判例全文 | ||
【事件名】販促冊子「さくら SAKURA」事件B 【年月日】令和5年10月12日 東京地裁 令和4年(ワ)第6207号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年8月22日) 判決 原告 A 同訴訟代理人弁護士 喜田村洋一 被告 日本たばこ産業株式会社 同訴訟代理人弁護士 山田洋平 同 二本松直樹 同訴訟復代理人弁護士 高橋優依 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 略語は別紙略語一覧表のとおり 第1 請求 被告は、原告に対し、8946万円及びうち6000万円については平成17年2月2日から、2946万円については平成18年1月1日から、各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、被告に対し、以下の支払を求める事案である。 (1)原告の許諾した期間を超えて原告が著作権を有する本件各写真を掲載した本件冊子を頒布して利用した被告の行為が、本件各写真に係る原告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、不法行為(民法709条)に基づく2133万円の損害賠償及びこれに対する不法行為の日以降の日である平成18年1月1日から支払済みまで平成29年改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払 (2)被告が、原告の意に反して本件写真B及びDをトリミングして本件販促用写真を作成・利用した行為が、本件各写真に係る原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して、不法行為に基づく6000万円の損害賠償及びこれに対する不法行為の日の翌日である平成17年2月2日から支払済みまで平成29年改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払 (3)上記各不法行為に基づく損害賠償請求に係る弁護士費用相当損害額として、不法行為に基づく813万円の損害賠償及びこれに対する不法行為の日以降の日である平成18年1月1日から支払済みまで平成29年改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、顕著な事実、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、本件写真集等を公表している写真家である。 イ 被告は、製造たばこの製造、販売及び輸入の事業等を目的とする株式会社である。 (2)本件各写真 本件各写真のうち、本件写真@及びAは本件冊子のために原告が撮り下ろしたものであり、本件写真B〜Dは原告が撮影して本件写真集に収録された作品である。これらはいずれも写真の著作物(著作権法10条1項8号)であり、原告は、その著作権及び著作者人格権を有する。 (3)本件たばこの販売及び本件事業 ア 被告は、平成17年2月1日〜平成18年1月下旬の間、鹿児島県及び宮崎県において、本件たばこを販売した。その際、被告は、本件事業として、広告代理店に本件冊子及び本件販促用写真の作成を委託し、同広告代理店は、それらのデザイン等をNDCに委託した。これにより、本件冊子(甲2)及び本件販促用写真(甲3、4)が作成された。 イ 本件冊子には、本件各写真が、それぞれ見開き2ページの全面にわたって掲載されている。 ウ 本件販促用写真(赤枠を付したもの)は、以下のとおり、たばこ自動販売機の紙幣挿入口の上部の余白に貼付されたステッカー(本件販促用写真@)及び陳列用たばこケースの表面を覆うもの(本件販促用写真A)である。 (本件販促用写真@省略) (本件販促用写真A省略) 本件販促用写真は、本件写真B及びDを利用し、それぞれが設置される位置及び形状等に合わせ、被写体のうち人物を中心として、少なくともその左右をトリミングしたものである。(甲2、3、4、乙8) エ原告は、NDCに対し、本件事業において本件各写真を利用することを許諾した(ただし、後記のとおり、許諾の内容及び期間については当事者間に争いがある。)。 (4)本件訴訟提起 原告は、令和4年3月14日、本件訴訟を提起した。 (5)消滅時効の援用 被告は、原告の本件冊子に係る著作権(複製権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権については令和4年8月2日付け答弁書(同月2日に原告が受領、第2回弁論準備手続期日(令和5年6月23日実施)において陳述)において、本件販促用写真に係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権については令和3年1月28日付け回答書(乙7)において、それぞれ消滅時効を援用した。 3 争点 (1)本件冊子に係る複製権侵害の有無(争点1) (2)本件販促用写真に係る同一性保持権侵害の有無(争点2) (3)原告の利用許諾の内容及びその期間(争点3) (4)損害額(争点4) (5)消滅時効の成否(争点5) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(本件冊子に係る複製権侵害の有無) (原告の主張) 被告は、平成17年5月〜同年12月の間、原告の許諾を得ずに、本件冊子を頒布して本件各写真を利用した。このような被告の行為は、本件各写真に係る原告の著作権(複製権)を侵害するものである。 (被告の主張) 本件冊子における本件各写真の利用許諾の期間及び本件冊子が平成17年5月〜同年12月の間に頒布されたことは不知。その余は否認ないし争う。 本件冊子は、本件たばこの認知獲得のために頒布されたものであるところ、一般に、本件たばこのようなテスト商品の認知獲得のための施策は、設定された期間を超えるような期間に及ぶことは考え難い。本件たばこにおけるその期間は平成17年3月までとされていたことから、当該期間を超えて本件冊子が被告により頒布されたとは考え難い。 2 争点2(本件販促用写真に係る同一性保持権侵害の有無) (原告の主張) (1)本件販促用写真は本件写真B及びDをトリミングして作成されたものであるところ、原告はこれを許諾していない。したがって、本件販促用写真の改変は、本件写真B及びDに係る原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものである。 (2)本件写真Bでは、前景の人物につき、その全身像が後景に大きく広がる建物と対比される位置で映し出されているのに対し、本件販促用写真@−1及びA−1では、前景の人物の左腕がほぼ切り取られ、後景の建物も全体の広がりを全く欠いており、無残なトリミングがされた。 本件写真Dでは、写真右側の男女(男性は太宰治を彷彿とさせる)と左側に大きく広がる桜とが対比され、見る者に太宰治の自死を想起させるものとなっているのに対し、本件販促用写真@−2及びA−2では、左側の桜が全て切り取られ、男女2人のペアが並んで座っているだけの凡庸な写真となっており、やはり無残なトリミングがされた。 (被告の主張) (1)被告による本件販促用写真の作成及び利用に係る具体的態様は原告の主張によっても明らかでなく、これを裏付ける証拠もない。 (2)仮に、本件販促用写真が被告により作成され、原告の指摘する態様での利用がされたとしても、被告は原告の意に反する改変を行っておらず、また、本件販促用写真の作成はやむを得ない改変に当たるから、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害しない。 すなわち、原告は、本件事業に利用することを前提に本件写真B及びDの利用を許諾したところ、自動販売機の陳列用たばこケースのサイズや各種販売促進ツールの規格等に合わせて最低限のトリミング等が行われることは当然に予定されており、原告もこれを認識・認容していたといえる。また、本件販促用写真は、いずれも本件写真B及びDの主要要素である人物にフォーカスして上記最低限のトリミングを行ったものに過ぎず、表現部分に実質的な改変を加えたものではない。このため、本件販促用写真の改変は、いずれも原告の意に反する改変(著作権法20条1項)とはいえず、また、本件販促用写真の面積を踏まえれば、やむを得ない改変(同法条2項4号)といえる。 3 争点3(原告の利用許諾の内容及びその期間) (被告の主張) 原告は、本件事業に関し、NDCとの間で、本件各写真の本件冊子への掲載並びに本件販促用写真への本件写真B及びDの利用を許諾した。 被告は、原告との間に直接の契約関係はなく、利用許諾の期間は知らない。ただし、被告において本件たばこのような新商品のテスト販売が行われる場合、当時の慣行上、通常は少なくとも1年間程度の販売期間が設けられ、当該商品の販促用資材に係る写真の利用許諾の期間が販売期間よりも短く設定されることはない。本件たばこの販売期間も1年程度であったから、その販促用資材に係る上記利用許諾の期間が3か月間に限られるとは考え難い。 (原告の主張) 原告は、NDCに対し、平成17年2月1日〜同年4月30日の3か月間に限り、本件冊子のために撮り下ろした写真及び本件写真集に収録された本件写真B〜Dを含む写真数点を本件冊子に利用することを許諾したにとどまる。 また、原告は、本件写真B及びDのトリミングについて許諾したことはない。 4 争点4(損害額) (原告の主張) (1)複製権侵害による損害 原告は、NDCから、平成17年2月〜同年4月の期間における本件各写真の複製及び本件冊子の頒布に対する許諾の対価として800万円を受領した。したがって、同年5月から本件たばこの終売時期である同年12月31日までの8か月にわたる本件冊子の頒布により、原告は、2133万円(≒¥8,000,000*8/3)の損害を受けた。 (2)同一性保持権侵害による損害 オリジナルの写真の重要性、無断トリミングによってオリジナルの写真の有する格調ないし風雅さが大きく失われたこと等から、本件写真B及びDに係る同一性保持権侵害による損害については、写真ごとに3000万円(合計6000万円)とするのが相当である。 (3)弁護士費用相当損害額 原告が本件訴訟の追行を弁護士に委任したことによる弁護士費用相当損害額は、事案の難易度及び費消すべき時間等を考慮すると、813万円とするのが相当である。 (被告の主張) 否認ないし争う。 5 争点5(消滅時効の成否) (被告の主張) 仮に原告の主張する複製権侵害及び同一性保持権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権が成立するとしても、原告は、本件冊子が頒布され、本件販促用写真が利用されたとされる平成17年当時からその事実を認識し、損害及び加害者を知っていた。 また、被告は、複製権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権については本件の答弁書において、同一性保持権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権については令和3年1月28日付け回答書において、それぞれ消滅時効を援用した。 したがって、これらの請求権はいずれも時効により消滅している。 (原告の主張) 原告は、令和2年9月頃、原告の友人であるBから、同人が平成17年2月頃に撮影した写真として、本件販促用写真が展示されたたばこ自動販売機の写真を見せられたことにより初めて、原告の写真が無断でトリミングされたことを知った。 本件訴訟の提起は令和4年3月14日であるから、被告の不法行為に基づく損害賠償請求権につき、消滅時効は完成していない。 第4 当裁判所の判断 1 本件冊子に係る複製権侵害の有無(争点1)について (1)前提事実、証拠(甲2、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 すなわち、本件冊子は、本件たばこの認知獲得のために、本件事業の一環として作成され、頒布されたものである。本件事業においては、本件たばこについての認知・理解獲得のために、平成17年2月1日に地元紙への発売告知広告がされると共に同月及び同年3月が「店頭・VM展開」の期間とされ、また、同年4月以降は、「リピート・定着/ロイヤリティ把握」のための「フォロー施策」として、名簿獲得顧客に対するDM施策の展開(「ブランド啓蒙DM」等)及び名簿に記載はあるがDMアンケート等の調査に参加していない喫煙者に対するTRY促進DMの送付(サンプルたばこ送付)を行う期間とされた。 また、本件冊子の「新商品のご紹介」に掲載された当時の被告代表者の挨拶文には、「このたび弊社では、平成十七年二月より「さくら<SAKURA>」を鹿児島県、宮崎県にて発売いたします。」などと記載されている。 (2)上記各認定事実によれば、本件冊子は、本件たばこの販売が開始された平成17年2月1日に頒布が開始され、同年3月頃までこれが継続されたことがうかがわれる。しかし、同年4月以降もその頒布が継続されたことをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。かえって、同年4月以降は、同年3月までに獲得された顧客のリピート・定着の促進を図るべき期間と位置付けられていることに鑑みると、本件冊子が新たに頒布されることはなかったことがうかがわれる。 このほかに、平成17年5月〜同年12月の期間に被告が本件冊子を頒布したことを裏付ける的確な証拠はない。そうである以上、この点に関する原告の主張は採用できない。 したがって、原告は、被告に対し、平成17年5月〜同年12月の期間における本件冊子の頒布による原告の本件各写真に係る著作権(複製権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しない。 2 消滅時効の成否(争点5)について (1)前提事実のほか、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ア 原告は、NDCに対して本件事業において本件各写真を利用することを許諾したことを受け、平成16年12月頃、広告代理店から、本件デザイン案(甲6)を受領した。本件デザイン案には、たばこ自動販売機の「A2/B3インサイドパネル」に本件写真Dが、販売店舗に掲示される「A3横ポスターステッカー」に本件写真Bが、それぞれ利用されているものの、自動販売機の「ガラス面アイキャッチャー」に収納される「多カラム演出キット」、店舗に掲示される「A4縦ポスターステッカー」及び店舗脇の喫煙スペース入口ドアに掲示される「A2横ポスターステッカー/超大型ステッカーなど」に用いられる写真としては、本件各写真に含まれない写真が利用されている。 イ 本件ハンドブック(乙1)には、「インサイドパネル(表)」として本件写真Bが、「インサイドパネル(裏)」として本件写真Dがそれぞれ利用されると共に、「VM・店頭イメージ」として、「A2/B3インサイドパネル」、「A4縦ポスターステッカー」及び「A2横ポスターステッカー/超大型ステッカーなど」に本件写真Bが、「A3横ポスターステッカー」に本件写真Dが、それぞれ利用されている。また、自動販売機の「ガラス面アイキャッチャー」に収納される「多カラム演出キット」としては、本件写真B及びDが利用されている。なお、本件ハンドブックの「VM・店頭イメージ」及び「VMカラムまわりイメージ」は、本件デザイン案とは、利用している写真を除くとほぼ同一の構成のものである。 (2)原告が広告代理店から本件デザイン案の交付を受けたことなどに鑑みると、利用する写真を本件デザイン案のものから本件写真B及びDに入れ替えた本件ハンドブック(ないしその「VM・店頭イメージ」及び「VMカラムまわりイメージ」を内容とし、その構成は本件デザイン案と同様のもの)についても、平成17年2月頃、原告が広告代理店から交付を受けたことが十分合理的に推認される。 そうすると、仮に、被告による本件販促用写真の利用につき、原告が被告に対して本件写真B及びDに係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとしても、平成17年2月頃には、原告は損害の発生及び加害者を知ったといえることから、その時点から3年後である平成20年2月頃には同請求権に係る消滅時効期間が経過したことが認められる。 また、被告は、令和3年1月28日付け回答書(乙7)において、上記請求権につき、消滅時効を援用し、その頃、同回答書は原告に到達した(弁論の全趣旨)。 したがって、仮に原告が被告に対し上記請求権を有するとしても、同請求権は既に時効により消滅している。そうである以上、原告は、被告に対し、上記請求権を有しない。 (3)これに対し、原告は、令和2年9月頃にBから写真を見せられたことにより本件販促用写真に係る同一性保持権侵害の事実を初めて知った旨を主張し、これを裏付ける証拠として同人の陳述書(甲10)を提出する。しかし、これを裏付けるに足りる客観的な証拠はない。その点を措くとしても、平成17年2月頃に撮影した写真につき、その約15年後である令和2年9月頃に原告との会話を契機に記憶を喚起したなどといった当該陳述書の内容については、にわかには信用し難い。 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。 3 小括 以上のとおり、原告は、被告に対し、本件冊子に係る著作権(複製権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権及び本件販促用写真に係る著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権のいずれも有しない。 第5 結論 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 久野雄平 裁判官 吉野弘子 (別紙)略語一覧表
(別紙写真目録 省略) (別紙販促用写真目録 省略) (別紙本件デザイン案 省略) |
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