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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件U 【年月日】令和5年12月15日 東京地裁 令和5年(ワ)第70335号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年10月18日) 判決 原告 株式会社h.m.p 同訴訟代理人弁護士 杉山央 被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 五島丈裕 主文 1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙作品目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)を複製して作成した動画ファイルを、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得るようにするとともに、当該ファイルを公衆送信したことによって、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償等の請求のため、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実) (1)当事者 原告は、映画の著作物である本件各動画の著作権者である(甲29)。 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、インターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである(弁論の全趣旨)。 (2)ビットトレントの仕組み(甲4ないし6、9、弁論の全趣旨) ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。 イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にインストールしたクライアント用のソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。 このような手順でピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、上記のピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。 (3)株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)による調査(甲1、5、9) 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件各動画の品番等に基づいて、本件各動画と同一であることが疑われる動画ファイルに対応するトレントファイルを入手した。 本件調査会社は、ビットトレントに対応するクライアント用のソフトウェアである「μTorrent」(以下「本件ソフトウェア」という。)に、入手したトレントファイルを読み込ませ、当該トレントファイルに対応する動画ファイルをダウンロードし、本件ソフトウェアの実行画面に表示されたピアのIPアドレス等の情報を、端末のタスクバーに表示された時刻及び時刻表示ソフトウェアを用いて画面の右上に表示させた時刻とともに、スクリーンショットにより撮影した(以下、同スクリーンショットにより撮影された画像(甲1)を「本件各スクリーンショット」という。)。 本件調査会社は、ダウンロードした上記各動画ファイル(以下、本件各動画に対応する動画ファイルを「本件各ファイル」という。)を再生し、本件各動画と比較して、その同一性を確認した。 (4)本件各ファイルは本件各動画を複製して作成されたものであること本件各ファイルは、本件各動画をそれぞれ複製して作成されたものである(甲7、8)。 (5)本件各発信者情報の保有 被告は、本件各発信者情報を保有している。 3 争点 (1)特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点1) (2)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか(争点2) (3)本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か(争点3) 4 争点に関する当事者の主張 (1)争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について (原告の主張) ア 本件調査会社による調査結果は信用性を有すること 本件調査会社は、本件ソフトウェアを利用して、機械的に別紙ピア目録記載の各IPアドレス及び各ポート番号(以下、IPアドレス及びポート番号を合わせて「IPアドレス等」ということがある。)を把握しており、そこに恣意が介在する可能性はない。また、把握した各IPアドレス等の正確性の検証もされている。 イ 本件各氏名不詳者により本件各動画が送信可能化されたこと (ア)本件調査会社が本件ソフトウェアの実行画面を本件各スクリーンショットとして記録した時点において、当該実行画面に表示されたピアは、ビットトレントネットワークを介して、本件各動画を複製して作成された本件各ファイルを構成する全部又は一部のデータを保有していた。 別紙ピア目録記載の項番に係るピアが保有していたファイルは、別紙作品目録記載の同じ項番に係る動画に対応するものである。 (イ)ビットトレントネットワークを形成するピアは、共有されているファイルの送信を受けるのと同時に、公衆たる他の利用者が管理するピアに対し、当該ファイルを送信し得る状態となる。すなわち、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、他のピアからファイルの送信を受けている間、自動公衆送信装置として機能し、その記録媒体は公衆送信用記録媒体となる。そして、他のピアからファイルの送信を受けることは、自動公衆送信装置への情報の入力に当たるとともに、公衆送信用記録媒体への情報の記録に当たる。 このビットトレントの仕組みに照らせば、本件調査会社による調査の際、本件ソフトウェアの実行画面に表示されたピアにおいて、本件各動画が送信可能化されていることは明らかである。 したがって、本件調査会社が本件各スクリーンショットとして記録した日時及びIPアドレス等すなわち別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される本件各氏名不詳者の管理するピアが、ビットトレントネットワークを介して本件各ファイルの送信を受けることは、本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化する行為(著作権法25条1項9号の5イ)と評価できる。 (ウ)また、ビットトレントに対応するクライアント用のソフトウェアがインストールされた端末であって、当該端末の記憶領域内のファイルについて他のピアの求めに応じて自動的に当該ファイルを送信し得るように設定可能な記憶領域に本件各ファイルを構成する全部又は一部のデータが記録されている端末は、公衆送信用記録媒体に情報が記録されている自動公衆送信装置に当たる。そして、当該クライアント用のソフトウェアを操作して@ビットトレントネットワークに接続した上で、本件各ファイルを他のピアの求めに応じて自動的に送信し得るように設定する行為、又は、A本件各ファイルを他のピアの求めに応じて自動的に送信し得るように設定した上で、ビットトレントネットワークに接続する行為は、公衆の用に供されている電気通信回線への接続を行うことに当たる。 したがって、本件調査会社が本件各スクリーンショットとして記録した日時及びIPアドレス等すなわち別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される本件各氏名不詳者が、本件各動画を送信可能化(著作権法2条1項9号の5ロ)していることは、明らかである。 ウ 本件各氏名不詳者により本件各動画が自動公衆送信されたこと (ア)ビットトレントネットワークを形成しているピアは、他のピアから共有される特定のファイルの送信を受けるのと同時に、公衆たる他の利用者が管理しているピアからの求めに応じて自動的に当該ファイルを送信する。 このビットトレントの仕組みに照らせば、本件調査会社による調査の際、本件ソフトウェアの実行画面に表示されたピアが、公衆たる他の利用者が管理しているピア又は本件調査会社が管理しているピアからの求めに応じて自動的に本件各ファイルを送信していることは、明らかである。 (イ)したがって、本件調査会社が本件各スクリーンショットにより記録した日時及びIPアドレス等すなわち別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される本件各氏名不詳者の管理するピアが、@他の利用者が管理するピアからの求めに応じて、当該ピアに対して本件各ファイルを自動的に送信したこと、A本件調査会社が管理するピアからの求めに応じて、当該ピアに対して本件各ファイルを自動的に送信したことは、いずれも本件各氏名不詳者が本件各動画を自動公衆送信する行為(著作権法2条1項9号の4)と評価できる。 エ 本件各氏名不詳者による本件各動画の送信可能化や自動公衆送信に係る通信は特定電気通信に当たること 特定電気通信とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」(プロバイダ責任制限法2条1号)とされているところ、著作権法は、送信可能化及び自動公衆送信をいずれも「公衆送信」すなわち「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信…を行うこと」(著作権法2条1項7号の2)として評価しているから、上記「送信」には送信可能化や自動公衆送信に係る通信も含まれる。 したがって、前記イ及びウの本件各氏名不詳者による本件各動画の送信可能化及び自動公衆送信に係る通信は、特定電気通信に当たる。 オ 違法性阻却事由の不存在 本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化及び自動公衆送信したことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。 カ 小括 以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかである(プロバイダ責任制限法5条1項柱書、1号)。 (被告の主張) ア 本件調査会社による調査結果が信用性を有するとはいえないこと 本件ソフトウェアを用いた調査は、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会においてP2P型ファイル交換ソフトウェアによる権利侵害情報の流通に関する検出システムとして信頼性が認められると認定されたシステムを用いたものではない。また、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信が、本件各動画ファイルを構成するピースをダウンロード又はアップロードした時の通信である等の原告の主張は、本件ソフトウェアを解析し、その実行手順を理解した上でされているものではない。 そうすると、本件調査会社による調査結果は、技術的に信用できるものとはいえないから、本件各スクリーンショットの表示内容により、ピアに割り当てられているIPアドレス等の正確性や当該ピアが行っている通信の内容を認定できるとはいえない。 イ 別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信がどのような情報を送信したものであるかは明らかでないこと ビットトレントネットワークを形成する各ピア間においては、ピースのやりとりに係る通信だけではなく、ハンドシェイクの通信も行われる。 そして、本件ソフトウェアを利用した調査の過程で、本件調査会社が実行画面を撮影した本件各スクリーンショットに表示されている日時及びIPアドレス等すなわち別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信が、どのような情報を送信したものであるかは何ら明らかではない。 ウ 本件各氏名不詳者により本件各動画が送信可能化されたとの主張について (ア)「送信可能化」(著作権法2条1項9号の5)に該当するというためには、まず「自動公衆送信し得るようにすること」が必要である。そして、「自動公衆送信し得るようにする」とは、公衆からの求めがあったときに、これに応じて自動的に公衆送信し得る状態に著作物を置くことをいうのであるから、本件各氏名不詳者が送信可能化行為をしたと認められるためには、本件各氏名不詳者の管理するピアが、別紙ピア目録記載の各日時に、本件各ファイルを、本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる程度に保有していることが必要である。 しかし、別紙ピア目録記載の各IPアドレス等により特定されるピアが、同各日時に、本件各ファイルを、本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる程度に保有していることの立証はされていない。 (イ)また、「送信可能化」されたといえるには、同号の5イ又はロに該当する行為がされることが必要となるが、その立証はされていない。 仮に、本件各氏名不詳者が、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信よりも前の通信によって、送信可能化に該当する行為をしていたとしても、ビットトレントの仕組みを踏まえれば、当該通信によって、送信可能化は実現し、その行為は終了する。そうすると、その後に送信可能化の状態が維持されるといえるとしても、送信可能化に該当する行為が継続することにはならないから、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信によって送信可能化がされたとはいえない。 (ウ)したがって、本件各氏名不詳者により本件各動画が送信可能化されたとは認められない。 エ 本件各氏名不詳者により本件各動画が自動公衆送信されたとの主張について (ア)前記イのとおり、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信がどのような情報を送信したものであるかは何ら明らかでないから、これらが本件各ファイルの全部又は一部を送信する通信であるとはいえない。実際に、本件各スクリーンショットにおいて、「下り速度」又は「上り速度」が表示されていないものがあるところ、これは、本件各氏名不詳者の管理するピアが本件調査会社の管理するピアに対して本件各動画のファイルの全部又は一部を送信する通信を捉えていないことをうかがわせるものである。 (イ)また、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信によって、本件各ファイルを構成するピースが送信されたとしても、これにより本件各動画が自動公衆送信されたと認められるためには、当該ピースにより本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる必要がある。 しかし、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信によって送信されたピースについて、本件各動画の表現上の本質的特徴が直接感得できる程度のものであることの立証はされていない。 (ウ)したがって、本件各氏名不詳者により本件各動画が自動公衆送信されたとは認められない。 (2)争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について (原告の主張) 前記(1)(原告の主張)のとおり、本件各氏名不詳者は、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信により、本件各動画を複製して作成された本件各ファイルを送信可能化及び自動公衆送信することにより、原告の著作権(公衆送信権)を侵害した。 したがって、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信から把握できる情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たる。 (被告の主張) 前記(1)(被告の主張)ウ(イ)のとおり、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信によって本件各動画が送信可能化されたと認めることはできない。仮に、上記通信がされた時点までに本件各動画が送信可能化の状態にされていたとしても、当該通信によって本件各動画が送信可能化されるものでない以上、当該通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」に当たらない。 (3)争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)について (原告の主張) 原告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償等を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。 したがって、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)。 (被告の主張) 否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について (1)本件調査会社による調査結果が信用性を有するかについて ア 前提事実(3)のとおり、本件調査会社は、本件各ファイルに係るトレントファイルをダウンロードした上、本件ソフトウェアに同トレントファイルを読み込ませ、当該トレントファイルに対応する本件各ファイルをダウンロードし、実際にダウンロードした当該ファイルを再生して表示される映像と、本件各動画とを比較することにより、これらが同一の内容を有していることを確認したことが認められる。そして、本件全証拠によっても、このような本件調査会社による調査結果に不自然、不合理な点は認められない。 したがって、本件調査会社による調査結果は信用性を有するといえる。 イ 被告は、本件調査会社による調査が、いわゆる認定システムを用いたものではない点や、本件ソフトウェアを解析し、その実行手順を理解した上でされているものではない点を指摘して、本件各スクリーンショットの表示内容により、ピアに割り当てられているIPアドレス等の正確性や当該ピアが行っている通信の内容を認定できるとはいえないと主張する。 しかし、本件ソフトウェアは、ビットトレントの開発元であるBitTorrentInc.が現在も保守をしているソフトウェアであって(甲9、11)、世界中の多数のユーザーによって実際に使用されていることがうかがわれる(なお、甲第1号証の下段の「クライアント」欄には、本件ソフトウェアの名称が多数表示されている。)。他方で、本件ソフトウェアの実行画面に表示されるピアのIPアドレス欄に誤ったものが表示される等の問題が存在することを認めるに足りる証拠はない。 そして、被告の上記主張は、本件調査会社による調査結果が信用できない可能性がある旨を抽象的に指摘するにとどまり、本件調査会社による調査結果が信用性を欠くものであることを示す具体的な事情を摘示するものとはいえない。 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。 (2)自動公衆送信に係る情報の流通による原告の権利侵害の成否について ア 前提事実(2)のとおり、ビットトレントネットワークを形成するピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)ように動作する。また、前記(1)のとおり、本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されている本件各ファイルをダウンロードし、当該動画ファイルを再生して表示される映像が、それぞれ本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるものであると確認したことが認められる。 そして、証拠(甲1、4、5,9)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査会社は、本件各ファイルのダウンロード中に、端末で実行している時刻表示ソフトウェアが表示する時刻及び本件ソフトウェアの実行画面に表示されたピアのIPアドレス等の情報に基づいて、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等を特定したことが認められるところ、この本件調査会社による調査は、当該ピアが本件調査会社の管理するピアに対して本件各ファイルを構成するピースを継続的に送信している状態を捉えたものといえる。 また、特定のファイルに対応するトレントファイルは、インターネット上で公開されているのが通常であると考えられるところ、そのようなトレントファイルは、少なくとも不特定の者において利用することができるから、同じトレントファイルを共有しているピアの管理者も不特定の者となるのが通常である。これに対し、本件全証拠によっても、本件各ファイルが特定かつ少数の者の間でのみ共有されていたとは認められないから、本件各ファイルに係るトレントファイルを取得してビットトレントネットワークに参加した本件調査会社は、「公衆」(著作権法2条5項)に当たるといえる。 以上によれば、別紙ピア目録記載の各日時において同各IPアドレス等が割り当てられていた端末により、本件各動画が、それぞれ自動公衆送信されたと認められるところ、これは、特定電気通信である当該自動公衆送信に係る情報の流通によって、原告の著作権(公衆送信権)を侵害するものというべきである。 イ(ア)被告は、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定される通信が、どのような情報を送信したものであるかは何ら明らかでないから、これらが本件各ファイルの全部又は一部をダウンロードした時の通信であるとはいえないと主張する。 しかし、前提事実(3)及び前記アのとおり、本件各スクリーンショットが撮影されたのは、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレス等により特定されるピアが、本件調査会社の管理するピアに対して本件各ファイルを構成するピースを継続的に送信している間であったといえるから、本件各氏名不詳者は、原告が特定した別紙ピア目録記載の各日時の時点において、同各IPアドレス等を使用して、本件各動画の自動公衆送信に係る通信を行っていたと認めることができる。 (イ)被告は、別紙ピア目録記載の各日時及び各IPアドレスにより特定される通信により送信されたピースについて、本件各動画の表現上の本質的特徴が直接感得できる程度のものであることが立証されていないと主張する。 しかし、前記ア及びイ(ア)のとおり、本件氏名不詳者の管理するピアは、本件調査会社の管理するピアに対し、本件各ファイルを構成するピースを継続的に送信し、本件調査会社の管理するピアがダウンロードしたファイルは、本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる程度に映像を再生し得るものであったことが認められる以上、本件各氏名不詳者は、原告が特定した別紙ピア目録記載の各日時の時点において、同各IPアドレス等を使用して、本件各動画の自動公衆送信に係る通信を行っていたと認めることができる。 したがって、本件氏名不詳者の管理するピアが、本件調査会社の管理するピアに対して送信した本件各ファイルを構成する個々のピースそれぞれについて、ピース単独で本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるか否かは、上記結論を左右するものとはいえない。 (3)違法性阻却事由の不存在 本件各氏名不詳者の行為について、違法性阻却事由が存在することは全くうかがわれない。 (4)小括 以上によれば、別紙ピア目録記載の各日時において、同各IPアドレス等が割り当てられていたピアにより、本件各ファイルがそれぞれ自動公衆送信されたと認められるから、同ピアを管理する本件各氏名不詳者によって、本件各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)「が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)と認められる。 2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について 前記1のとおり、本件各氏名不詳者は、原告が特定した別紙ピア目録記載の各日時の時点において、同各IPアドレス等を使用して、本件各動画の自動公衆送信に係る通信を行っていたと認められるから、本件各発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報…以外の発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たると認められる。 3 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)について 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各氏名不詳者に対し、本件各動画に係る原告の著作権が侵害されたことを理由として、不法行為に基づく損害賠償請求等をする予定であるが、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要があると認められる。 したがって、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)と認められる。 第4 結論 以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 間明宏充 裁判官 バヒスバラン薫 (別紙)発信者情報目録 別紙ピア目録記載の各日時に各IPアドレス及び各ポート番号を割り当てられていた契約者の氏名又は名称、住所、電話番号及び電子メールアドレス 以上 (別紙)ピア目録 以下省略 (別紙)作品目録 以下省略 |
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