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【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AL 【年月日】令和5年12月12日 東京地裁 令和5年(ワ)第70041号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年9月26日) 判決 原告 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 戸田泉 同訴訟復代理人弁護士 新英樹 被告 ソフトバンク株式会社 同訴訟代理人弁護士 金子和弘 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙作品目録記載の動画(以下「本件動画」という。)を複製して作成した動画ファイルを、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態とすることによって、本件動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実) (1)当事者 原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を目的とする特例有限会社であり、著作物である本件動画の著作権者である(甲1、7、11、弁論の全趣旨)。 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである。 (2)ビットトレントの仕組み(甲2、12、14、弁論の全趣旨) ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。 イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にインストールしたクライアント用のソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。 このような手順でピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、上記のピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。 ウ ハンドシェイクの通信は、次の通信から構成されている。 HANDSHAKE 相手の端末がビットトレントネットワークに参加しているピアであることを確認する。 ACK 他のピアとの接続が完了したことを通知する。 BITFIELD 他のピアが、共有しているファイルを構成するピースのうち、いずれのピースを保有しているかについての情報を交換する。 INTERESTED 他のピアに対し、自身がダウンロードを希望するピースを当該他のピアが保有していることを通知する。 UNCHOKE 「INTERESTED」の通知を受けたピアから、当該通知をしたピアに対し、当該ピースのアップロードが可能であることを通知する。 (3)株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)による調査(甲3ないし5、12、14、弁論の全趣旨) 本件調査会社は、別紙ピア目録記載の各IPアドレス、各ポート番号及び各発信時刻を以下の方法により特定した。 ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件動画の作品名、品番、ファイル名等に基づいて、本件動画と同一であることが疑われるファイルのハッシュ値を探索し、誤りの有無をチェックした上で、当該ハッシュ値を監視対象とした。別紙ピア目録記載のハッシュ値は、上記の手順で特定されたものである。 イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である前記アのハッシュ値を有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求したところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス及びポート番号の情報のリストが返信された。別紙ピア目録記載の各IPアドレス及び各ポート番号は、当該リストに記載されていたものである。 本件監視ソフトウェアは、トラッカーからピアの情報のリストが返信された後、実際に各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答することを確認した。別紙ピア目録記載の各発信時刻は、本件監視ソフトウェアと各ピアとの間で、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通信が行われた時刻である。 なお、本件監視ソフトウェアは、当該各ピアが、本件調査会社の管理する端末に対し、当該各ピアの共有しているファイルに係るピースを送信したか否かを確認していない。 (4)被告における本件各発信者情報の保有状況 被告における本件各発信者情報の保有状況の確認は未了である。 3 争点 (1)特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点1) (2)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか(争点2) (3)本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か(争点3) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について (原告の主張) (1)本件各氏名不詳者が共有していたファイルは本件動画を複製して作成されたものであること ビットトレントでは、共有されているファイルを特定するために、ファイル毎に生成される英数字の羅列であるハッシュ値を利用している。本件各氏名不詳者は、ビットトレントネットワークにおいて、別紙ピア目録記載のハッシュ値により特定されるファイル(以下「本件ファイル」という。)をアップロードできる状態にしていた。 本件動画と本件ファイルを再生して表示される動画とを比較すると、本件ファイルは、本件動画を複製して作成されたものであることが明らかである。 (2)本件各氏名不詳者は本件動画を送信可能化したこと ア ビットトレントネットワークにおける送信可能化について (ア)著作権法2条1項9号の5イ所定の行為による送信可能化ビットトレントネットワークにおいて、あるファイルを送信しようとする者が、当該ファイルを自身の管理する端末の共有フォルダに蔵置して、クライアント用のソフトウェアを起動すると、当該端末は、トラッカーに接続し、ビットトレントネットワークを形成するピアとして、当該ファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等をトラッカーに通知する。トラッカーは、当該通知に係る情報を記録し、当該情報に基づいて当該ファイルを保有するピアのリストを作成する。 そして、上記ファイルを受信しようとするピアが、トラッカーに接続すると、トラッカーから当該ファイルを保有するピアのリストが提供される。当該ファイルを受信しようとするピアは、このリストに基づいて、当該ファイルを保有するピアに接続し、当該ピアから当該ファイルを受信することになる。 このような一連の流れに照らせば、トラッカーは、著作権法2条1項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置」に当たる。また、ファイルを送信しようとするピアが、トラッカーサーバーに対し、当該ピアの保有するファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等を通知し、トラッカーがこれを記録することは、同号イ所定の「情報を記録し」たといえる。これにより、ファイルを送信しようとするピアは、当該ファイルを、受信しようとするピアからの求めに応じて「自動公衆送信し得るように」なる。 したがって、ファイルを送信しようとするピアは、トラッカーに当該ピアの保有する当該ファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等を通知することにより、送信可能化されたといえる。 (イ)著作権法2条1項9号の5ロ所定の行為による送信可能化 ビットトレントネットワークにおいて、あるファイルを送信しようとする者が、当該ファイルを自身の管理する端末の共有フォルダに蔵置して、クライアント用のソフトウェアを起動すると、当該端末は、トラッカーに接続し、ビットトレントネットワークを形成するピアとして、トラッカーに接続して当該ファイルを受信しようとする他のピアからの求めに応じ、自動的にファイルを送信し得る状態となる。 したがって、ファイルを共有フォルダに蔵置したままトラッカーに接続して上記状態に至った端末は、トラッカーと一体となって「情報が記録され」た「自動公衆送信装置」に当たるといえ、その時点で、「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」がされ、送信可能化されたといえる。 イ 本件各氏名不詳者により本件動画が送信可能化されたと認められること (ア)本件各氏名不詳者は、著作権法2条1項9号の5イ及びロのいずれにも該当する態様により、本件動画を送信可能化した。 (イ)本件監視ソフトウェアは、本件ファイルを構成するピースを実際に保有しており、かつ、いつでもアップロード可能な状態にあるピアに関する情報のみを記録しており、ピースの保持率が0パーセントであるピアに関する情報を記録していない。そして、ビットトレントネットワークで共有されている動画ファイルについて、あるピアが、ファイル全体を構成するピースのうち僅か1パーセントにすぎないピースしか保有していなくても、当該ピースから元の動画の一部を再生できることが確認されている。 実質的にみても、ビットトレントネットワークを介して動画をダウンロードする目的は、当該動画を閲覧することにあるから、再生できないような一部のピースのみをダウンロードし、これを削除せずに保持するという状況は考え難い。 したがって、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有していた本件ファイルに係るピースは、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるものである。 (ウ)そもそも、本件では、ビットトレントネットワークに参加しているピアの管理者が、本件ファイルに係るピースを融通し合い、共同で本件ファイルを送信可能化したとの点で、共同不法行為が成立する。 すなわち、各ピアを管理する本件各氏名不詳者は、ビットトレントネットワークを通じて繋がっているから、場所的接着性が認められる。また、当該各ピアがビットトレントネットワークを通じてピースをダウンロードした後、当該各ピアにおいて、当該ピースをいつでもアップロードできる状態が継続されるから、継続的に送信可能化による公衆送信権侵害が行われているといえ、時間的接着性が認められる。したがって、本件各氏名不詳者において、客観的共同関係が認められるといえる。 以上によれば、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有していたピースから動画が再生可能か否かや、再生される動画と本件動画との同一性は問題にならない。 (3)特定電気通信による情報の流通によって原告の権利が侵害されたこと ビットトレントネットワークにおいて、あるピアがデータをダウンロードすると、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアに対し、いつでも当該データをアップロードできる状態となる。このように、ビットトレントネットワークに参加しているピアを管理するユーザーは、誰もが当該ビットトレントネットワークで共有されているデータを取得することができる状態にある。したがって、ピアがトラッカーに接続し、トラッカーから他のピアの情報を取得して、他のピアとの間でファイルのピースを相互にダウンロード及びアップロードするとの流れ全体が、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」としての性質を有するから、「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に当たる。 また、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通信だけを見ても、これは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」であるから、「特定電気通信」(同号)に当たる。 (4)違法性阻却事由の不存在 本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。 (5)小括 以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって、原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかである(プロバイダ責任制限法5条1項1号)。 (被告の主張) (1)特定電気通信による情報の流通について ア ビットトレントネットワークにおいて行われる通信のうち、特定電気通信と評価し得るのは、ピアがトラッカーへ通知を送信する通信そのものである。 イ 電気通信は、接続元、接続先、発信時刻及び終了時刻の4要素によって特定される。そのため、これらの4要素のうち一つでも異なっていれば、別個の独立した電気通信となる。 ビットトレントネットワークにおいて、あるピアがトラッカーとの間でやりとりした電気通信と、他のピアとの間でやりとりした電気通信とは、上記4要素が異なるため、別個の電気通信である。したがって、あるピアがトラッカーに接続し、トラッカーから他のピアの情報を取得して、他のピアとの間でファイルのピースを相互にダウンロード及びアップロードするとの流れ全体が、特定電気通信となることはない。 ウ また、本件監視ソフトウェアと別紙ピア目録記載の各ピアとの間でされたハンドシェイクの通信は、本件監視ソフトウェアと当該各ピアとの間で応答確認をするためだけの一対一の閉ざされた通信にすぎず、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」ではない。そして、別紙ピア目録記載の各発信時刻に行われたハンドシェイクの通信において、本件動画に係るデータの送信が予定されていたとはいえないから、侵害情報を実際に送信する特定電気通信により、侵害情報が現実に流通し、原告の権利が侵害されたとはいえない。 (2)ビットトレントネットワークにおける送信可能化について ア ビットトレントネットワークにおいて、著作権法2条1項9号の5イ所定の送信可能化がされるのは、著作物に係るファイルが、ビットトレントネットワークを介して、ピアにダウンロードされた時点である。 また、ハンドシェイクの通信は、同号ロ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」に当たらない。 イ 原告は、トラッカーが著作権法2条1項9号の5イ所定の「自動公衆送信装置」に当たり、ファイルを送信しようとするピアが、トラッカーに当該ピアの保有するファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等を通知することにより、送信可能化されたと主張する。しかし、同号所定の「自動公衆送信装置」とは、著作物自体の情報を自動公衆送信する機能を有する装置のことをいうところ、トラッカーには、共有されるファイルの情報やピアのIPアドレス等が記録されるにすぎず、著作物自体の情報は記録されないから、トラッカーは、「自動公衆送信装置」に当たらない。 したがって、原告の上記主張は失当である。 (3)本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したことは立証されていないこと 本件各氏名不詳者の管理するピアにおける本件ファイルに係るピースの保持率が明らかでない以上、ピアの中には保持率が0パーセントのピアも含まれている可能性が否定できない。 また、本件監視ソフトウェアは、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有していたピースをダウンロードしていないというのであるから、それらのピアがそれぞれ保有していたピースから本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる映像を再生できるか否かも明らかではない。 したがって、本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したことが立証されているとはいえない。 (4)小括 したがって、本件において、特定電気通信による情報の流通によって、原告の権利が侵害されたことが明らかとはいえない。 2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について (原告の主張) 送信可能化による公衆送信権侵害は、ある一時点における権利侵害行為によってもたらされるものではなく、送信可能化の状態にある間、権利侵害が継続しているものと解すべきである。 本件において、本件各氏名不詳者が管理するピアは、ビットトレントネットワークを通じてダウンロードした本件ファイルに係るピースを、アップロード可能な状態に置いているのであるから、本件各氏名不詳者は、本件動画に係る原告の著作権(公衆送信権)を常に侵害し続けている。そして、本件監視ソフトウェアと本件各氏名不詳者の管理するピアとの間で、「UNCHOKE」の通信がされたということは、当該ピアにおいて本件ファイルに係るピースをアップロード可能な状態に置いている、すなわち本件動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されていることを示すものであるから、当該「UNCHOKE」の通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たる。 (被告の主張) (1)本件各氏名不詳者はプロバイダ責任制限法2条4号所定の「発信者」に当たらないこと プロバイダ責任制限法2条4号所定の「発信者」とは、特定電気通信設備の記録媒体に侵害情報を記録した者等をいうところ、本件各氏名不詳者は、別紙ピア目録記載の各発信時刻において、当該記録媒体に何ら侵害情報を記録するなどしていないから、同号所定の「発信者」に当たらない。 (2)別紙ピア目録記載の各発信時刻にされた通信から把握される情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たらないこと ア 著作権法2条1項9号の5イ所定の行為による送信可能化について 仮に、本件各氏名不詳者の管理するピアが、本件ファイルの一部を保有しているとしても、別紙ピア目録記載の各発信時刻までに、既にそれを取得してしまっていたから、当該各発信時刻に行われたとされるハンドシェイクの通信は、本件ファイルを「公衆送信用記録媒体」に「記録」(著作権法2条1項9号の5イ)する通信に当たらない。 イ 著作権法2条1項9号の5ロ所定の行為による送信可能化について 別紙ピア目録記載の各発信時刻における通信は、本件監視ソフトウェアと本件各氏名不詳者の管理するピアとの間でされたハンドシェイクの通信である。この通信は、単に本件各氏名不詳者の管理するピアからの応答を確認するためのものであって、本件監視ソフトウェアから公衆へ本件ファイルを流通することは予定されていないから、本件動画を「自動公衆送信し得るようにする」(著作権法2条1項9号の5柱書)ためのものではない。 したがって、ハンドシェイクの通信は、「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」(著作権法2条1項9号の5ロ)に当たらない。 (3)小括 以上によれば、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たらない。 3 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か) (原告の主張) 原告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。 したがって、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。 (被告の主張) 否認ないし争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について (1)本件各氏名不詳者により本件動画が「送信可能化」されたか否かについて ア 「送信可能化」(著作権法2条1項9号の5)に該当するには、「自動公衆送信し得るようにすること」が必要であることから、まず、この点について検討する。 (ア)証拠(甲4、7ないし9)によれば、ビットトレントネットワークにおいて共有されていた本件ファイルは、別紙ピア目録記載のハッシュ値を有するものであること、本件ファイルに係る動画を本件動画と対比すると、本件ファイルに係る動画は本件動画を複製して作成されたものであることが認められる。 しかし、別紙ピア目録記載の各ピアが、本件ファイルを構成するピースをどの程度保有していたのかを認めるに足りる証拠はないから、本件各氏名不詳者が、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる程度の情報を自動公衆送信し得るようにしたと認めることはできない。 (イ)原告は、本件監視ソフトウェアは、本件ファイルを構成するピースの保持率が0パーセントであるピアに関する情報を記録していないところ、ビットトレントネットワークで共有されている動画ファイルについて、あるピアが、ファイル全体を構成するピースのうち僅か1パーセントにすぎないピースしか保有していなくても、当該ピースから元の動画の一部を再生できることが確認されていると主張する。 確かに、証拠(甲12)によれば、本件監視ソフトウェアが、本件ファイルに係るピースを少なくとも1ピース以上保有するピアに関する情報のみを記録していると認められるものの、本件ファイルがビットトレントネットワーク上でいくつのピースに分割されて共有されていたのかを認めるに足りる証拠はないから、ビットトレントネットワーク上で共有されている本件ファイルに係る一つのピースが、本件ファイルを構成する全ピースの1パーセント以上に相当するのかは明らかではない。そうすると、本件各氏名不詳者の管理するピアが少なくとも本件ファイルを構成する全ピースの1パーセントに相当するピースを保有していると認めることはできないから、結局のところ、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有するピースから、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる映像を再現できると認めるに足りないことに変わりはない。仮に、本件ファイルに係るビットトレントネットワークに、本件各氏名不詳者以外の者が管理するピアが参加していたとしても、同様の理由により、これらのピアが保有するピースから、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得できる映像を再現できると認めることはできない。 (ウ)したがって、本件各氏名不詳者が、それぞれ又は他のピアと共同して、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる情報を自動公衆送信し得るようにしたと認めるに足りないというべきである。 イ まとめ したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件各氏名不詳者により本件動画が「自動公衆送信し得るように」されていたと認めることはできない。 (2)小括 以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)と認めることはできない。 2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について 仮に、別紙ピア目録記載の各発信時刻までに、各ピアにおいて本件動画が送信可能化されていたとしても、以下のとおり、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。 (1)ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する行為について 著作権法2条1項9号の5は、イ又はロ所定の行為により自動公衆送信し得るようにすることを「送信可能化」と定義していることから、「送信可能化」されたといえるには、同項9号の5イ又はロに該当する行為がされることが必要であるところ、ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化については、次の二つの場合が考えられる。 ア あるピアが、ビットトレントネットワークによって取得した特定のファイルを、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアとの間で共有しようとする場合 前提事実(2)イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、特定のファイルに対応するトレントファイルを端末のクライアント用のソフトウェアに読み込ませることで、当該トレントファイルを共有するピアによって形成されるビットトレントネットワークに参加し、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしたり、他のピアにアップロードしたりすることができるようになる。 そして、あるピアがこのようなダウンロード及びアップロードを行うためには、他のピアがあるピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握している必要があるから、そのダウンロード及びアップロードに先立ち、あるピアがトラッカーに対して自身のIPアドレス及びポート番号の情報をあらかじめ通知しているものと考えられる。すなわち、ビットトレントネットワークに参加しているピアは、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしさえすれば、改めてトラッカーに自身のIPアドレス及びポート番号の情報を通知するなど特段の手順を経ることなく、自身のピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握しているピアに対し、自身がダウンロードしたピースを他のピアにアップロードすることができる。 このようなビットトレントの仕組みに照らせば、共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアは、他のピアから当該ピースの送信を受けることによって、別の他のピアからの要求があればいつでも当該ピースを送信し得る状態になったといえる。 そうすると、@共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアが、当該ピースを保有する他のピアから当該ピースをダウンロードすること、又は、A当該ファイルを構成するピースを保有するピアが、当該ファイルを構成するピースを何ら保有していない他のピアに対して当該ピースをアップロードすることをもって、著作権法2条1項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」に当たる(@の場合はダウンロードしたピアの備える記録媒体、Aの場合はアップロード先のピアの備える記録媒体が、それぞれ「公衆送信用記録媒体」に該当する。)と解するのが相当である。もっとも、動画に係るファイルが多数のピースに細分化されている場合、一部のピースからなるファイルを再生用ソフトウェア等に読み込ませたり、静止画又は動画として再生したりすることができない場合も考えられるから、動画に係るファイルの基となった著作物の表現上の本質的特徴が直接感得できるような状態で再生し得る程度の数量ないし組合せのピースがダウンロード又はアップロードされることが必要と解される。(以下、この態様を「類型1」という。) イ あるピアが、ビットトレントネットワーク以外の手段によって取得した特定のファイルをビットトレントネットワークにおいて共有しようとする場合 前提事実(2)イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、トレントファイルを共有するピアで形成されるビットトレントネットワーク内でのみ当該トレントファイルに対応する特定のファイルが共有され、他のピアからのピースの送信要求は、トラッカーから提供されるピアのIPアドレス等の情報のリストに基づいてされるところ、当該情報は、各ピアが定期的にトラッカーに通知した自身のIPアドレス等の情報が基礎となっている。 このようなビットトレントの仕組みに照らせば、ピアは、トラッカーに対して自身の情報を提供するための最初の通知の送信をしたことによって、他のピアからの要求があればいつでもファイルを構成するピースを送信し得る状態になったといえる。 そうすると、当該トラッカーに対する最初の通知の送信をもって、著作権法2条1項9号の5ロ所定の「その公衆送信用記録媒体に情報が記録され…ている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続…を行うこと」に当たると解するのが相当である(以下、この態様を「類型2」という。)。 (2)ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する通信について ア 前記(1)のとおり、ビットトレントを利用したファイル共有においては、当該ファイルを自動公衆送信し得るようにするための態様として、著作権法2条1項9号の5イ所定の行為に対応する類型1及び同号ロ所定の行為に対応する類型2を想定することができる。 しかし、前提事実(2)イのとおり、ハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを形成しているピアが、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認する通信であって、共有される特定のファイルを構成するピースをダウンロード又はアップロードする通信(類型1)ではないし、トラッカーに対する通知の送信(類型2)でもないから、類型1及び2のいずれにも該当しない。 そして、本件において、類型1及び2以外の態様である、本件監視ソフトウェアと本件各氏名不詳者の管理するピアとの間で行われるハンドシェイクの通信が、本件動画を「送信可能化」する行為に該当することについて、立証がされているとはいえない。 したがって、上記ハンドシェイクの通信が著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為に該当するとは認められない。 イ また、同項9号の5イ又はロ所定の行為により「送信可能化」がされてしまえば、自動公衆送信し得る状態が完全に実現される以上、「送信可能化」に該当する行為が継続されることはないというべきである。 したがって、この観点からも、前記ハンドシェイクの通信が、本件動画を送信可能化し、本件動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信であると認めることはできない。 (3)小括 以上によれば、本件監視ソフトウェアと本件各氏名不詳者の管理するピアとの間で行われたハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通信から把握される情報が、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。 したがって、本件各発信者情報は、同項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たると認めることはできない。 第5 結論 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 間明宏充 裁判官 木村洋一 (別紙)発信者情報目録 別紙ピア目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。 @氏名又は名称 A住所 B電子メールアドレス 以上 (別紙)作品目録 以下省略 (別紙)ピア目録 以下省略 |
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