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【事件名】「木枯し紋次郎」事件 【年月日】令和5年12月7日 東京地裁 令和5年(ワ)第70139号 著作権侵害差止等請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年9月22日) 判決 原告 A(以下「原告A」という。) 原告 株式会社スーン(以下「原告会社」という。) 上記両名訴訟代理人弁護士 椙山敬士 同 水上康平 同 曽根翼 被告 株式会社一十珍海堂 同訴訟代理人弁護士 福井健策 同 田島佑規 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、別紙被告商品目録記載の商品を製造し、譲渡し、引き渡し、同商品の画像を公衆送信し、又は同商品を譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。 2 被告は、その占有する別紙被告商品目録記載の商品を廃棄せよ。 3 被告は、原告ら各自に対し、1億5126万1000円及びこれに対する令和5年4月8日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1(1)故笹沢左保ことB(以下「故B」という。)は、「木枯し紋次郎」シリーズの連載小説(別紙本件書籍目録記載1及び2の各書籍〔以下「本件書籍」という。〕を含む。)を執筆した。その後、本件書籍は、Cの作画により漫画化され、「赦免花は散った」、「湯煙に月は砕けた」、「女人講の闇を裂く」、「川留めの水は濁った」の4作品が収録された単行本(以下「本件漫画作品」という。)が発行された。そして、本件書籍は、Dの主演によりテレビ化され、第1話「川留めの水は濁った」から第18話「流れ舟は帰らず」までのテレビシリーズ(「本件テレビ作品」という。)が放映された。さらに、本件書籍は、Eの主演により映画化され、「木枯し紋次郎」及び続編の「木枯し紋次郎 関わりござんせん」(以下「本件映画作品」といい、本件漫画作品、本件テレビ作品と併せて「本件各作品」という。)が全国公開された。 そして、原告Aは、本件各作品その他の故B創作に関する著作権を全て相続し、原告会社に対し、上記著作権一切に関する独占的な利用を許諾した。 (2)本件は、原告らが、被告に対し、被告が別紙被告図柄目録記載の図柄(以下「被告図柄」という。)及び「紋次郎」という語を別紙被告商品目録記載の各商品(以下「被告商品」という。)に付して製造販売し、その画像を公衆送信することは、本件各作品に係る複製権又は翻案権、公衆送信権及び譲渡権を侵害すると主張するとともに、被告図柄等を付して被告商品を製造販売することは、不正競争防止法2条1項1号又は2号に掲げる「不正競争」に該当すると主張して、著作権法112条1項及び2項並びに不正競争防止法3条1項及び2項に基づき、被告商品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条及び著作権法114条3項並びに不正競争防止法4条及び5条3項1号に基づき、1億5126万1000円(損害額1億3751万1000円及び弁護士費用1375万円の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年4月8日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 (3)当裁判所は、第1回口頭弁論期日において、原告らに対し、原告ら主張に係る著作物及び商品等表示につき、更なる特定をするかどうか釈明したところ、原告らは、@通常より大きい三度笠を目深にかぶり、A通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、B口に長い竹の楊枝をくわえ、C長脇差を携えた渡世人という部分として特定する旨主張し、個別の写真や図柄等として特定するものではなく、その他に主張する予定はないと述べた。これに対し、被告が上記のとおり理解していると答えたため、当事者双方は、上記の特定を前提として、主張立証を補充することとされた(第1回口頭弁論調書参照)。 2 前提事実(証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。) (1)当事者 ア 原告Aは、本件書籍を含む「木枯し紋次郎」シリーズの小説を創作した故Bの妻であり、故Bから、本件書籍を含む同人の全ての著作物に係る著作権を相続した。(甲3、4、11、12、弁論の全趣旨)。 イ 原告会社は、広告代理店業、キャラクター商品の企画等を目的とする株式会社であり、本件書籍を含む故笹沢の全ての著作物に係る著作権について、原告Aから独占的な利用許諾を受けている。(甲1、13、弁論の全趣旨) ウ 被告は、食品の製造販売等を業とする株式会社である。 (2)本件書籍 本件書籍は、故Bが、「紋次郎」を主人公として創作した時代小説であり、言語の著作物に当たる。(甲3、4、弁論の全趣旨) (3)本件書籍の漫画化・映像化 本件書籍は、昭和47年に、Cの作画により漫画化され、本件漫画作品が発行された。そして、本件書籍は、昭和47年1月、Dの主演によりテレビ化され、本件テレビ作品が放映された。さらに、本件書籍は、Eの主演により映画化され、本件映画作品が全国公開された。(甲5ないし9、弁論の全趣旨) (4)被告商品の製造販売 被告は、昭和47年6月25日から、「紋次郎いか」という商品名でパッケージに被告図柄を付して、甘辛く煮たするめいかの足を竹の串に刺した食品を製造販売した。また、被告は、その後、「げんこつ紋次郎」その他の被告商品にも、被告図柄を付して、製造販売していた。 3 争点 (1)著作権侵害の有無(争点1) (2)不正競争該当性(争点2) (3)損害額(争点3) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(著作権侵害の有無)について (原告らの主張) (1)本件テレビ作品では、本件書籍で表される「紋次郎」の外観上の特徴のうち、三度笠を大きくし、道中合羽を長くするアレンジを加えており、この「紋次郎」の外観上の特徴を言語化すると、@通常より大きい三度笠を目深にかぶり、A通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、B口に長い竹の楊枝をくわえ、C長脇差を携えた渡世人となる(以下、これら4つの外観表現上の特徴を備えた別紙本件紋次郎表示目録記載の主人公を「本件紋次郎」という。)。 本件紋次郎の@ないしCの表現は、いずれも一人の主人公の外観上の特徴を言語により表現した密接不可分のものであり、切り離して検討することは許されないところ、@、A、Cの服装をした渡世人が、Bのように長楊枝を口にくわえているというのは、「木枯し紋次郎」以前には全く見られなかった表現である。このような特徴を備えた表現は、極めて個性的で創作性に富んだものであり、本件紋次郎は著作者の個性の発揮によってこそ生み出された表現といえる。 (2)被告は、@の「通常より大きい」、Aの「通常よりも長い」という点は、本件書籍に登場しないことから、これらの要素は、本件テレビ作品の監督が独自に付け加えた要素であり、被告図柄との比較に当たっては、考慮に入れる要素ではない旨主張する。しかしながら、二次的著作物と認められれば、原著作者は、二次的著作物に係る著作者と同様の権利を有するため(最高裁平成12年(受)第798号同13年10月25日第一小法廷判決・集民203号285頁参照)、被告の主張は失当である。また、上記の「通常より大きい」、「通常よりも長い」という点は、原作(本件書籍)の創作性の中核に属する三度笠と道中合羽を、映像で見栄えがするようにしたにすぎず、原著作物の著作者が想像すらしていなかった部分についてまで権利を行使し得るような場合には当たらないから、二次的著作物として原著作者が権利行使し得るとするのが相当である。 (被告の主張) (1)著作権侵害となるのは、創作的表現が共通している場合であり、アイデアなど表現それ自体ではない部分、あるいは、ありふれた表現が共通するのみである場合には、著作権侵害とはならない。 これを本件紋次郎についてみると、@三度笠をかぶっている点、A道中合羽を着用している点、C長い刀を所持している点の服装の表現自体は、江戸時代の人物(特に渡世人)が登場する作品を描いた場合において極めてありふれたものであり、B口に棒状のものを加えたという点は、アイデアにすぎない。そうすると、@ないしCの組合せは、ありふれた組合せ表現又は抽象的なキャラクター設定というアイデアにとどまるものであり、創作的表現とはいえず著作権侵害の要素とはならない。また、「紋次郎」という名称は、本件書籍以前から、実在の人名や小説のタイトルに登場するものであり、「紋次郎」という名称は著作権で保護される表現に当たらない。 (2)原告らは、@の「通常より大きい」、Aの「通常よりも長い」という点も、被告図柄と本件紋次郎との比較において挙げているが、これらの点は、本件書籍に登場せず、本件テレビ作品において監督が独自に付け加えた要素であり、故Bはこれらの表現について何ら関与していない。したがって、被告図柄が本件紋次郎に係る著作権を侵害するかどうかは、二次的著作物に付された独自の点である上記要素を除き、比較検討すべきである。なお、仮に、これらの点を含めて比較検討しても、上記のとおり、ありふれた組合せについて、「通常より大きい」及び「通常よりも長い」を付加する程度は、アイデアないしありふれた表現にすぎないから、著作権侵害を基礎づけるものではない。 2 争点2(不正競争該当性)について (原告らの主張) (1)商品等表示該当性 上記@ないしCの特徴を備えた本件紋次郎の図柄又は写真に「紋次郎」という語を付した表示(以下「原告商品等表示」という。)は、これまでに本件各作品を含む「木枯し紋次郎」シリーズの小説、漫画、テレビ番組、映画及びDVD等の商品又は営業において長年使用されてきたものであり(甲3ないし10、19)、「木枯し紋次郎」シリーズの権利者による商品又は営業を表示するものとして広く知られている。 したがって、原告商品等表示は、著作権者である原告A及び著作権の独占的ライセンシーかつ商品化権者である原告会社の「商品等表示」(不正競争防止法2条1項1号又は2号)に当たり、著名であるか又は少なくとも需要者の間に広く認識されているものである。 (2)類似性 被告図柄は、上記@ないしCの特徴を備え、紋次郎の名称が付されているから、原告商品等表示と同一又は類似である。 (3)混同惹起の有無 被告が被告商品を製造販売する行為は、原告らと被告との間にライセンス関係があるなど同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると需要者に誤信させる行為であり、原告A又は原告会社の商品又は営業と混同を生じさせるものである。 (被告の主張) (1)商品等表示該当性 上記@ないしCは、キャラクター設定上の抽象的な特徴を文字として記述したものにすぎず、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」(不正競争防止法2条1項1号)ではない。 (2)類似性 原告商品等表示は、キャラクター設定上の抽象的な特徴を文字として記述したものにすぎず、そのような記述と図柄とでは、外観、称呼においては何ら共通性はなく、仮に何らかの観念が生ずるとしても被告図柄の特徴の一部に関する説明文のように感じられるのみであり、具体的な取引の実情の下において、両者を出所の混同を生じさせるほど全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるとは、到底考えられない。 (3)混同惹起の有無 被告商品は、「紋次郎いか」などの商品名称と共に、明らかに菓子等として販売されているものであり、これらを製造販売する行為が、小説や映像作品である「木枯し紋次郎」に関するライセンスビジネスを行う原告らの商品又は営業と混同を生じさせるものではないことは明らかである。 3 争点3(損害額)について (原告らの主張) (1)損害額 原告らが、被告商品のような商品に本件各作品の利用を許諾する際のライセンス料率は、その売上額の3%を下らない。また、被告商品は、被告の売上額の少なくとも90%を占めるものと推測される。 そして、被告の売上げは、2017年1月期は2億8500万円、2018年1月期は2億8800万円、2019年1月期は2億9000万円、2020年1月期は2億7000万円、2021年1月期は2億5000万円、2022年1月期は2億3000万円である。また、2016年1月期以前の年間売上げは2億5000万円を下らないと推測され、2023年1月期は、2022年1月期と同じ2億3000万円の売上げがあるものと推測される。 したがって、原告らが、被告の2004年ないし2023年1月期(2003年2月1日ないし2023年1月31日)において、本件各作品に係る権利の行使につき受けるべき金銭の額は、下記計算式の合計額である1億3751万1000円であり、同額が原告らの損害額であると推定される(著作権法114条3項、不正競争防止法5条3項1号)。 (計算式) 2004年〜2016年1月期 2億5000万円×90%×3%×13年=8775万円 2017年1月期 2億8500万円×90%×3%=769万5000円 2018年1月期 2億8800万円×90%×3%=777万6000円 2019年1月期 2億9000万円×90%×3%=783万円 2020年1月期 2億7000万円×90%×3%=729万円 2021年1月期 2億5000万円×90%×3%=675万円 2022年1月期 2億3000万円×90%×3%=621万円 2023年1月期 2億3000万円×90%×3%=621万円 (2)弁護士費用 被告の著作権侵害行為又は不正競争行為と相当因果関係のある弁護士費用は、少なくとも1375万円を下らない。 (被告の主張) 争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(著作権侵害の有無)について (1)著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載小説においては、当該登場人物が描かれた各回の文章表現それぞれが著作物に当たり、上記登場人物のいわゆるキャラクターといわれるものは、小説の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができない。そうすると、一話完結形式の連載小説に登場するキャラクターは、著作権法2条1項1号にいう著作物ということはできない(連載漫画についての最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)。 したがって、著作権者は、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定する必要があるものと解するのが相当である。 これを本件についてみると、原告らは、特定論において、著作権が侵害されたと主張する著作物につき、@通常より大きい三度笠を目深にかぶり、A通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、B口に長い竹の楊枝をくわえ、C長脇差を携えた渡世人という記述(以下「本件渡世人」という。別紙本件紋次郎表示目録参照)であると特定するにとどまり、本件渡世人を個別の写真や図柄等として特定するものではなく、その他に主張する予定もないと陳述している(第1回口頭弁論調書参照)。 そうすると、原告らは、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定するものではない。 したがって、原告らの特定論に係る主張を前提とすれば、原告らは、本件書籍において著作権が侵害されたという著作物を具体的に特定しないものとして、その主張自体失当というほかなく、この理は、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物として主張される本件渡世人についても、異なるところはない。 仮に、原告らが、本件渡世人という記述に加え、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物という趣旨をいうものとして特定しているとしても、上記中心人物は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念をいうものであるから、原告らが特定するものは、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないことからすると、これを著作物であると認めることはできない。 さらに念のため、本件渡世人に係る記述自体をみても、原告ら主張に係る本件渡世人は、@通常より大きい三度笠を目深にかぶり、A通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、B口に長い竹の楊枝をくわえ、C長脇差を携えた渡世人というものである。そして、証拠(乙1ないし15)及び弁論の全趣旨によれば、渡世人が、三度笠を目深にかぶり、引き回しの道中合羽で身を包み、長脇差を携えていたというのは、江戸時代の渡世人の姿としてありふれた事実をいうものであり、口に長い竹の楊枝をくわえるという部分を更に加えたとしても、これがアイデアとして独自性を有するかどうかは格別、著作権法で保護されるべき創作的表現という観点からすれば、その記述自体は明らかにありふれたものである。仮に、本件渡世人に対しその後本件テレビ作品で加えられた表現をもって二次的著作物とする原告らの主張に立って、「通常より大きい」三度笠で、「通常よりも長い」道中合羽で身を包んでいるという記述を加えて更に検討したとしても、これらの記述も同じく極めてありふれたものであり、原告らの上記主張の当否を判断するまでもなく、本件渡世人に係る上記記述は、全体として、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず、これを創作的表現であると認めることはできない。 仮に、原告らが、特定論における上記主張にかかわらず、例えば本件テレビ作品の映像の一部(本件紋次郎表示目録参照)に係る人物写真に著作権を有することを前提として、著作権侵害を主張するとしても、被告図柄(被告図柄目録参照)との同一性を検討し得る部分は、結局のところ、本件渡世人に係る上記記述部分にとどまるものとなるから、当該記述部分が、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず、創作的表現に該当しないことは、上記において説示したとおりである。そうすると、本件テレビ作品の映像の一部に係る人物写真と、被告図柄との同一性を検討し得る部分は、明らかに創作的表現がない部分にとどまることからすれば、被告図柄の製作が複製又は翻案に該当しないことは、自明である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。のみならず、被告図柄で記述された渡世人の姿についてみると、三度笠の大きさは、概ね背丈ほどもある巨大なものであり、江戸時代の渡世人の姿とは異なるものである。また、口にくわえるものも顔の数倍程度もあるものであり、これを直ちに竹の楊枝であると認識し得るものとはいえない。そうすると、被告図柄の記述自体からは、本件渡世人のような江戸時代の渡世人を直接感得することはできないことからすると、上記において同一性を検討し得るとした部分についても、著作権法の観点から仔細に検討すれば、そもそも同一性を欠くものといえる。 (2)これに対し、原告らは、被告図柄が本件渡世人における表現上の本質的な特徴を維持している旨主張するものの、本件書籍の具体的表現を離れて、紋次郎という登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできず、本件テレビ作品の映像の一部に係る人物写真をみても、被告図柄と同一性を検討し得る部分は、江戸時代の渡世人の姿というありふれた事実をありふれた記述でいうにとどまり、創作的表現ということはできず、同一性を検討し得る部分も、そもそも同一性を欠くといえることは、上記において説示したとおりである。 したがって、原告らの主張の実質は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品において一貫して登場する紋次郎というキャラクターを保護すべき旨主張するものに帰し、原告らの主張は、表現の自由、創作の自由を保障するという観点から創作的表現に限り一定期間の保護を認めるという著作権法の趣旨目的のほか、前掲各最高裁判決が説示するところを正解するものとはいえない。 したがって、原告らの主張は、上記認定を左右するものとはいえず、いずれも採用することができない。 2 争点2(不正競争該当性)について 不正競争防止法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」とは、人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。 これを本件についてみると、原告ら主張に係る商品等表示とは、前記@ないしCの特徴を備えた本件渡世人に係る表示をいうところ(第1回口頭弁論調書参照)、本件渡世人がありふれた江戸時代の渡世人をいうにすぎないことは、上記において説示したとおりであり、本件渡世人に係る表示は、そもそも不正競争防止法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」に該当するものとはいえない。 仮に、原告らの主張が、本件渡世人の図柄又は写真に「紋次郎」という名称が付された表示をいうものとしても、商品等表示として具体的な特定を欠くのみならず、一般に「紋次郎」という名称は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品に登場する中心人物を示す、いわゆるキャラクターに関する識別情報であり、本来的に商品又は営業の出所表示機能を有するものではない。そして、本件全証拠をもっても、原告ら主張に係る上記表示が、キャラクターに関する識別情報を超えて、原告らの営業を表示する二次的意味を有するものと認めるに足りず、まして原告ら主張に係る上記表示が、原告らの営業等を表示するものとして周知著名であるものとは、本件全証拠を踏まえても、明らかに認めるに足りない。 のみならず、証拠(乙20ないし28)及び弁論の全趣旨によれば、被告図柄は昭和52年に、「紋次郎いか」は昭和57年に、「げんこつ紋次郎」は平成20年に、それぞれ商標登録を受け、被告がこれらの商標を付するなどして被告商品を販売し、その信用を長年にわたり蓄積してきた実情及び実績を踏まえると、仮に原告らの主張に立ったとしても、原告らの営業等と誤認混同を生ずるおそれを直ちに認めることはできず、これを覆すに足りる証拠はない。 そうすると、仮に上記キャラクターに関する識別情報に一定の財産的価値が化体していたとしても、実在の人物としてパブリシティ権侵害をいうなら格別、被告が被告図柄を付して被告商品を製造販売する行為は、不正競争防止法2条1項1号又は2号に掲げる「不正競争」に該当するものとはいえない。 したがって、原告らの主張は、いずれも採用することができない。 3 その他 その他に、原告らの主張を改めて検討しても、原告らの主張は「紋次郎」というキャラクターに係る財産的価値の保護を求めるに帰し、立法論としては格別、上記において説示したとおり、著作権法及び不正競争防止法の趣旨目的を正解するものとはいえない。したがって、原告らの主張は、前記判断を左右するものとはいえず、いずれも採用の限りではない。 第5 結論 よって、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 中島基至 裁判官 小田誉太郎 裁判官 古賀千尋 (別紙)被告商品目録 1 商品名 紋次郎いか 2 商品名 紋次郎いか 3 商品名 げんこつ紋次郎 4 商品名 とんがりいか 5 商品名 とんがりいか 6 商品名 てっぽういか (別紙)本件書籍目録
(別紙)被告図柄目録 図柄 上記図柄に「紋次郎」との語を付したもの。 (別紙)本件紋次郎表示目録 @本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物であり、A外観上、通常より大きい三度笠を目深にかぶり、通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、口に長い竹の楊枝をくわえ、長脇差を携えた渡世人との特徴があり、B例えば、本件テレビ作品でいえば下記のような表現 記 画像 |
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