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【事件名】ユニアデックスへの発信者情報開示請求事件
【年月日】令和6年1月30日
 東京地裁 令和5年(ワ)第70368号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年12月4日)

判決
 当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり


主文
1 被告は、原告SMLに対し、別紙発信者情報目録記載1の各情報を開示せよ。
2 被告は、原告BNMLに対し、別紙発信者情報目録記載2の各情報を開示せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告らが、氏名不詳の発信者(以下「本件発信者」という。)がP2P方式でファイルを共有するためのプロトコルである「BitTorrent」(以下「ビットトレント」という。)を介して、原告らが送信可能化権を有するレコードに係るファイルを送信可能化し、原告らの権利が侵害されたことは明らかであるなどと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下、「法」といい、同法律施行規則を「規則」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告らは、いずれもレコード会社であり、多数のレコードを製作の上、これらを複製してCDや配信商品等として発売している株式会社である。
イ 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業等を目的とする株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)である。
(2)原告らの送信可能化権
ア 原告SMLは、実演家Aが歌唱する楽曲を録音したレコードを製作の上、令和4年11月16日、「LANDER」との名称の商業用音楽CDを日本全国で発売した。
 したがって、原告SMLは、このレコードのレコード製作者として、その送信可能化権(著作権法96条の2)を有する。(甲3)
イ 原告BNMLは、実演家Bが歌唱する楽曲を録音したレコードを製作の上、令和4年11月23日、「PASTEL」との名称の配信商品を日本全国で発売した。したがって、原告BNMLは、このレコードのレコード製作者として、その送信可能化権を有する。(甲7)
 以下では、上記各レコードを併せて「本件レコード」という。
(3)ビットトレントの仕組み
 ビットトレントとは、インターネット上で、中央サーバを設けずに、P2P方式でファイルを共有するためのプロトコル(通信規約)の一つであり、同プロトコルを実装したクライアントソフトの名称でもある。
 ビットトレントにおいては、ファイルのダウンロードにあたり、まず、対象ファイルに対応するトレントファイル(ファイルの情報と後述のトラッカーの情報が含まれる。)をインデックスサイトから入手して、ビットトレントのクライアントソフトに取り込む。次に、クライアントソフトがトレントファイルで指定されたトラッカー(接続した端末を追跡し、対象ファイルの提供者のリストを管理するサーバ)と通信して、対象ファイルの提供者のIPアドレスの一覧を自動的に入手する。最後に、クライアントソフトが入手したIPアドレスの一覧から複数のIPアドレスの端末(ピア)を自動的に選択して対象ファイルの送信要求を行い、選択したピアから、ピース・ファイルと呼ばれる対象ファイルが断片化されたデータ(以下「ピース」という。)を順次受信することにより、ファイルのダウンロードを行う。
 ビットトレントの利用者は、一つのピアからはピースしか受信しないとしても、トラッカーから入手したIPアドレスの一覧に記載された複数のピアから順次ピースを受信することにより、対象ファイルの全体を受信(ダウンロード)する。また、ビットトレントでファイルをダウンロードした利用者は、クライアントソフトを停止させるまで、トラッカーに対し、当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知し、他の不特定のビットトレントの利用者からの要求があればいつでもこれを送信し得る状態に置く。
 (以上につき、甲2、6、10、11)
(4)調査会社による調査
 原告らは、それぞれ、本件訴訟提起に先立ち、調査会社(以下「本件調査会社」という。)に対し、ビットトレントにおける本件レコードの送信可能化権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を依頼した。本件調査会社は、ビットトレントを介して公開されているファイルの流通量等を監視するシステム「P2PFINDER」(以下「本件システム」という。)を使用して本件調査を行った。その結果、本件調査会社は、原告らそれぞれに対し、ビットトレントを通じて本件レコードに係るファイルをダウンロードしたこと、このダウンロードは別紙発信者情報目録記載の各時刻(以下、併せて「本件通信時刻」という。)に、同記載の各IPアドレス(以下、併せて「本件IPアドレス」という。)の割当を受けているピアから行ったことなどを報告した。本件IPアドレスは、被告のインターネット接続サービスで割り当てられたものであった。
 (以上につき、甲2、3、6、7、10)
(5)本件発信者情報の保有
 被告は本件発信者情報をいずれも保有している。
2 争点
(1)権利侵害の明白性(争点1)
(2)「特定電気通信」該当性(争点2)
(3)発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点3)
3 争点に関する当事者の主張
(1)権利侵害の明白性(争点1)
〔原告らの主張〕
 本件システムは、対象ファイル全体を保有していると判断できたピアからのみ対象ファイルのピースをダウンロードする。本件調査において、本件システムは、本件通信時刻に本件IPアドレスが割り当てられたピアから本件レコードに係るピースをダウンロードした。本件システムが本件IPアドレス等の情報を取得できたのは、本件発信者が使用するクライアントソフトからトラッカーに対し、自動的に、ビットトレントを用いてダウンロードした楽曲ファイルの送信が可能であることを通知していたことによる。
 本件発信者は、本件IPアドレスの割当てを受け、被告の提供するインターネット接続サービスを介し、トラッカーに対し、本件通信時刻より前にビットトレントを用いてダウンロードした本件レコードに係るファイルを送信可能であることを通知していた。このため、トラッカーには、本件IPアドレスが対象ファイル提供者のIPアドレスの一覧に登録されていた。すなわち、本件発信者は、当該ファイルを保有している他のネットワーク参加者と共同して、それぞれはピースを送信することにより、受信者をして当該ファイルの全体を受信させる役割を担っていた。本件調査会社は、本件システムを利用して本件発信者が本件レコードに係るファイルを送信可能な状態としていることをトラッカーより確認し、実際に、本件発信者から当該ファイルのピースの送信を受けて、送信可能化の事実を確認した。本件発信者の上記送信行為は、他のビットトレント利用者によるピースの送信行為と共同して、本件レコードに係るファイルを完全な形で送信しているといえるから、共同不法行為により、原告らの送信可能化権がいずれも侵害されたといえる。
 したがって、本件において、原告らの本件レコードに係る送信可能化権が侵害されていることは明らかである。
〔被告の主張〕
 本件システムにおけるIPアドレス検出の仕組み等に関する書証は、いずれも、本件システムが、様々な動作環境において、相当の正確性、信用性を有して作動した上で、誤った情報を記録することはないプログラムであることを直接検証できるものとはいえない。したがって、本件システムによる本件調査について、実際の様々な動作環境において、本来検出すべきではない通信が検出されたり、そもそも存在しない通信が記録されたりすることは完全に否定できず、本件調査の結果が信用に足りるものと評価することはできない。
(2)「特定電気通信」該当性(争点2)
〔原告らの主張〕
 本件発信者は、本件レコードに係るピースという「情報」を不特定多数の第三者に送信可能な状態としており、実際に本件システムによってピースのダウンロードが完了したのであるから、本件発信者は情報を「流通」させている。また、本件発信者は、ビットトレントの仕組み上、不特定の者からの要請に応じてピースを送信可能な状態にしているのであり、受信者を特定してファイルを送信しているわけではないから、これは「特定電気通信」に該当する。
〔被告の主張〕
 本件システムが本件発信者から本件レコードに係るピースをダウンロードしたという通信は、あくまで、本件システムと発信者との間の一対一対応の通信に過ぎないため、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信とはいえず、「特定電気通信」に当たらない。
(3)発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点3)
〔原告らの主張〕
ア 原告らは、それぞれ、送信可能化権侵害に基づき、本件発信者に対して損害賠償請求及び差止請求を行う必要があるところ、その氏名・住所等が不明であるため、何らかの請求を行うことが実際上できない状態にある。そこで、原告らには、本件発信者に対する損害賠償請求権及び差止請求権の行使のために、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
イ 法2条6号並びに規則2条3号及び4号は、発信者情報の一つとして、電話番号及び電子メールアドレスを規定している。また、実際に、被告が保有する本件発信者の氏名又は住所が虚偽であった場合や、同人が転居していた場合等、被告が保有する氏名又は住所に係る情報が正確ではないために氏名及び住所だけでは発信者を十分に特定することができず、電話番号及び電子メールアドレスが特定に資する場合も想定され得る。これらの事情に鑑みれば、原告らには電話番号及び電子メールアドレスの開示を受けるべき正当な理由がある。
〔被告の主張〕
 不知ないし争う。本件発信者の氏名又は名称及び住所の開示があれば、損害賠償請求及び差止請求を行うことは可能である。他方で、通信の秘密の保護の観点からは、開示する情報は最低限とすべきであり、原告らに電話番号及び電子メールアドレスまでもの開示を受けるべき正当な理由があるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(権利侵害の明白性)
(1)前提事実、証拠(甲2、3、6、7、9〜11)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件調査の仕組みは、次のとおりである。
 本件システムは、インデックスサイトから特定のキーワードをファイル名に含むトレントファイルを探索して取得し、同ファイルの情報に基づき、トラッカーに接続して対象ファイルの提供者のIPアドレスの一覧を入手する。その上で、当該一覧中のIPアドレスを利用している端末(ピア)とハンドシェイクを行ってピアID等のやり取りをし、その完了後に、ビットフィールドの値を確認して、当該ピアによる対象ファイル全体(当該ファイルを構成する全てのピース)の保有の有無を判別する。本件システムは、当該ピアが対象ファイル全体を保有している場合にのみ対象ファイルのピースをダウンロードし、これに対応するアップロードをしたピアに割り当てられていたIPアドレス、ダウンロード日時、対象ファイルのファイル名、ハッシュ値等を記録する。
イ 本件調査において、本件システムは、本件レコードに関わるキーワードをファイル名に含むトレントファイルを取得し、本件レコードと推測されるファイルが公開されていることを確認した。その上で、トラッカーから入手した当該ファイルの提供者のIPアドレスの一覧中、当該ファイル全体を保有していると判断されたピアから、ピースのダウンロードを行った。当該通信(ダウンロード)時刻及び当該ピアに割り当てられたIPアドレスは、別紙発信者情報目録記載のとおりのもの(本件通信時刻、本件IPアドレス)であった。
ウ その後、本件調査会社は、トレントファイルに基づき、前記のとおり取得したピースの完全なファイルを取得して、原告らに提供した。当該完全なファイルに含まれる音(楽曲)は、本件レコードに含まれるものと同一であった。
(2)検討
ア 本件調査及びこれに使用した本件システムの信頼性については、ビットトレントによりIPアドレスをもとに対象ファイルを取得する仕組みを利用したものであって、その信頼性に疑義を抱くべき具体的な事情が見当たらないことなどに鑑みると、十分に信頼し得るものといってよい。
 そうすると、前提事実及び上記各認定事実によれば、本件発信者は、ビットトレントを通じて、その使用する端末に本件レコードに係る完全なファイルを保有するに至り、これにより、被告から本件IPアドレスを割り当てられた環境の下、トラッカーに対し、当該ファイルが送信可能であることを継続的に通知し、他の不特定のビットトレントの利用者からの要求があればいつでも当該ファイルに係るピースを送信し得る状態に置いていたものと認められ、このことは、本件発信者が本件調査会社の求めるところにより実際にピースを送信することによって明らかとなったものである。
 そうすると、本件発信者は、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体」である本件発信者の端末に、本件レコードに係るファイルをダウンロードすなわち「情報を記録」することによって、当該ファイルの全部又は一部を、「公衆」である不特定のビットトレントの利用者からの求めに応じ、「自動公衆送信し得るように」していたといえる(著作権法2条1項9号の5イ)。
 また、証拠(甲3、7)及び弁論の全趣旨によれば、原告らはこれを許諾していないものと認められると共に、その他の著作隣接権の制限事由の存在もうかがわれない。
 以上によれば、本件発信者の行為により、原告らの本件レコードに係る送信可能化権がいずれも侵害されたことは明らかといえる。
イ 被告は、本件調査における調査結果が信用に足りるものと評価することはできないと主張する。
 しかし、本件調査及びこれに使用した本件システムが信頼できるものであることは上記のとおりであり、本来検出すべきではない通信が検出されるなどといった事態が発生することを具体的にうかがわせる的確な証拠は見当たらず、被告の指摘する事情は調査の信頼性に合理的な疑いを抱かせるものではない。この点に関する被告の主張は採用できない。
2 争点2(「特定電気通信」該当性)
 「特定電気通信」とは、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいうところ(法2条1号)、最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為に必要不可欠な電気通信の送信は、「特定電気通信」に該当すると解するのが相当である。なぜならば、同条の文理に加え、著作権等を侵害するような態様でいわゆるファイル共有ソフトが用いられる場合に、問題となる通信が不特定の者により受信されることを目的とする最終的な行為にとって必要不可欠なものであるにもかかわらず、たまたま当該通信が発信者と特定の受信者との間の一対一対応のものであるために「特定電気通信」に該当せず、開示請求者が法5条の開示を受けられないとすることは、著作権侵害等の加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図る同条の趣旨を没却することになるからである。
 本件において、本件発信者は、前記のとおり、本件レコードに係る完全なファイルを取得して送信可能化し、実際に自動公衆送信して侵害情報を流通させたものであり、これにより、原告らの送信可能化権が侵害されたことが明らかとなっている。本件発信者が本件システムに対して本件レコードに係るピースを送信した通信は、両者間の一対一対応の通信であるとしても、不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為にとって必要不可欠な電気通信の送信といえるから、これをもって「特定電気通信」に該当するというべきである。これに反する被告の主張は採用できない。
3 争点3(発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)
 証拠(甲1、3、5、7)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件発信者に対して本件レコードに係る送信可能化権侵害を原因とする損害賠償請求及び差止請求を行うことを予定していると認められる。したがって、原告らには、本件発信者を特定して権利を行使するため、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があると認められる。
 これに対し、被告は、原告らには電話番号及び電子メールアドレスの開示を受けるべき正当な理由があるとはいえないと主張する。
 しかし、法2条6号並びに規則2条3号及び4号は発信者情報の一つとして電話番号及び電子メールアドレスを規定している。実質的にも、住所変更等によって住所宛てでは発信者への連絡が付かない場合や訴えの提起前に示談交渉を行う場合には、電話番号や電子メールアドレスを知ることが有用であって、これらの開示を受ける必要性もある。したがって、電話番号及び電子メールアドレスについても、氏名不詳の発信者を直接特定する情報として開示されるべきものというべきである。
 この点に関する被告の主張は採用できない。
4 まとめ
 以上の次第で、原告SMLは被告に対し法5条1項に基づく別紙発信者情報目録記載1の各情報の開示請求権を、原告BNMLは被告に対し同項に基づく同目録記載2の各情報の開示請求権をそれぞれ有する。
第4 結論
 よって、原告らの請求はいずれも理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 小口五大
 裁判官 久野雄平


(別紙)当事者目録
原告 株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ(以下「原告SML」という。)
原告 株式会社バンダイナムコミュージックライブ(以下「原告BNML」という。)
原告ら訴訟代理人弁護士 尋木浩司
同 林幸平
同 亀井英樹
同 塚本智康
同 石坂大輔
同 笠島祐輝
同 佐藤直子
同 佐藤省吾
同 松木信行
同 前田哲男
同 福田祐実
被告 ユニアデックス株式会社
同訴訟代理人弁護士 衛藤佳樹
同 近藤翔太
同 柿山佑人
同 芥川詩門
 以上

(別紙)発信者情報目録
1 令和4年(2022年)11月20日21時28分29秒ころに「(省略)」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名(又は名称)、住所、電話番号及び電子メールアドレス
2 令和4年(2022年)11月24日12時48分55秒ころに「(省略)」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名(又は名称)、住所、電話番号及び電子メールアドレス
 以上
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