判例全文 | ||
【事件名】新聞記事の見出し事件 【年月日】令和6年1月24日 東京地裁 令和4年(ワ)第70079号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年11月27日) 判決 原告 A 同訴訟代理人弁護士 神原元 被告 株式会社デイリースポーツ 同訴訟代理人弁護士 中川勘太 同 中澤孟也 主文 1 被告は、原告に対し、22万円及びこれに対する令和4年7月9日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の、その余を被告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、220万円及びこれに対する令和4年7月9日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、原告が、被告の運営する情報サイトに被告が配信した記事により、@原告の名誉が毀損され、A原告が投稿したツイートに係る著作権(公衆送信権)が侵害され、B原告の名誉声望保持権が侵害されたと主張して、被告に対し、不法行為(民法709条及び710条)に基づき、損害金合計220万円及びこれに対する令和4年7月9日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、主に10代の女性の自立支援を行っている社会活動家である。 イ 被告は、総合情報サイト「よろず〜」(以下「本件情報サイト」という。)を運営している。 (2)原告によるツイートの投稿 原告は、令和4年7月8日、短文投稿サイトの「Twitter」(以下「ツイッター」という。)に、次のアないしウのとおり投稿した(以下、原告による各投稿を、順次「本件ツイート@」、「本件ツイートA」などといい、これらを併せて「本件各ツイート」という。)。 ア 本件ツイート@ 「暴力を許さず抵抗する活動を私も続けているが、今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治であって、自民党政権ではないか。敵を作り、排他主義で、都合の悪いことは隠して口封じをし、それを苦にして自死した人がいても自身の暴力性に向き合わなかったことはなくならない。」 イ 本件ツイートA 「弱い立場にある人を追いやり、たくさんの人を死にまで追い詰める政治を続けてきた責任は変わらない。「誰の命も等しく大切」と多くの人が言う今、人の命の重さは等しくないんだなと感じさせられてしまう。」 ウ 本件ツイートB 「参議院選ではそういう社会を変えるために活動する人や政党に投票したいが、どの政党も女の人権は後回し。家やお金や頼れるつながりがなく、賃金も安く社会構造の中で性売買に追いやられる女性の人権より、女の性を商品化する業者や買う側の「権利」を守ろうとする人が複数の野党から出ていて絶望する。」 (3)被告による記事の配信 被告は、令和4年7月9日午前11時43分、本件情報サイトに、「活動家・A氏、射殺されたB氏は”自業自得”と主張参院選での「女性の権利」軽視にも怒り」という見出し(以下「本件見出し」という。)で、別紙記事目録記載の内容の記事(以下「本件記事」という。)を配信した。本件記事には、本件ツイートA冒頭の「弱い」の語を除き、本件各ツイートの全文が引用されていた。 被告は、原告から本件見出し及び本件記事の削除の要請を受け、遅くとも同日午後4時頃には、本件見出しを「活動家・A氏、射殺されたB氏は『B政治が原因』と主張」と変更した(弁論の全趣旨)。 3 争点 (1)名誉毀損について ア 名誉毀損の成否(争点1) イ 違法性阻却事由又は責任阻却事由の有無(争点2) (2)著作権侵害及び著作者人格権侵害について ア 本件各ツイートの著作物性(争点3) イ 原告の黙示の承諾の有無(争点4) ウ 引用の抗弁の成否(争点5) エ 時事の事件の報道のための利用の抗弁の成否(争点6) オ 名誉声望保持権侵害の成否(争点7) (3)損害発生の有無及び損害額(争点8) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(名誉毀損の成否)について (原告の主張) 被告は、本件見出しを付した上、本件記事を配信したものであるところ、あえて「“”」という記号(以下「ダブルミニュート」という。)を用いることにより、同記号内の語句である「自業自得」の特別な意味、すなわち、「悪事を行った者が報いを受けるのは当然でありその報いを甘受すべきである」という意味を強調した。 また、本件見出し中の「主張」という語句は、「強く言い張る、強い調子で言い続ける」という意味を有しており、一般読者に対し、原告が強い感情を表し冷静さを欠いていると印象付けるために選択された語句であるから、一般読者は、なおさら、原告が、B元首相(以下「B元首相」という。)が射殺されたことについて「悪事を行った者が報いを受けるのは当然であり、その報いを甘受すべきである」と述べたという意味と理解するといえる。 そうすると、本件見出しは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告が、自身の発言の中で、B元首相が射殺されたことを「自業自得」である、すなわち、B元首相が射殺されるのは当然の報いであり、その結果を甘受すべきである旨を述べたという事実を摘示するものといえる。 これは、原告が、殺人事件の被害者を非難するという、良識と倫理観が欠如した人物であるという印象を一般読者に与えるもので、原告の社会的評価を低下させるものである。実際に、本件見出し及び本件記事の配信後、原告に対して、「残酷な事件で銃殺された被害者に『自業自得』などと吐き捨てるような活動家・A氏の人間性は破綻してるとしか思えません。」、「こう言う奴が『女性の権利』とか言ってしまってるからなかなか世の中が変わらないのでは無いのではないのか。それこそ自業自得であり…」などといったツイートが投稿されていることからも、一般読者が、本件見出しを見て、原告が、B元首相が射殺されるのは当然の報いであり、その結果を甘受すべきである旨を述べたとの事実を摘示していると捉えたことがうかがわれる。このことからも、本件見出し及び本件記事の配信により原告の社会的評価が低下したことが裏付けられるといえる。 (被告の主張) 本件見出し及び本件記事の一般読者は、通常、本件見出しのみならず本件記事の内容も通読するから、原告が述べた内容は本件記事に引用された本件各ツイートの内容であり、本件見出しは本件記事の配信者がつけた要約である旨理解する。したがって、本件見出し及び本件記事が摘示する事実は、原告が本件各ツイートを投稿した事実であり、原告が、B元首相が射殺されたことを「自業自得」と述べた事実を摘示するものではない。 仮に、原告が「自業自得」と述べた事実が摘示されていたとしても、本件ツイート@における「今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治であって」という内容は、まさにB元首相が射殺されたことは、B元首相自身の政権運営の結果であるという意味にすぎないから、「射殺されたB氏は”自業自得”と主張」との見出しは、本件ツイート@の要約として適切なものである。したがって、本件見出し及び本件記事の配信により原告の社会的評価が低下したとはいえない。 これに対し、原告は、「自業自得」は「当然の報い」や「報いを甘受すべき」といった価値判断を含んだ意味であると主張するが、「自業自得」とは、自分のした行為の結果を自分の身に受けるという意味であり、原告が主張するような価値判断や主観的評価を述べているとまでは解されない。 また、原告は、本件見出しにダブルミニュートが用いられているのは、「自業自得」という言葉に特別の意味を持たせるためであるなどと主張するが、記事内容を要約する用語を見出しに用いる場合に、ダブルミニュートを使うことは一般的であり、「自業自得」という言葉に特別の意味を持たせたものではない。 さらに、原告は、本件見出しに「主張」の語句が選択されたことにより、一般読者に対し、原告が強い感情を表しており冷静さを失っているという印象を与え、一般読者は、なおさら、原告が「悪事を行ったものが報いを受けるのは当然であり、その報いを甘受すべきである」と述べたという意味と理解すると主張するが、一般読者は、「主張」という語句から、原告が強い感情を表しているとか冷静さを欠いていると理解することはない。 以上によれば、原告の主張は理由がない。 2 争点2(違法性阻却事由又は責任阻却事由の有無)について (被告の主張) (1)違法性阻却事由について 前記1(被告の主張)のとおり、本件見出しは本件ツイート@の要約として適切なものであるから、本件見出し及び本件記事により摘示された事実は真実である。 また、被告は、B元首相の射殺事件に関する、政治的活動を行う原告の、政治的主張の内容という公共の利害に関する事実を、もっぱら公益を図る目的で報道している。 (2)責任阻却事由について 仮に、本件見出しが本件ツイート@の要約として適切なものではないと判断されたとしても、「自業自得」という用語は、公刊されている辞書において、「自分の行いの結果を自分の身に受けること」を指すものと解説されているから、被告には、「自業自得」という言葉の意味をそのような意味と理解することに相当な理由があったといえ、原告の名誉を毀損したことにつき故意又は過失が認められない。 (原告の主張) (1)違法性阻却事由について前記1(原告の主張)のとおり、本件記事は、原告が、B元首相が射殺されるのは当然の報いであり、B元首相は射殺という結果を甘受すべきであると主張したとの事実を摘示するものであるところ、原告は、本件各ツイートにおいて、B元首相が射殺されるのは当然の報いであるとか、その結果を甘受すべきであるとまで述べていないから、上記摘示事実は、真実であるとはいえない。 (2)責任阻却事由について 本件記事は、「自業自得」という扇情的な表現をあえて使用し、ダブルミニュートをつけて一般読者に強い印象を与える工夫を凝らし、B元首相が射殺されて国民が悲嘆に暮れている時期を選んで、あたかも原告が、B元首相が射殺されるのは当然の報いであり、B元首相は射殺という結果を甘受すべきであると主張したかのような印象操作を行っているから、真実相当性は認められない。 3 争点3(本件各ツイートの著作物性)について (原告の主張) (1)本件各ツイートは、B元首相による政権について、「敵を作り、排他主義で、都合の悪いことは隠して口封じをし、それを苦にして自死した人がいても自身の暴力性に向き合わなかった」と表現し(本件ツイート@)、現代の社会について「今、人の命の重さは等しくないんだなと感じさせられてしまう」等との表現(本件ツイートA)を含むものであり、全体として、原告の思想と感情を表現したもので、かつ、創作性が認められる言語の著作物といえる。 (2)被告は、本件各ツイートがありふれた表現であるから創作性が認められないと主張するが、例えば、「暴力を許さず抵抗する活動を私も続けているが、今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治」(本件ツイート@)との表現や、「家やお金や頼れるつながりがなく、賃金も安く社会構造の中で性売買に追いやられる女性の人権より、女の性を商品化する業者や買う側の「権利」を守ろうとする人が複数の野党から出ていて絶望する」(本件ツイートB)との表現は、他に例がなく、原告の顕著な個性と創作性が認められるから、被告の主張は理由がない。 (被告の主張) 本件各ツイートの「敵を作る」、「排他主義」、「都合の悪いことは口封じ」、「自身の暴力性に向き合わない」といった表現は、いずれも政治を批判する際に一般的に用いられるありふれた表現であり、創作性は認められない。 また、人の命の重要性を「重さ」に例えることも、一般的にみられる慣用表現であり、創作性は認められない。 したがって、本件各ツイートは、著作権法2条1項1号の創作性の要件を満たしていないから、著作物に当たらない。 4 争点4(原告の黙示の承諾の有無)について (被告の主張) (1)本件各ツイートは、ツイッター上で投稿されているものであるところ、ツイッターは、他人の投稿をその者の承諾を得ずに自身のアカウントで拡散する機能等を備えているから、ツイッター利用者は、自身の投稿が他のアカウントで拡散されることを当然に予測しているといえる。 また、ツイッター等のソーシャルネットワークサービスでの投稿をネットニュースで配信することも広く行われているから、ツイッター利用者は、自身の投稿がニュース記事で引用されることも当然に予測しているといえる。 そして、原告は、本件各ツイートを、非公開設定することなくツイッター上で投稿しているのであるから、原告は、本件各ツイートがネットニュースで利用されることを包括的に承諾していたといえる。 (2)原告は、原告が本件各ツイートを利用して新たな著作物が創造されることまでは同意していたとはいえない旨主張するが、原告が被侵害利益として主張しているのは公衆送信権であるところ、公衆送信権とは、公衆によって直接受信されることを目的として送信を行うことをいうのであるから、送信の際に新たな著作物が創造されたか否かは(二次的著作物の創作による翻案権侵害等を問題とするのであれば別論として)、公衆送信権侵害の成否とは関係がない。 したがって、原告の反論は理由がない。 (原告の主張) 原告がツイッターでの投稿において黙示的に同意しているのは、原告の投稿がそのままツイッター上で広く拡散されることのみであり、原告の投稿を利用して新たな著作物が創造されることまでは予想していない。 本件においても、本件記事は、本件各ツイートをそのままSNS上で拡散しているものではなく、本件各ツイートに独自の見出しを付して新たな著作物を創造しているものであり、原告の黙示の承諾の範囲を超えている。 したがって、被告の主張に理由はない。 5 争点5(引用の抗弁の成否)について (被告の主張) (1)本件記事は、本件各ツイートの投稿を報じるために引用したものである。インターネット上の報道において、著名人のSNSにおける投稿を引用することは一般的にみられる事柄であって公正な慣行に合致する。 また、本件においては、本件各ツイートの一部を抜粋ないし要約して記載すると、内容が歪曲され不正確となりかねなかったから、本件各ツイートの内容を正確に伝えるため、本件各ツイートを全文引用したものであり、本件記事における本件各ツイートの利用は、正当な範囲内での引用といえる。 したがって、本件記事における本件各ツイートの利用は、引用(著作権法32条1項)に当たる。 (2)原告は、引用が成立するためには主従関係(引用して利用する著作物が主、引用して利用される著作物が従の関係にあること)が必要であり、本件各ツイートの引用部分は本件記事の7割を占めており、主従関係の要件を満たさないと主張するが、著作権法32条1項の文言上主従関係は必ずしも要件として要求されているとは解されないし、仮に、同要件を満たす必要があり、文字数を比較するとしても、本件記事は全体の文字数が709文字であるのに対し、本件各ツイートの文字数は398文字であり、引用部分は本件記事の5割強にとどまっており、本件各ツイートの引用が主従関係の要件を欠いているとはいえない。 (原告の主張) 本件記事は、本件記事の全体が735文字であるのに対し、本件各ツイートの引用部分が398文字であり、本件各ツイートが全体の5割強を占めている。 本件記事の内容をみても、本件記事は、原告の経歴等について説明した上で、本件各ツイートの全文を引用して紹介しているのみであり、格別、解説を加えるとか、背景を説明するとか、論評を加えるものではない。そうすると、引用著作物と被引用著作物との間に前者が主、後者が従の関係があるとはいえない。 したがって、本件記事による本件各ツイートの利用は引用(著作権法32条1項)の要件を満たさない。 6 争点6(時事の事件の報道のための利用の抗弁の成否)について (被告の主張) 本件見出し及び本件記事は、女性の自立支援等を行う社会活動家である原告が本件各ツイートを投稿し、B元首相の射殺事件に関し、かかる事件が起こり得る要因がB元首相の政権運営にある旨の見解を発信したという時事の事件を報道するに際し、当該時事の事件を構成する本件各ツイートを引用したというものである。 そして、被告は、正確性を期するために本件各ツイートそのものを引用したのであるから、本件記事における本件各ツイートの引用は、目的上正当な範囲内における利用である。 したがって、時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)の抗弁が成立する。 (原告の主張) 著作権法41条の「当該事件を構成」する「著作物」とは、例えば、絵画の盗難事件や贋作事件における当該絵画を指し、また、「当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物」とは、例えば、スポーツイベントの開会式の背後に掲示された絵画や背後に流れる音楽を指しているのであって、著作物の創作行為や公表行為そのものを「時事の事件」として捉え、当該著作物を「当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物」として利用することは、およそ想定していない。 そのような解釈が認められるとすれば、およそあらゆる著作物はいかなる場合でも無制限に利用できることになってしまい、著作権の保護が無意味となってしまうからである。 したがって、本件に著作権法41条は適用されず、被告の主張は失当である。 7 争点7(名誉声望保持権侵害の成否)について (原告の主張) 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなされる(著作権法113条11項)。上記条項の立法趣旨は、著作物を創作した著作者の創作意図を外れた利用をされることによってその創作意図に疑いを抱かせたり、あるいは著作物に表現されている芸術的価値を非常に損なうような形で著作物が利用されたりすることを防ぐことにある。 本件各ツイートは、B元首相の射殺の背景には、B元首相の政権運営により形成された社会があると述べて政権運営を批判するとともに、上記射殺事件があったからといって、B元首相の政権の責任が曖昧にされてはならない旨を述べ、また、女性の権利が蔑ろにされる政治を憂う趣旨のものであり、その点こそが原告の創作意図であった。 しかし、被告は、「射殺されたB氏は”自業自得”と主張」とのタイトルを付して本件記事を配信することにより、読者をして、本件各ツイートが、B元首相が射殺されるのは当然の報いであり、その結果を甘受すべきである旨を述べたものであり、原告が、本件各ツイートを通じて人の命を軽視することを推奨しているかのような印象を抱かせて、著作物を創作した原告の創作意図を外れた利用をし、原告の創作意図に疑いを抱かせた。 したがって、被告による本件各ツイートの利用が「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当し、被告が故意又は過失により原告の名誉声望保持権を侵害したことは明らかである。 (被告の主張) 前記1(被告の主張)のとおり、本件記事の「射殺されたB氏は”自業自得”と主張」との見出しが、本件ツイート@の要約として不適切であったとはいえないから、上記見出しが原告の創作意図を害しているとはいえず、原告の主張に理由はない。 8 争点8(損害発生の有無及び損害額)について (原告の主張) (1)公衆送信権侵害による財産的損害 被告による本件記事の配信によって、本件各ツイートに係る原告の公衆送信権が侵害され、それについて被告に故意又は過失があったことは、明らかである。 被告は、本件各ツイートを本件記事に引用することにより、ページビューの数を稼ぎ、広告収入を上げていたものと理解される。そうすると、被告が本件各ツイートを利用することにより得た利益は、被告が得た広告収入のうち本件記事のページビュー数に応じた割合分の利益であり、その額は100万円を下らない。 したがって、原告が被告の公衆送信権侵害により被った損害額は、100万円と推定される(著作権法114条2項)。 (2)名誉毀損及び名誉声望保持権侵害による精神的損害 本件記事が配信されてから5時間の間に、原告が代表理事を務める一般社団法人Cへの定期的な寄付者から、4件もの寄付を取りやめるという連絡があり、本件記事の配信の翌日にも1件の寄付を取りやめるとの連絡があった。 このように、短期間に寄付を取りやめるとの申出があることは、今までにはなく、明らかに本件記事による影響であるといえる。 このような本件記事の配信によって、原告は多大な精神的苦痛を被ったのであり、これを慰謝料に換算すると、その額は100万円を下らない。 (3)弁護士費用相当額 被告による不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、20万円である。 (被告の主張) 争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(名誉毀損の成否)について (1)ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものであり(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)、当該記事によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断するのが相当である。 そこで、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると、本件見出しのうち「射殺されたB氏は”自業自得”と主張」の部分は、ダブルミニュートの使用により「自業自得」との語句が強調されていること、「自業自得」とは、一般に、「自らつくった善悪の業の報いを自分自身で受けること。一般に、悪い報いを受けることにいう。」と理解されていること(乙3)に照らせば、原告が、人が射殺されるという痛ましい事件について、人の命を奪った犯人ではなく被害者自らが行った悪行の結果であると述べたとの事実を摘示するものというべきである。 そして、このような事実の摘示は、原告が人の命を軽視するような思想を持つ人物であるとの印象を与えるものであるから、本件見出しは、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。 (2)これに対し、被告は、一般読者は通常、本件見出しのみならず本件記事の内容も通読するから、原告が述べた内容は本件記事に引用された本件各ツイートの内容であり、本件見出しは本件記事の配信者がつけた要約であると理解する旨主張する。 しかし、一時に多数の記事が配信されるネットニュースの一般読者の中には、記事の見出しを見て興味を持ったもののみ本文まで通読するものの、記事の見出しを見て興味を持たなかったものについては、当該見出しを読むにとどまり、記事の本文を読まない者が少なくないと考えられる。そうすると、本件記事の一般読者には、少なくとも@本件見出しのみを読み、本件記事の本文を読まない者(以下「類型@の一般読者」という。)、A本件見出しを読んで本件記事の内容に関心を持ち、本件記事の本文を読む者(以下「類型Aの一般読者」という。)が存在するというべきであり、必ずしも類型Aの一般読者のみが本件記事の一般読者であるとは限らないから、一般読者の範囲を被告主張のとおり認定することは相当ではない。 また、一般読者が見出しによる印象に影響され易いことはままあり得るといえ、特別関心のある事柄でない限り、本文は流し読む程度にとどめたりすることも十分にあり得るといえるから、類型Aの一般読者であっても、原告が、真実本件各ツイートの中で、B元首相が射殺されたことは自業自得であると述べたのかどうかを十分検討することなく、本件見出しに影響され、前記(1)で認定した事実を摘示するものと理解する者も相当数いると考えられ、このような観点からしても、被告の上記主張は採用することができない。 (3)また、被告は、本件ツイート@の要約として本件見出しは適切なものであったといえ、原告の社会的評価は本件各ツイートにより既に低下しており、本件見出し及び本件記事の配信により低下したものではないと主張するものと理解できる。 そこで検討すると、原告は、本件ツイート@において、「今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治であって、自民党政権ではないか。」と述べており(前提事実(2)ア)、B元首相により主導された政治により、射殺事件が起こり得る社会が形成されたとのコメントをしているにすぎないから、必ずしも一般読者に対し、原告が、人の命を軽視するような思想を持つ人物であるとの印象を与えるものということはできない。 他方で、前記(1)のとおり、原告が、B元首相が射殺されたことは自業自得であると述べたとの事実を摘示することは、より直接的に、一般読者に対し、原告が、人の命を軽視するような思想を持つ人物であるとの印象を与えるといえ、本件記事は、原告の社会的評価を低下させるものと認められる。 したがって、被告の上記主張は採用することができない。 2 争点2(違法性阻却事由又は責任阻却事由の有無)について 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実であると信じた相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。 被告の主張の趣旨は必ずしも判然としないが、本件見出しは、原告が、B元首相が射殺されたことは自業自得であるとの趣旨を述べたとの事実を摘示するものであることを前提として、原告がそのような趣旨のことを本件各ツイートで述べたことは真実であるから、違法性が阻却されると主張するものと、一応理解することができる。 しかし、前記1のとおり、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件見出しは、原告が、人が射殺されるという痛ましい事件について、人の命を奪った犯人ではなく被害者自らが行った悪行の結果であると述べたとの事実を摘示するものと判断される。そして、本件各ツイートの記載内容を検討しても、原告が上記のように述べたとの摘示事実の重要な部分について真実であると認めることはできず、他にそのような真実性を認めるに足りる証拠もない。 また、被告は、「自業自得」という用語は、公刊されている辞書において、「自分の行いの結果を自分の身に受けること」を指すものと解説されているのであるから、被告には、「自業自得」という言葉の意味をそのような意味と理解することに相当な理由があったなどと主張するが、証拠(乙3、4)によれば、「自業自得」について、広辞苑第七版には「自らつくった善悪の業の報いを自分自身で受けること。一般に、悪い報いを受けることにいう。」を意味すると(乙3)、三省堂国語辞典第七版には「自分の(悪い)おこないの結果を自分の身に受けること。」を意味すると(乙4)、それぞれ記載されていることが認められ、いずれにおいても、単に「自分の行いの結果を自分の身に受けること」を意味するとはされていない。そして、上記各証拠によって認められる一般的な意味内容を前提とすれば、被告において、「自業自得」が単に「自分の行いの結果を自分の身に受けること」であると理解することに相当な理由があったということはできない。したがって、上記のとおり認められる摘示事実に関して、当該事実が真実であると信じた相当の理由があるか否かを検討すべきであるところ、本件全証拠によっても、そのような理由があると認めることはできない。 以上によれば、違法性阻却事由又は責任阻却事由が存在するとの被告の主張は、いずれも理由がないというべきである。 3 争点3(本件各ツイートの著作物性)について 本件各ツイートは、B元首相の射殺事件の背景には、B元首相の政権運営により形成された社会があると述べて政権運営を批判し、上記射殺事件があったからといって、B元首相の政権の責任が曖昧にされてはならない旨を述べるとともに、そのような社会を変えるために選挙権を行使したいが、多くの政党が女性の権利を蔑ろにしている現状を憂う気持ちを表現したものであり(前提事実(2))、原告の思想又は感情が表現されたものであると認められる。 また、本件各ツイートの分量は、約400字にわたり、その表現内容や構成には一定の選択の幅があり、あえて本件各ツイートの表現内容や構成を選択したと認められること、他方で、本件各ツイートの表現内容や構成がありふれたものであるとの立証は何らされていないことを考慮すると、本件各ツイートには創作性も認められる。 したがって、本件各ツイートは、「思想又は感情を創作的に表現」した、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」言語の著作物(著作権法2条1項1号、10条1項1号)であると認められる。 4 争点6(時事の事件の報道のための利用の抗弁の成否)について (1)著作権法41条は、時事の事件の報道には、国民の知る権利に資する側面があり、しかも、速報性が求められるため、事前に著作権者の許諾を得ることなく、当該報道に伴う著作物利用を認める必要性があること、他方で、当該報道に伴い利用することが避け難い著作物をその目的上正当な範囲内において利用するにとどまれば、著作権者の利益を不当に害するものではないことに鑑み、著作権者の権利制限を認めたものと解される。 上記のような著作権法41条の趣旨に鑑みると、「時事の事件」とは、速報性の要求される事件、すなわち、現在又は近時に起こった事件をいうと解するのが相当である。本件において、社会活動家である原告が、社会的に注目されたB元首相の射殺事件についてコメントをしたことは、本件記事の配信の前日の出来事であるから、「時事の事件」に該当する。 また、上記著作権法41条の趣旨に照らすと、「当該事件を構成」する著作物とは、当該報道に伴い利用することが避け難い著作物、すなわち、事件の主題となっている著作物をいうと解されるところ、「時事の事件」を社会活動家である原告が、社会的に注目されたB元首相の射殺事件についてコメントをしたことと捉えると、原告のコメント内容すなわち本件各ツイートの内容は、事件の主題となっている著作物であるといえる。 さらに、上記のとおり、著作権法41条の正当化根拠が、当該報道に伴い利用することが避け難い著作物をその目的上正当な範囲内において利用するにとどまれば、著作権者の利益を不当に害するものではない点にあることに照らすと、著作物の利用が「報道の目的上正当な範囲内において」行われるといえるかどうかは、著作物の利用の必要性及びその利用の態様に照らして著作権者の利益を不当に害しないかどうかという観点から検討されるべきである。 本件において、被告は、本件各ツイートの内容をほぼ全文引用しているものであるが、そもそも本件各ツイートは全体で400字前後とさほど長くないものであり、原告がコメントした事実をその表現内容とともに正確に伝えるという報道の目的に鑑みると、要約や一部の切り取りをすることなく本件各ツイートのほぼ全文を引用する必要性があったものと認められる。 他方で、本件各ツイートは、前記3のとおり原告の著作物として保護されるものであるものの、ツイッター上で公開され、誰もが無料で閲覧することができるものであり、原告も、自身の思想や意見をより多くの者に知ってもらうために本件各ツイートを発信していると認められること(弁論の全趣旨)に照らすと、前記1のとおり、被告による本件見出しの選択に問題があったとしても、本件各ツイートを全文引用すること自体が原告の利益を不当に害しているとはいい難い。 以上によれば、被告による本件各ツイートの利用は、「報道の目的上正当な範囲内」においてされたものといえる。 (2)これに対し、原告は、およそあらゆる著作物をいかなる場合でも無制限に報道目的で利用できることになってしまい、著作権の保護が無意味となってしまうから、著作権法41条は、著作物の創作行為や公表行為そのものを「時事の事件」として捉え、当該著作物を「当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物」として利用することはおよそ想定していないと主張する。 しかし、前記(1)で説示したとおり、著作権法41条は、「当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物」であれば、無制限に報道目的で利用することを認めているものではなく、その中でも「報道の目的上正当な範囲内」における利用を想定しており、それは、当該報道に伴い利用することが避け難い著作物をその目的上正当な範囲内において利用するにとどまれば、著作権者の利益を不当に害するものではないことを根拠とするものである。したがって、同条によって、あらゆる著作物をいかなる場合でも無制限に報道目的で利用できるわけではないから、原告の上記主張は、独自の見解であるといわざるを得ず、採用することができない。 5 争点7(名誉声望保持権侵害の有無)について 著作権法113条11項は、「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」について、著作者人格権を侵害する行為とみなすと規定しているところ、同項の「名誉又は声望」は、単なる主観的な名誉感情ではなく、社会的かつ外部的な名誉又は声望であると解される。そうすると、著作物を引用した記事の配信が「名誉又は声望を害する方法」に該当するか否かについては、これに接した一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、引用された著作物の著作者の社会的評価の低下をもたらすような利用であるか否かを基準として判断するのが相当である。 そこで検討すると、本件見出しは、本件各ツイートについて触れるものではなく、類型@の一般読者との関係では、本件見出しと本件各ツイートが関連付けられることはないから、本件各ツイートの著作者である原告の社会的評価の低下をもたらすような本件各ツイートの利用がされているとはいい難い。 他方で、前提事実(3)のとおり、被告は、本件各ツイートのほぼ全文を引用した本件記事に、本件見出しを付して配信したものであるところ、前記1のとおり、類型Aの一般読者は、本件各ツイートの内容は、原告が、本件各ツイートにおいてB元首相が射殺されたことは自業自得であると述べたものであると理解し、本件見出し及び本件記事は、このような読者に対し、原告が、人の命を軽視するような思想を持つ人物であるとの印象を与えるものといえるから、本件各ツイートの著作者である原告の社会的評価の低下をもたらすものであるといえる。 したがって、被告は、本件見出し及び本件記事を配信することで、故意又は過失により、原告の本件各ツイートに係る名誉声望保持権を侵害したものと認められる。 6 争点8(損害発生の有無及び損害額)について前記1及び2のとおり、被告による本件見出し及び本件記事の配信は、原告に対する名誉毀損となるとともに、原告の名誉声望保持権を侵害するものであって、それらによって原告が被った精神的苦痛は、相当程度のものであると認められる。 他方で、本件においては、原告が社会活動家であり一般社団法人の代表理事を務めていることなどの原告の社会的地位に係る事情、本件見出しの内容は不正確ではあるけれども本件各ツイートの意図する内容と大きく異なるとはいえないこと、本件見出しの配信が約4時間にとどまること等も考慮すべきであるといえる。 したがって、以上の事情を総合考慮し、名誉毀損及び名誉声望保持権の侵害による原告の慰謝料額を、それぞれ10万円と認めるのが相当である。また、被告による名誉毀損及び名誉声望保持権侵害の各行為と相当因果関係のある原告の被った弁護士費用相当額の損害額を2万円と認めるのが相当である。 7 結論 以上の次第で、その余の争点について判断するまでもなく、原告の名誉毀損及び名誉声望保持権侵害に基づく損害賠償請求は、一部理由があるからその限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 間明宏充 裁判官 バヒスバラン薫 (別紙)記事目録 活動家のA氏が8日深夜、自身の公式ツイッターを更新。同日に自民党のB元首相が奈良市内で演説中に銃撃され死去したB元首相に対し、「今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治」と厳しく非難した。 一般社団法人Cの代表として、少女たちの支援活動を行っているA氏は「暴力を許さず抵抗する活動を私も続けているが、今回のような事件が起こりうる社会を作ってきたのはまさにB政治であって、自民党政権ではないか」と、事件の原因はB氏自身にあるとの持論を展開。「敵を作り、排他主義で、都合の悪いことは隠して口封じをし、それを苦にして自死した人がいても自身の暴力性に向き合わなかったことはなくならない」と厳しく指摘した。 さらに「立場にある人を追いやり、たくさんの人を死にまで追い詰める政治を続けてきた責任は変わらない。『誰の命も等しく大切』と多くの人が言う今、人の命の重さは等しくないんだなと感じさせられてしまう」とも発言。「参議院選ではそういう社会を変えるために活動する人や政党に投票したいが、どの政党も女の人権は後回し。家やお金や頼れるつながりがなく、賃金も安く社会構造の中で性売買に追いやられる女性の人権より、女の性を商品化する業者や買う側の『権利』を守ろうとする人が複数の野党から出ていて絶望する」と、10日投開票の参院選で女性の人権が軽視されてるとの思いをつづり、苦言を呈した。 A氏は2011年5月に、明治学院大学在学中に学生団体「C」を結成。15年1月には第30期東京都青少年問題協議会委員に就任した。19年にはフォーブスの「30UNDER30Asia」の(社会起業家部門に選出された。実妹は元AKB48・D。 以上 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |