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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AR
【年月日】令和6年2月21日
 東京地裁 令和4年(ワ)第1538号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年11月22日)

判決
原告 株式会社ケイ・エム・プロデュース
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 角地山宗行
被告 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
第2 事案の概要等
 本件は、別紙動画目録記載の各動画の著作権を有すると主張する原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者がファイル共有ソフトであるBitTorrent(以下「ビットトレント」と表記する。)を使用して当該動画のデータの複製物が記録された端末をビットトレントのネットワークに接続するなどして送信可能化状態にしたことで、原告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであるところ、上記氏名不詳者は、上記の侵害に係る通信を被告の管理する電気通信設備を経由して行ったことから、原告の損害賠償請求権等の行使のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項所定の発信者情報開示請求権に基づき(令和3年法律第27号の施行日である令和4年10月1日(令和4年政令208号)以降は、原告は同法による改正後のプロバイダ責任制限法5条1項に基づいて発信者情報の開示の請求をしているものと解される。)、上記の通信に係る発信者情報の開示を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠(書証は特記しない限り枝番を全て含む。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実。)
(1)当事者
 原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を目的とする特例有限株式会社である(弁論の全趣旨)。
 被告は、電気通信事業法に定める電気通信事業等を目的とする株式会社であり、インターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである(争いがない事実)。
(2)本件の動画について(甲1、弁論の全趣旨)
 別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)は、いずれも原告が製作したものであり、原告が著作者である。
(3)被告による発信者情報の保有(争いがない)
 別紙発信端末目録記載のIPアドレスを割り当てられた端末から同目録記載の日時頃に行われたとされる各通信(以下「本件各通信」といい、かかる端末から本件各通信をしたとされる者をそれぞれ「本件各発信者」という。)は、その通信が行われたとすれば被告が管理する特定電気通信の用に供される電気通信設備を経由して行われており、被告は、別紙発信者情報目録記載の各情報を保有している。
(4)ビットトレントの概要等(甲2から4まで、11、弁論の全趣旨)
 ビットトレントは、ピアツーピア形式のファイル共有プロトコル及びそのためのプリケーションソフトウェアであり、その利用者間でファイルを共有できる。
 ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザは、そのコンピュータ端末(以下、このユーザのコンピュータ端末を単に「ピア」ということがある。)を介してインターネットに接続してトラッカーサイトと呼ばれるウェブサイトに接続し、ダウンロードしたいファイル(以下「対象ファイル」という。)の在りかなどの情報が記載されたトレントファイルと呼ばれるファイル(以下「トレントファイル」という。)をピアにダウンロードして読み込ませる。そうすると、ピアはトレントファイルに記載されているトラッカーサーバと呼ばれるファイルの提供者を管理するサーバに接続され、対象ファイルの提供者のリストを要求する。要求を受けたトラッカーサーバは、トラッカーサーバにアクセスしている対象ファイルのピースを所持するピアのIPアドレスが記載されたリスト(以下「ピアリスト」という。)をピアに返信する。ピアリストを受けとったピアは、対象ファイルのピースを所持する他のユーザのピアに接続し、その後、そのピアから対象ファイルのピースのダウンロードを開始する。
 ビットトレントを使って対象ファイルが配布される場合、そのファイルは小さいデータの単位(ピース)に分割され、分割されたデータはビットトレントのネットワークにつながっているピアに分散して所持されており、ピアがダウンロードする際には、分散したデータを多くのピアから自らのピアにダウンロードして、元のファイルのとおりに一つのファイルを完成させる。
 完全なファイルを保有するユーザであるシーダーは、ビットトレントのネットワーク上でアップロード可能な状態にあることがトラッカーサーバにおいて公開され、全てのユーザはダウンロードを完了すると、自動的にシーダーとなる。シーダーは、完全なファイルのダウンロードが完了する前のユーザであるリーチャーの求めに対して、当該ファイルの一部をアップロードする。リーチャーは、ファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持している一部のファイルを、他のリーチャーからのダウンロードの求めに対してアップロードする。すなわち、リーチャーは、自身がダウンロードするのと同時に、他のリーチャーに対してデータをアップロードすることとなる。
(5)ビットトレントネットワークを利用してファイルをダウンロードする際の通信に関する説明ついて(甲12)
 株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)の代表者の陳述書によれば、ビットトレントネットワークを利用して対象ファイルをダウンロードする場合、以下の通信等のやり取りを経るとされている。
 すなわち、各ピアは、トラッカーサーバに対して、ピアリストを要求する通信をし、トラッカーサーバからピアリストのデータを受信する。
 ピアリストのデータを受信したピアは、ピアリストに基づいて、相手方ピアとの間で、互いに、ビットトレントのネットワークに参加している相手もピアであることを確認する「HANDSHAKE」と呼ばれる通信をし、相手方のピアへ接続完了を意味する「ACK」と呼ばれる通信をした上で、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが対象ファイルのどの部分を所持しているか確認する「BITFIELD」と呼ばれる通信をし、当該ピアが相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通知する「INTERSTED」と呼ばれる通信をし、これに対して、相手方ピアが、当該ファイルは当該ピアによりダウンロードする(相手方ピアによりアップロードする)ことが可能であることを通知する「UNCHOKE」の通信をすることとなる。
 これらの通信をした上で、当該ピアがダウンロードを要求する「REQUEST」と呼ばれる通信をし、相手方ピアがアップロードする通信をすることで、対象ファイルがダウンロードされることとなる。
(6)原告による調査の内容(甲3から6、11)
 原告は、本件調査会社に対し、本件調査会社が開発したビットトレントを利用した著作権侵害に該当する行為をした者の端末に割り当てられたIPアドレス及び送信元ポート番号を調査する目的のソフトウェア(以下「本件ソフトウェア」という。)を使用して、本件各動画の著作権侵害の監視を依頼した。
 本件調査会社は、本件ソフトウェアを使用して、インターネットを介して、原告から指定された本件各動画のコンテンツの品番を含むファイルをトラッカーサイトで検索し、本件各動画のファイルのハッシュ値(ファイル(データ)を特定の関数で計算して得られる値であり、ファイルからハッシュ値は一意に定まるが、同じハッシュ値になるようにファイルを改ざんすることが困難であることから、ファイルの同一性等の確認に用いられる。)を取得し、トラッカーサーバに、本件各動画のファイルをアップロードできるピアリストを取得した。そして、本件調査会社と当該ピアリストに記載されたピアとの間で、順次、「HANDSHAKE」の通信、「ACK」の通信、「BITFIELD」の通信、「INTERSTED」の通信がされ、その後に「UNCHOKE」の通信を行ったとされたピアについて、本件調査会社は、これをデータベースに登録することとした。
 以上のような調査の結果、本件各通信は、本件各動画のデータを保有しているピアからの「UNCHOKE」の通信であるとされた通信であって、本件調査会社のデータベースに登録されたものである(以下、この手法によって、別紙発信端末目録(1)から(5)の「発信時刻」欄記載の各日時に同目録(1)から(5)の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」欄記載の各送信元ポート番号が割り当てられた端末から、「UNCHOKE」の通信として、本件各通信がされたとする調査の結果を「本件調査結果」という。)。
2 主な争点
(1)本件各通信が、本件各発信者から本件調査会社に対する本件各動画のデータの複製物に関する「UNCHOKE」の通信であるといえるか(争点1)
(2)本件各通信がプロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に当たるか(争点2)
(3)本件各発信者がプロバイダ責任制限法2条4号の「発信者」に当たるか(争点3)
(4)プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」といえるか(争点4)
3 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(本件各通信が、本件各発信者から本件調査会社に対する本件各動画のデータの複製物に関する「UNCHOKE」の通信であるといえるか)について
(原告の主張)
 別紙発信端末目録の「発信時刻」欄記載の各日時、同目録の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」欄記載の各送信元ポート番号は、本件調査結果のとおり、本件各動画のファイルの保有者に関するピアリストに載っていたピアからの「UNCHOKE」の通信をした端末に割り当てられていたIPアドレス及び送信元ポート番号と、その通信の日時であり、本件調査結果は正確である。
 なお、「トレント監視システム報告書」は本件ソフトウェアの開発者である本件調査会社の代表者の指導の下で行われており、「トレントモニタリングシステム」とは本件ソフトウェアを指すのであって、これらの事情が本件調査結果の信用性に疑問を差し挟むものではない。
(被告の主張)
 本件ソフトウェアは、いわゆるピアツーピア型ファイル交換ソフトを利用した権利侵害に際して、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が認定したシステムではない。したがって、ビットトレントを利用したユーザのIPアドレス等を特定した方法の信頼性及び発信者の故意又は過失により権利侵害が生じたということについての技術的な根拠を立証する必要があるが、十分に立証されていない。
 なお、原告は「トレント監視システム報告書」を提出するが、原告代理人事務所の事務員が作成したもので、本件システムソフトウェアを開発した技術者ではなく、「トレントモニタリングシステム」が本件ソフトウェアと同一のものであるとの記載もなく、IPアドレス等を特定した方法の信頼性が証明されたものとはいえない。
 したがって、本件調査結果は信用できない。
(2)争点2(本件各通信がプロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に当たるか)について
(原告の主張)
 最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為に必要不可欠な電気通信の送信は、プロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に当たるところ、本件各発信者は、ビットトレントを通じて不特定の誰かからのダウンロードのリクエストがあれば誰に対してもアップロードできる状態にしており、本件ではたまたま本件ソフトウェアがダウンロードのリクエストを行い、「UNCHOKE」の通信を行ったにすぎないのであるから、本件各通信は「特定電気通信」に当たる。
(被告の主張)
 本件ソフトウェアは、ただ単に応答確認をするだけで、実際にファイルのアップロード及びダウンロードは実施しないシステムになっているというのである。そうすると、本件各通信は、本件ソフトウェアと本件各発信者との間の二者間の閉ざされた通信として行っているにすぎず、不特定の者によって受信されることを目的としていないから、「特定電気通信」に当たらない。
(3)争点3(本件各発信者がプロバイダ責任制限法2条4号の「発信者」に当たるか)について
(原告の主張)
 本件各発信者と本件ソフトウェアとの間でハンドシェイク通信が行われる際、本件ソフトウェアから本件各発信者に対し本件動画のファイルをダウンロードしたい旨のリクエストがなされるとともに、その回答として、本件各発信者から本件ソフトウェアに対し、本件動画のデータの複製物が本件各発信者の端末に記録されており直ちにアップロードが可能であることを示す情報が送信され、この情報は、本件各発信者側のプロバイダの記録媒体に記録されて、受信者へと送信されることになる。そして、本件各発信者は、不特定の誰からのリクエストに対しても自動的に当該情報を送信していたのであるから、プロバイダ責任制限法2条4号の「発信者」に当たる。
(被告の主張)
 本件各発信者は、本件ソフトウェアに対してピースをダウンロードしておらず、本件各通信の発信時刻において何ら侵害情報を記録していないから、不特定の者に送信される特定電気通信設備の記録媒体に侵害情報を記録した「発信者」に当たらない。
(4)争点4(プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」といえるか)について
(原告の主張)
ア 上記1(4)のようなビットトレントの仕組みにおいては、トラッカーサーバは、著作権法2条1項9号の5イの「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置」に当たり、本件各発信者が、トラッカーサーバに対し、本件各動画のファイル情報やIPアドレス等を通知し、これをトラッカーサーバに記録させたことは、同イの「情報を記録」したといえ、これにより、送信者は対象ファイルを受信者の求めに応じて「自動公衆送信し得るように」なる。そうすると、トラッカーサーバに対象ファイル情報やIPアドレス等を通知することにより、送信可能化侵害状態になったといえる。
イ また、ビットトレントにおいて、ファイルを送信しようとする者が当該ファイルを自身の端末の共有フォルダに蔵置して、クライアントソフトを起動してトラッカーサーバに接続すると、送信者の端末はトラッカーサーバに端末を接続させている受信者からの求めに応じ、自動的にファイルを送信し得る状態になる。そうだとすれば、ファイルを共有フォルダに蔵置したままトラッカーサーバに接続して上記状態に至った送信者の端末は、トラッカーサーバと一体となって、著作権法2条1項9号の5ロの「情報が記録され」た「自動公衆送信装置」に当たるということができ、また、その時点で、同ロの「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」がされ、送信可能化侵害状態になったといえる。したがって、本件各発信者も、同様に、本件各動画のデータをダウンロードした後、継続してアップロード状態に置くことで、本件各動画のデータの送信可能化侵害状態を行い続けているといえる。
ウ そして、本件各通信は、本件各発信者の端末に保有している本件各動画のファイルがアップロード可能であることを通知する「UNCHOKE」の通信であり、本件各発信者は、「UNCHOKE」の通信時点において、送信可能化により原告の公衆送信権を侵害しているから、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」であるといえる。
エ なお、本件各発信者が本件ソフトウェアとの本件各通信時点までに、ファイルを構成する全ピースのうちどの程度の容量のピースを保持していたのかは不明であるが、本件各発信者が本件ソフトウェアと「UNCHOKE」の通信を行ったということは、本件各発信者は少なくとも本件各動画について1ピース以上を保有していたということであり、本件各発信者が保有していたピースは特定のハッシュを構成するデータの一部であるところ、当該ハッシュの動画は本件各動画の表現上の本質的な特徴を直接感得できるものであるから、送信可能化による公衆送信権を侵害していたといえる。
(被告の主張)
ア 原告は、本件各発信者がトラッカーサーバに対し、ファイル情報IPアドレス等を通知することが著作権法2条1項9号の5イの送信可能化による公衆送信権侵害であると主張するが、公衆送信権は「著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化を含む。)を行う権利」(著作権法23条1項)である以上、送信可能化における「自動公衆送信装置」とは、「その著作物」本体についての情報を自動公衆送信する機能を有する装置を指すことは明らかであり、発信者が自分のIPアドレス等を通知するだけで「その著作物」本体の情報を自動公衆送信しないトラッカーサーバによって、その著作物の公衆送信権が侵害される余地はない。
イ また、本件ソフトウェアが本件各発信者との間で行った通信は単に応答を確認する目的で行われたにすぎず、ピースの送受信は一切行われないのであるから、限定された二当事者間における閉ざされた通信にとどまり、著作権法2条1項7号の2の「公衆送信」に当たらない。したがって、本件各通信は、著作権法2条9号の5ロの「公衆の用に供されている電気通信回線への接続には該当しない。
ウ 仮に、本件各発信者がトラッカーサーバに対して通知した行為が著作権法2条1項9号の5イに該当するとしても、侵害された時点は、本件各発信者がトラッカーサーバに対して当該通知をした時点であり、本件各通信によって送信可能化による公衆送信権が侵害されたとはいえない。
エ 加えて、「送信可能化」したといえるには、著作物について「自動公衆送信し得るようにすること」(著作権法2条1項9号の5柱書)といえることが必要であり、そのためには自動公衆送信の対象となる情報によって、著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要する。
 しかし、本件においては、本件各発信者が、それぞれ、本件各通信の時点までに、本件動画のデータの複製物を構成する全ピースのうちどの程度の容量のピースを保持し、同時点までに全ピアによってダウンロードされていた本件動画のデータのピースを併せると、どの程度の容量のピースを構成することになるかはいずれも不明であるから、本件各発信者が、それぞれ又は他のピアと共同して、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる情報を自動公衆送信し得るようにしたとは認められない。
エ したがって、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」であるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点4(プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」といえるか)について
本件の事案に鑑み、争点4から判断する。
(1)本件で、原告は、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき発信者情報開示請求を行うところ、同項により発信者情報開示請求権が認められるためには、同項1号の要件を満たすこと、すなわち、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示請求する者の権利が侵害された」ことが明らかであることが必要である。そして、同号の「侵害情報」は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報をいう(プロバイダ責任制限法2条5号)。
 本件において、原告は、本件各発信者が、「UNCHOKE」の通信(前記第2の1(5))時点において、送信可能化により原告の公衆送信権を侵害している旨主張している。そして、原告は、本件各動画についての公衆送信権を被侵害権利であるとしており、原告は、別紙発信者情報目録記載の各情報を特定発信者情報以外の発信者情報として開示の請求をしていると解されるから、「UNCHOKE」の通信による情報の流通によって原告の公衆送信権が侵害され、同通信が侵害情報の送信であると主張して、本件各通信の送信に係る者の氏名その他の情報の開示を請求していると解される。そうすると、本件において、プロバイダ責任制限法5条1項1号の要件を満たすためには、「UNCHOKE」の通信による情報の流通によって本件各動画の送信可能化による公衆送信権が侵害されたことが明らかといえる必要があることとなる。
(2)著作権法2条1項9号の5は、送信可能化の定義について、「次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。」旨規定し、イとして「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。」と規定し、ロとして「その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。」と規定している。このような 著作権法の文言や、著作権法が送信可能化を規制の対象となる行為として規定した趣旨、目的は、公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行う送信(後に自動公衆送信として定義規定が置かれたもの)が既に規制の対象とされていた状況の下で、現に自動公衆送信が行われるに至る前の準備段階の行為を規制することにあり(最高裁平成21年(受)第653号同23年1月18日第三小法廷判決・民集65巻1号121頁参照)、自動公衆送信前の準備段階の行為に着目してその行為を規制したものであることなどに照らせば、「送信可能化」に当たるのは、同号のイ又はロに列挙されている行為であるとするのが相当であると解される。そして、それらの行為により対象の著作物が自動公衆送信し得るようにされた場合、上記に述べたとおりの「送信可能化」の意義から、それらの行為によって自動公衆送信し得るようにされた著作物については、別途、同号のイ又はロに該当する行為がされたときに再び「送信可能化」に該当する行為がされたといえると解される。
 本件各通信は、前記第2の1(6)のとおりの手法による調査の結果、「UNCHOKE」の通信であるとされた通信である。前記第2の1(5)の認定事実のとおり、本件調査会社の説明によれば、本件各発信者の端末から「UNCHOKE」の通信が行われるのは、「ACK」の通信及び「BITFIELD」の通信の後であるとされる。そして、本件調査会社の説明によれば、「ACK」の通信は、ビットトレントのネットワークに参加している相手もピアであることを確認する「HANDSHAKE」の通信の後の、接続完了を意味する通信であるとされ、これは、インターネットを介してビットトレントネットワークへの接続を完了していることを知らせる通信であると解される。また、「BITFIELD」の通信は、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが対象ファイルのどの部分を所持しているか確認する通信であるとされ、「UNCHOKE」の通信は、ピアが相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通知する「INTERSTED」の通信に対し、アップロードすることが可能であることを通知する通信であるとされる。
 以上のような本件調査会社の説明を前提とし、本件調査結果について本件調査会社の説明のとおりの事実が認められる場合、本件各通信をしたピアにおいては、「UNCHOKE」の通信をする時点より前の時点で、既に本件各動画のファイルの少なくとも一部が複製されて当該ピアに記録された上で、当該ピアがインターネットに接続されビットトレントのネットワークにも接続されるなどして、本件各動画のファイルのピースが他のピアに自動公衆送信(アップロード)し得る状態になっていたこととなる。そして、既に述べたとおり、ある行為により自動公衆送信し得るようにされた著作物について、別途、著作権法2条1項9号の5のイ又はロに該当する行為がされたときに再び「送信可能化」に該当する行為がされたといえると解されるが、本件においては、「UNCHOKE」の通信がされたとされる時点において、本件各動画について、更に、同号のイ又はロに該当する何らかの行為が行われたことを認めるに足りない。
 なお、特定電気通信による情報の流通によって権利が侵害されたことに関し、それ自体では権利侵害性のない通信について、プロバイダ責任制限法は、「侵害関連通信」(プロバイダ責任制限法5条3項)を総務省令で定めるとして、その範囲を明らかにしている。特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則5条は、侵害関連通信として複数の通信を定めるところ、そこに上記の「UNCHOKE」に該当する通信が規定されているとは認められず、また、「UNCHOKE」の通信時点において、本件調査会社の端末に対して本件各動画のファイルのピースが送信(自動公衆送信)されているともいえない。
(3)原告は、本件各通信が「UNCHOKE」の通信であると特定した上で、本件各通信に係る発信者情報についてプロバイダ責任制限法5条1項に基づきその開示を請求しているところ、以上に述べたところによれば、本件調査結果に至る手法と本件調査会社の説明に基づく「UNCHOKE」の通信の内容によると、直ちに本件各通信に係る情報の流通によって、公衆送信権が侵害されたと認めることはできない。また、その他、本件各通信に係る情報の流通によって、公衆送信権が侵害されたことを認めるに足りる事情の主張、立証はない。
 よって、本件各通信に係る情報の流通によって、原告の「権利が侵害されたことが明らか」であるとはいえない。
2 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の発信者情報開示請求権は、いずれも認められない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 杉田時基
 裁判官 仲田憲史


(別紙)発信者情報目録
 別紙発信端末目録(1)から(5)まで記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
 1 氏名又は名称
 2 住所
 3 電子メールアドレス(ただし、下記の発信端末目録記載の端末を除く。)
 (以下、記載省略)

(別紙)動画目録
 記載省略

(別紙)発信端末目録(1)〜(5)
 記載省略
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