判例全文 | ||
【事件名】手すき和紙“染描紙”事件(2) 【年月日】令和5年12月25日 知財高裁 令和5年(ネ)第10038号 著作権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成30年(ワ)第39895号、令和元年(ワ)第23696号、令和2年(ワ)第22651号) (口頭弁論終結日 令和5年9月13日) 判決 別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は、控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人Y(以下「被控訴人Y’」という。)は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成22年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被控訴人Y’は、原判決別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を同目録記載の条件で各1回掲載せよ。 4 被控訴人日本空港ビルデング株式会社(以下「被控訴人ビルデング」という。)は、東京都大田区羽田空港三丁目3番2号所在の羽田空港第1旅客ターミナルビルにおいて、原判決別紙物件目録記載15から20の各展示物(以下、同物件目録記載の各展示物について、番号に応じて「本件展示物15」等という。)を展示してはならない。 5 被控訴人ビルデングは、本件展示物15から20を廃棄せよ。 6 被控訴人ビルデングは、控訴人に対し、令和元年6月24日から本件展示物15から20の各撤去の日まで、1日当たり各5000円の割合による金員を支払え。 7 被控訴人東京国際空港ターミナル株式会社(以下「被控訴人ターミナル」という。)は、東京都大田区羽田空港二丁目6番5号所在の羽田空港第3旅客ターミナルビルにおいて、本件展示物1から14を展示してはならない。 8 被控訴人ターミナルは、本件展示物1から14を廃棄せよ。 9 被控訴人ターミナルは、控訴人に対し、令和2年7月22日から本件展示物1から14の各撤去まで、本件展示物1から9につき1日当たり各2500円、本件展示物10から14につき1日当たり各1500円の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要(略称等は、特に断らない限り、原判決の表記による。) 1 本件は、控訴人が被控訴人らに対して以下の請求をしている事案である。 (1)著作権に基づく請求 控訴人は、被控訴人Y’が、控訴人の著作物を複製又は翻案して本件各展示物を制作し、控訴人の著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、控訴人はこれによって損害を受けたと主張し、被控訴人Y’に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、損害金806万円(本件展示物15から20について各132万円、本件展示物1から14について各1万円。一部請求。)及びこれに対する不法行為より後の日である平成22年11月1日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。 (2)著作者人格権に基づく請求 控訴人は、被控訴人Y’が、著作者名として控訴人の氏名を表示せず、自己の作品であるとして、本件展示物15から20を被控訴人ビルデングに、本件展示物1から14を被控訴人ターミナルに、それぞれ譲渡し、被控訴人ビルデング及び被控訴人ターミナルは、譲り受けた本件各展示物を展示する際に著作者として控訴人の氏名を表示せず、これにより、被控訴人らは共同して本件各展示物に係る控訴人の著作者人格権を侵害し、控訴人はこれにより損害を受けたと主張し、@被控訴人Y’に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、損害金の一部である194万円(本件展示物15から20について各30万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれに対する平成22年11月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載を求め、A被控訴人ビルデングに対し、同法112条1項又は同法115条に基づき、本件展示物15から20の展示の差止めを求め、同法112条2項又は同法115条に基づき、本件展示物15から20の廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求として、不法行為の日の後である令和元年6月24日から、本件展示物15から20の各撤去の日まで、1日当たり各5000円の割合による損害金の支払を求め、B被控訴人ターミナルに対し、同法112条1項又は同法115条に基づき、本件展示物1から14の展示の差止めを求め、同法112条2項又は同法115条に基づき、本件展示物1から14の廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求として、不法行為の日の後である令和2年7月22日から、本件展示物1から14の各撤去の日まで、本件展示物1から9につき1日当たり各2500円の、本件展示物10から14につき1日当たり各1500円の、各割合による損害金の支払を求めた事案である。 2 原判決は控訴人の請求をいずれも棄却し、控訴人が原判決を不服として控訴した。 3 前提事実、争点及びこれに対する当事者の主張は、後記4のとおり当審における控訴人の補充主張を付加し、後記5のとおり当審における被控訴人Y’の補充主張を付加し、後記6のとおり当審における被控訴人ビルデング及び被控訴人ターミナルの補充主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の2から4(5頁14行目から24頁16行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 4 当審における控訴人の補充主張 (1)控訴人は、和紙と一体となった本件各染描紙をそのまま有体物として利用することについては包括的に許諾していたが、和紙と分離して無体物である「染描」部分だけを利用することについて包括的な許諾をしたことはない。 控訴人が染描紙を制作する目的は、手漉き和紙の販売を促進することにあるから、和紙自体の利用を伴わない無体物利用を包括的に許諾することはあり得ない。個別に無体物利用を許諾したことはあるが、その場合には様々な条件交渉を行い、明示の許諾を行っている。被控訴人Y’による雑誌「和樂」における「源氏物語」の挿絵の掲載も、控訴人が個別明示の許諾をしたものである。 控訴人が控訴人店舗に掲示していた本件注意書きは、一切の無体物利用を禁じたものであって、染描紙に新たな表現を加えることを含めて加工して利用する場合であれば翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾していたということはない。 (2)仮に、控訴人が、模様部分のみを取り出して模様に新たな表現を加えるという意味での「加工」を許諾していたとしても、被控訴人Y’は染描紙に新たな表現を加える「加工」をしていない。このことは、本件展示物15から20と本件染描紙15から20との対比(甲60の1・2、64、67の1〜6)から明らかである。 本件展示物15から20を、甲60の1の「本件染描紙15−A」、「本件染描紙16−A」、「本件染描紙17−A」、「本件染描紙18−A」、「本件染描紙19−A」、「本件染描紙20−A」の各四角で囲んだ部分と比較すると、全体の構図、細部の模様及び主調色が同一であり、それぞれの染描紙の特徴的な線や絵柄等が本件展示物15から20においてそのまま再製されている。 仮に、本件各染描紙の写真(甲33の1〜5)と本件展示物15から20の比較において、わずかな色彩の違いがあるとしても、撮影に利用した機械の精度や撮影場所の設備によるものであり、被控訴人Y’の加工によるものではない。甲64、65によれば、本件展示物16、18、20の色合いと、本件類似染描紙16、18、20の色合いが同一であることが明らかであるが、本件類似染描紙16、18、20は、本件染描紙16、18、20と同日に作成された各連作の一つであり、同日に作成されたものはその日に作った同じ染料を使用しているため、本件染描紙16、18、20の色合いは、本件類似染描紙16、18、20と同じ色合いである(甲65)。そうすると、本件展示物16、18、20の色合いは本件染描紙16、18、20の色合いと同一であるといえ、色合いにおける加工はされていない。 本件展示物17、19においては、青色の色彩が強調されている面はあるが、データに取り込んだ後にパソコン上の操作で単純な色補正がされただけであり、新たな表現は加えられていない。 また、刷毛のあとや染色の境目などの輪郭が鋭く明確化されていることもない。このことは、甲66のカラーでの比較及び甲67のモノクロでの比較により明らかである。仮に、被控訴人Y’が、本件染描紙15から20を拡大する過程において、本件染描紙の刷毛のあとや染色の境目などを再現すべくなぞったとしても、それは本件染描紙の複製行為であり、加工ではない。 いわゆるインスタレーションは、その空間に入り込むことによって芸術的感覚を体感できるような芸術作品のことをいうが、本件展示物15から20は巨大な空港設備に展示されたものであり、空港を訪れた旅行客が本件展示物15から20を一体のものとして体感し、芸術的感覚を体感することはないから、これをもってインスタレーションとはいえない。しかも、被控訴人Y’がいうインスタレーションは、誰でも思いつく程度の配置でしかない。 屏風様式は古くから存在する絵画の利用方法であるところ、屏風様式にしたことをもってそこに描かれている著作物自体が加工されたとはいえない。 天窓から射し込む自然光の効果によって明るく見えたり暗く見えたりするのも「加工」には当たらない。和歌の設置もそれが本件展示物との関係で加工になることはなく、空港の広い床の一部に小さく解説をつけたものを旅行客が読むとは考えられないから、インスタレーションとしての効果もない。 仮に、本件展示物15から20がインスタレーションに当たるとしても、これらの展示物が本件染描紙15から20の創作性を無断で再製したものであることは変わらない。 (3)本件において無体物利用について包括黙示許諾を認定することは誤りであるから、その許諾の性質から氏名表示しないことを包括的かつ黙示に許諾していたと原判決が判断したのは誤りである。 仮に百歩譲って財産権利用について包括黙示許諾が認められるとしても、人格権である氏名表示権については別異の慎重な判断が求められる。 月刊誌「和樂」の源氏物語については控訴人の氏名表示を求めていないが、これは、被控訴人Y’が、紙の一部を切り取り、空に見立てて、この上に自らの作品を描くというので、もはや染描紙の本質的特徴の感得が難しくなるほど大きく手が加えられると誤解したためである。 (4)消尽原則が肯定される理由は、市場における商品の自由な流通を確保するためであるから、商品流通を直接阻害する譲渡権及び頒布権においては消尽原則が妥当するが、それ以外の権利について同原則が妥当する理由はなく、複製権及び翻案権については適用がないと解すべきである。 仮に、複製権及び翻案権についても消尽原則が妥当するとしても、以下のとおり、本件においては妥当しない。 すなわち、@控訴人は和紙と分離して無体物である「染描」部分だけを利用すること(無体物利用)については厳格に禁じていたこと、A染描紙制作の目的は手漉き和紙の販売促進であるから、和紙自体の利用を伴わない無体物利用を包括的に許諾することはあり得ないこと、B控訴人は、遅くとも平成23年2月以降、本件注意書きを控訴人店舗に掲示し、無体物利用を厳格に禁ずる意思を対外的に表示していたこと、C控訴人は染描紙の染描部分をコンピューターに取り込んで利用する無体物利用については一層警戒していたことからすれば、被控訴人Y’が本件各展示物について行った複製・翻案行為は、通常想定される範囲内のものではない。 また、控訴人は、そもそも無体物利用を厳格に禁止した上で本件各染描紙を譲渡しているのであるから、無体物利用について対価を得る機会はなかった。被控訴人Y’が得た本件各展示物の売却対価は、控訴人が本件各染描紙の販売により得た対価を大きく上回る額であると推察されるのであって、控訴人が複製権・翻案権の消尽を甘受すべき対価を得る機会があったとはいえない。 「源氏物語」の挿絵に関し、控訴人が許諾したのは雑誌掲載という無体物利用であり、染描紙に絵を描くこと自体はもともと有体物利用として包括的に許諾していたのであり、許諾によって違法性がないというにすぎず、消尽によって当該利用が違法とならないのではない。 (5)被控訴人Y’の著作権法19条3項に関する主張は、故意又は重大な過失による時機に後れた攻撃防御方法であり、却下されるべきである。 また、同項にいう「著作物の利用の目的及び態様に照らし」とは、著作物の利用の性質から著作者名表示の必要性がないかその表示が極めて不適切な場合を指すと解されるところ、本件各展示物において被控訴人Y’の氏名表示はされているのであるから、著作物の利用の性質から著作者名表示の必要性がないかその表示が極めて不適切な場合には当たらない。 仮に、被控訴人Y’の主張するとおり、画材として利用する限りにおいては、控訴人の氏名を省略して利用することによって控訴人が本件各染描紙を作った者であることを主張する利益を害しないとしても、本件各染描紙の染描部分のみデジタルで複製して利用する態様は「画材として利用」する場合に当たらない。 5 被控訴人Y’の当審における補充主張 (1)原判決は、実用的な目的を有するものであっても、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるものは、その作品の全体が美術の著作物として保護され得ると解するのが相当であると判示した上で、本件染描紙15から20の模様の配置等の全体的な構成は、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できると認定し、本件染描紙15から20の著作物性を認めた。 しかし、本件染描紙15から20には創作的表現は一切なく、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分などは認識できない。 染描紙の色の濃淡の具合や、具体的な模様の形状、シミ、ムラ、にじみ等の個別の模様は、意図的にコントロールできるものではなく、本件染描紙15から20の「模様の配置等の全体的な構成」なるものが仮にあるとしても、控訴人が意図的にコントロールしたものであることは客観的に立証されていない。仮に控訴人が意図的にコントロールしたものが何か存在するとしても、そのコントロールが及んでいる範囲は、控訴人自身が認めているように、せいぜい染描紙の大まかな色の配置や模様の全体的なコンセプトに限られるが、本件染描紙15から20の大まかな色の配置や模様の全体的なコンセプトは、何ら特定も主張立証もされていない。 控訴人は、本件染描紙15から20以外の染描紙に係る構想メモであると主張する甲37の別紙1−2から1−4までを提出するが、控訴人が意図していたといえるのは、これら別紙に示されている大まかな色の配置や模様の全体的なコンセプトのうち、実際に染描紙に現れた部分に限られる。そして、上記各別紙の図から明らかなとおり、その内容は極めて抽象的であって、単なるアイデアにとどまっており、創作的表現には当たらない。 また、原判決は、「工芸作品の装飾材料等に用いられる模様のついた和紙として通常想定される特徴」が具体的にどのようなものか全く明らかにせず、本件染描紙15から20の模様のうち具体的にどの部分が「通常想定される特徴」であるのか、それを超える特徴はどの部分であるのかも一切特定しておらず、この点は控訴人の主張立証によっても一切特定されていない。このことは、本件染描紙15から20について、「工芸作品の装飾材料等に用いられる模様のついた和紙として通常想定される特徴」と「それを超える特徴」とを分離して把握することができないことを示している。 本件染描紙15から20が有する実用的な目的は、工芸作品の装飾材料、書道用紙、絵画用紙等に用いるものであり、そのような染描紙を目的に沿って利用する際には、染描紙の全体、すなわち模様の配置等の全体的な構成を利用することも当然に想定されている。したがって、模様の配置等の全体的構成が「実用的な目的のためのものといえる特徴ではない」ということは誤りである。 (2)控訴人が本件染描紙15から20を作成した者であることは立証されていない。 控訴人店舗には非常に大量の商品が販売されており、一人でこれほど多くの和紙を染めることができるのか甚だ疑問であって、この評価を覆すに足りる主張立証は何らされていない。令和元年10月16日時点の控訴人店舗のウェブサイトには「小舗制作の天然染料による染紙が約2万枚。」との記載があるのに対して、控訴人は、原審における本人尋問において、染描紙を1枚作るのに要する時間について「1日じゃできないですよね」と述べている。仮に、控訴人1人で1年間休まずに1日1枚の染描紙を作った場合、約2万枚の染描紙を作成するには約55年を要する。そうすると、控訴人店舗で販売されている染描紙を控訴人が一人で作成したとは考え難く、むしろ実用品として工業的に制作されたものであることが推認される。 (3)被控訴人Y’は、雑誌「和樂」に掲載された「源氏物語」の連載作品において染描紙そのものに直接絵を描いたが、最終的な作品としての挿絵はあくまで雑誌に掲載された絵であり、本件各展示物と同様、染描紙そのものを作品として利用したものではなく、あくまで画材として染描紙を自らの作品に利用したものであって、その点において「源氏物語」の挿絵と本件各展示物との間で染描紙の利用形態に違いはない。 そして、控訴人は、被控訴人Y’が控訴人店舗から購入した染描紙を画材として作品に利用することについて、包括的かつ黙示的に許諾していた。被控訴人Y’が、控訴人及び控訴人店舗の店員であるAから、染描紙の用途を確認されたり、染描紙の用途に制限がある旨の告知を受けたりしたことは一切ない。控訴人は、原審における本人尋問において、被控訴人Y’が本件各展示物と同じ利用形態で染描紙を利用して「源氏物語」の挿絵を制作、発表したことに対して何らの問題も感じていなかったと認めている。控訴人は、被控訴人Y’が本件各展示物を制作するために本件各染描紙を購入した際にも、被控訴人Y’が「源氏物語」の挿絵と同様に染描紙を利用して作品を制作することを認識しつつ、何らの異議も述べていなかった。 したがって、控訴人は、被控訴人Y’に対し、本件各染描紙を含め、控訴人店舗で販売する染描紙の自由な利用を包括的かつ黙示的に許諾していた。 (4)本件各染描紙は、控訴人店舗において、単なる画材として他の大量の和紙と一緒くたにされて平積みで販売されており、控訴人自身、これを様々な実用目的で利用することを推奨していたのであり、本件各展示物のように、染描紙を利用して作品を制作することは通常想定される範囲内の行為である。また、前記(3)のとおり、「源氏物語」の挿絵における染描紙の利用形態は、本件各染描紙を本件各展示物に利用した際の態様と同様であるところ、控訴人は「源氏物語」の挿絵における染描紙の利用を一切問題視していなかったのであるから、本件各展示物への利用も含め、被控訴人Y’が作品に本件各染描紙を利用することは通常想定される範囲内であった。 また、控訴人の染描紙は控訴人店舗において画材として販売されており、控訴人は購入者によって染描紙が他の作品等に利用されることも想定していたのであるから、販売の際に、作品として利用されることも含めて対価を得る機会があった。とりわけ、控訴人は、本件各染描紙を被控訴人Y’に販売する際、購入者が被控訴人Y’であること、かつ、被控訴人Y’が「源氏物語」の挿絵と同様にその購入した染描紙を自身の作品に利用することを認識していたのであるから、控訴人には「対価を得る機会があった」といえる。 以上のとおり、被控訴人Y’が自身の作品に本件各染描紙を利用することは「通常想定される範囲内」であり、かつ、控訴人において「当該範囲も含めて対価を得る機会があった」から、消尽原則の適用があり、控訴人が被控訴人Y’による本件各染描紙の利用に対してその著作権を行使することはできない。 消尽原則の適用は、著作権者がその主観的意思によって個別に変更することができるものではなく、当事者間の合意によって排除することもできないから、原判決が認定する本件注意書きが店舗内に掲示されていたとしても、消尽原則の適用は阻害されない。 (5)控訴人は、「源氏物語」の挿絵において自己の氏名が表示されていないことを一切問題にしていない。しかも、控訴人は、購入者が被控訴人Y’であること、かつ、被控訴人Y’が「源氏物語」の挿絵と同様にその購入した染描紙を自身の作品に利用することを認識した上で、本件各染描紙を被控訴人Y’に販売したにもかかわらず、その際に自己の氏名表示に関して何らの要望も伝えていなかったから、被控訴人Y’が本件各染描紙を作品に利用するに際し、控訴人の氏名を表示しないことを控訴人が黙示的に同意していたことは明らかである。 仮に、上記同意が認められないとしても、控訴人は、自己の氏名が一切表示されていない無記名の本件各染描紙を、類似の模様を有する他の染描紙と一緒くたにして大量に画材として販売しており、かつ、購入者がそれを自身の他の作品等に利用することを想定していたのであり、本件各染描紙を画材として利用する限りにおいては、控訴人の氏名を省略して利用したとしても、控訴人が本件各染描紙を作った者であることを主張する利益を害するものではない。また、美術作品の制作の際に、当該作品に用いた画材を作った者の氏名を表示する慣行はない。したがって、本件各展示物において、控訴人の氏名を省略したとしても、それは「著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められ、」かつ、「公正な慣行に反しない場合」に該当するから、本件各展示物においては、著作権法19条3項により、控訴人の氏名表示権の侵害はない。 6 被控訴人ビルデング及び被控訴人ターミナルの当審における補充主張 被控訴人ビルデングは、被控訴人Y’から、本件展示物15から20を廃棄し、その代わりとして別の作品を展示する旨の申入れを受け、これに同意した。 その後、本件展示物15から20については、令和4年10月24日から同年11月24日までの間に、上から塗料で塗りつぶし、屏風上の白いパネルにした上で、漆喰ペーパーで制作した別の作品を当該パネルの上に貼り付ける工事が行われた。 被控訴人ターミナルは、被控訴人Y’との間で、本件展示物1から14を廃棄し、その代わりとして別の作品を展示することについて協議した。その後、令和5年2月1日から同月3日までの間に、被控訴人Y’の作品を貼り付けたアルミ複合板を本件展示物1から14の上に接着剤で貼り付ける工事が行われた。 以上のとおり、本件各展示物は、いずれも原状回復不能な態様で廃棄されており、被控訴人ビルデング及び被控訴人ターミナルに対する廃棄請求には理由がない。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。 1 認定事実 認定事実は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の1及び2(24頁18行目から38頁7行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決25頁23行目から26頁21行目までを次のとおり改める。 「(3)本件各染描紙で使用する和紙は、楮を原料としていて、にじみが良く、染め方に深みを出すことができるものであり、控訴人は、その和紙に、膠、明礬及び水を混合した礬砂を刷毛で和紙の片面又は両面に引いて乾かし、その際、礬砂の配合量や引き方等を調整したり、複数の刷毛を使い分けたりすることにより、紙上に、水のにじみにくい部分や染料の染みにくい部分を生み出し、毛質、長さ、大小が異なり、特別に注文した複数の刷毛を使い分け、主に柿渋、胡桃、墨、土など自然の染料で和紙を染め、刷毛のあと、にじみにより紙上に色を配置するなどの手法を用いて本件各染描紙を制作した。 控訴人は、上記のような手法で染描紙を制作するに際し、創作ノートに、大まかな構図のためのスケッチ、色、染料の選択、配置、濃淡、線や動き等を記載することがあった。控訴人は、空、雲、風を意識した染描紙を多く制作しており、本件各染描紙15から20は空の情景を意識して制作されたものである。(甲8、32、34、37、控訴人本人)」 (2)原判決31頁16行目から32頁26行目までを次のとおり改める。 「(3)被控訴人Y’は、前記(1)の依頼を受け、和紙を素材として、和紙の模様の中に「空」や「雲」の世界観を見出し、万葉集の和歌と組み合わせたような作品を制作することを考えた。被控訴人Y’は、控訴人店舗で購入した和紙(染描紙)の模様が「空」や「雲」の世界観を見出しやすいと考え、これに加工、調整を施して作品を制作することとした。 被控訴人Y’は、購入した染描紙の中から、「空」や「雲」の世界観を見出すことのできる部分を選定して切り出し、切り出した部分を特殊な溶液に浸して加工しやすくした上で、着色した色彩が紙の素材に浸透して広がるなどの不都合を防止するため、紙やすり、岩絵の具、アクリル絵の具、ゴールドフレア、胡粉、エアブラシ、スプレーガンなどを使用して、染描紙の色合いや色調の変化等を調整することや、刷毛のあとを際立たせるといった過程を繰り返した。その上で、各紙をスキャナで読み込むことが可能な大きさに切り出し、切り出した紙をスキャンしてスキャンデータを作成し、これを拡大し、電子データ上で色付けし、縦横比を調整するなどした。 本件展示物15から20については、漆喰ペーパーと呼ばれる、漆喰の薄層化成型技術を基礎にインクジェット印刷向けに高品位な写真画像を再現するために開発された製品に印刷した。 (本項につき、甲10の1、乙24)」 (3)原判決33頁6行目の「展示している。」を「展示した。」に、同頁10行目の「表示されている。」を「表示されていた。」に、それぞれ改める。 (4)原判決35頁1行目から2行目にかけての「展示している。」を「展示した。」に、同頁7行目の「設置されている。」を「設置されていた。」に、同頁8行目の「昼間は日差しが射し込む。」を「晴天の日の日中は天窓から日差しが当たる状態にあった。」に、それぞれ改める。 (5)原判決38頁7行目の後に改行して次のとおり加える。 「(8)本件展示物15から20については、令和4年10月24日から同年11月24日までの間に、これらの展示物を上から白い塗料で塗りつぶし、屏風状の白いパネルにして、その上に被控訴人Y’が制作した作品を貼り付ける工事が行われ、現在、羽田空港第1旅客ターミナルビルに別の作品(WaterfallonColorsシリーズ)として展示されている。(丙2の1〜6、3の1〜6) 本件展示物1から14については、令和5年2月、これらの展示物の上に、被控訴人Y’が制作した作品を貼り付けたアルミ複合板を接着剤で貼り付ける工事が行われ、現在、羽田空港第3旅客ターミナルビルに別の作品(四季の森シリーズ)として展示されている。(丁1の1〜14、2、3)」 2 争点1(本件各染描紙が控訴人の著作物であるか)及び争点2(本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものであるか)のうち、本件染描紙1から14及び本件展示物1から14について 当裁判所も、争点1及び争点2のうち、本件染描紙1から14及び本件展示物1から14に関する控訴人の主張は採用することができず、本件染描紙1から14に係る控訴人の著作権又は著作者人格権が侵害されたとは認められないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」第3の3(38頁11行目から39頁19行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 3 争点1(本件各染描紙が控訴人の著作物であるか)及び争点2(本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものであるか)のうち、本件染描紙15から20について (1)著作物性について 当裁判所も、本件染描紙15から20は控訴人の著作物であると認める。 その理由は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の4(39頁22行目から43頁23行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 ア 原判決39頁24行目の「(1)のとおりであり」を「(1)及び(3)のとおりであり」に改める。 イ 原判決42頁6行目の「そして、」から43頁2行目までを次のとおり改める。 「確かに、乙14の4から13、乙15ないし20、22によれば、紙におけるにじみなどの模様は模様付きの和紙としてカタログで販売されるものにも見られるものではある。しかし、控訴人は、楮を原料とし、にじみが良く、染め方に深みを出すことができる和紙に、膠、明礬及び水を混合した礬砂を刷毛で和紙の片面又は両面に引いて乾かし、その際、礬砂の配合量や引き方等を調整したり、複数の刷毛を使い分けたりすることにより、紙上に、水のにじみにくい部分や染料の染みにくい部分を生み出し、毛質、長さ、大小が異なり、特別に注文した複数の刷毛を使い分け、主に柿渋、胡桃、墨、土など自然の染料で和紙を染め、刷毛のあと、にじみにより紙上に色を配置するなどの手法を用いて和紙に模様や色彩を施し、一点ずつ異なる模様の染描紙を制作しており、創作ノートに構図のためのスケッチ、色、染料の選択、配置、濃淡、線や動き等を記載することもあった(前記1(3))こと、そして、本件染描紙15から20のうち、本件染描紙18は約65cm×約180cm、それ以外は約74cm×約100cmという大きさを備えるものであって、控訴人は空の情景を意識して本件染描紙15から20を制作していること(前記1(2)、(3))、それぞれの模様は原判決別紙本件染描紙(15〜20)一覧の各写真のとおりであって、控訴人が、特定の色彩を選択して、構図を考えた上で模様を配置し、全体としてまとまりのある図柄を作り上げたものといえることを考慮すれば、創作的表現がされていると認められる。これらの事情を総合すれば、本件染描紙15から20の上記創作的表現は、模様のついた和紙として通常想定される模様とはいえず、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備える部分を把握することができるといえる。したがって、本件染描紙15から20は、控訴人の著作物であると認められる。」 (2)翻案について 翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。 これを本件において検討すると、被控訴人Y’が制作した本件展示物15から20は、本件染描紙15から20に依拠し、原判決別紙染描紙(15〜20)一覧において、四角い枠を付したものとして示した写真における、四角い枠で囲んだ部分を利用して、補正した上で引用した原判決第3の2(3)で認定した制作過程を経て制作されたものと認められ、また、本件展示物15から20は、作品の全体像として、「Yアートワークス/天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品として、屏風様式を取り入れ、上記作品より一回り大きい茶色のアルミ複合版製の下地とともに設置され、晴天の日の日中は、各展示場の上方の天井にそれぞれ存在する天窓から日差しが差し込むように配置され、本件展示物15から20が展示されている各壁面の正面付近の各床には、本件展示物15から20について、本件説明とともに、それぞれ各和歌(原典及び口語訳)が記載された説明書きが埋め込まれていて、これらの構成要素が組み合わされて仕立てあげられた作品であることが認められるから、 本件染描紙15から20の具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現するものと認められるものの、本件展示物15から20の屏風の部分の表現と本件染描紙15から20の上記四角い枠で囲んだ部分の表現とを対比すると、前者は後者と比較して、全体的に青系の色彩が強調され、また、刷毛のあとや染色の境目などの輪郭が鋭く明確化されているなど、両者は色合いや色調に多少の相違が認められるものの、刷毛状の模様、にじみ具合及びこれらの構成や配置は極めて類似しているから、本件展示物15から20に接する者が本件染描紙15から20の表現上の本質的特徴を直接感得することが十分に可能であるということができる。 したがって、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20を翻案したものであると認めるのが相当である。 4 争点3(本件各染描紙について、控訴人が利用を黙示に承諾し、又は著作権が消尽したか)について 当裁判所も、控訴人が、本件染描紙15から20を加工して利用することを黙示に承諾していたと認められ、被控訴人Y’が本件染描紙15から20を用いて本件展示物15から20を制作したこともこの黙示の承諾の範囲に含まれると判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の5(原判決43頁26行目から47頁1行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)原判決43頁26行目の「事案に鑑み」から同44頁1行目の「検討する。」までを削除し、同頁9行目の「被告Y’は、」の後に「雑誌『和樂』における連載『源氏物語』の挿絵として、」を加える。 (2)原判決45頁4行目から5行目にかけての「スキャナで読み込める大きさ」を「スキャナで読み込める約53cm×80cmの大きさ」に改め、同頁7行目の「被告Y’は、」から同頁13行目の「認めることができる。」までを削り、同頁15行目の「同(6)」を「(原判決第3の2(6))」に改める。 (3)原判決46頁5行目の「組み合わせ、」から同頁6行目末尾までを「組み合わせて作品に仕立て上げられたと認められる。」に改める。 (4)原判決46頁16行目の「このように」から同頁17行目の「当たらず、」までを「本件展示物15から20は、本件染描紙15から20の翻案であると認められるとしても、これをそのまま複写等して販売したものであるとは認められないから、」に改める。 (5)原判決46頁24行目の「それを超える利用については許諾していた」を「染描紙を加工して新たな作品を制作することについては、翻案に当たる場合も含めて黙示的に許諾していた」に改める。 (6)原判決46頁26行目の「許諾により、」を「事前の黙示の許諾により、」に改める。 5 争点8(本件各展示物の展示に当たり控訴人の氏名を表示しないことを控訴人が黙示に許諾したか)のうち、本件展示物15から20の関係について控訴人は、その制作、販売する染描紙について、その購入者が染描紙に加工して新たな作品を制作することを黙示に許諾していたと認められるところ、染描紙の購入者に対し、染描紙を加工して制作した作品を発表する際に控訴人の氏名を表示するよう求めていたとは認められない。 被控訴人Y’は、染描紙に絵を描き加えて「源氏物語」の挿絵を作成して雑誌「和樂」に掲載しており、控訴人はそのことを認識していたが、控訴人が被控訴人Y’に対し、上記挿絵の雑誌掲載の際に控訴人の氏名を表示するよう求めたことはない(弁論の全趣旨)。 以上の事情によれば、控訴人は、染描紙の購入者が染描紙に加工をして制作した作品を公衆に提供又は提示するに際し、控訴人の氏名を表示しないことを黙示に許諾していたと認められる。 したがって、被控訴人Y’及び被控訴人ビルデングが、本件展示物15から20の公衆への提示に際して控訴人の氏名を表示しなかったことは、控訴人の著作者人格権(氏名表示権)を侵害しない。 6 当審における当事者の補充主張に対する判断 (1)被控訴人Y’の前記第2の5(1)の主張について 被控訴人Y’は、本件染描紙15から20は著作物に当たらないと主張する。 しかし、補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第3の4(2)のとおり、本件染描紙15から20については創作的表現がされていると認められる。 前記のとおり、本件染描紙15から20の模様は、単なる和紙の染みやにじみではなく、控訴人は、膠、明礬及び水を混合した礬砂を刷毛で和紙の片面又は両面に引いて乾かし、その際、礬砂の配合量や引き方等を調整したり、複数の刷毛を使い分けたりすることにより、紙上に、水のにじみにくい部分や染料の染みにくい部分を生み出し、毛質、長さ、大小が異なり、特別に注文した複数の刷毛を使い分け、主に柿渋、胡桃、墨、土など自然の染料で和紙を染め、刷毛のあと、にじみにより紙上に色を配置するなどの手法を用いて模様や色彩を施すなどして、一点ごとに模様の異なる染描紙を制作しており、本件染描紙15から20は空の情景を意識して制作したものである(補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第3の1(3))。実際、被控訴人Y’も、控訴人店舗以外の店でも和紙を購入したが、控訴人店舗で購入した染描紙の模様が「空」や「雲」の世界観を見出しやすいと認識し、さらに、本件染描紙15から20の中に「空」や「雲」の世界観を見出すことのできる部分があると認め(補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第3の2(3)、乙24)、その部分を選定して切り出し、染描紙の色合いや色調の変化等を調整、刷毛のあとを際立たせるといった加工を行い、その上で、紙をスキャナで読み込んでスキャンデータを作成し、これを拡大し、電子データ上で色付けし、縦横比を調整するなどして「天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品を制作したのであって、本件染描紙15から20の模様を変えることなく、これを強調することによって「空」をイメージさせる作品を作ったといえる。これらの事情からすれば、本件染描紙15から20については、創作ノートその他染描紙の構成や色彩に関して控訴人が記載した資料は証拠として提出されていないものの、控訴人は、これらの染描紙の制作にあたり、特定の色彩を選択して、構図を考えた上で模様を配置して図柄を作り上げ、完成したこれらの染描紙は、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備える部分を把握することができる。 原審で行われた控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、染描紙を制作する際に用いる刷毛に含まれた水が紙の上でどのように動くのかについて完全にコントロールすることはできず、染料を紙に染み込ませた後にどのような模様が浮かび上がるのかを事前に完全に予想できるわけではないと認められる。しかし、上記のとおり、本件染描紙15から20については、控訴人が空の情景を意識して制作し、実際に空の情景を見出し得る模様が作り出されていると認められるのであって、制作過程の中に一部控訴人のコントロールが及ばない部分があることや、完成した模様が控訴人の事前の想定と完全には一致しないことがあるとしても、そのことをもって、本件染描紙15から20が著作物と認められないことにはならない。 したがって、被控訴人Y’の上記主張は採用することができない。 (2)被控訴人Y’の前記第2の5(2)の主張について 被控訴人Y’は、控訴人が本件染描紙15から20を作成したとは認められないと主張する。 しかし、控訴人が本件染描紙15から20を制作したと認められることは、補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第3の1(1)から(3)までのとおりである。 控訴人は、原審における本人尋問において、染描紙が1日ではできない旨供述しているが、この供述は、ある染描紙の構想を開始してから染描紙の完成までに複数日を要するとの趣旨であって、控訴人が1日又は数日に1枚の染描紙のみを制作しているということはないと認められる。このことは、控訴人が、本件類似染描紙16、18、20が本件染描紙16、18、20と同日に作成された各連作の一つであると主張していること(前記第2の4(2))からも明らかである。したがって、1日1枚の制作であれば控訴人店舗にある枚数の染描紙を1人で作れないから控訴人が控訴人店舗で販売された染描紙を制作したと考えられないと解することはできず、ましてや染描紙は工業的に大量生産されたものであると認められることもない。 したがって、被控訴人Y’の上記主張は採用することができない。 (3)控訴人の前記第2の4(1)の主張について 控訴人は、染描紙につき、和紙と分離して無体物である「染描」部分だけを利用することを包括的に許諾したことはなく、翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾してはいないと主張する。 しかし、控訴人が控訴人店舗に掲げていた本件注意書きは、「無断転用、模倣、複写による商業行為」を禁ずるとの内容である。この「無断転用、模倣、複写」に、控訴人がいう「無体物」としての利用、すなわち、染描紙の購入者が染描紙の紙自体を使わずに模様をデータ化するなどして絵画等の作品制作において利用する行為が含まれることが明らかであるとはいえない。控訴人は、控訴人店舗で販売された染描紙にアーティストが絵を描いたものを控訴人ウェブサイトに掲載しており(原判決「事実及び理由」第3の1(4))、染描紙の購入者が染描紙を自らの作品に使用することが可能である旨を示していたといえ、それにもかかわらず控訴人がいう「無体物」としての利用を明示的に禁じていなかったのであるから、控訴人店舗で染描紙を購入した者が、本件注意書きを見て、染描紙の模様をデータ化するなどして利用する行為が禁じられていると理解することはできなかったといえ、かつ、控訴人も、こうした行為を禁ずる意図を有していなかったと推認することができる。 また、控訴人は、被控訴人Y’が染描紙を利用して雑誌「和樂」の「源氏物語」の挿絵を作成して掲載することを被控訴人Y’から伝えられながら、被控訴人Y’による染描紙の利用を問題とせず(原判決「事実及び理由」第3の1(5)ク)、被控訴人Y’が染描紙を利用して実際にどのような絵を制作して雑誌に掲載したのかを確認しなかった(控訴人本人、弁論の全趣旨)。この事実からも、控訴人が、染描紙の購入者が染描紙を利用して他の作品を制作することに関し、染描紙に直接絵を描くことは許諾し、染描紙の模様をデータ化するなどして利用することは禁じていたとの区別をしていたとは認められない。 控訴人のいう「無体物」としての利用であっても、それによって作品を制作しようとする者は和紙である染描紙を購入するのであるから、控訴人が染描紙を制作する目的が手漉き和紙の販売の促進にあるとしても、控訴人が「無体物」としての利用も含めて黙示に許諾することと矛盾しない。 控訴人が、染描紙について「無体物」としての利用をしようとする者に対して明示的な許諾の意思表示をしたことがあるとしても、そのことは控訴人が「無体物」としての利用を含めて他の作品制作への染描紙の利用を黙示に許諾していたことと矛盾しない。控訴人が、明示的な許諾をする際に、「無体物」としての利用を希望する者と何らかの条件交渉を行ったことがあるのか否か、どのような条件交渉を行ったのかは不明であり、仮に何らかの条件交渉を行った上で明示的な許諾の意思表示をしたことがあるとしても、事前に利用態様を認識した場合に控訴人がその者に対して一定の条件を求めることはあり得るといえ、やはり、控訴人が「無体物」としての利用を含めて他の作品制作への染描紙の利用を黙示に許諾していたことと矛盾しない。 以上の事情に加え、原判決「事実及び理由」第3の5に挙げられた事情も併せ考慮すれば、控訴人は、複製に当たる場合を除き、「無体物」としての利用を含め、染描紙を用いて他の作品を制作することを黙示的に許諾していたと認められる。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (4)控訴人の前記第2の4(2)の主張について 控訴人は、被控訴人Y’が、本件展示物15から20の制作に当たり、本件染描紙15から20に新たな表現を加える「加工」をしていないと主張する。この主張は、本件展示物15から20の制作において被控訴人Y’が行ったのは本件染描紙15から20の翻案ではなく複製であって、控訴人は染描紙の複製は許諾していなかったから、被控訴人Y’による本件展示物15から20の制作は控訴人の許諾の範囲に含まれないという趣旨の主張であると解される。 しかし、前記3(2)のとおり、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20に依拠し、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているが、具体的表現に修正、変更が加えられ、新たな思想又は感情を表現した創作物であるといえるから、「インスタレーション(芸術的空間)作品群」といえるかどうかはともかく、本件染描紙15から20の複製には当たらないと解される。 甲60の1・2、甲64から67その他の証拠を検討しても、本件展示物15から20について、本件染描紙15から20の図柄、模様や色合いに修正や変更が加えられていないとは認められず、上記のとおり、本件染描紙15から20よりも非常に拡大され、屏風様の展示物とされており、空港のターミナルビルにおいて天窓から射し込む自然光の効果も考慮されて作品とされていることも考慮すれば、本件展示物15から20が本件染描紙15から20の複製であるとはいえない。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (5)控訴人の前記第2の4(3)の主張について 控訴人は、控訴人の氏名を表示しないことについて包括的かつ黙示的に許諾していたことはないと主張する。 しかし、控訴人が、その購入者が染描紙に加工して新たな作品を制作することを黙示に許諾していたと認められることは、補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第3の5の説示のとおりである。そして、上記の点に加え、控訴人が、染描紙を加工して制作された作品の発表の際に控訴人の氏名を表示するよう求めていたと認められず、被控訴人Y’が染描紙を用いて「源氏物語」の挿絵を雑誌に掲載した際にも、控訴人が被控訴人Y’に控訴人の氏名を表示するよう求めなかったことからすれば、染描紙の購入者が染描紙に加工をして制作した作品を公衆に提供又は提示するに際し、控訴人の氏名を表示しないことを黙示に許諾していたと認められることは、前記5の説示のとおりである。 控訴人は、「源氏物語」の挿絵につき、被控訴人Y’の説明により、染描紙の本質的特徴の感得が難しくなるほど大きく手が加えられると誤解したために氏名表示を求めなかったと主張する。しかし、控訴人が、染描紙を利用して別の作品を制作する者に対し、染描紙の本質的特徴を感得することができない程度に手を加える場合には控訴人の氏名表示を求めず、そうでない場合には氏名表示を求めるとの区別をしていたと認めるに足りる証拠はなく、控訴人が、上記誤解に基づいて被控訴人Y’に氏名表示を求めなかったとは認めがたい。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (6)控訴人の前記第2の4(4)及び(5)の主張について 前記4及び5のとおり、著作権の消尽が認められるか否か、及び著作権法19条3項の適用があるか否かにかかわらず、控訴人の請求はいずれも認められないと判断されるから、これらの点に関する控訴人の主張は本件の結論を左右しない。 なお、控訴人は、被控訴人Y’の著作権法19条3項に関する主張は時機に後れた攻撃防御方法であるから却下するよう申し立てたが、訴訟の完結を遅延させることとなると認められないから、上記申立ては理由がない。 7 結論 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。 よって、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 東海林保 裁判官 今井弘晃 裁判官 水野正則 別紙 当事者目録 控訴人 X 同訴訟代理人弁護士 北村行夫 同 小野洋一 同 大井法子 同 杉浦尚子 同 雪丸真吾 同 芹澤繁 同 亀井弘泰 同 真喜志ちひろ 同 三宅恵美子 同 上治信悟 同 吉田朋 同 杉田禎浩 同 近藤美智子 同 山根俊一郎 被控訴人 Y 同訴訟代理人弁護士 岩倉正和 同 稲垣勝之 同 高藤真人 同 飯田真弥 被控訴人 日本空港ビルデング株式会社 被控訴人 東京国際空港ターミナル株式会社 上記両名訴訟代理人弁護士 武井一浩 同 中山龍太郎 同 岩瀬ひとみ 同 若林順子 同 今野渉 同 玉虫香里 以上 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |