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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件V
【年月日】令和6年2月26日
 東京地裁 令和5年(ワ)第70007号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年12月18日)

判決
原告 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
同訴訟復代理人弁護士 新英樹
被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 松田真


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第 1請求
 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、氏名不詳の発信者(以下「本件発信者」という。)がファイル共有ソフト「ビットトレント」(以下「ビットトレント」という。)を使用し、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載の動画(以下「本件動画」という。)に係るファイルを送信可能化したことによって、本件動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかであるなどと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」といい、その施行規則(令和4年総務省令第39号)を「法施行規則」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
 原告は、主にアダルトビデオの制作、販売を業とする有限会社である。
 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、一般利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである。
(2)本件動画に係る著作権の帰属
 原告は、本件動画に係る著作権を有する(甲1)。
(3)ビットトレントの仕組み
 ビットトレントとは、ファイル共有ソフトの1つである。
 ビットトレントにより特定のファイルを配布する場合、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割された個々のデータ(ピース)をビットトレントのユーザー(ピア)に分散して共有させる。
 ビットトレントを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、「トラッカーサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードして、これをビットトレントに読み込ませる。これにより、ビットトレントは、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求する。トラッカーサーバは、ユーザーによる要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。
 リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他のユーザーに接続し、ピースのダウンロードを開始する。その際には、ピースを多数の他のユーザーからダウンロードして、元の1つの完全なファイルを完成させる。
 元の完全なファイルを持つユーザーは、「シーダー」と呼ばれる。目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれる。
 シーダーは、リーチャーからの求めに応じて、ピースをアップロードしてリーチャーに提供する。リーチャーは、ダウンロードが完了して完全なファイルを保有すると、自動的にシーダーとなる。また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持している当該ファイルのピースを、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルを自らダウンロードすると同時に、他のリーチャーに当該ファイルのピースを送信することが可能となる。
(4)調査会社による調査
 原告は、本件訴訟提起に先立ち、調査会社(以下「本件調査会社」という。)に対し、ビットトレントにおける本件動画の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を委託した。本件調査は、本件調査会社が開発した著作権侵害検出システム(以下「本件検出システム」という。)を使用して行われた。その概要は、以下のとおりである。
 本件調査会社は、トラッカーサイトにおいて、本件動画の著作権侵害が疑われるファイルを検索し、そのハッシュ値を取得して本件検出システムに登録する。本件検出システムは、トラッカーサーバに接続し、本件動画に係るファイル提供者リストを要求して、トラッカーサーバから当該提供者のIPアドレス等が記載されたリストの返信を受け、記録する。本件検出システムは、当該リストに記録されたユーザーに接続をして、応答確認(ハンドシェイク)を経て、当該ユーザーからの目的のファイル(ピース)をダウンロード(アップロード)可能であることの通知を受け(以下、この通知に係る通信を「UNCHOKE通信」という。)、データベースに記録するが、このUNCHOKE通信は、ファイル(ピース)のダウンロード(アップロード)を伴わない。
 本件発信者情報は、本件調査の結果判明した上記UNCHOKE通信に係るものである。すなわち、本件発信者は、別紙動画目録記載の発信時刻に同記載のIPアドレス及びポート番号を用いてUNCHOKE通信を行った者である。
 (以上につき、甲2〜6、9、11)
(5)本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報のうち、別紙動画目録通し番号1、6、12、13、18、22、24、25、30、34、36、45〜49、58、69、70、74〜76、78、79、84〜87、90、94、111、114、125、131、151、152、156、162、163、167〜182、186〜188、191、193及び195に各記載の通信に係る発信者情報を保有しているが、その余の通信に係る発信者情報は保有しておらず、又は通信自体が存在しない。
2 争点
(1)権利侵害の明白性(争点1)
(2)本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2)
3 争点に関する当事者の主張
(1)権利侵害の明白性(争点1)
〔原告の主張〕
 本件調査においてUNCHOKE通信がされたということは、本件発信者が、ビットトレントを介し他のユーザーからの要求に応じて本件動画に係るファイル(ピース)を送信可能な状態にしていたことを示す。また、本件発信者は、ビットトレントのネットワークにそれぞれ接続した上、本件動画のデータをダウンロードして自己の端末内に複製している。
 したがって、原告の本件動画に係る著作権(公衆送信権(送信可能化権))が侵害されたことは明らかである。
〔被告の主張〕
ア 共有された動画は、本件動画を複製したものではないこと
 本件で共有された動画は、本件動画と異なり、モザイク処理が施されていない。
 したがって、本件動画が複製され、その複製された動画ファイルがビットトレント上で送信可能化されたとはいえない。
イ 本件検出システムの信頼性
 別紙動画目録には、通信自体が存在しないものが含まれる。すなわち、動画目録通し番号19、41及び160に各記載の通信については、同目録記載のIPアドレス、発信元ポート番号、発信時刻に当てはまる通信自体が存在しない。これは、当該3件については、少なくとも、IPアドレス、発信元ポート番号又は発信時刻のいずれかが誤っていることを意味する。このことは、特定の結果通信自体は存在していたというケースについても、IPアドレス、発信元ポート番号又は発信時刻の全部又は一部が誤っていたにもかかわらず、これに該当する通信自体が偶々存在したというケースが含まれる可能性を示唆する。
 したがって、本件検出システムの検出結果は正確性を欠く。
(2)本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2)
〔原告の主張〕
 本件発信者は、本件動画のデータをダウンロードした後、継続して本件動画をアップロード状態に置くことで、本件動画の送信可能化権侵害(著作権法2条1項9号の5ロ)を継続している。UNCHOKE通信はこの送信可能化権侵害の事実を裏付けるものである。
 したがって、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)に該当する。
〔被告の主張〕
 UNCHOKE通信は、あるピアが自身の保有しているファイルをアップロード可能であることを要求元に対し通知する通信に過ぎず、これにより本件動画が送信可能化されたとはいえない。したがって、UNCHOKE通信に係る本件発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しない。
 また、法及び法施行規則は、権利侵害をもたらす通信から把握される情報とそれ以外の通信から把握される情報を明確に区別し、後者については、契約の申込等、ログイン、ログアウト及び契約の終了のための通信(侵害関連通信)から把握される情報に限り、開示が認められる場合を規定する。そうすると、UNCHOKE通信は侵害関連通信に該当せず、これにより把握される情報は特定発信者情報にも該当しない。
第3 当裁判所の判断
1 争点2(本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」該当性)について
 事案に鑑み、争点2から判断する。
(1)「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者」は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」の開示請求権を有する(法5条1項)。「発信者情報」とは「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報」(法2条6号)をいい、「侵害情報」とは「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報」(同条5号)を指す。また、「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、「特定発信者情報」と「特定発信者情報以外の情報」に区別され、「特定発信者情報」とは、「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」であり(法5条1項)、同省令において、ログイン時通信等の4つの類型の通信のうち、侵害情報の送信と相当の関連性を有するものとされている(法施行規則5条)。これらの規定に鑑みると、法は、開示請求の対象につき、権利侵害をもたらす通信の発信者情報を中核としつつ、権利侵害をもたらす通信以外の通信の発信者情報にも拡大しているところ、その外延は、上記のログイン時通信等の4つの類型の通信の発信者情報すなわち「特定発信者情報」に限られるものと解される。そうすると、「特定発信者情報以外の発信者情報」とは、権利侵害をもたらす通信の発信者の特定に資する情報を意味するものと理解される。
(2)前提事実(3)、(4)によれば、本件調査におけるUNCHOKE通信は、本件動画に係るファイル提供者リストに記録されたユーザーに接続した本件検出システムに対し、当該ユーザーからのファイル(ピース)のダウンロード(アップロード)が可能であることを通知するものに過ぎず、ファイル(ピース)のダウンロード(アップロード)を伴わない。このため、仮に、本件発信者が、本件動画に係るファイルのダウンロードすなわち「情報を記録」することにより(著作権法2条1項9号の5イ)、又は、当該ファイルの情報が記録された端末を公衆の用に供されている電気通信回線に「接続」することにより(同号ロ)、送信可能化を完了していたとしても、UNCHOKE通信それ自体は、原告の本件動画に係る公衆送信権(送信可能化権)侵害をもたらす通信ではない。そうである以上、UNCHOKE通信に係る本件発信者情報は、「特定発信者情報以外の発信者情報」ではなく、また、「特定発信者情報」にも当たらない。
 したがって、本件発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)に該当しない。
(3)原告は、UNCHOKE通信は本件発信者による送信可能化権侵害の状態が継続していることを裏付けるものであるから、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当すると主張する。
 しかし、前記のような本件におけるUNCHOKE通信の内容を踏まえると、これをもって送信可能化権が侵害されたとすることはできない。また、UNCHOKE通信が送信可能化権の侵害状態の継続を裏付けるものであるとしても、これをもって著作権法2条1項9号の5イ又はロに該当するもの、その他原告の権利侵害をもたらす通信とはいえない。仮に、本件におけるUNCHOKE通信を著作権法2条1項9号の5ロ所定の「接続」として権利侵害行為と捉えたとしても、UNCHOKE通信がファイルのダウンロードを伴わない以上、「侵害情報の流通」による権利侵害があったということはできず、法5条1項1号の要件を欠く。
 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
2 まとめ
 以上のとおり、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)に該当しない。したがって、原告は、被告に対し、同項に基づく本件発信者情報の開示請求権を有しない。
第4 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 小口五大
 裁判官 吉野弘子


(別紙著作物目録省略)

(別紙動画目録省略)

(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 @ 氏名又は名称
 A 住所
 B 電子メールアドレス
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日本ユニ著作権センター
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