判例全文 line
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【事件名】音響効果の“音源”無断使用事件(2)
【年月日】令和6年1月30日
 知財高裁 令和5年(ネ)第10089号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和3年(ワ)第17298号)
 (口頭弁論終結の日 令和5年12月11日)

判決
控訴人兼被控訴人 株式会社スワラ・プロ(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 高中正彦
同 西田弥代
同 川口智也
被控訴人兼控訴人 Y(以下「一審被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 高木啓成


主文
1 一審原告及び一審被告の各控訴をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴に係る控訴費用は一審原告の負担とし、一審被告の控訴に係る控訴費用は一審被告の負担とする。

事実及び理由
第1 一審原告の控訴の趣旨
1 原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。
2 一審被告は、一審原告に対し、1000万円及びこれに対する令和3年7月23日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1、2審とも一審被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 一審被告の控訴の趣旨
1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
2 前項の取り消しに係る部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも一審原告の負担とする。
第3 事案の概要等(略語は原判決のそれに従う。)
1 本件は、一審原告が、一審原告の元従業員で音響効果の業務を担当していた一審被告との間で、一審被告の退職の際に一審原告が保有していた音源を持ち出さない旨を合意したにもかかわらず、一審被告がこれを持ち出して、退職後に原判決別紙主張整理表の作品1ないし3記載の各作品において音番号1ないし21のとおり使用したことが債務不履行に当たり、また、持ち出した音源の中には、一審原告がレコード製作者の権利を有しているものがあり、一審被告が音響効果業務に当たり複製して使用したことが複製権(著作権法96条)を侵害するとして、債務不履行又は不法行為(両者は選択的併合)に基づき、上記音源の1使用当たり50万円、合計1050万円及び訴状送達の日の翌日である令和3年7月23日から支払済みまで、民法所定の年3分の割合による遅延損害金を請求する事案である。
 原審が一審原告の請求のうち50万円及びこれに対する令和3年7月23日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の範囲で認容し、その余の請求を棄却したところ、これに不服の一審原告及び一審被告がそれぞれ控訴した。
2 前提事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記3のとおり当審における当事者の主な補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の2ないし4(原判決2頁9行目から6頁7行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決2頁15行目の「音響効果業務」を「アニメや映画などの映像に、環境音や効果音などを制作又は選出し、付加する作業(以下「音響効果業務」という。)」と、同頁22行目の「はららない」を「はらなない」とそれぞれ改める。
(2)原判決3頁6行目の末尾の次を改行し、次のとおり加える。
「(3)一審被告の退職後、一審原告は、平成30年4月8日から同年6月24日にかけて放映された作品『●●●●●●●●●●』(原判決別紙主張整理表作品3)において、本件合意に反して、一審原告の保有する音源が一審被告により使用されたと認識した。(甲50)
 そして、その他の作品も含め、一審原告の保有する音源二つについての使用が明らかとなったとして、一審原告は、代理人弁護士を通じ、平成30年7月17日付けの通知で、損害の賠償を求めた。(甲38、14頁)
 これに対し、一審被告は、代理人弁護士を通じ、平成30年7月30日付け通知書で、本件合意書に違反する事実は認められない旨などを回答した。(甲31)。
 しかし、一審原告は、平成30年4月11日から同年6月27日にかけて放映された作品『●●●●●●●●●』(甲48の1。原判決別紙主張整理表作品1)、同年7月6日から同年9月21日にかけて放映された作品『●●●●●●●●』(甲49の1。原判決別紙主張整理表作品2)においても、本件合意に反して、一審原告の保有する音源を一審被告において使用したとの認識に至った。
(4)一審原告は、上記(3)の各作品について、本件合意に反する音源の使用の事実が明らかになったとして、平成31年1月8日付けで、一審被告の作業場で保管しているパソコンのハードディスクに存在する一審被告の一審原告在職中に使用した音源に係る音ネタ帳、セッションデータ、オーディオファイル等についての検証を求める証拠保全の申立てを、東京地方裁判所に行った。(甲2)
(5)上記申立てに基づき、平成31年2月5日付けで、上記(4)に係る物の検証についての証拠保全決定がされた。(甲29)
 平成31年4月23日、東京地方裁判所裁判官が一審被告の作業場所に臨場し、一審原告代理人川口弁護士立会いのもと、証拠保全が行われた。その結果、一審被告から音ネタ帳、セッションデータ及びオーディオファイルが提示された。なお、原審における証人A(以下『A’』という。)も同検証期日に立ち会った。(原審における証人A’の尋問調書11頁)
 一審被告は、裁判官に対し、一審被告が当時使用している音ネタ帳ないし音ネタは作業場所において保管しているパソコンのハードディスク内に存在するファイルである旨を説明した。同ファイルは、検証の結果(東京地方裁判所平成31年(モ)第34号証拠保全申立て事件の検証調書)添付の別添写真『1 音ネタ帳』のとおりである。
 一審被告は、セッションデータについては、作業場所のパソコンの内蔵ハードディスクに存在するものは、一審被告が一審原告在職中に手掛けていた『●●●●●●●●●●●●●』であり、検証の結果添付の別添写真2で表示されているとおりであるとした。
 また、『●●●●●●●●●』、『●●●●●●●●●』及び『●●●●●●●●●●●』のセッションデータは、作業場所で保管しているパソコンの内蔵ハードディスクと外付けハードディスクには存在しないこと、これらのセッションデータは、すべて自宅にあるパソコンのハードディスクに保管していること、それ以外のセッションデータは、現在作業が進行しているもの以外はすべて自宅のパソコンのハードディスクに保管していること、これら自宅に保管しているセッションデータは、必要があれば、一審原告代理人に任意で提出することを述べた。(検証の結果、甲2)
 その後、一審被告から、一審原告代理人に対し、セッションデータが提出されることはなかった。(弁論の全趣旨)検証の対象とされたオーディオファイルについては、一審被告が株式会社ナッシュスタジオ(以下『ナッシュスタジオ』という。)から購入したものである旨を述べた。
(6)音響効果業務に必須である音ネタ帳ないし音ネタとは、市販されている音編集ソフトである『プロツールス』に用いることを想定して音源をデータ化し、名前を付けてハードディスクに記録して整理したものをいい、同じくセッションデータとは、プロツールスの作業画面のことを通常『セッション』と呼ぶことから、プロツールス上の作業により音源を貼り付けたデータの集合体をいう。(甲18〔2、5頁〕、33、34)
(7)『●●●●●●●●●●●●●』は、●●●●●●●●●●●●シリーズの2期(以下『第2作』等という。)であり、●●●●年(●●●●年)●月から同年●●月まで放映された。同シリーズの第1作及び第2作の音響効果は一審被告が担当したが、●●●●年(●●●●年)●●月に制作が発表され、●●●●年●●月から放送が開始された第3作(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)の音響効果は、●●●●が担当した。(甲56)
(8)一審原告は、令和3年7月2日、本件訴訟を提起した。」
(3)原判決3頁7行目の「(3)」を「(9)」と改め、同頁9行目の末尾の次を改行し、次のとおり加える。
 「(10)なお、本件合意書には、著作権等の文言と関連して、以下のとおりの定めもある(下線は判決で付記)。
第3条(音源の返還等)
 乙は、甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使用許諾権を受けたすべての音源のデータを、平成29年12月末日と第8条記載の業務の終了日のどちらか早い方の日までに、甲に対し返却するものとし、同日以降、当該音源について、原本ないし複製を問わず、一切所持しないこと、および、第三者に対して有償無償を問わず譲渡したことがないことを甲に対し保証する。
・・・
第7条(直接の受託の禁止)
1 乙は、退職日以降、甲の顧客から下記業務を直接受託してはならない。
@甲における雇用期間中に担当したタイトルにかかる音響・効果制作等の業務
A甲が著作権を有しまたは著作権使用許諾を受けた音源を使用する音響・効果制作等の業務
2 乙が前項に違反した場合は、乙は当該顧客から受領した業務委託料の8割相当額を、甲に対し支払わなければならない。
第8条(残存業務の取扱い)
1 甲は、乙に対し、退職日以降、現在乙が担当している下記業務が残っている場合には、同業務を委託するものとし、乙はこれを受託する。

顧客名                タイトル名
@●●●●●●●●●●●●     『●●●●』(全●●話)
A●●●●●●●●●●●●     『●●●●●●●●●●●●●●●●●●』(全●話)
B●●●●●●●●●●●●●●●  『●●●●●』(全●●話)
C●●●●●●●●●●●●●●●  『●●●●』(全●●話)
2 乙は、前項の業務を善良なる管理者の注意義務をもって履行するものとし、遅刻や納期の遅れ等、甲の信用を毀損する行為は一切しないことを約する。
3 乙は、第1項の業務を、甲の事業所及び顧客指定のダビング場所において作業するものとする。但し、乙は、甲に対し事前に作業スケジュールを申告し、甲の事業所を使用する旨の予約をとるものとする。
4 甲は、本条第1項の業務の対価として、乙に対し、甲が当該業務について顧客から受領する業務委託料(税別)の30%相当額(税別)を、納品月の末締め、当該締日の3ヶ月後の月の5日限り、支払うものとする。
5 前項により甲から乙に支払われる対価には、乙の音響効果制作の対価及び音響効果制作の過程で発生した著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)の譲渡対価を含むものとする。また、乙は当該著作物についての著作者人格権を行使しない。
6 乙は、第1項の業務にかかる成果物を、甲の指示にしたがい、甲及び顧客に納入するものとする。」
(4)原判決14頁別紙主張整理表の作品2「音番号」欄12の「原告主張音源」欄のうち「(甲トラック9)」とあるのを「(甲7トラック9)」と改める。
3 当審における当事者の主な補充主張
〔一審原告の主張〕
(1)争点1−2(一審被告が一審原告の音源を持ち出して使用したか)のうち、争点1−2(2)の「朝の雀6mmテープ」以外について
ア 原判決の誤り
 一審被告は、平成31年4月23日に裁判官立会のもとに実施された証拠保全の検証手続の際、自身の作業場において、「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデータを所持していた。「●●●●●●●●●●●●」は、一審被告が一審原告在職時に音響効果を担当したアニメ作品であるが、このアニメの音響効果を、検証の当時、一審被告が個人で受託していたという事実はなかった。したがって、上記検証の当時に一審被告が当該セッションデータを保持していたという事実は、とりもなおさず、一審被告が退職時において全ての音源データを返還する旨を約束していたにもかかわらず、これに違反し、実際は音源データを返還しないまま退職したことを明確に示していることになる。
 なお、当該セッションデータのオーディオファイルには、一審原告保有の1万4395個の音源が保管されていたことが明らかである。
 すなわち、同セッションデータのファイルデータは、裁判所にも提出されたが、同セッションデータには、甲3別添写真「2 セッションデータ」の1枚目の写真のとおり、「●●●●●●●●●●●●●」の第●話から第●●話(「#●」〜「#●●」)及び「●●●●●●●●●●●●●●●●●●」という番外編を含む全●●話のセッションデータが保存されていたものである。
 そして、第1話(#1)のセッションデータを展開して同話のオーディオファイルを撮影したのが、甲3別添写真「2セッションデータ」の2枚目から12枚目の写真であるが、このように、各話のオーディオファイルを展開していって、その音源の個数を確認したところ、上記全25話分のオーディオファイルに保存された音源の合計数は1万4395個であった。
 なお、オーディオファイルに保存された音源は、それぞれ他の作品にも流用することが可能であり、一審被告は、一審原告から、業務に使い得るこれらの音源を持ち出したことが優に認定できる。
 また、証拠保全手続において、一審被告は、自らの音ネタ帳として利用しているとして、データを開示した(甲3)。それによれば、当該音ネタ帳には、一審被告が一審原告在職期間中に保存した音が、少なくとも276個含まれており、これらは一審被告が退職することが決まる前に保存されたものである。
 以上のとおり、一審被告は、一審原告退職時に、一審原告保有音源の少なくとも一部を、一審原告の同意なく不法に持ち出していたことが原審において既に明らかになっていた。
 このような一部であれ不正に持ち出した音源があったという事実は、他の音源も同じように持ち出しているであろうことを極めて強く推認させる重要な事実であるから、原審が判決をするに当たっては、十分に考慮されるべきであった。
 しかるに、原審では、一審被告が音源を不正に持ち出していた事実が証拠上明白であったにもかかわらず、この事実について一切触れることなく、むしろ「(一審被告が一審原告から)これらを持ち出したことをうかがわせる客観的な証拠はない」という相反する指摘を行い、本件係争場面での各音源について、不正使用と認めることはできないとの結論を導き出しているのであり、原判決はこの点において重大な誤りがある。
イ 本件の実態(一審被告は自ら管理する音源を退職時にそのまま持ち出したと認められること)
 一審被告が退職時に持ち出したのは、上記検証の際に発見された音源だけではなく、自身が一審原告在職中に管理する一切の音源であったと認められる。その理由は以下のとおりである。
(ア)一審被告は、「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデータを一審原告から持ち出したことを認めながら、現時点においても同データに関する音源を一審原告に返還していない。
 この事実は、一審被告の全ての音源を持ち出して使用してはならないとする合意の拘束力を無視し、合意の存在を否定する行動であり、一審被告の契約無視の姿勢が顕著であることを物語っている。
(イ)一審被告が本件係争場面で使用した音源と一審原告が保管していた音源が同一であれば、一審被告が一審原告から当該音源を持ち出した上で当該音源を使用している事実を強く推認させる一事情となることは、経験則から見ても明らかである。この点については、別件訴訟において、一審の東京地裁が音源の同一性を肯定した上で持ち出した音源の不正使用を認定し(甲19)、控訴審である知的財産高等裁判所もこれに追随した判断を行った(甲42)という実例があるところである。
 本件において、一審被告が本件係争場面で使用した各音源と一審原告保管の音源の同一性については、鑑定書(甲43)その他の証拠により立証として欠けるところはなく、原判決も「矛盾のない程度に似ている」として音源の同一性自体については何ら否定的な判断をしていない。
(ウ)音源は、それぞれの音響効果技師や音響効果会社が多くの時間や多額の費用をかけて収集し、制作した「大切な仕事道具」であり「財産」であり(甲46)、「血液」であり(甲47)、「生命線」である(甲17)。
 音響効果業務に使用する膨大な種類の音源データは、知人や市販のCDから簡単に手に入れることができるというようなものではなく、それを取得するには極めて多くの時間と大変な労力とかなりの額の費用が必要である。そして、そのような苦労の末に収集した多数の音源が揃っているからこそ、音響効果業務を円滑に進めることができるのであって、多数の音源が揃い、それが整理されていること自体に高い価値がある(甲17、47)。
 音響効果業務を遂行するには、上記のとおり多数の音源が必要であるが、その業務をクライアントの要求する短い制作期間内に円滑に進めるためには、音源を使用しやすいように整理しまとめて保存したファイル(音ネタ帳)が不可欠であるというのが、音響効果業界に身を置く者の常である(甲18、46、47)。
(エ)クライアントの要求する短い制作期間内に音響効果業務をこなしていくにあたっては音ネタ帳を作成して手許に置いておく必要があるところ、音ネタ帳を作成するには、既に音響効果業務に使用する多数の音源を保有しているとの前提でも、収集した音源を適切に分類して保存する作業を終えるには1年以上かかるのが通例である。音源をゼロから集めるとなると、業務で使用できるレベルの音ネタ帳を完成させるまでにはさらに膨大な時間が必要である(甲18、46、47)。
 一審被告は、「●●●●●」及び「●●●●」のレギュラー作品を在職時から継続して受託しているところ、「●●●●●」も「●●●●」も、一審被告退職から現在まで毎週放映が続いている作品である。そうすると、一審被告は、退職時点で少なくとも2本のレギュラー作品に継続して従事することを想定していたのであるから、少なくともこの2作品の業務に従事しながら、膨大な音源を収集・分類し保存する作業を要する音ネタ帳を平行して作成することは極めて困難なこともまた退職時点で想定されていた。
(オ)本件係争場面の作品の音響効果業務を一審被告に委託している音響制作会社は、全て一審原告在籍時からの顧客である。
 音響制作会社は、音響効果技師が会社を退職しても、同様のレベルの業務(質だけでなく、使用する音源も同様のレベル)を当然の前提として当該音響効果技師に業務を委託するのであるが、一審被告も、そのような委託先の音響制作会社の要求レベルに応ずるため、一審原告在職時に使っていた音源を使用して業務を受けざるを得なかったことは容易に認定することができる。
(カ)一審被告が、実際に一審原告から持ち出した音を退職後の他の業務で不正に使用したことは、一審被告も認めるところである。すなわち、「●●●●●」において使用していた「朝の雀6mmテープ」を、「●●●●●●●●●」において、一審原告の同意なく使用している(争いない事実)。
(キ)一審被告は、「HumaxPicturesHP-001」(HACSOUNDLIBRARY)、「FirstComPE-501」、「NASHSTUDIOMN-634」及び「NASHSTUDIONSE-603」については、知人の音響効果技師からコピーさせてもらったと主張し、原判決も、「その可能性があった」などとしてこの主張を容認している。
 しかし、音響効果会社及び音響効果技師が多数の音源を第三者からコピーさせてもらうということなどは、あり得ない。
 すなわち、音響効果会社や個人事業主たる音響効果技師は、自分が制作した音源のほかに、第三者から使用許諾を受けた音源を利用しているのが通例であるが、第三者から音源の使用許諾を受ける際には、必ず当該権利者との間で、コピーなどして第三者に譲渡しないことを約している(甲46、47、甲12、51の2ないし4)。
 一審被告が主張するような音源を第三者にコピーして譲渡するという行為は、音ネタの取得時にその使用許諾者と交わした譲渡禁止の約束に違反することであり、当然訴訟に発展するリスクや仕事の依頼者に迷惑をかけるリスクがある。したがって、音響効果会社ないし音響効果技師は、使用許諾契約を締結して取得した音源を第三者に譲渡するようなことをしないのは、あまりにも当然のことである(甲47、46)。実際にも、権利関係の処理をせずに第三者の音源を使用して業務を行っていたところ、それが判明したため続編作品からおろされたという事案がある(甲46)。こうなれば、信用は失墜し、将来の仕事の機会を失う可能性が極めて高まることになる。
(ク)一審被告が業務で使用する音源のうち、現在も第三者が権利を有し販売している音源については、長時間かけて権利者から使用許諾を受けて収集していくことは可能であるが、本件係争場面の作品における作業時期は、一審被告の退職時期と近接しており、業務に耐えうる膨大な量の音源を権利者から取得する時間的余裕がないのは明らかである。
(ケ)一審被告の退職は決して円満なものではなかったものであるから、一審被告が一審原告に対して悪感情を持って退職したことは想像するに難くなく、一審被告においては音源を持ち出すという一審原告への背信行為を行うことについての心理的抵抗や罪悪感による抑止は全く期待できない状況にあったというべきである。
(コ)一審被告が前記音ネタ帳や、「●●●●●●●●●●●●●」の音源を一審原告から持ち出していたことは証拠保全時に明らかになったのであるが、一審被告は、退職当時、当該アニメの業務に従事していた事実はないのであるから、一審被告が「●●●●●●●●●●●●●」等の音源だけを持ち出したと考えなければならないような合理的理由はない。したがって、一審被告が退職時に自己管理下の音源をそのまま持ち出した証左として取り扱うことには何らの支障もないというべきである。
(サ)また、一審被告の以下の言動は、音源を不正に持ち出した者の言い訳そのものであると評価することができる。
 一審被告は、証拠保全時に「申立人に在籍した間も現在も、申立人から取得したデータはありません。私が保管しているデータは、市販されているデータを購入したものか、若しくは業務上で付き合いのある●●●さんなどから譲渡されたものです。」と述べているが(甲3)、証拠保全時に前記「●●●●●●●●●●●●●」等の音源を保持していたことは、一審被告も認めるところであり(甲3)、明らかに虚偽を述べていたものである。
 一審被告は、証拠保全手続において、「●●●●●●●●●」、「●●●●●●●●●」及び「●●●●●●●●●●」のセッションデータについて、一審原告代理人に対し、任意で提出する旨約束した(甲3)。当該セッションデータのオーディオファイルを見れば、一審被告がいつ入手した音源を使用しているかが判明するはずであるのに、一審被告は、これらの提出をいまだ実行していない(甲30ないし32)。
 また、原審における一審被告本人尋問では、これらのセッションデータは自宅にあると裁判官に「話しました。」としながら、「自宅には、その作品はもうなかったです。」と矛盾した発言をし、さらに、自宅になかったが裁判官に自宅にあると言ったのか、という一審原告代理人からの質問に対し、「・・・記憶にないです。」と供述をめまぐるしく変遷させている。
(シ)証拠保全手続において一審被告が提出した音ネタ帳(甲3)は、データ量も少なく、しかも、音の内容・種類にも偏りがあり、これだけだと到底業務を行えないレベルであった(甲3、54)。おそらく、一審被告は、音ネタ帳として使っているファイルのうちの一つ(しかも分量が少ないファイル)のみを提出したものと考えられる。
 さらに、一審被告提出の音ネタ帳をチェックすると、一審被告が使用しやすいところに「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデータが入っており、これからみると、同セッションデータのオーディオファイルも音ネタ帳の一部として使用していたと考えられるが、そのオーディオファイルに含まれる音源も1万4395個にすぎず、まだ音響効果業務の使用に耐える音ネタ帳としては不十分であった。
 また、本件係争場面の音源については、いずれのファイルにも含まれていないものが存在しており、このことのみからも一審被告は証拠保全時に開示しなかった別の音ネタ帳を保有していたことが明らかである。
 このように、一審被告が退職時に自己管理下の音源データを全て持ち出したという事実と証拠保全時の発見状況には何ら矛盾はなく、十分に整合的なのである。
(ス)以上のとおりであるから、一審被告が退職時に持ち出したのは「●●●●●●●●●●●●●」等音源だけではなく、一審被告は退職時に自身が管理する音源一切をまとめて持ち出したものであることは明白というべきである。
(2)本件各係争場面における各音源の使用の事実について
ア 「拳銃コミック6mmテープ」の音について
 一審被告は、「●●●●●●●●●」には自ら入手した「サウン道」CDの音を使用したと主張し、原審における一審被告本人尋問中では、「サウン道」というCDが市販されており、それを買ったと供述しているが、いつ頃買ったかについては記憶しているのに(退職した直前の9月、10月)、どこで買ったかは「忘れました」「どっか地方の店だったと思います」等とあいまいな供述に終始している。一審被告が本件係争場面で使用している「拳銃コミックテープ6mm」の音については、一審被告がその入手経路について合理的説明をしたとは到底いえないことから、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定されるべきである。
イ 「HumaxPicturesHP-001」の音について
 本件係争場面において、一審原告は、一審原告の保有する「HumaxPicturesHP-001」の使用を主張しているところ、一審被告は、「HACSOUNDLIBRARY」の音源を使用したと主張する。
 一審被告は、当該音源について、第三者からコピーさせてもらったとしつつ、その具体的な入手経路は一切明らかにしない。
 一審被告の主張を前提とすれば、誰から取得したかを明言しても、特にそのコピーをさせた者に迷惑をかけるということはないのであり、不自然な弁解というほかない。
 以上のとおりであるから、一審被告が本件係争場面で使用している「HumaxPicturesHP-001」ないし「HACSOUNDLIBRARY」の音について、一審被告が入手経路について合理的説明をしたとは到底いえず、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定すべきである。
ウ 「VIDEOHELPERNOISE&DRONES」の音について
 一審被告は、本件係争場面のうち「VIDEOHELPERNOISE&DRONES」使用箇所について、「noisegeneratorDISC2」98トラックを使用したものであり、「noisegeneratorDISC2」のCDは自身で購入したものだと主張する(乙20)。
 一審原告は、「VIDEOHELPERNOISE&DRONES」と「noisegeneratorDISC2」98トラックの音源が、同一の音であることについて争わない。その上で、一審原告は、一審原告が20年程度前から「noisegeneratorDISC2」を保有していることから(甲52、54)、本件係争場面の音については、一審被告が、一審原告保有の「VIDEOHELPERNOISE&DRONES」もしくは「noisegeneratorDISC2」の音源を持ち出し使用したものであり、いずれにせよ本件合意に違反していると主張するものである。
 一審被告が、「VIDEOHELPERNOISE&DRONES」を購入していないことは、同音源の販売代理店からの聴取により既に判明している(甲13、16)。また、一審被告は、「noisegeneratorDISC2」の入手経路について、平成29年(2017年)8月ないし9月頃に購入したCDと述べるだけで、明確な主張をしない。個人事業主である音響効果技師が音響効果用CDを購入すればその費用は経費計上すべきものであるのに、一審被告からは、当該CD購入の領収書をはじめとする入手の時期や金額を証明する証拠の提出はない。
 以上のことから、一審被告が本件係争場面で使用している「VIDEOHELPERNOISE&DRONES」もしくは「noisegeneratorDISC2」の音源について、一審被告が入手経路について合理的説明をしたとは到底いえず、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定すべきである。
エ 「FirstComPE-501」の音について
 一審被告は、当該音源の入手経路について、「知人から。」と回答しながら、続けて、「そういう人たちっていっぱい持っているんですね。音楽CDみたいなかたちで持っていると思うんです。」と供述している。この供述を素直に観察した場合、一審被告は、当該音源について実際に知人から入手したという事実がないからこそ、つい推測の表現を用いてしまったというのが自然な評価であるといえる。
 また、当該音源の入手時期について「これは10月、11月ぐらいでしょうか。」と質問に質問を返す形での曖昧な返答を行っている。このように、一審被告は当該音源の入手経路について合理的な説明をしたとは到底いえず、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定すべきである。
オ 「NASHSTUDIOMN-634」及び「NASHSTUDIONSE-603」の音について
 一審被告が本件係争場面を担当している当時、ナッシュスタジオは一審被告ないしその家族に対し、「NASHSTUDIOMN-634」及び「NASHSTUDIONSE-603」の使用許諾をしたことはない(甲11・2頁)。
 一審被告は、当該音源について、「最初は知人からオーソドックスなものはコピーさせてもらって、後半はもう自分でナッシュと契約して買いました。」と述べ、その知人の氏名はここでも明らかにしていない。
 ナッシュスタジオの音源については、同社において契約関係や各利用者のダウンロード状況など厳重に管理されており、第三者から取得することは不可能な状態にある(甲51)。一審被告のここでの入手経路についての説明も、極めて不合理であって信用性がない。
 一審被告(契約名義人はその妻)とナッシュスタジオとの契約は、平成29年12月15日から平成30年5月27日までが一曲・一音毎の単体の購入の契約であり、平成30年7月10日以降がフルセレクト契約(一定額を支払うことにより、期間内は決められた音源数まで自由に使用してよいという契約・甲51の1・2頁)であるが(甲15)、いずれの契約も、第三者への譲渡禁止等を含む上記内容が定められている(甲51の2、51の4)。したがって、一審被告は、ナッシュスタジオとの契約上、同社の音源を第三者に譲渡等してはいけないことを十分理解して契約したはずであり、また、ナッシュスタジオの音源が違法に出回っていないことについてよく知っているはずである。
 さらに、ナッシュスタジオは、契約者と権利関係に争いが生じた場合に備えるとともに、年間使用音源数の上限を定めていた契約における契約者の使用音源数の把握・管理のため、各契約者がいつ、どの音源を購入したのかについて、細かく履歴を残して管理している(甲51の1ないし4)。このように厳格に管理されている音源を、契約者が第三者に気軽に譲渡するはずはないのである。
 したがって、一審被告が本件係争場面で使用している「NASHSTUDIOMN-634」及び「NASHSTUDIONSE-603」の音について、一審被告が入手経路について合理的説明をしたとは到底いえず、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定されるべきである。
〔一審被告の主張〕
(1)争点1−1(本件合意により持ち出し等が禁止されたものの内容)について
ア 原判決は、@証人B(以下「B’」という。)は、本件合意書を作成するにあたって、一審被告に対し、持ち出し禁止の対象は一審原告が保有していた全ての音源だと説明した旨を証言すること、A一審被告も、一審被告本人尋問において、一審原告を退職するに当たって、一審原告から一審原告が保有していた音源については持ち出しが一切禁止されており、これを使用してはならない旨の説明を受け、これを認識していた旨供述すること、という2点に言及し、これらを理由に、B本件合意における持ち出し(及び使用)の禁止の対象は、一審原告が保有する全ての音源である旨を認定した。
 しかし、以下のとおり、@の証言には信用性が何ら認められず、かつ、Aは事実誤認である。また、@とAからBを導く判断にも誤りがある。
 上記@の証言については、反対尋問において、B’は、一転して異なる証言をしており、B’の同証言には明らかに信用性がない。すなわち、一審被告代理人が、本件合意書3条に記載の「甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使用許諾権を受けた音源」の「著作権使用許諾権」とはサブライセンスを与えることのできる権利かと訊いたところ、B’は、「著作物と同じような取扱いをしていますので、そういう考えです。」と証言した。重要な点であるため、一審被告代理人がこれを念押ししたところ、B’は、再び、「この音源を使用許諾することができる権利」だと明言している。
 そうだとすれば、「甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使用許諾権を受けた音源」とは、一審原告が著作権や著作隣接権を有する音源といった意味になり、主尋問でのB’の証言とは食い違う。
 したがって、「甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使用許諾権を受けた音源」の意味を面談で一審被告に説明したというB’の供述は信用性が認められない。
 一審被告は、面談においてB’は本件合意書の条項を読み上げるだけであり条項の意味を説明することはなかったこと、そのため「甲が著作権を保有しまたは著作権使用許諾権を受けた音源」の意味についても説明を受けていないこと、その意味内容は不明であること、本件合意書上の「著作権」の意味についても説明を受けていないこと、「著作権」とは著作権協会のようなところで受理されて発生するようなものと認識していることを供述している。主尋問だけでなく、一審原告代理人による反対尋問においても、これらの供述は一貫している。
 したがって、面談において、B’は本件合意書の条項を読み上げるだけであり「甲が著作権を保有しまたは著作権使用許諾権を受けた音源」を含む条項の意味を説明していないこと、「著作権」の意味についても説明をしていないこと、そのため、一審被告は「甲が著作権を保有しまたは著作権使用許諾権を受けた音源」について具体的な認識をしていなかったことが認められる。
 以上のとおり、B’の@の証言は、何ら信用性が認められないものであり、これを事実認定の資料とすることはできない。
 一審被告は、平成29年(2017年)8月に一審原告を退職することが決まった際に、一審原告代表者のCやDから、「退職の際にはハードディスクやCDを事務所に置いて行くように」と強く言われていた。そのため、同年11月、退職するにあたり、一審被告は、ハードディスクやCDを事務所に置いていった。一審被告は、原審における本人尋問でこのことを述べたにすぎないのであり、原判決がいう「音源(レコード)の持ち出しが一切禁止されており、音源を持ち出して使用してはならない旨の説明を受け、これを認識していた」と供述したものではない。あくまで「有体物であるハードディスクやCDを置いて行くように言われていたので、置いていった」というものである。したがって、一審被告の供述は、本件合意書の内容とは無関係である。原判決は、一審被告の供述の趣旨を取り違えてしまっており、Aは事実誤認である。
 上記のとおり、@のB’の証言には信用性が何ら認められないため事実認定の資料とすることはできず、また、一審被告はAの趣旨の供述をしていないから、Bの結論を導き出す前提を欠くものである。原判決の認定は誤りである。
イ このように、本件合意書作成に係る面談において、B’が一審被告に対し本件合意書の対象となる音源について説明したという事実もないし、また、一審被告が一審原告保有音源については持ち出して使用してはならない旨の説明を受けこれを認識していたという事実もない。そのため、本件合意書による合意の対象は、文字どおり、一審原告が「著作権を有する音源」または「著作権使用許諾を受けた音源」であり、「著作権」は、法文通り、著作権法21条ないし28条所定の各権利を意味することになる。
(2)争点1−2(一審被告が一審原告の音源を持ち出して使用したか)のうち、争点1−2(1)の「朝の雀6mmテープ」について
 一審被告は、一審原告在職中、「朝の雀6mmテープ」の音源を「●●●●●」の音響効果制作業務で使っていた。そのため、必然的に、一審被告が一審原告在職中に制作した「●●●●●」のプロジェクトファイルには「朝の雀6mmテープ」の音源が含まれている。一審被告は、一審原告の承諾の上、一審原告退職後も「●●●●●」を引き続き担当することとなった。一審原告退職後に一審被告が「●●●●●」を引き続き担当するには、一審原告在職中に制作した「●●●●●」のプロジェクトファイルを複製することが必須である。
 そうすると、一審原告は、一審原告退職後も一審被告が「●●●●●」を引き続き担当することを承諾した以上、一審被告が一審原告在職中に制作した「●●●●●」のプロジェクトファイルを複製することも黙示的に承諾していたものと認められる。
 そこで、一審被告は、一審原告を退職するにあたり、一審原告在職中に制作した「●●●●●」のプロジェクトファイルを複製し、退職後もこれを保管していた。一審被告は、このプロジェクトファイルに含まれる「朝の雀6mmテープ」の音源を使用したものである。
 したがって、一審被告の「朝の雀6mmテープ」の音源の使用は、本件合意に抵触しない。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、一審原告の請求は、原判決主文第1項掲記の限度で認容すべきであり、その余は棄却すべきものと判断する。その理由は、当審における当事者の主張も踏まえ、次のとおり補正し、後記2、3のとおり当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第3(原判決6頁9行目ないし12頁2行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
(1)原判決6頁10行目の冒頭から同頁19行目の末尾までを次のとおり改める。
「(1)本件合意書の9条1項には、『甲が著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源を使用し、持ち出しては』ならないとし、同条4項には、これに違反して『甲が著作権を保有しまたは著作権使用許諾を受けた音源を使用した場合』について、『使用した1音源あたり金50万円』を損害賠償として支払う旨が定められているところ、本件合意書には、著作権等の文言に関連して、前記第2の2(10)のとおり、3条、7条1項A、8条5項にも定めがある。このうち8条5項は、著作権法27条及び28条を挙げて、委託業務の対価に含まれる著作権譲渡の範囲を規定し、その有償譲渡に伴う著作者人格権不行使についても規定しており、著作権法の条文を明確にして、譲渡に伴う著作権処理についての定めがされている。そうすると、本件合意書における著作権等の意味については、これら条項を通じ、文字どおり著作権法にいう著作権等をいうものと解するのが自然である。
 そして、本件合意に当たり、B’と一審被告とは、平成29年9月11日及び同年10月30日に、それぞれ1時間半ほどの面談を2度にわたり行い(証人B’の原審における尋問調書7頁、甲38)、本件合意書は、当初の面談時の合意書案とは異なるものとして2度目の面談で提示され、そこにおいて各条項を読み上げた上で(甲38)、一審原告と一審被告との間で合意に至った内容について、記載されたものである。
 そうすると、本件合意書の9条1項に係る合意は、その文言のとおり、一審原告が著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源についてされたと解されるものであり、これを、著作権の有無にかかわらず、一審原告が保有する音源の全てを指すものと解すべき明確な根拠は存しないというべきである。
 しかも、『音源』とされるものには、例えばビンタの音など極めて短時間でオリジナリティーに乏しいものも含まれる(甲11、17)とするところ、このことも勘案すると、本件合意書の9条4項に定められた同条1項の違反についての損害賠償額の予定である、期間の定めもなく侵害の態様や回数を問わずに、使用した1音源当たり50万円とすることについては、相当に広範かつ高額の定めであるということができる。さらに、同項ただし書には、当該違反行為により一審原告にさらに損害が生じた場合には、その損害についても賠償する旨の定めも置かれているところであるから、契約書等における明確な根拠もなく、損害賠償額の予定等が定められた債務の内容につき、契約の文言とは異なる解釈をすることはできないというべきである。
 そして、一審原告の音響効果業務で使用される環境音や効果音等の音源データは、一審原告の社員が独自に制作・収集したり、音源を制作した会社等から買い取ったり期限を定めて使用許諾を受けたりといった方法により収集されたもの(甲10)であることを踏まえると、本件合意書9条1項にいう『著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源』とは、@一審原告社内の録音ブースで音を制作したり、屋外や屋内で収音マイクを使用して音を集めたりするなどして制作され、一審原告が著作権を有するもの、A音源について著作権を有する会社又は個人から使用許諾を受け、半永久的あるいは一定期間の使用許諾を一審原告が得たものをいうと解される。
(2)これに対し、一審原告は、本件合意書9条1項にいう『著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源』については、著作権の有無にかかわらず、一審原告が保有する全ての音源を指すものであると主張する。
 しかし、一審被告はこれを否定しているところであり、B’も、本件合意書締結に向けての2度の面談において、一審原告の上記立場を説明したとはするものの、これについて一審被告が明確に同意した旨を証言等するものではない(原審におけるB’の尋問調書、甲38(B’の陳述書))。また、一審被告が退職に当たり一審原告のもとにおいて使用した音源データの全てを返却したとすることについて、仮にB’と一審被告との間で、一審原告が著作権を保有し、又は著作権使用許諾を受けた音源に限らず、一審原告在職中に一審被告が取得した音源のデータの全てを返却する旨の合意ができた事実に基づくものとしても、これは本件合意書3条に基づく平成29年12月末日と8条の業務終了日のいずれか早い方までの音源のデータの返却についてのものであり、これにより直ちに、本件合意書9条4項の、その使用につき損害賠償義務の発生する音源の対象についても、上記同旨の合意ができたものとすることはできない。
 さらに、一審原告の主張するように、本件合意書9条についても、その著作権との文言にかかわらず、一審原告の保有する全ての音源を指すものとして当事者間に合意が成立したのであれば、その旨を本件合意書に加筆するか訂正をすればよく、この点、一審原告においても、音源について著作権法上の著作権が成立するか分からないものが含まれていることを明確に認識していたのであるから(原審における証人B’の尋問調書)、なおさら、そのようにするのが自然であるということができる。現に、本件合意書の作成日付けについては、手書きで訂正がされ、その上に各当事者の押印がされているところである(甲1)。このような加筆訂正等がされていないことは、そのような合意が存しないことをうかがわせるものである。そもそも一審原告においても、本件訴え提起の段階においては、本件合意9条4項の、一審原告が『著作権を保有しまたは著作権使用許諾を受けた音源』とは、@一審原告がレコード製作者の権利を有するもの、A一審原告が著作権を有するもの、B一審原告が音の使用につき権利を有する者から使用の許諾を受けたもの(当該音が著作物であればその著作権を有する者及びレコード製作者の権利を有する者から、効果音等著作物性が明確でないものについてはレコード製作者の権利を有する者から許諾を受けるなどして使用が可能となったもの)、の『@からBを指していることは容易に理解できる』(訴状2ないし4頁)と主張していたところであり、一審原告が保有する全ての音源を指すなどとは主張していなかったものである。
 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。」
(2)原判決8頁5行目の「6mm」を「6mm」に改め、同8頁15行目の末尾の次を改行して「加えて、『拳銃コミック6mmテープ』について、一審原告がレコード製作者の権利を有する旨の主張については後記5のとおりであるところ、その他にも、一審原告は、関連する著作権の譲渡を受けた旨を主張し(原審における一審原告準備書面(1)(令和3年12月17日付け)1頁)、証人A’は使用許諾を受けたものである旨を証言するところ(原審における証人A’の尋問調書23頁)、これらいずれについてもその裏付けとなる証拠は提出されておらず、一審原告において、その音源についての著作権ないし使用許諾を受けたものとして本件合意書9条1項に該当する旨についての立証もないというべきである。」を加える。
(3)原判決9頁2行目の「うかがえ」を「うかがえるほか、『HACSOUNDLIBRARY』自体も相当に出回っている音源であることが認められ(乙19)」と改める。
(4)原判決9頁12行目の末尾の次を改行して「加えて、『noisegeneratorDISC2』自体、容易に入手可能であることも認められる(乙27)上に、仮に一審原告の主張するように、一審原告保有に係る『VIDEOHELPERNOISE&DRONES』又は『noisegeneratorDISC2』の音源が使用されたとしても、前記1(1)のとおりの本件合意9条4項の対象となる音源についての理解からすれば、同合意の対象となる音源であるものと直ちにはいえないから、本件合意に反する音源の使用についての立証がされたものとはいえないというべきである。」を加える。
(5)原判決9頁25行目から同頁26行目の「一般に販売されており」を「一般に販売されている効果音の音源であり」と改める。
(6)原判決10頁1行目の「6,7」の次に「、28、32」を加え、同頁19行目の「被告が原告から持ち出した」を「一審被告が本件合意書9条3項に違反して、一審原告が著作権を保有しまたは著作権使用許諾を受けた音源を使用した」と改める。
(7)原判決11頁1行目の「その額」から同頁2行目の「また、」までを削り、同頁4行目の「ない」を「なく、前記のとおり、その使用が債務不履行に当たるものとして損害賠償額の予定がされた音源についても、一審原告において著作権を有するか使用許諾を受けている音源とされている」と改める。
2 当審における一審原告の主張に対する判断
(1)一審原告は、前記第3の3〔一審原告の主張〕(1)のとおり、一審被告による一審原告の音源の持出しがあり、これらにつき本件係争場面における一審被告の使用を認定すべきである旨を主張する。
 しかし、本件係争場面における使用が問題となった音源は、証拠保全の検証の現場において、いずれも一審被告のもとから発見されず、証拠保全において検証の対象とされた「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデータも、一審原告の主張するとおり、放送回数ごとに整理された状態で置かれたもので、音源の種類ごとに編集されたものではなく、補正の上で引用した原判決第2の2(7)のとおり、「●●●●●●●●●●●●●」の第3作その他の作品の音源として使用された事実も認められない。一審原告の主張するとおり、「●●●●●●●●●」、「●●●●●●●●●●●」及び「●●●●●●●●●」のセッションデータが一審被告から一審原告代理人等に提出等されていれば、これらに使用された音源の出所はより明らかになったとは解されるものの、これらで使用されたとする音源が、検証の対象とされた一審被告が作業場所で使用する音ネタ帳等から発見されることもなく、検証の現場で発見された音ネタ帳やセッションデータの音源について、本件合意に反する使用の事実が立証されたものでもない。これらの事実に加え、補正の上で引用した原判決第3の2(2)によれば、本件合意書9条4項の対象となる音源の使用の事実は認められない。
 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
(2)一審原告は、前記第3の3〔一審原告の主張〕(2)のとおり、本件係争場面で使用された音源は本件合意書9条1項で使用が禁止された音源である旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第3の2(2)のとおり、一審被告が使用したとする音源は、一審原告の主張に反し、いずれも一般に出回っていたり購入が可能なものであって、これらを使用したとする一審被告の供述を一概に排斥できるものでもないから、本件係争場面における本件合意に反する音源の使用の事実の立証がされたものとは認められないというべきである。
 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
3 当審における一審被告の主張に対する判断
(1)一審被告は、前記第3の3〔一審被告の主張〕(1)のとおり、本件合意書9条1項の対象となる音源につき、一審原告が著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源である旨を主張する。
 この点については、前記1(1)のとおり、本件合意書9条1項の対象となる音源につき、一審原告が著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源であるところ、その具体的内容については、補正の上で引用した原判決第3の1(1)@及びAのとおりであると認められるところであり、本件係争場面における本件合意に反する使用の事実が認められない以上、一審被告の上記主張については、それ以上の判断を要しない。
(2)一審被告は、前記第3の3〔一審被告の主張〕(2)のとおり、「朝の雀6mmテープ」の使用について、一審原告から黙示の承諾を受けた音源である旨を主張する。
 しかし、補正の上で引用した原判決第2の2(3)及び第3の2(1)のとおり、「朝の雀6mmテープ」に関しては、本件合意書9条1項で禁止の対象となる持ち出しに該当し、これについて、補正の上で引用した原判決第3の3、4及び6のとおり、その違反に基づき一審原告に対し50万円の損害賠償を支払うべきこととなる。
 したがって、一審被告の上記主張は採用することができない。
4 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の請求は、原判決主文第1項掲記の限度で認容すべきであり、その余は棄却すべきものである。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 水野正則
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