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【事件名】フィジーの“防災ポリシー”事件(2)
【年月日】令和5年9月5日
 知財高裁 令和5年(ネ)第10020号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁令和3年(ワ)第12669号)
 (口頭弁論終結日 令和5年7月6日)

判決
控訴人(第1審原告) X
被控訴人(第1審被告) 独立行政法人国際協力機構
同訴訟代理人弁護士 小泉淑子
同 近藤祐史
同 神谷静香


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
(略語は原判決の例による。)
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人の原審における請求
(1)被控訴人は、原判決別紙著作物目録記載の文書(本件ポリシー)を複製、譲渡、貸与、翻訳、翻案及び改変してはならない。
(2)被控訴人は、前項記載の文書の複製物を裁断その他の方法により廃棄せよ。
(3)被控訴人は、控訴人に対し、3000万円及びこれに対する令和3年9月15日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
【請求の法的根拠】
(1)について著作権法112条1項所定の差止請求
(2)について同条2項所定の複製物の廃棄請求
(3)について
・主請求:不当利得返還請求(一部請求)
・附帯請求:遅延損害金請求(起算点は請求の翌日、利率は民法所定)
2 原審の判断及び控訴の提起
 原審は控訴人の請求を全部棄却する判決をしたところ、控訴人が、金銭請求を棄却した部分に不服の対象を限定して下記のとおり控訴を提起した。したがって、金銭請求以外の部分は、当審の審理の対象から外れている。
【控訴の趣旨】
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は、控訴人に対し、3000万円及びこれに対する令和3年9月15日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 前提事実は、原判決の第2の2(2頁〜)に記載するとおりであるから、これを引用する。
2 当審における本件の争点は、被控訴人の不当利得の有無であり、この点に関する双方の主張は、以下に補足するほか原判決第2の4(3)(7頁)に記載のとおりであるから、これを引用する。
【控訴人の主張】
(1)本件ポリシーの作成を被控訴人の事業として遂行しようとした場合、本来だと防災ポリシー作成に特化した技術プロジェクトを立ち上げ、数億円の予算を講じるべきものである。しかし、被控訴人は、本件ポリシーの作成は本件委託契約と無関係であるにもかかわらず、本件ポリシーの著作権を得たと主張し、そのフィジー政府への譲渡を既成事実化することで不当に利得を得ている。
 フィジー政府に対する著作権の譲渡が被控訴人に金銭的な利益をもたらさないとしても、本件ポリシーが契機となって、フィジーが防災援助に関する重点国に指定され、50億円ともいわれる防災関連ODA予算が計上されるなど、被控訴人は多大な利益を得ている。
(2)本件ポリシーについて支払われるべき対価は3億7206万円であり,これに対し控訴人は被控訴人から派遣手当として月額31万2300円及び国内給付として月額38万9200円を得ていたにとどまるから、控訴人はその差額相当の損失を被り、被控訴人が本件プロジェクトにおいて本件ポリシーを利用しているのであれば、被控訴人は同額の利得を得ていることになる。控訴人は、その一部である3000万円の支払を被控訴人に求める。
 被控訴人は、控訴人が被控訴人から上記報酬を受けていることから控訴人に損失は発生していないと主張するが、同報酬は、本件ポリシー作成以外の専門家業務についての対価である。
(3)本件ポリシーに係る著作権が控訴人に帰属している理由は、原判決第2の4(1)の「原告の主張」欄のとおりであるが、以下で補足して説明する。
ア 本件ポリシーの作成は、本件委託契約の定める控訴人の業務内容に含まれない。
 すなわち、本件委託契約の契約書(甲1)の「期待される成果」には、防災ポリシーの作成は記載されていない。控訴人が、本件委託契約終了後に提出した本件完了報告書(甲5)にも、フィジーの防災ポリシーの作成は、本来のワークプランに含まれていなかった旨明記されている。
 また、本件ポリシーの作成が控訴人の業務であったなら、それを完成させないことは債務不履行になるはずである。しかし、控訴人が本件ポリシーを完成させずに派遣期間満了となっても問題とされなかった。
イ 控訴人の派遣期間満了の平成30年10月5日から、本件ポリシーの完成に至るまでの間、控訴人により、本編についてだけで328か所、付属資料まで含めれば膨大な修正が施されている。これが本件委託契約の定める業務と関係ないことは明らかである。
【被控訴人の主張】
(1)控訴人は、控訴人と被控訴人が締結した本件委託契約に基づく業務の一環として本件ポリシー案(被控訴人に文案を成果品として提出したものをいう。以下同じ。)の作成に携わっていたのであるから、本件ポリシー案中の控訴人が創作した部分に著作権があるとしても、本件委託契約10条1項に基づき被控訴人に移転している。なお、被控訴人は、本件ポリシーに係る著作権は全てフィジーに無償で譲渡している。
(2)控訴人は、派遣期間満了後も本件ポリシー案の修正を行うなどしていた旨主張するが、派遣期間満了後の控訴人の業務は被控訴人と無関係に実施されていたものであり、これによって被控訴人に利得が生ずる余地はない。
第3 当裁判所の判断
1 控訴人は、本件ポリシーに係る著作権は控訴人に帰属しているのに、被控訴人は自らが著作権を取得したと主張して、そのフィジー政府への譲渡を既成事実化することで不当利得を得ている旨主張する。しかし、仮に、著作権の帰属につき控訴人の主張する前提に立ったとしても、被控訴人が当該著作権を自らの権利として有償譲渡して対価を得ているという場合であれば格別、本件において、被控訴人が本件ポリシーに係る著作権をフィジー政府に譲渡したことで被控訴人が財産的な利益を受けたと認めるに足りる証拠はない。
 この点につき、控訴人は、フィジー政府に対する著作権の譲渡が被控訴人に金銭的な利益をもたらさないとしても、防災関連ODA予算が計上されるなどの利益が被控訴人に生じている旨主張するが、被控訴人の財産上の利益といえるものとはいえず、民法上の不当利得の成立を基礎づけるものではない。
 よって、控訴人の不当利得返還請求は主張自体失当であり、これを認める余地はない。
2 以上のとおり、控訴人の請求は既に理由がないというべきであるが、事案の経緯に鑑み、本件ポリシーに係る著作権の帰属、被控訴人による著作権の侵害の有無についても、念のため、当裁判所の判断を示しておく。
(1)本件ポリシー案のうち控訴人の創作に係る部分について原判決の第3の1(1)及び(2)のとおり、本件ポリシー案のうち控訴人の創作に係る部分の著作権は、本件委託契約10条1項に基づき被控訴人に一旦帰属した後、遅くとも控訴人の派遣期間満了までに、被控訴人からフィジーに移転されたものと認められる。
 なお、控訴人は、本件ポリシーを完成せずに派遣期間満了となっても問題とされなかったから、防災ポリシーの作成は控訴人の業務でなかった旨主張するが、控訴人は、本件ポリシー案の成果物を被控訴人に提出しているところ、NDMOからその修正の要請があったからといって、本件委託契約上、派遣期間が既に満了しているにもかかわらず控訴人にその修正作業を義務の履行として求めるべき根拠があるとはいえない。本件ポリシーの作成が本件委託契約上の業務であったか否かと、被控訴人が控訴人に対し、いつまでどの程度まで当該業務の遂行を求め得るかは別問題であり、これを混同する控訴人の主張は失当である。
 かえって、控訴人が被控訴人に提出した文書(月例報告〔乙2、4、6〜8、11〕、「専門家活動報告書(1年目後期:2017年4月〜2017年9月)」〔乙3〕、平成30年10月26日の専門家帰国報告会の「帰国報告」と題するレジュメ〔乙12の2〕等)からも、防災ポリシーの作成作業が専門家業務に該当することが、控訴人と被控訴人の共通認識であったことは明らかである。
 控訴人は、本件完了報告書(甲5)では、「7.具体的成果品リスト」欄に「特筆すべきは、私は、2017年4月からは、本来のワークプランにはなかったフィジーの『防災ポリシー(案)』の作成に専念することになったため、当初予定していた業務内容は大幅に変更になった。」「私の業務の主要な成果品は、”RepublicofFijiNationalDisasterRiskReductionPolicy2018-2030”ということになる。」と記載しており、これは、本件委託契約において防災ポリシーを作成することが当初具体的には想定されていなかった一方で、「業務内容」の「変更」の範囲内のものとして、「業務」の主要な成果品となったことを示すものにほかならない。
(2)本件ポリシー案の派遣期間満了後における修正部分について
 上記引用に係る原判決の第3の1(1)オ(イ)(16頁)記載の認定事実及び掲記の証拠に照らすと、派遣期間満了後における控訴人の本件ポリシー案の修正作業への関与は、被控訴人を介することなく、控訴人がNDMOと直接コンタクトをとって行われたものであり、その成果物もフィジー政府当局に直接提供したものと認められる。この修正部分につき、修正前の本件ポリシー案(その著作権は既にフィジーに移転している。)と別個独立の著作権が成立しているとは考え難いが、仮にこれを肯定する余地があるとしても、その帰属は被控訴人とフィジー間の問題にすぎない。上記修正作業及びその成果物のフィジー政府への提供に一切関与していない被控訴人が、上記修正部分の著作権の侵害等を追及されるいわれはない。
第4 結論
 以上によれば、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 宮坂昌利
 裁判官 本吉弘行
 裁判官 岩井直幸
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