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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件Y
【年月日】令和6年3月7日
 東京地裁 令和4年(ワ)第21406号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和6年1月16日)

判決
原告 株式会社グルーヴ・ラボ
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 五島丈裕


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、著作権を有する別紙著作物目録記載の著作物(以下、「本件著作物」といい、項番号に応じ「本件著作物2」などという。)に係るファイルが氏名不詳の発信者(以下「本件発信者」という。)によりファイル共有ネットワークである「ビットトレント」(以下「ビットトレント」という。)を通じてアップロードされ、本件著作物に係る原告の著作権(公衆送信権)を侵害されたことが明らかであるとして、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記した証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、枝番号の記載を省略したものは、枝番号を含む(以下同じ)。)
(1)当事者
 原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を行う株式会社である(甲8)。
 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)である。
(2)ビットトレントの仕組み
 ビットトレントとは、いわゆるP2P形式のファイル共有ネットワークである。
 ユーザーは、ビットトレントを使用しファイルをダウンロードするにあたっては、その使用端末にビットトレントに対応したクライアントソフトをインストールした上で、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトにアクセスするなどして、目的のファイルの所在等についての情報が記載されたトレントファイルを取得する。トレントファイルには、目的のファイル本体のデータは含まれず、分割されたファイル(ピース)全てのハッシュと共に、ピースを完全な状態のファイルに再構築するための情報や、トラッカーと呼ばれる、ファイル提供者のIPアドレス等の情報を管理するサーバのアドレスが記録されている。トラッカーは、シーダー(完全な状態のファイルを持つコンピュータ)やリーチャー(ファイルをダウンロード中のコンピュータ)を相互に接続し、データの流れを制御する管理サーバである。
 ユーザーは、トレントファイルを使用端末内のクライアントソフトで読み込むことによりトラッカーと通信を行い、目的のファイルを保有している他のユーザーのIPアドレスを取得し、それらのユーザーと接続した上で、当該ファイルのダウンロードを開始する。ユーザーは、分割されたファイル(ピース)を複数のピア(当該ネットワークに接続中のコンピュータ)から取得する。クライアントソフトは、トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや再構築に必要なデータに基づき、各ピースを完全な状態のファイルに復元する。
 また、ユーザーは、ダウンロードした当該ファイルについて、自動的にピアとしてトラッカーに登録される仕組みとなっており、自らがダウンロードしたファイル(ピース)に関しては、他のピアからの要求があれば提供しなければならず、ダウンロードと同時にアップロードが可能な状態に置かれる。リーチャーは、ファイルをダウンロード中のコンピュータであるが、完全な状態のファイルを保有してシーダーとなる前から、ダウンロードした分のアップロードを行う。シーダーとなったコンピュータは、ファイルのアップロードのみを行うこととなる。
(以上につき、甲4〜7、11、15)
(3)調査会社による調査
 原告は、本件訴訟提起に先立ち、調査会社(以下「本件調査会社」という。)に対し、ビットトレントにおいて、本件著作物に係るファイルの著作権侵害行為の調査を委託した。本件調査会社は、クライアントソフトである●(ギリシア文字。ミュー)Torrent(以下「本件クライアントソフト」という。)を使用して調査を行い、原告に対し、本件著作物に係るファイル(ピース)がアップロードされたこと、このアップロードの通信に別紙発信者情報目録の「IPアドレス」欄記載のIPアドレスが使用されていることなどの調査結果を報告した。同IPアドレスは、被告のインターネット接続サービスで割り当てられたものであった。
 (以上につき、甲1の2〜1の4、3の2〜3の4、11)。
(4)本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。
2 争点
(1)本件著作物に係る原告の著作権の有無(争点1)
(2)権利侵害の明白性(争点2)
(3)「特定電気通信」該当性(争点3)
3 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(本件著作物に係る原告の著作権の有無)
〔原告の主張〕
 本件著作物2及び4のパッケージには、原告の旧商号が表示されている。また、原告は、本件著作物3について、第三者認証機関の審査を終了している。第三者認証機関の審査は、本件著作物の販売に必須のものである。
 以上から、原告は、本件著作物の著作権者といえる。
〔被告の主張〕
 不知。本件著作物3についていえば、第三者認証機関による審査終了の意味合いは不明であり、また、仮にこれが発売前における倫理審査であったとしても、その審査を受ける者が著作権者であると当然に推定されるものではない。
(2)争点2(権利侵害の明白性)
〔原告の主張〕
 本件調査会社は、調査対象となる本件著作物をインデックスサイトで検索して、トレントファイルをダウンロードし、本件クライアントソフトを起動して、本件著作物に係るファイルのダウンロードを行った。本件クライアントソフトは、ビットトレントを使用しているピアのIPアドレス等の情報を表示する機能を有するところ、別紙発信者情報目録記載の日時に上記ダウンロードに対応するアップロードを行ったピアが接続したIPアドレスは、別紙発信者情報目録記載のとおりであった。このことは、ダウンロード中の時点である上記日時における本件クライアントソフトの実行画面のスクリーンショット(以下「本件実行画面」という。)に、「ダウンロード中」との文字やIPアドレスが表示されていることからうかがわれる。また、上記によりダウンロードされた動画は、本件著作物と同一内容であった。
 そうすると、本件発信者は、ビットトレントを用いて自ら又は他のユーザーと共同して、別紙発信者情報目録記載の日時に、本件調査会社に対して本件著作物に係るファイル(ピース)を自動公衆送信したものといえる。したがって、原告の本件著作物に係る著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかである。
〔被告の主張〕
ア 別紙発信者情報目録記載の通信(以下「本件通信」という。)は、以下の点で、本件著作物に係るファイルのダウンロード時の通信とはいえない。
 すなわち、本件クライアントソフトはフリーソフトウェアに過ぎず、信頼性が認められるシステムとして認定されたものでもP2Pネットワークの監視を目的としたものでもなく、また、原告の主張はプログラムの理解を踏まえた主張でもない。本件実行画面には本件発信者が接続したとされるIPアドレスが表示されているが、これは、本件クライアントソフトのプログラムの動作の過程で表示されるIPアドレスの正確性や通信の意味合いを立証するものではない。
 加えて、いわゆるP2P方式でファイルを共有するネットワークでは、ファイルのダウンロードに至るまでには、ピア間の通信だけを取り上げても、通信相手がピアであることを確認する通信(HANDSHAKE)等の複数の通信がされる。本件実行画面は、ダウンロード中とされる適当な時刻におけるものに過ぎないから、これをもってダウンロード時の通信に係るものということはできない。
 さらに、本件実行画面を見ても、ファイルのダウンロードやアップロードの進行を示す表示(「下り速度」や「上り速度」)すら示されていないことから、その表示をもってダウンロード時の通信に係るものであるかは分からない。
 以上のとおり、本件通信は、本件調査会社がビットトレントを介して本件著作物に係るファイルをダウンロードした時の通信とはいえない。
イ 仮に本件通信が本件著作物に係るファイル(ピース)をダウンロードする通信であるとしても、これにより送信されたピースについて、本件著作物の表現の本質的特徴が感得できる程度のものであることの的確な主張立証はない。ファイルを細分化したピースを転送し合うというビットトレントの仕組みを踏まえれば、本件通信により送られた1つのピースからは、本件著作物の表現の本質的特徴を直接感得できる映像を再生できない可能性は十分にある。したがって、仮に本件通信がピースを送信したものであるとしても、これにより自動公衆送信権が侵害されたとはいえない。
(3)争点3(「特定電気通信」該当性)
〔原告の主張〕
 本件通信は、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信であるから、「特定電気通信」(法2条1号)に該当する。
〔被告の主張〕
 本件調査会社が本件著作物に係るファイルをダウンロードしたとされる通信(本件通信)は、トラッカーとの通信といえ、そうであれば一対一で行われる通信と評価できる。このため、本件通信は、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信とはいえず、「特定電気通信」にあたらない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件著作物に係る原告の著作権の有無)
 前提事実のほか、証拠(甲2の2〜2の4、8、9の2)及び弁論の全趣旨によれば、原告はビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を行う株式会社であるところ、本件著作物2及び4のパッケージには原告の旧商号(株式会社DOC)が表示されていること、原告は本件著作物3について第三者認証機関である一般社団法人東日本コンテンツ・ソフトの審査を終了したことが認められる。
 これらの事情に鑑みると、原告は、本件著作物の著作者としてその著作権を有するものと認めるのが相当である。これに反する被告の主張は採用できない。
2 争点2(権利侵害の明白性)
(1)前提事実、証拠(甲1の2〜1の4、3の2〜3の4、4〜7、11、12の1〜12の3、13の1〜13の3、15、17、28)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件クライアントソフトは、ビットトレントの制作会社により開発され、維持されており、ビットトレントのプロトコル定義で設定されたガイドラインを遵守し、これに準拠している。本件クライアントソフトは、ビットトレントを利用しやすくするために、トレントファイルを読み込み、ピースをダウンロードすると共に、ダウンロードに対応するアップロードをするピアのIPアドレス等の情報を表示する機能を有する。
イ 本件調査会社は、調査対象となる本件著作物の品番を確認し、これをインデックスサイトの検索フォームに入力して検索し、本件著作物に係るトレントファイルをダウンロードした。その上で、本件クライアントソフトを起動して上記トレントファイルを読み込み、本件著作物に係るピースを有するピアからピースのダウンロードを開始した。その際、本件クライアントソフトの実行画面には、ダウンロードに対応するアップロードを行ったピアのIPアドレスが表示された。ダウンロードされたピースに係る映像は全てのピース(完全な状態のファイル)がダウンロードされる前においても再生できるところ、本件調査会社は、そのダウンロード中において、ダウンロードしたピースに係る映像が再生できることを確認した。その後、ダウンロード進行中の時点である別紙発信者情報目録記載の日時に、本件クライアントソフトの実行画面のスクリーンショット(甲1の2〜1の4。本件実行画面)を撮影し、上記IPアドレスを保全した。上記アップロードを行ったピアのIPアドレスは別紙発信者情報目録記載のとおりであった。また、こうしてダウンロードされた完全な状態のファイルと本件著作物とは、同一の内容であった。
(2)検討
 本件調査会社による調査及びこれに使用した本件クライアントソフトそれ自体の信頼性については、その点に疑義を抱くべき具体的な事情が見当たらないことなどに鑑みると、十分に信頼し得るものといってよい。
 そうすると、前記前提事実及び認定事実によれば、別紙発信者情報目録記載の日時に同目録記載のIPアドレスを割り当てられた本件発信者は、ビットトレントを通じ、本件調査会社の求めるところにより、本件著作物に係るファイル(ピース)をアップロードしたということができる。したがって、本件発信者は、本件著作物に係るファイルの全部又は一部を公衆からの求めに応じ自動公衆送信したものと認められる。
 また、弁論の全趣旨によれば、原告はこれを許諾していないものとみられると共に、その他の違法性阻却事由の存在もうかがわれない。
 したがって、本件発信者の上記行為により、本件著作物に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかといってよい。
(3)被告の主張について
ア 被告は、本件実行画面に表示されたIPアドレスの正確性に疑問があることや、本件実行画面に表示された通信がダウンロード時の通信に係るものかどうかは不明であることなどを指摘して、本件通信(別紙発信者情報目録記載の通信)をダウンロード時の通信とみることはできないと主張する。
 しかし、本件クライアントソフトがフリーソフトウェアであるとしても、ビットトレントの仕組みに照らすと、正確なIPアドレスを取り込むものでなければビットトレントを利用しやすくするためのソフトとして成り立たないものと考えられる上、本件実行画面に表示されたIPアドレスが不正確であることをうかがわせる証拠は見当たらない。したがって、被告の指摘する事情は本件調査の信頼性に合理的な疑いを抱かせるものではない。
 また、証拠(甲1の2〜1の4)によれば、本件実行画面には、ダウンロードに至る前の通信とみられる「ピアに接続中」ではなく、ダウンロード時の通信とみられる「ダウンロード中」のステータスが表示されている。また、本件実行画面にはダウンロードやアップロードの進行を示す「下り速度」や「上り速度」の表示はないものの、一般にこれらの表示がなくてもダウンロードは進むものとみられるし、実際に本件著作物に係るファイルのダウンロードは完了している。そのほか、本件通信がダウンロード時の通信でないことをうかがわせる証拠はない。そうすると、本件実行画面に表示された通信すなわち本件通信は、本件調査会社が本件発信者から本件著作物に係るファイル(ピース)をダウンロードした時の通信と認められる。
イ 被告は、本件通信により送信されたピースについて、本件著作物の表現の本質的特徴が感得できる程度のものであることの的確な主張立証はなく、自動公衆送信権が侵害されたとはいえないと主張する。
 しかし、前記前提事実及び認定事実によれば、本件発信者は、本件通信及びこの前後において継続的に行った本件著作物に係るファイル(ピース)をアップロードする通信により、自ら又は他のユーザーと共同して、本件調査会社に対し、本件著作物の表現の本質的特徴を直接感得し得る映像を再生可能なファイルを送信したものといえる。そうである以上、本件発信者は、原告の本件著作物に係る原告の著作権(公衆送信権)を侵害する通信を行ったものと認められる。
ウ 以上より、この点に関する被告の主張はいずれも採用できない。
3 争点3(「特定電気通信」該当性)
(1)被告は、本件通信につきトラッカーとの通信といえるとした上で、そうであれば一対一で行われる通信であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信とはいえないなどと主張する。しかし、本件通信はピア間の通信であって、トラッカーとピアとの通信ではない。すなわち、この点に関する被告の主張は、その前提において失当であるから、採用できない。
(2)その点を措くとしても、「特定電気通信」とは、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいうところ(法2条1号)、同条の文理に加え、著作権侵害等の加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図る同条の趣旨に鑑みると、最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為に必要不可欠な電気通信の送信はこれに該当すると解するのが相当である。
 しかるに、本件通信は、本件発信者と本件調査会社との一対一対応の通信であるとしても、不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為にとって必要不可欠な電気通信の送信といえる。したがって、これをもって「特定電気通信」に該当するというべきである。これに反する被告の主張は採用できない。
4 その他の要件について
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対して、本件著作物に係る著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求等をする準備をしていると認められることから、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(法5条1項2号)があるといえる。
5 まとめ
 以上より、原告は、法5条1項に基づき、被告に対し、本件発信者情報の開示請求権を有する。
第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 小口五大
 裁判官 久野雄平


(別紙)発信者情報目録
 以下の時間に以下の IP アドレス及び送信(発信)元ポート番号を割り当てられていた契約者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
2 日時 令和4年(2022年)7月6日14時41分21秒
IP アドレス (省略)
送信(発信)元 ポート番号 (省略)
3 日時 令和4年(2022年)7月6日18時29分35秒
IP アドレス (省略)
送信(発信)元 ポート番号 (省略)
4 日時 令和4年(2022年)7月6日19時36分53秒
IP アドレス (省略)
送信(発信)元 ポート番号 (省略)

(別紙著作物目録省略)
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