判例全文 | ||
【事件名】ビッグローブへの発信者情報開示請求事件S 【年月日】令和5年11月15日 東京地裁 令和4年(ワ)第21568号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年10月2日) 判決 原告 株式会社A&T 同訴訟代理人弁護士 杉山央 被告 ビッグローブ株式会社 同訴訟代理人弁護士 ●(はしごたか)橋利昌 同 平出晋一 同 太田絢子 主文 1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 略語は略語一覧表のとおり。 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、本件発信者らがファイル交換ソフトウェア「BitTorrent」を使用し、本件各動画を送信可能化した上で自動公衆送信したことによって、本件各動画に係る原告の著作権(自動公衆送信権、送信可能化権)を侵害したことは明らかであると主張して、被告に対し、法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、顕著な事実、掲記の各証拠(書証の番5号は特に断らない限り枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により認められる事実。) (1)当事者 ア 原告は、動画の制作等を行う株式会社である。 イ 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)であって、本件発信者情報を保有している。 (2)本件各動画の著作権者 原告は、その発意に基づき、原告における職務の履行として、原告の業務に従事する者に対し、本件各動画の企画、制作等を行わせ、また、本件各動画のパッケージに原告の商号を表示して、自己の著作の名義の下に本件各動画を公表した。(甲2の1、2の5、16) したがって、原告は、本件各動画の著作者としてその著作権を有する。 (3)BitTorrentの仕組み等 BitTorrentとは、いわゆるP2P形式のネットワークであり、その概要や使用の手順は、次のとおりである。(甲4〜7) ア BitTorrentにより特定のファイルを配布する場合、まず、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割された個々のデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザー(ピア)に分散して共有させる。 イ BitTorrentを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、まず、その使用端末にBitTorrentに対応したクライアントソフト(以下、対応クライアントソフトを含めて「BitTorrent」ということがある。)をインストールした上で、「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードして、これをBitTorrentに読み込ませる。これにより、BitTorrentは、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求する。トラッカーサーバは、ファイルの提供者を管理するサーバであり、ユーザーによる要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。 ウ リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他の複数のユーザーに接続し、それぞれから、当該ピースのダウンロードを開始する。全てのピースのダウンロードが終了すると、自動的に、元の1つの完全なファイルが復元される。 エ 完全な状態のファイルを持つユーザーは「シーダー」と呼ばれる。他方、目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが、ダウンロードが完了して完全な状態のファイルを保有すると、当該ユーザーは自動的にシーダーとなる。シーダーは、リーチャーからの求めに応じて、当該ファイルの一部をアップロードしてリーチャーに提供する。また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持しているファイルの一部(ピース)を、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルを自らダウンロードすると同時に、他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態に置かれる仕組みとなっている。 (4)本件調査 ア 原告は、本件訴訟提起に先立ち、調査会社に対し、BitTorrentを利用した本件各動画の著作権侵害に係る調査(本件調査)を委託した。 イ 本件調査は、BitTorrentの開発・管理運営を行う会社が管理・運営するフリーソフトウェアである本件クライアントソフトを使用して行われた。本件クライアントソフトは、ダウンロードをするトレントファイルを検索し、BitTorrentを使用しているピアの情報を表示する機能を有しており、本件クライアントソフトを利用することにより、ピースのダウンロード及びアップロードを行っているピアのIPアドレスを解明することが可能である。 本件調査の概要は、以下のとおりである。 すなわち、本件調査会社担当者は、インデックスサイトにおいて本件各動画に係るファイルを検索して、トレントファイルをダウンロードし、本件クライアントソフトを起動して、端末にダウンロードしたトレントファイルから、本件クライアントソフト上で本件各動画に係るピースをダウンロードした。本件調査会社は、当該ダウンロード中に当該端末に当該ピアのIPアドレスとして表示されているIPアドレスを確認し、スクリーンショットして保存した。同スクリーンショットの画像(甲1の1、1の5)には、本件各動画に係るピースにつき、本件調査会社が別紙発信者情報目録記載の「日時」欄記載の日時に「ダウンロード中」すなわち当該ピースのダウンロードが進行している状態又はダウンロードしつつアップロードしている状態であることと、当該ピースのダウンロード先のピアのIPアドレスとして、本件IPアドレスが表示されている。 本件調査会社担当者は、本件発信者のIPアドレスを確認し、ダウンロードしたファイルの動画と本件各動画とを見比べてその同一性を確認した。 ウ 本件調査会社は、原告に対し、本件調査の結果、別紙発信者情報目録の「日時」欄記載の日時に、本件各動画に係るファイル(ピース)がアップロードされていること、このアップロードの通信に本件IPアドレスが使用されていることなどを報告した。 (以上につき、上記のほか、甲5、6、19、21) 2 本件の主な争点は権利侵害の明白性であり、これに関する当事者の主張は以下のとおりである。 (原告の主張) (1)主位的主張 本件調査会社は、本件調査によって、本件発信者から本件各動画のピースをダウンロードし、これを保有する本件発信者が接続しているIPアドレス、接続日時等を特定した。また、本件調査会社担当者は、ダウンロードしたファイルの動画と本件各動画とを見比べてその同一性を確認した。 したがって、本件発信者は、本件調査会社の求めに応じて自動的に本件各動画のピースを送信したといえる。このような行為は、原告の本件各動画に係る自動公衆送信権侵害に当たる。 (2)予備的主張 BitTorrentの仕組によれば、本件発信者は、BitTorrentを利用する他のユーザー(ピア)からその余のファイル(ピース)をダウンロードすることによって完全なファイルを取得すると共に、本件各動画のピースをアップロード可能な状態に置き、本件発信者以外のユーザーが本件各動画の完全なファイルをダウンロードすることを可能とさせている。すなわち、本件発信者は、別紙発信者情報目録の「日時」欄記載の各日時に、本件各動画のピースのダウンロードが可能であるという情報を発信し続けていたことから、本件各動画を送信可能化した(著作権法2条1項9号の5ロ)といえる。 このような行為は、原告の本件各動画に係る送信可能化権侵害に当たる。 (3)被告の主張について ア 本件調査会社は、本件調査に際して機械的にIPアドレスを取得しており、恣意が介在する可能性はない。 イ 著作権侵害の有無の判断に当たっては、侵害品と非侵害品の同一性又は類似性が重要であり、また、動画の一部の侵害であっても動画全体の著作権侵害を構成するのであるから、動画ファイルのサイズの異同は重要でない。なお、本件動画5については、元々のトレントデータが2分割されていたところ、本件調査においてダウンロードしたデータはそのうち1つのみであったために、本件動画5全体の動画ファイルと本件侵害動画5のファイルの大きさが異なっているが、動画自体は同じものである。 ウ 本件調査における時刻表示については、本件調査会社は、本件調査に際し、時刻を秒単位で表示するアプリケーションを利用している。当該アプリケーションは、端末がWi−Fiに接続されている限り定期的に時刻の修正が行われるものであり、その正確性が担保されている。また、本件調査に関連して、一定時間IPアドレスが変動することなく動画ファイルのダウンロードが進むことが確認されている。本件調査会社は、機械的にIPアドレスを取得し、取得したIPアドレスの正確性も検証済みである。 エ 本件調査においては、ダウンロードできていなければ「ダウンロード中」以外の表示になるのであって、「ダウンロード中」との表示がされている以上、本件発信者から本件各動画のダウンロードがされている。 (被告の主張) (1)主位的主張について 不知ないし争う。 ア 本件調査における本件IPアドレスを特定する日時の正確性は明らかでない。 被告は、本件IPアドレスを含むIPアドレスにつき、会員等に固有のものとして割り当てておらず、「動的」すなわち同じIPアドレスが時に応じて異なる会員等に割り当てられるように管理しており、その日時の正確性は重要である。しかし、本件調査では、操作者がパソコンの画面の時刻表示を視認すると同時にスクリーンショットで記録する方法でその日時を特定しており、コンピュータのログやソフトにより日時を自動的に把握する方法とは大きく異なる。このため、その日時の信用性に疑義がある。 イ 本件侵害動画と本件各動画のファイルとは、サイズが異なるなどしており、その同一性に疑義がある。 ウ 被告が本件発信者に対して法6条1項に基づく意見聴取を行ったところ、一部の者から、身に覚えがないなどとして発信者情報開示に同意しない旨の回答があった。これらの者との関係では、本件各動画に係る著作権侵害は認められない。 エ 本件IPアドレスによる通信は、フラグが「Xe」の状態であり、本件各動画のダウンロードの通信自体ではない可能性がある。 (2)予備的主張について 否認ないし争う。原告は、複製物等の全部又は一部が本件調査会社に送信された時点に権利侵害があったと主張しつつ、それ以前に送信可能化の段階があったと推察しているに過ぎないから、権利侵害があるとすれば公衆送信権侵害にほかならず、送信可能化権侵害は認められない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(権利侵害の明白性)について (1)BitTorrent及び本件クライアントソフトの仕組み並びに本件調査の方法ないし内容(前提事実(3)、(4))を踏まえると、本件発信者は、その端末にBitTorrentをインストールして、本件各動画のファイルに係るピースをダウンロードし、かつ、当該ピースを不特定の者からの求めに応じてBitTorrentのネットワークを介して自動的に送信し得るようにし、被告から本件IPアドレスの割当を受けてインターネットに接続された状態の下、別紙発信者情報目録の「日時」欄記載の各日時において、本件調査会社の求めに応じ、自動的に本件各動画のファイルのピースをアップロードしたものと認められる。 そうすると、本件各動画に係るファイル(ピース)は、本件IPアドレスが割り当てられた本件発信者により、公衆からの求めに応じて自動的に公衆送信されたものということができる。すなわち、本件発信者は本件各動画に係るデータを自動公衆送信したものであり、これにより、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたことが明らかである(法5条1項1号)。 (2)被告は、本件侵害動画が本件各動画との同一性を欠く旨や本件調査の信用性に疑義がある旨などを主張する。 まず、弁論の全趣旨によれば、本件侵害動画と本件各動画とは、ファイルのサイズが異なり、完全に同一内容のものではないことがうかがわれる。もっとも、本件調査会社担当者は、本件調査の際に、本件発信者のIPアドレスを確認すると共に、ダウンロードしたファイルの動画と本件各動画とを見比べてその同一性を確認している(前提事実(4)イ)。また、証拠(甲19)によれば、本件侵害動画と本件各動画には、複数の同一シーンが含まれていることが認められる。他方で、これらの内容の実質的同一性が失われていることをうかがわせる具体的な事情はない。このため、少なくとも、本件侵害動画は本件各動画の一部であり、前者は後者を複製したものであることが認められる。 また、被告の意見聴取に対する回答者の一部が身に覚えがないなどと回答したからといって、必ずしもその者による権利侵害が否定されるものではない。 本件調査における時刻の記録の正確性については、一般論としてパソコン端末の時刻表示が正確でないことがあり得るとしても、本件において、本件クライアントソフトを起動していた端末の時刻表示がいずれも不正確であったことをうかがわせる具体的事情は見当たらない。むしろ、本件調査会社は、本件IPアドレスを確認した際の時刻を正確に記録するため、本件調査に際し、調査に使用する端末に時刻表示アプリケーションをインストールし、これを端末の画面上に表示させつつ調査を実施して、スクリーンショットするという方法を取っていることが認められる(前提事実(4)、甲1の1、1の5、17、弁論の全趣旨)。この時刻表示アプリケーションの信頼性・正確性につき疑義を抱くべき具体的な事情も見当たらない。そうすると、本件調査に当たり時刻を自動的に記録する仕組みが取られていないとしても、そこで確認された時刻の正確性は担保されていると見られる。 また、本件クライアントソフトは、特定のファイルを保有しアップロード可能な状態においた発信者のIPアドレスが表示される仕組みとなっていること、本件調査の様子をスクリーンショットした画面(甲1の1、1の5)の上段の欄には当該ファイルを「ダウンロード中」との表示があること、本件調査会社担当者は、実際に、本件調査の際に、本件発信者のIPアドレスを確認し、かつ、ダウンロードしたファイルの動画(本件侵害動画)と本件各動画とを見比べてその同一性を確認していること(前提事実(4)イ)から、上記スクリーンショットを行った時点のピアの状態に係るフラグとして「X」(「ピアがピアエクスチェンジ(PEX)を通じて取得したピアリストに含まれている、または、IPv6ピアがそのIPv4アドレスを教えてくれた。」)及び「e」(「ピアがプロトコル暗号化(ハンドシェイク)を使用しています。」)(甲12)との表示が存するとしても、そのことから直ちに、本件発信者が本件各動画に係るファイルをアップロードしていなかったとまではいえない。 その他本件クライアントソフトや本件調査の信用性を疑わせるに足りる具体的な事情を示す証拠は見当たらないことに鑑みると、本件調査は信用するに足りるものといってよい。 その他被告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告の主張は採用できない。 2 その他の要件について 上記のとおり、本件発信者による本件各動画に係る原告の公衆送信権侵害が認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対する不法行為に基づく損害賠償請求等の権利行使を予定していることが認められるから、本件発信者に係る本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(法5条1項2号)が認められる。 以上より、原告は、被告に対し、本件発信者情報の開示請求権を有する。 第4 結論 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 久野雄平 裁判官 吉野弘子 (別紙)発信者情報目録 以下の日時に以下の IP アドレスを割り当てられていた者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス
(別紙侵害著作物目録 省略) (別紙)略語一覧表
|
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |