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【事件名】朝日ネットへの発信者情報開示請求事件F
【年月日】令和5年10月27日
 東京地裁 令和3年(ワ)第27419号 発信者情報開示請求事
 (口頭弁論終結日 令和5年7月13日)

判決
原告 株式会社WILL
同訴訟代理人弁護士 角地山宗行
被告 株式会社朝日ネット
同訴訟代理人弁護士 福本悟


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙作品目録記載1及び2の各動画(以下、番号に従って「本件動画1」及び「本件動画2」といい、これらを総称して「本件各動画」という。)をそれぞれ複製して作成した動画ファイルを、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態とすることによって、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、映画・ビデオの映像制作、編集業務、販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、コンピューターシステムの設計及びソフトウェア開発等を目的とする株式会社であり、一般利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである。
(2)本件各動画の著作物性及び著作権者
 原告は、著作物である本件各動画の著作権者である(甲8、13)。
(3)ビットトレントの仕組み(甲3、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。
 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されている。
 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全てのピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にインストールしたクライアント用のソフトウェアに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。
 このような手順でピアとなった端末は、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼動しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。)、当該他のピアが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、上記のピアは、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピースを取得する。
(4)株式会社LEAF(以下「本件調査会社」という。)による調査(甲10、弁論の全趣旨)
 本件調査会社は、別紙動画目録1及び2の「IPアドレス」欄、「ポート番号」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス、各ポート番号及び各時刻を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファイルの中から、本件各動画の作品名、品番、ファイル名等に基づいて、本件各動画と同一であることが疑われるファイルのハッシュ値を探索し、誤りの有無をチェックした上で、当該ハッシュ値を監視対象とした。
イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である当該ハッシュ値を有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求したところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス及びポート番号の情報のリストが返信された。別紙動画目録1及び2の「IPアドレス」欄及び「ポート番号」欄記載の各IPアドレス及び各ポート番号は、当該リストに記載されていたものである。
 本件監視ソフトウェアは、トラッカーからピアの情報のリストが返信された後、実際に各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答することを確認するとともに、応答があったピアから当該ピアが保有するファイルに係るファイル保持率を取得した。別紙動画目録1及び2の「発信日時」欄記載の各時刻は、本件監視ソフトウェアと各ピアとの間でハンドシェイクの通信が行われた時刻である。
 なお、本件監視ソフトウェアは、各ピアから当該各ピアが共有しているファイルを1ピースもダウンロードしていない。
(5)本件各発信者情報の保有
 被告は、本件各発信者情報を保有している。
3 争点
(1)原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点1)
(2)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか(争点2)
(3)本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
(原告の主張)
(1)本件各動画と本件各氏名不詳者が共有していたファイルに係る動画とが同一であること
ア ビットトレントでは、共有されているファイルを特定するために、ファイル毎に生成される英数字の羅列であるハッシュ値を利用している。本件各氏名不詳者は、ビットトレントネットワークにおいて、別紙動画目録1(1)及び同(2)の「ハッシュ」欄記載の各ハッシュ値並びに同目録2の「ハッシュ」欄記載のハッシュ値により特定されるファイル(以下、本件動画1に対応するものを項番号に従って「本件ファイル1(1)」及び「本件ファイル1(2)」と、本件動画2に対応するものを「本件ファイル2」といい、これらを総称して「本件各ファイル」という。)をアップロードできる状態にしていた。
 そして、本件各ファイルは、本件各動画を複製して作成されたものである。
イ 確かに、被告が主張するとおり、本件ファイル1(1)を再生した動画の冒頭部分には、約1分34秒にわたって、本件動画1と関係のない広告の動画が結合されている。また、本件各ファイルを再生した動画の下部には、本件各ファイルの作成者を示すものと思われるURL等が表示されている。
 しかし、上記広告動画やURL等の表示は、本件各動画の視聴を妨げるようなものではないから、本件各ファイルを再生した動画の大半の部分が、本件各動画を複製したものであることは明らかである。
(2)本件各氏名不詳者は本件各動画を送信可能化したこと
 本件各氏名不詳者は、遅くとも別紙動画目録1及び2の「発信日時」欄記載の各時刻までに、本件各ファイルの全部を取得して自身が管理するピアの記録媒体に保存し、かつ、これと同時にビットトレントネットワークを介して、不特定の他のピアからの要求に応じて本件各ファイルを自動的に送信し得るようにした。
 したがって、本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化したことは明らかである。
(3)違法性阻却事由の不存在
 本件各氏名不詳者が本件各動画を送信可能化したことに関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。
(被告の主張)
(1)本件監視ソフトウェアによる調査結果が信頼できるものであることが明らかでないこと
ア 本件監視ソフトウェアを用いた調査は、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が定める認定システムを用いたものではないから、当該調査の結果が当然に信頼性及び信用性を有するものであるとはいえない。
イ 原告は、本件監視ソフトウェアによる調査結果が信頼できるものであることを裏付ける証拠として、本件調査会社担当者が作成した陳述書(甲10)及び「トレントモニタリングシステムによる検出IPアドレスの同一性確認試験報告書」(以下「本件確認試験報告書」という。甲11)を提出する。
 しかし、上記陳述書においては、本件動画2について具体的に触れられているものの、本件動画1については何ら言及がない。
 また、本件確認試験報告書についても、終了時刻として開始時刻よりも前の時刻が記載されている事項(同報告書の図3記載の実行画面の9番目の項目参照)が見られるなど、その信用性には疑義がある。
 したがって、これらによって本件監視ソフトウェアによる調査結果の信頼性が裏付けられるとはいえない。
ウ さらに、原告から、訴訟外において、本件調査会社の調査により特定されたとして発信者情報開示請求がされたものの中には、契約者を特定するに至らなかった例や、被告がその日時にそのIPアドレスを割り当てていなかった例などが見られた。
 これらの事情は、本件調査会社による調査結果が信用できないことを示すものである。
エ 以上のとおり、本件調査会社による本件監視ソフトウェアを用いた調査結果が信頼できるものであるとはいえないから、当該調査結果に基づいて、本件各氏名不詳者が本件各動画に係る原告の著作権を侵害したことが明らかであるとはいえない。
(2)本件各ファイルに係る動画は本件各動画を複製したものではないこと
 本件ファイル1(1)を再生した動画の冒頭部分には、約1分34秒にわたって、本件動画1と関係のない広告の動画が結合されている。また、本件各ファイルを再生した動画の下部には、本件各ファイルの作成者を示すものと思われるURL等が表示されている。
 したがって、本件各ファイルに係る動画は本件各動画を複製したものではない。
(3)本件各氏名不詳者が管理するピアが本件各動画の表現上の本質的特徴を感得できるに足りるピースを保有していたとはいえないこと
 ビットトレントネットワークにおいて共有されているファイルのデータは、多数のピースに分割され、ピース単位でピア同士の間で共有されている。そのため、仮にビットトレントネットワーク上に本件各ファイルを構成する全てのピースが存在していたとしても、本件各氏名不詳者が管理するピアにおいては、当該ファイルを構成するピースの一部しか保有されておらず、かつ、その一部のピースは、前記(2)において指摘した広告の動画部分のように、本件各動画と関係のない部分である可能性が否定できない。したがって、本件各氏名不詳者が管理するピアが、本件各動画の表現上の本質的特徴を感得できるに足りるピースを保有していたとはいえない。
 原告は、本件各氏名不詳者が、遅くとも別紙動画目録1及び2の「発信日時」欄記載の各時刻までに、本件各ファイルの全部を取得して自身が管理するピアの記録媒体に保存していたと主張するが、これを裏付ける証拠は甲第10号証しか存在しないところ、これが信用できないことは前記(1)において主張したとおりである。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について
(原告の主張)
(1)送信可能化による公衆送信権侵害は、ある一時点における権利侵害行為によってもたらされるものではなく、送信可能化の状態にある間、権利侵害が継続しているものと解すべきである。
 前記1(原告の主張)のとおり、本件各氏名不詳者は、同人らの管理するピアが参加するビットトレントネットワーク上において、本件各動画を送信可能化していた。そして、ハンドシェイクの通信は、本件各氏名不詳者の管理するピアが本件各ファイルをアップロード可能であることを本件監視ソフトウェアに通知するものであるから、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信である。
 したがって、ハンドシェイクの通信は、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害する特定電気通信であるから、「侵害情報」(プロバイダ責任制限法2条5号)に当たる。
(2)被告は、意見照会をした契約者から、身に覚えがないとの回答があったことを指摘する。しかし、当該契約者に係る発信者情報の開示請求がされているということは、請求者から当該契約者に対する損害賠償請求又は刑事告訴が予定されているということであり、当該契約者において、開示を不同意として、あわよくば賠償責任等を免れたいとの心理にあることは、合理的に推認できるから、そのような回答を鵜呑みにすることはできない。
 また、被告は、本件とは異なる事案において、原告から本件調査会社の調査結果に基づいて発信者情報開示請求がされ、被告が契約者に意見照会をしたところ、特定された日時において端末の電源を落としていたという回答もあったことを指摘する。しかし、契約者が管理する端末の電源が落とされていたのであれば、当該端末と本件監視ソフトウェアとの間でハンドシェイクの通信がされることはない。それにもかかわらず、ハンドシェイクの通信がされたとして本件調査会社が特定した日時及びIPアドレスに基づいて、被告が契約者を特定できたということは、実際にその通信が存在していたということにほかならず、当該契約者の回答が虚偽のものであったことを裏付けるものである。
(3)以上のとおり、原告は、別紙動画目録1及び2の「発信日時」欄記載の各時刻に行われたハンドシェイクの通信によって、本件各動画に係る公衆送信権を侵害されたといえるから、本件各発信者情報により特定される者は、「発信者その他侵害情報の送信…に係る者」(プロバイダ責任制限法施行規則2条各号参照)といえ、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当する。
(被告の主張)
(1)ハンドシェイクの通信は、ピアが本件監視ソフトウェアからの接続に応答した通信であって、当該ピアが本件各ファイルの全部又は一部をアップロード又はダウンロードする通信ではない。
 したがって、ハンドシェイクの通信をもって、情報の流通によって原告の権利を侵害した通信と解することはできない。
(2)また、被告が提供するプロバイダサービスにおいては、会員の管理する端末がインターネット回線に接続した時に、当該端末にIPアドレスが割り当てられるように管理されており、当該端末が、一旦接続を切断した後、インターネット回線に再接続すると、当該端末には新たにIPアドレスが割り当てられる。そして、新たに割り当てられたIPアドレスが以前に割り当てられていたIPアドレスと同じになることは極めて稀である。
 そのため、あるピアにより本件各ファイルがアップロード又はダウンロードされて本件各動画が送信可能化となった時点で割り当てられていたIPアドレスと、当該ピアが本件監視ソフトウェアとの間でハンドシェイクの通信を行った時点で割り当てられていたIPアドレスとは、両者の時点が異なるため、同じものになるとは限らない。すなわち、本件調査会社が記録したとされるトラッカーから取得したリストに記載されていたピアのIPアドレスは、時の経過により、ハンドシェイクの通信がされた時点では全く無関係の者に割り当てられていたということがあり得る。
 実際に、被告が別紙動画目録1(1)の「IPアドレス」欄記載のIPアドレスを割り当てた契約者に対して意見照会をしたところ、身に覚えがないとの回答がされた。本件とは異なる事案においても、原告から本件調査会社の調査結果に基づいて発信者情報開示請求がされたことを受けて、被告が契約者に意見照会をしたものの中には、特定された日時において端末の電源を落としていたという回答もあった。
 したがって、別紙動画目録1及び2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻は、本件各動画が送信可能化された通信に係るものとはいえない。
(3)以上によれば、本件各発信者情報により特定される者は、「発信者その他侵害情報の送信又は侵害関連通信に係る者」(プロバイダ責任制限法施行規則2条各号参照)といえないから、本件各発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たらない。
3 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法5条1項2号)か)
(原告の主張)
 原告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、そのためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。
 したがって、原告には、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
(1)本件各動画が「送信可能化」されたか否かについて
ア 「送信可能化」(著作権法2条1項9号の5)に該当するには、「自動公衆送信し得るようにすること」が必要であることから、まず、この点について検討する。
(ア)証拠(甲10、13ないし15)によれば、ビットトレントネットワークにおいて共有されていた本件ファイル1(1)、同(2)及び同2は、それぞれ別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「ハッシュ」欄記載の各ハッシュ値を有するものであること、本件各ファイルに係る動画を本件各動画と対比すると、本件ファイル1(1)及び同(2)に係る動画は本件動画1を、本件ファイル2に係る動画は本件動画2を、それぞれ複製して作成されたものであることが認められる。
(イ)前提事実(3)及び(4)並びに証拠(甲10)によれば、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「発信日時」欄記載の各時刻に、同「IPアドレス」欄記載の各IPアドレスが割り当てられていたピアは、それぞれ本件ファイル1(1)、同(2)及び同2の全体を保有していたと認められる。
 そして、前提事実(3)イによれば、ビットトレントネットワークにおいて、ピアは、他のピアから自身が保有するピースの送信を求められると、当該ピースを当該他のピアに送信(アップロード)するように動作するから、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアは、本件各ファイルを「公衆」であるビットトレントネットワークに参加している他のピア「からの求めに応じ自動的に」(著作権法2条1項9号の4)「公衆送信」(同項7号の2)し得る状態にあったものと認められる。
(ウ)以上によれば、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアにより、本件各動画がそれぞれ「自動公衆送信し得るように」されたものと認められる。
イ 次に、ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する行為について検討する。
(ア)著作権法2条1項9号の5は、イ又はロ所定の行為により自動公衆送信し得るようにすることを「送信可能化」と定義していることから、「送信可能化」されたといえるには、同項9号の5イ又はロに該当する行為がされることが必要であるところ、ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化については、次の二つの場合が考えられる。
a あるピアが、ビットトレントネットワークによって取得した特定のファイルを、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアとの間で共有しようとする場合前提事実(3)イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、特定のファイルに対応するトレントファイルを、端末にインストールしたクライアント用のソフトウェアに読み込ませることで、当該トレントファイルを共有するピアによって形成されるビットトレントネットワークに参加し、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしたり、他のピアにアップロードしたりすることができるようになる。
 そして、あるピアがこのようなダウンロード及びアップロードを行うためには、他のピアがあるピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握している必要があるから、そのダウンロード及びアップロードに先立ち、あるピアがトラッカーに対して自身のIPアドレス及びポート番号の情報をあらかじめ通知しているものと考えられる。すなわち、ビットトレントネットワークに参加しているピアは、特定のファイルを構成するピースを他のピアからダウンロードしさえすれば、改めてトラッカーに自身のIPアドレス及びポート番号の情報を通知するなど特段の手順を経ることなく、自身のピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握しているピアに対し、自身がダウンロードしたピースを他のピアにアップロードすることができる。
 このようなビットトレントの仕組みに照らせば、共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアは、他のピアから当該ピースの送信を受けることによって、別の他のピアからの要求があればいつでも当該ピースを送信し得る状態になったといえる。
 そうすると、@共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアが、当該ピースを保有する他のピアから当該ピースをダウンロードすること、又は、A当該ファイルを構成するピースを保有するピアが、当該ファイルを構成するピースを何ら保有していない他のピアに対して当該ピースをアップロードすることをもって、著作権法2条1項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」に当たると解するのが相当である(以下「類型1」という。)。
b あるピアが、ビットトレントネットワーク以外の手段によって取得した特定のファイルをビットトレントネットワークにおいて共有しようとする場合
 前提事実(3)イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、トレントファイルを共有するピアで形成されるビットトレントネットワーク内でのみ当該トレントファイルに対応する特定のファイルが共有され、他のピアからのピースの送信要求は、トラッカーから提供されるピアのIPアドレス等の情報のリストに基づいてされるところ、当該情報は、各ピアが定期的にトラッカーに通知した自身のIPアドレス等の情報が基礎となっている。
 このようなビットトレントの仕組みに照らせば、ピアは、トラッカーに対して自身の情報を提供するための最初の通知の送信をしたことによって、他のピアからの要求があればいつでもファイルを構成するピースを送信し得る状態になったといえる。
 そうすると、当該トラッカーに対する最初の通知の送信をもって、著作権法2条1項9号の5ロ所定の「その公衆送信用記録媒体に情報が記録され…ている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続…を行うこと」に当たると解するのが相当である(以下「類型2」という。)。
(イ)これを本件についてみると、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアが類型1及び2のいずれの態様によって本件各ファイルを自動的に送信し得る状態となったのかを認めるに足りる証拠はない。
 しかも、前提事実(3)のビットトレントの仕組みに照らせば、前記(ア)で検討したとおり、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアが類型1及び2以外の態様により本件各ファイルを自動的に送信し得る状態になったとは考え難く、これを裏付ける証拠もない。
 したがって、本件各動画については、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアによって、類型1又は2のいずれかの態様すなわち著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定のいずれかの行為により、自動公衆送信し得るようにされたものと認めることができる。
ウ 以上によれば、別紙動画目録1(1)及び同(2)の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアにより本件動画1が、同目録2の「IPアドレス」欄及び「発信日時」欄記載の各IPアドレス及び各時刻により特定される各ピアにより本件動画2が、それぞれ「送信可能化」されたものと認められる。
(2)被告の主張について
ア 本件監視ソフトウェアによる調査結果が信頼できるものであることが明らかでないとの主張について
(ア)被告は、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会においてP2P型ファイル交換ソフトウェアによる権利侵害情報の流通に関する検出システムとして信頼性が認められると認定されたシステムを用いたものではないから、本件調査会社による調査結果が信用できるものとはいえないと主張する。
 しかし、被告の上記主張は、本件調査会社による調査結果が信用できない可能性がある旨を抽象的に指摘するにとどまり、本件調査会社による調査結果が信用性を欠くものであることを示す具体的な事情を摘示するものではない。
(イ)また、被告は、本件確認試験報告書記載の実行画面において、終了時刻として開始時刻よりも前の時刻が記載されている事項が見られることから、本件監視ソフトウェアによる調査の信用性に大きな疑義があると主張する。
 そこで検討すると、弁論の全趣旨によれば、本件調査会社において、本件監視ソフトウェアによって検出するIPアドレスの同一性確認試験を行った際、同じIPアドレスが割り当てられたピアと複数回通信を行った場合に、実行画面に表示される開始時刻及び終了時刻を上書きするようにしていたことが認められる。そうすると、被告が指摘する事象は、「133.18.207.53」のIPアドレスが割り当てられたピアとの間で行われた通信の開始時刻及び終了時刻が既に実行画面に表示されていた状態で、当該ピアとの間で新たに通信を行い、開始時刻が上書きされたものの、当該通信が終了する前に実行画面が保存され、直前の通信に係る終了時刻が表示されたままとなってしまったことによる可能性を否定できない。
 このように、上記事象は、実行画面の表示の仕様に基づくものである可能性が否定できないから、これにより本件調査会社の行った調査が直ちに信用性を欠くものとはいえない。
(ウ)このほか、被告は、この点について種々の主張をするが、本件全証拠によっても、本件調査会社による調査結果の信用性に合理的な疑いを差し挟むような事情は何ら認められない。
イ 本件各ファイルに係る動画は本件各動画と同一のものではないとの主張について
 被告は、@本件ファイル1(1)に本件動画1と関係のない広告の動画が結合されている、A本件各ファイルを再生した動画の下部に本件各ファイルの作成者を示すものと思われるURL等が表示されていると指摘して、本件各ファイルに係る動画は本件各動画と同一のものではないと主張する。
 そこで検討すると、前記(1)ア(イ)によれば、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「発信日時」欄記載の各時刻に、同「IPアドレス」欄記載の各IPアドレスが割り当てられていたピアは、それぞれ本件ファイル1(1)、同(2)及び同2の全体を保有していたことがそれぞれ認められる。そうすると、本件ファイル1(1)に本件動画1と関係のない広告の動画が結合されているとしても、本件ファイル1(1)を再生した動画は、本件動画1のほぼ全てを含んでいることになる上、本件動画1の表現が広告の表現に埋没して色あせてしまっているとも認められないから、本件動画1の表現上の本質的特徴を直接感得できるものであることは明らかである。
 また、証拠(甲13ないし15、18)によれば、本件各ファイルを再生した動画の下部には本件各ファイルの作成者を示すものと思われるURL等が表示されていることが認められるものの、その態様は、上記の広告動画と同様に、本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得することを妨げる程度のものであるとはいえない。
 したがって、本件各ファイルは本件各動画を複製して作成されたものであるといえる。
ウ 本件各氏名不詳者が管理するピアが本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるに足りるピースを保有していたとはいえないとの主張について
 前記(1)ア(イ)のとおり、別紙動画目録1(1)、同(2)及び同2の「発信日時」欄記載の各時刻に同「IPアドレス」欄記載の各IPアドレスが割り当てられていたピアは、それぞれ本件ファイル1(1)、同(2)及び同2の全体を保有していたことがそれぞれ認められる。
 そして、前記イのとおり、本件各ファイルを再生した動画から、本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると認められるから、本件各氏名不詳者が管理するピアが本件各動画の表現上の本質的特徴を直接感得できるに足りるピースを保有していたと認められる。
エ まとめ
 したがって、被告の前記各主張はいずれも採用することができない。
(3)小括
 以上の検討結果に加え、他に違法性阻却事由が存在することをうかがわせる事情は見当たらないことからすると、本件各氏名不詳者により、本件各動画が「送信可能化」され、本件各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたことは明らかであると認められる。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について
(1)前記1において説示したとおり、ビットトレントを利用したファイル共有においては、当該ファイルを自動的に送信し得る状態にするための態様として、著作権法2条1項9号の5イ所定の行為に対応する類型1及び同号ロ所定の行為に対応する類型2を想定することができる。
 しかし、前提事実(3)イのとおり、ハンドシェイクの通信は、ビットトレントネットワークを形成しているピアが、トラッカーから提供された他のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼動しているか否かや当該他のピアのピース保有状況を確認する通信であって、共有される特定のファイルを構成するピースをダウンロード又はアップロードする通信(類型1)ではないし、トラッカーに対する通知の送信(類型2)でもないから、類型1及び2のいずれにも該当しない。
 そして、本件において、類型1及び2以外の態様によって、ビットトレントネットワークを形成しているピア同士の間で行われるハンドシェイクの通信が著作物を「送信可能化」する行為に該当し得ることについては、主張及び立証がされていない。
 したがって、上記ハンドシェイクの通信が著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為に該当するとは認められない。
(2)また、著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為によりいったん「送信可能化」がされてしまえば、自動公衆送信し得る状態が完全に実現される以上、「送信可能化」に該当する行為が継続されることはなく、その状態下で更に「送信可能化」がされることもないというべきである。
 したがって、この観点からも、上記ハンドシェイクの通信が、本件各動画を送信可能化し、本件各動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信であると認めることはできない。
(3)以上によれば、ビットトレントネットワークにおいて本件各動画が送信可能化された態様を前提とすると、ハンドシェイクの通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。
 したがって、本件各発信者情報は、同項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たると認めることはできない。
第5 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 間明宏充
 裁判官 バヒスバラン薫


(別紙)発信者情報目録
 別紙動画目録1及び2の「IPアドレス」欄記載の各IPアドレスを、同「発信日時」欄記載の各時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報
1 氏名又は名称
2 住所
3 電子メールアドレス
 以上

(別紙)作品目録
 以下省略

(別紙)動画目録1
 以下省略

(別紙)動画目録2
 以下省略
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