わりのないファイルのダウンロードに関連するIPアドレスが表示される懸念がある上、ダウンロードやアップロードの速度を示す「下り速度」、「上り速度」の表示がなく、権利侵害に係る通信が存在するか疑義がある。また、本件発信者情報3及び4、本件発信者情報5及び6は、それぞれ同じファイルをダウンロードしている状況を、日時を変えて実行画面をスクリーンショットすることにより特定されたものであるが、いずれも、約1日が経過しているにもかかわらずダウンロードの進行割合は全く変化しておらず、ダウンロードが進行していないことがうかがわれる。さらに、本件発信者情報1及び2を含め、アップロード側がファイルを保有する割合と、ダウンロード側がファイルを保有する割合が等しくなっているものが多く見受けられ、常識的に両者が等しければファイルの送信はできないと考えられるから、ダウンロードは進行しておらず、権利侵害に係る通信は存在しないと考えられる。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件著作物に係る原告の著作権の有無) 前提事実のほか、証拠(甲2の1〜2の6、18)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を行う株式会社であるところ、原告の旧商号は「株式会社DOC」であること、本件著作物のパッケージ等には、「株式会社DOC」又は「DOC」と表示されていることがそれぞれ認められる。 これらの事情に鑑みると、本件著作物は、原告の発意に基づき、原告代表者及び従業員によって、その職務上作成されたものであり、かつ、原告が自己の著作の名義の下に公表したものといえる。 したがって、原告は、本件著作物の著作者として、その著作権を有するものと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。 2 争点2(権利侵害の明白性) (1)前提事実、証拠(甲1の1〜1の6、3の1〜3の6、4〜6、7の1〜7の4、8の1〜8の4、9、11、15、24、31、32)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ア 本件クライアントソフトは、ビットトレントの制作会社により開発され、維持されており、ビットトレントのプロトコル定義で設定されたガイドラインを遵守し、これに準拠している。本件クライアントソフトは、ビットトレントを利用しやすくするために、トレントファイルを読み込み、ピースをダウンロードすると共に、ダウンロードに対応するアップロードをするピアのIPアドレス等の情報を表示する機能を有する。 イ 本件調査会社は、調査対象となる本件著作物の品番を確認し、これをインデックスサイトの検索フォームに入力して検索し、本件著作物に係るトレントファイルをダウンロードした。その上で、本件クライアントソフトを起動して上記トレントファイルを読み込み、本件著作物に係るピースを有するピアからピースのダウンロードを開始した。その際、本件クライアントソフトの実行画面には、ダウンロードに対応するアップロードを行ったピアのIPアドレスが表示された。本件調査会社は、ダウンロード進行中の任意の時点である別紙発信者情報目録記載の日時に、本件クライアントソフトの実行画面のスクリーンショット(甲1の1〜1の6。本件実行画面)を撮影し、上記IPアドレスを保全した。上記アップロードを行ったピアのIPアドレスは別紙発信者情報目録記載のとおりであった。上記日時は調査に使用されたコンピュータの時刻に依拠し、これが時刻表示アプリケーションによって本件実行画面に表示されるところ、同時刻はインターネットを通じて定期的にタイムサーバーと同期されていた。こうしてダウンロードが完了したところ、ダウンロードされた完全な状態のファイルと本件著作物とは同一の内容であった。 (2)検討 本件調査及びこれに使用された本件クライアントソフトそれ自体の信頼性については、その点に疑義を抱くべき具体的な事情が見当たらないことなどに鑑みると、十分に信頼し得るものといってよい。 そうすると、前記前提事実及び認定事実によれば、別紙発信者情報目録記載の日時に同目録記載のIPアドレスを割り当てられた本件発信者は、ビットトレントを通じ、本件調査会社の求めるところにより、本件著作物に係るファイル(ピース)をアップロードしたということができる。したがって、本件発信者は、本件著作物に係るファイルの全部又は一部を公衆からの求めに応じ自動公衆送信したものと認められる。 また、弁論の全趣旨によれば、原告はこれを許諾していないものとみられると共に、その他の違法性阻却事由の存在もうかがわれない。 したがって、本件発信者の上記行為により、本件著作物に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかといってよい。 (3)被告の主張について ア 被告は、本件クライアントソフトの仕様が明らかでない上、時刻やIPアドレスの特定・記録の正確性に関する確認試験が行われることなど、その信頼性を裏付けるに足りる事情も明らかでないことなどを指摘して、本件調査ないし本件クライアントソフトの信用性には疑義があると主張する。 しかし、本件クライアントソフトは、ビットトレントを利用しやすくするためのソフトとしてビットトレントの制作会社により開発・維持されているものである。ビットトレントの仕組みに照らすと、本件クライアントソフトは、正確なIPアドレスを取り込むものでなければそのような位置付けのソフトとして成り立たないものと考えられる。また、本件実行画面に表示された時刻やIPアドレス等が不正確であることをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。したがって、被告の指摘する事情は本件調査ないし本件クライアントソフトの信頼性に合理的な疑いを抱かせるものではない。 イ また、被告は、本件調査の具体的な方法に関して、本件実行画面において、何らかのエラーにより、本件著作物とは関わらないファイルのダウンロードに関連するIPアドレスが表示される懸念があることや、本件実行画面の表示から不合理な点が複数見られることなどを指摘して、その信頼性に疑義があると主張する。 しかし、本件実行画面は、上段において本件著作物に係るファイルを選択し、下段に当該ファイルをアップロードするピアのIPアドレス等の情報が表示されている画面と認められるところ、エラーにより本件著作物とは別のファイルをアップロードするピアのIPアドレスが表示されていることをうかがわせる具体的な事情はなく、被告の指摘は抽象的な可能性を指摘するものに過ぎない。 さらに、証拠(甲1の1〜1の6、14)によれば、本件実行画面には、通信の状態について、いずれもダウンロード時の通信を示すものとみられる「ダウンロード中」のステータス表示がされていること、ダウンロードやアップロードの進行を示す「下り速度」や「上り速度」の表示がされていないものもあるものの、一般にこれらの表示がなくてもダウンロードは進むことが、それぞれ認められる。加えて、前記認定のとおり、本件調査会社は、本件著作物に係るファイルのダウンロードを開始し、ダウンロード進行中のある時点においてアップロードを行うピアのIPアドレス等の表示を保全し(本件実行画面)、その後ダウンロードを完了している。これらの事情を併せ考慮すれば、本件実行画面の表示上、ダウンロードの途中において、ダウンロードの進行割合が変化しない時間があったり、アップロード側がファイルを保有する割合とダウンロード側がファイルを保有する割合が等しい場合があったりしたとしても、別紙発信者情報目録記載の情報から把握される通信について、実際には存在せず、又はダウンロードではない別の通信を示すものとは必ずしもいえない。 ウ 以上より、この点に関する被告の主張はいずれも採用できない。 3 その他の要件について 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対して、本件著作物に係る著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求等をする準備をしていると認められることから、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(法5条1項2号)があるといえる。 4 まとめ 以上より、原告は、法5条1項に基づき、被告に対し、本件発信者情報の開示請求権を有する。 第4 結論 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 小口五大 裁判官 久野雄平 (別紙)発信者情報目録 以下の日時に以下のIPアドレス及びポート番号を割り当てられていた契約者の氏名又は名称、住所、電話番号及び電子メールアドレス
(別紙著作物目録省略) |
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