判例全文 | ||
【事件名】ソフトバンクへの発信者情報開示請求事件AH 【年月日】令和5年10月26日 東京地裁 令和4年(ワ)第25488号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年8月31日) 判決 原告 有限会社プレステージ 同訴訟代理人弁護士 戸田泉 同 角地山宗行 同 籠屋恵嗣 被告 ソフトバンク株式会社 同訴訟代理人弁護士 金子和弘 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、別紙1発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 第2 事案の概要 本件は、原告が、氏名不詳の発信者(以下「本件発信者」という。)がファイル共有ソフト「ビットトレント」(以下「ビットトレント」という。)を使用し、原告が著作権を有する別紙3映像作品目録記載の映像作品(以下「本件映像作品」という。)に係るファイルを送信可能化したことによって、同作品に係る原告の著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことは明らかであるなどと主張して、被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)5条1項に基づき、別紙1発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 原告は、主にアダルトビデオの制作、販売を業とする有限会社である。 被告は、インターネット接続サービスの提供を含む電気通信事業を営む株式会社であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信)の用に供される電気通信設備(特定電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者。法2条3号)である。 (2)本件映像作品に係る著作権の帰属 原告は、本件映像作品に係る著作権を有する(甲1)。 (3)ビットトレントの仕組み ビットトレントとは、ファイル共有ソフトの1つである。 ビットトレントにより特定のファイルを配布する場合、当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し、分割された個々のデータ(ピース)をビットトレントのユーザー(ピア)に分散して共有させる。 ビットトレントを通じて特定のファイルをダウンロードしようとするユーザーは、「トラッカーサイト」と呼ばれるウェブサイトに接続し、当該ファイルの所在等の情報が記録されたトレントファイルをダウンロードして、これをビットトレントに読み込ませる。これにより、ビットトレントは、当該トレントファイルに記録されたトラッカーサーバに接続し、当該特定のファイルの提供者のリストを要求する。トラッカーサーバは、ユーザーによる要求に応じ、自身にアクセスしているファイル提供者のIPアドレスが記載されたリストをユーザーに返信する。 リストを受け取ったユーザーは、当該ファイルのピースを持つ他のユーザーに接続し、ピースのダウンロードを開始する。その際には、ピースを多数の他のユーザーからダウンロードして、元の1つの完全なファイルを完成させる。 元の完全なファイルを持つユーザーは、「シーダー」と呼ばれる。目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれる。 シーダーは、リーチャーからの求めに応じて、ピースをアップロードしてリーチャーに提供する。リーチャーは、ダウンロードが完了して完全なファイルを保有すると、自動的にシーダーとなる。また、リーチャーは、目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、既に所持している当該ファイルのピースを、他のリーチャーの求めに応じてアップロードする。すなわち、リーチャーは、目的のファイルを自らダウンロードすると同時に、他のリーチャーに当該ファイルのピースを送信することが可能となる。 (4)調査会社による調査 原告は、本件訴訟提起に先立ち、調査会社(以下「本件調査会社」という。)に対し、ビットトレントにおける本件映像作品の著作権侵害に係る調査(以下「本件調査」という。)を委託した。本件調査は、本件調査会社が開発した著作権侵害検出システム(以下「本件検出システム」という。)を使用して行われた。その概要は、以下のとおりである。 本件調査会社は、トラッカーサイトにおいて、本件映像作品の著作権侵害が疑われるファイルを検索し、そのハッシュ値を取得して本件検出システムに登録する。本件検出システムは、トラッカーサーバに接続し、本件映像作品に係るファイルの提供者のリストを要求して、トラッカーサーバから当該提供者のIPアドレス等が記載されたリストの返信を受け、記録する。本件検出システムは、当該リストに記録されたユーザーに接続をして、当該ユーザーからの応答を確認し(以下、この応答確認を「ハンドシェイク」という。)、記録するが、このハンドシェイク時にファイル(ピース)のダウンロードは行われない。 本件発信者情報は、本件調査の結果判明した、上記のハンドシェイクの通信に係るものである。本件発信者は、ハンドシェイクを、別紙2発信端末目録記載の発信時刻に、同記載のIPアドレス及びポート番号を用いて行った。 (以上につき、甲2、3、8) (5)本件発信者情報の保有 被告は、本件発信者情報を保有している。 (6)発信者情報の開示を受けるべき正当な理由 原告は、本件発信者に対して、本件映像作品に係る著作権侵害を原因とする損害賠償請求をする準備をしていることから、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(法5条1項2号)がある。 2 争点 (1)権利侵害の明白性(争点1) (2)本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)該当性(争点2) 3 争点に関する当事者の主張 (1)権利侵害の明白性(争点1) 〔原告の主張〕 本件調査においてハンドシェイクがされたということは、本件発信者が、ビットトレントを介し他のユーザーからの要求に応じて本件映像作品に係るファイル(ピース)を送信可能な状態にしていたことを示す。また、本件発信者は、ビットトレントのネットワークにそれぞれ接続した上、本件映像作品のデータをダウンロードして自己の端末内に複製している。 したがって、原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権(送信可能化権))が侵害されたことは明らかである。 〔被告の主張〕 ハンドシェイクの時点では、本件発信者はビットトレントのネットワークに接続している他の端末から本件映像作品のピースをダウンロードしておらず、本件検出システムからもダウンロードしていない。 また、本件調査によっても、本件発信者のファイル保持率は明らかではなく、本件発信者が実際にファイルをアップロードしたことが確認されたわけでもない。 したがって、本件発信者が本件映像作品に係るファイルを現実に複製し、送信可能化していたことが明らかとはいえない。 (2)本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)該当性(争点2) 〔原告の主張〕 本件発信者情報は、ハンドシェイクの通信に係るものであるが、ハンドシェイクは、送信可能化権を侵害し、その状態が継続していることを通知するものであるから、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当する。 〔被告の主張〕 法5条1項は、送信された侵害情報の流通によって自己の権利を侵害された者に限定して発信者情報開示請求権の発生を認めているのであって、単なる送信の可能化や流通の可能性で足りるものではない。本件調査会社は本件映像作品に係るファイルをダウンロードしておらず、本件発信者情報はハンドシェイクの通信に係るものに過ぎない。本件において、侵害情報の送信による流通は生じておらず、原告はこれによって権利を侵害されたものではない。ハンドシェイクの通信に係る本件発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しない。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(権利侵害の明白性)について (1)前提事実(3)(4)によれば、本件発信者は、被告から別紙2発信端末目録記載の各IPアドレスの割当を受けてインターネットに接続された状態の下、同別紙記載の発信時刻に、ビットトレントを通じてアクセスしてきた不特定の者に対し、本件映像作品に係るファイル(ピース)をアップロード可能な状態にあることを通知(ハンドシェイク)したものといえる。そうすると、本件発信者は、ビットトレントを通じ、本件映像作品に係るファイル(ピース)をダウンロードしていたものであり、これによって、当該ピースを不特定の者からの求めに応じ、ビットトレントのネットワークを介して自動的に送信し得るようにしていたものと認められるから、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」により、本件映像作品を「自動公衆送信し得るように」していた(著作権法2条1項9号の5イ)といえる。 したがって、本件発信者の行為により原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことは明らかと認められる。 (2)被告は、本件調査によっても、ファイル保持率は明らかではなく、本件発信者が実際にファイルをアップロードしたことが確認されたわけでもないなどとして、権利侵害の明白性は認められないと主張する。 しかし、ビットトレントの仕組みや本件調査の内容に加え、ファイル保持率が0%のユーザーの情報は本件検出システムに記録されないこと(甲9)に照らすと、この点に関する被告の主張は採用できない。 2 争点2(本件発信者情報の「当該権利の侵害に係る発信者情報」(法5条1項)該当性)について (1)法5条1項は、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者」について、「当該権利の侵害に係る発信者情報」の開示請求を認めている。「発信者情報」とは「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報」(法2条6号)をいい、「侵害情報」とは「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報」(同条5号)を指す。また、「当該権利の侵害に係る発信者情報」は、「特定発信者情報」と「特定発信者情報以外の情報」に区別され、「特定発信者情報」とは、「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」であり(法5条1項)、同省令において、ログイン時通信等の4つの類型の通信のうち、侵害情報の送信と相当の関連性を有するものとされている(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則5条)。これらの規定に鑑みると、法は、開示請求の対象につき、権利侵害をもたらす通信の発信者情報を中核としつつ、権利侵害をもたらす通信以外の通信の発信者情報にも拡大しているところ、その外延は、上記のログイン時等の4つの類型の通信の発信者情報すなわち「特定発信者情報」に限られているものと解される。そうすると、「特定発信者情報以外の発信者情報」とは、権利侵害をもたらす通信の発信者の特定に資する情報を意味するものと理解するほかない。 (2)前提事実(3)(4)及び前記1によれば、本件において原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたのは、本件発信者が、ビットトレントを通じ、本件映像作品に係るファイル(ピース)をダウンロードすると同時に、同ファイルの送信可能化が完了した時点であって、ハンドシェイクの時点ではない。すなわち、ハンドシェイクの通信それ自体は、原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権)侵害をもたらす通信ではないから、ハンドシェイクの通信に係る本件発信者情報は、「特定発信者情報以外の発信者情報」ではなく、また、「特定発信者情報」にも当たらない。 したがって、本件発信者情報は、法5条1項所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しない。 (3)原告は、ハンドシェイクは、送信可能化権を侵害し、その状態が継続していることを通知するものであるから、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当すると主張する。 しかし、本件におけるハンドシェイクは、本件検出システムが、本件映像作品に係るファイルの提供者のリストに記録されたユーザーに接続をして、当該ユーザーからの応答を確認するものに過ぎず、ファイル(ピース)のダウンロードを伴わない(前提事実(4))。そうである以上、このハンドシェイクをもって送信可能化権が侵害されたと評価することはできない。 また、ハンドシェイクが侵害状態の継続を通知するものであるとしても、これをもって著作権法2条1項9号イ又はロに該当するもの、その他原告の権利侵害をもたらす通信とは認め難い。仮に本件におけるハンドシェイクを著作権法2条1項9号の5ロ所定の「接続」として権利侵害行為と捉えたとしても、その場合には、ハンドシェイクがファイルのダウンロードを伴わない以上、「侵害情報の流通」による権利侵害があったということはできないから、法5条1項1号の要件を欠くものといえる。 この点に関する原告の主張は採用できない。 3 まとめ 以上のとおり、本件発信者情報は、法5条1項所定の「当該権利の侵害に係る発信者」情報に該当しない。したがって、原告は、被告に対し、同項に基づく本件発信者情報の開示請求権を有しない。 第4 結論 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 小口五大 裁判官 久野雄平 (別紙1)発信者情報目録 別紙2発信端末目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。 @氏名又は名称 A住所 B電子メールアドレス(ただし、別紙2発信端末目録記載9、17、30、49の各IPアドレスに係る契約者に限る。) (別紙発信端末目録及び同映像作品目録省略) |
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