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【事件名】Tシャツのイラストの事件 【年月日】令和5年9月29日 東京地裁 令和3年(ワ)第10991号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和5年7月3日) 判決 原告 株式会社Fathom 同訴訟代理人弁護士 山田基司 同 川瀬茂裕 被告 株式会社ストライプインターナショナル 同訴訟代理人弁護士 北村康央 同 緒方延泰 同 倉品愛美 主文 1 被告は、その販売するTシャツに別紙被告イラスト目録記載のイラストを付し、又は同イラストを付したTシャツを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。 2 被告は、別紙被告製品目録記載の製品を廃棄せよ。 3 被告は、別紙被告イラスト目録記載のイラストに関する画像データを記録した記録媒体から当該データを削除せよ。 4 被告は、原告に対し、90万6991円及びこれに対する令和3年6月3日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 6 訴訟費用はこれを10分し、その7を原告の、その余を被告の負担とする。 7 この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、別紙被告イラスト目録記載のイラストを複製、翻案又は譲渡してはならない。 2 被告は、その販売するTシャツに別紙被告イラスト目録記載の標章を付し、又は同標章を付したTシャツを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入してはならない。 3 主文第2及び第3項と同旨 4 被告は、原告に対し、412万2672円及びこれに対する令和3年6月3日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、原告が、被告に対し、被告が販売する別紙被告製品目録記載のTシャツ(以下「被告製品」という。)に付した別紙被告イラスト目録記載のイラスト(以下「被告イラスト」又は「被告標章」ということがある。)が、別紙原告イラスト目録記載2のイラスト(以下「原告イラスト2」という。)に係る原告の著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権)並びに原告が有する別紙商標権目録記載の商標権(以下「原告商標権」といい、同商標権に係る登録商標を「原告商標」という。)を侵害しているとして、@著作権法112条1項に基づく原告イラスト2の複製、翻案及び譲渡の差止め、A商標法36条1項に基づく被告の販売するTシャツに被告イラストを付すこと及び被告イラストを付したTシャツの譲渡等の差止め及びB著作権法112条2項又は商標法36条2項に基づく被告製品の廃棄及び被告イラストの画像データの削除(廃棄請求及び削除請求はいずれも選択的併合)並びにC不法行為(民法709条)に基づく損害金合計412万2672円(著作権法114条1項又は商標法38条1項1号による逸失利益262万2672円、著作者人格権侵害による無形損害100万円及び弁護士費用50万円(逸失利益及び弁護士費用の合計額である312万2672円の損害賠償請求の範囲で選択的併合))及びこれに対する令和3年6月3日(不法行為の後の日である訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告は、衣料品、衣料雑貨品等のデザイン、企画、製造販売、受託販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。 イ 被告は、アパレル製品、靴、カバン、アクセサリー等の企画、仕入、製造、販売、委託販売、レンタル、リース及び輸出入を目的とする株式会社である。 (2)別紙原告イラスト目録記載1のイラスト及び原告イラスト2の作成経緯 原告は、平成25年4月、横浜みなとみらいにおいて、原告のブランド「Fathom」(以下「原告ブランド」という。)のTシャツ、パーカー等の衣類やアクセサリーを販売する店舗をオープンした。原告代表者は、同店舗のオープンに合わせて、原告の従業員であったA(以下「A」という。)に、原告や原告ブランドのコンセプトを表すイラストの作成を命じ、Aは、これに基づいて、別紙原告イラスト目録記載1のイラスト(以下「原告イラスト1」という。)を作成した。さらに、原告代表者は、平成29年末頃、原告イラスト1を基にして、原告イラスト2を作成した(以下、「原告イラスト1」と「原告イラスト2」を併せて「原告各イラスト」という。)。(甲16、30、34、弁論の全趣旨) (3)原告による原告商標の登録出願 原告は、平成27年7月28日、原告イラスト1と同一の原告商標について、商品の区分及び指定商品を別紙商標権目録記載のとおりとする商標登録出願をし、平成28年1月15日、その登録がされた。 (4)原告イラスト2を印刷した商品の販売等 ア 原告は、平成29年末頃、別紙原告製品目録記載の製品(原告イラスト2が胸元に印刷された白色Tシャツ。以下「原告製品」という。)の販売を開始した。原告製品は、少なくとも原告ブランドの衣類を販売する通販サイトにおいて、販売されている。(甲1、16、弁論の全趣旨) イ 原告は、他のアパレル会社等とコラボレーションをし、原告イラスト1又は原告イラスト2の色彩を改変したり、同イラストの下部又は右下部にコラボレーションをしたアパレル会社のブランド名を記載したりしたものをTシャツ等の胸元に印刷して、販売することがあった。(甲18ないし21) (5)被告の行為 ア 被告は、令和元年9月から、被告の自社ブランドである「SEVENDAYS=SUNDAY」(以下「被告ブランド」という。)の、「7TEES」シリーズ(以下「被告シリーズ」という。)の一商品として、被告製品の販売を開始し、令和2年7月16日までの間に被告製品を合計468枚販売した(甲4、乙17、28)。 イ 被告は、令和2年10月、被告ブランドでの衣類の販売を終了した(乙28)。 (6)原告の商号変更 原告は、令和3年11月1日、原告の商号を「株式会社prankstercreation」から原告ブランド名をその一部に取り入れた「株式会社Fathom」に変更した(弁論の全趣旨)。 3 争点 (1)原告イラスト2の著作物性並びに著作権及び著作者人格権の帰属(争点1) (2)著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害の有無(争点2) (3)同一性保持権侵害の有無(争点3) (4)原告商標と被告標章の類否(争点4) (5)商標的使用該当性(争点5) (6)損害の発生の有無及び額(争点6) (7)差止め及び廃棄の必要性(争点7) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(原告イラスト2の著作物性並びに著作権及び著作者人格権の帰属)について (原告の主張) (1)著作物性について ア 原告イラスト2は、原告ブランドの第1号店舗がみなとみらいという海に近いロケーションであったことに着想を得て、以下のとおり、「リゾートらしい雰囲気」や「リラックスした雰囲気」といった思想又は感情を、リゾート地で優雅な休日を送る古き良き時代の海外の女性の姿に重ねて、ポップアート風の明快でキャッチーな手法により、絵画として創作的に表現したものである。したがって、原告イラスト2は美術の著作物(著作権法10条1項4号)に当たる。 (ア)水に浮かぶビーチマットの上で、サングラスをかけてうつ伏せで寝そべる水着姿の金髪の女性を描くことで、原告イラスト2の場面が一目で海外のリゾート地であるとわかるように表現している。 (イ)波を直接描かず、ビーチマットの下部を波型に切り取ることで水に浮かんでいることを表現するという手法がとられている。 (ウ)50年代風の水着で古き良き時代感やレトロな感じを表現しつつ、同時にこれをポップアート的なタッチで描いているため、レトロかつポップであるという斬新な印象を与えている。 (エ)女性が、水上のビーチマットに寝そべりつつ、裸足やビーチサンダルではなく、ハイヒールを履いているという状況を描き、常識に縛られず、かつリッチなイメージを表現している。 (オ)女性の姿を正面ではなく背後から描き、足をばたつかせながら、サングラスで隠れた目元がぼんやりと遠くを見ている仕草を描くことで、リゾート地で女性自身が非常にリラックスしている様子を表現している。 (カ)ポップアート風の太目で丸みを帯びた輪郭線を描くことで、イラストに明確でわかりやすい存在感を与えている。 (キ)細かい光の加減等による色味の差を捨象し、ポップアート風の平面的で単一的な彩色をするということで、イラストに明快な存在感を与え、人々の印象に残りやすいようにしている。 イ 被告は、原告イラスト2は、シンボルマークとして機能し得るよう作成されたものであり、単純化された図柄であるなどとして、その著作物性を否定するが、絵柄の使用目的等により著作物性が喪失するものではないし、原告イラスト2は、機能的な制約なく作成されたイラストであり、単純化された図柄ではない。 したがって、被告の反論は理由がない。 (2)著作権及び著作者人格権の帰属について 原告は、平成25年4月、横浜みなとみらいにおいて、カジュアルなアパレルTシャツ、パーカー、その他アクセサリーを販売する店舗をオープンした。原告は、同店舗のオープンに合わせて、自社を表すロゴマークの作成をAに命じ、Aは原告イラスト1を作成した。そして、原告代表者は、平成29年末頃、原告イラスト1を基にして、原告イラスト2を作成した。原告は、原告イラスト1に「ガールズロゴ」という愛称をつけ、原告ブランドの名称とともに原告ブランドの店舗やインターネット通販サイト等において自社のシンボルマークとして掲げ、また、原告イラスト2を付したアクセサリーやTシャツ、パーカー等の商品を販売し、これにより、自らの名義のもとで公表した。以上によれば、原告イラスト2は、原告の発意に基づいて、原告の業務に従業する者が職務上作成し、原告の名義の下で発表された。原告の就業規則等には著作者に関する規定はない。よって、原告イラスト2は職務著作(著作権法15条1項)に該当し、その著作権及び著作者人格権は原告に帰属する。 (被告の主張) (1)著作物性について 原告イラスト2は、シンボルマークとして作成された原告イラスト1を基に作成されたものであって、原告のシンボルマークとして利用され、又は、アクセサリーやTシャツ、パーカー等の商品に付される形態で利用されていることから明らかなように、専ら美的鑑賞を目的として作成された純粋美術ではない。 すなわち、原告イラスト2は、簡略化された太い線で輪郭が記載された、ビーチマットと水着の女性のみから構成された図案で、赤、黒、肌色、黄色と識別容易なはっきりとした色彩で構成され、板の上で寝そべる水着女性を抽象化した表現であり、シンボルマークとして機能し得るように単純化された図柄である。このような、シンボルマークとして機能するため実質的な制約を受けて作成された図柄は、純粋美術と同視し得るものとはいえないし、美術鑑賞の対象となり得るような美的特性が存するものともいえない。 したがって、原告各イラストには、著作物性が認められない。 (2)著作権及び著作者人格権の帰属について 原告各イラストが、原告の名義の下で公表されているとの事実は否認する。原告各イラストは、原告のブランド名の表示とともに公表されていたとしても、公衆は、それが著作権者の表示であると認識することはできない。したがって、職務著作の要件を満たしているとはいえない。 2 争点2(著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害の有無)について (原告の主張) (1)原告イラスト2の創作的表現を直接感得できることについて 原告イラスト2と被告イラストは、@髪型、A足の左右、B色及びCマットの形状において差異がある点を除き、女性の体の線、手足や頭の位置、水着の形状・位置、サングラスの形状・位置及びハイヒールに至るまで、きっちりと一致している。 そして、上記@ないしCの相違点は微差にすぎない。すなわち、@は、原告イラスト2のカールした部分をカットしたのみであり、後頭部のカーブや2本の線で髪の流れを表している点まで同じである。そして、その髪色も原告イラスト2と同様に金髪で、海外の女性・海外のリゾート地であるということを想起させるものである。次にAは、足の形状や位置関係はそのままに、足の左右を入れ替えたのみである。また、Bについても、色自体は異なるが、平面的で単的の彩色をすることでイラストに存在感を出すという表現の趣旨が原告イラスト2と同一であるし、原告イラスト2にはいくつかのカラーバリエーションがあることから、被告の創作性が現れた変更ではない。さらに、Cについても、女性が水に浮かべたビーチマットに寝そべっているという状況はそのままに、ビーチマットのデザインをありきたりなものに変更したのみであり、波を直接描かず、ビーチマットの下部を波型に切り取ることで水に浮かんでいることを表現するという手法も同一である。 したがって、被告イラストに接した者は原告イラスト2の特徴を直接感得することができる。 (2)被告イラストが原告イラスト2に依拠していることについて 被告イラストは、原告イラスト2と描線が細部に至るまで一致していることに照らすと、被告イラストが原告イラスト2に依拠して作成されたといえる。 また、原告が原告イラスト2を印刷したTシャツの販売を開始したのが平成29年末であり、被告が被告イラストを印刷したTシャツの販売を開始したのが平成30年に至ってからであることも上記依拠の事実を裏付ける。 (3)小括 よって、被告は、被告製品に被告イラストを印刷し、これを販売したことにより、故意又は過失により原告の原告イラストに係る複製権(著作権法21条)又は翻案権(同法27条)及び譲渡権(同法26条の2第1項)を侵害したといえる。 (被告の主張) 原告イラスト2と、被告イラストとの異同については概ね原告の主張するとおりであるが、女性の髪型、足の左右、色及びマットの形状にかかる差異は、微差ではない。特に、黒色の水着に赤いハイヒールと赤色のビーチマットのコントラストが鮮明な原告イラスト2と、薄いオレンジ色でビーチマット、履物及び髪の色を統一し、水着も淡い水色というパステルカラーでまとめられた被告イラストとの色調の差異は大きいから、被告イラストにおいて、原告イラスト2の創作的表現を直接感得することはできない。 また、被告イラストは、被告が制作したものではなく、被告が委託していた会社からの提案を受けて採用されたものであるから、依拠の事実については不知であり、被告に故意又は過失があるとの主張については争う。 3 争点3(同一性保持権侵害の有無)について (原告の主張) 被告は原告イラスト2を改変し、前記@ないしCの相違点のある被告イラストを作成したものであり、当該改変は原告の意に反するものであるから、被告は、故意又は過失により原告の同一性保持権(著作権法20条)を侵害したといえる。 (被告の主張) 事実については否認し、法的主張は争う。 4 争点4(原告商標と被告標章の類否)について (原告の主張) (1)被告標章の分離観察の可否 被告標章は、ビーチマットに寝そべる女性を大きく描いたイラスト部分と、イラスト部分の下部に小さく添えるように記載される「SOLVANG」の文字部分で構成されているところ、イラスト部分と文字部分はそもそも性質が異なる構成要素である上、位置的にも明確に分離されているから、これらの構成要素を分離して観察することは取引上不自然ではない。そして、被告標章のイラスト部分は、被告標章の大部分を占めているというだけでなく、ポップアートのようにカラフルかつ明快に表現されたイラストであって、被告標章の最も注意を惹く構成要素であるため、出所表示として特に支配的な印象を有している。他方、文字部分については、イラストの下部に小さく添えるように黒一色で記載されているのみである。そして、「SOLVANG」とは、アメリカの内陸地の地名であって、出所表示標識としての称呼・観念が生じるものでもない。 したがって、原告商標と被告標章の類否の判断に当たって、被告標章のイラスト部分のみを抽出することは許容される。 (2)類否について 前記(1)を前提に原告商標と被告標章の類否を検討すると、次のとおり、類似するといえる。 ア 外観について 被告標章のイラスト部分と原告商標とは、前記2(原告の主張)(1)の@ないしCの点及びD女性の足、E靴の形状において相違するのみである。また、前記2(原告の主張)(1)のとおり、@ないしCは微差であり、Dについては、水に浮かぶビーチマットの上で膝から下の脚を持ち上げてぶらぶらさせている状態を表現しているという点において共通しており、その姿勢のまま少し足を動かした状態として描かれているにすぎない。Eについては、水に浮かぶビーチマットの上に靴を履いたまま寝そべっているという点で共通している。 被告は、原告商標と被告標章には色彩の差異があることを強調するが、原告が様々なカラーバリエーションの原告各イラストを商品に付していたという取引の実情に鑑みれば、原告商標と被告標章の間に色彩において差異があったとしても、需要者は異なる出所を表示していると認識することはなく、誤認混同が生じるといえるから、色彩の差異は原告商標と被告標章の類否の判断に影響するものではない。 また、仮に、前記(1)の分離観察ができないとしても、被告標章は、原告商標に酷似したイラストの下部に小さく「SOLVANG」の文字を添えたものにすぎないし、原告が他のアパレルブランドと多数のコラボレーションをし、これらコラボレーション商品に付されたロゴと同一の態様で「SOLVANG」の文字を付しているのであるから、需要者は、被告標章が付されたTシャツは、原告が出所となっている商品であると誤認混同するものである。 したがって、原告商標と被告標章のイラスト部分は、外観において類似している。 イ 称呼について 被告は、被告製品について、「リゾートガール半袖Tシャツ」と名前を付けていることから、原告商標と被告標章のイラスト部分は、共に「リゾート」、「ガール」等という称呼を生じる点で一致する。 ウ 観念について 被告は、被告製品について、「リゾートガール半袖Tシャツ」と名前を付けていることから、原告商標と被告標章のイラスト部分は、共に「リゾート」、「ガール」等という観念を生じる点で一致する。 (3)取引の実情に照らし混同のおそれがあることについて 原告は、原告商標を自らのTシャツの胸部の中央に大きく印刷して販売しており、一方で被告も、原告商標と酷似する被告標章をTシャツ胸部の中央に大きく印刷するという原告による原告商標の使用方法と全く同じ態様で使用している取引の実情を重視すべきである。 また、原告は、他のアパレルブランドとコラボレーションをしており、このようなコラボレーションにおいては、原告各イラストとともに、他のアパレルブランドの名称を示す文字などを添えてTシャツの胸部中央に大きく印刷している。そして、被告標章は、これと同じように、原告商標と酷似するイラストとともに、文字を添えている。 したがって、被告製品を見た需要者は、「SOLVANG」の文字があったとしても、これを原告が販売する製品であるか又は原告とコラボレーションした製品であると認識するのであり、「SOLVANG」の表示は、このような誤認を打ち消す表示として機能しない。 したがって、このような取引の実情を考慮すると、原告商標と被告標章が同一の商品に使用されると、需要者において、その商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるといえる。 (4)小括 以上によれば、原告商標と被告標章は、その外観、称呼及び観念において同一であるか又は類似しており、同一の商品に使用されると、需要者において、その商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるから、類似しているといえる。 (被告の主張) (1)被告標章の分離観察の可否 Tシャツの胸部分に大きく表示されている簡略化されたイラストと文字とが結合されたものに接する需要者は、イラスト部分はデザインを構成するものと認識し、称呼や観念を強く惹起する文字部分にこそ自他識別能力を認識し易いものといえる。そして、被告標章の寝そべる水着の女性のイラスト自体は、夏に着用されることが多いTシャツのデザインとしてありふれているものであるから、「水着の女性」という観念自体に自他識別性は生じ難く、文字部分を併せ考慮することにより、「さわやかな気候下で日光浴をするアメリカ人女性」という独自の観念が生じるものである。また、被告標章においては、イラストのすぐ下に文字が添えられており、一つのまとまった構図となっているのであるから、文字部分がイラスト部分に比して小さく表示されていたとしても、一方を捨象して評価することはできない。 したがって、原告商標と被告標章のイラスト部分のみの比較により類否を検討すべきではなく、原告商標と被告標章全体の比較により類否を検討すべきである。 (2)類否について ア 外観について 原告が主張する相違点のほかにも、原告商標には文字が付されていないのに対し、被告標章には、「SOLVANG」という文字が付されている点は、大きな相違点である。 また、原告が主張する相違点@ないしEは微差であるとはいえない。特に、黒色の水着に赤い靴と赤色のビーチマットのコントラストが鮮明な原告商標と、薄いオレンジ色でビーチマット、靴及び髪の色を統一し、水着も淡い水色というパステルカラーでまとめられた被告標章の色調の差異は大きい。さらに、被告標章の女性は左右の足の関節の角度に差をつけていることで足を動かしているような運動感を持っているが、原告商標の女性は両足をそろえており動きがない。加えて、靴の形状が大きく異なっている。 したがって、原告商標と被告標章は、外観において同一又は類似するとはいえない。 イ 称呼について 原告商標の称呼は、「水着の女性」、「ねそべる女性」等、イラストから汲み取れる内容を表現するほかないが、被告標章は文字情報が明示されているため、「ソルバング」がその称呼となるといえ、両者は同一又は類似するとはいえない。 ウ 観念について 原告商標からは、水に浮かぶビーチマットの上に寝そべる女性という観念が生じるにすぎないのに対し、被告標章からは、さわやかな気候下で日光浴をするアメリカ人女性という観念が生じるのであり、両者の観念は同一又は類似するとはいえない。 (3)取引の実情に照らし混同のおそれがないことについて 日本においては、数え切れないほど多種多様なデザインが胸部に印刷されたTシャツが販売されており、Tシャツの購入者は、著名なロゴ等でない限りは、胸部のイラストを単なるTシャツのデザインとして認識することが一般的である。したがって、当該Tシャツの出所表示は、それに付されているタグによってされるものであるというのが、通常人の理解である。このような実情から、胸部のイラストによって、Tシャツの購入者が出所を誤認混同することはありえない。 また、被告製品は、@被告自社ショップ、A被告自社ECサイト、B被告社員向け社販、CZOZOTOWNのECサイト及びDその他のECサイトで販売されていた。上記@及びAは、被告製品を購入しようと思って訪れる顧客に対する販売であるため、原告商標が付された商品と誤認混同をすることはない。また、上記Bは、被告社員が被告製品を安く購入するチャネルであるため、これも原告商標が付された商品と誤認混同をすることはない。上記C及びDは、多数のブランドを販売しているECサイトであるが、被告製品と原告商標が付された商品が同時に販売されていたことは確認されていない。すなわち、原告商標が付された商品と被告製品の販売チャネルの相違から、原告商標が付された商品と被告製品の出所の誤認混同が起きるとはいえない。 (4)小括 以上によれば、原告商標と被告標章は同一又は類似であるとはいえない。 5 争点5(商標的使用該当性)について (原告の主張) 原告は、自らをシンボライズする原告商標をTシャツの胸部の中央に大きく印刷した原告商品を販売しているところ、一方で、被告も、原告商標と酷似する被告標章をTシャツ胸部の中央に大きく印刷した被告商品を販売しており、原告と全く同じ態様で被告標章を使用しているのであるから、需要者をして出所を誤認混同させるような使用方法をしているといえる。 また、Tシャツの胸部に商標が大きく印刷されて販売されている例は多く存在しており、Tシャツの胸部に商標が大きく印刷され得ることは消費者において広く知られている。そのため、単にTシャツの胸部に被告標章が大きく印刷されていることをもって、消費者がこれを商標として認識しなくなるということはない。 したがって、被告による被告標章の使用は商標的使用に該当する。 (被告の主張) 被告製品は、被告標章を胸部の中央に大きく印刷したものであるところ、被告は、被告ブランドで、多種多様のデザインを胸部に印刷したTシャツ群を販売しており、被告製品もそのラインナップの一つにすぎず、被告標章は、Tシャツの意匠的効果を発生させるものである。 このような被告標章の使用態様によれば、被告製品の需要者は、被告製品を見たときに、被告標章をTシャツのデザインであると認識するのであって、当該商品の出所を示すものであると認識することはない。 また、被告製品にはその出所を表示するものとして、被告ブランドの名称が記載された紙製のタグが付けられるとともに、首回り部分に被告ブランドのTシャツであることを意味する被告シリーズの名称が印刷されていた。これらのタグは、被告製品を識別するために付されていたものであるため、被告ブランドで販売された全てのデザインのTシャツに付されていた。Tシャツの出所表示機能を有するものとして需要者に認識されているものは、このようなタグや首後ろ部のロゴ等であり、Tシャツの図柄ではない。 以上によれば、被告標章が自他商品識別機能を果たす態様で使用されていないことは明らかであり、商標的使用には該当しない。 6 争点6(損害の発生の有無及び額)について (原告の主張) (1)著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害又は商標権侵害による逸失利益について 原告は、被告による原告イラスト2に係る複製権若しくは翻案権及び譲渡権の侵害又は原告商標権の侵害により、次の逸失利益相当額の損害を被った(著作権法114条1項又は商標法38条1項)。 ア 著作権を侵害した者がその侵害行為によって作成された物を譲渡した数量(著作権法114条1項)又は商標権を侵害した者が譲渡した商品の数量(商標法38条1項1号)合計468枚 イ 単位数量当たりの利益額 原告のTシャツ1着当たりの販売額及びTシャツの製造・輸送に係る変動経費は次のとおりであり、単位数量当たりの利益額は5604円(6380円−336円−330円−110円=5604円)となる。 (ア)販売額 6380円/1着(税込額。以下同じ。) (イ)Tシャツ本体の原価 336円/1着 (ウ)印刷費用 330円/1着 (エ)製品タグ縫付け 110円/1着 なお、被告の主張するとおり、Tシャツの輸送費、原告の店舗の賃料、ポイントカード協賛金及びクレジットカード費用を変動経費として考慮するとしても、次の(オ)ないし(ク)の額にとどまる。 (オ)輸送費11円/1着 (カ)賃料14万1900円/468着 (キ)ポイントカード協賛金5390円/468着 (ク)クレジットカード費用4万7300円/468着 ウ 「著作権者等の…販売その他の行為を行う能力に応じた額」(著作権法114条1項)又は「当該商標権者…の使用の能力に応じた数量」(商標法38条1項1号)について 原告が令和元年9月から令和2年4月までの間において原告製品の製造会社である康貿易商事株式会社(以下「康貿易」という。)に発注した商品数は4498着である。そして、Tシャツの製造は生地の上に印刷をするのみで完成するものであること、康貿易への発注数、康貿易から商品が原告に納品されるまでの日数は概ね2ないし4週間程度であることに照らし、原告が468着程度の追加生産に優に応えられる供給能力を有していたことは明らかである。 また、原告は、現在Tシャツの購入を他の会社にも委託しており、仮に468着の追加生産が康貿易の生産能力を超えているとしても、これらの他の会社に委託して生産することも可能であるといえるから、原告が468着の追加生産能力を有していたことは明らかである。 被告は、使用相応数量の立証として、原告が原告製品の販売数を主張立証する必要があると主張するが、著作権法114条1項の「著作権者等の当該物に係る販売…能力」及び商標法38条1項の「当該商標権者…の使用の能力」とは、商品の販売体制が整えられていることをいうのであり、原告製品の過去の需要数量とは関係がなく、前記アの譲渡数量と同程度の原告製品を市場に供給できる能力があることを立証すれば十分である。したがって、被告の主張は理由がない。 エ 「販売することができないとする事情」(著作権法114条1項)について (ア)需要者層が異なるとの主張について 被告は、原告製品は著しく高額であり、このようなTシャツを購入することに躊躇しない、ファッションに対する意識が高い層をターゲットにしていると主張するが、原告製品の価格は一般的なTシャツの価格であり、被告も自身のブランド内で6000円前後のTシャツを販売している。したがって、原告製品と被告製品は、いずれも一般的な価格帯に属する一般的な機能の普通のTシャツであって、その市場は同一である。 また、原告は原告製品を値引販売していないが、一般のアパレル業界においては、販売チャネルや販売時期等に応じて、同一製品においても異なる価格設定や値引きがされることが通常であるから、被告製品を見た需要者は、通常は割引販売されない原告製品が安く販売されていると誤認し、あるいは有名デザイナーによる独創的な原告イラストが描かれたTシャツが安価で販売されていると認識して購入する蓋然性が高い。そのため、原告製品と被告製品の価格設定が異なることを根拠として販売することができない事情があるとする被告の主張には理由がない。 (イ)原告イラスト2に顧客吸引力はないとの主張について 取引通念上、製造者や卸売業者、ライセンサーなどが有する複数の商標が一つの商品に同時に付されることも少なくないから、被告シリーズ名である「7TEES」というタグが付されていたことをもって被告の顧客吸引力によって被告製品が購入されたということはできない。そもそも、「7TEES」とのタグが被告ブランドの商品であることを示しているかどうか、需要者が「7TEES」は被告ブランドの商品であることを示すものと認識しているかどうかも不明である。 また、他社ブランドの商品を自らの店舗等で販売することが少なくないアパレル業界の取引の実情に鑑みれば、原告が卸した製品を被告が販売していたと需要者が誤認する可能性が高いといえるから、単に被告製品が被告の店舗等で販売されていたという事情をもって、被告製品の販売実績が被告の顧客吸引力によって実現したということはできない。さらに、被告ブランドは令和2年10月31日に終了していることからすれば、被告ブランドに顧客吸引力があるとはいえない。 したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。 オ「販売することができないとする事情」(商標法38条1項1号)について (ア)需要者層が異なるとの主張及び原告商標に顧客吸引力はないとの主張について 前記エ(ア)及び(イ)の主張と同様である。 (イ)誤認混同が生じないとの主張について 被告直営店舗への来店者が被告製品を購入するのは、被告の広告宣伝の効果ではなく、単に原告商標に酷似する被告標章が胸部に大きく印刷された被告製品を見て、原告の出自を含むものと誤認混同し、又は被告標章に魅力を感じるからである。 したがって、この点に関する被告の主張には理由がない。 カ 損害額 前記アないしオを前提とすると、原告の逸失利益は、合計262万2672円(468×5604円=262万2672円)となり、前記イ(オ)ないし(ク)の変動経費を考慮しても、242万2934円(5593円×468−19万4590円=242万2934円)を下回ることはない。 (2)同一性保持権侵害による無形損害等について 被告による原告イラスト2の改変は原告のアイデンティティを侵害するものであり、原告は多大な精神的損害を被った。 また、原告が長年の企業努力によって維持してきた原告イラスト2を付した製品の価格に対する信用、ひいては原告イラスト2を用いた原告のブランド自体の価値に対する信用をも毀損・減殺するものであり、原告に多大な無形の損害を与えるものである。 以上によれば、原告の同一性保持権侵害による無形損害等は、100万円を下らない。 (3)弁護士費用について 原告に生じた弁護士費用相当額の損害は50万円を下らない。 (4)小括 以上によれば、被告の著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害及び同一性保持権侵害により原告が被った損害額は、合計412万2672円となり、被告の商標権侵害により原告が被った損害額は、合計312万2672円となる。 (被告の主張) (1)著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害又は商標権侵害による逸失利益について ア「著作権者等の…販売その他の行為を行う能力に応じた額」(著作権法114条1項)又は「当該商標権者…の使用の能力に応じた数量」(商標法38条1項1号)について 著作権法114条1項の「著作権者等の当該物に係る販売…能力」又は商標法38条1項1号の「当該商標権者…の使用の能力」は、具体的な製品の生産能力のみならず、その販売可能性を含むものといえるから、原告は、原告製品の具体的な販売可能性を立証しなければならない。そのように解さなければ、権利者製品の具体的な販売実績については、その資料にアクセスすることができない侵害者が「販売することができない事情」(著作権法114条1項、商標法38条1項1号)の一事情(顧客誘引力がないこと)として主張立証責任を負うことになり、妥当ではない。 そして、原告は、原告の販売実績を明らかにすることを拒絶し続け、本件訴訟提起後の令和3年末に至り、原告製品の販売実績を立証する資料を廃棄したなどと主張するに至っており、販売実績が著しく低い事実を隠蔽している可能性があるといわざるを得ない。 このように、原告が原告製品の具体的な販売可能性を立証していないのであるから、「販売その他の行為を行う能力に応じた額」又は「使用の能力に応じた数量」はゼロであるといえ、原告に損害が発生しているとはいえない。 仮に、原告が原告製品の具体的な販売可能性を立証する必要がないとしても、原告は、原告製品を468着販売することが可能な販売体制を有していなかった。すなわち、原告製品が販売されていた当時の店舗数は不明であるが、現時点における原告直営店舗は、池袋パルコ、アクアシティお台場及び広島パルコのわずか3店舗にすぎない。これに対し、被告製品の販売実績468着のうち、443着は被告直営店舗において販売されたものであるところ、被告製品の販売が開始された令和元年9月時点において、被告直営店舗は41店舗存在していた。被告は、このように巨大な販売網を保有していたがゆえに、上記販売実績を達成し得たものであり、これに対し、原告は、原告製品を468着販売することが可能な販売体制を有していたとはいえない。 イ 「販売することができないとする事情」(著作権法114条1項)について (ア)需要者層が異なることについて 被告製品は1着当たり平均1183円(税抜き)で販売されており、原告製品の定価の5分の1程度の価格で販売されていた。また、被告ブランドは、日常使い用のリーズナブルな商品を求める需要者層をターゲットとして、企画され、実施されたもので、このような需要者層は、Tシャツの柄等について特定のこだわりを持って購入するのではなく、価格優先で、日常使いの商品として店舗に並べられた多様な柄のTシャツ群の中から選んで購入する、いわゆるファストファッションを求める需要者層である。 他方、原告ブランドは、著しく高額のTシャツであっても購入に躊躇しない、ファッションに対する意識が高い層をターゲットにしているといえる。このことは、Tシャツ1枚に6000円弱の価格設定をしていること、SNS等において多種多様なおしゃれなシーンを取り入れた広告をしていること等から明らかである。 このような需要者層の相違からすれば、被告製品が販売されていなければ、被告製品の需要者層が原告製品を購入したとは考えられない。 (イ)原告イラスト2に顧客吸引力がないことについて 原告は、原告製品の生産数が販売数と同一である旨を主張するものと思われるが、衣類の製造販売においてそのようなことは起こり得ない。すなわち、不良品の発生、輸送・陳列過程における汚損等、万引きといったアクシデントにより必ず生産数は販売数よりも多くなるはずである。 また、前記アのとおり、原告製品が販売されていた当時の店舗数は不明であるが、現時点における原告直営店舗は、池袋パルコ、アクアシティお台場及び広島パルコのわずか3店舗であり、被告直営店舗が41店舗であったことに比して相当少ない。 以上に照らせば、原告製品の売れ行きの程度は、被告製品の売れ行きに比べて相当低かったといえ、このことは、原告イラストの顧客吸引力が低いことを裏付けるといえる。 さらに、被告シリーズのTシャツは、令和元年8月1日から販売が開始され、被告製品を含めて全部で56種類あったが、種類別の販売実績において、被告シリーズのTシャツのうち被告製品だけが特に多く販売されたという事実は存在せず、各Tシャツの販売実績に大きい偏差はない。 したがって、原告イラスト2が被告製品の需要者層に対して特に顧客吸引力を有していたとはいえない。 ウ 「販売することができないとする事情」(商標法38条1項1号)について (ア)需要者層が異なること及び原告イラスト2に顧客誘引力がないことについて 前記イ(ア)及び(イ)の主張と同様である。 (イ)出所の誤認混同がないことについて 被告製品の販売数468着のうち443着は、被告直営店舗で販売されたものである。被告直営店舗への来店者は、被告が巨額の広告費をかけて宣伝を行った被告ブランドの商品を取り扱う直営店舗に、リーズナブルな日常使いの商品を求めて来店するものである。そして、このような店舗の入口及び店舗が設置された商業施設の案内板には、被告ブランド名の表示がされていた。また、被告製品が陳列された場所には、被告シリーズのコーナーである旨が表示されていた。このような被告製品の販売実態を踏まえると、被告製品の購入者は、被告ブランドの商品購入を意図して被告直営店舗に来店し、その商品群の中で被告シリーズのTシャツを購入しようと思ったものといえる。 また、被告製品は、オンラインショッピングサイトにおいても、被告ブランドの製品であることが明示されて販売されていたのであって、オンラインショッピングサイトでの購入者においても、被告製品を原告製品と誤認混同するおそれはない。 以上のとおり、被告製品の販売態様に照らせば、被告製品と原告製品との間で出所の混同を生じるおそれはおよそないといえる。 (2)同一性保持権侵害による無形損害等について @原告イラスト2は、Tシャツに利用するためのデザインであり、文芸・学術的著作物ではなく技術的・産業的著作物であるため、著作物にかかる人格的要素が少ないこと、A被告イラストは、例えば着衣の図柄を裸に改変して性的好奇心を訴求するといった事例とは異なり、原告の人格的利益を大きく侵害するような内容ではないこと、B両イラストの異なる部分は、色彩、マットの形状、髪型等であって、著作物の完全性に関する原告の人格的利益の侵害の程度は小さいこと、C被告は、デザイン会社から提案された被告イラストを、原告イラスト2の存在を知らずに採用したものであり、かつ、原告による侵害警告を受領したのち、被告製品の製造販売を停止している事実経緯があること、D被告製品は468枚しか販売されていないこと、E原告が法人であることを踏まえると、仮に、被告製品の販売行為によって原告の著作者人格権が侵害されたとしても、原告が著作権侵害による損害のほかに、格別の精神的損害又は無形損害を被ったとは評価できない。原告の損害は、原告の著作権侵害により算定される損害によって評価されつくされているというべきである。 (3)弁護士費用について 争う。 7 争点7(差止め及び廃棄の必要性)について (原告の主張) 本件訴訟に至るまでの交渉において、被告は原告の著作権等侵害及び商標権侵害の事実を認めていなかった。また、被告は、被告イラスト(被告標章)の画像データ及び被告製品があれば、これを複製して被告製品その他の製品を販売することは極めて容易であり、今後も原告の著作権及び著作者人格権並びに商標権が侵害されるおそれがある。 (被告の主張) 被告は、原告の申入れを受け、速やかに被告製品の販売を停止し、被告製品を廃番とした。今後、再度被告イラスト(被告標章)を用いた製品(被告製品を含む。)を製造販売する可能性は皆無である。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(原告イラスト2の著作物性並びに著作権及び著作者人格権の帰属)について (1)著作物性について ア 原告イラスト2が「著作物」として保護されるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)であることが必要であるところ、著作権等の成立に審査及び登録を要せず、著作権等の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下において、上記の要件を充たすといえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。 そして、原告イラスト2は、実用性を有する有体物であるTシャツ等に印刷して利用することが予定されているところ(前提事実(4))、このような場合に上記の要件を充たすか否かを判断するに当たっては、実用性が当該有体物の機能に由来することに鑑み、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。 これを原告イラスト2についてみると、証拠(甲2、10)によれば、原告イラスト2は、Tシャツ等の衣類の胸元等に印刷されていたことが認められるところ、当該Tシャツ等が上衣として着用して使用するための構成を備えていたとしても、イラストとしての美的特性が変質するものではなく、また、当該Tシャツ等が店頭等に置かれている場合はもちろん、実際に着用されている場合であっても、その美的特性を把握するのに支障が生じるものでもないから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を把握することが可能であるといえ、上記の要件を充たすものと認められる。 イ さらに、著作権法は、「著作物」について、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)と規定しているから、原告イラスト2が著作物性を有すると認められるには、同要件を充たす必要がある。 そこで検討すると、原告イラスト2は、水に浮かぶビーチマットの上で、サングラスをかけた水着姿の女性が、ハイヒールを履いたまま、うつ伏せで寝そべる様子をイラストにしたものである。そして、原告イラスト2は、@女性とビーチマットの輪郭を、あえて太目で丸みを帯びた黒線で描くとともに、細かい光の加減等による色味の差を捨象し、平面的で単一的な彩色を採用することにより、レトロ感とポップ感を表現し、イラストに明快な存在感を与えている点、Aビーチマットの下部に水や波を直接描かず、同ビーチマットの下部を波型に切り取ることにより、同ビーチマットが水に浮かんでいることを表現している点、B女性が足を前後させて、遠くを見ている仕草をあえて背後から描き、リゾート地で女性がリラックスしているという印象を与えている点、C女性の足元には、裸足やビーチサンダルではなく、あえてハイヒール描き、常識に縛られないイメージを表現している点において、選択の幅がある中から作成者によって敢えて選ばれた表現であるということができるから、作成者の思想又は感情が創作的に表現されていると認められる。 したがって、原告イラスト2については、上記の要件を充たすものと認められる。 ウ 以上によれば、原告イラスト2は、著作権法2条1項1号の「著作物」に該当し、著作物性が認められるというべきである。 (2)著作権及び著作者人格権の帰属 ア 原告イラスト2の著作権及び著作者人格権の帰属について検討する前提として、原告イラスト1の著作権及び著作者人格権の帰属について検討する。 前提事実(2)のとおり、原告イラスト1は、原告代表者が、原告の従業員であるAに対し、原告や原告ブランドのコンセプトを表すイラストの作成を命じ、作成されたものであるから、「法人その他使用者の発意に基づき」、原告の従業員であり原告の「業務に従事する者」であるAが、「職務上作成する著作物」であるといえる(著作権法15条1項)。 そして、前提事実(3)のとおり、原告が原告イラスト1と同一の構成の原告商標について商標登録出願していることに照らすと、原告イラスト1は、その作成時において、原告名義で公表することが予定されたものであると認められるから、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であるといえる。 したがって、原告イラスト1は、職務著作の要件を満たすから、その著作権は原告に帰属するといえる。 イ 原告イラスト2は、原告代表者が、原告イラスト1を改変して作成したものであるから、「法人その他使用者の発意に基づき」、「法人等の業務に従事する」原告代表者が「職務上作成する著作物」であるといえる。 また、原告は、原告ブランド名を表示した原告ブランドの通販サイトにおいて、原告イラスト2を印刷した衣類を販売していること(甲1)、原告は、本件訴訟係属中に、原告の商号を「株式会社prankstercreation」から原告ブランド名をその一部に取り入れた「株式会社Fathom」に変更していること(前提事実(6))に照らすと、原告イラスト2は、その作成時において、原告名義で公表することが予定されたものであると認められるから、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であるといえる。 したがって、原告イラスト2は、職務著作の要件を満たすから、その著作権及び著作者人格権は原告に帰属するものと認められる。 2 争点2(著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害の有無)について (1)複製権侵害及び翻案権侵害の判断枠組み 著作物の複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号)、また、著作物の翻案(同法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴である創作的表現の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される。 そうすると、被告イラストが原告イラスト2を複製又は翻案したものに当たるというためには、被告イラストが原告イラスト2に依拠し、原告イラスト2と被告イラストとの間で表現が共通し、その表現が創作性のある表現であること、すなわち、創作的表現が共通することが必要であり、原告イラスト2と被告イラストにおいて、アイデアなど表現それ自体ではない部分が共通するにすぎない場合には、被告イラストは原告イラスト2を複製又は翻案したものに当たらないと解するのが相当である。 (2)創作的表現が共通するかについて ア 前提事実(4)及び(5)によれば、原告イラスト2と被告イラストは、次の表現の点で共通していると認められる。 @サングラスをかけ、ハイヒールを履いたビキニ姿の女性が、うつ伏せでビーチマットの上に寝そべり、膝から下の脚を背部に向けて折り曲げて、左右の足を前後させ、頭部を上記ビーチマットから浮かせ、頭部は画面奥に向く体勢をとっている点 A上記の体勢をとった女性を右後方から見た図を描いている点 Bビーチマットの下部には水や波が直接描かれておらず、ビーチマットの下部が波型に切り取られている点 C女性とビーチマットの輪郭線は、いずれも太めの黒線で描かれている点 D女性の体、髪の毛、水着、ビーチマット、ハイヒールの色は、光の加減等による色味の差がなく、単一の彩色が使用されている点 上記@ないしDの共通点は、いずれも、アイデアにとどまらず、具体的な表現における共通点であるといえ、前記1(1)イにおいて説示したとおり、これらの共通する表現には原告の創作性が認められる。 イ これに対し、被告は、原告イラスト2と被告イラストには、色彩の違いがあることから、被告イラストから原告イラスト2の創作的表現を直接感得することはできないと主張する。 しかし、前記アのとおり、原告イラスト2と被告イラストは、多数の創作的表現が共通していることから、被告の主張する色彩の違いのみによって、原告イラスト2の本質的特徴が色あせた状態となり、それを直接感得することができなくなるとまでは認められない。 したがって、被告の上記主張は採用することができない。 (3)依拠の有無について 前記(2)において説示したとおり、原告イラスト2と被告イラストには、@ないしDの共通点が認められ、これらの点が全て偶然一致することは考え難いこと、原告イラスト2は、平成29年末頃に作成されたのに対し、被告イラストが印刷された被告製品は令和元年9月に発売されたこと(前提事実(4)及び(5))に照らすと、被告イラストは原告イラスト2に依拠して作成されたものと認めるのが相当である。 (4)翻案権侵害の成否について 以上によれば、被告イラストの作成について、原告の原告イラスト2に係る翻案権侵害が成立するものと認められる。 3 争点3(同一性保持権侵害の有無)について 前記2のとおり、被告は、原告イラスト2を次のとおり改変して被告イラストを作成し、これを使用して被告製品を販売した。 @原告イラスト2の女性の髪形は、カールがかかったヘアスタイルであるのに対し被告イラストはストレートヘアに改変されている点 A原告イラスト2と被告イラストは、膝から下の脚の角度が左右逆になるように改変されている点 B原告イラスト2は、女性の髪が濃い黄色、ビーチマット及びハイヒールの色が赤色、水着の色は黒色、肌の色は肌色であるのに対し、被告イラストは、女性の髪、ビーチマット及びハイヒールの色がオレンジ色、水着の色が薄い水色、肌の色が白色に改変されている点 C原告イラスト2は、ビーチマットが平面の板状であるのに対し、被告イラストのビーチマットは凹凸があるように改変されている点 そして、弁論の全趣旨によれば、被告は、原告から上記改変について承諾を得たことはないと認められる。 したがって、被告イラストの作成は、原告の「意に反して」された「改変」に該当し、原告の同一性保持権(著作権法20条1項)を侵害するものと認められる。 4 争点4(原告商標と被告標章の類比)について (1)商標の類比の判断枠組み 商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁、最高裁平成6年(オ)第1102号平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。 そして、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、@商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、Aそれ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合のほか、B商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。 (2)原告商標及び被告標章について ア 原告商標について 原告商標の構成は、別紙商標権目録記載の「登録商標」記載のとおりであり、黒色のサングラスをかけ、赤い靴を履いた黒色のビキニ姿の女性が、水の上に浮かぶ赤色のビーチマットの上にうつ伏せで寝そべり、膝から下の脚を背部に向けて折り曲げて、頭部は画面奥に向く体勢をとっている様子が描かれている。この絵柄からは、「水の上に浮かぶビーチマットに寝そべる女性」という観念が生じるが、特定の称呼は生じないものと認められる。 イ 被告標章について 被告標章の構成は、別紙被告イラスト目録記載のとおりであり、中心部に、黒色のサングラスをかけ、オレンジ色のハイヒールを履いた水色のビキニ姿の女性が、水の上に浮かぶ、同ハイヒールと同色のビーチマットの上にうつ伏せで寝そべり、膝から下の脚を背部に向けて折り曲げ足を前後し、頭部は画面奥に向く体勢をとっている様子が描かれた絵柄部分と、右下において、斜め右上がり方向に記載された「SOLVANG」の文字部分からなる結合標章である。 被告標章の構成中、絵柄部分は、中心に大きく描かれているのに対し、文字部分は右下において図形部分と重なることなく配置されているから、絵柄部分と文字部分とでは、商標全体に占める大きさ、態様が異なっており、視覚的に分離して把握されるものであるといえる。また、絵柄部分と文字部分が観念的に密接な関連性を有しているとは認められないし、一連一体として何らかの称呼が生じるとも認められない。これらの事情を考慮すると、絵柄部分と文字部分が分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているとは認められない。そして、絵柄部分は、被告標章の約8割を占めている上、中心に大きく描かれ、オレンジ色や水色といった明るい色で採色されているのに対し、文字部分は、欧文字からなる上、日常的に馴染みがある言葉ではなく、必ずしもその意味を理解することが容易な語とはいえないことからすると、取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるのは絵柄部分であるといえ、被告標章のうち、絵柄部分のみ抽出し、原告商標との類否を判断することも許されると解するのが相当である。 そして、被告標章の絵柄部分からは、「水の上に浮かぶビーチマットに寝そべる女性」という観念が生じるが、特定の称呼は生じないものと認められる。 ウ 対比について (ア)被告製品はTシャツであるところ、Tシャツは、第25類「被服」に該当するから、原告商標の指定商品と被告製品は類似する。 (イ)商標の類否判断は、対比する両商標を時と所を異にして離隔的に観察する場合に混同を生じるかどうかという方法によるべきであるところ、これを前提に検討すると、原告商標と被告標章の絵柄部分は、女性の靴の形状、靴、ビキニ及びビーチマットの色並びに膝から下の脚の角度が違うとの相違点があるものの、いずれも、黒色のサングラスをかけ、靴を履いたビキニ姿の女性が、水の上に浮かぶビーチマットの上にうつ伏せで寝そべり、膝から下の脚を背部に向けて折り曲げて、頭部は画面奥に向く体勢をとっている点で共通し、需要者に対して共通の印象を与えるといえるから、外観は類似しているといえる。 また、前記ア及びイで説示したとおり、原告商標と被告商標の絵柄部分の観念は、いずれも「水の上に浮かぶビーチマットに寝そべる女性」であって、同一である。 以上を総合して全体的に考察すると、原告商標と被告標章との間において誤認混同のおそれがあるといえる。 (ウ)被告は、原告商標が付された商品と被告製品の販売チャネルは相違しているから、原告商標が付された商品と被告製品の出所の誤認混同は起こらないなどと主張する。 しかし、前提事実(4)イのとおり、原告は、他のアパレル会社等とコラボレーションをし、原告イラスト2の色彩を改変し、同イラストの右下にコラボレーションをしたアパレル会社のブランド名を記載し、Tシャツ等の胸元に印刷して販売することがあったのであるから、需要者が、被告製品を、原告ブランドとのコラボレーション商品であると誤認してこれを購入する可能性を否定できず、原告商標が付された商品と被告製品の販売チャネルが相違していることをもって、原告商標が付された商品と被告製品の出所の誤認混同は起こらないとはいえない。 したがって、被告の主張に理由はない。 5 争点5(商標的使用該当性)について (1)証拠(甲10、12の2、12の4、12の5、12の6、13の3、14の2、14の3)によれば、原告は、原告ブランドの店舗開店当初から、原告商標を、同店舗のポスター、看板、Tシャツ、パーカー、アクセサリー等に印刷して使用していたこと、令和元年頃には、横浜、東京、千葉、名古屋等に常設又は臨時店舗を開設し、同店舗及びオンラインショップで、原告商標が印刷された商品を販売していたことが認められる。 また、前提事実(4)イのとおり、原告は、他のアパレル会社等とコラボレーションをし、原告商標を改変したり、同イラストの下部又は右下部にコラボレーションをしたアパレル会社のブランド名を記載したりしたものをTシャツ等の胸元に印刷して、販売することがあった。 これらの事実に照らせば、原告商標は、これを付した製品の出所を示すものとして、一定の知名度を有していたと認められる。 そして、被告は、前記4のとおり、原告商標と誤認混同のおそれがある被告標章を、前提事実(5)のとおり、被告製品に付して使用していたのであるから、被告標章の使用は、自他識別機能を果たす態様での使用であるといえ、商標的使用に該当するというべきである。 (2)これに対し、被告は、被告製品は被告標章が胸部の中央に大きく印刷されたものであるところ、需要者は、通常、Tシャツの首後ろ部に印刷された被告シリーズの名称や、被告製品販売時に付された紙製のタグにより被告製品の出所を認識するから、被告標章により出所を認識するものではなく、被告標章は自他商品識別機能を果たさない態様で使用されていたと主張する。 しかし、商標がTシャツの首後ろ部の表示やタグだけではなく、胸元に大きく付された商品も多く存在すると認められること(当裁判所に顕著な事実)に照らすと、需要者がTシャツの首後ろ部に印刷された名称や紙製のタグにより被告製品の出所を認識するとの事実を直ちに認めることはできないというべきであり、本件全証拠によっても、被告主張の事実を認めることはできない。 したがって、被告の上記主張は採用することができない。 6 争点6(損害の発生の有無及び額)について (1)著作権侵害による原告の逸失利益 ア 譲渡数量 前提事実(5)のとおり、被告は被告製品を合計468枚販売した。 イ 1枚当たりの利益額 証拠(甲7、8、32、34、39ないし44)及び弁論の全趣旨によれば、原告のTシャツ1着当たりの販売額及びTシャツの製造・輸送に係る変動経費は次のとおりであり、単位数量当たりの利益額は5178円(6380円−336円−330円−110円−11円−303円−11円−101円=5178円)となると認められる。 (ア)販売額6380円/1枚 (イ)Tシャツ本体の原価336円/1着 (ウ)印刷費用330円/1着 (エ)製品タグ縫付け110円/1着 (オ)輸送費11円/1着 (カ)賃料14万1900円/468着(303円/1着。円未満切り捨て。以下同じ。) (キ)ポイントカード協賛金5390円/468着(11円/1着) (ク)クレジットカード費用4万7300円/468着(101円/1着) ウ 著作権者の販売等の能力に応じた額 著作権法114条1項本文の「販売その他の行為を行う能力」とは、侵害された著作物を販売する能力のほか、その著作物を生産する能力など、販売行為に至る種々の能力を意味することから、生産委託等の方法により譲渡数量に対応する数量の製品を供給することが可能であったことも含むと解すべきである。 証拠(甲35、47ないし50)によれば、原告は、令和元年6月から令和2年5月までの1年間で、原告製品の製造委託先であった康貿易に対し、原告製品を含む6300点以上の衣服の生産を発注していたこと(ただし、原告製品のみの生産発注数は明らかではない。)、原告が現在Tシャツを含む衣類の製造委託をしている会社は、発注から2ないし3週間程度で原告製品を販売している店舗に上記衣類の納品をしていることが認められる。これらの事実に照らすと、原告には被告製品の販売期間に対応する令和元年9月から令和2年7月16日までの間に、当時の製造委託先であった康貿易に対し、譲渡数量である468着の原告製品の製造委託をし、納品させるだけの生産能力を有していたものと認められる。 また、証拠(甲39)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、令和元年頃から令和2年頃までの間、主に横浜みなとみらい店、お台場店、柏高島屋店、池袋パルコ店の4店舗、一時的なポップアップストア2店舗及び原告のオンラインショッピングストアで原告製品を販売していたことが認められ、このような販売体制に照らせば、468着の原告製品を販売するのに十分な能力を有していたと認めることができる。 したがって、原告は、実際に原告が販売した原告製品に加え、468着の原告製品を販売する能力を有していたと認めるのが相当である。 エ 販売することができないとする事情 被告は、@原告製品と被告製品とでは需要者層が異なる、A原告イラスト2には顧客吸引力がないとの理由から、原告が468着の原告製品を販売することができない事情があると主張する。 @については、証拠(甲16、乙28)によれば、原告製品は、主に都市部のショッピングセンターにおいて、5800円(定価)で販売されているのに対し、被告製品は、主に地方都市の大型ショッピングセンターにおいて、1990円(定価)で販売されていたこと、原告製品は値引きされることが一切なかったのに対して、被告製品は、売れ行きが悪い場合には値引きをされており、その結果被告製品の平均販売価格は1183円であったことが認められ、これらの事情を考慮すると、原告製品と被告製品の需要者層には一定の違いがあるといえ、この点は「販売することができない事情」として考慮されるべきである。 また、Aについては、原告が原告製品の販売数を立証する客観的証拠を紛失したため(弁論の全趣旨)、原告製品の販売数は明らかになっていないこと、証拠(乙17、28)によれば、令和元年8月1日から令和2年4月15日までの間における被告シリーズ全体の平均販売価格が1263円であったのに対し、被告製品は1191円であって、被告シリーズ全56種類の中で33番目と比較的低い平均販売価格であり、値引率の高い商品であったとうかがわれること、被告シリーズのTシャツの仕入数量に対する販売数量の割合は、全体の平均値が91.1%であるのに対し、被告製品の割合は93%であり、被告シリーズの中で37番目と高い割合ではなかったことが認められ、これらの事情に照らすと、原告イラスト2の翻案物である被告イラストを付した被告製品は、被告シリーズの他のTシャツに比べて、売れ行きが良かったとはいえないから、原告イラスト2に特別な顧客吸引力はなかったと認めるのが相当である。 他方で、証拠(乙18ないし28)によれば、被告は、有名な俳優やタレントを起用し、店頭配布用のフリーペーパー、店頭タペストリー、動画配信等により、被告ブランドの宣伝をしていたこと、平成27年以降、被告ブランドが終了した年の前年に至るまでに被告が被告ブランドの広告宣伝にかけた費用は毎年1億円を超えていること、被告ブランドの製品は、少なくとも平成28年頃には、多数のファッション誌に掲載されていたことが認められることから、被告の顧客獲得の努力や被告ブランドの顧客吸引力の高さが被告製品の売上に一定程度貢献したといえ、この点は「販売することができないとする事情」として重視されるべきである。なお、被告は、令和2年10月に被告ブランドを終了しているところ、これは、令和2年4月頃からコロナ禍による大型ショッピングモールの休業等により売上が減少したことが影響したものであると認められる(乙28、弁論の全趣旨)から、被告ブランド終了の事実によって上記の貢献の事実が否定されるものではない。 以上の事情を考慮し、被告製品の譲渡数量の70%については原告が販売することができない事情があったものと認めるのが相当である。 オ 損害額 以上に基づいて算定すると、468着×5178円×0.3=72万6991円が被告による著作権侵害によって原告が受けた損害の額となる(著作権法114条1項)。 (2)同一性保持権侵害による損害 前記3のとおり、被告イラストは、原告イラスト2に対し、女性の髪形、足の角度が左右逆である点並びに女性の髪、ビーチマット、ハイヒール、水着、肌の色が変更されているにすぎないものの、原告イラスト2を改変した被告イラストを、原告製品よりも価格が4000円程度安い被告製品に印刷して販売されることにより、原告のブランドに対する高価なイメージが毀損されることはあり得ること、他方で、被告製品の販売期間が1年にも満たないこと、被告製品は468着が販売されたにすぎないことを考慮すると、被告による同一性保持権侵害によって原告が被った無形損害の額は、10万円と認めるのが相当である。 なお、原告は、被告による同一性保持権の侵害によってアイデンティティが侵害され、多大な精神的損害を被ったと主張するが、原告は自然人ではなく法人であるところ、法人に精神的損害が発生する法的根拠については何ら説明がされていないことから、この点に関する原告の主張は理由がないといわざるを得ない。 (3)弁護士費用 被告による著作権侵害と相当因果関係のある弁護士費用相当額は8万円と認めるのが相当である。 (4)小括 以上によれば、原告の損害額は、90万6991円(72万6991円+10万円+8万円=90万6991円)となる。 なお、本件において、原告の商標権侵害による損害額が著作権等侵害による損害額よりも多額になることを認めるに足りる事情は認められない。 7 争点7(差止め及び廃棄の必要性)について (1)一般的抽象的な翻案の差止めの可否について 翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現を改変し、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい、翻案に当たるかどうかの判断は規範的な法律判断であり、しかも、翻案行為には広範かつ多様な態様があり得るものである。 そうすると、差止めの対象となる侵害態様を具体的に特定することなく、一般的抽象的な翻案の不作為を求めることは、翻案に当たるかどうかが一義的に明確であるとはいえない上、翻案に当たるかどうかの判断を強制執行の段階で執行機関に委ねることとなって、相当ではないから、一般的抽象的な翻案の差止めの必要性は認められないというべきである。 (2)本件において差止めの必要性が認められる範囲について ア 著作権法112条に基づく差止め等について 証拠(乙28)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、令和元年頃、被告イラストを印刷した被告製品を合計500枚発注し、令和2年7月16日まで合計468枚を販売したことに照らすと、口頭弁論終結時に、被告が、原告イラスト2を翻案して作成した被告イラストを、被告の販売するTシャツに付して販売するおそれがあるといえる。 したがって、被告が、原告イラスト2を翻案して作成した被告イラストを、被告の販売するTシャツに付して販売することを差し止める必要があると認められる。また、被告イラストの画像データがあれば、これを複製等し、衣類等に印刷して販売することは容易であること(弁論の全趣旨)に照らすと、被告製品及び被告イラストの画像データの廃棄の必要性も認められる。 イ 商標法36条に基づく差止め等について 前記アのとおり、被告は、令和元年頃、被告標章を印刷した被告製品を合計500枚発注し、令和2年7月16日までに合計468枚を販売したことに照らすと、口頭弁論終結時に、被告が、その販売するTシャツに被告標章を付し、又は被告標章を付したTシャツを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示することを差し止める必要性が認められる。 また、被告標章の画像データがあれば、その販売するTシャツに被告標章を付し、又は被告標章を付したTシャツを譲渡することは容易であると認められること(弁論の全趣旨)に照らすと、被告製品及び被告標章の画像データの廃棄の必要性も認められる。他方で、被告が被告製品を輸入又は輸出していたことを認めるに足りる証拠はないから、被告イラストを付したTシャツの輸入及び輸出をすることを差し止める必要性があるとは認められない。 (3)小括 以上によれば、原告の被告に対する差止請求及び廃棄請求は、@著作権法112条1項に基づく、被告イラストを被告の販売するTシャツに付して販売することの差止め、A同条2項に基づく、被告製品及び被告イラストの画像データの廃棄、B商標法36条1項に基づく、被告が、その販売するTシャツに被告標章を付し、又は被告標章を付したTシャツを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示することの差止め、C同条2項に基づく、被告製品及び被告標章の画像データの廃棄の限度で理由があるところ、@はBに包含されるから、A(Cと同旨)及びBについてのみ主文において掲記することとする。 8 結論 以上の次第で、原告の請求は主文の限度で理由があるから、これを認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 間明宏充 裁判官 バヒスバラン薫 (別紙)被告イラスト目録 (別紙)被告製品目録 (別紙)原告イラスト目録 (別紙)商標権目録 (別紙)原告製品目録 |
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