判例全文 line
line
【事件名】ネットフォレストへの発信者情報開示請求事件
【年月日】令和5年10月30日
 東京地裁 令和5年(ワ)第70316号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年9月25日)

判決
原告 株式会社グルーヴ・ラボ
同訴訟代理人弁護士 杉山央
被告 株式会社ネットフォレスト
同訴訟代理人弁護士 畔●(柳の別体)秀勝


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、原告が著作権を有する別紙動画目録記載の各作品(以下「本件各動画」という。)を複製して作成した各電子データ(以下「本件各複製ファイル」という。)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じて自動的に送信し得る状態とするとともに、本件各複製ファイルを公衆送信したことによって、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求等のために必要であると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者(弁論の全趣旨)
ア 原告は、アダルトビデオの企画、制作及び販売を主な業務とする株式会社である。
イ 被告は、インターネットサービスを提供するプロバイダである。
(2)本件各動画の著作物性
 本件各動画は、思想又は感情を創作的に表現した「映画の著作物」(著作権法2条1項1号、3項、10条1項7号)である(甲7)。
(3)ビットトレントの仕組み(甲4ないし6、9)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコル又はこれを利用するためのソフトウェアであって、ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。
 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースに係る情報などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする利用者は、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。
 上記の手順でピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で通信を行い、当該他のピアに対して当該他のピアが保有するピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、上記の端末(ピア)は、他のピアから、自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。
(4)株式会社utsuwa(以下「本件調査会社」という。)による調査(甲1、5、9)
 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件各動画の品番等に基づいて、本件各動画と同一であることが疑われる動画ファイルに対応するトレントファイルを入手した。
 本件調査会社は、ビットトレントクライアントソフトウェアである「μTorrent」(以下「本件ソフト」という。)に、入手したトレントファイルを読み込ませ、当該トレントファイルに対応する動画ファイルをダウンロードし、本件ソフトの実行画面に表示されたピアのIPアドレス等の情報を、端末のタスクバーに表示された時刻及び時刻表示ソフトウェアを用いて画面の右上に表示させた時刻とともに、スクリーンショットにより保存した。
 本件調査会社は、ダウンロードした上記動画ファイルを再生し、本件各動画と比較して、その同一性を確認した。
(5)本件発信者情報の保有
 被告は、本件発信者情報を保有している。
3 争点
(1)本件各氏名不詳者により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか(争点1)
(2)原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか(争点2)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件各氏名不詳者により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(原告の主張)
(1)原告が本件各動画の著作権を有していることについて
 原告は、本件各動画の製作を企画した者であって、著作権法29条1項に規定する「映画製作者」である。
 そして、本件各動画の著作者は、原告代表者であるA(以下「A」という。)及び原告の従業員であるところ、同人らは、映画製作者である原告に対し参加約束をして、本件各動画の製作に関与した。
 したがって、原告は、著作権法29条1項により、本件各動画の著作権を有している。
(2)本件調査会社の調査結果の信用性について
 本件調査会社の調査結果には、次のとおり信用性が認められる。
 本件ソフトは、ビットトレントをより効率的に利用するためのソフトウェアであって、違法アップロードをした者(以下「侵害者」という。)を特定することを目的として開発されたものではない。しかし、本件ソフトには、侵害者がファイルをダウンロードしつつ、同ファイルをアップロードしている状態を監視することができる機能が備わっており、侵害者のIPアドレスを解明することができる仕組みとなっている。
 本件調査会社は、トレントファイルをダウンロードした上、本件ソフト上にて対象ファイルのダウンロードを開始して、侵害者が対象ファイルをアップロードしていることが判明した場合に、侵害者のIPアドレスを把握し、実際にダウンロードしたファイルを開いて被侵害動画と比較して、その同一性を確認するという方法により、侵害者のIPアドレスを特定している。
 本件においても同様の方法で調査が実施されており、本件各氏名不詳者が本件各複製ファイルを不特定多数の者からの求めに応じてダウンロードできる状態にしていた際に割り当てられたIPアドレスに係る調査結果の正確性に疑義はない。
 よって、本件各氏名不詳者は、別紙発信者情報目録記載の日時において、本件各動画を自動公衆送信又は送信可能化したといえる。
(3)違法性阻却事由がないことについて
 本件各氏名不詳者が本件各動画を自動公衆送信又は送信可能化したことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。
(4)小括
 以上によれば、本件各氏名不詳者により、別紙発信者情報目録記載の各日時において、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたことが明らかである(プロバイダ責任制限法5条1項1号)。
(被告の主張)
 本件各動画の著作権が原告に帰属することは争う。また、本件各氏名不詳者がビットトレントの仕組みを理解していなかった場合、本件各氏名不詳者は、ファイルをダウンロードする認識はあっても、同時にファイルをアップロードしていることの認識がなく、その場合、公衆送信権侵害の故意又は過失が認められない。
 また、本件調査会社による調査の信用性については争う。
2 争点2(原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
(原告の主張)
 原告は、本件各氏名不詳者に対し不法行為に基づく損害賠償請求等をする予定であるが、そのためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があり、正当な理由があるといえる。
(被告の主張)
 事実については不知であり、法的主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件各氏名不詳者により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(1)本件各動画に係る著作権の帰属について
 証拠(甲26)によれば、A及び原告従業員は、本件各動画の製作に関する全てを行う立場にあったことが認められるから、A及び原告従業員は、本件各動画の「全体的形成に創作的に寄与した者」(著作権法16条)に該当し、本件各動画の著作者であるといえる。
 また、上記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件各動画は原告の企画及び責任に基づいて製作されていたこと、A及び原告従業員は原告に参加約束をして本件各動画の製作に携わっていたことが認められるから、原告は、本件各動画の「映画製作者」に該当し、著作権法29条1項により、原告に本件各動画の著作権が帰属する。
(2)本件調査会社の調査結果の信用性について
 前提事実(4)のとおり、本件調査会社は、本件各複製ファイルに係るトレントファイルをダウンロードした上、本件ソフトに同トレントファイルを読み込ませ、当該トレントファイルに対応する動画ファイルをダウンロードし、実際にダウンロードした動画ファイルを再生し、本件各動画と比較することにより、これらが同一の内容を有していることを確認したことが認められる。
 そして、本件全証拠によっても、このような本件調査会社による調査結果に特段の問題点は認められない。
 したがって、本件調査会社による調査結果には信用性が認められるというべきである。
(3)故意又は過失がないとの主張について
 プロバイダ責任制限法5条1項1号は,違法な権利侵害であることの明白性までは要求しているものの、故意又は過失を要件として規定していないこと、発信者が特定されていない段階で原告が発信者の主観的要件である故意又は過失の存在を主張立証するのは酷であるといえることに照らし、原告において発信者の故意又は過失を立証する必要はないと解するのが相当である。
 したがって、被告の、権利侵害の明白性が認められるためには、本件各氏名不詳者の故意又は過失が必要であることを前提とする主張は採用することができない。
(4)違法性阻却事由の不存在
 本件各氏名不詳者の行為について、違法性阻却事由が存在することは全くうかがわれない。
(5)小括
 以上によれば、別紙発信者情報目録記載の各日時において、同目録記載のIPアドレス等が割り当てられていた端末により、本件各動画がそれぞれ自動公衆送信されたと認められるから、同端末を管理する本件各氏名不詳者によって、本件各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかといえ(プロバイダ責任制限法5条1項1号)、本件発信者情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書の規定する「権利の侵害に係る発信者情報」に該当し、被告は、同項柱書の規定する「特定電気通信役務提供者」に該当する。
2 争点2(原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各氏名不詳者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求等をする予定であることが認められる。
 したがって、原告には被告が保有する本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる(プロバイダ責任制限法5条1項2号)。
3 結論
 以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 間明宏充
 裁判官 バヒスバラン薫


(別紙)発信者情報目録
 以下の日時に以下のIPアドレス及びポート番号を割り当てられていた契約者の 氏名又は名称、住所、電話番号及び電子メールアドレス
日時 令和4年(2022年)9月8日 10時14分42秒
IPアドレス (IPアドレスは省略)
ポート番号 (ポート番号は省略)
日時 令和4年(2022年)9月21日 15時55分21秒
IPアドレス (IPアドレスは省略)
ポート番号 (ポート番号は省略)
日時 令和4年(2022年)11月9日 14時16分53秒
IPアドレス (IPアドレスは省略)
ポート番号 (ポート番号は省略)
日時 令和4年(2022年)12月15日 13時24分42秒
IPアドレス (IPアドレスは省略)
ポート番号 (ポート番号は省略)
 以上

(別紙 動画目録 − 省略)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/