判例全文 line
line
【事件名】子供椅子のデザイン類似事件B
【年月日】令和5年9月28日
 東京地裁 令和3年(ワ)第31529号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 令和5年7月7日)

判決
原告 ピーター・オプスヴィック・エイエス(以下「原告オプスヴィック社」という。)
原告 ストッケ・エイエス(以下「原告ストッケ社」という。)
原告両名訴訟代理人弁護士 宮川美津子
同 関川淳子
同 小勝有紀
同 荒川聡
被告 株式会社Nоz
同代表者代表取締役 野澤重幸
同訴訟代理人弁護士 後藤昌弘
同 大橋厚志
同 鈴木智子
同 川岸弘樹
同 山本俊介


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
1被告は、別紙被告製品目録記載の各製品を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
2 被告は、別紙被告製品目録記載の各製品を廃棄せよ。
3 被告は、原告オプスヴィック社に対し、173万9654円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告ストッケ社に対し、1304万7408円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
5 被告は、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を、同目録記載の要領で、同目録記載の新聞に掲載せよ。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 家具デザイナーであるA(以下「訴外A」という。)は、製品名を「TRIPPTRAPP」とする別紙原告製品目録記載の椅子(以下「原告製品」という。)をデザインし、原告オプスヴィック社に対し、原告製品に係る著作権を譲渡した。
 そして、原告ストッケ社は、原告オプスヴィック社から上記著作権の独占的利用権を取得し、原告製品を製造販売等している。他方、被告は、別紙被告製品目録記載の各製品(以下、別紙被告製品目録記載1の製品を「被告製品1」、別紙被告製品目録記載2の製品を「被告製品2」といい、被告製品1及び被告製品2を併せて「被告各製品」という。)を製造販売等している。
 本件は、原告らが、被告による被告各製品の製造販売等の行為は、原告製品の商品等表示として周知又は著名なものと同一の商品等表示を使用する不正競争行為に該当し、仮に不正競争行為に該当しないとしても、原告製品の著作権(原告オプスヴィック社が有するもの)及びその独占的利用権(原告ストッケ社が有するもの)の各侵害行為を構成し、仮に不正競争行為に該当せず又は著作権及びその独占的利用権の各侵害行為を構成しないとしても、取引における自由競争の範囲を逸脱する行為であり、原告らの営業上の利益を侵害すると各主張して、被告に対し、①原告オプスヴィック社は、主位的に不正競争防止法(以下「不競法」という。)3条1項及び2項に基づき、予備的に著作権法112条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、主位的に不競法4条及び5条3項1号、予備的に著作権法114条3項又は民法709条に基づき、損害金158万1504円及び弁護士費用相当額15万8150円の合計173万9654円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求め、②原告ストッケ社は、不競法3条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、主位的に不競法4条及び5条3項1号、予備的に著作権法114条2項の類推適用又は民法709条に基づき、損害金1186万1280円及び弁護士費用相当額118万6128円の合計1304万7408円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求め、③原告らは、不正競争防止法14条又は民法723条に基づき、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文の掲載を求めた事案である。
 原告らは、原告製品につき、①左右一対の側木(床から斜め上向きに平行に伸びる2本の棒状の部位をいう。以下同じ。)の2本脚であり、かつ、座面板及び足置板が左右一対の側木の間に床面と平行に固定されている点(以下「特徴①」という。)及び②左右方向から見て、側木が床面から斜めに立ち上がっており、側木の下端が、脚木(側木の下側端部から後ろ方向に平行に伸びている2本の棒状の部位をいう。以下同じ。)の前方先端の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接していることによって、側木と脚木が約66度の鋭角による略L字型の形状を形成している点(以下「特徴②」という。)において形態的な特徴を有する(以下「本件形態的特徴」という。)として、不競法上の争点においては、主位的に、原告製品全体の形態が商品等表示に該当すると主張し、仮に原告製品全体の形態が商品等表示に該当しない場合であっても、予備的に、本件形態的特徴が商品等表示に該当するとした上、被告各製品は本件形態的特徴をそのまま具備すると主張し、また、著作権法上の争点においては、本件形態的特徴が創作的表現に該当するとした上、被告各製品は本件形態的特徴をそのまま具備すると主張している。
 なお、当裁判所は、令和4年7月14日、原告製品及び被告各製品の各形態を明らかにするために、検証を行った(検証調書参照)。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実をいう。)
(1)原告ら及び原告製品
 原告ストッケ社は、昭和47年以降、当初はAから、その後は原告オプスヴィック社から、原告製品に係る著作権の独占的利用権を取得した。
 原告製品は、「TRIPPTRAPP」という製品名で販売されている子供用椅子であり、その外観は、別紙原告製品目録記載のとおりである。なお、原告製品は、昭和47年にノルウェーにおいて発売され、日本においては昭和49年頃から現在に至るまで輸入販売されている。
(2)原告製品の形態
 原告製品全体の形態の構成は、以下のとおりである。
ア 原告製品は、その大部分が木材から構成されており、その大きさは、高さ約79センチメートル、幅約46センチメートル、奥行き約50センチメートルである。
イ 原告製品の側面は、床から斜め上向きに平行に伸びた2本の側木と、側木の下側端部から後ろ方向に同じく平行に伸びた2本の脚木から構成されている。
ウ 左右一対の側木及び脚木は、側木の下端が、脚木の前方先端の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接していることによって、約66度の鋭角によってそれぞれ略L字型に接合されており、前後方向から見ていずれも床面に対して垂直で、かつ、互いに平行となるように配置されている。
エ 2本の脚木の間には、横木が床面と水平に挟み込まれるように設けられており、また、側木の間には、後方縁部分が波状に加工された2枚の板がいずれも床面と水平に固定されている。これらの2枚の板のうち、上方の板は座面として、下方の板は足置きとして、それぞれ用いられる。
オ 側木の最上部には、2枚の曲線状の背板が挟み込まれるようにして取り付けられている。
カ 側木には、床面と平行に多数の溝が形成されており、座面板及び足置板はこの溝に挿入されて配置されている。
キ 側木の下部及び中央部に2本の金属棒が配置されている。
(3)被告及び被告各製品
 被告は、各種製品の製造販売等を行うことを業とする株式会社であり、被告各製品を製造・販売している。
 被告製品1、2は、それぞれ「ChоiceKids」、「ChоiceBaby」という製品名で販売されている子供用椅子であり、その外観は、別紙被告製品目録記載のとおりである。被告製品2のうち、ベビーガード及びベビー用背板(以下「ベビーガード等」という。)を取り除いた形態と、被告製品1の形態は、同一である。
 なお、被告各製品は、遅くとも平成27年8月10日頃から現在に至るまで販売されている(弁論の全趣旨)。
(4)被告各製品の形態
 被告製品1全体の形態の構成は、以下のとおりである。なお、被告製品2全体の形態の構成は、以下の構成に、ベビーガード及びベビー用背板を取り付けたものである(検証の結果、弁論の全趣旨)。
ア 被告製品1は、主に木材及びプラスチックから構成されており、その大きさは、高さ約72cm、幅約48.3cm、奥行き約48.5cmである。
イ 被告製品1の側面は、床から斜め上向きに平行に伸び上端部分にて床面と垂直に折れ曲がっている2本の側木と、側木の下側端部から後ろ方向に同じく平行に伸びた2本の脚木から構成されている。
ウ 左右一対の側木及び脚木は、側木の下端が、脚木の前方先端の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接していることによって、それぞれ略L字型に接合されており、前後方向から見ていずれも床面に対して垂直で、かつ、互いに平行となるように配置されている。
エ 2本の脚木の間には、横木が床面と水平に挟み込まれるように設けられており、また、側木の間には、楕円形の短辺を切り落としたような形状の2枚の板がいずれも床面と水平に固定されている。これらの2枚の板のうち、上方の板は座面として、下方の板は足置きとして、それぞれ用いられる。
オ 側木の最上部には、曲線状で、その中央部に楕円形の穴が形成されている1枚の背板が挟み込まれるようにして取り付けられている。
カ 側木の後方部分に、固定部材と結合してネジ止めするための円形状の穴が多数形成されている。そして、座面板及び足置板を側木の間で支持する支持部材、支持部材を側木の間において掛け渡された状態で側木に固定する固定部材及びネジ部材を備え、2本の側木後方に設けられた穴と固定部材を結合した状態でネジ部材を閉めることで、支持部材と固定部材によって側木を前後から挟持して押圧し、支持部材を側木に固定する。
3 争点
(1)不競法上の争点
ア 「商品等表示」該当性(争点1)
イ 周知著名性(争点2)
ウ 商品形態の類否(争点3)
エ 混同の有無(争点4)
(2)著作権法上の争点
ア 著作物性の有無(争点5)
イ 複製又は翻案の成否(争点6)
(3)一般不法行為の成否(争点7)
(4)各請求の成否
ア 差止請求の成否(争点8)
イ 損害賠償請求の成否(争点9)
ウ 謝罪広告掲載の当否(争点10)
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点1(「商品等表示」該当性)
(原告らの主張)
(1)商品の形態の「商品等表示」該当性
 商品の形態が、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(以下「特別顕著性」という。)、特定の事業者による長期間に及ぶ継続的かつ独占的な使用、強力な宣伝広告等により、需要者において、当該特定の事業者の出所を表示するものとして周知されるに至れば(以下「周知性」という。)、商品の当該形態自体が「商品等表示」(不競法2条1項、2項)に該当する。
(2)原告製品の形態の特別顕著性
 以下の事情によれば、原告製品は、本件形態的特徴につき、特別顕著性を有する。
ア 原告製品の与える印象
 前記AないしGの構成の組合せからなる原告製品全体の形態は、一見すると驚くほどシンプルでいて、同時に、見る者の芸術的感性に訴えかけてくるものである。特に、原告製品は、左右から見ると、特徴②の形態を有しており、椅子としては非常に斬新な形状である。また、特徴①の形態により、原告製品は、前方から見ても、45度斜め方向から見ても、後方に傾いている小さな木製の階段や脚立のように見えるという特徴的な外観を形成している。このような幾何学的図形の形態は、椅子の安定感と同時に軽やかさを印象付けるものである。そして、これらの部材のほとんどが木製であることによって、見る者に親しみを感じさせている。
イ 特徴①及び特徴②は他の製品と比較しても顕著な特徴であること
 原告製品が日本において初めて発売された昭和49年以前には、販売されていた他の子供用椅子は、ほとんどが4本の脚木で座面を支え、かつ、座面が固定されているという形態のものであり、特徴①及び特徴②の形態的特徴を有するような製品はなかった(甲31、141、142)。今日においても、例えば、複数のインターネットショッピングモールで子供用椅子の人気ランキングを見ても、原告製品と被告各製品を除く全ての椅子が、側木が4本あり、左右方向から見た時に略A型の形状をしていて、特徴①や特徴②の形態的特徴を有する椅子は見当たらない(甲145ないし147)。
 したがって、原告製品の特徴①及び特徴②(本件形態的特徴)は、発売から現在に至るまで、他の同種製品と明確に異なる顕著な形態的特徴である。
 これに対し、被告が挙げる同種商品については、販売数量、売上高や広告宣伝の実態が不明であって、これらの椅子の存在をもって、原告製品の特別顕著性を否定する根拠とはならない。
ウ 原告製品の認知度
 原告製品の世界累計販売台数は、1200万台を超えており、日本においても平成2年度から令和2年度の間に約110万台以上、総額約180億円以上を売り上げており、宣伝広告費としては、約8億円以上を費やしている。そして、原告製品の形態は、従来の子供用椅子とは全く異なる独創的で斬新な特徴から、販売当初から需要者の間で広く認知されるようになった。日本においても、家具・インテリア雑誌、幼児保育雑誌等を中心に多数の雑誌等で大きく取り上げられている(甲32、39ないし105)。販路の点を見ても、遅くとも平成19年頃までには、日本全国の百貨店、家具専門店、子供用品専門の小売店といった複数の販売ルートを含む約1000店舗において原告製品が販売されており、需要者は原告製品に数多く接している。
エ 原告製品の宣伝広告方法
 原告らは、遅くとも平成6年から複数の原告製品を同じ方向かつ横向きに並べた広告用写真を採用し、遅くとも平成24年頃からは店舗等での展示においても、複数の原告製品を同じ方向かつ横向きに並べるなど、特徴①及び特徴②を印象づける原告製品の宣伝広告や展示方法を使用してきた。これらのことから、特徴①及び特徴②は、需要者の目にも印象付けられている。
オ 原告製品のデザイン性に対する評価
 原告製品は、平成7年にノルウェーデザイン協議会の「クラシック賞」を受賞し(甲118)、日本においても平成17年にグッドデザイン賞を受賞したほか、令和2年には「100GreatestDesignsofModernTimes」(現代の偉大なデザイン100選)に選出された。また、原告製品は複数の美術館等に作品として収蔵されている(甲120ないし122)。これらのことから、原告製品は、現在に至るまでそのデザイン性が高く評価されており、他の同種製品と異なる顕著な特徴を有していることは明白である。
カ メディアにおける原告製品の紹介方法
 原告製品は、多数の雑誌において紹介されているところ、その内容を見ると、原告製品が発売から現代に至るまで唯一無二の椅子であり続けていることが説明されている。また、雑誌に掲載されている原告製品の写真を見ても、横方向や斜め方向から撮影されることが多く、特徴①及び特徴②を印象付けるものとなっている。さらに、需要者によってSNS等に投稿された原告製品に係る写真、動画やイラストを見ても、斜め方向や横方向から撮影されたもの又は描かれたものが非常に多く、このことは、需要者が原告製品の顕著な特徴が特徴①及び特徴②にあると考えていることを示している。
キ 原告製品が利用されている場所
 原告製品は、一般家庭はもとより、レストランやカフェにおいても子供用椅子として採用されており、需要者がこれらの場所を利用する際にも、原告製品の形態は需要者に強く印象付けられている。
ク 原告らによる模倣品排除の努力
 原告らは、原告製品の模倣品に対して、これを排除すべく訴訟提起などの努力を継続し、これにより原告製品の形態の特別顕著性を維持してきた。
ケ 別件訴訟について
 被告は、原告らが原告製品に関して他社の商品の販売等の差止めを求めた別件の訴訟(知財高裁平成26年(ネ)第10063号同27年4月14日判決。以下、当該訴訟を「別件訴訟」といい、当該訴訟の判決を「別件知財高裁判決」という。)について、原告らが「座面板及び足置板を嵌め込む為に側木内側に設けられた溝」が顕著な特徴の一部である旨を主張した事実を指摘するものの、当該事実は、本件で原告らにおいて特徴①や特徴②が顕著な特徴であると主張することを妨げるものではない。また、被告は、別件知財高裁判決が原告らの上記主張部分を含めて特別顕著性を認定したことを指摘するものの、別件知財高裁判決は特徴①及び特徴②だけでは特別顕著性が認められないと判断したものではなく、特徴③(側木の内側に形成された溝に沿って座面板と足置板の両方をはめ込んで固定する点をいう。以下同じ。)を付加した形態についても特別顕著性を認めたにすぎない。
コ 被告の主張について
 被告は、需要者である幼い子供の親は、座面板及び足置板の高さを固定ないし調整する機構に関する形態に関心を持つ旨主張する。しかしながら、重要なのは、需要者の関心ないし注意を惹くかどうかそのものではなく、需要者が出所表示として認識する形態かどうかであるし、機能に関心を持つことは形態に関心を持つことを当然には意味しない。子供の成長に合わせて座面板及び足置板の調整が行われるのは、年に1回あるかないかの程度のことからしても、座面板及び足置板の高さ調整に係る構造がとりわけ需要者の関心ないし注意を惹く部分であるのかは疑問である。椅子の安定性・安全性を左右するのは、全体的なデザインを含む商品のあらゆる形態であり、需要者は、むしろ全体的なデザインに関わる特徴①及び特徴②の形態的特徴に関心を持つといえる。
(3)原告製品形態の周知性
 以下の事情によれば、遅くとも、被告各製品が販売された時期として原告らが特定できた最も古い時期である平成27年8月頃までには、原告製品の形態は、商品等表示性にいう周知性を有していた。
ア 販売実績等
 原告製品は、昭和47年頃から世界中で販売されており、日本でも昭和49年頃から現在に至るまで販売され続けているベストセラー・ロングセラー商品である。そして、前記(2)ウのとおり、原告製品の世界累計販売台数は、1200万台を超えており、日本においても平成2年度からから令和2年度の間に約110万台以上、総額約180億円以上を売り上げており、宣伝広告費としては、約8億円以上を費やしている。さらに、原告製品の売上げは年々増加傾向にあり、平成2年度に2613台の売上げであったものが、令和2年には6万526台と約23倍に増加している。日本の出生数は年々減少しているのに対し原告製品の販売数量が増加していることは、需要者において原告製品の認知度が上がっていることを端的に示すものである。
イ 雑誌、SNS等への掲載
 原告製品は、日本における販売開始当初から、多数の家具・インテリア雑誌、幼児保育雑誌等に掲載されており、その中では原告製品について、「ひと目見れば、『ああ、あの椅子ね!』とうなずくベビモママも多いはず。」(甲32)などとして周知性を裏付ける記載がされている。また、需要者によるSNS等でも原告製品が多数紹介されている。
ウ 原告製品の販路、販売方法
 原告製品は、遅くとも平成19年頃までには、日本全国の百貨店、家具専門店、子供用品専門の小売店といった複数の販売ルートを含む約1000店舗において販売されており、需要者は原告製品に数多く接している。加えて、原告製品の売り場においては、複数の原告製品を同じ方向かつ横向きに並べて展示するという特有の展示方法を通じて、原告製品の特徴的形態は、需要者に印象付けられていた。
エ 原告製品の受賞歴等
 原告製品は、複数のデザイン賞を受賞しているほか、世界の著名な美術館等に収蔵されている。
オ 原告製品が利用されている場所
 原告製品は、一般家庭はもちろん、レストランやカフェにおいても子供用椅子として採用されており、これらの場所を需要者が利用する際にも、原告製品の形態は、需要者に強く印象付けられている。
(4)小括
 以上の事情によれば、特徴①及び特徴②が原告製品販売当初から今日に至るまで特別顕著性及び周知性を有することは明らかであり、これにより原告製品全体の形態(前記AないしG)が商品等表示であることを認めることができる。
 そうすると、原告製品全体の形態は、本件形態的特徴によって全体として商品等表示に該当するものであり、仮に原告製品全体の形態が商品等表示に該当しない場合であっても、本件形態的特徴は、商品等表示に該当するといえる。
(被告の主張)
(1)特徴①及び特徴②の組合せのみでは、特別顕著性が認められないこと
 以下の事情によれば、原告ら主張に係る特徴①及び特徴②の組合せのみでは特別顕著性は認められず、特徴③を加え、初めて特別顕著性を認めることができる。なお、被告は、被告準備書面5において特徴④として座面板や足置板を固定するための支持部材、固定部材及びネジ部材が一切ない点を明示的に主張するに至っているが、この点は特徴③の座面板及び足置板の固定方法を採用することと表裏一体の関係にあるといえるから、以下では特徴③のみを記載することとする。
ア 特徴①及び特徴②がありふれていること
 特徴①については、左右一対の側木の2本脚という構造は特別なものではなく、また、ハイチェアにおいては、座面板のみでなく足置板を設置することは通常であり、これらを設置する場合には、機能上床面と平行に固定されていることがほとんどである。また、特徴②についても、側木と脚木が略L字となる形態の椅子は、原告製品以前から存在していた。
 したがって、特徴①及び特徴②は、それ自体ありふれたものである。
 そして、商品等表示性は、被告製品販売時点(差止めについては口頭弁論終結時点)まで維持されていなければならないところ、近年においては、特徴①及び特徴②の形態を両方備えている同種商品も市場に多数存在している。これらの事情によれば、特徴①と特徴②を組み合わせたのみでは、需要者が原告製品を他の同種商品と識別することは不可能である。
イ 特徴③が重要であること
 原告製品のデザインは、シンプルかつシャープな外観を有しているとの印象を強く与えるものである。雑誌やSNS等における原告製品の紹介においても、シンプルさが強調されている。そして、原告製品のデザインがシンプルであるという印象を与える理由は、座面板や足置板を固定するために同種製品が一般に具備している「支持部材」、「固定部材」又は「ネジ部材」が一切ないことにあり、これは特徴③によって実現されているものである。また、原告製品は、シンプルな形態ゆえに食べこぼしが隙間に入らないという清潔さについても、需要者に対して周知が図られてきた。
ウ 需要者の関心は特徴③にあること
 原告製品及び被告各製品の需要者は、小さな子供を持つ親であるところ、小さな子供の親が子供用椅子を購入する場合には、安全性に関心を持つほか、幼児の体の成長に合わせて座面板及び足置板の高さを調節する必要性もあることから、座面板及び足置板の高さの固定ないし調整する機構に関する形態に特に関心を持つ。このような需要者の視点を考えると、特徴③こそが、原告製品の特徴であるといえる。
エ 原告製品の宣伝広告方法等
 原告製品のコンセプトは、座面板や足置板の位置を調節することで、幼児から大人まで使用することができるというものであって、原告製品のウェブサイトには「奥行きと高さが調整可能な座板と足のせ台」、「座板と足のせ台のどちらも、奥行きと高さを調整できる考え抜かれたデザイン」等と紹介されると共に、原告製品側面の写真において当該座板と足置板の部分を強調するアニメーションが施されている(乙10)。さらに、雑誌の紹介記事等においても、座面板及び足置板の高さの固定ないし調整する機構に関する形態が紹介ないし強調されているものが多く、掲載されている原告製品の写真において、側木内側の溝がよく見える角度から撮られていることなどからすれば、特徴③が重要であることが明らかである。
オ 別件知財高裁判決について
 別件訴訟においては、原告ら自身が「座面板及び足置板を嵌め込む為に側木内側に設けられた溝」が顕著な特徴の一部である旨を主張し、特徴③を含んだ形態について特別顕著性を主張していた。そして、別件知財高裁判決においても、特徴①及び特徴②だけでなく、特徴③を含めた形態について特別顕著性が認められているものである。
(2)原告製品形態の周知性
 争う。
(3)小括
 以上の事情によれば、原告製品の形態のうち、商品等表示該当性を認め得るのは、特徴①ないし特徴③を組み合わせた部分である。なお、商品の形態を不競法2条1項1号又は2号の商品等表示と認めるに当たっては、できる限り明確性及び予測性を確保する観点から、商品形態のうち特別顕著性が認められる部分に限るべきであり、原告製品の形態全体について商品等表示該当性を認めるべきではない。
2 争点2(周知著名性)
(原告らの主張)
 前記1(3)記載の事情によれば、原告製品について、周知著名性が認められる。
(被告の主張)
 争う。
3 争点3(商品形態の類否)
(原告らの主張)
(1)原告製品と被告製品1の形態が類似していること
ア 前提
 不正競争行為の類似性判断については、全体的に、かつ、隔離的に考察されるべきである。
イ 形態の比較
 被告製品1の形態は、特徴①及び特徴②のいずれも備えている。さらに、原告製品と被告製品1は、大部分が木材から構成されていること、高さ・幅・横の大体の大きさ、脚木の中央部に横木が一本配置されていること、脚木における後方先端が斜めに切断されていること、背板が曲線状の板で構成されていること、側木に等間隔に複数の溝ないし穴が形成されていること、以上のような細部における形状も一致している。したがって、原告製品と被告製品1は、形態において類似している。
ウ 一般消費者や事業者からの指摘
 被告製品1については、一般消費者のブログにおいて「有名な、トリップトラップと非常に形が似ています。」と述べられていたり(甲107)、家具店において「ストッケトリップトラップ風ハイチェア」と称して販売されたりしており(甲33)、これらの事実は、原告製品と被告製品1がその形態において類似していることを裏付ける。
(2)原告製品と被告製品2の形態が類似していること
 被告製品2の形態は、被告製品1の形態を包含する関係にあり、ベビーガード等は、被告製品2の基本的構造に関わる部分でもないから、被告製品1と同様に、原告製品との類似性が認められる。
 なお、被告製品2は、子供がある程度成長したらベビーガード等を取り外した上、被告製品1と同様の形態で使用されることが予定されているのであるから、被告製品2についても、被告製品1の形態との比較をすべきである。
(3)被告の主張について
 被告が指摘する相違点は、全体的な印象の類似性に影響を及ぼさない。
ア 座面板及び足置板を固定する構造について
 前記1(2)コ記載のとおり、座面板及び足置板を固定する構造は、需要者にとって最も目を惹く部分ではない。また、被告各製品における同構造についても、その形状は、同種商品で用いられる固定部材と大きな相違はなく、需要者に特に強い影響を与えるようなものではない。
イ 側木の形態について
 被告各製品の側木が曲がっているのは、全長約80センチメートルに対して僅か11センチメートルのみであり、傾斜も僅か約18度であるから、略L字型との印象を変えるものではない。また、側木の幅の違いも些細であるし、スタッキングが可能な形態かどうかも、商品を見て直ちに判別できるものではない。
ウ その他について
 被告は、原告製品と被告各製品について、2本の金属棒の有無の違い、座面板と足置板の形状の違い、背板の違いを挙げるが、いずれも椅子の基本的構造に関わる部分でも、製品全体の形態に関わる部分でもないし、需要者の注意を引く部分ないし形態でもなく、外観上も顕著な差をもたらさない。
 また、色彩については、子供用椅子市場において同じ製品にカラーバリーエーションがあることはごく一般的であって、需要者もそのように認識しているため、類似性判断に影響するものではない。
(被告の主張)
(1)原告製品と被告製品1の形態が類似しないこと
ア 前提
 不正競争行為における類似性判断の方法について、需要者としては原告製品と他の同種商品を見比べた上で購入すると考えられるから、このような取引実態を踏まえ、原告製品と被告各製品の表示について対比的観察がされるべきである。
イ 被告製品1の形態的特徴
 原告製品の特徴①ないし③に対応するものとして、被告製品1の形態的特徴は、次のとおりである。
①左右一対の側木の2本脚であり、かつ、座面板及び足置板を側木の側で支持する支持部材、支持部材を側木の間において掛け渡された状態で側木に固定する固定部材及びネジ部材を備え、2本の側木後方に設けられた穴と固定部材を結合した状態でネジ部材を締めることで、支持部材と固定部材によって側木を前後から挟持して押圧し、支持部材を側木に固定する。
②左右方向から見て、側木が床面から斜めに立ち上がり、側木の上部にて床面と垂直方向に折れ曲がっており、側木の下端が、脚木の前方先端の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接し、側木と脚木が略L字型の形状を形成している。
ウ 原告製品と被告製品1の比較
 以下の事情によれば、原告製品と被告製品1は類似しない。
(ア)座面板及び足置板を固定する構造について
 原告製品と被告製品1は、原告製品において一番重要な特徴である特徴③(座面板及び足置板を固定する構造)が全く異なる。
 すなわち、原告製品は、座面板及び足置板を溝にはめ込むことで固定しており、需要者に対して不安定かつ座面板及び足置板の位置調整に手間が掛かるという印象を与える一方で、シンプルかつシャープな印象を与える。特に後ろから見た際には、固定部材等がないことから、シンプルな印象を受ける。また、板の周囲に食べこぼしが入り込む隙間が生じず、清潔さが強調されている。
 これに対して、被告製品1は、座面板及び足置板の固定に支持部材、固定部材及びネジ部材を設け、ネジ部材を締める構造をとっている点で、椅子全体として安定して使いやすい印象を与えるが、シンプルかつシャープな印象は与えない。また、後ろから見ても、固定部材、ネジ部材、これらをはめ込むための複数の穴があり、やはりシンプルな印象を与えない。さらに、ネジ部材はプラスチック素材であるところ、一見して木材ではない部材が使われていることが見て取れるものであり、食べこぼしが入り込む隙間も存在している。
(イ)側木の形態について
 原告製品は、側木が一直線であり、需要者に対してL字型でシャープな印象を与えるのに対して、被告製品1は、側木上部が床面と垂直方向に折れ曲がっており、椅子全体として柔らかい印象を与える。また、原告製品は側木が薄く幅狭であるのに対して、被告製品1は側木が厚く幅広であり、複数の椅子をスタッキングできる形態となっている。
(ウ)2本の金属棒の形態について
 原告製品は、側木の間の下部及び中央部に1本ずつ金属の棒を配置することで側木をつないで安全性を確保し、シャープな印象を持たせている。
 これに対して、被告各製品にはこのような棒が配置されておらず、支持部材、固定部材及びネジ部材を用いて安全性を確保しており、需要者に使いやすい印象を与えている。
(エ)座面板及び足置板の形状について
 原告製品の座面板及び足置板は、前部が直線であり、椅子全体としてシャープな印象を与えるのに対し、被告製品1の座面板及び足置板は、前部及び後部が緩やかな曲線で、楕円の両端を切り落としたような形になっており、椅子全体として柔らかい印象を与える。
(オ)背板について
 原告製品は2枚の背板から構成され、その形状は正面から見て横に伸びる帯状であって、全体としてシャープな印象を与えるのに対して、被告各製品は1枚の背板から構成されており、その中央部に楕円形の穴が形成されており、柔らかい印象を与える。
(カ)色彩について
 原告製品は全体としてモノトーンの色彩で構成されているのに対し、被告各製品のうちホワイト、レッドについては、座面板及び足置板の色とその他の色が異なるツートンカラーの色彩で構成されており、この色彩の違いは一見して明らかである。
(2)原告製品と被告製品2の形態が類似しないこと
 被告製品2は被告製品1にベビーガード等を取り付けたものであるから、被告製品1が原告製品と類似しない以上、被告製品2も原告製品と類似しない。
(3)原告らの主張について
 原告らは、一般消費者のブログや家具販売サイトにおける表現を類似性の根拠として挙げるが、これらの表現は、製品のどの部分に着目した上での表現であるのか不明なものであり、類似性の根拠とはならない。
4 争点4(混同の有無)
(原告らの主張)
 原告製品と被告各製品の形態との類似性の程度が高く、価格帯も類似しており、原告製品及び被告各製品のいずれも、主な需要者は小さい子供を持つ親たちであって共通している。そして、原告製品は被告各製品と比較しても周知著名であるところ、被告各製品については、原告製品と同一あるいは酷似した広告用写真(甲14、15)や店舗における展示方法を採用しているほか(甲16ないし20)、「北欧」のキーワードを用いていること(甲125、126)からすると、被告には原告製品のブランド価値にフリーライドしようとする意図さえ認められる。
 これらの事情からすると、被告各製品の販売等は原告製品との混同を生じさせる。
 これに対し、被告は、需要者の多くは売り場で実際に座るなどして慎重に検討し判断するはずであると主張するが、そのような取引の実情は認められず、インターネット上で子供用椅子を購入する需要者も多く存在する。
(被告の主張)
 原告製品と被告各製品は、基本的構成態様が大きく相違し、その他の相違も相まって、全体として全く異なる印象を与えている。そして、原告製品及び被告各製品がいずれも子供用椅子として比較的高額であることや、子供が成長に合わせて長く使用する商品であることからすると、これらの商品を購入しようとする需要者の多くは、売り場で実際に座るなどして慎重に検討し、購入するかどうかを判断するはずであるから、混同のおそれはない。さらに、原告製品には、横木上部に「STOKKE」との記載があり、被告各製品には横木後方に「HOPPL」との記載があること、いずれの商品もインターネット上のサイトで販売される際は、商品名が記載されていること、少なくとも原告製品が販売される際は、直営店はもちろん百貨店内においても「STOKKE」というブランド名の表示が明確にされていること、以上の事実によれば、需要者が原告製品と被告各製品とを混同することは考えられない。
5 争点5(著作物性の有無)
(原告らの主張)
(1)応用美術における著作物性判断基準
 原告製品は実用製品であり、いわゆる応用美術に該当するところ、著作権法が「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的と」していること(1条)に鑑みると、表現物が実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって、直ちに著作物性を否定することは相当ではない。同法2条2項は「美術の著作物」の例示規定にすぎないから、例示に係る「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても、著作権法2条1項1号の要件を満たせば、「美術の著作物」として同法上の保護を受ける。
(2)原告著作物は、次に掲げる事情によれば、特徴①及び特徴②において個性が発揮されているものとして、著作物性が認められる。
ア 訴外Aについて
 訴外Aは、現代のノルウェーを代表する世界有数のデザイナーであり、その創作した家具で数々の賞を受賞している(甲5、108、109)。同人のデザイン活動は、日本でも高く評価されており、多数の雑誌で特集されている。
 また、同人は、極めて多数の作品をデザインしているが、その中でも原告製品は名作と評価されている有名な作品である。原告製品は、子供を大人と対等に扱うという社会的・文化的価値観や願いを込めてデザインされており、そのデザインには、同人の個性が発揮されている。
イ 原告製品のデザイン性について
 原告製品は、子供を子供として扱わないという伝統的な子供用椅子とは全く異なる哲学のもとにデザインされており、従来は全く存在しなかった洗練されたデザインを備えるものである。原告製品は、その独創的デザインにより、数々の賞を取得しているほか、美術館等に収蔵されている。原告製品は「日本デザイン50年」における「名椅子でつづる50年」(甲117)にも掲載されており、日本における椅子のデザインにも大きな影響を与えていることが示されている。
ウ 各国の裁判所における評価
 原告製品に著作物が認められるという結論は、我が国の知的財産高等裁判所のほか、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン及びスイス等の裁判所においても認められており、他国において原告製品の著作物性が否定された例は、現時点において存在しない。
 なお、ドイツのケルン地方裁判所は、被告による被告各製品の販売等が原告ストッケ社の原告製品に係る著作権の独占的利用権を侵害することを認め、平成29年9月15日付けで仮差止命令を発令した(甲26)。その後、原告ストッケ社と被告の間では、被告各製品のヨーロッパでの販売行為等を中止することを内容とする和解契約が締結された(甲27)。
(3)被告の主張について
 仮に、被告の主張する基準を用いたとしても、以下のとおり、原告製品には著作物性が認められる。
ア 実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであること
 特徴①については、側木を左右一対の2本脚にしたり、座面板及び脚置き板を左右一対の側木の間に固定したりしなくとも、原告製品と同様の実用的な機能を有する形態は存在する。特徴②についても、側木の下端が脚木の前方先端の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接していたり、側木と脚木が約66度の鋭角による略L字型の形状を形成していたりしなくとも、原告製品と同様の実用的な機能を有する形態は存在する。実際に、原告製品と同様の機能を有する子供用椅子のデザインは他に多数存在しているのであるから、特徴①及び特徴②は、いずれも実用目的を達成するために必要な構成ではなく、様々な選択のある表現の中からあえて選択して組み合わされたものであって、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成に該当しないことは明らかである。
イ 美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分であること
 訴外Aは、表現の選択の幅の中からあえて特徴①及び特徴②を選択して組み合わせたものである。前記のとおり、原告製品が制作当時の子供用椅子のデザインと比して極めて斬新なデザインであったこと、原告製品が数々のデザイン賞を受賞し、様々な美術館等に収蔵されていること、多くの雑誌等においてそのデザイン性が高く評価されていること、デザイナーである訴外Aの社会的・文化的な価値観や願いが反映されていること、以上に照らしても、特徴①及び特徴②が「美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分」に該当するものであることは明白である。
(4)原告製品は、訴外Aのデザイン哲学に基づき、「イスによって動きを制限されてしまう子どもを解放し」、「大切な家族の一員として食卓に自分のイスを与えられ、ともに成長していく」ことを可能にした極めて画期的な椅子として高い社会的・文化的価値を有する(甲199)。そして、著作権法は文化の発展に寄与することを目的としているのであるから、著作物性の判断においても当該表現物が「文化や社会に与える影響」が当然考慮されて然るべきである。そうすると、原告製品は、その社会文化的な価値を正当に評価すれば、正に著作権法が文化の発展に寄与することを目的として保護しようとする「著作物」の最たる例であり、いかなる判断基準によったとしても著作物性が肯定されて然るべきものである。
(被告の主張)
(1)応用美術における著作物性の判断基準
 応用美術における著作物性の判断においては、次に掲げる点に鑑み、応用美術が実用的な機能を離れて美的鑑賞となり得るような美的特性を備えている部分を把握できるか否かという基準を用いるべきである。
ア 著作権法及び意匠法という二つの保護法制がある場合に、重複適用を認めるべきかについて、我が国の法体系や知的財産制度全体の趣旨からの体系的判断は不可避である。
イ 著作権法及び意匠法が重複適用されると、審査・登録の必要がなく、存続期間が長く、各種支分権や人格権が認められる著作権が事実上意匠権を代用することになる。これにより、①意匠権の趣旨や存在意義が没却され、②産業上の行為や私生活上の行為に対する弊害が生じ、③第三者にとって具体的に著作物性が認められる部分を的確に抽出認識することは容易ではないため、予測可能性又は法的安定性を大きく損なうことになる。
ウ そうすると、応用美術について広く著作権法の重畳適用を認める解釈は取り得ない。したがって、応用美術については、実用品という観点から、制作・流通・利用の実情を考慮して、様々な制約を受けてしかるべきである。
(2)被告主張の基準を前提とした著作物性判断
 原告製品の特徴①は、座面板及び足置板の高さ及び奥行き調整が可能な2本脚の椅子の実用的な目的を達成するために必要な構成であるし、特徴②は、足置きを有する2本脚のハイチェアを安定し支え、また、使用者が正しい姿勢で座ることができるようにするために人間工学的にとられたものであることからすれば、椅子としての実用的な目的を達成するために必要な構成である。
 したがって、原告製品において、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と離れて、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を有する箇所は存在せず、著作物性を認めることはできない。
(3)原告らの主張について
 仮に原告らの主張する基準を前提としても、特徴①及び特徴②の組合せに特段の創作性は認められない。
 なお、ドイツにおける仮差止命令については、被告が経営戦略上ドイツにおいて被告各製品を販売する予定がなかった等の事情から審判において何ら反論書面を提出しなかったものであるし、和解契約においても、上記経営戦略を維持して合意したにすぎないのであって、被告各製品が原告製品の著作権を侵害することを認めたものではない。
6 争点6(複製又は翻案の成否)
(原告らの主張)
 前記のとおり、原告製品と被告各製品は、いずれも特徴①及び特徴②を備えており、類似しているのであるから、被告各製品から原告製品の表現上の本質的特徴を直接感得することができる。
 そして、原告製品と被告各製品の間には高い類似性が認められること、原告製品が著名であって、被告が原告製品の存在を認識していなかったはずはないこと、前記のとおり被告が原告製品の広告用写真及び展示方法と酷似した広告用写真と展示方法を採用していること、以上の事実によれば、被告が原告製品に依拠して被告各製品を製造販売していることは明らかである。
 したがって、被告の行為は、原告オプスヴィック社が有する原告製品に係る複製権、譲渡権、翻案権及び二次的著作物の譲渡権を侵害すると同時に、原告ストッケ社が有する同著作権の独占的利用権を侵害するものである。
(被告の主張)
 前記のとおり、原告製品と被告各製品は多くの特徴が異なっており、原告製品の表現上の本質的特徴を被告各製品から直接感得することはできない。また、原告製品の広告用写真や展示方法は、ありふれたものであって、被告各製品は原告製品に依拠するものではない。
7 争点7(一般不法行為の成否)
(原告らの主張)
 原告らと競争関係にある被告が、原告らが模倣品排除の努力を含め多大なる企業努力を費やして周知・著名なものとした原告製品の形態を故意に模倣して被告各製品を廉価で販売する行為は、取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を甚だしく逸脱し、法的保護に値する原告らの営業活動上の利益を侵害するものとして、不法行為を構成する。
(被告の主張)
 被告各製品は、原告製品を模倣したものとは認められず、被告各製品の販売行為が、原告製品と混同を生じさせる行為ということもできないのであるから、一般不法行為が成立しないことは明らかである。
8 争点8(差止請求の成否)
(原告らの主張)
 被告は、現在も被告各製品の製造販売を継続しており、原告らの営業上の利益を侵害するとともに、原告製品に係る著作権を侵害している。また、被告各製品は、被告の侵害行為によって生じたものであり、その廃棄が侵害の停止又は予防のために必要である。
 したがって、原告らには、不競法3条1項及び2項に基づき、原告オプスヴィック社には、著作権法112条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造販売及び販売のための展示の差止め並びに被告各製品全ての廃棄を求める必要性がある
(被告の主張)
 争う。
9 争点9(損害賠償請求の成否)
(原告らの主張)
(1)被告各製品の売上額
 被告各製品は、平成27年8月から令和3年11月末日までの合計76ヶ月の期間、少なくともそれぞれ月10台程度販売されていたと推測される。そうすると、各時期に係る被告各製品の販売価格に税率と販売台数を掛け合わせて算出される同期間の売上額は、次のとおりとなる。
ア 被告製品1 合計1811万6800円
①平成27年8月から令和元年9月末日まで
 2万1800円×税1.08×10台×50か月=1177万2000円
②令和元年10月から令和3年1月末日まで
 2万1800円×税1.10×10台×16か月=383万6800円
③令和3年2月から令和3年11月末日まで
 2万2800円×税1.10×10台×10か月=250万8000円
イ 被告製品2 合計2142万0800円
①平成27年8月から令和元年9月末日まで
 2万5800円×税1.08×10台×50か月=1393万2000円
②令和元年10月から令和3年1月末日まで
 2万5800円×税1.10×10台×16か月=454万0800円
③令和3年2月から令和3年11月末日まで
 2万6800円×税1.10×10台×10か月=294万8000円
(2)原告オプスヴィック社の損害
 原告オプスヴィック社は、被告の不正競争行為又は著作権侵害行為により、少なくとも商品等表示の使用に対し受けるべき金銭の額又は著作権の行使につき受けるべき使用料に相当する金銭の損害を被っており(不競法5条3項1号、著作権法114条3項)、その額は、被告各製品の販売価格の4パーセントとして算定するのが相当である。
 したがって、損害額は、被告製品1につき72万4672円、被告製品2につき85万6832円、合計158万1504円を下らない。これに加えて、弁護士費用として前記損害額の10パーセントに当たる15万8150円の損害を被っている。
(3)原告ストッケ社の損害
 被告は、被告各製品の製造販売につき、少なくとも販売額の30パーセントに相当する利益を上げているから、前記売上額を前提とすると、原告ストッケ社の損害額は、被告製品1につき543万5040円、被告製品2につき642万6240円、合計1186万1280円を下らない(不競法5条2項、著作権法114条2項類推適用)。また、一般不法行為による損害額もこの損害額を下回ることはない。これに加えて、弁護士費用として前記損害額の10パーセントに当たる118万6128円の損害を被っている。
(4)小括
 以上によれば、原告オプスヴィック社の損害総額は173万9654円、原告ストッケ社の損害総額は1304万7408円となる。
(被告の主張)
 争う。
10 争点10(謝罪広告掲載の当否)
(原告らの主張)
 被告は、原告らの営業上の信用を毀損したため、不競法14条又は民法723条に基づき、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載するべきである。
(被告の主張)
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
(1)原告製品の販売状況等
ア 原告製品は、子供が大人と同じように食卓に向かって自然に座れるようにデザインされている。これを製作した訴外Aは、著名な家具デザイナーであり、同人のデザインした作品の中でも、原告製品は名作として評価されている。(甲5、108ないし123、143の1、143の2)
イ 原告製品は、昭和47年にノルウェーにおいて販売されたところ、世界累計販売台数は、1300万台に上る。日本においても、昭和49年頃から販売が開始され、現在に至るまで、百貨店、家具専門店、子供用品専門の小売店等の多数の店舗で販売されている。原告製品が販売される売り場においては、原告製品を横向きに複数並べるという展示方法が取られることがあるほか、原告製品の広告においても、原告製品を横向きに複数並べた写真が採用されている。(甲2、7ないし13、16ないし20、甲198、弁論の全趣旨)
ウ 原告製品は、そのデザイン性の高さから平成7年にノルウェーデザイン協議会の「クラシック賞」を受賞し、日本においても平成17年にグッドデザイン賞を受賞したほか、令和2年にはイリノイ工科大学デザインスクールによる「100GreatestDesignsofModernTimes」(現代の偉大なデザイン100選)に選出された。また、原告製品は、世界各国の複数の美術館等にも作品として収蔵されるなどしている。(甲30、118ないし122)
エ 原告製品は、家具・インテリア雑誌や幼児保育雑誌を中心に、多数の日本の雑誌に掲載されているところ、雑誌に掲載された原告製品の写真は、斜め方向や横方向から撮影されたものが大半であり、そのうち少なくともほとんどの写真においては側木内側に溝があることが確認できる。また、SNS等においても原告製品に関する投稿が多数投稿されているところ、これらの投稿には、斜め方向や横方向から撮影された写真、あるいは、これらの方向から描かれたイラストが掲載されており、原告製品全体を正面から捉えた写真等は余り認められない。(甲32、39ないし105、185ないし194)
(2)原告製品及び被告各製品の需要者等
 原告製品と被告各製品は、いずれも子供用椅子であり、その主たる需要者は、子供を持つ親である。また、いずれも価格帯は約3万円ないし4万円程度であり子供用椅子としては比較的高額であり、座面板と足置板の位置を成長に伴って変えることにより長く使用できることが共通している。(弁論の全趣旨)
(3)子供用椅子市場等(甲145ないし147、乙4、5、18ないし29、30の1、30の2、31)
ア 原告製品と同様に比較的高さのある子供用椅子は、4本脚のものが多いものの、原告製品と同様に、左右一対の側木が床面から斜めに立ち上がり、側木と脚木が略L字の形状の2本脚の子供用椅子も、次の各号に掲げるとおり、一定数存在する。これらの2本脚の子供用椅子は、それぞれ当該各号に定める会社の区分に応じ、遅くとも当該括弧書記載の時期から販売されている。なお、(ケ)に掲げる杉工場のミラは、平成27年5月以降に販売を終了しているものの、そのほかは、現在においても販売されている。(乙27-2、弁論の全趣旨)
(ア)リエンダー ハイチェア(平成24年12月。乙6)
(イ)RAKU ベビーチェア(令和元年6月8日。乙18−1、18-2)
(ウ)LOWYA キッズチェア(平成30年11月25日。乙20-1、20−2)
(エ)大商産業 木製チェアWC-16(平成24年11月15日。乙22-1、22−2)
(オ)EZ-2(平成27年4月7日。乙23-1、23−2)
(カ)コンビウィズ株式会社 施設用ハイチェアR1(平成20年1月。乙24−2。ただし、施設用である。)
(キ)堀田木工所 ダックチェアーNо.2(平成23年12月7日。乙25-1、25−2)
(ク)カリモク フィットチェアーCU1017(平成26年9月10日。乙7、26−1)
(ケ)杉工場 ミラ(平成24年4月23日。乙27-1、27-2)
(コ)ファルスカウッドチェア(平成21年6月29日。乙28-1、28−2)
イ 上記2本脚の子供用椅子のうち、座面板と足置板を固定する構造については、ネジ部材、支持部材、固定部材等を使って板を固定するものがほとんどであり、側木の内側に溝が形成されているものについても、溝と他の部材を組み合わせて固定しているものが多い。これに対し、原告製品のように、溝のみで固定していると認められる子供用椅子は、原告製品のほかには1点に限られる((コ)ファルスカウッドチェア。なお、この製品は側木と脚木が同一木材を曲げることで形成されている点等が原告製品の形態とは異なる。)。
2 不競法上の争点について
(1)「商品等表示」該当性(争点1)
ア 商品の形態に係る「商品等表示」の特定について
 不競法2条1項1号又は2号は、他人の周知又は著名な商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)と同一又は類似の商品等表示を使用等することをもって、不正競争に該当する旨規定している。この規定は、周知著名な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという観点から、周知著名な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、事業者間の公正な競争等を確保するものと解される。そして、商品の形態は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないから、上記規定の趣旨に鑑みると、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当せず、仮にこれに該当した場合であっても、商品の形態は本来的には商品の出所表示機能を有するものではないのであるから、商品の形態のうち出所表示機能を発揮する商品等表示部分は、取引の実情等によって時間的にも場所的にも変わり得るものといえる。
 そうすると、原告らが商品の形態の商品等表示該当性を主張する場合には、商品等表示として権利範囲を画する部分がそれ自体不明確であることに鑑みると、商品の形態のうち出所表示機能を発揮する商品等表示部分を明確に特定する必要があるものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成17年(ネ)第10068号同17年7月20日判決参照)。
 これを本件についてみると、原告らは、主位的に、原告製品全体の形態が商品等表示に該当する旨主張して、商品の形態のうち出所表示機能を発揮するという部分を明確に特定していないことからすると、原告らの主位的主張は、上記において説示したところに照らし、主張自体失当というほかない。
 他方、原告らは、予備的に、原告製品の形態のうち、出所表示機能を発揮するという部分が本件形態的特徴であるという限度で特定して主張しているため、本件形態的特徴が商品等表示に該当するかどうか、以下検討する。
イ 本件形態的特徴の「商品等表示」該当性について
 前記アのとおり、商品の形態は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないから、不競法2条1項1号又は2号の規定の趣旨に鑑みると、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しないというべきである。
 そうすると、商品の形態は、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
 そして、不競法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当すると主張された表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品の形態が商品等表示に該当しないときであっても、上記表示が全体として商品等表示に該当するとして、上記一部の商品を販売等する行為まで不正競争に該当するとすれば、出所表示機能を発揮しない商品形態までをも保護することになるから、上記規定の趣旨に照らし、かえって事業者間の公正な競争を阻害するというべきである。のみならず、不競法2条1項1号又は2号により使用等が禁止される商品等表示は、登録商標とは異なり、公報等によって公開されるものではないから、その要件の該当性が不明確なものとなれば、表現、創作活動等の自由を大きく萎縮させるなど、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあるというべきである。
 そうすると、不競法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当すると主張された表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、上記表示は、全体として不競法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、前記認定事実、検証の結果(検証調書参照)及び前記認定に係る子供用椅子の販売状況によれば、原告製品は、①左右一対の側木の2本脚であり、かつ、座面板及び足置板が左右一対の側木の間に床面と平行に固定されている点(特徴①)、②左右方向から見て、側木が床面から斜めに立ち上がっており、側木の下端が、脚木の前方先端の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接していることによって、側木と脚木が約66度の鋭角による略L字型の形状を形成している点(特徴②)という本件形態的特徴のほか、③座面板と足置板を側木内側にはめ込んで固定することによって、これらの部材を直接固定し、その余の固定部材を省いた点(特徴③)、④前後方向からみて、座面板、足置板、横木及び背板と、側木が垂直に交わっており、側木内側の小さな略半円形状の溝部分を除き、直線的要素が強調されている点(特徴④)、⑤左右方向からみて、側木については、これを一直線とし、その上端の2隅を直角とし、脚木についても、これを一直線とし、その先端側と後端側の各2隅の角度を略左右対称とした点(特徴⑤)、⑥上下方向からみて、身体に接触する曲線状の背板並びにこれに対応する座面板及び足置板の後部波状部分を除き、座面板と足置板の前部を直線状の形状とし、その2隅を直角とした点(特徴⑥)に特徴があるものと認められる。
 そうすると、原告製品は、これらの各特徴を全て組み合わせることによって、身体に接触する背板部分及びこれに対応する座面板及び足置板の後部波状部分を除き、側木、脚木、横木、座面板、足置板及び背板という椅子を構成すべき最小限の要素を直線的に配置し、究極的にシンプルでシャープな印象を与える直線的構成美を空間上に形成したという限度において、形態としての特徴があるものと認められる。
 他方、本件形態的特徴は、図面又は写真で特定されるものではなく(意匠法6条、24条、意匠法施行規則3条各参照)、上記にいう特徴①及び特徴②を文字で特定されるにとどまるものである。そのため、本件形態的特徴は、それ自体複数の商品形態を含むところ、本件形態的特徴には、原告らが主張するとおり被告各製品が含まれるほか、側木が曲線を含む形態、座面板や足置板が曲線の形態その他の直線的構成美を欠く多種多様な形態を含むものであるから、原告製品が形成する直線的構成美を欠く非類似の商品形態を広範かつ多数含むものである。しかも、原告らの主張によれば、本件形態的特徴(特徴①及び特徴②)は、本件形態的特徴のみに限るというのではなく、例えば特徴③が付加された形態も、本件形態的特徴に含むというものであるから、本件形態的特徴は、座面板と足置板を固定するための複雑な部材を採用する形態その他の究極的にシンプルな構成美を欠く多種多様な形態を含むものである。
 したがって、本件形態的特徴は、そもそもその外延が極めて曖昧であり、商品形態が商品等表示として認められる場合を限定する不競法2条1項1号又は2号の上記趣旨目的に鑑みると、原告らは、原告製品のうち出所表示機能を発揮する商品等表示部分を明確に特定するものとはいえない。
 のみならず、原告らにおいて本件形態的特徴をそのまま具備すると主張する被告各製品についてみても、被告各製品は、座面板及び足置板を固定するために、支持部材、丸みを帯びた固定部材及び略円形のネジ部材を設ける構成を採用し、特徴③を有するものではない。そのため、被告各製品は、需要者に対し、椅子全体として安定して使いやすい印象を与えるものの、複雑な上記構成によって、究極的にシンプルな印象を与える直線的構成美を欠くものといえる。しかも、被告各製品は、前後方向からみると、背板中央に楕円形の大きな穴が形成されており、かつ、固定部材を側木にネジ止めするため、側木には円形状の穴が多数形成されていることからすると、被告各製品は、直線的でシャープな印象を明らかに損なうものである。さらに、被告各製品は、左右方向からみても、側木上部が床面と略垂直方向に折れ曲がっており、一直線の側木で構成される原告製品の直線的でシャープな印象とは、全体として大きく異なる印象を与えている。加えて、被告各製品は、上下方向からみても、座面板及び足置板の前部及び後部が端部から緩やかな曲線状に形成されており、椅子全体として柔らかい印象を与えるものであるから、座面板及び足置板の前部が直線で構成される原告製品の直線的でシャープな印象とは明らかに異なるものである。
 これらの印象の相違を踏まえると、被告各製品は、座面板及び足置板の固定において複数の部材を利用する点において、原告製品のような究極的にシンプルな印象を与えるものではなく、かつ、曲線的形状を数多く含む点において、原告製品のような直線的でシャープな印象を与えるものではない。
 したがって、直線的構成美を造形表現する原告製品の高いデザイン性に鑑みると、少なくとも被告各製品の形態は、究極的にシンプルでシャープな印象を与える直線的構成美を欠くものであるから、原告らの出所を表示するものであると認めることができないことは明らかである。
 以上によれば、本件形態的特徴に含まれる被告各製品の形態は、明らかに原告製品の商品等表示に該当しないことからすると、本件形態的特徴は、全体として不競法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当しないと認めるのが相当である。
ウ これに対し、原告らは、本件形態的特徴が上記商品等表示に該当する旨主張するものの、本件形態的特徴は、原告製品が形成する直線的構成美を欠く広範かつ多数の非類似形態を含むものであるから、これを商品等表示に該当するとすれば、かえって公正な競争を阻害し、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあることは、上記において説示したとおりである。したがって、原告らの主張は、採用することができない。
(2)その他
 上記において説示したところを踏まえると、原告製品と被告各製品の各形態における直線的構成美に関する顕著な相違に鑑みると、原告製品と被告各製品とは、需要者において出所の混同を生じさせるものと認めることはできず、類似するものともいえない。
 したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告各製品の製造販売等は、不競法2条1項1号又は2号にいう不正競争に明らかに該当しないものと認められる。
3 著作権法上の争点について(争点5,6)
(1)著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであり(著作権法2条1項1号)、美術の著作物には、美術工芸品が含まれる(同条2項)。そして、美術工芸品以外の実用目的の美術量産品であっても、実用目的に係る機能と分離して、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合には、美術の範囲に属するものを創作的に表現したものとして、著作物に該当すると解するのが相当である。
 これを本件についてみると、原告製品は、前記説示に係る特徴①ないし⑥を全て組み合わせることによって、身体に接触する背板部分並びにこれに対応する座面板及び足置板の後部波状部分を除き、側木、脚木、横木、座面板、足置板及び背板という椅子を構成すべき最小限の要素を直線的に配置し、究極的にシンプルでシャープな印象を与える直線的構成美を空間上に形成したところに、表現としての特徴があるものと認めることができる。
 他方、被告各製品は、前記において説示したとおり、座面板及び足置板を固定するために原告製品よりも複数の部材を利用する点において、原告製品のような究極的にシンプルな印象を与えるものではなく、かつ、曲線的形状を数多く含む点において、原告製品のような直線的でシャープな印象を与えるものではなく、原告製品が表現する直線的構成美を明らかに欠くものといえる。
 そうすると、原告製品と被告各製品は、その形態が表現するところにおいて明らかに異なるものといえる。そして、原告製品の上記直線的構成美は、究極的にシンプルであるがゆえに椅子の機能と密接不可分に関連し、当該機能といわばマージするといえるものの、仮に、これに著作物性を認める立場を採用した場合であっても、基本的にはデッドコピーの製品でない限り、製品に接する者が原告製品の細部に宿る上記直線的構成美を直接感得することはできず、まして、複雑かつ曲線的形状を数多く含む被告各製品に接する者が、原告製品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは明らかである。
 したがって、被告各製品の製造販売等は、明らかに原告製品を複製又は翻案するものではなく、原告らの主張を前提としても著作権侵害を構成するものとはいえない。
(2)これに対し、原告らは、被告各製品が本件形態的特徴をそのまま具備するものであり、被告各製品から原告製品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる旨主張する。しかしながら、原告製品の直線的構成美に関する造形表現は、可能な限り曲線形状を排したその細部に宿るものといえ、被告各製品が表現するところと明らかに異なるものであり、原告製品の表現上の本質的な特徴が、被告各製品の形態から直接感得することができないことは、上記において説示したとおりである。したがって、原告らの主張は、採用することができない。
4 一般不法行為の成否(争点7)
 被告各製品の製造販売等は、不競法又は著作権法が規律の対象とする原告らの利益を明らかに侵害するものではないことは、前記において説示したとおりである。そして、原告らの主張を十分に検討しても、原告らが上記利益とは異なる被侵害利益を有するものと解することはできず、原告らの立証を十分に精査しても、原告製品とは明らかに非類似である被告各製品の製造販売等が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものと認めるに足りない。したがって、一般不法行為が認められないことは明らかであり、原告らの主張は、採用することができない。
5 その他
 その他に、原告ら提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、検証の結果等にも照らし、原告製品と被告各製品の各形態における直線的構成美に関する顕著な相違に鑑みると、原告らの主張は、いずれも採用の限りではない。
第5 結論
 よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 中島基至
 裁判官 小田誉太郎
 裁判官 尾池悠子
 以上


(別紙)原告製品目録

(別紙)被告製品目録

(別紙)謝罪広告目録
1 掲載の内容
 謝罪広告
 弊社は、貴社の製品(トリップトラップ)に類似した製品を製造・販売し、貴社に対し多大のご迷惑をおかけしてきました。弊社の行為は、不正競争防止法違反、著作権法違反及び民法上の不法行為に該当する行為であり、弊社はただちに弊社製品の製造及び販売を中止し、今後貴社に上記のようなご迷惑をかけないことを誓約し、陳謝の意を表します。
 令和 年 月 日
 株式会社Noz
 ピーター・オプスヴィック・エイエス
 代表者殿
 ストッケ・エイエス殿
 代表者殿
2 掲載の要領
(1)広告の大きさ
 20縦2段、幅20センチメートル
(2)使用活字
 表題 18級(12ポ)ゴシック体活字
 名義人・名宛人 16級(11ポ)ゴシック体活字
 本文 13級(9ポ)明朝体活字
 日付・住所 12級(8ポ)明朝体活字
 なお、広告中空欄となっている年月日については新聞掲載日を表示する。
3 掲載する新聞の名称及び掲載回数
 名称 日本経済新聞夕刊全国版の広告欄
 掲載回数 1回
 以上
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/