判例全文 | ||
【事件名】家電保険契約の説明書事件 【年月日】令和5年10月16日 東京地裁 令和3年(ワ)第19548号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年7月3日) 判決 原告 ソニア・クオリティ・アシュアランス株式会社 同訴訟代理人弁護士 若槻哲太郎 同 粟野公一郎 同 加藤良丞 被告 A 同訴訟代理人弁護士 藏健一郎 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、2億2221万7670円及びこれに対する令和3年8月23日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、株式会社リペア・デポ(以下「リペア・デポ」という。)の株主であった原告が、同社の代表取締役である被告に対し、次の請求を行う事案である。 (1)被告が、原告をあいおいニッセイ同和損害保険株式会社(以下「あいおい損保」という。)の保険代理店、株式会社マツヤデンキ(以下「マツヤデンキ」という。)を保険契約者、あいおい損保を保険者とする家電製品の延長保証に関する保険契約(以下「本件保険契約」という。)の締結を妨害するため、原告がマツヤデンキに対して示した本件保険契約のスキームをまとめた資料を不正に入手し、マツヤデンキに対し、原告の承諾なく、同資料を複製した資料を示し、本件保険契約の代替案として原告の代わりにリペア・デポのグループ会社である株式会社ベストフィナンシャル(ただし、同社は平成29年2月8日に解散した。以下、解散前の同社を「ベストフィナンシャル」という。)をあいおい損保の保険代理店とする保険契約の締結を提案したことが、被告の代表取締役としての善管注意義務に違反(@不正競争防止法違反、A著作権法違反、B保険業法違反及び定款違反又はC原告とリペア・デポとの間の業務委託基本契約違反の選択的主張)し、原告がこれにより損害を被ったと主張して、会社法429条1項に基づき、1億5000万円(3億7386万6000円の一部請求)及びこれに対する令和3年8月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を請求するもの(以下(1)の請求を「本件請求1」という。) (2)被告が、代表取締役としての善管注意義務に違反し、@原告のリペア・デポに対する持株比率を低下させて原告を排除するという著しく不当な目的で、リペア・デポの株式を発行し、これを同社のグループ会社である株式会社ベストサービス(以下「ベストサービス」という。)に割り当て、真実はその対価の払込による資本の増加がないのに、これがあるかのように装った(以下「善管注意義務違反@」という。)、A特に有利な価格でリペア・デポの募集株式を発行した(以下「善管注意義務違反A」という。)、B売渡株主である原告の利益に配慮することなく、特別支配株主であるベストサービスによる売渡請求の承認の可否を決した(以下「善管注意義務違反B」という。)と主張して(善管注意義務違反@ないしBは選択的主張)、会社法429条1項に基づき、7221万7670円及びこれに対する前記(1)と同様の遅延損害金の支払を請求するもの(以下(2)の請求を「本件請求2」という。) 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、経営コンサルティング、各種保証サービスの導入支援及び運営並びに損害保険代理業及び生命保険の募集に関する業務等を行う株式会社である。 イ 被告は、平成24年5月から現在に至るまで、リペア・デポの代表取締役を務めている。 (2)リペア・デポの募集株式発行等 ア リペア・デポは、平成20年10月、資本金を3000万円として、原告がその10%、ベストサービスがその90%を出資して設立された株式会社であり、家電製品の修理、延長修理サービス等を業務としている(甲2の1)。 イ リペア・デポは、平成29年1月13日、臨時株主総会を開催したところ、同株主総会においては、次の承認決議がされた(甲43、乙3、4、弁論の全趣旨。以下、同承認決議により承認された(イ)の募集株式の発行を「本件募集株式発行」といい、これにより発行された株式を「本件募集株式」という。)。 (ア)定款の変更 発行可能株式総数2400株を1万0400株とする定款第6条の変更 (イ)募集株式発行 募集普通株式 8000株 増加する資本金 2億円 増加する資本準備金 2億円 払込期日 平成29年2月23日 割当方法 全株をベストサービスに割り当て、総数引受契約によって行う。 払込金額 4億円(合計額) (ウ)資本金及び資本準備金の額の減少 減少する資本金 2億3000万円のうち2億円 減少する資本準備金 2億円のうち2億円 増加する繰越利益剰余金 4億円 効力発生日 平成29年2月28日 ウ リペア・デポとベストサービスは、平成29年1月18日、ベストサービスが、リペア・デポの募集株式8000株を1株につき5万円で引き受け、リペア・デポに対し、平成29年2月23日まで、4億円を払い込む旨の契約(以下「本件募集株式引受契約」という。)を締結した(乙5)。 エ 本件募集株式発行により、原告及びベストサービスの保有株式数は次のとおり変動した(弁論の全趣旨)。
ア 前記(2)アのとおり、リペア・デポは、ベストサービスの子会社であり、ベストサービスは、家電量販事業、住宅リフォーム事業を事業内容とする株式会社ベスト電器(以下「ベスト電器」という。)の完全子会社であった。 イ ベスト電器は、平成24年12月、株式会社ヤマダ電機(現在の商号は「株式会社ヤマダホールディングス」。以下、商号の変更の前後を問わず、「ヤマダ電機」という。)の子会社となり、さらに、令和3年7月1日、ヤマダ電機に吸収合併された。 ウ マツヤデンキは、家電製品を中心に、AV商品、OA機器、照明器具及び住宅機器を販売する専門店であるところ、平成19年6月、ヤマダ電機のグループ会社となり、令和3年7月1日、ヤマダ電機に吸収合併された。 (4)ベストサービスによる4億円払込の経緯 ア ベスト電器グループにおいては、幹事企業であるベスト電器とCMS(キャッシュマネジメントシステム)参加企業(ベスト電器のグループ会社。以下「参加企業」という。)との間で、資金の集中・配分等のサービスに関する基本契約(以下「CMS契約」という。)が締結され、ベスト電器は、同契約に基づいて、参加企業がCMS契約の履行のために開設した口座(以下「集中配分口座」という。)に有する資金のうち、毎日一定の時刻に、参加企業に留保すべき最低額の手許現金を超える部分を、ベスト電器がCMS契約の履行のために開設した口座(以下「統括口座」という。)に送金し、参加企業は、ベスト電器に対し、参加企業の取引先に対する債務の支払を委任し、ベスト電器は、上記送金処理により統括口座に集中させた資金の中から同債務の支払を代行することにより、ベスト電器が参加企業の資金を一元管理する運用(以下「CMS決済」という。)が採用されていた。 参加企業からベスト電器への送金は、参加企業の会計上短期貸付金として取り扱われ、ベスト電器は、参加企業の必要経費を当該資金により支払い、参加企業のベスト電器に対する短期貸付金残高は、その支払の分だけ減少することになる。参加企業のベスト電器に対する短期貸付金残高がゼロ又はマイナスであるにもかかわらずベスト電器が参加企業の必要経費を当該資金により支払った場合には、参加企業のベスト電器に対する債務として計上される。 そして、ベストサービスとベスト電器との間及びリペア・デポとベスト電器との間においても、CMS契約が締結され、ベスト電器による資金の一元管理がされていた。(甲33、弁論の全趣旨) イ ベストサービスは、平成29年2月10日、本件募集株式引受契約で合意された4億円の払込金の調達のため、ベスト電器に対し、4億円の借入れを申し入れた。ベスト電器は、同月23日、上記申入れを承諾し、ベストサービスを代行してリペア・デポの佐賀銀行箱崎支店の普通預金口座に4億円を払い込み(以下「本件払込」という。)、ベストサービスに対して、4億円を貸し付けた。ベストサービスは、これにより、同日、リペア・デポの株式8000株を取得した。(乙6、14ないし17、弁論の全趣旨) ウ リペア・デポは、平成29年2月23日、前記イにより振り込まれた4億円を、集中分配口座である西日本シティ銀行の当座預金口座に送金し、ベスト電器は、同日、CMS契約に基づいて、上記4億円を、ベスト電器の統括口座に送金した(以下「本件送金」という。)。本件送金に係る4億円は、リペア・デポの会計上、ベスト電器に対する短期貸付金として計上された。(乙16ないし18、弁論の全趣旨) エ ベスト電器は、令和3年7月1日にヤマダ電機に吸収合併されたことに伴い、リペア・デポとの間のCMS契約を解消し、同年6月30日時点で存在したリペア・デポのベスト電器に対する7億1206万8589円の短期貸付金は、同日、リペア・デポに返済された(乙19、25、弁論の全趣旨)。 (5)被告によるマツヤデンキに対する提案の経緯 ア 原告は、平成27年末頃、マツヤデンキが家電製品の延長保証契約の事業について見直しを検討しているとの情報を得て、平成28年2月下旬頃、マツヤデンキに対し、同社から、同社の販売する家電製品の延長保証、リフォーム保証(家電商品販売とセットで行うリフォーム工事の保証)及び工事保証(台所のビルトインシステムや太陽光発電システム等の商品販売とセットで行う建物躯体工事の保証)をセットでリペア・デポが引き受け、原告が、同保証契約の管理をすることを内容とする保証運用体制の提案を行った。その後、原告は、マツヤデンキとの間で交渉を続け、交渉内容を反映したスキームの提案資料(甲18。以下「本件資料@」という。)を作成し、これをマツヤデンキに提示するなどした。しかし、マツヤデンキは上記提案を受け入れなかった。(甲4、18、弁論の全趣旨) イ 原告は、平成28年4月、マツヤデンキから、同社と富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災」という。)との間で締結された家電製品の延長保証に関する契約について相談を受けた。これに対し、原告は、同月18日、マツヤデンキと富士火災との契約が同年10月1日に更新日を迎えることから、富士火災との間で同契約を更新する代わりに、マツヤデンキを保険契約者、あいおい損保を保険者とする家電製品の延長保証保険契約を締結し、原告があいおい損保から保険代理店業務、データ管理業務、保険金請求業務、修理査定業務等の委託を受け、原告がリペア・デポに修理査定業務を委託するという保険運用体制を採用することを提案した。原告は、上記提案後、マツヤデンキの希望をさらに聴取した上、あいおい損保と交渉し、あいおい損保から、富士火災との間で拒否されていた10年の家電製品延長保証を引き受けること及び富士火災との間で3.24%とされていた保険料率を3.10%に引き下げることが可能であるとの回答を得て、「新スキーム案」と題する資料(甲21。以下「本件資料A」という。)を作成し、マツヤデンキに提案した。(甲5、10、13、21、71) ウ 被告は、平成28年4月14日、原告に対し、ベスト電器のB某社長(以下「B」という。)に原告とマツヤデンキとの間の交渉状況について報告する必要があるとして、原告のマツヤデンキに対する提案資料の提供を求め、原告は、本件資料@を提供した。 また、被告は、同年8月30日にも、ベスト電器経営陣に対する説明のためとして、原告のマツヤデンキに対する提案資料の提供を求め、原告は、本件資料Aを提供した。 エ 被告は、平成28年9月16日、「家電&リフォーム保証制度のご提案工事保証制度の導入について」と題する資料(甲22。以下「被告資料」という。)を作成し、マツヤデンキに提出した。 被告資料においては、前記イの提案に代えて、リペア・デポがマツヤデンキとの間で、マツヤデンキを保険契約者、リペア・デポを保険者、あいおい損保を再保険者とする家電製品の延長保証保険契約を締結し、原告の代わりにベストフィナンシャルをあいおい損保の保険代理人とする提案が含まれていた(甲21、22、弁論の全趣旨)。 オ マツヤデンキは、平成28年10月1日、富士火災との間で締結していた家電製品の延長保証に関する保険契約を更新した(弁論の全趣旨)。 (6)ベストサービスによる株式売渡請求等(甲25、弁論の全趣旨) ア ベストサービスは、令和3年4月頃、原告に対し、原告が保有していたリペア・デポの株式60株(以下「原告保有株式」という。)を、取得日を令和3年6月4日として、195万7020円(1株につき3万2617円)で売り渡すことを請求した。 イ リペア・デポは、前記アの株式売渡請求を承認し、ベストサービスは、令和3年6月4日までに、原告に対し、保有株式の対価として、195万7020円を支払った。 ウ 原告は、令和3年5月20日、福岡地方裁判所に対し、売渡株式の売買価格決定の申立てをし(福岡地方裁判所令和3年(ヒ)第20号事件。以下「別件非訟事件」という。)、同事件は、現在、同裁判所に係属中である。 3 争点 (1)本件請求1に係る善管注意義務違反の成否(争点1) ア 不正競争防止法違反の成否(争点1−1) イ 著作権等侵害の成否(争点1−2) ウ 保険業法違反及び定款違反の成否(争点1−3) エ 原告とリペア・デポとの間の業務委託基本契約違反の成否(争点1−4) (2)本件請求1に係る善管注意義務違反による損害発生の有無及び額(争点2) (3)本件請求2に係る善管注意義務違反の成否(争点3) ア 不正な目的による募集株式発行に係る善管注意義務違反の成否(善管注意義務違反@。争点3−1) イ 有利発行に伴う善管注意義務違反の成否(善管注意義務違反A。争点3−2) ウ 原告保有株式の売渡請求に伴う善管注意義務違反の成否(善管注意義務違反B。争点3−3) (4)本件請求2に係る善管注意義務違反による損害発生の有無及び額(争点4) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1−1(不正競争防止法違反の成否)について (原告の主張) (1)本件資料@及びAが不正競争防止法2条6項の営業秘密に該当することについて ア 秘密管理性について 本件資料@は、その作成者である原告の従業員C(以下「C」という。)が、本件資料Aは、その作成者である同従業員D(以下「D」という。)が、それぞれのノートパソコン上の個人フォルダで管理していた。 また、本件資料@及びAを業務上やりとりする必要がある場合には、C、D及び原告の取締役であるE(以下「E」という。)がメールで本件資料@及びAのデータをやりとりするにとどまっていたのであるから、同3名を除く他の役員及び従業員はそもそも同データにアクセスすることができなかった。 さらに、本件資料@及びAには、いずれも「関係者外秘」と記載されていた。 したがって、本件資料@及びAには秘密管理性が認められる。 なお、原告は、被告に本件資料@及びAを開示しているが、原告は、リペア・デポとの間で、平成20年10月1日付けで業務委託基本契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結し、同契約には秘密保持に関する合意が含まれており、本件資料@及びAにも同契約の効力は及ぶから、リペア・デポの代表取締役を務める被告に対する開示は、秘密管理性を否定する事情にはならない。 イ 有用性について 本件資料@は、家電製品の延長保証、リフォーム保証に加えて工事保証をセットで導入し、顧客との契約数を増加させることで、マツヤデンキの手数料を増加させること、これらの保証の委託先を一社のみ選定し、まとめて同社が対応すること、家電製品の延長の卸保証率を3.10%とすること、保証期間を5年、8年、10年と設定していることなどの特徴を有する提案を含むものであり、このような提案は、延長保証や保険に関する豊富なノウハウ及び知識を有している原告であるからこそできたものであり、有用性が認められる。 本件資料Aは、マツヤデンキの希望を踏まえ、マツヤデンキがあいおい損保と保険料率を3.10%として保険契約を締結し、原告があいおい損保の保険代理店としてリペア・デポに修理業務の査定を委託することで、リペア・デポにおいても一定の利益を見込むことができるスキームの提案を含むものであり、このような提案は、延長保証や保険に関する豊富なノウハウ及び知識を有している原告であるからこそできたものであり、有用性が認められる。 ウ 非公知性について 前記イのような有用性のある情報は、未だ公知となっていないものであり、非公知性も認められる。 (2)被告の行為が不正競争防止法2条1項4号の不正競争に該当することについて 被告は、原告を排除してマツヤデンキと取引を行う目的で、Bに報告するためなどと目的を偽り、原告から本件資料@及びAを入手したのであるから、被告は、「詐欺…その他の不正の手段により」、上記原告の「営業秘密」たる本件資料@及びAを入手したといえる。 また、被告は、上記営業秘密不正取得行為により取得した本件資料@及びAに基づいて被告資料を作成し、これを用いてマツヤデンキに営業を行ったのであるから、原告の「営業秘密」の「使用」をしたといえる。 (3)被告の行為が不正競争防止法2条1項7号の不正競争に該当することについて 被告は、原告を排除し、原告の代わりにベストフィナンシャルを保険代理店とすることで、原告の得るべき利益をベスト電器グループに取得させ、被告のベスト電器グループ内での地位向上、リペア・デポ代表取締役としての報酬増等の「不正の利益を得る目的」で、及び、原告をマツヤデンキの取引から排除して原告に「損害を加える目的」で、原告の「営業秘密」たる本件資料@及びAに基づいて被告資料を作成し、これを用いてマツヤデンキに営業を行うことによって、原告の「営業秘密」を「使用」したといえる。 (4)小括 以上によれば、被告の行為は、不正競争防止法2条1項4号又は7号の不正競争に該当するから、被告は、悪意又は重過失により、善管注意義務に違反し、不正競争防止法違反となる行為を行ったといえる。 (被告の主張) 原告は、被告に対し、本件資料@及びAをメール送信していることからすると、これらの資料は、もともと被告との間で共有することが想定されていたものであり、当初から秘密として管理されていなかったことは明らかである。 また、原告は、本件資料@及びAには、「関係者外秘」の記載があると主張するが、原告が被告を情報共有すべき「関係者」と認識していたことは明らかであるから、「関係者外秘」との記載があるからといって、本件資料@及びAに記載された情報が、被告との関係で「秘密」に転化することなどあり得ない。 したがって、本件資料@及びAに秘密管理性があることを前提とする不正競争防止法違反の主張に理由はない。 2 争点1−2(著作権等侵害の成否)について (原告の主張) 本件資料@及びAは、商品内容を効率的に顧客に伝えて購買意欲を喚起することを目的とし、提案する商品の特徴やその商品を採用するメリットを説明するために、図や文章の内容を要領よく選択し、これを顧客に分かりやすいように配置したものであって、著作権法2条1項1号の「思想又は感情を創作的に表現したもの」であるといえる。 そして、本件資料@及びAは、著作権法10条1項1号の「言語の著作物」及び同項4号の「美術の著作物」に該当するといえ、同法2条1項1号の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であるといえる。 被告は、本件資料@及びAのほぼデッド・コピーというべき複製を行い、悪意又は重過失により、善管注意義務に違反し、本件資料@及びAに係る原告の複製権及び同一性保持権を侵害した。 (被告の主張) 原告のビジネス上のノウハウやアイディアは、誰が表現しても本件資料@及びAと同じような表現にならざるを得ず、ありふれた表現であるから、本件資料@及びAは、著作権法上保護されるべき創作的な表現であるとはいえない。 したがって、本件資料@及びAは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」とはいえない。 また、本件資料@及びAのような営業用プレゼン資料は、産業上の実用品であることは明らかであって、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」には該当せず、文化的創造物である「著作物」に該当しない。 3 争点1−3(保険業法違反及び定款違反の成否)について (原告の主張) リペア・デポは、保険業の免許を受けていないため、リペア・デポが保険引受を行うことは保険業法3条に違反する。また、リペア・デポは、定款において保険業をすることを目的としていないから、保険業を行うことは定款違反である。 それにもかかわらず、被告は、リペア・デポがマツヤデンキから保険を引き受ける内容の被告資料を作成し、これを用いてマツヤデンキに営業を行い、もって、悪意又は重過失により、善管注意義務に違反し、保険業法3条違反及び定款違反となる行為をした。 (被告の主張) 被告資料は、リペア・デポがマツヤデンキと保険契約を締結する趣旨の提案をしたものではない。すなわち、保証会社の倒産リスク等を危惧するマツヤデンキ側からは、あくまで保険会社が入るスキームを要望されたため、これを受けて、リペア・デポが、マツヤデンキに対し、自社があいおい損保の約定履行保険に加入する方式を提案したものである。したがって、保険業法及び定款違反には当たらない。 4 争点1−4(原告とリペア・デポとの間の業務委託基本契約違反の成否)について (原告の主張) 本件業務委託契約においては、原告がリペア・デポに「提案する新商品(サービス)情報および情報分析手法・業務処理の方法を含む」「一切」が「機密情報」(本件業務委託契約9条1項)とされ、同「機密情報」につき、「いかなる場合にも受領当事者自身または第三者の利益のために使用または利用しない」ことや、「相手方当事者の承諾なくして機密情報の複製を作成してはならない」ことが義務付けられ(同条2項1号)、第三者への開示には「事前の書面による承諾を得なければならない」(同項2号)とされている。 しかし、被告は、原告に無断で、原告から提供された「機密情報」である本件資料@及びAに基づいて被告資料を作成し、これを用いてマツヤデンキに営業を行うことによって、悪意又は重過失により、善管注意義務に違反し、本件業務委託契約の定める秘密保持義務に違反した。 (被告の主張) 前記1(被告の主張)のとおり、本件資料@及びAは厳格に管理されてきた営業秘密であるとはいえないから、本件業務委託契約9条1項の「機密情報」に該当しない。 したがって、これを前提とする原告の本件業務委託契約違反の主張は理由がない。 5 争点2(本件請求1に係る善管注意義務違反による損害発生の有無及び額)について (原告の主張) (1)被告の善管注意義務違反と損害発生の相当因果関係があることについて 原告とマツヤデンキが交渉を開始する前、マツヤデンキは、富士火災との間で、20年間にわたり、家電製品の延長保証に関する保険契約を締結し、更新・継続していた。 原告は、このような中で、マツヤデンキへの営業を開始し、マツヤデンキの希望を聴取しつつ、あいおい損保とも交渉をし、平成28年8月3日には、あいおい損保から、3年及び5年の延長保証の保険料率を3.10%に引き下げることが可能との回答を得た。また、同月4日には、マツヤデンキが希望していた家電製品の10年の延長保証についても、あいおい損保から、保険料率3.72%で引き受ける旨の回答を得た。さらに、原告は、同月15日、マツヤデンキに対し、マツヤデンキと富士火災との間の上記の保険契約の更新期間満了に至るまでの具体的なスケジュールを交付した。同スケジュールにおいては、本件保険契約の契約書及びこれに付随する特約書(以下、単に「特約書」という。)の内容確定並びに本件保険契約の申込みを同月末日までに完了すること、現在マツヤデンキと富士火災との間で共有されているシステムの内容確認を同月中旬から下旬までに完了すること、本件保険契約が締結された場合に、新たに関係当事者間で共有されることになる新システムの共有を同年9月中旬から下旬までに完了することなどが盛り込まれていた。 また、原告は、マツヤデンキから特約書作成に必要な情報を確認し、平成28年8月24日にはあいおい損保から特約書を受領して、これをマツヤデンキに送付した上、マツヤデンキから疑問点や気になる点をヒアリングし、これを踏まえてあいおい損保と交渉し、細かな部分の確認がされる状況に至った。 さらに、マツヤデンキの管理本部経営管理部長のF(以下「F」という。)は、同年9月4日、原告に対し、「この度は弊社の延長保証に関しまして多大なるご尽力を賜り誠に有難うございます。正式契約には至っておりませんが期日までにスムースに準備が整いますようご協力の程宜しくお願い申し上げます。」、「別件のご案内です。誠に厚かましいお話ですが、「iPhone特別斡旋」の資料を添付させて頂きます。」とメールするなど、本件保険契約成立を前提に、原告とマツヤデンキ間の新たな取引の話もされていた。 これらの交渉を得て、マツヤデンキの富士火災からあいおい損保への保険契約への切替えは全て順調に進み、マツヤデンキにおいて、平成28年9月16日に、正式承認がされるのを待つばかりの状態となっていた。そして、同月15日には、Fの要請を受け、マツヤデンキの社長であるG某(以下「G」という。)との最終挨拶の場がセッティングされた。Gは同最終挨拶の場には出席できなかったが、マツヤデンキ幹部を通じて、Gから「よろしくお伝えください。」との伝言がE及びDに伝えられた。 しかし、マツヤデンキとあいおい損保との間の保険契約の最終承認が行われるはずであった平成28年9月16日、被告が、前提事実(5)エの妨害行為(以下「被告提案行為」という。)を行ったことにより、マツヤデンキでは大きな混乱と不信感が生じ、原告の提案を採用した場合、マツヤデンキに何らかの不利益が生じることが予想されたことから、原告とマツヤデンキとの間の取引は破談に至った。また、マツヤデンキとしては、約2週間後に迫った富士火災との保険契約の更新期間満了までに、別の選択肢を検討することは事実上不可能であり、やむなく富士火災との保険契約を更新・継続することになったものである。 したがって、原告は、被告提案行為により、本件保険契約の締結により得られる利益を失ったといえ、被告の善管注意義務違反と損害発生の相当因果関係があるといえる。 (2)損害額について 原告は、あいおい損保から、原告が年間約3000万円の収入を得られる旨の告知を受けていた。 そして、マツヤデンキと富士火災との間の家電製品の延長保証に関する保険契約が20年以上にわたり継続していたことを考慮すると、本件保険契約も、少なくとも20年は継続する蓋然性があったといえる。 したがって、原告が被った損害は、中間利息を控除しても、合計3億7386万6000円(3000万円×12.4622(20年のライプニッツ係数))を下ることはない。 (被告の主張) 本件保険契約締結が間近であったとの主張や、同契約の締結に至らなかった理由が被告提案行為にあるとの主張は否認する。マツヤデンキは、平成28年9月頃、富士火災や三井住友海上火災保険株式会社との間でも、家電製品の延長保証に関する保険契約の条件交渉を行っていたのであり、これらの保険会社から提示された保険料率等の条件を考慮の上、自らの判断で富士火災との契約を継続することを選択したもので、被告提案行為がなかったとしても、マツヤデンキとあいおい損保が本件保険契約締結に至ることはなかった。 したがって、仮に被告にリペア・デポの代表取締役としての善管注意義務違反があったとしても、これと原告の主張する損害との間に因果関係はない。 6 争点3−1(不正な目的による募集株式発行に係る善管注意義務違反(善管注意義務違反@)の成否)について (原告の主張) (1)被告は、リペア・デポの代表取締役として、法令を遵守し、公正な方法により、募集株式を発行する注意義務を負っているところ、その業務執行に当たっては、特定の株主を著しく不当に扱ってはならない。 しかし、被告は、原告の持株比率を低下させ、原告を排除するという不当な目的で、当時の発行済み株式600株の約13.3倍にもなる8000株を発行した上、本件払込に係る4億円は、数時間しかリペア・デポの預金口座に存在せず、本件払込と同日にベストサービスに吸い上げられたのであるから、本件払込は、実態のない仮装払込であり、これにより、原告保有株式の価値は著しく低下した。 したがって、被告は、悪意又は重過失により法令を遵守し、公正な方法により募集株式を発行する注意義務に違反したといえる。 (2)この点について、被告は、不正な目的はなかったと主張するが、事実に反する。すなわち、被告による妨害行為の後である平成28年10月31日、Eは、ベスト電器の本社にて、B、同社取締役のH某及び被告と面談し、被告による取引妨害の事実を報告し、被告の処分(解任等)を求めたところ、被告は、同面談中、終始青ざめており、必死で言い逃れをしようとしていた。そして、本件募集株式の発行は、同面談から1か月余りで通知されたものである。これらの経緯に照らすと、被告は、自己の責任追及を逃れるため、原告の役員解任請求権を奪う意図で、原告の持株比率の希釈化を図ったものといえる。 また、被告は、本件募集株式発行は必要性及び合理性のあるものであると主張するが、事実に反する。すなわち、ベスト電器は、海外法人の顧客に対する家電製品の延長保証の再保証をし、リペア・デポは、同再保証の再々保証をしていたところ、リペア・デポは、これらの海外法人から、数年分の家電製品の延長保証修理代を前払いにより一括受領していたのであるから、資金不足は生じ難いし、平成29年当時、リペア・デポがメーカーに支払う修理代金について、想定外の増加事象が発生したということもなかった。むしろ、リペア・デポは、平成27年にベスト電器から支払われる再々保証料率を4%から6.5%に引き上げていたから、安定した利益を計上することができていた。そもそも、上記海外法人は、ベスト電器のグループ会社であるから、リペア・デポの海外事業の取引は、ベスト電器グループ内での取引であるところ、リペア・デポは、ベスト電器グループ内部で、グループ各社の利益調整のためにいいように使われていたといえる。したがって、再々保証料率が6.5%でも不足するのであれば、本件募集株式発行により増資をする必要はなく、過去の負担の押付け分も考慮して、再々保証料率をまっとうなレベルに引き上げれば足りる。 よって、被告は、悪意により、本件募集株式発行に当たっての善管注意義務に違反したものである。 (被告の主張) 本件募集株式発行の目的は、原告を排除することにあるのではなく、リペア・デポの債務超過を回避し財務状況を改善することにある。 すなわち、被告は、リペア・デポの業績が悪化したため、税効果会計に従って過去に計上した繰延税金資産の取崩しを実施することにしたところ、そのままでは債務超過に陥り、今後の営業活動に支障を来す恐れがあるため、本件募集株式発行により、増資をすることとした。 したがって、本件募集株式発行は、債務超過を回避し財務状況を改善する観点から必要かつ合理的なものであり、原告を排除するためにされたものではない。 7 争点3−2(有利発行に伴う善管注意義務違反(善管注意義務違反A)の成否)について (原告の主張) 別件非訟事件において、令和3年6月4日時点のリペア・デポの企業価値が(仮装払込を前提とすると)4億5688万5000円であるとの鑑定結果が出された。そして、平成29年2月23日に効力が発生した本件募集株式発行後、令和3年6月4日までにリペア・デポの企業価値が変化する事情はなかったから、平成29年2月23日時点の企業価値について、上記鑑定結果を援用することができる。 しかし、リペア・デポは、上記鑑定評価額4億5688万5000円を大きく下回る、平成28年2月期の決算の純資産額2945万3071円を前提にした株価評価をし、希釈化率が実に1333%(8000株÷600株×100%)という新株発行を行った。すなわち、リペア・デポは、上記鑑定評価額から4億2743万1929円も低く、その約6.4%でしかない価格による新株発行を行ったのである。 また、証券取引所は、既存株主の権利を著しく侵害し市場の信頼性に重大な影響を及ぼす第三者割当を未然に防止するために300%を超える希薄化を伴う第三者割当を上場廃止の審査基準とし、希薄化率が25%以上となるときや、支配株主が異動することになるときは、経営者から一定程度独立した者による当該割当の必要性及び相当性に関する意見の入手を求めるなどの企業行動規範を設けている。このように、既存株主の権利に配慮すべく行動することが求められていることは、閉鎖会社であるリペア・デポにおいても同様である。 そして、本件募集株式発行は、実に希薄化率1333%の第三者割当であり、既存株主の権利を著しく侵害するにもかかわらず、被告が証券取引所の定める審査基準に沿った慎重な対応をした形跡はなく、また、リペア・デポの株式評価をするに当たって不可欠の前提となる事業計画の作成すらされることなく本件募集株式発行の発行価額が決定されている。 このように、被告は、本件募集株式の発行が既存株主の権利を害する内容となっていないかを確認、検証する等の義務を怠り、既存株主の権利を害する有利発行を行ったもので、悪意又は重過失により、代表取締役としての善管注意義務に違反したといえる。 (被告の主張) 原告は、本件募集株式発行の払込金額が引受人に著しく有利な価格である旨主張しているが、そもそも適正な払込金額がいくらであるかの主張立証がなく、主張自体失当である。 また、原告は、別件非訟事件における鑑定結果を根拠に有利発行の主張をしているが、有利発行か否かは、本件募集株式発行の時点(平成29年2月23日)のリペア・デポの企業価値を基準に判断されるのであって、上記鑑定の対象となった令和3年6月4日時点のリペア・デポの企業価値を基準に判断されるものではない。したがって、この点からしても、原告の主張は理由がない。 8 争点3−3(原告保有株式の売渡請求に伴う善管注意義務違反(善管注意義務違反B)の成否)について (原告の主張) 被告は、ベストサービスの原告に対する原告保有株式の株式売渡請求の対価が、本件払込が仮装された事実を何ら反映していない、著しく低額なものであったにもかかわらず、令和3年5月10日に開催された取締役会において、上記売渡請求を承認した。 よって、被告は、株式売渡請求の条件等が適正といえるか否かを十分検討する義務を怠り、その条件が適正でないにもかかわらず承認をしたものであり、被告は、悪意又は重過失により、リペア・デポの代表取締役としての善管注意義務に違反したといえる。 (被告の主張) 争う。 9 争点4(本件請求2に係る善管注意義務違反による損害発生の有無及び額)について (原告の主張) (1)本件払込は仮装されたものであった。そして、これにより、原告は、リペア・デポの会社評価額の10%の価値を有していたにもかかわらず、本件募集株式発行により、0.69%の価値を有するにとどまるものとされた。 原告は、現在、仮装払込を行ったベストサービスにより、特別支配株主による株式売渡請求を受けており、株主の地位を強制的にはく奪される上に、0.69%限りの対価しか支払を受けられない状況に陥っている。 この点、リペア・デポの会社評価額は7億7570万円と評価されるものであるから、原告は、少なくとも7271万7670円(7億7570万円×(60株/600株−60株/8600株)の損害を被ったといえる。 ただし、善管注意義務違反Aによる損害については、仮装払込がないと判断された場合、予備的に、別件非訟事件の鑑定評価を前提とし、本件募集株式発行直前の原告保有株式の価値4568万8500円(4億5688万5000円×60株/600株)と本件募集株式発行直後の原告保有株式の価値597万8267円(8億5688万5000円×60株/8600株)との差額3971万0233円(4568万8500円−597万8267円)を損害額として主張する。 (2)被告は、仮装払込の事実はないから損害は発生しないと主張するが、次のとおり仮装払込の事実はあるといえる。 すなわち、本件払込に係る4億円は、本件払込がされた当日に、ベスト電器により、リペア・デポから吸い上げられ(送金され)ていたのであり、上記4億円は、リペア・デポの口座に、わずか数時間程度しか存在しなかった。 そして、本件払込がされた平成29年2月23日は、ベスト電器グループの従業員らへの給料支払日である同月24日の前日であり、ベスト電器は、リペア・デポ等のグループ会社が特に必要としていない資金を吸い上げざるを得ない状況にあった。 また、CMS決済においては、幹事会社に吸い上げられた預け金は、「短期貸付金」として処理されることになるということであるが、同貸付けについては、金銭消費貸借契約書の作成もなく、返済期についての定めもなく、利率も極めて低率なものであって、参加企業は幹事企業であるベスト電器の判断に従うしかなく、事実上、ベスト電器から同短期貸付金の返済がされることはないのであるから、貸付けとしての実態を有さないものである。したがって、本件払込は、資本充実維持の原則を満たすような、本件募集株式の払込みとはいえない。 さらに、本件送金後にベスト電器に吸い上げられ、短期貸付金となった4億円は、本件送金の1年後の平成30年2月28日の時点で、全て原因不明の消滅をしている。すなわち、本件送金がされる約3か月前の平成28年11月30日時点において、リペア・デポの現預金は約1億6000万円、短期貸付金は約3億8300万円の合計約5億4300万円であったところ、本件送金の約1年後には現預金は約1億1100万円、短期貸付金は約4億1500万円の合計約5億2600万円とほぼ同額となっており、送金を受けた4億円は何ら存在しない状態となっている。これは、リペア・デポの海外保証事業が平成29年12月に清算された際に、海外保証事業でリペア・デポの取引先であったベスト電器のリペア・デポに対する債権を作出し、当該債権とリペア・デポの短期貸付金4億円を相殺処理し、現金移動を伴わない短期貸付金4億円の消込みが行われたこと等によるものである。そうでないとしても、ベスト電器のリペア・デポに対する債権は、ベスト電器グループの海外事業の収益コントロールとしてリペア・デポに押し付けられた実態のない損失である。すなわち、リペア・デポの海外事業においては、ベスト電器シンガポール社は、顧客から10%の保証料を取得して家電製品の延長保証を引き受けているのに対し、ベスト電器はリペア・デポに対し、4ないし6.5%の卸保証料で家電製品の延長保証を引き受けさせていた。したがって、海外事業に関する対応としては、ベスト電器グループが、過去の負担の押付けの是正を含めて、卸保証料をまっとうなレベルに引き上げればよいだけであり、本件ではそういった対応は一切されず、突如として本件増資が行われたものである。このような事情に照らすと、本件払込は仮装と評価されなければならない。 この点、被告は、令和3年6月30日に、CMS契約の解約により、短期貸付金が返済されたなどと主張するが、いったんこのような処理がなされても、リペア・デポは、ヤマダ電機のグループ企業として、再びCMSに参加し、同じく資金を吸い上げられる。また、上記の事情は、ベストサービスから原告保有株式の売渡請求がされた同月4日よりも後の事情である。したがって、同月30日に短期貸付金が返済された との事情があったとしても、本件払込が仮装払込であるか否か、また、原告に損害が生じたか否かの判断に影響しない。 以上によれば、被告の主張に理由はなく、被告の善管注意義務違反と損害発生との間の因果関係が認められる。 (被告の主張) (1)リペア・デポにおいては、CMS決済が採用されており、本件送金により振り込まれた4億円は、短期貸付金として計上された。その後、CMS契約の解約により、令和3年6月30日、リペア・デポのベスト電器に対する貸付金は返済された。 このような経緯に照らすと、本件払込により振り込まれた4億円は、資産の実態を有しており、その実態を保った状態のまま、同月4日時点における原告保有株式の株価を決定する基礎となっているのであるから、原告は何ら損害を被っているものではない。 (2)原告は、リペア・デポの海外保証事業が平成29年12月に清算された際に、海外保証事業でリペア・デポの取引先であったベスト電器のリペア・デポに対する債権を作出し、当該債権とリペア・デポの短期貸付金4億円を相殺処理し、現金移動を伴わない短期貸付金4億円の消込みが行われたなどと主張するが、次のとおりそのような事実はない。 リペア・デポの海外保証事業は、平成22年に、それまで海外法人が契約していた保険会社の業務をリペア・デポが引き継ぐ形で開始したものであるが、海外店舗商品の故障率が想定よりも高く、契約当初の保証料率ではリペア・デポの経営を圧迫するようになったため、平成26年に、海外法人との間で、保険料率の引上げの合意を交わすなどの対策をとった。しかし、その後の想定を上回る修理費用の増加や為替相場の円安進行に追いつかず、平成29年2月期において、リペア・デポは債務超過の危機に陥った。 リペア・デポは、一旦は本件募集株式発行による増資の実施により債務超過を回避したが、同年12月には、同年当時まで残っていた取引先である海外法人2社とベスト電器との間の商品の延長保証契約を解約することとなり、ベスト電器と海外法人2社との間で解約合意書が取り交わされた。この解約合意書においては、上記海外法人2社とベスト電器間の商品の延長保証契約を平成29年限りで終了させること、契約期間中に販売した延長保証対象商品について、平成30年1月1日以降に発生する修理の履行とそれに要する費用は全て海外法人が負担すること、これに伴い、ベスト電器は上記海外法人2社に清算金の支払(既に海外法人から受領した保証料のうち、平成30年1月1日以降の修理履行費として合理的に見込まれる部分の金額の返還)を行うことなどが合意された。そして、ベスト電器は、海外法人2社から受領した保証料をそのままリペア・デポに支払っているから、ベスト電器とリペア・デポとの間でも同様の清算を行うこととなった。上記清算金は、平成30年以降に発生すると見込まれる修理履行費用を主にリペア・デポ側で計算し、最終的には海外法人2社と協議したうえで金額が決定され、解約合意書に盛り込まれた。このような経緯を経て、平成29年12月1日、リペア・デポから、ベスト電器に対し、上記清算金の合計3億7115万0551円がCMS決済により支払われた。この支払により、リペア・デポの短期貸付金残高は約3.7億円減少することとなったが、他方、海外事業の中止により計上不要となった負債(前受収益3億897万0213円及び商品保証引当金6046万2630円)の減額処理が行われ、結果としては、同日の清算処理による純資産の減少額は約1881万9434円に留まっている。その後、ベスト電器は、上記清算金を海外法人2社に送金し、海外事業の清算を終えたものである。 平成30年2月期の決済における現預金及び短期貸付金の額は、このような経緯をたどった結果であり、実態のない債権との消込が行われたものではない。 (3)さらに、原告は、令和3年6月30日の短期貸付金の返済は、仮装払込の有無の判断に影響しないと主張するが、同事実は、同月4日の時点においても、額面どおりの資産性を確実に有していたことを裏付ける事実であるから、原告の反論は当を得ていない。 (4)したがって、原告の主張はいずれも理由がないものである。 第4 当裁判所の判断 本件の事案に鑑み、争点2から判断する。 1 争点2(本件請求1に係る善管注意義務違反による損害発生の有無及び額)について (1)原告は、被告提案行為により、本件保険契約が破談になったと主張するが、原告の指摘する事情によっては、被告提案行為より前に、マツヤデンキとあいおい損保が本件保険契約を締結することが確実な状況に至っていたと認めることはできない。 すなわち、マツヤデンキは、平成28年9月まで、20年以上にわたり、富士火災との間で、家電製品の延長保証に関する保険契約を更新・継続してきたと認められ(弁論の全趣旨)、その後、同年10月1日、更に富士火災との間で同保険契約を更新するに至っていること(前提事実(5)オ)、他方で、本件全証拠によっても、被告提案行為前の時点では本件保険契約の締結が確実であったにもかかわらず、被告提案行為が原因となって本件保険契約を締結するに至らなかったことを推認させる具体的な事情は認められない。そうすると、マツヤデンキが、富士火災との従前の継続的な取引関係を尊重し、富士火災との上記保険契約の更新を選択した可能性を否定できないというべきである。 (2)原告は、原告が、あいおい損保と交渉し、マツヤデンキと富士火災との間の家電製品の延長保証に関する保険契約よりもマツヤデンキにとって有利な条件で本件保険契約の提案をしたことを、本件保険契約締結が確実であったことを裏付ける事情として指摘する。 しかし、マツヤデンキが、20年以上もの長期間にわたり、富士火災との間で、家電製品の延長保証に関する保険契約を更新・継続し続けており、両社の間に更なる同契約の更新・継続に向けた信頼関係が存在したとうかがわれることに照らすと、マツヤデンキが原告から従前の富士火災との間で合意されていた保険料率を下回る保険料率の提案を受け、富士火災との間でも保険料率の交渉をし、原告の提案よりも有利な条件で合意に至ったことも考えられるから、原告が指摘する上記の事情が本件保険契約締結が確実であったことを裏付けるものと直ちにはいい難い。 また、原告は、平成28年8月15日には、本件保険契約締結に至るまでのスケジュールを確定し、マツヤデンキに交付したこと、同年9月4日に、Fから、「正式契約には至っておりませんが期日までにスムースに準備が整いますようご協力の程宜しくお願い申し上げます。」とメールで伝えられたことなどを、被告提案行為と本件契約締結に至らなかったこととの因果関係を基礎づける事情として指摘するが、これらの事情は、いずれも、マツヤデンキ側において本件保険契約締結が確実な段階に至っていたことを裏付けるには十分とはいい難い。 さらに、原告は、マツヤデンキにおいて、同月16日には富士火災からあいおい損保への保険契約の切替えが正式承認される予定であったもので、同月15日には最終挨拶の場がセッティングされていたなどと主張するが、それらの事情を認めるに足りる証拠はない。 以上によれば、仮に被告提案行為が被告の代表取締役としての善管注意義務違反を構成するとしても、これと原告が主張する損害の発生との間の因果関係を認めることはできないというべきである。 2 争点4(本件請求2に係る善管注意義務違反による損害発生の有無及び額)について (1)仮装払込の有無について ア 原告は、本件払込に係る4億円は、本件払込がされた当日にベスト電器に送金され、リペア・デポの口座にわずか数時間程度しか存在しなかったから、資本充実の原則を満たすような本件募集株式に係る払込みがされたとはいえず、そのような仮装払込の結果、資産が増えていないにもかかわらず原告の持株比率が低下し、原告は損害を被ったと主張する。 しかし、本件送金は、リペア・デポとベスト電器との間のCMS契約に基づいてされたところ、本件送金に係る4億円は、リペア・デポからベスト電器に対する短期貸付金として計上され(前提事実(4)ウ)、CMS決済によりベスト電器に集中された現金は、CMS契約の解約に伴いリペア・デポにその全額が返済されている上(前提事実(4)エ)、証拠(乙23、24)によれば、本件送金前後において、ベスト電器に上記4億円を返済する資力があったことが認められる。これらの事情に照らすと、本件払込に係る4億円が直ちに実態のないものであったということはできず、本件払込が仮装払込であるとの原告の主張は採用することができない。 したがって、原告とし、仮装払込があることを前提とする、善管注意義務違反@ないしBにより損害が発生したとの主張は認められない。 イ 原告は、本件募集株式発行前の平成28年11月30日の時点と、本件払込後である平成30年2月28日の時点とで、リペア・デポの流動資産の額にほぼ変化がないから、本件払込に係る4億円は原因不明の消滅をしているといえ、CMS契約の解約に伴って振り込まれた7億1206万8589円に本件送金に係る4億円は反映されていないなどと主張する。 しかし、証拠(乙29)及び弁論の全趣旨によれば、ベスト電器は、海外法人の顧客に対する家電製品の延長保証の再保証をし、リペア・デポは、更に再々保証をしていたこと、ベスト電器は、想定を上回る修理費用の増加や円安の進行などから海外事業の採算がとれなくなったため、平成29年12月26日、海外法人2社との再保証契約を解除するに至ったこと、同契約の解除に当たっては、海外法人2社とベスト電器間の商品の再保証契約を平成29年限りで終了させる旨、契約期間中に販売した延長保証対象商品について平成30年1月1日以降に発生する修理の履行とそれに要する費用は全て海外法人2社が負担する旨、これに伴い、リペア・デポがベスト電器を通じて海外法人2社から既に受領していた保証料のうち、平成30年1月1日以降の修理履行費用として合理的に見込まれる額として、3億5399万6253円をベスト電器シンガポール社に、1715万4298円をベスト電器マレーシア社に、それぞれ清算金として支払う旨が、それぞれ合意されたこと、上記清算金は、リペア・デポから、ベスト電器を通じて、海外法人2社に対し支払われたこと、その際、リペア・デポとベスト電器との間において、現実の資金の移動はされず、CMS決済が利用されたこと、これにより、上記清算金の合計額約3億7000万円分について、リペア・デポのベスト電器に対する短期貸付金が減少したことが認められる。 上記認定事実によれば、本件払込の前後でリペア・デポの流動資産の額にほぼ変化がないのは、海外事業の清算に伴うものであると認められるから、4億円の短期貸付金が原因不明の消滅をしているとの原告の主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。 また、原告は、4億円の短期貸付金が海外事業の清算に伴って減少したとしても、ベスト電器のリペア・デポに対する清算金の支払債権は、ベスト電器グループの海外事業の収益コントロールとしてリペア・デポに押し付けられた実態のないものであるから、本件払込は仮装払込と評価されるべきである旨主張する。 しかし、証拠(甲34、51、乙29、30)及び弁論の全趣旨によれば、上記清算金は、リペア・デポがベスト電器を通じて海外法人2社から支払を受けていた保証金の中から、支払われたものであること、上記清算金の額は、リペア・デポが算出し、海外法人2社との合意の上で決定されたものであること、海外事業の清算により、計上不要となった前受収益及び商品保証引当金(合計約3億7000万円)の減額処理が行われていることが認められ、これらの事実に照らすと、ベスト電器のリペア・デポに対する上記清算金の支払債権が実態のないものであるとはいい難く、本件全証拠によっても、同支払債権が実態のないものであるとの事実を認めることはできない。したがって、原告の上記主張も採用することができない。 (2)善管注意義務違反Aによる損害発生の主張について 新株発行により、既存株主が経済的に何らかの直接損害を受けることがあり得るとすれば、それは、払込金額が募集株式を引き受ける者に「特に有利な金額」(会社法199条3項)での発行を行った場合であるといえるところ、会社法199条3項にいう「特に有利な金額」による新株発行とは、公正な発行価格に比して特に株式引受人に有利な価格をいい、この公正な発行価格は、原則として発行価格決定直前の市場価格が基準となると解される。 本件において、原告は、別件非訟事件において令和3年6月4日時点のリペア・デポの企業価値が(仮装払込を前提とすると)4億5688万5000円であるとされており、これが本件募集株式発行時点(平成29年2月23日)の企業価値と同じであるとして、上記の公正な発行価格は4億5688万5000円/600株であると主張するものと理解できる。 しかし、リペア・デポの企業価値が、本件募集株式発行時点から4年以上が経過した令和3年6月4日時点においても変化していないことを認めるに足りる証拠はないから、同時点におけるリペア・デポの企業価値が、本件募集株式発行時点におけるリペア・デポの企業価値と同じであるとして、公正な価格を算定することはできない。その他、上記価格(4億5688万5000円/600株)が本件募集株式発行時における公正な発行価格に当たることを基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。 したがって、上記価格(4億5688万5000円/600株)が、公正な発行価格であることを前提とする原告の有利発行を前提とする損害発生の主張は、いずれも採用することができない。 (3)小括 以上によれば、本件請求2についても、仮に被告の代表取締役としての善管注意義務違反が認められるとしても、これによる損害の発生は認められないというべきである。 3 結論 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 間明宏充 裁判官 バヒスバラン薫 |
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